遺物5
風音がもう何度目かになる大きな跳躍をする。
周りの木よりも高く跳躍し、周囲を見る。
風音(もうちょっとで森は抜けそうかな。その先に見えるのがさっきの話に出て来たロボットか)
ロボットの位置を確認し、降下する。
着地した地面で、少し大きめの小石がさらさらと崩れた。
風音の技でもある毒の影響だ。
風音が紫色の瘴気を纏った状態で何かに触れると、その部分は物質としてのエネルギーを失ったかのように崩れ去る。
同時に、腐らせた対象のエネルギーをそのまま自分の力に変えて放出出来る。
その腐らせた範囲、大きさが大きくなるほど風音が振るう技の威力も大きくなる。
攻撃する時だけでなく、移動する時に使う事もある。
この力を利用して思い切り地面を蹴る事で大きく跳ぶ事が出来る。
先程レーザーを撃つ機械と戦った時も、足先に毒を展開し、周囲のエネルギーを貰って地面を蹴る事で残像が残るほどの高速での移動を実現していた。
しかし、この毒は二つの制限がある。
まず動物にはほぼ効かない。植物には効かないことは無いが無機物に比べると効きが悪く、直接叩き込まないと効果が無い。
動物に効きにくい理由は戦闘中など周囲を確認出来ない状況で毒の範囲を広げた際に、偶然生物が居た場合に巻き込んでしまうから。
動物にしても虫にしても巻き添えは可哀想だし、それが人間だった場合無差別殺人になってしまう。それを避ける為に、風音がこの力を身に付ける時にそう望んだ結果だ。
そして植物に対しても、風音が意図して毒を叩き込まなければ効かない。その理由は、単に自分の周囲の空気中に毒を拡散した時に服がボロボロになるのを防ぐ為である。
放出した毒はある程度操作出来るので他人の服を壊す事は無いが、毒の発生源である風音の服だけはどうしようもない。こちらも風音自身が望んだ結果こうなった。
一応取り込んだエネルギーを使って毒の濃度を上げると動植物にも毒が通じるようにはなるが、普段はあまりやらない。その前提となるエネルギー量が膨大に必要となるからだ。
余談だが風音の頭に付けているヘアピンも、植物を加工して作られたものである。
そしてもう一つは腐らせる範囲がそれほど大きくない事だ。
自分の周囲2~3メートル程だろうか。自身の身体にエネルギーを大量に取り込んでいる状態ならもう少し範囲は伸びるが。
その程度だとそれほど大きな力にもならない。仮に自身の周囲全てを腐らせ力に変えても、時速60キロで突っ込んでくるダンプカーを正面からぶん殴って互角・・・程度か。そこに風音の技術が上乗せされるので、実際はもう少し威力が上がるが。
この範囲に関しては、本来半径数kmは広げる事が出来たのだが、ユニルと契約した時に大幅に制限される事になった。
ユニルに契約の話を聞いた時は、妖精の方が力が強すぎるので能力を抑えて契約するとか言っていた筈だが、いざ契約してみると風音の方も何故か抑えられてしまった。
風音(結構広いよなこの森。迷ったら抜け出す事も難しいんじゃないかな?)
今にも獣が跳び出してきそうな雰囲気すら漂う深い森の中、周囲を見ながら風音が呟く。
ユニルと契約した際に風音の毒の能力は著しく制限されたが、逆に契約して得たものもある。
風音も少しなら風を扱う技が使えるようになったので、足元にセイニーの家から細い風の流れを作り出して道標にしている。
10km程度ならこの風の道を作る事が出来るし、帰る時はこれを辿っていけば帰れる。
大きく跳んだ場所から走り出して二分ほど。
ようやく森を抜けると、そこには草原が広がっていた。
所々に木が生えていて、川や小さな湖のようなものまである。
自然いっぱいの美しい景色。
暇があればカノンの皆を連れて観光でもしたいところだ。
向かって右手に進んだ先に例のロボットはあるのだが、今は沈黙している。
本来の目的はそちらだが、それは一旦置いておくことにして逆側に目を向ける。
森でジャンプした時に目に映った建造物。何なのかよく分からなかった大きな建物が視界に入る。
風音(ロボットの方も気になるけど、あの建物がなんっか気になるんだよなぁ)
風音が少し予定を変更し、建物の方へと向かう。
近くまで到着してから外観を見上げた。
沢山の部屋、そして窓。外観にこだわっているとはとても思えない、ただただ重厚感があるだけの建物。
風音(外観に気を遣ってない・・・か。どうでもいいけど、癒々さんがフェクトに住居を構えたがってたな・・・・・エクステリアのデザインには拘りたいとか言ってたけど・・・こういう建物は許せないのかな?)
そういった外観の情報から、そこがどういう施設なのかなんとなく分かった。
風音(ここは多分、囚人が収監されていた場所だろうな)
入口に立つと、この施設もまだ生きているのか自動ドアが開いた。
風音(どうせどこかから侵入しないと入れないと思ってたのに、普通に開いたな)
もしかしたら収監されていたと言うよりは、この建物内で普通に生活していたのかもしれない。
この島自体が監獄らしいので、この場に居る時点で収監されているようなものだろうし。収監施設なら普通は窓に取り付けている筈であろう格子が無いのも、そういった理由からだろうなと推測する。
一歩入るとそこにはまるでホテルのロビーのような空間が広がっていた。
風音(ずいぶんとまぁ豪華な。犯罪者になった方が豪華な暮らしが出来るんじゃないのか?)
と最初は思ったが、先に進むとおそらく囚人が生活していたであろう部屋が並んでいた。
1つ1つの部屋が小さく、ベッド、トイレなど必要最低限の物しか置かれていない。見る限りでは娯楽と呼べる物すら見当たらない。
と言ってもあの科学力の高さである。
もしかしたら囚人全員に、身に付ける娯楽を提供していた可能性もある。
例えば機械の電源を付けると、脳内で自由にテレビを見る事が出来たり、囚人同士でネットワークに繋がっていて自由に会話が出来たり、ゲームが出来たり、仮想空間で自由に遊べたり。
風音(もしそうなら囚人になった方が人生楽しめたりして。人によっては、だけど)
風音自身はそんな生活は嫌だ。
部屋はガラス張りではなくちゃんと一つ一つの部屋にドアが付いてあり、外から生活の様子が丸見えになっているわけではなかった。
さっきのレーザーもそうだがこの島は全体的に機械が管理している様なので、そもそもこの建物内には人による監視が必要無かったのではないかと考えられる。
なんとなく全ての部屋を見て回る。
どの部屋も綺麗に整っている。気味が悪いくらいだ。
風音(多分囚人が亡くなる毎に、その人が使っていた部屋をセイニーが整えたんだろうな。僕だったら下の世界が滅んだ時点でその仕事を辞めそうだけど)
意味が無い行為に思える。
だがセイニーは律義に続けていたのだろう。そういう性格らしい。
風音(しかしこれ何の素材で出来てるんだろう? 普通そんなに時間が経ったら自然に朽ちていくもんじゃないのかな?)
