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カノン  作者: しき
第1話
3/149

遺物2


 風音と凌舞の二人がカノンを出発してから約二時間後。


 カノン第二会議室。


ルミナ「桃李とうりもの言わざれども下おのずからみちを成す。まさに風音さんの為にある言葉です。・・・にもかかわらず!! 去年考えられない事が起こりました!」


 ダンッ!! と音を立てて机を叩きながら、会議室の皆に向かって叫ぶ。

 ホワイトボードと空調設備と画面の大きなパソコン、そして円卓と、おまけの様に置かれた観葉植物。目に留まる物と言えばこの程度しかない殺風景な会議室の中。


 男四名。 ゼロア。 サルト・ハミルトン・クーラーズ。 クリス・ク・レスタ。 黒人亜稀(くろとあき)


 女五名。 レノ・リロ。 ツィコ・フィリコヨーテ。 神楽歌縫(かぐらかぬい)。 アリエイラ・フォクス。 クリス・ク・ルミナ


 幼女一名。 咲桜(さくら)


 両性一名。 琴千丸ことちまる


 の、計十一名が円卓に座っている。

 ホワイトボードの前に座っているのがルミナ。そこから時計まわりにサルト、亜稀、ゼロア、咲桜、千丸、アリエイラ、リロ、歌縫、フィリコヨーテ、レスタの順に座っている。

 本来円卓というのは、序列による上下関係を無くし、皆が自由に意見を出し合う為に敢えて円形に作られた物だ。

 この机を購入した風音も、もっと皆には艦長という立場を気にせず意見をして貰おうと思い、普通の安い折りたたみの長机をやめてこれにした。

 ただカノンの会議に参加する面子の中で、上下関係を重んじているのは事務のワグナだけだ。

 他は元々全員上下関係を無視して意見する者ばかりだったので、円卓にした意味はあまり無かったようだ。

 ルミナの発言の後、皆が静かになり混乱した様子でお互いに顔を見合わせている。


亜稀「とうり・・・何?」


 今のルミナの発言に疑問の声が上がる。


 ――――黒人亜稀。裏側出身。外見年齢二十歳前後。瘦せ型で黒を基調にした衣服を好んで着る。

 よく「この人は人を拒絶するオーラでも張っているのか?」と思うような人物が身近にいたりするものだが、まさに亜稀がそのタイプ。

 そこに黒髪ときつめの表情が加わり、明るさの感じられない更なる近寄りがたさを出している。

 黒を基調とした服が好きならカノンの制服を着ればいいのに、と風音から何度か言われているが頑として着ない。

 現在隣に座っている巨躯の男性ゼロアを師匠と呼んでいる。

 そして亜稀に限らずだが、外見年齢が十七~二十歳くらいの者がカノンの乗組員の大半を占めている。

 理由は単純に風音が同い年くらいの人を中心に勧誘していたからだが、風音自身が異常な程外見が若いので、これらのメンバーの中では風音が一番年下に見える――――


 隣に座っているサルトが、皆に代わってルミナに注意する。


サルト「ルミナ、何度も言わすな。風音に気に入られようと思って、地球の難しい言葉を覚えるのはいいけどな。もっと皆に分かる言葉で喋れ」


 ――――サルト・ハミルトン・クーラーズ。裏側出身。外見年齢二十歳前後。

 風音が最初に出会った宇宙人五名の内の一人。

 ルミナやその弟レスタと共に、未知の言語対応の翻訳機を開発した人物。おかげで大金持ちでもある。

 風音が初めて出会った時とほとんど外見が変わっていない。むしろ当時の苦労から解放された分、若返っているようにすら見える。

 言語学者であり、普段は書籍の翻訳の仕事をしている。

 ルミナとは犬猿であり、彼女が難しい言い回しを使うのは、言語学者であるサルトへの挑発でもある。 ただ、彼は言語学者と言っても裏側の言語専門だ。だから今の様に、知らない地球の言葉を知っている事で調子に乗られても別に何とも思わない。

