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カノン  作者: しき
第1話
5/149

遺物4

 午後3時50分  上空7800m エレガ リビングルーム


 空飛ぶ家こと『エレガ』の中は、本当に家の中と同じような造りになっていた。

 キッチンからリビングルーム、個室の他にもトイレや風呂まで、確かに長期生活に必要なものは全て揃っている。


 基本的には快適に過ごせるとは言え、もちろん地上の家とは違う所もある。

 中でも風音かざねが特に気に入らなかったのは、風呂が水ではなく電気で体を綺麗にするというシステムを採用している事だった。

 ジルは水よりもむしろ綺麗にしてくれますよ、と言っていたが、そういう問題ではないのだ。何か物足りないのだ。


 他にもリビングルームと操縦室が繋がっているので、リビングに居る時は部屋の一角から、やけに近未来を感じさせる機械の塊が嫌でも目に入る。

 落ち着ける空間を目的としたリビングで、わざわざ物々しい空気感を演出されるのは・・・と、ユニルが設計者はセンスの欠片も無い、とぼやいていた。


 各自自分の部屋が割り当てられたが基本的には仕事で来ているので、現在は皆リビングルームに集まっている。


 エレガに乗り込んでから早三時間。

 部屋の様子はというと、煉也れんやは未だにずっと寝たままでソファに転がっており、ジルの方は何かトラブルでもあったのか、操縦室でしきりに首をひねっている。


 そこに風音の叫び声が響いた。


風音「やっってられるか!! こんなもん!!!」


 叫びながら手に持っていた五枚のカードをテーブルに叩きつける。

 操縦室で首をひねるジルの少し離れた後ろの方で、テーブルを挟んで風音と凌舞しのぶの二人が食事当番を賭けて賭けポーカーをやっていた。


風音「17連敗て!!!!!」


 ドンッ! とテーブルを叩く。


凌舞「ホンットに、弱いな」


ユニル「ええ、見てて哀しくなるほどに。やっぱり賭け事には向いて無いですね、風音さんは」


 山札の横に座って観戦していたユニルは、途中までは風音を励ましていたが、途中から悟りを開いた様な表情で静かに見守っていた。


風音「イカサマやってないか? シノ?」


 風音が上目づかいで凌舞に疑いの眼差しを向ける。


凌舞「どの段階でイカサマなんて出来るんだよ。大体お前の動体視力の前でイカサマ出来る奴なんて何処に居るんだよ」


風音「そういえば何故か最初から僕がカードを配ってるところが怪しい。次からはシノが配って」


 そう言って凌舞の前にカードの山を置く。


凌舞「何言ってんだお前は。カザがカード配るから俺がイカサマ出来ないんだろが。普通はカード配ってる奴が怪しまれるもんだろ?」


 凌舞がカードを風音の前に置き直す。


風音「普通はカード配ってる奴が怪しい? ・・・聞き捨てならないな、遠回しに僕がイカサマをやってると言いたいのかな?」


 風音がやれやれといった様子で首を振る。


凌舞「いや別にそういうつもりで言ったんじゃない。・・・・・って言うか」


ユニル「風音さんがイカサマやってないのは、結果を見れば分かりますし。もしこれがイカサマやった上での結果なら、かなりのおバカさんですよ?」


 ユニルが達観たっかんした表情で言う。


風音「だっっって!! おかしいよ! こんな運が九割を占めるゲームで17連敗て!!」


凌舞「ほんとにな。こっちも聞きたいわ、どうやったらそんなに負けれんだよ?」


 自分のふがいなさ? に怒る風音に更に凌舞が追い打ちをかける。


 呪いでもかけそうな表情でトランプを見つめる風音の後ろに、少し様子がおかしいジルの姿が見えた。

 しきりに首をひねっているので、なんとなく気になり凌舞が席を立つ。


風音「ん? どこに行くつもり? これから僕が18連勝しようって時に」


 呼び止める風音を一瞬見た後、凌舞がユニルを呼び寄せ小声で話す。


凌舞「ちょっと操縦室の様子が気になるから見てくるわ。その間カザの相手しといてくれ。・・・・出来る事なら、もう面倒臭いから俺に復讐する気が無くなるように説得して貰えると助かる」


ユニル「う~~~~ん。ちょっと難しいな・・・。まあ、はい。分かりました」


 と、ユニルが一応引き受ける。


凌舞「じゃ、ちょっと見てくるわ」


 凌舞が操縦室の方へと向かう。後ろから二人の会話が聞こえてくる。


風音「ちょっ! シノ! 逃げるな!」


ユニル「か~ざ~ねさんっ。ちょっと良いですか?」


風音「ん? なにかな?」


ユニル「凌舞さんにやり返したい気持ちは分かりますが、少し私の話を聞いてください。これからの人生の、何かの参考になるかもしれませんし」


風音「どんな話?」


ユニル「己の実力の、その底の浅さも知らずに愚かにも神に挑んだアリンコの物語です。そのアリは何度も神に挑み続けたのです」


 ふむ、と早速興味を引かれたのか風音が聞き入る。


風音「何かかっこいいねぇ、そのアリ」


ユニル「いえ、そんな良いものじゃありません。彼は傲慢ごうまんに満ちていたのです。何と17回も敗れたくせに、その後堂々と言い放った言葉が『別に何の問題も無い。これから18回勝てば済む事だ』だったのです」


凌舞(いやいや! 露骨ろこつすぎるだろその例えは! アレで説得するつもりなのか?)


 二人の声を聞いていた凌舞が、思わず一瞬立ち止まって心の中で非難の声をあげる。


ユニル「確かに諦めないという事は大事です。でもそれ以上に自分に何が出来るのか――己の実力を知る事の方が大事な時もあります。それに気付かなかったアリはあろうことか、去ろうとする神に向かって『逃げるな!!』と言い放ちます」


 風音がまゆをひそめる。


風音「・・・痛々しいな。誰か止めてあげれば良いのに」


凌舞 (・・・・・・・・・・)


 なんか説得出来そうな空気になっている。

 とここまで聞いていたが、ジルがもう目の前に居るので後ろの会話に意識を向けるのを止め、凌舞がジルに話しかける。


凌舞「何かトラブルか?」


 ジルが振り返り、難しい顔をする。


ジル「ええ。さっきから何度か精密機械関連がほぼ全てダウンしています」


凌舞「めちゃくちゃピンチじゃねぇか。このまま墜落ついらくとかしないだろうな?」


ジル「その心配はありません。まず電気はエレガの周りの風力を利用してその場で作る事が出来ます。これにより生活する分には何の問題もありません。あと墜落に関してですが、機械製ではない、裏側の自然界に存在する反重力鉱石こうせきを使用していますので、仮に電気、機械が全てストップしたとしてもエレガは浮き続ける事が可能です。手動で調整する事で安全に地上にも戻れます。・・・・・が」


 ジルがまゆをひそめる。


ジル「今、目の前にある空域くういきが、片桐師範にはどう映りますか?」


 問われて、凌舞が前方のガラス窓から外を見つめる。

 何度か視線を左右に動かしながら眺めてみたが、何の事は無い、普通に空が広がっているだけだった。


凌舞「名前が煉兄ぃとかぶってややこしいから、凌舞って呼んでくれ。・・・普通の空、としか言いようが無い」


ジル「そうなんです。普通の空、ですよね。でも、どうもこの空域に入ると機械の調子が悪くなるみたいです」


 先程から、ジルが手動でエレガを操り付近を探っていたのだが、どうやら決まった場所で異常が発生するらしい。今はその場所の外に居るので、機械は正常に動いている。


凌舞「ふ~ん。昔はこの現象をグレムリン効果って呼んでたらしいけど、実際あるんだな」


ジル「え!? これよくある事なんですか!?」


 演技なのか本気なのか、ジルが大袈裟おおげさに驚く。


凌舞「ああ、昔はな。 グレムリンっていう機械を狂わせる怪物が空に潜んでて、そいつが飛行機の機械を壊しちまうんだよ。そのまま墜落するケースもあれば、グレムリンが去ったのか、しばらくしたら回復して、持ち直すケースもあったとか」


ジル「なっ!? 何ですかその危険生物は!?」


 裏側でも聞いた事が無い事例だ。


凌舞「いやそんなびっくりしなくても。迷信だよ。昔は飛行機の完成度が低かったから、長時間飛行してると突然機械が狂って操作不能って事が多かったんだ。そのまま墜落するのか、持ち直すのかはパイロットの腕と運次第、ってな。それを空想上の生き物のせいにしたとか言われてるけど。・・・まぁ、生き残ったパイロットの証言によっては、本当にグレムリンが存在するんじゃないかと疑うような、不思議な現象を体験した人も居たらしいけど」


 そういうのは、極限状況でのパニック状態が幻覚を見せたのだろう、と凌舞は否定的に解釈している。


ジル「・・・ちょっとこれを見て下さい」


 ジルが操縦席の横にある小さな机の上に地図を広げる。

 そして地図上の特に何も無い場所に指先で線を引く。


ジル「さっきも言いましたが、このラインを越えると機械の調子が悪くなります。・・・ですので残念ながら怪物の仕業と言うよりは、場所の影響だと思われます」


凌舞「残念ながら・・・って、グレムリンが見たかったのか?」


ジル「まぁ、見れるものなら」


 当然の様に言うジルに凌舞が、やっぱ宇宙人って変わってんな。という感想を抱く。

 凌舞がしばらく地図を凝視していたが、考えがまとまらなかったのか小さくため息を吐いた後、風音の方に向かって叫ぶ。


凌舞「お~~い、カザ! ちょっとこれからの方針について確認しときたい事があるから、こっちに来てくれ!」


 リビングルームで、ユニルと熱心に話し込んでいた風音が操縦室の方を見やる。

 凌舞の呼び声を聞き、ゆっくりと立ち上がり、テーブルの方から操縦室へと風音が来る。


風音「はわきまえないといけない。でも、己の可能性を信じるなという意味ではない」


 操縦室に着くなりんだ瞳でそう呟く。


凌舞「お、おう。そうか」


 説得されたというか、洗脳されたに近いように感じる。

 凌舞が風音に付いて来たユニルの方を見ると、ユニルがウインクしながら親指を立てた。

 ジルが風音に、先程凌舞に対してした様に現在の状況を説明する。


風音「へ~、不思議な事もあるもんだね。・・・・で? これからどうすんの?」


ジル「はい。それを風音さんに決めて頂こうかと思いまして。一応私の意見としては、やはり今回の仕事内容に何か関係しているかもしれないので、この空域をきちんと調査するべきだと思いますが」


 ジルが地図を指差しながら言う。


風音「あぁ、そりゃそうだね。今だから言うけど、正直今回の仕事は全然信用してなかったからさ。まさかホントに何かあるとは思わなかったよ。疑ってしまったレイさんへの謝罪の意味も込めて、徹底的に調べないと」


 一応出発前にネットでこの件を調べて来た。新種の花が降って来たというのは本当だったようで、小さく記事になっていた。

 他星から宇宙港に入ってくる船は必ず機械でチェックされるので、他の星からやって来た植物の可能性は低い事から、地球に存在する新種の花だと分析されていた。


 本来ならかなり不思議な出来事で、もっと大きく扱われていてもおかしくない内容だ。

 でも何せフェクトでの事だ。何が起こっても宇宙人の悪戯いたずらではないかと解釈される。扱いが小さかったのもそのせいだろう。

 風音が指をポキポキと鳴らす。


ジル「では、ここからは手動に切り替えて運転させていただきます。思った様に動かなくなる部分もあると思いますので、気長に調査するつもりでいて下さいね」


 喋りながらも、てきぱきと『非常用』と赤で描かれた位置にあるレバーを操作する。手前にある小さなレバーを倒すと、モニターに『手動』と文字が出て、至る所に並んであるスイッチの光が消えた。ほぼ全てのシステムが手動に切り替わった事が一目でわかる。

 そしてしばらくしてエレガが前方に移動すると、モニターの文字がちらつき始める。


凌舞「おっ、ホントに壊れ始めた。って言っても完全に動かなくなる訳じゃないみたいだな。モニターもかなり調子は悪そうだけど完全に消えはしないし」


ジル「これでも一応、未確認惑星調査機ですからね。妨害電波や電磁波から機械を守れるように、それなりに強固な防御機構を備えてありますので」


 と言うジルの意見もむなしく、モニターは今にも消えそうだ。

 例の空域に向かって前進するにつれ調子が悪くなってきている事から見て、モニターが完全に映らなくなるのも時間の問題かと思われる。


凌舞「って事は・・・」


 凌舞がポケットの中から携帯電話を取り出す。


凌舞「やっぱり。このレベルの機械は完全にイカレてるな。データとか消えてたらどうしよう」


 あまり困って無さそうな声を出しながら動かない携帯電話を見る。


風音「まぁこの程度の障害なら、裏側の最新技術を使えば完全に防御できると思うけど。お金ケチるからこんな目に遭うんじゃない?」


 それなりの技術でこれだけ抵抗出来たのだから、最新技術なら防御出来るだろう。

 今度は風音がモニターを指差しながらジルに尋ねる。


ジル「完璧な防御を搭載するとかなりのお金がかかるのは事実ですが、お金をケチった訳ではないと思います。手動で自由に動かせる機械に、そこまで強力な防御機構システムを積むのは割に合わないと判断されただけでしょう。最悪、現在の様に手動で操作すればいいだけの事ですから」


風音「へぇ・・・・・。まぁ確かにそうかもね」


 要するにケチったって事じゃないの? という疑問を飲み込み、相手の言い分に合わせる。


風音(そういえば、僕の携帯も壊れてるのかな? 割と最新機種なんだけど・・・)


 どうせ壊れていると確信しながらも、一応ポケットから携帯端末を取り出してみる。

 特に想像を裏切られる事も無く、思った通り動かない。

 などと話している間に、モニターが映らなくなる。完全にイカれたようだ。


風音(そりゃそっか。最新機種ったってそんな機能付いてる訳無いし――――――――)


ジル「この辺りまで来ると、エレガの防御では防げないようですね・・・・・・」


 とジルがつぶやいたその時。

 全員の体の中を何かが通過したような感覚に襲われる。


風音・ジル・凌舞「!!!!!」


 風音の背筋に冷たいモノが走り、全身が粟立あわだつ。

 同時に背後で衣擦きぬずれの音がした。寝ていた煉也が起きたのだろうか。


風音(何だ? 今のは・・・。 自分の中を何かが通った・・・って言うよりは、こっちが何かの中に入っていったような感覚、か?)