セイニーが住んでいた建物にも言える事なので今更だが、何故建造物が当時のまま綺麗に残っているのかが気になる。
風音(セイニーがたまに建て替えてるとか? ああ見えてガテン系だったり)
そうだったらちょっと面白い。
そんなはずないだろうけど。
・・・などと考えながら各部屋を次々に見て回る内に気付く。
風音(やっとこの施設の不気味さの正体に気付いた。綺麗すぎるな、ここ)
わずかな埃すら見当たらない。全ての部屋がついさっき掃除されていてもおかしくない様に見える。
各部屋が長期間放置されていたようにはとても見えないが、自動ドアが生きているくらいだ。他の空気清浄などの機械も生きているのだろう。
家主が居なくなった部屋を何億年も勝手に清浄する機械。その存在に不気味さを感じる。
それはさておき。
何か新しい発見でもないかと部屋の中を色々探してみる。
そもそもこの施設に探索に来た理由は、セイニーの時代の文明についてもう少し知りたかったからだ。
元々色々な星を探索する事が夢で、実際に宇宙船を手に入れた後数年間は裏側を冒険していたくらいである。
高い科学力を持った未知の文化などは徹底的に調べたくなる。
・・・というのもあるが、実はこの場所に降り立った時に凌舞に言われた「風音の出身地」説も気になっている。
この高い技術力によって何らかの手段で未来に跳ばされた可能性もある。
時間を超えるなどという事が出来たかどうかは分からないが、ある時期が来ると自動的に目が覚めるコールドスリープなども、施された子供にしてみれば未来に跳ばされた様なものだ。その程度なら出来たかもしれない。
各部屋を物色していると、ベッドのクッションをどけたその下から囚人が書いたであろう文字が出て来た。
ペンなどで書かれたものではなく、何かで彫られてある。
風音(娯楽は無かったのかな? 映画とかで出てくる囚人って部屋に何か文字を残したがるけど、暇を持て余した囚人ってこういう事をしだすもんなのかな?)
携帯端末を取り出し、その文字を撮影しておく。
試しに文字を携帯端末で解析に掛けてみるが、解読出来ない様だ。おそらく当時使われていた文字だろう。
あらためて文字を見てみるが、全く見覚えが無い。
母親の話によれば、風音が拾われた時の見た目は5歳くらいだったらしい。それだけ育っていれば文字くらいは見た事があると思うのだが。
セイニーによるとこの時代の人間は、一部を除いて生まれた時から身体に生体と一体化する機械を組み込まれるとか言っていた。
もちろん風音の体にはそんな痕跡は無い。
記憶が無いので何とも言えないが、総合的に考えるとこの時代が自分の出身地である可能性は低いだろう。
風音(出身地の件に関しては、空振りかな)
どうせそんな気はしていたので、特にガッカリもしないが。
続けて他の部屋も次々に調べていくと、何らかの文字が残されていた部屋が四つもあった。
それらも全て撮影する。
ひとしきり調べを終えて、最初のフロアへと戻ってくる。
この建物に入って来た時に、フロアの棚に書物が入っているのを見かけたのを思い出し、その中身を調べる。
結構ぶ厚めの本で、びっしりと文字が書かれてある。
当然風音には読めない字で書かれてあったが、それを見て風音がニヤリとする。
風音(この文字数の多さの本ならある程度解析出来るはず・・・・・)
風音が携帯端末を取り出し、カノン乗組員であり言語学者であるサルトに貰った解析ツールを呼び出す。
そして1頁ずつ順番に記録していくと、100頁を超えた辺りで解析が10%以上完了と出た。
精度の高い解析をするのは時間がかかるし、この本だけでは不可能なのでこの辺で一旦ストップする。
現在の解析状態でその本を読んでみる。
翻訳できない場所が大量に空白となって映し出されているが、全く読めない事も無い。
その本の内容自体はそれほど面白いものでもなかった。
この施設の管理に関する注意事項からトラブルについての対策など、要はマニュアル本のようだ。暇なら何か文化的に面白い発見でもあるかもしれないので解析を進めて読んでみたいが、今はどうでもいい。
それよりも、解析をした言語を登録し、再び先程撮影した写真を呼び出す。
そして解析にかけると、現在の解析状況でも翻訳できる程度の文章だったらしい。
翻訳された言葉が表示される。
「助け○○○」「ここから○○○○」「もう〇〇は嫌だ」……
などと書かれていた事が分かった。
風音(なんだこのありがちな台詞。・・・拷問? ・・・実験?)
囚人を使って何らかの実験でもしていたのだろうか。
セイニーが言っていた昔話を信じるなら、永遠の肉体を作り出すための研究だろうか。
危ない人体実験は、地上から隔離された場所で秘密裏に犯罪者の体を使って・・・・・まぁあり得ない話ではない。
あるいはセイニーのセイニーによる弟を蘇らせる為の実験だろうか。
と一瞬思ったがすぐに否定する。セイニーの説明を信じるならそれは矛盾する事になる。
セイニーが弟を蘇らせようと誓ったのは、ここに居た囚人が全員亡くなってからだ。
風音(あの時の話が嘘だとは思えないんだよなぁ・・・)
セイニー自身が何らかの自己催眠にかかっている等で、本人すら嘘だと思っていない嘘をついている可能性も無くはないが。
風音(普通新人として入って来たセイニーに囚人の管理を全部任せるか? ・・・そんなはずはない。他にも管理者は居た筈だ。そいつが囚人の身体を使って何らかの実験をしていた?)
どれだけ考えても憶測の域を出ない。
それにもう何億年も前に終わった話。セイニー自身が関わっていないのなら今更どうだっていい話だ。
過去に終わった話よりも風音が気になったのは、撮って来た内の一枚の写真。
そこに映っている文字だけが、先程の解析データからは翻訳出来なかった。
翻訳出来ないというより、言語が違うと表示された。
風音(いくつか言語があったのかな?)
写真に撮った時から違和感はあった。この写真に写っている文字だけ明らかにタッチが違う。
と言っても、現在の地球にも多数の言語が存在する事を考えると、この時代にそういう事があっても何ら不思議ではない。
が。
携帯端末の画面に「既存のデータから翻訳可能、翻訳しますか?」と書いてある。
風音 (・・・・・・・・・・・・)
どういう事だろうか?
既存のデータというと、今現在どこかで使われている言語の事だ。
何故この場所にそんな文字が?