 普段から変わった人物ではあるものの、ここぞという時に頼りになるので、風音はサルトに艦長をやってほしいと思っている。・・・以前頼んだ時は、即断られたが――――


フィリコ「zzz・・・・・・」


 口々にルミナに意見する。と、ルミナの隣に座っていたレスタが解説を始める。


レスタ「桃李~っていうのは、人徳が備わっている人の元には自然とその人を慕って人々が集まってくる、みたいな意味ですよ」


 ふぅん・・・と興味無さげにサルトが呟く。


亜稀「で? 結局お前の姉は何が言いたい?」


レスタ「・・・・・さぁ?」


 そんなやり取りを聞きながら、ルミナが一つ溜息をつく。


ルミナ「あなた達は本当に風音さんを慕っているのかって事!! 去年風音さんは年に一度しかない誕生日を、全員から忘れられてたのよ!!」


 ドンッ! と再び机を叩く。

 眉をひそめたサルトがしばし間を置いてから。


サルト「・・・ん? じゃあお前も忘れてたって事じゃないのか?」


ルミナ「私は誕生日を知らなかったのよ!」


亜稀「・・・・・あぁ?」


 ルミナに対し次々に横槍が入る。


サルト「まぁまぁ、亜稀。風音の気持ちも察してやれ。俺だって嫌いな奴には自分の誕生日なんて教えたくないからな。風音もルミ――――――」


 サルトが話している最中に、ルミナが近くにあったコップを取り、サルトの席に近付きながら流れるような動作で腕を振り上げ、そして力の限り振り下ろす。

 ガシャン!! という音と共に、サルトが卓上に頭を落とし沈黙する。


レスタ「ね、姉さん。コップで人の頭叩いちゃ駄目だよ。それと、そのコーヒー僕のだよ」


 コップの破片と中に入っていたコーヒーが派手に飛び散っている。

 レスタが姉を注意するが、本人は意にも介さずやれやれといった感じで首を振る。


ルミナ「蚊が」


レスタ「・・・サルトさんの頭の上に止まってた、とでも?」


 ルミナが頷く。


レスタ「じゃあ仕方ないね」


 レスタが説得を諦めた。


ルミナ「さて、一人減りましたが会議を続けます」


フィリコ「zzzzz・・・・・」


リロ「あの、・・・議長さん」


 おずおずとリロが手を挙げる。

 因みに、円卓で上下関係が無く皆同じ立場とはいえ、皆の話をまとめる人物(議長)は存在する。そういった役割の人物を決めておかないと、話が進まないからだ。

 普段は風音以下二人の副艦長の誰かがこの役に就くのだが、三名共不在の時は会議を開いた者が議長になって話を進める。


ルミナ「はい、リロ」


 ルミナがリロを指名する。


 ―――レノ・リロ。裏側出身。外見年齢十七歳前後。

 小麦色の肌と、かなりオレンジ色がかった茶髪のショートカットの女性。

 一見活発なイメージの少女。実際は自分の行動に自信が無いのか、何をするにしても一歩引いた控えめな態度で臨み、言動や行動もおどおどしている事が多い。

 これでも亜稀、ゼロア同様戦闘民族だったりする。

 風音以外で唯一仕事の時にカノンの制服を着る人。今も会議なので制服を着てきている。加えて風音を真似て前髪に二つ髪留めを付けており、片側だけ髪をあげている―――。


 ルミナに呼ばれたリロがゆっくりと立ち上がる。


リロ「つまり・・・今年は皆で誕生日を祝ってあげたいな、っていう事・・・・・ですよね?」


ルミナ「ええ。理解が早くて助かるわ。ついでに言っとくと、全員強制参加だから。断ったら、かぬちゃんとゼロアの最狂コンビに半殺しにされます」


神楽「初耳ですわねぇ」 


 ルミナの言う「かぬちゃん」とは神楽の事だ。しかし唐突に指名が入ったが、そんな話は聞いていない。 


ゼロア「・・・俺が参加を断った場合はどうなる? 神楽を沈めれば離脱出来るのか?」


 面倒な事に参加したくないゼロアからの提案。


神楽「ふふっ。・・・出来るものなら。 ・・・と言いたいところですが、お互い無駄な消耗は避けましょう。ここに住まわせてもらっているのですから、貴方としてもたまには風音様に何かお返しするのもいいでしょう?」