 その違和感以外にも、背後から異様な気配が漂ってくるのを感じる。

 横目で振り返ると、さっきまでソファで寝ていたはずの煉也がリビングルームのど真ん中で、居合いの構えをとって眼を左右に動かしていた。


煉也「おい。風音。何だ今のは? お前か?」


 警戒しているのかかなり低い声で聞いてきたので、風音がつとめて明るく答える。


風音「僕じゃないよ。何なのかは僕等にもよく分からないって状況。っていうか気になるならそのまま起きててよ。もう仕事始まってるんだし」


煉也「そうか・・・」


 そう言うと、再びソファの方へと歩いて行き、ごろんと横になりそのまま眠りにつく。


風音「神経太すぎるな、あの人」


 眠りに落ちた煉也を見ていた風音の腕を、凌舞が引っ張る。


風音「ん? なに?」


 後ろに向けていた顔を正面に向けると、モニター横の窓から異様な光景が見えた。


風音「うわ・・・・。なんじゃこりゃ」


 眼下がんかには大きな島が広がっている。さっきまで前方を眺めていた時はこんなものは無かったはずだ。

 当然空に浮いている事になるが、それにしては信じられないくらい大きい。

 よく見るとそこには川も山も森も谷も草原も砂漠も、あらゆるものが混在している。


風音「まるで縮図・・・だな。世界の」


 誰が何のために作ったのか。

 地球の技術ではこんな物は作れないだろう。だから宇宙人が・・・とも思ったが、こんな大きさのモノを秘密裏ひみつりに作れるほどの技術は全宇宙どこを探しても無いだろう。


凌舞「・・・どう思う? カザ」


 しばらくほうけていた凌舞がようやく口を開く。


風音「ジルは? これについて何か知らない?」


 横目でジルに視線を送る。


ジル「いえ全く。我々異星人が作ったのでは? という意味で聞かれたのでしょうが、こんなものを作ろうと思えばかなり大掛かりな作業になりますよ。 誰にも知られずに作るのは不可能です。ですから元からここにあった、としか考えられませんが」


 風音が考えていた通りの回答が返ってきた。


風音「だろうね。まぁでも、考えようによっては逆にそんな驚くほどの事じゃないのかも。元々空に咲く花をんで来いって依頼だったんだから。 上空から花が降って来たってのが事実なら、むしろ何も無い方が不自然な訳だし」


 原因があっただけ正常だとも言える。

 完全に原因不明で新種の花が空から降ってくる方が怖いのだから。


 とはいえ、この浮き島を見るまでは依頼内容など都市伝説くらいにしか信用していなかったのだが。


ジル「まぁ取り敢えずどこか降りられる所を探して降りてみましょうか。このまま眺めていても花は手に入りませんし」


風音「うん、頼むよ」


 そんな二人に対し、凌舞が一人反対の声をあげる。


凌舞「おいおいマジか? 一旦帰った方がよくないか? 危険じゃないのかここ。だってお前、さっきまで見えてなかったんだぞ? いきなり現れたんだぞ? それに対して危機感は無いのか?」


風音「危険かもしれないけど、何かワクワクするだろこういうの。ここで帰るなんて勿体もったいないって絶対」


凌舞「いやそーゆーこっちゃ無くて。 こういう誰も知らない所の調査って、一旦報告しに戻ってから後日改めて調査ってのが普通だろ?」


 うんうんと風音が頷く。


風音「相変わらず良い事言うね。なんって優等生な意見。 ただ、残念ながら多数決により調査を優先する事になりました。少数派は失せなぁ」


 風音が凌舞の方に向けて親指を立てる。

 ちょっとイラッとした凌舞が風音の立てた親指をつまんで折りにかかる。焦った風音が素早く手を引っ込めた。


凌舞「はいはい好きにしろ。言い出したら聞きゃしねぇ」


 凌舞があきらめる。


ジル「はい、では着陸します。揺れないとは思いますが、一応何かに掴まっておいてください」


 言われて凌舞と風音がお互いのそでを掴む。


ジル「いや、それは多分意味が無いです」


 早急に突っ込む。


風音「えっ? あっ、ホントだ」


 風音が照れる。


凌舞「俺は割とマジでやってたんだけどな。だってカザがピンチになったらペットが勝手に助けてくれるし。掴まっときゃ安全かな、と」


ユニル「ペットってゆーな。パートナーってゆえー」


 そこら辺を飛び回っていたユニルが、凌舞の方を向いて頬を膨らませる。


凌舞「はいはい。カザの嫁が助けてくれるかな、と思ってさ。掴んだって訳だ。 これでいいか?」


 凌舞が投げやりに言う。


ユニル「よ・・・め・・・・? 嫁ぇ? もぉ・・・、もぉ~~~~~」


 満面の笑みで縦にくるくると回転しながら凌舞に近付き、凌舞の頭を撫で回す。


ユニル「何かあったら二人共助けるってぇ? そんなのとーぜんよぉ。大事なパートナーと親友だしぃ? ・・・ぃや嫁ってもぉ・・・。もぉ~~しのぶさぁん」


 デレッデレの顔をしたユニルの手に力が入る。


凌舞 (うっっっざ)


 頭をぐりぐりとでくり回されながら、下らない事を言わなきゃ良かったと本気で後悔する。 

 どうやらこのままでも大丈夫らしいと判断したジルが着陸作業を再開する。

 この浮き島を見付けた時、丁度真下の森の中に広場があった。そこに着陸出来そうなのでゆっくりと降りていく。 

 特に何のトラブルも無く着陸に成功し、全員が改めて窓から島の様子を眺める。


風音「似てる様で下とは全く違うな。ここ」


 これが最初の感想だった。

 遠くから全体を見ると確かに地上と似ているが、近くで見ると見た事の無い植物や虫が山ほど目に留まる。


風音(虫? 生き物がいるのかここ。こいつ等どこから来たんだ?)


 まさか生き物がいるとは思わなかった風音が、窓越しに興味深く観察する。


凌舞「まぁ、見てても仕方ないし一旦降りてみようか」


 言うが早いか、凌舞が地上から持ってきたかばんを持ち、出入り口の扉を開け地上へと降り立つ。


ジル「一番反対していた割に、仕事熱心な方ですね。虫がいるって事は何か別の生き物もいるかもしれないので、気を付けてくださいね」


 注意しながらジルが凌舞の後に続く。と。


風音「ん~~~? ・・・ここ・・・・・って?」


 モニター、そして窓の外を眺めながら風音が呟く。

 独り言に近かったのだが外に居る凌舞にも聞こえていたらしく、出入り口付近で聞き返す。


凌舞「どうした? もしかして見覚えあんのか? もしかしてここがカザの故郷ってオチじゃないよな?」


 風音の身体能力の高さや歳不相応な外見など、明らかに地球人離れしている部分も多いので、実際そうでも不思議はないのだが。


風音「いやどうだろ? 分かんない。実は本当にそうかも」


 窓の外を眺めながら難しい顔をする。

 そんな風音の様子をしばらく見ていた凌舞が、軽く首を傾げた後、島へと降り立つ。

 風音がしばらくその場でじっとモニターを見る。手動、の字がはっきりと映っていた。さっきまでは何も映っていなかったのに。治ったのだろうか。

 ポケットから携帯端末を取り出して見ると、圏外になっているもののやはりこちらも治っている。


風音(この島じゃなく、この島の周囲だけが機械を狂わせるのか・・・? 意味は・・・・普通に考えるなら侵入防止・・・かな)


 取り出した携帯電話をあごに当てて考える。


ユニル「ねぇ、風音さん? もしかしてここって・・・シャロンの用意した大掛かりなドッキリなんじゃ・・・」


 小声でユニルが言う。


風音「あ、やっぱりユニィも気付いた?」


ユニル「やっぱり、って事は風音さんも気付いてたんですね。私が気付いてめて貰おうと思ってたのに」


 ユニルが悔しそうな顔をする。


風音「確かにちょっと不自然だったからね」


 風音がユニルに向かって爽やかに笑う。


ユニル「ええ」


 ユニルの言う不自然というのは、先程機械が本格的に壊れ始めた時の事である。

 最近は小型化に加えワイヤレス化し、付けていても全く違和感も無く目立たないタイプの物が出回っている事もあり、身に付ける事が当たり前すぎて、寝る時に取り外す事も忘れてしまうことがよくあるという『翻訳機』。

 これのおかげで風音はジルと話せるのだ。


 ちなみにユニルは翻訳機が無ければ妖精族以外とは会話が出来ない。ただ、契約している風音とは翻訳機無しで話す事が出来るので、契約している間は風音や他の日本語を使う者とは例外的に話せる。


 この翻訳機がエレガ以上の耐久力を持つ筈が無い。機械が壊れ始めたあの時、壊れていた筈なのだ。

 だが、その間のジルの言葉はユニルも風音も全て理解出来た。

 ただ、その時は何故会話が出来るのかその理由が分からなかったのでユニルは今まで黙っていた。

 安易な発言で場の空気を乱すより、まず風音に相談してからにしよう。とえて矛盾に気付かない振りをしていた。


 落ち着いた今になって冷静に考えてみると簡単な話だ。

 翻訳機は別にお互いが持っている必要はなく、どちらか片方が持っているだけで会話が出来る。

 体が小さいため超小型で脆弱ぜいじゃくな翻訳機しか付ける事が出来ない自分ユニルがジルと会話出来るという事は、ジルの翻訳機が生きているという事。

 おそらくジル側がかなり高性能な翻訳機を持っているのだろう。

 先程風音が言っていたように例の障害はそれほど重いものではないので、裏側の最新技術なら防御可能なはず。

 だがこんな花の調査という小さな任務で、そんな最新技術を駆使した様な装備を持ってくる訳が無い。

 ・・・とすれば、予めこの事態を予測していたという事になる。


 仮にそうだとするなら、では何の為にジルは知らないと嘘をついていたのか。

 一言で言えば、こちらを何らかの罠にはめようとしている可能性が高い。とはいえ、命を奪われるような殺意のある罠なら事前に風音が気付く。

 風音は修業時代にくぐり抜けた地獄や、乗組員を集める為に宇宙を旅していた頃の経験から勘が研ぎ澄まされ、自分に対する殺意には相当敏感に反応するようになった。

 そうならないと生きていけなかったからだ。


 仮にジルが殺意を持って風音達の生命を脅かすような事を企んでいたなら、とっくに感付かれ今頃風音と凌舞の二人掛かりで取り押さえられているだろう。

 となると大きな罠ではない、つまり小さな罠=ドッキリ。という結論に至った。

 ユニルはドッキリと表現しているが、正確にはドッキリというか自分達がシャロンに何かを試されているのではないか? という意味だ。


風音「まぁ一応ジルの動きにも警戒しといた方が良いのかな?」


 これだけ大掛かりな物を秘密裏に作るというのは不可能という意見。あの意見も嘘とは思えないし風音も同意したが、それはあくまで普通に作ろうとすればの話。

 何らかの理由があって開星当初から計画されていたとしたら・・・五年もあった訳だから、裏側の技術なら・・・・・。


ユニル「そうですねぇ。目的が分かりませんし。驚かされるのもしゃくですし」


 そのやり取りを最後に、風音とユニルも島に降り立つ。もう面倒臭いので煉也は寝かせておいた。

 島に降りるなり、凌舞がこちらを呼ぶ声が聞こえる。


凌舞「お~~~い、カザ! 凄ぇぞ、ここ! リロ、リロが居る!」


風音「はぁ?」


 リロと言えばカノンの乗組員の一人。

 風音の顔を見るとすぐに逃げるので、風音は『もしかしたら自分は相当嫌われているのかも』と感じているが、その原因が見当たらないのが最近の悩みの種。


 呼び声の方に風音が近付くと、凌舞がしゃがみこんで地面を見ていた。


風音「何言ってんの? リロが居る訳無いだろ」


 そう言って凌舞の近くでしゃがんで凌舞の目線を追う。

 その先には、なんとも奇妙な虫が居た。


 腹の辺りに足が十本ほど生えている以外はカマキリに似ている。大きさも大型のカマキリくらい。

 胸には外側から内側に向かってとげが生えている。そして、四本指の鉤爪かぎづめがついた腕を左右三本ずつ生やしている。そこまではまだ良いが、奇妙なのは顔だ。


風音「これどういう構造なんだろ? 顔浮いてない?」


 言うなれば百円硬貨くらいの大きさの、分厚さ三ミリほどのハートマークの形の厚紙。

 そこに真ん丸なポッカリと開いた穴が二つ(これが目の様に見える)、その下に横向きの三日月型の穴が一つ(これが口に見える)。

 気持ちの悪い笑顔の様な、顔らしき物体が首から明らかに離れた場所に浮いている。


凌舞「これ顔じゃなくて疑似餌ぎじえみたいなもんじゃないか? ほれ、顔はその胸の上、首の辺りにおまけみたいに付いてあるその黒ちょぼ。それが目じゃないか?」


風音「あぁ、そうかも。・・・それはそれとして、これどうやって浮いてるんだろう?」


 ツンツンと指で顔?らしき物を突いてみる。顔が風音の指で押されて動く度、その下の体も動いている。

 よく見ると、物凄く見えにくい透明で糸のような細い管で繋がっているのが見えた。

 虫の方は警戒しているのか、手を広げて威嚇している。


凌舞「よく触われるな。気持ち悪くないのか? 毒持ってんじゃねぇか?」


風音「気持ち悪いけど・・・僕毒は効かないし。それよりこれのどこにリロの要素があるのか教えてくれんか」


 これに似てるとリロ本人の前で言ったら、泣かれるか半殺しにされるかの二択だ。

 と考えていると、空中を飛んでいた羽虫はむしに反応してその虫が動きを見せる。六本の腕を素早く動かし、一瞬で鮮やかに羽虫を捕えた。


風音「おぉ、かっこいい」


凌舞「ここからだ。よく見とけよ」


 捕えた羽虫を抑えつけ胸の前に持っていくと、胸がガバッと開く。その中に羽虫を放り込み胸を閉じる。これがこの生物の食事方法なのだろう。


風音「・・リロだ」


ユニル「リロさんだ」


 風音とユニルも認めた。

 リロも普段は口で食事をしているが、急いでいる時は胴体を開き直接食べ物を放り込む。たまに皿ごと食べる。


風音「よし。構えがカマキリに似てるからカマやんと名付けよう」


凌舞「そのセンスよ・・・」


風音「カマやんの食事方法グロい。って報告書に・・・・・・」


 言いかけた時、カマやんの様子がおかしくなる。胸の辺りがピクピクと動いた後、中から先程の羽虫がカマやんの体を突き破って出て来た。

 そして食べるでもなく、ただただ腹いせの様に羽虫がカマやんの周りを飛び回りながら、徹底的に攻撃し破壊する。

 そして体のほとんどが肉片になり辺りにばら撒かれた頃、カマやんの頭上にあった顔の様な物体が羽虫の方に飛んでいき、今度は羽虫の頭上辺りで浮いたまま止まった。

 その状態のまま羽虫はどこかへと飛んでいった。


凌舞「・・・・・・・・・・カマやん、もう死んだな」


 名付け後十数秒で逝去せいきょ


風音「・・・あの顔みたいなのは、カマやんとは関係無い寄生虫みたいなもんだったのかな。 出来るだけ強い生き物に寄生して食事のおこぼれを頂く様な生活スタイルなんだろ、多分。 途中浮いてるように見えた時も地面までくだを伸ばして突き刺してたし、最後も羽虫の頭に管突き刺してたよ」