当然「はい」と答える。
翻訳の結果、「ふざけるな」と言う文字が乱暴に書かれていた事が分かった。
この内容は重要かもしれないが、取り敢えずどうでもいい。
問題はこの文字。裏側にあるアルクとかいう星の言語のようだ。
風音「アルク・・・・・」
思わず声に出す。何故ここで裏側の星の名前が出てくるのか。
普通に考えるなら、この場所にアルクという星出身の人が居た。という事になってしまうが。
ふと、ひとつの可能性が頭をよぎる。
風音(可能性としてはかなり低いと思うけど、この文字も数億年前に書かれた可能性もあるのか? ・・・さっきの文字を見た感じだと・・・・。ちょっと調べてみるか・・・)
風音は聞いた事の無い星だが、風音の知らない星などいくらでもある。
どの辺にある星なのか検索する。
島の周囲の妨害機能のせいか、ネットワークには接続出来ない様なので端末内の地図で確認する。
風音(普通に巨大連邦星に所属している星か。単に僕が知らなかっただけで、結構有名な星っぽい)
どこにあるのかは大体分かったが、重要なのは場所ではなくこの星の現在の文化がいつ出来たのか、だ。この監獄が数億年前に稼働していた頃、アルクには現在使われている文字が存在したのだろうか。
仮に存在したなら、あの文字が数億年前に書かれた可能性も出てくる。
存在しないなら、あの文字は最近書かれたという事だ。
風音(やっぱり詳しい情報は出ないかな・・・・・・)
端末をいじってアルクの詳細を調べる。
ネットワークと違い予め入力されてある情報しか出てこないが、それでもかなり細かく調べることは出来る様だ。
どうやらアルクが文化を持ち始めたのはほんの数百万年前だという事が分かった。
写真に写ってある文字が使われている現在の文化となると、もっと後の事だろう。
そして基本情報として、地図には各星の開星情報も書かれてあるが、これもごく最近らしい。
連邦の開星条件は「ある程度、自由に宇宙に出る事が出来る文明を持つ事」だったと思う・・・風音の記憶では。
要するに、アルクはここ数十年でようやく宇宙を飛び回れる星になったという事だ。
風音(って事は、アルクが過去に数億年前の地球と何らかの関わりを持っていたわけじゃなく、この文字は最近・・・少なくとも地球が開星して以降に書かれた可能性が高い・・・・・って事になるな)
風音が壁に背を預け、携帯端末を顎に当てて考える。
このアルクという星の文字がこの場所に存在する理由として、風音が現在考えられる可能性は三つだった。
だった。と過去形なのは、一つはもう完全に否定されたからだ。
まずはセイニーの主張が間違っている説。
この島が作られたのは最近であり、作ったのは異星人。だとするならどんな星の人がこの島に居たとしても不思議ではない。
それならこの島のどこにどんな星の文字があっても、疑問ではなくなる。
しかしセイニーが嘘を言っているように見えなかったのも事実。
風音の中ではこの説は可能性としてかなり低いと思っている。
そして二つ目の可能性。
やはりこの島は元々地球上に存在し、最近何らかの理由でアルク星の人がこの島に来たという説。
それが偶然なのか、意図して来たのかは分からない。
やはり何らかの目的があって、意図的に来た可能性の方が高いのだろうか。
とはいえ偶然の可能性だって結構あると思っている。なぜならこの島は位置的にフェクトから近過ぎる。
島の姿こそ見えないが、迷い込んでしまう可能性は十分にある。そう考えれば、この場所に最近誰かが偶然来訪した可能性だって否定は出来ない。
来訪した理由はともかく、風音はこの可能性が高いと思っている。
そしてすでに否定された三つ目。
裏側の言語がこの場所にあったと分かった時、最初に頭をよぎったのは・・・。
もしかするとセイニー達の文明は、数億年前にアルクから伝わったものを元にしているのではないかという説。
それは違うという事は、たった今携帯端末の情報から証明された。
と言うか証明されたも何も、本来ならその可能性は考えるまでもなくほぼ有り得ない。
裏側の連邦系の星々の詳しい歴史を風音は知らないが、「数億年前の地球との関わり」となると時間軸的に無理がある気がする。
風音(まぁ、確かに普通は考えるまでもないんだけどなぁ・・・。数億年前にこのアルクの文字が書かれたなんて。でも・・・・・)
しかしそれでもその可能性への考慮を捨てきれなかった理由があった。
先程解析した、セイニー達が使っていたであろう言語が写ってある囚人部屋の写真に再び目を通す。
その横にアルクの文字が書かれた写真を、端末の画面に並べて見比べる。
両方とも何かで彫られて書かれてある文字だが、やはり全く同じに見えるのだ。
文字ではなく、書かれた時期が。
風音(ホントに、一体どんな素材で出来てたらこういう事になるんだ?)
何億年も前に彫られた文字と、つい最近ここ数年以内に彫られたであろう文字の区別が見た目で判断出来ないなど、あり得ない事だ。
そもそも何億年も前の痕跡が普通に残っている事からして驚きだが、現代で彫られた字と差が無いというのは・・・・・・・
異常 だ。
この場所に存在するあらゆる物質が、劣化するという概念から解き放たれているようだ。
よく考えてみれば先程解析に利用した本だってそうだ。あんなもの、普通なら時間とともにボロボロになっているはずだ。
と、過去の技術に感心するのはここまでにして、現実と向き合う。
風音(じゃあこのアルクの人は今どこにいる?)
ふざけるな! という文字といい、書かれてあった場所といい、自分達の様に客として扱われていたわけじゃなく、囚人として扱われていたっぽい。
風音(今日の僕達みたいにフェクト上空を飛んでいたら、偶然この島に入り込んでしまったって事かな?)
あらためてその考えが頭をよぎるが、何か腑に落ちない。
・・・囚人?
囚人として扱われていた、という所に何か違和感がある。
風音(・・・・・・?)
自分自身、一瞬何に対して違和感を覚えたのか分からず、携帯端末を指先でクルクルと回しながら自身の中で考えを整理する。
このアルクの人がどんな人だったのかは知らない。
仮に極悪人だったとして、この島に来て悪い事をしたから囚人として扱われた?
いや、それは無い。
その人が仮にこの島で(例えば大量破壊活動など)何か悪さをしようとしたり、セイニーに危害を加えようとすれば、先程のレーザー、あるいは例の排除システムによって始末されるはずだ。
つまり違和感というのは。
風音(このアルクの人は、何をもって『囚人』扱いになったんだ?)
囚人とは本来、罪を犯した者がなるものだが・・・
この人が偶然この島に入って来たとしたら、セイニーにしてみれば最初は『お客様』だろう。
そして仮にセイニーに敵意を持って接したり、何か悪さをした時点で排除される。
この流れのどこに、このアルクの人が囚人になる要素があるのだろうか。
理屈で考えるなら、偶然この島に来た者は囚人になり得ないのだ。
しかしこのアルクの人は囚人として扱われていた。
だとするなら、考えられるのは単純に・・・。
風音(この島に入った時点ですでに、囚人として扱われる事が決まっていた? つまりこの人は、囚人として連れて来られた・・・・・?)
誰に?
風音(やっぱり何らかの嘘をついてたって事かな・・・・セイニーとジルが。少なくともセイニーは嘘をついてるように見えなかったんだけど)
最初から最大限警戒していた風音が、細心の注意を払って観察していたのだから、素人の嘘くらいは見破れる自信がある。
セイニーとのこれまでの会話を思い出す。
風音(いや・・・・・セイニーは嘘は言ってないか。こっちが聞かなかっただけだな。最近僕達以外に訪問者が居なかったのかどうかを)
でも普通言いそうなものだ。何億年も一人でいた場所に、立て続けに訪問者が来れば。
風音(普通に考えれば一番怪しいのはジルになる・・・って事はジルに余計な事を言わないように口止めされてる? ・・・・・そもそもジルには一旦この場所に入ったら出られないっていうのが適用されてない気がするし)
だがセイニーはハッキリ言った。「もう一生ここから出る事はかないませんが」と。
あの言葉も嘘とは思えない。
そして嘘でないなら、ジルも出られない筈だ。
風音(いや・・・・・・)
何のことは無い。
同じだ。
嘘は言っていない。だが言葉が足りない。
「囚人として連れて来られた者は一生ここから出る事がかなわない」が正しい。
ジルは囚人を連れてくる側、と考えればセイニーの言っている事が嘘ではない事になる。
だとするなら、風音が見抜けなくても仕方が無い。
風音(嘘を吐いてない人の嘘を見破る事は出来んよなぁ・・・。確かになんとなく隠し事をしているようには見えたけどさぁ)
自分自身に向かって意味の無い言い訳をする。
風音(まぁいいや。ともかく、あの言葉はジルを除いた僕達に向けて言った言葉って事か? ・・・僕達は囚人として連れて来られた?)
その理由が分からない。そして理由だけじゃなく。
風音(じゃあどうして僕達はこのアルクの人と違って客として扱われてるんだ? ここに収監されるのが筋じゃないのか?)