 神楽が大人の対応で返す。


ゼロア「・・・・・・・・・」


 何か言い返しそうな空気を見せたが、黙る。

 ここで反論するのも面倒臭くなったのか、諦めて参加する事にしたようだ。

 先程手を挙げた頃からずっと暗い顔のリロが、不安そうに口を開く。


リロ「大丈夫、かな?」


ルミナ「何が?」


リロ「風音さんが、自分の誕生日を・・・・、あまり人に言わないのは、その・・・、捨てられてて・・・、仕方なく、拾われた日を誕生日にしたからじゃないかって、煉也さんが・・・」


ルミナ「ええ、そうらしいわね。でもそれはあくまで煉也の推測であって、本人を見てるとあんまり気にして無さそうなんだけどね・・・。単に言う機会が無かったとかだと思うんだけど」


リロ「そう・・・なのかな? もし、風音さん自身が、あまり触れたくないなら・・・触れない方が、いいかも。私の大事な人が、傷付くのは・・・嫌だから・・・」


 リロが目を伏せる。


ルミナ「まるで風音さんの彼女の様な発言してくれたところ申し訳無いんだけど、あれは私のだからね?」


 ルミナがリロに向かってニッコリ微笑む。


サルト「いや、少なくともお前のではないわ」


レスタ「そうだよ、姉さん。『あれ』とか『私の』とか、風音さんは物じゃないんだから。あ、サルトさん、おかえり。はい、ハンカチどうぞ」


サルト「おう。気絶からの迅速な復活を果たしたぜ」


 サルトが小さな丸眼鏡(地球に来てから伊達眼鏡の無意味さに感動し愛用するようになった)を中指で上げながら、受け取ったハンカチで髪に付いたコーヒーを拭きとる。

 弟とサルトの発言を無視して、ルミナが会議を続ける。


ルミナ「まぁ、リロの言いたい事も分かるんだけど・・・・・・」


 そこまで言って何かを考える様に二呼吸ほど間をとってから続けた。


ルミナ「でもほら、普段の風音さんを見てたら大体分かるでしょ? あの人なら多分、素直に喜んでくれるわよ」


 その言葉に感心したのか、レスタがパチパチと手を叩く。


レスタ「おぉ~~~~、さすが。普段は姉さん見てると頭大丈夫かなって思う時が多々あるんだけど、さすが風音さんの事になると一味違うね。僕も姉さんと同じ意見だよ」


 言い終わるや否や、レスタの顔面がルミナの手でガッと鷲掴みにされる。


リロ「でも・・・」


 意見を言いかけたリロの言葉をかき消すかのように、神楽が言う。


神楽「レスタ君がそう言うなら問題無いですわね」


リロ「・・・そうなの? 歌縫さん」


 リロが隣に座っている女性に尋ねる。


 ―――神楽歌縫(かぐらかぬい)。裏側出身。外見年齢十八歳前後。

 物腰柔らかな態度、長い黒髪、おっとりとした表情や言動から、これぞ大和撫子という感じがする。実際は大和撫子どころか、地球人ですら無いのだが。

 着ている服も着物に近く、ひらひらとしていて幾重か布が重なった、動きにくそうな服をいつも着ている。

 とある理由から、風音と誰か(出来ればルミナが良いが、別に誰でもいい)をとっとと結婚させようと考えている。そしてその二人を自分の星へ連れて行こうと画策中―――。


神楽「ええ、だってこの中で風音様と一番仲が良いのはレスタ君でしょう? その彼が言うのですから間違いないと思いますわ」


 そんな神楽の主張の陰で、当のレスタは姉のアイアンクローで別の世界に旅立とうとしていた。


リロ「そっか・・・、そっか。風音さん喜んでくれるんだ。なら、手伝おうかな」


 一応納得したのか、リロが席に座る。

 と同時に、リロの隣に座っていた女性が手を挙げる。


ルミナ「はい、アリちゃん」


アリエイラ「ひとついいですか? 私の勉強不足で申し訳ないのですが。なにぶん、カノンに来るまでは人との付き合いが無く特殊な環境だったものですから・・・。 先程から話題になっている『誕生日』? とはどういった事柄なのでしょうか。風音さんの身に何かが起こるのでしょうか?」