凌舞「そんな冷静に分析出来る様な気分じゃないわ俺。・・・何か色んな生き様を一気に見たよな。ゾッとしたわマジで」


 凌舞がブルッと体を震わせる。

 カマやんの死体に軽く手を合わせてから二人共立ち上がる。


風音「そういえば、ジルはどこに行ったのかな?」


 ついさっきジルの行動には注意しておくと言ったばかりなのに、いきなり見失ってしまったようだ。

 キョロキョロと辺りを見回していると、ジルがこちらに向かって走ってきた。どうやらかなり森の奥の方まで行っていたのか、肩で息をするほど走ってきたようだ。


ジル「はぁ、はぁ・・・・・。まだここに居たのですか」


風音「うん。ごめん。虫見てた」


 すまない、と言うように手を立てて謝る。

 生き物を眺めている時間というのは、眺めている本人には短いようでも周りは結構な時間が経っているらしい。


ジル「いえ、別に構いませんが。あちらの森の中に現地の方がいらっしゃったので待って頂いてます。何か分かるかもしれませんし、話を聞きにいきませんか?」


 ジルの言葉に風音と、特に凌舞が唖然あぜんとする。


凌舞「現地の方って・・・人が居たのか!? この島に?」


 有り得ない、と首を振る。


ジル「何をそんなに驚いているのですか? 別にこれだけ広い土地ですから、人が居ても不思議ではありませんが・・・」


 ジルが不思議そうに首をひねる。

 いわゆる異星人とその星の人との間に時々起こる、感覚の違いだ。


 仮に地球人がある程度科学の発展した、人類が多く存在する見た事のない星に行ったとして、その星の空中に大きな陸があったとしたら。 

 そこに人が住んでいても特に疑問には思わず、元々そういう星だと解釈する人も居るだろう。

 その星の成り立ちや文化など何も知らないのだから。


 だがこの島自体をシャロンの仕掛けかも、と疑っている風音はともかく。

 元々この島が地球に存在したと思っていて、かつ一般的な地球人の感覚を持っている凌舞に言わせると、ここに人が住んでいるなど考えられない。


風音「・・・とにかく会いに行ってみようか」


ユニル「そうですね」


 と言っている二人よりも先をジルと凌舞が歩く。エレガから出た時といい、とにかく行動派な二人だ。

 二人の後を付いて行きながら風音とユニルが小声で会話する。


風音(もしドッキリだとしたら、その現地の人とかいう人が何か仕掛けてくるかも。もしかするとシャロンが僕達を試しているかもしれないから、一応気を張っておいて)


ユニル(はい。でも良いんですか? ・・・もしお遊びならわざと引っかかってあげるのも一興いっきょうかと思いますけど。全力で見破る気でかかるっていうのは大人げ無いと言うか)


風音(過去にひなさん相手にそれをやってりた。ドッキリに対しては、させない、見破る、企画倒れに追い込む、の三原則で動くのが基本)


ユニル(よっぽど過去に何かあったんですねぇ・・・・・・)


 ここまで真剣な風音も珍しいというくらい気合が入っている。

 雛さんとは、今エレガで寝ている煉也の双子の姉である。風音の天敵でもある。

 一時カノンに来たがっていたが煉也が阻止した。これは風音にとっては煉也に感謝状を出したいくらいの偉業だ。


 周囲を警戒しながらしばらく無言で進む。

 鬱蒼うっそうとした森の中を結構歩いただろうか。一体ジルは単独行動でどこまで行ってたんだと問いたくなるくらい進むと、森の中に少し開けた場所が見えてくる。


 よく見ると、ぽつんと切り株があり、そこに可愛らしい少女が腰かけている。

 木々の間から射す陽光ようこうと相まって、その光景は鳥肌が立つほど神秘的で、写真に撮って飾りたいくらい美しく見えた。


ユニル「ちっ!」


風音「何故舌打ち」


ユニル「べ~つ~に~~~~」


 少女を見た瞬間からユニルが不機嫌になる。


凌舞「マジで居たよ。ホントにここに住んでんのか?」


 凌舞も疑い始める。

 四人が近付くと、少女がにっこりと微笑みかけてくる。


少女「どうも、はじめまして。私の名前はトート・セイニーといいます。内気で優しい、で有名なセイニーですよ? 内気で優しい人は? と聞かれたら私を思い浮かべてくださいね? 歳は・・・幾つなんでしょうね? もう忘れました」


 そして初めて見た時の神秘的な雰囲気をぶっ壊しながら、ペラペラと話しかけてきた。


風音「どうも。僕は風音、音羽おとは風音かざねです。二隻の宇宙船の艦長をしてて、借金が多くて、犬好きで有名な大和産の風音です。歳はもうすぐ二十です」


 相手に合わせたような言い方で、風音もにっこりと微笑みながら言う。


ジル「別に対抗しなくてもいいですよ、風音さん」


風音「で、こっちがユニル」


 空中にいるユニルの方に手を向けて紹介する。


ユニル「私の情報少なっ!」


風音「や、だってジルがもういいって言うから」


ユニル「まぁ、別にそれでも構いませんが・・・一応自己紹介しておきますね。ユニル・フレイアロウです。風音さんの唯一のパートナーです。唯一の、という部分が重要ですので忘れないように」


 セイニーに向かってユニルが頭を下げる。


凌舞「で、俺が片桐かたぎり凌舞しのぶだ。呼ぶ時は凌舞でいい。ま、よろしくな」


セイニー「はい、よろしくお願いします」


 そう言って両手を差し出す。

 その片方ずつを風音と凌舞が掴んで握手する。


セイニー「へ~~。ジルさんが言った通りですね? 手を差し出すと握ってくれます。これが地上のあいさつなんですね?」


 風音達の何気ない行動に興味を持っているようだ。

 一瞬風音の中で(この子は異星人なのかな?)と感じた。今の握手のくだりが異星人との最初の会話で多いからだ。

 地球では握手をする事に違和感が無いが、裏側では滅多に無い風習のようだ。色んな星の知的生物と関わる環境にあると、危険の方が多いのかあまり初対面の相手に触れるという発想が無いらしい。


セイニー「かざねさんに、ゆにるさんに、しのぶさんですね。記憶を固定しました。もう忘れませんよ?」


 頭に刻み込むように三人の顔をじっくりと見ながら言う。

 風音も改めてセイニーを見る。


 歳は分からないと言っていたが、見た目で言うと16~17というところか。

 円形の模様が多数描いてある見た事も無い民族衣装を着ている。

 しかし顔の輪郭や顔の各パーツの凹凸などは、地球人のそれに近い。

 フェクトでは見た事の無い民族衣装を着ている人は、大体一目で宇宙人と分かるほど顔の形や雰囲気が違う。

 セイニーの顔は風音達同様、日本人に近いか・・・とも思ったが目力が強いと言うか眼球の黒い部分の割合が少し大きい。だからなのか綺麗な黒髪も相まって、部分的には人形に近い感じもする。

 特に目を引くのはその独特の髪型だ。

 これはツインテールなのか?

 頭の横に左右に尻尾しっぽが飛び出ている様な状態だが、その尻尾が空中に浮いている。

 この髪型に名前を付けるとするなら・・・ツインテール空中型?

 単にショートヘアの子が、空中に浮くタイプの変なエクステを付けているだけなのかもしれない。


風音(空中に浮いてる・・・さっきも見た様な気がするけど、これも見えにくい管だったりするのかな?)


 目を凝らして見るが頭と尻尾の間には何も見えない。


風音「ところでセイニーさん。その髪はどうやって浮かせているのかな?」


 分からなかったら聞いてみるのが一番だ。相手は虫ではないのだから。


セイニー「ん? これは浮いてる訳じゃないですよ? ほら」


 セイニーの手が頭と尻尾の間に触れると、何も無かった空間に髪飾りが出現する。


風音「!!?」


セイニー「これは設定次第で消えたように見せる髪飾りです。欲しいんですか? でも風音さんの髪飾りの方が可愛いですよ?」


 別に欲しくて聞いた訳ではないのだが。もっと言えば可愛さを追求しているわけでもない。


風音「おいおい、これって・・・」


風音(もしドッキリじゃなかったらえらい事だぞ。この技術は・・・)


 真剣な表情で悩む風音に凌舞が話しかける。


凌舞「そんな真剣に考える事か? 別にこれくらいの技術なら裏側のロストテクノロジーと比べたら大した事無いだろ。つか地球にもあるだろ透明になる服とか」


 確かに凌舞の言う通りだが、地球の技術など風音に言わせればおもちゃに等しい。

 警戒していれば消える服など瞬時に見破れる。

 そりゃ平和な街中で透明になる服を着た人が、微動だにせず気配を殺していれば、あるいは見逃してしまうかもしれないが・・・動けばすぐ気付くし、予め警戒した状態ならジッとしてても見破れる。

 だが今、風音はセイニーを全力で警戒していたのだ。にもかかわらずこの至近距離から全く気付けなかった。本当に何も無い様に見えた。


風音「だから問題なんだよ。比較対象を裏側のロストテクノロジーにせざるを得ない様な技術が『髪飾り』に使われてるんだから」


 興奮気味に主張するが。


ユニル「そんな事言ったらルミナなんて貴重なロストテクノロジーを、しょーもない機械を呼び出す為だけに三つも使ってるじゃないですか。髪飾りの方がいくらか有意義ですよ」


凌舞「確かに・・・確かに!」


風音「えらい言われようだな、ルミナ」


 風音が苦笑する。


凌舞「それに娯楽に高い技術が使われるってのは、そうおかしな事でもないだろ。最先端の技術ってのは、まず軍事、その次が医療を中心とした生活基盤、その次に娯楽に使われる事が多いんじゃなかったっけ。娯楽って生きてく上で重要なもんだし」


 風音の主張を適当にあしらい、凌舞が一つ咳払せきばらいしてからセイニーに向かって尋ねる。


凌舞「ところでさっそくで悪いんだけど、あんた本当にここに住んでんのか?」


セイニー「? はい」


 何故そんな事を聞くのか分からない、と言うようにセイニーがキョトンとする。


凌舞「あんたいつからここに居る? そもそもこの島はいつからここにあった?」


 矢継やつばやに質問する。


セイニー「いつから居たのかは忘れました。確か私さっき言いましたよ? 島は移動しますから、いつからここにあったのかは知りません」


 質問には答えているが、全く要領を得ない。


セイニー「私の方からも聞いていいですか? ジルさんは宇宙から来たと聞きましたが、本当ですか?」


 余程興味があるのか目を大きく開いて質問する。


風音「うん。ここに住んでたから下の情報を知らないのかな? 実は・・・」


 ここ五年の間に地球が劇的に変わった事と、風音自身裏側を冒険して色んな星に行ってきたことも端的たんてきに説明した。


セイニー「へぇ・・・本当だったんだ」


ジル「私ってそんなに信用ないですか?」


 ジルが顎に手を当てて考え込む。


セイニー「別に信じてなかった訳じゃないですよ? 全員身体の構成も違うみたいですし、そっちの小さい子なんて見るからに皆と違うし。一応聞いただけです」


凌舞「身体の構成って・・・いつ調べたんだよそんなもん」


ジル「全員・・・って事は無いでしょう。少なくとも凌舞さんと風音さんは同じ地球人ですから」


 二人から疑問の声が上がる。


セイニー「んん~~~~~~~~~? でも嘘は言ってないですよ? 違いますもん、全員」


 四人をじーっと見ながら言う。

 首をひねるセイニーに、風音が助け舟を出す。


風音「まぁ確かに僕は生い立ちから見ても、本当に地球人かどうか分からない所があるからね。異星人の存在が明らかになった今となっては、もしかしたら・・・って事もあり得るけど。でもそれ以前に僕とシノの身体の構成が違うのは当たり前だし」


ジル「えっ、何故です?」


凌舞「性別が違うだろが」


 当たり前だろ、と言うように呆れたように言う。


風音「うん。同じ地球人でも染色体レベルで全身違うはずだよ、僕等は」


ジル「せ、性別が違う? ・・・え? ・・・と言う事は、やはり風音さんは女性だったのですか?」


風音「なっ!? 何でそうなる!! 男だよ! 僕は!! やはりってどういう事だよ!」


 風音がジルに注意する。


ジル「え? それでは・・・」


 ジルが凌舞の方を見る。


ジル「あ、あぁ、なるほど。そういった種族の」


凌舞「はぁ!? どういう意味だコラ! 大体、俺はたまにシャロンで格闘技訓練の師範として出入りしてるだろうが! 俺の事は提出した書類に書いてあっただろ! 目ぇ通しとけよ!」


 凌舞もジルをにらみつける。


ジル「はぁ・・・すみません。私シャロンではまだ新人なもので」


 シャロンで仕事をしていくにあたって、目を通さなければならない重要な書類など腐るほどある。あまり重要でない、あるいは細部まで知る必要が無い情報が後回しにされるのは無理も無い。


凌舞「っつーか、俺は元々一人で居る時は女に見えるんだよ! いっつもこいつが横に居るから比較されて男っぽく見られんだよ!!」


 風音の方を指差しながら凌舞が吠える。

 女に間違えられると怒る風音が、この発言にカチンとくる。


風音「ハッ! その言葉、そっくりそのまま返させてもらう! シノがいちいち男っぽいカッコするから僕が女っぽく見えるんだよ!! そのかっこいいズボン脱げや! スカート穿け! っちゅーかそれ以前に制服着ろよ! あれスカートなんだから! リロしか着てないじゃないかアレ!」


 と言いながら、風音が凌舞のズボンのすそに向かってローキックを放つ。


凌舞「逆だろが! お前が女っぽい格好するからだろ! その髪留め全部取れよ!」


 負けじと風音の髪留めに向かってチョップを入れる。


風音「取ったら禿げるだろ!!」


凌舞「迷信だよ! んなモン!!」


 両者の間にバチバチと火花が散る。


風音「大体女に見られたいなら何でサラシ巻いとんのじゃ!!」


凌舞「仕事の為に動き易さを優先してんだろが!」


風音「それで男と間違えられて逆ギレっておかしやろが!!」


凌舞「髪留め大量に付けてるくせに、女と間違われてキレてるお前にだけは言われたくないわ!」


風音「大体買い物行ってる時だって、シノと行った時だけ『そちらの可愛い彼女さんにプレゼントはいかがですか?』とかいう台詞せりふ頻繁ひんぱんに聞くんだよ!! 誰が可愛い彼女だ!!」