そういえばセイニーが出会った時に言っていた。
私はあなた達を心から歓迎します、と。
自分達の事を『友達』とも言っていた。
明らかに囚人に対する台詞ではない。
風音(・・・・・・うん。分からん)
もう考える事を放棄した。
面倒臭いし、頃合いを見て本人達に聞けばいいや、ってなった。
そして。
風音(本命に到着、っと)
元囚人達の住処を後にし、ロボットの方へとやって来た。
近くには特にこれといった建物は無く、草原の中にポツンと7~8メートルくらいの巨大なロボットが置かれている。
今の所動く気配が無いのでただのオブジェのように見える。
この場所がこのロボットの定位置なのだろうか。
それとも島のどこででも稼働できる造りになっているなら、最後に稼働したのがこの場所で、そのまま静止している状態になるのか。
風音(・・・・・・おぉ・・・これは・・・・)
セイニーが人間を模して作ったとか言っていた筈だが、何故か上半身しかないロボットを見上げて呟く。
風音(凌舞の言葉を借りるなら・・・)
風音「ダッッセェ・・・・・」
何だコレ? っていうのが最初の感想だった。
まぁ百歩、いや千歩譲って体と腕はいい。ちょっと腕は肥満気味だし体も全体的に肥満気味だけど、体の中央にはカッコよさげな球体の機械とか、太いチューブなんかが何本も見える。あと全体的な色が黒をベースに配色されている点も高評価だ。
万歩譲って、何故か上半身だけなのも許そう。島を脱出しようとしたらコレが襲ってくるという事は、人間型ロボの上半身だけが宙に浮いて飛んでくるのだろう。
風音(・・・・・・・)
コレが飛んでくる姿を想像して沈黙する。
許しがたいが・・・まぁ許そう。
でもこれだけは許せないのが、顔だ。
まずデカい。
風音(これ足があっても5頭身いくかいかないか位だろ)
上半身しかないので、2,2~2,3頭身くらいになっている。
そして何より顔の造形が酷い。
風音としては初めて見るタイプの感じだったのでどう表現していいか分からないが、一番近いので言うと土偶に近い。
風音(よくコレに頬ずりできたな・・・・・)
近付いて地面を確かめてみる。
風音(下半身が埋まってる訳じゃないのか。ほんとに上半身だけだな)
この不思議なセンスを疑う。
風音(単に美的感覚の違いか。逆にこの時代の人達が地球のロボットアニメとかを見たら、僕の感想を逆にしたような感想を持つのかな?)
なぜ脆弱になるだけなのに下半身まで再現するんだ? とか、体に対して顔が小さすぎる。とか、顔が不細工。とか、総合的に見てダッセェ。とか言われるのだろうか。
・・・それはちょっと納得いかない。
まぁそれはそれとして。
今は重要なのは見た目どうこうではない、と自分に言い聞かせてロボットを観察する。
どういった攻撃手段を持っているのか調べようとするが、観察する限り武器的な物は持っていない。
少し離れた場所から先程の様に高く跳びあがって、顔面付近も観察してみる。
特にこれといって何もなく、見たまんま不細工な顔があるだけだ。
ただ顔面の裏側、後頭部に何か文字が書いてあった。
製造番号とかだろうか。
その文字の形を記憶して、地面に描いてみる。
そして携帯端末で解析に掛けてみると、思いの外はっきりと解析出来た。解析の元になったのが施設のマニュアル本だけあって、いろんな言葉が網羅されていたのか。
風音(新生命62○○3〇6)
なんじゃそりゃ。
風音(多分このロボットの名前と・・・数字の方は予想通り製造番号かな。製造番号なら数字の中の文字は気にしなくていいかな。もしくは数字が十進法じゃなかったのかも・・・・・・まぁ、無視でいいか)
ぐるっと外観を見る。
風音(やっぱりレーザーが基本装備になってるのかな?)
さっきの機械のような単純な造りではない事は見れば分かる。
箱型の機械の方はこちらを補足してから撃つまでにほんの少し間があったので、その隙に移動して避ける事が出来た。
しかしこちらを補足してから撃つまでの時間がほぼゼロなら、真っ直ぐに撃ってくるレーザーすら避ける事が厳しいだろう。
たまに全方位レーザーというのもある。
とにかく自身の周囲全てに隙間無く展開するレーザーを撃つ迷惑な技だ。使う側としては結構使い勝手が悪い技なので兵器として使っているケースは少ないが。
何せ見た目だけでもこれだけセンスの違いがあるので、何をしてくるかが分からない。
全方位レーザーの場合、自分自身を破壊してしまうのを避ける為に自らの方向には撃たないので、相手の体の一部を破壊してその中に非難するしかないのだろうか。
先程のレーザーは島を傷付けない為か地面に当たった時点で消滅していたので、風野の場合毒で地面を粉々にして地中に潜り、相手の足元に逃げる事も出来る。
地中は意外と安全なもので、破壊力の大きな爆発でも地中には届かない事が多い。
しかし人類も馬鹿ではない。地中に対して貫通していく兵器もある。
もしバンカーバスター(対地中爆弾)のような武器を体内に持っているなら、地中に潜るのは逃げ場のない最悪手になる。
風音(そう考えると、この肥満体型にも意味があるのかもな。多くの武器を内蔵する為に適してるとか)
強力な射撃武器なら直接被弾しなくても、衝撃波だけで大怪我をする可能性があるので距離を取ったほうが良いのか。
ホーミング(自動追尾)系の武器がある事も考慮すると、自滅を誘う為に相手の近くで戦う方が良いのかもしれない。
とにかく敵の攻撃手段が分からない限り、考えていても最善の対策など浮かばない。
こういう場合は。
風音「先手必勝ォォッ!!」
ロボットの背後から紫色の瘴気を纏った右ストレートを全力で撃ち込む。
大きな衝撃音とともにロボットの胴体部分がべっこりと凹んだが。
風音 (あ・・・マズイこれ・・・・・)
触れた瞬間いきなり予想を覆された。
ビュン!! という音が鳴り、ロボットが起動する。
風音(いきなり予定変更だなコレ、やばいかも・・・)
近くの大きな岩を毒で腐らせ、その力を足に集中させる。
そして自分の足が砕けそうな勢いで、先程ストレートを打ち込んだ場所に前蹴りを打ち込む。
ゴッ!! という鈍い音。
辺りに響き渡るほどの大きな音を上げながらロボットの胴体が大きくえぐれたが、砕けた先に精密機械や武器のような物は見えない。
先程の初撃で表面を多少腐らせていたのもあり、奥行き1メートルは砕いたはずだが、そこには空洞も無くただただ外側と同じ材質が詰まっているだけだ。
風音(この肥満体が、本当に只の肉厚? ・・・古代人・・・意味が分からん・・・・・・)
おそらくこの一撃は何のダメージにもなっていない事が見て取れる。
むしろそれこそがこの肥満体型の目的なのかもしれない。
多彩な武器を内蔵する為に大きいのではなく、中心部に置かれた心臓部を守り抜くために壁を分厚く設定している可能性が高そうだ。
事実、もし外壁のすぐ内側にロボットの動作に必要な配線、部品等があったとしたら、今の風音の一撃、そしてその後行われたであろう追撃でかなりの損傷を受ける事になっていたはずだ。
風音の予想通り、ロボットは何事も無かったかのように顔をぐるりと半回転させ風音の方に向け、無言で見下ろしてくる。
レーザーでも撃つのかと思ったが、わざわざこちらを振り向いた顔面からは攻撃の気配を感じない。
と思った矢先、物凄い速度で背後に居た風音に対し裏拳を放つ。
風を切る、と言うより空気抵抗の壁をぶち破るようなズバンッ!! という音を立てて巨拳が風音を捉える。
風音(打・・・撃っっ!!!?)
ロボットだろ? 人じゃあるまいし打撃なんて。何故武器を使わない?