ルミナ「・・・・・・・・・・・・・」


アリエイラ「・・・・・・・・・・・・・・」


 常に笑顔を絶やさない女性、アリエイラが張り付いた笑顔のままルミナの返答を待つ。


 ―――アリエイラ・フォクス。裏側出身。ロボット工学に長けている。外見年齢二十歳前後。

 風音より三センチほど背が高いので、180近くある長身。

 普段笑顔なので分かりにくいが、まるで感情が無いかのような人を射抜く目をしている。

 誰かと対峙する際、まるでその人物の向こう側を見ているような。

 実際感情はあるし、本人はそんなつもりは無い。

 しかし会話をしている相手からは、目が合っているのに合っていないかのような印象を持たれる。

 整った顔立ちで均整の取れた体つき。外見だけならカノン一の美人と言っても良いくらいの人物。中身はかなり残念でもある。

 

 愛用している綺麗な緑色のピアスと、少し薄い青磁色の長髪が目を引く。が、本人は外見に興味が無いのか、いつも後ろ髪を適当な所で適当に縛っている。髪の毛の一本一本がせっかく綺麗なのに、後ろから見るといつも散らかっている。

 立ち振舞いは謙虚である。生まれながら特殊な環境に居たので、一般常識に欠ける。その為よく天然だと思われがちだが、本人は否定。だが哀しいかな、まぎれもなく天然。

 風音が彼女を見てよく疑問に思うのは、何故地球人が髪を青く染めても不自然にしか見えないのに、彼女の青髪はこうも自然に美しく見えるのか。 顔の造り? 空気? 色々考えてはみたが、答は出ない―――


 ルミナが呆気に取られていたので、そのおかげで解放されたレスタがこめかみをさすりながら問う。


レスタ「アリエイラさんの星では誕生日を祝ったりしないの?」


アリエイラ「いえ、ですから、その、誕生日? とは?」


 アリエイラが首を傾ける。

 カノンには様々な星の出身者がいるので、風習や考え方などが地球のそれとは全く違う事がある。


 例えばレスタ、ルミナ、神楽の三人の場合。

 三人ともメリオエレナという星の出身(神楽は地球に居る時のみ名前を和名にしている)だが、この星の大きな特徴の一つが『生まれる子供の男女比率が1:3』という事である。原因は先祖に当たる生き物の生態にあるらしいが、詳しい理由は分かっていない。

 女性の方が数値的には三倍多い事になるが、実際その星に行ってみると、三倍とは思えないほど圧倒的に女性の方が多く感じる。

 その為、当たり前のように重婚が認められている。というか、少なくとも男性は二~三人の女性と結婚しないと、たくさん子供を産まない限り人口が維持できない。

 そして同じメリオエレナ出身の女性でも、結婚に対して二つの考え方に分かれる。

 最初に結婚する者が一番愛されているはず、という考え方の『最初に結婚したい』派と、後で結婚した者の方がより愛されているに決まっている、という考え方の『二~三番目に結婚したい』派だ。

 ルミナの考え方は前者で神楽が後者だ。

 その為風音を気に入った神楽は、誰でもいいから女性と風音をさっさとくっつけたがっている。

 そしていずれ寝取る気満々である。地球での倫理観から見ればそれはどうかと思うが、メリオエレナではそれが普通らしい。

 ただでさえ風音は他の星に行った時は、その星のルールを守る性質。だから神楽は、メリオエレナにさえ連れて行けば勝ちだと考えている。

 そしてその生態のせいかメリオエレナの男性の方はといえば、特に男兄弟に憧れる傾向が強い。レスタがやや危ないレベルで風音を慕っているのは、仲の良い年上の風音を兄に見立てている為である。