凌舞「知ってるわ! それ俺のがダメージでかいわ!」


風音「ハッキリ言って、ブラウニーとかゼロアと一緒に行ってる時は言われた事無いぞそんな台詞!」


凌舞「ゼロアは周りがビビるからだろが! ブラウニーと行った時は女友達同士で買い物に来てると思われてんだよ!」


風音「そんな訳あるか!」


凌舞「その証拠にお前、ブラウニーと一緒に買い物行ったら頻繁にナンパされてるらしいじゃねーか!」


風音「それはブラウニーがナンパされてるだけだろ! あの子は素朴で可愛らしい顔立ちしてんだから、ナンパされたっておかしくないし!」


凌舞「アホか現実から目を逸らすな! 横で歩いてるお前が男に見えたらナンパなんかしてこねーよ! お前も込みでナンパされてんだよ! あとな、ブラウニーは素朴過ぎて目立たねーから! 言っちゃなんだがアイツとお前が二人で歩いてたらお前の方が可愛いんだよ!!」


風音「それはさすがにブラウニーに謝れや!!」


 ここで不意に二人共ジルの方を見る。

 お前もなんか自分の意見を言えや、と二人の目が言っている。


ジル「そ、そうですね。確かに凌舞さんは単体で見ると女性に見えます。元々かなり端整たんせいな女性っぽい顔立ちだと思ってましたし、喋り方はともかく声も高いなとは思ってました。・・・でも、その・・・・・・」


 風音と目が合う。


ジル「風音さんの方は一人とか誰と一緒とか関係なく、見た目ほぼ女性ですよね。声も中性的ですし・・・」


 言いにくそうに言うジルの前で、勝利を確信した凌舞が静かに拳を握る。


風音「あ~、駄目だ。ジルの目はもう腐ってるよ。セイニーさん、この節穴共ふしあなどもにビシッと言ってやって」


 ジルから目を逸らし、セイニーの方を向いて言う。


セイニー「ええ、楽しいですよ? すごく。本当に、今までで一番」


 何かのリズムに乗るように、セイニーがふらふらと頭を動かしながら幸せそうに顔を緩める。


風音「そうかい・・・・・」


 どうもここには味方が居ないという事に気付く。ユニルが慰めのつもりか、風音の頭を撫でた。


凌舞「ところであんた、何で俺等の体がどうとか分かるんだ?」


 凌舞がセイニーに尋ねる。


セイニー「それが私の特技だからです。あと、あんたじゃなくてセイニーって呼んで下さいね?」


 やはり要領を得ない。


凌舞「他の奴はどうなんだ? まさかここに住んでるのってセイニーだけじゃないだろ?」


セイニー「私だけでしたよ? さっきまでは。 今はこうして増えましたから、これからは毎日が楽しそうです」


 本当に嬉しそうに言う。


凌舞「残念ながら俺達は花を探しに来ただけだから、それが終わったら帰るけどな」


 凌舞が首を振る。

 続けてセイニーも首を振る。


セイニー「そちらこそ残念ながら。それは不可能ですよ? ・・・良かったら私の家に来ませんか? 道すがら詳しくここの事を説明させていただきます」


 パッと跳ねる様にセイニーが切り株から降りる。

 そして、何も言わずに歩き出す。おそらくその方向にセイニーの家があるのだろう。


 しばらく歩いてから。


セイニー「あ、そうだ。忘れてた」


 呟きと同時に振り返り、笑顔で言う。


セイニー「ようこそ、「隔離監獄かくりかんごくエト」へ。私はあなた方を心から歓迎します。もう一生ここから出る事は叶いませんが、どうぞ末永くお付き合いくださいね?」


 三人に向かってペコリと一礼した。




 セイニーは先頭に立って歩き続けている。


 先程の冗談とも本気とも取れない言葉に、風音と凌舞が困惑する。


風音「よく分からないけど、彼女の言う通り、付いて行って詳しい話を聞かせて貰おう」


 再び彼女に会わせて歩きながら、相談する。


凌舞「でも二度と出れないとかって・・・」


風音「それは無い・・・と思う。さっきもユニルと言ってたんだけど、一応根拠はある・・・かな。ま、だいじょぶだろ」


凌舞「・・・相変わらず適当だな」


 これだけ楽観的な人間がそばにいると、不安になっている自分が損をしている様な気分になる。

 風音が歩くスピードを少し早めてセイニーに追い付く。


風音「じゃあお言葉に甘えて、ここの事を分かり易く教えて貰おうかな?」


セイニー「はい」


 うなずくセイニーは今まで通り笑顔のままだが、風音にはどことなくそれが真剣な表情に見えた。


セイニー「もうどれほどの時が経ったのかも、・・・・・覚えていませんが、私は平凡な、どこにでもあるような普通の家庭に生まれました」




 数億年前。

 あらゆる物が機械化された世界の、あらゆる物が機械化された街の一角で、ある双子が生まれた。

 機械化は人体にまで及び、ついには細胞と機械との融合ゆうごう技術により身体の七割以上が機械化し、それにより飛躍的ひやくてきに寿命が延びたその世界で。

 誰もが夢見た体を持つ小さな命が二つ。


 永遠の命


 元々はそれを手に入れるのが身体を機械化した最大の理由だった。

 だが、いかに身体を機械化しようが、機械化した部分が半永久的に生きていようが、人間を人間たらしめている部分が死ぬと、そこで寿命は尽きる。

 人である事を維持しつつ、完全なる機械と人間の融合を果たす。

 それが実現すれば夢も現実のものとなる。それこそが最大のテーマだった。


 そして、ある時。

 身体のほぼ全てを微細な機械細胞に取り換えた夫婦の間に二人の子供が産まれた。

 病院でその二人の体が少し普通とは違う事が判明し、身体の細胞を少し削り取り調べたところ、驚愕の事実が判明する。


 その双子は生まれながらにして夢の体を持っていたのだ。

 全身が人間の細胞と機械の中間的な物質で構成されたその身体は、当然の如く第一級の研究対象となった。

 双子の名はトート・セイニーと、トート・レディア。


 突然変異なのか、奇跡の産物か。

 子供たちの体の秘密を隠し通せればよかったのだが、病院側が安易に世間に公表してしまったのが平凡な家庭を襲った一つ目の不運。

 そしてその直後に双子の父親が事故で亡くなってしまったのが二つ目の不運。

 厳密に言うなら、事故は不運ではなく人為的なものだった。

 身体の機械化や、国を挙げての永遠の命の研究、それらに反対する団体。

 その過激派による犯行。


 その影響を大きく受けてしまったのが妻である母親。当然の事ながら、研究対象は双子だけではなく両親も含まれていた。

 二人にはもう一度子供を産んでもらい、再び同じような子供が生まれるのかを調べる予定だったのだが、片方が死んでしまった。

 そこで提案されたのが、その母親に他の男性との子供を産んでもらう事。

 難色を示す母親に、世界の為だと説得し毎回違う男性との間に何度も子供を産ませた。

 徐々に精神が不安定になってきた母親が、十五人目の子供を産んだ頃。ついに精神的に限界を感じ、せめて自分が産んだ子供達に会いたいと望んだ。

 それまでずっと産んでばかりで、生まれた子供はすぐに研究対象としてどこかに連れて行かれていたので、一度もまともに自分の子と触れ合った事が無かったのだ。

 それが叶えば、もう少し頑張れると思ったのだが。


 何故かいつまでたっても会わせて貰えず、ごうを煮やした母親が研究員の一人を籠絡ろうらくし、子供の居場所を聞き出した。

 だがその答えは、『もうこの世には居ない』という衝撃的なものだった。

 残念ながら最初の双子以外は、全て普通の子供だったらしい。

 しかし普通の子とはいえ、奇跡の体を持つ双子の弟妹ていまいにあたる存在。どこかに奇跡の一端が含まれていないかを、全身解剖され調べられたそうだ。

 そして結局何も見つからず、すでに失敗作と判断され殺処分された。


 ・・・ここまでが母親が研究員から聞き出した情報だ。

 だが、実はこの情報は事実とは異なる。

 確かに子供達が全身を解剖され調べられたのは確かだ。

 ただこの時代の科学力をもってすれば、手順さえ間違えなければその状態から元に戻すことは出来る。

 もちろん戻った頃には体の半分以上が機械化されているが。・・・とはいえこの時代においてはそんなのは普通だし、もっと言えばこの両親なんて体のほとんどが機械だ。


 本当は父親と共にどこかで生きている筈なのだが、それを伝えるとこの母親が後々会いに行こうとするかもしれない。

 どこからどんな情報が流れているのか分からないこの時代、何らかの形で例の過激派の連中にこの母親の存在とその遺伝子を引き継いだ子供がいる事が伝われば、また悲劇が起こるかもしれない。

 そういった事を防止する為に子供の事は諦めてもらおうと、あくまでこの研究員が独自の判断で吐いた嘘だったのだが。

 結果的にはこの判断が大きな間違いだった。

 抵抗されるのを承知で、いっそ正直に「どこかで生きてはいるが安全の為に会うことは出来ない」と言っていた方が良かったのだろう。


 結果、この研究員はその場で母親に殺害された。

 その後。せめてセイニーとレディアに会いたいと望んだ母親が、何か手掛かりが無いかと研究員の部屋を調べ、これまでの研究や今後の課題などをまとめた資料を複数見つけた。

 早速目を通していく。



 やはりもう少しサンプルが必要だ。

 二体では少なすぎる。まずは数を増やす事から始めるべきだ。

 あらゆる実験が失敗続きの中、この肉体を持つ人類を生み出す一番の近道は、セイニーとレディアを交配し子供を産ませる事ではないかと思われる。劣化は考慮しなければならなくなるものの、可能性が最も高い事は想像に難くない。

 しかし一つ大きな問題がある。

 不老の身体を持つ者の成長のメカニズムだ。

 レディアとセイニーは既に成長が止まっている。

 まだ仮説の段階ではあるが、これまでの経緯から彼らの成長は、自身が必要と思う年齢で止まるのだと推測される。

 レディアの方は問題無いが、セイニーは現在のままでは出産に耐えられない。

 今後最大の課題は、セイニーを子供が産める年齢まで成長させる事である。

 さしあたって見栄えの良い男性と会話させてみた。異性を見る事で子孫を残そうという気が起きるかと思ったが、ほんの少しも成長しない。

 媚薬びやくの効果がある食べ物を与えてみたが、変化無し。

 薬に頼ってみてもよいが、それは最終手段に置いておく。やはり自然に成長させる方が今後の実験に有利に働くだろう。



 二班がセイニーとレディアの細胞から造り出した卵子と精子を使って子供を作ったようだが、失敗に終わったらしい。

 この手法では何度やっても永遠の命を持つ個体は産まれなかった。

 我々の班の予想通りでもある。

 理論、理屈が及ばない生命の神秘とでも言おうか。科学的に生命を作り出してもまがい物しか産まれない。今までそんな実験は腐るほどやってきた。

 だが何の成果も無かった訳ではない。その手法で生まれた子供も二人と同じく、生まれながら機械の性質を持った細胞を持っていた。

 老化はするものの、再生能力に長けていたそうだ。既存の技術と合わせれば、老化しにくく事故に強い肉体が作れそうである。

 セイニーとレディアとはまた違った、新たな可能性を秘めている。

 これを「新生命」と名付けた。

 しかし不思議なものだ。

 この新生命は二人と同じ半機械の身体を持ちながら、二人とは性質が真逆だ。

 レディアとセイニーは老化しないが、身体への損傷に関して他の人類と何ら変わらない。



 レディアの死亡が確認された。

 実験中の事故だそうだが、考え得る最悪の事態だ。

 この二人は不老というだけで、怪我けがに対する耐性は一般人と何ら変わらない。あれだけ何度も事故にだけは注意するように言っていたのに。

 担当者は国から説明を要求されたが、既に自死している。

 今後の我々の研究に大きな支障が・・・・

 


 その辺りまで読んだ時、母親はまるで人形のように力無くその場に崩れ落ちた。

 レディアの死とセイニー達への動物実験の様な扱い。

 今後のセイニーの事も考えると・・・・・


 母親の中で様々な思いが交錯こうさくし、小刻みに体を震わせ。


 うわ言のように何か呟いた後。


 糸が切れた様に、母親の精神は崩壊した。


 動かなくなった母親はしばらくして発見されたが、まだセイニーが生きているという周りの声ももう耳に入らず、生きる気力を失った体は徐々に徐々に弱りちていった。

 程無ほどなくして。

 その体は、生きる事をやめた。


 その後も最後に残されたセイニーの研究は続き、研究が始まってから約二十年。母親が亡くなってから約二年経った頃に、ようやく研究結果が出た。


『不老の体を人工的に作り上げる事は不可能』


 やはりセイニーの体は奇跡の産物。

 それだけの事だったのだ。


 ただ、あくまでこの結論は今現在の科学力での結論であり、もっと科学が発展すればまた違った結論が出るかもしれない。

 加えて結局セイニーは子供が産める年齢には成長せず止まったままである事から、今後何らかのきっかけで成長することがあれば出来る選択肢も増える。

 セイニーには可能な限り長生きして貰い、今より遥かに高い科学力でもう一度改めて研究するという事になった。


 そうなると、当面の問題はその『長生き』だ。このまま外に出すと、ほぼ間違いなく父親と同じ道を辿り殺されるだろう。

 かと言って長期間一定の施設に閉じ込め続けていると、母親と同じように精神的に参ってしまい身体の方が持たなくなるかもしれない。


 そこで目を付けたのが『エト(最期)』と名付けられた空中監獄。

 終身刑の罪人が運ばれる場所で、看守に危害を加えようとすれば即始末されるシステムが島全体に設置されている。

 セイニーにはそこで看守になって貰えば殺される事はないし、世界を凝縮したようなデタラメに広い場所なので閉塞感へいそくかんも少ないだろう。

 後は孤独を感じない様に適当に何人か人を派遣してやれば、生きがいを感じ長生きも出来る・・・はず。


 その提案にセイニーは喜んで飛び付いた。

 理由なんてどうでもいい、とにかく一刻も早くこの実験ばかりの辛い日常から抜け出したかった。

 逃げる様にやって来たその島で、何度か罪人を引き取り、マニュアル通りに仕事をし、もうすぐ友人になってくれる人がその島に派遣されると聞き、緊張しながら待っていた。


 その時。


 瞬く間に世界は滅んだ。


 原因は不明。

 目に見えない兵器の攻撃でも受けたのか、唐突に世界中の人工物が全て消え失せ、生き物と自然だけが残った。

 人間はそのほとんどが身体を機械化していたので、人工物と同時に身体の大半を一瞬にして消失し即死したと思われる。

 この結果から見るに、原因は何らかの兵器によるものである可能性が高い。この時代の人類に対して効果的な兵器を誰かが開発していたのだろう。

 その効果が世界中に拡散してしまったのは、失敗による暴走だったのか開発者の悲願だったのかは分からないが。


 そして身体の機械化反対の勢力を中心に生き残った者達も居たのだろうが、その後人類は緩やかに滅亡したようだ。

 だがこの島は上空に浮いていたせいか、その謎の攻撃から逃れ無事なまま残った。

 世界中に一瞬で広まるような範囲の攻撃なら、上空にも影響が出そうだが・・・どんな攻撃だったのだろうか。やはり実験失敗ではなく予め攻撃場所が決められていた? その上での一斉攻撃だったのか? だから海の上のあったこの場所は助かった?