一瞬で様々な思いが交錯する。
この戦いが始まってからまだ間もないというのに、もう何度予想を覆されただろうか。
相手の攻撃直後に攻勢に転じる為に、あえて避けるよりも力の流れを逸らせて巨拳をいなそうとしたが、風音の腕が巨拳に触れた瞬間に無理だと気付く。
位置が悪かった。
真正面から向かってくる圧倒的な質量とスピードの前に、技術が通じない事を悟り背後に高速で跳ぶ。
が、相手の拳の方が風音の移動よりも速く、巨拳の一撃をまともに喰らう。
風音「痛っっ・・・・・!!!」
防いだ風音の両腕からバキバキと骨の砕ける嫌な音が鳴る。
だがそれでも拳の進行方向に跳んでいたのが幸いし、被害は腕だけで済んだ。
相手の拳が風音から離れ、風音がその威力によって後方に吹っ飛ばされている間に折れた両腕を治療する。
治療をしながらそれと同時に地面に足を着き、吹き飛ばされている体勢を立て直し、相手がいるであろう方向に目をやると。
もう目の前の上空に居た。
至近距離で浮いており、そこから風音に向かってすでに拳を撃ち下ろしている。
風音 (マジか・・・・・)
巨拳が風音の居る場所を打ち砕く。
爆音と共に辺りに地震を発生させ、地面にクレーターが出来る。
そのままロボットの胴体が地面に降り立つとほぼ同時に。
ロボットの首だけが後ろを振り向く。
その視線の先には巨大な岩に手をかけた風音が居る。反撃を試みた先程の一撃と違い、最初から避けるつもりで臨めば拳での攻撃などレーザーを避けるよりも容易い。
しかし背後を取ったにも拘らず、攻撃もせずに風音が硬直していたのには理由があった。
攻撃しようとしていた部分が無い。
さっきえぐった部分が無くなっている。風音が自身の腕を治療したのと同様、相手も自身を修復していた。
風音(なるほど・・・これが・・・・・)
敵の攻撃が効きにくい外装。
手の付けられない物理的な暴力。
そして自己修復機構。
そしてまだ見せていないだけで、まだ何らかの武器を持っているのかもしれない。
あと攻撃を避ける事が出来た今となってはどうでもいい事だが、今の一撃によって生み出された風で、風音の着ているスカートが大幅にめくれて一瞬視界を遮った時は軽く焦った。
セイニーには悪いが、場合によってはスカート部分は破り捨てた方が良いかもしれない。
そしてここまでで最大の誤算は、風音の放った最初の一撃にあった。
風音の失態、相手を侮っていたと言ってもいい。
実は機械というのは風音にとって、最も相性の良い相手である。
理由は単純。毒が効くからだ。
風音が触れるだけで機械は勝手に自壊し始め、風音自身はそのエネルギーを取り込み、次の一撃に充てる。
そうすれば強化された毒により、更に機械は広範囲で自壊し始める。そして風音はそこで得たエネルギーにより更に力を増し・・・。
といった具合に相手はどんどん弱っていき、こちらはどんどん強くなる。
機械に対してはほぼ無双状態で戦えるのが風音の武器だったはずだ。
そして十分な勝算を持って一撃目を放ったのだが。
確かセイニーの話では、彼女の時代の科学者たちは細胞と機械の融合に成功し、寿命を著しく伸ばしたとか言っていた。
生きた細胞と機械が互いに作用し合い、劣化しない体を作ったという事だろう。
まさかその逆もやっているとは思わなかった。
機械に対して生きた細胞を埋め込んである。というか融合させてある。
性質としてはセイニーの体の劣化版なのだろうが、この機械と生物の中間的な素材を使い、あらゆる物に転用する事で劣化しにくい物質を作り出したのだろう。
風音の毒は生物に対して効きが悪い。
最初の一撃で毒によるダメージがほとんど無かった事に、驚くと同時に後悔した。
風音の失態、と言うのはこの部分である。
もしいきなりロボットと出会っていたなら、このような事態は予測も出来なかっただろうから仕方が無かったのかもしれない。
しかし、風音は囚人達の家に寄った時に何度も疑問に思っていたのだ。
何故この島の建造物は劣化しないのだろう? と。
その時に今はどうでもいいかと放っておくのではなく、きちんと調べていればこの事態を予測できたかもしれない。
まして後頭部に新生命とも書いてあった。あれもただの名前だと決め付けたのが失敗だった。まさか本当に生物に近いとは・・・。
風音(これはホントに始末書モノの失態だな。どうしたもんか・・・)
考えている内にも、ロボットは風音に襲いかかる。
肘の部分からロケットの様に炎を噴射しながら拳を振るう。先程よりも速く、周囲の空気が大きく揺れる。
しかしこの攻撃はあっさりと空を切る。
風音が先程手をかけていた岩を腐らせ、そのエネルギーを全て攻撃ではなく避ける方に使う。
風音(もしこいつの攻撃が打撃だけならこのまま逃げ続ける事は出来るかも・・・でもこいつ多分スタミナっていう概念が無いだろうから、このままじゃジリ貧だな)
倒せるかどうかは分からないが、今よりは有利に戦う方法が無くもない。
ユニルとの契約を一時的に解除すれば、風音の技の効果は上がる。
腐らせる範囲の増大、それに伴う風音の全ての身体能力の向上。
腐らせる範囲が大きくなれば、そこで得た巨大なエネルギーによって纏う毒の濃度も上がる。そうすれば生物に対してもある程度毒が効くようにもなる。
ただ、契約を切った途端ユニルは元の姿に戻るので、すぐに契約が切れた事に気付くだろう。
ユニルにとっては一方的に契約を切られるというのは、風音が死亡あるいは瀕死の状態に陥った可能性が考えられる。
そうなるともう、凌舞を護衛する事など意識の外。
怒り狂った状態で契約を切られた場所、この位置まで来るに違いない。それにかかる時間はおそらく2秒も掛からないだろう。
周囲の大気と同化したユニルは、ほぼ瞬間移動並みの速度で空気中を動く。そのわずかな時間でこのロボットを倒さないと、ユニルがロボットに対して何をするか分からない。
風音の予想では。
風音が無事であろうが倒れていようが、風音の周囲を風の壁で覆い確保した後、ロボットを島ごと粉砕とかやりかねない。
多分最低限の理性は残っていると思うので、凌舞達が居る場所は破壊しないと信じたいが・・・正直それすらも怪しい。
そしてその時この空域に生み出した豪風の影響で、この島の下にある海に多大な変化が起こるだろうが、そんなのユニルには関係無い。
その結果近くにあるフェクトが全て飲み込まれるほどの大津波に見舞われようが、ユニルの知った事ではない。
怒れる自然そのものである彼女の起こす全ての災害は文字通り、ただの『自然災害』なのだから。
風音(コイツを2秒以内で倒す・・・・・)
今しがた豪快な一撃を空振りしたロボットに目をやる。
ユニルが来るまでに倒してさえしまえば、風音が怒られるだけで済む。
・・・が。
風音(いや・・・・・無理だな・・・)
ここは潔く応援を呼ぼう、と判断する。
出来ればユニルと凌舞だけを呼びたいが、一緒に行動している二人も来てしまいそうだ。
囚人部屋での調査の結果から見るに、ジルとセイニーは味方ではないと思った方が良い。風音の印象としては敵・・・とも思えないのだが。
ともかくあの二人には警戒が必要なだけに、今この状況に呼んでしまっていいものかどうかが分からない。
考えている時間などほんの数瞬の出来事なのだが、そんな短い時間ですら敵は待ってはくれない。
もう目の前まで迫っている。
ぐるりと体を半回転させながら、風音に向かって先程と同じように拳を振るう。
しかしなんとなく。
なんとなく、その攻撃に違和感が。まるで武術を使う人間のような。
咄嗟に風音は手にしていた岩を腐らせ回避行動に移るが、相手はその行動を読んでいたかのようにピタリと拳を止める。
そして一撃目を撃った直後には既に加速させていたであろうもう一方の拳が、風音の真横から高速で向かってくる。
風音(やっぱり! フェイント!)
予測していた風音の方に少しアドバンテージがあり、体勢を低くして巨拳の下に潜り込み、上に向かって全力で蹴り上げる。
拳の勢いが凄かった分、下方向から蹴り上げられた事で勢いよく腕が上方に向かって跳ね上がる。
風音(よっし、脇腹ガラ開き)
追撃を試みようとしたが、すぐに諦め風音がその場から距離を取るように移動する。
風音(あのタイミングで、、、)
拳を下から蹴り上げた時に、相手が少しだがその動きに反応して風音のいる下方向に力を加えたのだ。人間ではまず出来ない反応だ。
結果、腕を蹴り上げる事には成功したが、風音の足も折れてしまっていた。衝撃が大きかったので衝突の瞬間は痛みすら感じなかったが。
風音(やっばいなコレ。今のフェイントがプログラムされたものじゃなかったとしたら、学習してるって事になるな。長引けば避け続ける事自体が難しくなるかも)
距離を開けて足を治療しながら、改めて凌舞達に救援要請するか考える。
ロボットは風音の頭上辺りの高さを維持しながら浮遊状態で追いかけてきている。
風音(どうしよう・・・・・・・って! 思い出した! もう一人居るわ! アレ呼ぼう!)
今の今まで忘れていたが、なんかずっと寝てた奴が居た。
煉也と協力すれば風音が囮、防御役で煉也が攻撃に徹するだけで充分いけそうな気がする。
すぐにポケットから携帯端末を取る。
この島は圏外だが風音が持っている携帯はトランシーバーの様に、チャンネル設定されている機器同士が近距離にあるなら通話が出来る。
風音(あれ?)
端末が動かない。
近くの石ころなどを腐らせ、向かってくるロボットと距離を取りながら移動するが、相手がどんどん加速するので長く続けられそうもない。
風音(こんな時に故障? つっかえないなぁもぉ・・・)
端末をポケットに入れる。
そして逃げていた足も止め、パンッと両手で自分の頬を叩く。
風音「よし、もういいや。考えるのヤメ。誰かに頼るのヤメ。コイツ絶対壊す」
ロボットに向かって宣言する。
風音の目から感情の光が消えて行き、ミシミシと両手に力が入る。
足元から周囲3メートル程の地面がどんどん白っぽく・・・・・・言うなれば死んでいくかのように色褪せていく。
次の瞬間、風音が勢いよくロボットの方に向かって跳ぶ。その衝撃で死んだ大地が後方に跳ねるように舞い、地面に綺麗な半球状の穴が出来た。
向かってくる風音に合わせてロボットが拳を突き出したが、ロボットの拳にスピードが乗る前に真正面から力任せにぶん殴る。
周囲に破裂音が響き渡り、ロボットの手首から先が粉々に弾け飛んだ。風音の拳も骨折、出血がひどいが、治療よりも追撃を優先する。
そのまま敵の腕を踏み台にして跳び、顔面の前まで跳び上がったところで突然相手の様子が変わった。構えていた腕をダラリと下げ、目から光が消える。
ほぼ無意識に風音が自身の周りに、小範囲の強い風の流れを何ヶ所か作る。
風音はこの技を『空気の壁』と呼んでいるが、これを全力で蹴る事で空中でも進行方向を変える事ができるようになり、敵の攻撃からの回避が可能になる。
ユニルが居ればもっと精度の高い、軽く蹴るだけでもまるで地面を蹴るかのように移動できる、それでいて大きな壁を作る事が出来るのだが、風音一人ではこれが限界である。
ロボットが今までに無い行動を始めたので、何が来ても対応できるように周囲に壁を更に何ヶ所か展開していく。
しかし相手が取った行動は新たな攻撃どころかその逆。
どうやら突然動きを停止し、落ちるように地面に降り立ったようだ。
セイニー「何をやってるんですか~~~~!!! 風音さ~~~~~ん!!!!」
突然セイニーの声が聞こえた。
風音「・・・ん? 何? セイニーさん? ・・・・・・うわっ・・・」
既に思いっきり泣いているようだ。
急いで手の怪我を治療する。ただでさえ何故かマジ泣き状態なのに、その上また怪我を見て泣かれてはかなわない。
結構な高さまで跳んでいたので、地上に降りるまでに少し時間があったのが幸いし、地上に降り立つ頃には治療が完了した。
気付かれずに済みそうだ。
セイニー「また怪我してる~~~~~~~!」
でも付いていた血でばれた。
セイニーが風音にしがみついて泣き喚く。
風音「いや、大丈夫大丈夫。見て、ほら。どこも怪我してないし。この血はアレ、あの、鼻血」
何とかして泣き止まそうとするも、今回は前回よりもひどい泣き方だ。なかなか止まりそうにない。
凌舞「カザ、お前何してたんだ? っつーか、カザが原因って事か? 大変だったぞこっちは」
凌舞とジルもやってきた。ユニルの姿は無いようだ。
風音「何かあったん?」
凌舞「いきなり電気とか消えるし。まぁ昼だったからそれはいいけど、それよりジルと俺の翻訳機が動かなくなって言葉通じなくなるし」
凌舞が翻訳機を耳から外して見せる。今は動いているようだ。
凌舞「おかげでセイニーが何言ってるか分からんし、突然泣き出すし、走り出すし」
それでよく分からないまま追いかけてきた様だ。
風音「へ~・・・」
ならセイニーに尋ねるのが一番いいが、当のセイニーが喋れるような状態にない。
絶賛大泣き中だ。
風音がセイニーの背中をポンポンと叩きながら、思った疑問を口にする。
風音「なんでこの子は泣く時相手にしがみつくの?」
凌舞「俺に聞かれてもな・・・」
ユニルが居ないので、風音とセイニーを引き離そうとする役目の人が居ない。
風音「そう言えばユニルは?」
ジル「まだ机の上でゴロゴロしてましたよ。連れて行きたい時は声を掛けるように言ってましたが、突然走り出したセイニーさんを追いかけて来たので、特に声を掛けませんでしたから」
ジルが答える。
風音「そっか」
一人で無茶な事をしたのがユニルにばれたら怒られそうなので、むしろ良かったかもしれない。
凌舞「うわぁ・・・ダッッセェ・・・・・・」
ロボットを見上げた凌舞が予想通りの感想を述べている。よく見るといつの間にか、弾け飛んだはずの拳が元に戻っていた。
凌舞「コイツと戦ったん?」
ロボットの方を向いたまま風音に尋ねる。
風音「うん。かなり強いよ。勝てるかどうか微妙だった」
凌舞「マジで? カザが? 機械に?」
凌舞も風音の技の性質は知っている。風音が機械相手に勝てないなど考えられない。
風音「うん。僕が機械に負けるなんて、ジャンケンで言うとグーがチョキに負けるようなもんだよ。・・・あれ? でもこの例えだとパーが生物って事になるのか? 僕が全生物の中で最弱って事になるな・・・」
この相性をジャンケンで例えるのは無理があったか。
風音「とにかく説明は後にして、近くに元囚人が使ってたっぽい家があるんだよ。そこに行って一回セイニーさんを座らせて落ち着かせよう」
泣き声は小さくなってきたが、声にならない声を上げて泣き続けている。
試しにセイニーの頭をポンポンと撫でてみるが、特に効果は無かった。
凌舞「あぁ、賛成。俺も今ようやく一息ついたから、一回座りたいわ」
誰が敵なのかよく分からない状態で気を張っていたので、風音と会えた事で少し肩の力が抜けた。
その横でジルが興味深そうにロボットを観察している。
風音「ジルはどうする? しばらくそいつ観察しとく?」
ジル「いえ、私も一緒に移動します。コレが突然動き出しても面倒ですし」
と、満場一致でその場を後にする。
ようやく囚人宿舎に到着した。
さっきの場所からそれほど遠くないのだが、セイニーが風音にしがみついたままあんまり自分で歩いてくれないので、結構時間が掛かった。
途中何度かセイニー自身を持ち上げて運ぼうかとも思ったが、今しがた戦闘していたのであまり疲労を重ねたくなかったから結局やめた。
宿舎の入り口の自動ドアの前に立つと、開きはしたものの少し反応が悪い。
風音(さっきの凌舞の話からして、この島全体の機械が一旦停止させられてたって事かな?)