 疑問だけが増えるが、答えは出ない。

 もしかすると他にも上空に施設があり、難を逃れた所もあったのかもしれないが、それを知る術もない。


 ただ。

 その時のセイニーは、自分でも驚くほど穏やかな気分だった。

 あまりの状況に頭がついていけなかった・・・・・のではない。

 単にどうでもよかったのだ。

 弟を殺され、生まれてから今まで自発的な行動をいちじるしく制限され続けた実験動物扱いの日々を思うと、当時のセイニーにとって地上など在っても無くてもどちらでもよかった。


 やがて島にいた罪人たちも病気や寿命で亡くなってゆき、やがてセイニーは、地球でたった一人の生き残りとなった。

 それからセイニーは毎日、自分だけが生きている意味を考えた。

 やりたい事は無い。

 生きがいも無い。

 家族は居ない。

 誰も居ない。

 一人では持て余す広大で平和な土地。

 気付けば知らない内に頬に涙が伝い、涙が枯れ果て乾くまでじっとしている日々。


 肉体ではなく精神の部分から死を迎えてしまうという、母と同じ最期を辿たどりまもなく死を迎える事を自分でも感じていた。

 母親が亡くなった理由は聞いた。何らかの資料を見て生きる事に絶望したらしい。その資料の内容は教えて貰えなかったが、たぶん自分達の実験に関する事だろう。

 今ならその時の母親の気持ちが分かる。


 もう何もかもがどうでもいい。


 そんな状況から。

 彼女は生きる目的を見付けた。


 本当にもうすぐそこまで死が近付いていたのか、走馬灯そうまとうのように家族の姿が頭によぎった時、ふとレディアの遺体の一部を渡された事を思い出した。

 レディアが実験中の事故で亡くなった際、家族であるセイニーにレディアの体の一部をびんに入れて渡されたのだ。

 その時は怒りの感情すら通り越えたのか、ただただ両手で瓶を握りしめて静かに泣いていた記憶がある。


 最期の瞬間はそれを眺めていようと瓶に目を向けると、ある事に気付いた。

 もう何年も経っているのに、肉片に何の変化も無い。ある時点を境に外見的な歳をとらなくなった自分と同じ、まぎれもなく不死。


 不死


 ならば、もしかするとレディアは生き返るのかもしれない。

 ほんの一部があれば、元の形を復元出来てしまうと言われる万能細胞。

 自分達の持つ細胞は、そんな万能細胞すら遥かにしのぐ奇跡の細胞なのだ。

 レディアの元の形状はおろか、記憶までも全てその細胞の中に情報として残っている可能性は十分にある。

 残った部分から失った部分を再生可能かもしれない。

 地上の研究所程の設備は無いものの、研究する施設もある。


 自分よりも不幸な人生を送った弟を、何とかして生き返らせたい。

 本人がそれを望むかどうかは分からない。

 それでもセイニーは、一度でいいから自分の弟を正面から抱いてやりたかった。

 それさえ叶えばもういつ死んでもいい。

 生き返った弟とここで一緒に暮らし、弟が何らかの形で死を迎えたなら、後を追うように死ぬつもりだ。


 レディアを生き返らせる。


 それだけが彼女の生きがいになった。




 昔話が結構長かったので、おそらくセイニーの家であろう建物も視界に入って来た。

 おおよそ三階建てくらいか。凹凸の少ない何のひねりも無い箱型の建物だが、何らかの研究所っぽくもある。

 少なくとも森の中には似つかない、かなり近代的な建物に見えた。

 ひとしきり話を終えた後、ニッと笑って言う。


セイニー「でも忘れてましたよ? 一番重要な事を」


風音「・・・何かな?」


セイニー「そういえば私、バカでした。レディアを生き返らせるなんて頭の弱い私には無理無理」


 あれだけ暗い話だったというのに、本人はへらへらと笑っている。

 長い時間が少しは彼女を癒したのか、あるいは無理に明るく振舞っているだけなのか。


セイニー「でも私は諦めませんでしたよ? 自分で出来なければ他人の力に頼ります。これが奥の手」


 セイニーがニコッと笑う。


風音「他人の力って・・・。自分一人しか居なかったのに? いずれ地球上に人類が現れると信じて待つ事にしたって事?」


セイニー「はい。二度あった事は三度あっても不思議じゃないでしょ?」


 その一言に、風音の思考が一瞬停止した。


風音「二度あった事・・・・・?」


 思わず聞き返す。

 先程の昔話を信じるなら、セイニーは現在の時代の人類ではない。

 正直言って、セイニーがかつて何億年も前に地球上に存在した過去の人類であるというだけでも、内心相当驚いていたのに。

 凌舞に至っては、まだ半信半疑という表情をしている。

 ただセイニーの表情や話し方。

 風音が見る限り、彼女の昔話に嘘があるとは思えなかった。

 しかし、まだ他に過去に文明があった・・・?


セイニー「はい。私たちはこの星の二度目の人類だったとか? って聞いた事がありますよ」


風音「セイニーさん達の前に別の人類、文化があったって事?」


セイニー「そもそも私達の科学技術が高いレベルに達していたのは、過去に滅んだと思われる古代人の遺産のおかげ・・・・・だったっけ?」


 逆に聞いてくる。


風音「聞くんかい。知らんし」


 くりんと首を傾げるセイニーのデコを軽く指で突く。


セイニー「まぁ、居たのは居ましたよ? 古代人」


 デコをさすりながら答える。

 信じがたいがセイニーの言う事が事実なら、セイニー達は風音達の人類のひとつ前の世代、そして、更に前の世代の人類があったという事になる。

 風音がセイニーの目をじっと見る。


風音(でもこれも嘘を言ってるようには見えないんだけどなぁ。・・・あるいはこの子も騙されてる?)


 見つめられている事に照れたのか、セイニーの笑顔が少し紅潮する。


ユニル「・・・・・・・・・」


 そしてユニルが無言で凌舞の耳たぶをシバく。


凌舞「いてっ! なんなんいきなりコイツ」


ユニル「・・・・・・・・・」


 凌舞の非難には特に答える事も無く、ユニルがふくれっつらをしている。


セイニー「・・・だから三度目が来る事を信じて、地上の様子を検索するのは機械に任せて。 私は長~~く寝て待ちましたよ? 体が痛くなったら起きて、十日くらいしてからまた長~~く寝ます。それを繰り返して」


風音「長くってどのくらい?」


セイニー「一回寝るごとに何十万年とか? 詳しくは知らないけど・・・どうでも良かったし」


風音「・・・・・・・何十万年って・・・」


 あまりの規模の大きさに絶句する。

 そして、そっとセイニーの頭を撫でる。

 他にも聞きたい事はあった。

 じゃあ何故人類が地上に再び存在してかなり経つのに、地上に降り立たなかったのか。など。


 しかし、言葉よりも先に手が出ていた。

 それ程の長い間を一人で過ごしてきた事を不憫ふびんに思ったのか、目的を達成した事を褒めたかったのか風音自身分からないが、無意識に風音はセイニーの頭を撫でていた。


 過去に妹を甘やかしすぎたせいで、見た目が自分より年下なら無意識に他人の頭ですら撫でてしまうという風音の癖である。

 もはや悪癖あくへきと言っても過言ではない域に達していたため、風音自身出来れば封印していこうと普段から努力していたのだが。


風音(おっと、また思わずやってしまった・・・・・)


 とっさに手を引っ込めようとしたが、セイニーが「えへへ~~」と表情をゆるませ、とろけた様な表情で頭上の風音の手に自分の手を重ねてきた。


風音(・・・ん。まぁ、喜んでくれたなら良しとしよう)


 風音もつられて笑顔になる。

 が、同時に一方では不穏ふおんな空気がれている。


ユニル「・・・・・・・・・・」


 ユニルが無言で凌舞のチャリ毛を一本引き抜いた。


凌舞「痛って! さっきから何なん?」


 抜き取った毛を両手でブチッと引き千切りながら、ユニルがセイニーの方をキッと睨む。


ユニル「ねぇ、そろそろ本題に入りましょうよ」


セイニー「本題? 何ですか?」


 ユニルの方を向いて、再びくりんと首をひねる。


ユニル「隔離監獄でしたっけ? ここからは出る事が出来ないとか言ってましたけど、どういう事ですか? 分かり易く説明してくださいよ」


 やたらととげのある挑発的な言い方で尋ねる。


セイニー「どういう事も何も・・・ここは監獄だから出られないって事ですよ?」


ユニル「はぁ? 出られないって、もしかしてこの島の周囲に展開してある罠の事? あんなの機械を一時的に壊すだけじゃないの。私達は乗り物を手動に切り替える事で、あの罠を乗り越えて入って来たんですけど」


 と勝ち誇ったように言う。


セイニー「えっ!?」


 とセイニーが驚いた表情を見せる。

 その反応に満足し、ユニルがフフンと鼻を鳴らして胸を張る。

 セイニーがうつむいて小さな声でブツブツと独り言を言い出した。


セイニー(アレって囚人が個人で勝手に出て行けなくする為の・・・・・軽い障害のやつ・・・だよね?)


 ちらっと上目使いでユニルの顔を見る。


セイニー(あんなおっきい船で来てたんだから、外から入れるのなんて当たり前じゃなかったの? 外からは内からよりも障害が少なく済むようになってるし・・・・・)


 ちらっちらっとユニルの方を見る。


セイニー(手動に切り替えって・・・。 ・・・・・・え? もしかして地上の文明ってあの程度の障害を防げないのかな? ・・・でも、せっかく喜んでるみたいだし・・・・・)


 独り言をつぶやいた後、ユニルに向かって顔を上げる。


セイニー「・・・それは凄いですね?」


 素直に称賛しょうさんし、セイニーがユニルに向けてニッコリと微笑む。


ユニル(はぁっ!? はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!??)


 ブチィッ! とユニルの中で何かが切れる。


ユニル(何なの!? 何なのよこの子!? わざとやってんじゃないの!? ねえっ、これわざとこっちをいらつかせてるでしょうっ!?)


 セイニーには聞こえない様に、凌舞の耳元で怒りを爆発させながら凌舞の耳を掴んでブンブンと振りまくる。


凌舞「いたっ! だから痛いってさっきから!」


 なんとなくユニルが不愉快な態度を取っていた理由は分かっていたので放置してやっていたが、いいかげん鬱陶うっとうしくなってきたので耳元からユニルを振り払う。

 振り払われてしばらく空中を舞っていたが、ふと我に返ったようにピシッと綺麗な姿勢でセイニーの方へと向き直る。


ユニル「とにかく! 簡単に入れたんだから、簡単に出て行ってやりますよ! さあ! 風音さん! 一刻も早く仕事を終えて出て行きましょうこんな所!」


 言いながら風音に近付き、ぐいぐいと腕を引っ張る。


風音「え~~、せっかくだからゆっくりして行こうよ。二日間も猶予ゆうよがあるんだから、のんびりやればいいって」


 マイペースな風音の腕を、ユニルが首をブンブン振りながら引っ張り続ける。


 ーーーと。


 突然風音がセイニーの背中を突き飛ばし、大声で叫ぶ。


風音「シノ! ジル! 背後に跳んで!」


 2人ともすぐに反応して後ろに跳ぶ。

 突然突き飛ばされ前のめりになって倒れたセイニーが、上半身だけ起き上がって振り向き風音を見た頃には。

 風音の肩には直径三センチ程の穴が開いていて、そこから大量の血が流れ出していた。


セイニー「え・・・・・・? な・・・んで?」


 呆けた様に呟く。


ユニル「風音さんっ! 大丈夫ですか!?」


風音「痛っったいなぁもぉ!!! くっそ! 油断した!」


 攻撃された方向に視線を送る。

 先程まで背後にあった背の高い木のかなり上方から、直方体ちょくほうたいの機械がのぞいているのが見えた。

 そこから風音に向かって光線を発射している。


風音「レーザー、か。光線が見えるだけマシかな」


 と、分析しながらも次々と撃ってくるレーザーを避ける。

 レーザー兵器には不可視の物も多々ある。と言うか機械に任せて攻撃するだけなら可視化する意味が少ないので不可視の物の方が多い。人が撃つなら見えた方が便利な部分もあるのだろうが。

 元々レーザーは光の速さで向かってくるので見てからでは間に合わない。光線が見えようが見えまいがどうせ避けようが無い。

 ならばもう、事前に撃ち手の動きを読むか、感じ取るかして撃たれる前に避ける以外に方法は無い。


 ・・・にもかかわらず、風音が「光線が見えるだけマシ」と言っているのは、別に理由がある。

 人は自分が認識しない内に体に傷が付いた場合、その事に全く気付かない事があるのだ。

 よそ見をしている間に事故で腕が一瞬にして丸ごと千切れたにもかかわらず、それを自分の目で確認するまで腕が無くなった事に気付かなかった、という様な事例は多々ある。

 風音の経験上、不可視のレーザーで攻撃された時にたまにこの現象が起こる。

 避けながら戦っていたつもりが、気付いたら自分の体の表面数センチが気付かない内にえぐり取られていたりする。

 そういう時は決まって、痛みよりも先に違和感で気付く。

 この違和感に気を取られてしまうと致命的な隙を生むことにも繋がる。

 光線が見えていると、自分が完全に避けきれたのか、あるいは避けきれずに体のどこかに被弾してしまったのかが分かり易いのだ。

 風音がレーザーを高速で避けながら機械が付いてある木に向かって走りだす。


風音(なんでか分からないけどターゲットは僕だけかな? ・・・でも一応)


風音「ユニィ、今の状態でレーザーを屈折させる事は出来る?」


 飛行しながら付いて来ているユニルに尋ねる。


ユニル「出来ます。けど、広範囲は無理かも」


風音「オッケ、じゃあ僕はいいから三人の方を守っといて」


 レーザーは周囲にある木々を貫通して飛んでは来ないようだ。

 直線上にある木に身を隠すだけでもしのげるが、相手の動きが見えない方が怖いのであえて身をさらしながらレーザーを避け続ける。


ユニル「え・・・でも・・・・・・」


風音「こっちは一人で何とかするから。どうしてもって言うなら一旦契約を切って全員守ってくれてもー」


ユニル「あっちを守ってきます」


 渋々(しぶしぶ)、といった感じでユニルが三人の方へと飛んでいく。

 風音がレーザー兵器が付いてある木に向かって走りながら拳を握ると、紫色の瘴気しょうきが拳の周りをおおう。


風音「ゴメンね~~~。ちょっとこの辺荒らすけど、正当防衛って事で」


 目的の木に到着、と同時にその拳を軽く木に当てる。

 すると、拳が触れた部分が目に見えて朽ちていく。


ジル(? 毒・・・か? もっと近くで見たいが・・・今動くと危ない、か)