セイニーを見た時も思ったが、透明の髪飾りが今は見えている。一旦機能を停止させられた影響だろうか。
思い起こしてみれば、戦闘中煉也を呼ぼうとした時も端末が動かなかった。
ポケットから携帯端末を取り出してみる。
やはりもう普通に使えるようだ。
入ってすぐのフロアに椅子があったのでそこにセイニーを座らせる。今はもう声を出さずに泣いているが、うつむいたまま肩を震わせている。
凌舞が少し離れた所にあった椅子を三つ持って来て、セイニーの椅子と合わせて円形に並べる。
ジル「あぁ、私は椅子は結構です。特に疲れてませんし、セイニーさんの家と違って囚人小屋でしょう? ここは。 おそらく囚人を排除する為の機械とかも設置されてあるでしょうから、警戒しておきたいですし」
最初のレーザー装置の誤作動の事を言っているのだろう。
凌舞「多分大丈夫だと思うけどな」
あくまで凌舞の持論だが、誤作動ではないと思っているのでそういう心配はしていない。
という事で凌舞は躊躇なく椅子に座る。
隣で風音が椅子に腰かけながらセイニーに向かって尋ねる。
風音「で、・・・なんでそんなに泣いてるのかな? セイニーさん?」
大体予想できるが、とにかく何か話しかけなければ話が進まない。
セイニー「風音さんが無茶な事をするからでしょうがっ!!」
やはり怒られた。
精一杯怒鳴ったつもりなのだろうが、怒り慣れていないのか、親が赤ちゃんを叱りつけるくらいの迫力の無さに拍子抜けする。
風音「あ~~~、うん。その件についてはホントにその通りだと思う。僕も最初に殴った直後に後悔したよ。反省してます、ごめんなさい」
風音がセイニーに向かって頭を下げる。
セイニー「あっ、のっ・・・・」
何か言おうとしたが。
セイニー「・・・・・・・・・・・・」
言葉にならず黙り込む。
今この瞬間まで風音の行動を絶対に許さないつもりだったのだ。簡単に許してしまうと同じ事を繰り返してしまいそうな気がしたから。
しかし、セイニーにとって声を荒げて怒った事も人生で初めてなら、正面から謝られたのも初めてだった。
自分が他人に怒った事に対して、素直に謝られる。
ただそれだけで思わず何もかも許してしまいそうになり、どうしていいか分からず黙ってしまった。
セイニーが黙ってしまったのでジルが風音に尋ねる。
ジル「どうして殴ったんですか?」
風音「あれさえ壊せば出て行けるって事だったからね」
その言葉にセイニーがビクッと震える。
風音「機械が相手は自信があったのもあってさ、一人で挑んでみたんだけど」
ダメだった、と首を振る。
凌舞「実際あり得ないだろ、至近距離でカザが機械に勝てないとか。なんか理由でもあったのか?」
風音「僕の中ではアレどっちかって言うと、機械よりも生物寄りなんだよ。だから技が効かないみたい」
その言葉に凌舞が首をひねり、理解出来ない様な微妙な反応をする。
風音「セイニーの逆だよ。セイニーは元が人間で、そこに機械の要素が加わってる。あいつはその逆。元が機械で、そこに科学技術で生物の細胞が加わってる。多分生物の細胞の比率の方が小さいと思うんだけど、そんなの関係無く効かないみたい」
凌舞「ふぅん・・・・・・。何で機械に生物の細胞なんか・・・・」
凌舞にとっては疑問のようだ。
風音はこれまでの経緯から、その回答は既に得ているが。
ジル「なるほど・・・・」
と呟いてジルが何か考え込む。
風音「ホントごめん。で、あのロボットを止めてくれたのはセイニーさん?」
セイニーが無言で頷く。
風音「ありがとう。あのまま続けてたら負けてたかもしれなかったから、助かったよ」
風音が礼を言う。
セイニー「・・・いえ」
セイニーが震える呼吸で一つ深呼吸をする。
風音「最初の機械もそうだったけど、セイニーさんが機械を制御出来るなら、あのロボットを動かなくする事も出来る?」
セイニー「それは・・・出来ないです。さっきのも止められるかどうか賭けみたいなものでしたから」
風音「賭け? 出来る時と出来ない時があるって事?」
セイニー「・・・状況によって。もし風音さんがこの島を出て行こうとして襲われていたなら止められなかったです。それを止める権限が私に無いので。脱獄と看守に対して怪我を負わせるのは大罪ですから。でも、それ以外の機械の動作は止める事が出来ます」
ロボットに直接攻撃するのも大概だと思うが、そこは許してくれるようだ。
簡単に修復が可能だからだろうか。
あるいはそんな事をする奴は居ないという、想定外の事態だからか。
風音「じゃあさ、僕がロボットを攻撃して、すぐにセイニーさんがロボットを止める。ってのを繰り返して倒す事って出来るかな?」
セイニー「・・・無理だと思います。島にある他の単純な機械なら出来ると思いますけど・・・しばらく戦っていたのでしたら知っているんじゃないですか? あのロボットは学習します。私が加担している事が分かったら、私は権限を奪われて制御出来なくなるだけだと思います」
学習している事は風音も戦っている時に予想していた。人工知能でも搭載されているのだろうか。
風音(人工知能って超長期間放置したら動かなくなったりする事も多いんだけどな・・・・止まっている間は人工知能も静止してるのかな? それとも人工知能ってほどレベルの高い物ではないって事か?)