 今は敵対しているわけではないが、ジルにとって風音はブラックリストの最上位ランカーの危険人物でもある。出来れば風音の情報は知っておきたいが、、、レーザーは厄介だ。

 風音が朽ちていく場所に向かって流れるように回し蹴りを放つと、破裂音と共にその部分を中心に直径二メートルほど幹が弾け飛び、木が傾き始める。

 倒れていく側にあった木々の枝をバキバキと折りながら大木が倒れていくが、倒れきるのを待ちはせずに、木が傾き始めた瞬間から風音が木に跳び乗り表面を走る。

 機械は自身に向かってどんどん近付いてくる風音に、尚もレーザーを撃ち続けている。が、角度的に撃ち辛いのか先程よりも避けるのが容易く、ことごとく避けられ確実に距離は縮まる。

 そして。


風音「はい、お疲れさん」


 接近完了直後に踏み潰した。

 ここでようやく木が完全に倒れ、轟音ごうおんと共に横倒しの状態になる。

 周りにも大きな木がたくさんある森なので、風音の予想では別の木に引っかかって完全に倒れはしないと思っていたのだが、木々の隙間を縫うように思いのほか綺麗に倒れた。

 倒木とほぼ同時に風音の肩がほのかに青く輝き、肩の傷が塞がっていく。


風音(あぁ、でも全然カロリーが足りないな。ちゃんと傷が塞がらないし)


 怪我をしている肩を手で押さえるように触れ、顔をしかめる。

 傷口がズキズキと痛む。そういえば今日はいろいろあってほとんど食べていない事を思い出した。


風音(ポーカーなんかしてる暇があったら何か食べときゃ良かった)


 本来はポーカーをしながら暇をつぶしつつ軽食でも食べる予定だったのだが、凌舞による卑怯ひきょうなイカサマのせいで(風音主観)むきになって食べる事を忘れていた。

 戦闘が終わり、ようやく体から緊張が解けようとしていたその瞬間、再び風音の全身が粟立つ。

 とっさに周囲に目を配ると。

 先程と同じ機械が、周囲の木のほとんどから出現し、風音の方を向こうとしていた。

 数秒後には一斉照射が始まるだろう。

 そのわずかな時間で考えを巡らせる。


風音(避けながら全部壊す事も出来る・・・・・・けど・・・)


 どうやら先程破壊した機械を見る限り、この機械には高性能なAIなどは搭載されていないらしい。

 目標を捕捉ほそくしてから撃つまでにしばらくの間があるのに、こちらの避ける方向を計算し、先読みして撃ってくるような行動をしてこないからだ。

 というか、おそらくだが相手が避ける事は想定されていないのだろう。


 となると数が増えたところで、馬鹿正直に真っ直ぐ撃ってくるか、せいぜい逃げ場が無いように風音の周囲を囲むように網目状に撃つ程度だろう。

 相手の出方さえ分かれば、相手が行動に移すまでにその範囲外に移動する事で避け続ける事は出来ると思われる。避ける方向さえ間違えなければ、だが。

 しかし、やはり機械が他の三人の方ではなく、風音にしか向いていない事が見て取れる。

 風音がユニルに向かって叫ぶ。


風音「ユニィ! 多分そっちは大丈夫だから、やっぱり手伝ってもらえるかな!? 手っ取り早く終わらせよう!」


ユニル「待ーーーーーってました~~~~~~~~~!!」


 すぐさま三人の警護をやめ、ユニルが風音の方に向かって飛んでいく。

 ターゲットが自分だけなら、ユニルに自分の周囲を守ってもらいながら真っ正面から高速で潰していく方があっという間に終わるだろう。

 風音の両手にミシミシと力が入り、不謹慎ふきんしんだが口角こうかくが上がる。


風音「こっちは大怪我したってのに、あっさり終わって消化不良だったんだよ。せいぜいストレス発散に付き合ってもらうからな」


ユニル「はい! 全部ぶっ壊して誰と誰に喧嘩を売ったのか教えてやりましょう!」


 多分売られたのは風音だけだが、ユニルはノリノリである。

 そんなやる気満々の二人に対し、意外にも機械の方はこちらの方を向く前に動きを止め、何もしてこない。


風音(?)


 疑問符だけが頭の中に浮かぶ。

 しばらく様子を見ていると、機械が木の中に次々と引っ込んでいってしまった。


ユニル「え? 終わり?」


 周囲を見渡しても、もう機械は一つも見えない。全て引っ込んでしまったようだ。

 ユニルが叫ぶ。


ユニル「何なのよ、もう! そんなすぐ引っ込まれたら、さっきの風音さんの『せいぜいストレス発散に付き合ってもらうからな』っていう発言が、こっ恥ずかしいセリフになっちゃうじゃない!」


風音「えっ?」


ユニル「あのセリフは、その後の戦いがあって初めてカッコいいものになるのに! これじゃ風音さんが何もしてこない物に向かって挑発した、イキった小学生みたいになっちゃうじゃない!」


風音「えっ?」


ユニル「風音さんを恥ずか死なせるのが目的か! 卑怯な!」


風音「その理屈でいくと、ユニィの『全部ぶっ壊して誰と誰に喧嘩を売ったのか教えてやりましょう』も大概たいがいだろ」


 人差し指でユニルの頭にコツンと突っ込む。


ユニル「え~~? フォローしてあげてたのに」


 フォローのつもりだったらしい。


風音「フォローどころか敵の追撃かと思ったよ」


 どうやら本当に攻撃が無いようなので、風音が臨戦態勢りんせんたいせいを解く。


風音(しかし、不可解というかなんというか・・・)


 どうして突然攻撃を止めたのだろうか?

 そもそもなぜ自分が攻撃されることになってしまったのか。

 警戒していたからギリギリ気付けたものの・・・

 兵器が木から出てくる時の音がもう少し小さければ、気付けなかったかもしれない。

 その状況で頭を射抜かれていたら、回復能力など無意味だ。即死だっただろう。

 危なかった。

 風音が今まで以上に警戒を強める。

 そこに。


セイニー「大丈夫ですかーーーーー!!」


 と大声で叫びながらセイニーが風音たちの元へと走ってきた。

 そして風音を見て思いっきり泣きだす。


セイニー「うあぁぁ~~~~~~~! 良かったぁぁあぁあぁあぁ~~~~~~~~! 生きてたぁ~~~~~~!」


 風音の元に駆け寄り抱きついて泣きじゃくる。

 その様子を見てユニルが低い声で告げる。


ユニル「ねぇ・・・ちょっと・・・離れなさいよ・・・・・・」


 ユニルがセイニーを引き剥がそうとするが、小さなユニルごときの力では引き剥がせない。


セイニー「わ、私のっ! 危害! ・・・っ、の! ご、誤作動っ・・・・・でっ! 他のは・・・止めっ・・・止めてっ・・・! ・・・・けどっ!!」


風音「うん、もう大丈夫だから落ち着いて」


 大泣きで嗚咽おえつしながら喋っているので要領を得ない。

 が、何度も同じ事を繰り返し叫ぶので、攻撃が誤作動であった事と、後半の機械達を止めたのがセイニーだという事は伝わった。

 誤作動の原因など詳細は後で聞く事にして、まずは泣き止ませないとどうにもならないようだ。


凌舞「うっわ。コイツまた初対面の女の子泣かせてるよ」


ジル「なるほどクソ野郎ですね」


 ひょっこり出て来た二人が好き勝手言う。


風音「待て。人聞きの悪い事を言うなシノ」


凌舞「ウチの乗組員にサルトって奴が居て、そいつから聞いた話なんだけどさ、まずカザって裏側と地球の橋渡しをした人物って事で一部では有名なの知ってる?」


 ジルに向かって言う。


ジル「もちろん」


 ジルくらいのランクの人物なら、世間に公表されていなくてもそれくらいは知っている。


凌舞「その時初対面だったルミナって女も泣かしたらしいよコイツ」


ジル「ルミナさんを!? な・・・! ・・・心底クソ野郎ですね」


 吐き捨てるように言う。


風音「いや待って。それは誤解っていうか、あの男はなにを吹聴ふいちょうしてんの?」


ユニル「ってゆーか、そんなのどうでもいいから、あんた達早くこの子を風音さんから剥がしなさいよ・・・・・っと」


 ユニルがセイニーの服の首周りを引っ張って、胸に埋めていた顔だけでも引き剥がす事に成功した。

 セイニーが自分の顔と手に血が付いている事と、風音の肩に大量の血が付着している事を確認して、より一層泣き出す。


セイニー「うあぁあぁ~~~~~~~~! 血ぃ付いてるぅ~~~~!」


風音「そりゃそうでしょ、自分から血がある場所に突っ込んできたんだから。もう傷口は大体塞がってるから大丈夫だって」


 血を見て更に泣き出したセイニーをなだめるが、あまり効果はない。


風音「あ、そうだ。セイニーさん、何か食べ物無いかな? 実は僕食べ物を食べたら怪我がすぐ治る体質なんだよ。だからもし僕の怪我を心配してくれてるんだったら、何か食べさせてくれるのが一番嬉しいんだけど」


セイニー「・・・・・!」


 弾かれたようにしがみついていた風音から離れ、セイニーが風音の手を掴んでずんずんと建物に向かって歩き出す。

 残りの三人もそれに続く。


風音(とりあえず泣き止んでくれたのか、な?)


 少なくとも泣き声は止んだ。

 引っ張られるまま建物の入り口に立つと、ドアが自動で開く。


風音(やっぱり当たり前のように自動ドアだもんなぁ・・・)


 建物を見た時から高い文明で作られた物なのは分かっていたが、周囲が森になっているので自動ドアがなんとなく不自然に感じた。


風音(その森にしたってレーザー兵器が搭載とうさいされてるくらいだから、建造物が近代的なのは当たり前か・・・・・・)


 建物内部の内装は思ったより普通というか、カーペットのような生地の床に、イスや机も置いてある。

 木製のものが多くみられる棚や小物は、形状自体は地上の物とほとんど変わらない。

 全く違う時代の文化でも、この辺は同じらしい。

 意外だったのは玄関でセイニーが靴を脱いだ事だ。

 実は家に入る時靴を脱ぐ文化は、宇宙全体でも少ない方なのだ。

 これは風音が裏側を旅している時に一番驚いたところでもある。てっきり履いたままの文化の方が時代遅れだと思っていたのに。

 それだけに、セイニーが靴を脱いだ事に少し親近感を覚える。


 右腕を引っ張られている風音は靴を脱ぐ動作が出来なかったので、咄嗟とっさにジャンピングパージする事で床を汚さずに済んだ。

 (※ジャンピングパージ・・・たった今風音が考えた技。その場でジャンプし片手で両靴を剥ぎ取り、玄関に靴を放り投げる行為。ちなみに日本人なら土足厳禁の文化が遺伝子レベルで体に染み付いているので、この程度の技は多分誰でも出来る)

 そしてそのまま近くにあった椅子に座らされる。

 ここでようやくセイニーが風音から手を放し、無言のままダッシュで玄関から外に出て行った。

 付いて来ていた三人は、特に何の指示も無かったが風音のそばの椅子に凌舞が、テーブルをはさんで向こう側の椅子にジルが座った。


風音「なぁシノ、今の見た? セイニーの靴、脱ぐ時とく時変形して一瞬で着脱出来るようになってたけど」


凌舞「ああ。ダッサイよなアレ」


風音「えー、そういう視点?」


 興奮していた風音ががっかりする。


ジル「それより風音さんは肩の怪我をもうちょっと気にした方が良いと思いますが」


 肩に穴の開いたジャケットと中のシャツに、その穴を中心に大量の血痕が付着している。もう結構時間が経っているので肩付近だけではなく服全体に血が染みてきている。

 もう見るからに痛々しい。


風音「あぁ、コレ? まぁほとんどふさがってるし。撃たれた時は痛かったけどさ」


 風音としてはむしろ怪我よりも服を何とかしたい。単純に血でベタベタして気持ち悪い。

 軽く言う風音に、ジルが眉をひそめる。


ジル「確か先程長官を治していた特技ですよね? 何度でも使えるものなんですか?」


風音「うん、自分に使う分には。ただ自分の体の中にある栄養とエネルギーをそのままてるから、何も食べてなかったりすると治らないかな。今も完璧に治らないし」


 と言っても人体にはエネルギーを貯蔵しておく場所もある。それを使えば現在の肩の怪我を治す事くらいは出来る。

 だがそれは生命の危機が訪れない限りは使わないようにしている。


ジル「そういえば長官室でおなかすいたとか言ってましたね。何故エレガで食べなかったのですか?」


風音「・・・・・・イカサマに」


ジル「あ、いいですもう」


 不穏ふおんな空気を感じ取ったジルが自分から振った話題を取り消す。


 『ピギィーーーーーーーーーーーーー!!!!』


風音「ん? 今なんか・・・外から聞こえなかった?」


 突然の音に風音が反応する。


凌舞「聞こえた。なんか動物の叫び声みたいな。虫以外に動物がいるのかどうかは知らんけど」


 『ピギィーーーーーーーーーーーーー!!!!』


 また聞こえた。

 近くにある窓から外を見るが、見える範囲では特に異常は無い。


ジル「もしかして風音さんに食べさせるために家畜でも解体してるんでしょうかね?」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・


 三人ともしばらく沈黙する。


風音「まぁ、でも、当たり前っちゃ当たり前か。この環境で肉を食べたかったら自分で解体するしかないしなぁ。僕も裏側冒険してた時期は自分でやってたし。実家では母さんがたまにイノシシとかバラしてたっけ」


 しみじみと語りだす。


凌舞「ホントよくやるよな。俺はああいうのちょっと無理だわ」


ジル「慣れですよ慣れ」


 シャロンのナンバー2の肩書かたがき伊達だてではない。サバイバルに関してはジルも経験豊富だ。

 と、雑談していると入り口のドアが開いた。

 セイニーがダッシュで風音の元まで来て、両手で鷲掴わしづかみにされている何かを差し出す。


セイニー「はい!!」


風音「え? これ何?」


 最初は小動物をそのまま出されたのかと思った。

 というのも、セイニーが持っていたのはふわっふわの毛でおおわれた何らかの塊だったからだ。

 よく見ると小~中型程度の動物の尻尾っぽい?

 平たくて長くて、びっしりとふわっふわの毛で覆われている。

 一応受け取ってみると、肉厚はある。


風音「どうしたらいいのコレ? 焼くの?」


セイニー「早く食べてっ! 早くしないと死んじゃうっ!!」


 食べれば治ると言っていたので、逆に早く食べないと死ぬかもしれないと思っているようだ。


風音「いや、だってコレ生。・・・って言うか毛・・・・・・・・」


 またセイニーの目に涙が浮かぶ。

 風音があせって手を合わせる。


風音「はい。じゃ、いただきます」


 もうどうにでもなれ、とそのまま口に突っ込む。


凌舞「お・・・おぉ・・・・よくやるな・・・・・・・」


ユニル「うわぁ・・・」


 隣でユニルと凌舞が引いている。

 が、予想に反してかなり美味しかった。

 もちろん欲を言えば焼いた方が美味しいかもしれないが。


風音「うん。美味しい」


 素直に感想を漏らす。


凌舞「マジか・・・」


 凌舞は信じていないようだ。


風音「ちょっと食べてみる?」


凌舞「NO」


 セイニーが片手に一個ずつ持って来ていたので、片方を凌舞に勧めてみたがあっさり断られた。

 凌舞は食べ物に関しては何でも追及したがる性質だが、ゲテモノ系は忌避きひしている。


ジル「ちょっと私もいただいてよろしいですか?」


 先程武器として使用していた糸がいつの間にかジルの手元にあり、それを器用に操り風音が食べていない方の肉を一部切り落とす。


ジル「・・・・! なるほど・・・・・」


 断片を口にしたジルが感想を漏らす。


ジル「これはおそらくですが・・・人工的に作られた生物か、あるいは相当な品種改良がなされた生物ですね。あちら側の宇宙でも近い物はありますが、これほどの完成度の物は・・・・・」


風音「ああ、やっぱりそう思う? なんて言うか・・・こんな言い方したらアレだけど、食べられる為に存在してるみたい」


 口に入れる前に一番抵抗があったふさふさの毛が、口に入れるなり溶けるように崩れて何の邪魔にもならなかった。

 肉の部分も生臭さが無く、生でも美味しく食べられるようになっている。


凌舞「人工的にって・・・それは食って大丈夫なもんなのか」


 凌舞が顔をしかめる。


風音「でも豚だって品種改良の繰り返しで・・・って言いたいとこだけど、これは確かに異常かな」


 などと言いながら、結局全部食べてしまった。


風音「はい、ごちそうさまでした」


 お行儀よく手を合わせる。

 ふと風音がセイニーの方を見ると、もう泣き出す寸前だった。


風音(あ、やばい、泣きそう)


 おそらく食べ物を食べたのに怪我が治らないからだろう。

 実は食べてすぐにはそのエネルギーを治療に使いにくいのだが、セイニーにその原理が分かるはずもない。

 しかしこれ以上待つと面倒臭そうなので、急いで肩の怪我を治す。

 青くあわい光が風音の肩にともり、傷が完全に塞がっていく。


風音「よっしゃ、完全回復。ありがとう、セイニーさん」


 セイニーが風音の肩が治っていく様子を目を見開いて見ていた。

 これでようやく泣き止んでもらえる、と思ったが。


セイニー「うあぁぁ~~~~~~~! 良かったぁぁあぁあぁ~~~~~~~~!」


 大泣きしながら風音にしがみついてきた。


風音(結局泣くんかい)


 やれやれ、としがみついているセイニーを引き剥がす。


風音「もう大丈・・・・」


セイニー「うあぁあぁ~~~~~~~~! 血ぃ付いてるぅ~~~~!」


 再び自分の手と顔面に新たな血が付いた事に泣き出す。


風音(あぁ・・・・・ちょっと苦手かも・・・この子・・・)


 しばらく泣き止みそうにないので、落ち着くまで待つ事にした。


 数分後。

 ようやく落ち着いたセイニーに、風音が血を落とす所と借りられる服が無いか尋ねた。


 そして二人でどこかに行った後、血を落として再び2人が最初の部屋に帰って来た。

 帰って来た風音の姿を見るなり凌舞が呆れたように言う。


凌舞「お前それ完全に女じゃねぇか」


 フリフリの付いたワンピースのような、それでいて円形の模様の入った民族衣装チックでカラフルな服を着てきた風音に白い目を向ける。


風音「仕方ないだろ! これしか無かったんだから! これでもマシな方選んできたんだよ!」


 他にもいくつか候補はあったが、そんな物を着ていくと数年先までネタにされそうな代物ばかりだった。


セイニー「んふ~~~~~♪ おそろい~~~~♪」


 同じく着替えてきたセイニーは喜んでいる。


凌舞「せめて腰から下はズボンに入れるとか出来ないか? それはそれでダッサイけど、スカートよりゃマシじゃない? パッと見、民族衣装っぽいし」


風音「シワになりそうだし・・・・・・。あと、女の子の服を思いっきりズボンに突っ込む男ってどうなんだろう? ・・・とか」


凌舞「お前の変態は今に始まった事じゃないし、別にいいだろ」


風音「なっ!?」


 聞き捨てならない事を言われて反論しようとしたが、その反論を察して凌舞が先に言う。


凌舞「宇宙船が欲しいってだけで、死ぬ可能性激高の実験に突っ込んでいくような奴の事を変態って言うんだよ」


 返す言葉も無い。

 ただ変態のジャンルが違う気がしたが。

 そう言われてしまっては、風音が凌舞に対して出来る精一杯の抵抗は、全て聞かなかった事にして話題を変える事だけだ。


風音「ところでセイニーさん、さっきのレーザーの事なんだけど」


 その言葉にセイニーがビクッとして顔が強ばる。


風音「あぁ大丈夫、別に怒ってる訳じゃないから。さっき言ってた誤作動っていうのは?」


 泣かせない様に優しく尋ねる。


セイニー「・・・何度も言ってましたけど、ここは監獄なんです。で、さっきも説明した通り私が看守だったんです。あんまりそう見えないかもしれませんけど」


 確かに看守には見えない。

 仮に監獄で働いているとしても、事務員か何かをやってそうな感じではある。


セイニー「それで、職員として登録されている人物以外の生物が私に対して敵意を持って接触したとみなされた場合、システムが起動して勝手に処分しちゃうんです」


 例えそれが人であろうが虫であろうが動物であろうが。

 そしてもちろんその逆もある。触れてきた側に敵意が無かったとしても、触れられた事でセイニーが危機を感じたり敵意を抱いたとすれば、その時も相手側が殺処分される。


セイニー「でも・・・・・・・さっき風音さんが頭を撫でた時は・・・お互いに敵意なんて無かったと・・・・・・なのに、何故か機械が動き出して・・・・・」


 徐々に声が震えて、また泣きそうになる。


風音「うん。確かに敵意は無かった。だからやっぱり誤作動だろうね」


 間を空けると泣きそうなので、早口に言う。


風音「ま、機械のせいならセイニーさんが気にすることは無いよ」


 思わず風音がセイニーの頭を撫でようとしたが、セイニーが頭を引いてかわす。


セイニー「・・・また誤作動を起こして風音さんが怪我するといけないので・・・でも、両親からも頭を撫でてもらった記憶が無いので、嬉しかったですよ?」


 と寂しそうな笑顔を向ける。


風音「じゃあ別に気にしなくていいのに。栄養補給も済んだし、もしまた襲ってきてもあんなガラクタに負ける要素無いって」


セイニー「ふふっ、じゃあ遠慮なく撫でられてしまおうかなぁ~~? なんて。・・・でもあんまりいろんな物を壊されても、それはそれで困りますし?」


 ようやく普段の笑顔が戻ってきた感じがした。


風音「確かに。そりゃそうか」


 風音が手を引っ込める。


風音「機械の事はよく分かんないけど、誤作動を起こしてるんなら早めに調べて直しておいた方が良いよ。放っておくとセイニーさんが撃たれる可能性もあるし」


セイニー「そうですね。また近い内に調べておきます」


 そんな二人の会話を聞きながら、凌舞が眉をひそめる。


凌舞(いや、多分誤作動じゃねぇだろそれ。あの時この馬鹿がセイニーに対して敵意振りまいてたから、それに反応したんじゃねぇのか?)


 チラッとユニルの方を見る。

 相変わらず何にも考えてなさそうな顔でその辺を漂っている。同じ会話を聞いている筈だが、自分が原因などとはカケラも思っていないだろう。


凌舞(風音がセイニーに触れてユニルが敵意を出す。・・・で、なんで襲われたのが風音だけ? って感じもするが、機械が妖精っていう特殊な存在を認識出来なかった可能性もあるし)


 だが機械は確かにセイニーの付近で敵意を感知した。

 その結果セイニーに直接触れていた風音が敵とみなされ撃たれた、という流れなのではないだろうか、と推測する。

 その後セイニーが風音に抱きついていた時もユニルは敵意を出していたが、あれに関しては風音ではなくセイニーの方から触れに行っている。

 昔この場所が監獄として機能していた頃、囚人が自分からではなくセイニーの方から触れて来たとして、その時囚人が不意に看守という存在に対して何らかの嫌悪感や敵意を抱いたという事もあっただろう。

 その時もおそらく機械は起動しなかった筈だ。

 それで殺されてしまっては、さすがに囚人側が気の毒だから。


凌舞(・・・って、全部俺の予想だからわざわざ言わねぇけどな。機械を調べるに越したことは無いし)


 我関せずを貫く事にした。


セイニー「あの、こっちからも聞いていいですか?」


風音「・・・なんでもどうぞ?」


 風音の方からもまだ質問はあったが、別に聞かなくてもいい事なので相手に譲る。


セイニー「さっきチラッと言ってましたが、皆さんは仕事で来たんですか?」


 こんな所に一体どんな仕事があるというのか、と不思議そうに尋ねる。


風音「うん。ちょっと訳あって花を摘みに来たんだよ。何種類か持って帰っていいかな?」


 仕事内容を考えると重要なのは花じゃなく、空中に何故花が存在するのかの方だと思うので、別に花は持って帰れなくてもいいとも思うのだが。


セイニー「まぁ、花を摘むのは自由ですけど、持って帰ることは出来ないですよ? 監獄から外に出る事は不可能ですから」


 もう何度目かの忠告を再び口にする。


風音「・・・もし出て行こうとしたらどうなるのかな?」


 自分達が一番確認したかった事を尋ねる。


セイニー「監視システムに殺されます」


 看守として働いていた時に何度か言ってきたセリフなのだろう、今までの感情の入った言い方とは違い、凄く事務的な口調で告げられた。


風音「じゃあそのシステムを壊して出て行くのはいいのかな? ・・・やっぱり困る?」


セイニー「う~~~ん・・・。確かにもう罪人は居ないですから? なくても問題は無いですけど・・・」


風音「・・・けど?」


セイニー「無理ですよ、そんなの。それに、せっかく友達が出来たのに無駄に死んでほしくないですし」


風音「でも監視システムって言ってもさっきの・・・」


 言いかけた風音を遮るようにセイニーが割り込む。


セイニー「さっきのレーザーの事を想像してるなら、あんなの最終排除システムの比じゃないですよ」


風音「その排除システムってのは、どんな兵器?」


セイニー「島の生活圏の中央にある、大きな人型のロボットみたいな・・・アレ何なんでしょうね?」


 首を傾げる。


風音「何なんでしょう、って管理人にも理解出来ないものが置いてあんの?」


セイニー「いえそういう事じゃなくて。何で一番の兵器が人型なんでしょうね?」


 その辺が理解出来ないようだ。


ジル「我々も人型の大型ロボットは研究してきましたが、結局兵器としては使い辛かったですね」


 完璧に操る事が可能なら、操縦者と同じ人型をしている方が思うように動ける。という意見もあったので研究されてきたが、あまり実用的ではなかったようだ。


凌舞「確かにな。小さいロボットなら分からんでもないけど、デカい人型の兵器って・・・小回り効かねぇだけだろ」


ユニル「大きいとそれだけ的も大きいですしね」


 三者三様、人型兵器について疑問を口にする。

 そんな意見を聞いて、風音が大きな溜め息をつく。


風音「そんな簡単な事も理解出来ないのか。これがシャロンのナンバー2とウチの副艦長だとは・・・情けなし」


 やれやれ、と首を振る。


凌舞「そこまで言うなら絶対俺達を納得させる答えを言えよ。納得出来なかったら耳たぶに穴開けるからな」


 凌舞の指先に極小の槍が出現し、風音の方を向く。


風音「こ、怖ぇぇ・・・。何その発想」


ジル「両耳でお願いします」


 凌舞の指先の槍が二本に増えた。


風音「コイツ等・・・。・・・いいか、よく聞けよ。人型の大型ロボットっていうのはな?」


 机の上に置いていた拳をグッと握る。


風音「男のロマンや! ・・・・・っ痛っった!!!」


 凌舞の指先から槍が発射され、風音の両耳たぶに穴が開いた。


風音「いやいや、今のほぼパーフェクトな回答じゃなかった?」


 風音の両耳たぶが青白く輝き、穴が塞がっていく。


凌舞「どこがだよ」


 と呆れる凌舞とは対照的に。


ジル「いえそれが、実は裏側でも大型ロボットを作ろうとしている人っていうのは、実用性よりも見栄えとかを重視する傾向にあるんですよね。だから風音さんが言った事も、当たらずとも遠からず、と言うか」


凌舞「マジか・・・」


 絶句する。


セイニー「そうなんだ・・・言われてみれば、技術者の人が完成したロボットに頬ずりとかしてたっけ」


凌舞「きも・・・・・・」


 凌舞には全く理解できない世界だ。


風音「きもくないわ全然。一見機能美きのうびにあふれた造形・・・しかし実用的ではないという矛盾むじゅんを抱えながらも色あせない美しさ・・むしろそういった欠陥があるからこそ輝くとも言える、未完成ならではの完成度の高さよ・・・ミロのヴィーナスしかり」


凌舞「きも・・・・・・」


 熱く語り出した風音が思ったよりきつい。

 改めて理解出来ない世界であることを痛感する。


セイニー「確かに兵器としての実用性よりも形にこだわったのかも。そもそも相手が丸腰の囚人ですから? 戦争に使う様な大掛かりな兵器が必要ではなかったですし」


風音「って事は、充分勝てる可能性もあると思うんだけど」


 セイニーの言う通り、地上の監獄だって囚人を排除する為に核兵器を搭載している所は無いだろう。

 セイニー達の文明レベルの高さが尋常ではない事は理解出来てきたが、この場所に限って言えばむしろ兵器としては下から数えた方が早いくらいのレベルの物しか置いていないと思われる。


セイニー「風音さんの言いたい事は分かります。実際戦争に使われていた兵器に比べれば大した事の無い物ですし、先程から見ていると皆さん不思議な事が出来るみたいですけど・・それでもアレを壊すのは無理ですよ」