風音が額に手を当てて考え込む。
凌舞「結局アレって何が出来るんだ? やっぱり電気とか翻訳機が止まったのもアレが原因?」
その問いに答えるかセイニーが悩む。
教えてしまったら風音は対策を立ててまた挑みに行くかもしれない。
でも、逆に知る事で諦めてくれるかもしれない。セイニーとしてはもう二度と風音にアレと戦ってほしくない。
セイニー「はい。さっきのはあのロボットによるものです」
と、諦めてくれる方に賭け、詳細を話す事に決めた。
セイニー「まず、あのロボットの攻撃手段は単純な物理攻撃のみなんですが」
凌舞「えっ? それ超ザコ敵じゃない?」
風音が苦戦したと言っていたので、余程面倒臭い兵器なのかと思っていた。
セイニー「その代わり、どんなダメージもすぐに回復します。これは際限なく永遠に回復し続ける事が出来ます」
凌舞「あ~~、永遠ってのはちょっと厄介かも。癒々とかカザでもカロリー尽きるまでだしな。大怪我だったら四、五回が限度だっけ」
直後に意見が反転する。
セイニー「あと限界無く学習してあらゆる能力を上方更新していくので、あなた方の身体能力がいかに人間離れしていても反応できるのは最初だけで、いずれ必ずその限界を超えてきます」
凌舞「チートじゃねぇか。っていうか、何で機械なのに武器使わないんだ? 様式美みたいなもんか?」
物理攻撃しかしないロボットなど、全宇宙を探してもかなりレアなはずだ。
セイニー「使わないというか、使えないんです。体の中心部に球体の機械があるんですが、それがあらゆる機械を停止させる強力な妨害装置になっているんです。さっきユニルさんが言っていた島の周りにある妨害とは比較にならないですよ」
と軽く言っているが、島の周りの妨害ですら裏側の最新の技術が必要なほどの威力である。
おそらくセイニーの時代の科学力がその気になれば、裏側に存在する全ての機械を強制的に停止させる事など余裕で出来るのだろう。
セイニー「さっき昔話をした時に言いましたが、私の時代のほとんどの人は機械と身体を融合させていたんですよ。囚人によっては機械のおかげで超人的な性能を持つ体の人も居ました」
言い終えると同時くらいにセイニーが右手を顔の横辺りに挙げ、次の瞬間隣に座っていた風音の頭に付いている髪留めをひとつ、常人では反応出来ないほどの速さで奪い取る。
凌舞「うわっ、すげぇな」
肩から先の筋力しか使っていなかったセイニーの細腕から、グローブを付けていないボクサーのジャブくらいの速さが出た。
凌舞のイメージ的に、セイニーは基本俊敏な動きは出来ないものだと思っていただけに、かなり意外な光景に映る。
そして当の風音は特に反応する事も無く、何か考えている。
セイニー「私ですらこれくらいは出来ます。これは私の持つ潜在的な力だけに頼ったものですけど、意図的に強力な機械を融合させた人の身体能力はこんなものじゃなかったんですよ?」
そう言いながら、奪った髪留めを風音に返そうと差し出す。
風音「あ、どうも。でも、さっき可愛いとか言ってたから、良かったらあげるけど・・・」
使い古したやつなら人にあげるのは抵抗があるが、ちょうど今セイニーが取ったものはつい最近新しく付け替えたばかりの新品だ。
出会った時に可愛いと言っていた事を思い出してプレゼントしようとしたが。
風音「・・・と思ったけど、野郎が頭に付けてた物なんて要らないか」
また今度新しいものを用意するかな、と思って受け取ろうと手を伸ばした時にはもう、セイニーの服のポケットにないないされていた。
セイニー「ありがとうございます」
風音「・・・うん、まぁ喜んで頂けたようで何より」
凌舞「っつーか反応薄いな、カザ。今の動きは驚くとこだろ」
風音「ん? うん、まぁさっきのロボットよりセイニーの細胞の方が優秀なんでしょ? じゃああれくらいは出来て当然なのかなって」
例のロボットの拳は、あの巨体で今のセイニーの動きどころの速度ではなかった。
セイニー「・・・とにかく話を戻しますね? そんな超人的な人でも、根本は機械の力によるものですから、その機械が機能しなくなると力を発揮出来ないのは当然の事、融合した生体部分も動けなくなるんです。・・・つまりそういう人達は、あのロボットの妨害装置の前では常人よりも無力な存在になるんです」
この妨害装置こそが、あのロボットが持つ最大の兵器であり、対囚人用に特化した部分という事だろう。
風音はロボットと戦っている間、何か切り札のような物を隠し持っているのではないかと警戒しながら戦っていたが、隠しているどころか起動した時から使っていたという事だ。
風音「で、その機械を止めてしまう妨害装置のせいで、自分も兵器が使えないって事?」
セイニー「はい。もちろんやりようによっては使えるのでしょうけど・・・機械ではない銃や刃物のような武器を持たせるとか。でも囚人さえ確実に排除できれば良いだけですから・・・さっきも言ってましたが、戦争に使う兵器ではない訳ですし」
とセイニーは言うが、強力な兵器のほとんどがコンピューターで制御されているこの時代。相手の機械を強制的に止めながら一方的に攻める事が出来るなら充分戦争でも活躍できそうだ。
凌舞「素朴な疑問なんだけど、何でセイニーとロボット自身は動けるんだ?」
先程妨害装置が発動中にセイニーが走っていたのを思い出して尋ねる。
セイニー「ロボットに関しては単に妨害装置の真後ろだけ妨害されない安全な場所があって、そこにロボット全体の動きを制御する機械が置かれてあるだけですけど・・・私に関しては・・・何ででしょうねぇ?」
クリンと首を傾げる。
凌舞「ねぇ? ・・・って。自分でも分からないのか」
セイニー「私の細胞は『生きた機械』って言われてましたし・・・生まれた時からこの体なので、厳密に言えば機械じゃないから・・・・・じゃないですか? 知りませんけど。・・・でも確か、あのロボットも生きた機械を素材として使ったとか言ってたような・・・・・・でも私と違って元々が機械だから・・・」
思い出そうとするも、昔の事なのではっきりとは覚えていない。
少なくともセイニーの細胞は兵器に転用出来なかったというのは聞いた事があるが・・・だとしたら何を元にして出来ている素材なのか・・・・・。
セイニーが首を更に捻る。
ここで不意に風音が質問する。
風音「あと、突然だけどスカート破いたら怒る?」
風音以外の三人にとっては唐突に意味不明な質問が繰り出された。
セイニー「・・・別に怒りませんけど?」
セイニーが困惑している。
凌舞「お前この状況で何言ってんの? ふざけてんのか?」
隣で凌舞が軽く睨む。
風音「いや、結構真面目な話なんだけど。行動する度に風でめくれるのがなんか気になるし邪魔でさ。女の人ってよくこんなの普段から穿いてるね」
風音が自分のスカートをつまんでひらひらと振る。
スカートを見ながら、さっき戦闘中に一瞬視界が奪われた事を思い出す。今すぐ破る気はないが、状況によっては有り得るかもしれない。
凌舞「あぁ、カザが穿いてるスカートか。そういう事ね。てっきりカザがセイニーの穿いてるスカートを破っていいかどうか聞いてんのかなと思ったよ」
風音「シノは僕の事どんだけ変態だと思ってんの?」
呆れながら言う。
セイニー「あ、私もそういう意味で聞いていると思ってましたけど・・・・・・」
風音「お、おぉ・・・マジですか・・・・・って言うか、セイニーさん。目の前の男から突然スカート破られたらさすがに怒った方が良いよ」
まさかそう解釈した上で怒らないと言っていたとは思わなかった。
凌舞「たくし上げて腰んとこで結んどけば? シワになるけど破るよかいいだろ」
ズボンの中に入れるという選択肢をさっき拒否されたので、妥協案を出す。
風音「あ、それいいかも」
今度の案には納得し、早速腰のあたりまで布を持ち上げて落ちてこない様に縛る。
セイニー「・・・どうしてそんなにスカートの動きを気にする必要があるんですか?」
この後の風音の答えはセイニーにも薄々予想できたので、既に落ち込んでいるような表情になりながら尋ねる。
風音「もちろん、アイツを倒すために万全を期しておかないと」
当然風音は再戦する気満々だ。
セイニー「・・・今までの説明でも分かったと思いますけど、無理ですよそんなの。諦めた方が良いです。あなた達には死んでほしくないですし」
困り果てた表情で言う。
風音「いや、聞く限りいけそうな気はするよ。要は短期決戦で・・・・・」
ジル「いえ、その必要はありません」
凌舞と風音の背後に立っていたジルが風音の返答に割り込むようにそう言うと、軽く腕を引く。
その腕の動きと連動するように、風音の右手首と凌舞の後ろ髪の毛がバッサリと床に落ちた。