 風音に向かって諭すように言う。


風音「・・・・・うん。なるほどね」


 ふぅっとひとつ息をついて、風音が考え込む。


凌舞「ちなみに、こういう時シャロンとしてはどういう対応を取るのが良いと思う?」


 ジルに尋ねる。


ジル「ん・・・・・。まぁどういったシステムがあるのかを確認して、破壊出来そうなら破壊しますし、無理そうならシステムをダウンさせる方法を探す・・・ですかね」


 もっと言うなら、そういった方法をスムーズに進める為に、ここの管理者であるセイニーを締め上げてでも知っている事は全て聞き出す。

 ・・・くらいの事はするのだが、この場の空気を読んで言わない事にした。


ジル「入る時に機械が壊れるような場所で救助が呼べるとも思えませんし、自分で何とかするしかないでしょう」


凌舞「だよなぁ。で? カザはどうする気なんかな?」


 未だ考え込んでいる風音の方を向いて尋ねる。


風音「うん・・・・・・」


 助けを呼ぶだけなら簡単なのだが。

 ユニルは嫌がるだろうが、一旦風音との契約さえ切ればユニルは風と完全に同化出来る。

 今の状態でも空気中で姿を隠すことは出来るが、見えないだけでそこに存在はするので、攻撃は当たる。

 しかし本来の力を取り戻したユニルがその気になれば、風そのものと化すので物理攻撃など一切通用しない。その上でユニル自身は超破壊的な自然の驚異を振るう事が出来る。

 妖精とは戦うな、と言われている理由を体現した姿でもある。

 そのユニルにこの場所で戦わせるのはあまり得策ではない。

 ユニルに限らず、本気になった妖精は基本的に破壊神と化す。相手の強さにもよるが、場合によっては島ごと破壊する恐れがある。

 昔から何度も言われてきた格言にもあるが、壊すのは簡単だが作るのは難しいものだ。風音が思うに、全ての妖精がきもめいじておいてほしい言葉だ。


 しかし。

 批判的な考えが先行したが、助けを呼ぶだけならユニルの本来の姿は適任でもある。

 セイニーの言う排除システムがいかなる代物しろものであっても、すべて無視して普通にこの場所から出て行けるからだ。

 が、助けを呼ぶのが果たして良い事なのかどうか・・・。

 いやそれ以前に・・・・・。


風音「いずれにしても、一回外の様子を見て回ってきてもいいかな? ここを出る事に関しては必要になった時に考えるとして、ちょっと色々見て回りたいかな」


 自分で言いながらうんうんと頷く。


凌舞「お前このに及んでまだ観光気分とか、もう危機感が無いとかいうレベルじゃねぇぞそれ」


 呆れた様に言う。


風音「まあまあ。一回外の空気を吸って頭をリフレッシュさせた方が良い考えも浮かぶだろうしさ」


 風音が椅子から立ち上がって、思いっきり伸びをする。

 続いて凌舞も立ち上がろうとするが。


風音「あ、今回はちょっと一人で見回りしてくるよ。その方が自由に動けるし」


凌舞「そっか。まぁ俺も観光って気分でもないし、待機しとこうかな」


 凌舞が椅子に座り直す。


ユニル「私は付いて行ってもいいですか?」


 当然付いて行く気満々で尋ねるが。


風音「出来れば残って三人の警護をしておいてほしいかな。さっきみたいな事があったらユニィが守ってあげて」


 あっさり断られた。


ユニル「え~~・・・いいですけど・・・面倒臭い・・・・・」


 先程の戦闘前の風音の場合、周囲を常に警戒しながら行動していたので、木から機械が出現した時の些細な違和感を察知して身を守る行動に移せた。

 だがこれは風音が裏側の宇宙を冒険していた頃に身に付いたスキルであり、ユニルにはこういった事は出来ない。

 風音曰く、臆病で弱い生き物ほど警戒心が強くなり、こういうスキルが身に付いていくらしい。

 だとするならユニルには一生身に付かないだろう。

 その代わりユニルの場合、集中すれば周囲の大気の動きを自分の触覚とリンクさせる事が出来るので、不自然な動きにはすぐ反応出来るようにはなる。

 ただしそれをずっとやっていると疲れる。


風音「そんなに長時間外出する訳でもないし、お願い」


ユニル「は~~~~い・・・・・・・」


 元気を失ったユニルが机の上にしおしおとヘタり込む。

 ドアに向かって歩いていく風音が振り返りざま告げる。


風音「シノ、さっきの事もあるから念の為最大限警戒しておいて」


凌舞「・・・ああ。そっちも気を付けて」


風音「うん」


 短い返事と共に風音が家から出て行った。




ジル「風音さんはいっつもあんな感じなんですか?」


 風音を見送って三人が残ったリビングで、ジルが凌舞に尋ねる。


凌舞「あんな感じ、とは?」


ジル「何というかこう・・・切羽せっぱ詰まった場面でもノリが軽いというか、すぐ冗談を言ったりするというか」


凌舞「あぁ・・・・・・」


 その事か、と凌舞が理解する。


凌舞「アレは単に師匠・・・優希ゆうきさんの影響だろ。あ、ちなみに優希さんっていうのはアイツの母親な」


ジル「その人もあんな感じなのですか?」


凌舞「優希さんの場合、自分が明るく振る舞う事で周りの不安を消そうとしてたっぽいけどな。軽口を叩きながら、本人は真面目に考えてる、って感じか? 風音の場合は・・・分かんねぇな、未だに。素なのか演技なのか。優希さんに憧れてるのは確かだから、真似してるだけかもしれんし」


 幼馴染の凌舞でも掴み所のない性格らしい。


ジル「母親に憧れ、ですか。マザコンか何かですか?」


凌舞「っていうのとはちょっと違うと思うけど。そもそも赤の他人だから、マザコンっていうのが当てはまるかどうかも分からんけども」


 どちらかと言えば優希の風音に対する愛情の方が凄い。これが逆なら立派なマザコンだが。


ジル「さっき師匠と言ってましたが、その優希さんという方が凌舞さんの槍や風音さんのさっきの・・・変わった技を教えた方ですか?」


 さっきの風音の技をどう表現していいのか分からず少し言葉に詰まる。


凌舞「・・・・・ああアレな、よく分からんけど優希さんが使ってた技でね。風音の道場に通ってた八人はみんな使えるよ。全員出来る事は違うけどな」


 ジルが頷く。確か凌舞は手から槍を出していた。


ジル「どういった仕組みの技なんでしょう?」


凌舞「まず体内にあるエネルギーっていうか、精神力みたいなのを体の一部に集中させる事が必要なんだよ。その感覚って優希さんしか知らないから、優希さんにその部分に触れてもらって力を開放してもらわないと使えないんだけど」


ジル「体の一部?」


凌舞「ああ。個人によってエネルギーが溜まり易い場所って違うんだけど、俺の場合は後ろ髪の毛の先っぽで、カザの場合は右手の平かな。その部分が体から切り離されると技が使えなくなるんだよ。力の源泉げんせんが無くなるからな。 っつか、カザはまだいいよ? 手の平なんて普通切り離される事なんて無いから。俺なんて今現在後ろに生えてる髪の毛の先だからな? 散髪しちまったら最後、優希さんに会ってもう一回力を開放してもらうまで技が使えなくなるっつー面倒臭ぇ仕様なんだよ」


 と、髪の毛の先をいじりながら答える。


凌舞「・・・っても、あの人しか力を開放出来ないんだから愚痴ぐちっててもしゃーないよな。使えるだけでも便利だから感謝しないと」


ジル「は~~~、本当に変わった技ですね」


 感心したように言う。


セイニー「あ、皆さん何か飲みますか?」


 今頃になって何ももてなしをしていなかった事に気付いたセイニーが、話の流れを完璧に無視して割り込んでくる。


ジル「いえお気遣いなく」


凌舞「俺もいいや別に。それよりカザが情報収集してる間に、俺等もちょっとは仕事しないとな。何か珍しい植物とかある所に案内してくれない?」


セイニー「いいですけど、皆さんにとって珍しいっていうのがどれなのかは分かんないですよ?」


 あれだけ監獄からは出られないと忠告してもまだ持って帰る気でいる凌舞に対して、多少思う所はあったが話の流れを優先して答える。


凌舞「まぁ全部珍しいからな。近場のでいいや」


 どうせ何を持って帰った所で全部新種だから違いなんか分からないだろうし、その辺は適当でいい気がする。


セイニー「じゃあ庭に咲いてる花でも見に行きましょうか?」


 ニッコリと提案する。


ジル「本当に近場で済ませられましたね」


凌舞「まぁいいんじゃない? 楽だし。ユニルはどうする?」


 机の上でヘタっているユニルに声をかける。


ユニル「三人共庭に居るんでしたらここで警戒しときます。この家の周囲程度なら私の防御範囲内ですし。ただし、遠くへ行くなら一旦私に声をかけるか、自己責任で行ってくださいね」


 見るからにやる気が無いユニルが事務的に言う。

 普段は風音と別行動を取る事などよくある事だが、一緒に仕事をしている時に別行動は珍しいのでふて腐れているらしい。

 本人がそう言うなら放っておくことにして、三人が席を立ち庭へと移動する。



凌舞「マジか・・・・・」


 庭に出るなり凌舞が息をのむ。

 周囲を森に囲まれたそれほど広くない庭に、花壇や小さな池、それと何に使うのか分からない小道具がその辺に立てかけてある。


ジル「確かにこれは予想外でしたね」


 庭には色とりどりの花が花壇に植えられてあり、中には地上にあるものとそっくりな花もあれば、見た事も無い形状の花も多数存在した。

 本当に奇妙な形のものもあり、特に凌舞の気を引いたのは真球の形をした黒い花びらに中央が黄色の正三角形で出来た、幼稚園児が書いた絵をそのまま本物にしたような花だった。


 しかしそれすらも上回り、思わず凌舞が絶句してしまったものは別にあった。

 その花は花壇の約半分を占めており、つい先ほど見たばかりのものだ。


凌舞「えっ? これ花なのか? 動物だろコレ?」


 凌舞の視線の先にあるのは、先程風音が食べていた尻尾のような物が付いた花? だった。

 確かに地面から生えている。

 細い茎が地面からほんの数センチ出ていて、そこから先が風音がさっき食べていた物にそっくりな肉厚のあるフサフサな毛が付いた部分が20~30センチほど続く。

 その上にまるで花びらの様に、六枚の薄く平たいフワフワの尻尾のような物が展開してあり、その中央に小さなウサギのような生き物が寝ているのだ。


セイニー「これは動物と植物を合成した半動物みたいな感じらしいですよ? 私もよく知りませんけど」


 セイニーが長期間にわたって眠りについた場合、これらの花は機械が勝手に管理してくれているが、時に生物としての寿命を迎えセイニーが起きた時には全滅している事もある。

 その場合は保存された予備の種子が家に大量に保管されてあるのでそれを蒔いておけばまた生えてくる。


セイニー「この生き物には七本の尻尾があって、食べられるのはこの太い尻尾だけなんです。でも千切る時に凄い痛いらしくて、毎回大きな悲鳴を上げるんですよ。何とかなんないのかな?」


 一度麻酔をかけてから千切った事もあったが結果は一緒だった。


凌舞「千切られた動物の方はどうなるんだ?」


セイニー「そのまま森に逃げていきます。その後は動物として生きていくみたいですよ? 私が食べる毎に森に仲間が増えていきますし、その動物同士で生殖活動もするので、多分森を探せば結構コレと同じ物が生えてるんじゃないかな?」


 多分、というのはセイニーは今まで森では一度も見たことが無いからだ。それもそのはず、自然に出て行って生まれた個体は自衛の為なのか、地中に隠れるように生まれるからだ。探そうとしないと見つからない。


凌舞「ふぅん。食った後は手の平サイズの六尾のウサギか。風音が見たら飼いたいとか言いそうだな。特にこの真っ白なやつとか」


 個体によって色が違う。四種類ほどあるようだ。


セイニー「お目が高いですね? 色によって味が違うんですが、私としては白が一番おいしいですよ?」


凌舞「いや、味的な意味で言った訳じゃないんだけどね」


 色によって味まで違うとは、いよいよ作られた生物といった感じがする。


凌舞(しっかしホントに変わった花ばっかだな。これなんか一部だけ変な模様が付いてるし、病気かな?)


 別の花たちに目をやりながら、ふと気になった花に近付く。

 模様を見ると何か違和感がした。

 模様ではなく上から何かが付着している様に見える。

 それが何なのかよく分からなかったが、近くにある花壇の縁にある石にも同じような模様がある。こちらは何なのかおおよその予想はついた。


凌舞「でも、そんなに悲鳴を上げるって事は、結構血とかも出るんだろうな。俺には出来ねぇかも」


 セイニーの方を見るでもなく尋ねる。


セイニー「血は出ないですよ? 悲鳴は凄いですけど。あれは何回聞いても慣れませんね」


凌舞「悲鳴が苦手ってんなら、セイニーは風音とかジルみたいに動物の解体は出来ないんだろうな」


セイニー「うぅ・・・ちょっと無理かも・・・・・」


 弱々しくそう呟く。


凌舞「安心しろ、俺もだ。って言うかそれが普通だと思う。こいつ等がおかしいんだ」


ジル「ひどい言われ様ですね」


 ジルも他の花を観察しながら、こちらを見るでもなく反応する。


凌舞「でもそれだったら他に肉の代わりになる物ってないのか? それだけ科学が進歩してたんなら。悲鳴を上げない動物とかさ」


セイニー「そんなの作っちゃったら、それは逆にもっとかわいそうな気がするかも」


ジル「確かに」


 傷付けられた時の反応すら科学の力で抑え込まれ、無言で解体される動物を想像しゾッとする。


凌舞「そりゃそうだろうな・・・・・」


凌舞(解体は出来ない・・・ね。・・・・・だったらこの血痕は何だ?)


 花を見るふりをしながら改めて下方を見る。

 やはりどう見ても血と思われるものが付着した石がある。

 血が付いてからそれなりに時間が経っている様にも見える。残念ながら凌舞には法科学鑑定の知識は無いので、物に付着した血の時間経過などは見た目だけで判断は出来ない。


凌舞(さっきセイニーに付いたカザの血が飛んで、偶然この場所に付いた可能性は・・・無いか)


 それにしては血の量が多い。

 確かにさっきセイニーは、風音の血を顔面に付けたままこの場所に来ている。とは言えあんなのは周囲に飛ぶ様な量ではなかった。

 ・・・もしかするとジルに聞けば正確な時間を割り出してくれるかもしれないが。

 それはやめておく。

 先程風音が出て行く時に、最大限警戒しろと言っていた。突然そんな事を言われたので少し反応が遅れてしまったが。

 風音の言う最大限の警戒というのは、周囲だけでなく風音自身も含めた身内も全員疑えという事だ。


凌舞(カザは何か気付いてんのかな? ・・・何かあるんだったら教えてくれてもいいのに)


 軽く目を閉じため息を吐く。

 何も疑うことなく自然体で行動している凌舞を守るために、ユニルを置いていったのだろう。

 それも一つの優しさなのかもしれないが。


凌舞(カザはもうちょっと他の奴らに対する優しさを俺に分けた方が良いよな)


 警戒対象がそばに居るかもしれないというこの状況。

 多分ここに居るのが凌舞ではなく他のメンバー、ルミナやレスタ、リロ、亜稀あきとかだと風音は絶対に別行動は取らない筈だ。


凌舞(一人にされるって事は、それだけ信頼されてるって事かなぁ・・・。信頼とかそーいうのいいから、一緒に居てくれっての。そういうのが分かってないよなアイツ・・・・・)


 もう一つ、ため息を吐いた。



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