 こういった者達がカノンに住むようになると、連日他の星と地球との違いを実感させられる。

 とは言え、さすがに誕生日を知らない者は全宇宙においてもかなり珍しい。


レスタ「えっ・・・と。誕生日っていうのは、生まれた日の事だよ」


 かなり分かり易く説明したつもりだったが。


アリエイラ「要するにロボットで言う製造日の事、ですね? 風音さんは・・・その、まだ生まれていなかったのですか?」


 再びアリエイラが首をひねる。


レスタ「?????」


 レスタが怪訝な表情でアリエイラを見つめる。


アリエイラ「ですから、その、風音さんはこれから誕生日・・・生まれる日を迎えるのですか?」


レスタ「?????」


 レスタが混乱する。と、横からゼロアが声をあげる。


ゼロア「そういう事じゃない。生まれた日を起点にその星の周期で一周を迎え、生まれた日と同じ日が来たらその日の事を誕生日と呼ぶ、という事だ」


 と面倒臭そうに答える。ゼロアとしてはさっさと会議を終わらせたいようだ。


アリエイラ「はぁ・・・・・・」


 分かったのか分からなかったのか、曖昧な返事を返す。


レスタ「っていうか、アリエイラさんって年齢を聞かれたらいくつって答えるの? 共通年齢の方?」


 共通年齢とは、全宇宙共通で設定されている生まれてから今までの時間から割り出した年齢である。地球で言うと、約一万と八十五時間で一歳の計算になる。

 風音はもうすぐ地球周期で二十歳なので、共通年齢だと十七歳くらいになる。


アリエイラ「私ですか? 十四ですよ?」


 彼女の星の基準では、である。地球人に置き換えると二十前後になる。


レスタ「誕生日を知らないのに年齢は分かるんですか? 十四なんて数字がどこから出てくるの?」


 年齢というのは、誕生日があってのものじゃないのか。


アリエイラ「どこから・・・・・って、いつも見てるじゃないですか」


 アリエイラが腕を机の上に置く。彼女の両腕には美しい流線で構成された模様が描かれている。


アリエイラ「ある日突然この流線が増えるんですよ。今は十四本だから、十四歳」


 至極当然の様に答える。その答えにレスタが少し驚く。


レスタ「それ自分で描いた模様じゃなかったんだ・・・。まぁとにかくそれ、それです。人生における一つの区切り、みたいな。もうすぐそれが風音さんに来るので、皆で祝ってあげようって事です」


 説明しながら、この人どうやって地球に来たんだろう? と疑問に思う。

 星を移動する時は色んな書類を書かされるのが普通だが、ここまで常識の無い人がそれをどうやって通過したのか。

 ただ裏側には自分の誕生日すら分からない人も多いので、おそらく地球に連れて来た風音が間に入って何とかしたのだろうな、と思う。


アリエイラ「これを祝うのですか。・・・変わった風習ですね」


 自分の腕を見ながら、やはり笑顔で感想を漏らす。


ルミナ「まぁ取り敢えず、アリちゃんに誕生日を祝う事の大切さを教えるのは後回しにして、他に質問は無い? ・・・無ければ今回の計画を見て貰うわね」


 そう言って、自分の後ろにあったホワイトボードを裏返す。

 そこには漫画の様に七コマに分かれた絵が描かれていた。

 一つ目の絵は女の子が、頭に大量の髪留めを付けた人が出掛けるのを見送っている。

 二つ目は女の子が何かの準備をしている。

 三つ目は誕生日パーティーの準備をしていたことが明らかになる。

 四つ目で髪留めの人が帰って来る。女の子が跳び上がって喜んでいる。

 五つ目は髪留めの人が誕生日パーティーに驚いている。

 六つ目で髪留めの人が女の子に花束を渡している。女の子がそれを受け取っている。

 七つ目は二人が挙式していた。


レスタ「その、頭に髪留めをしている人が風音さんだよね?」


ルミナ「うん」


リロ「その、女の子が・・・私?」


ルミナ「これはどう考えても私です」


サルト「一~五まではまぁ・・・百歩譲って理解出来るとして」


ルミナ「それよりあんたコーヒー臭いわね、何とかならないの?」


 隣に座っているサルトに向かって手でバタバタと扇ぐ


サルト「うるせぇよ。誰のせいだと思ってんだ。・・・その絵の、六と七の展開が謎なんだが」


 サルトがホワイトボードの七コマ漫画の後半を指差す。


ルミナ「決まってるでしょ。私の粋な計らいに感動した風音さんが、勢い余って求婚、そしてそのまま結婚」


 そのまま結婚、の辺りで手を組んで、目を輝かせながら自分の言葉にうっとりと酔いしれる。


サルト「くっだらねぇ。ただの妄想かよ」


 ガシャン!!

 鼻で笑いながら発したサルトの台詞の直後、再びコーヒーカップの割れる音が会議室に響く。

 先程同様サルトがルミナに殴り倒され、ルミナの手には割れたコーヒーカップの取っ手だけが残っている。


レスタ「姉さん。コップで人の頭叩いちゃ駄目だって。さっき僕のコーヒーカップを使った事を非難したけど、自分のなら使っていいよって意味で言ったんじゃないからね?」


 レスタの注意を聞いて、ルミナがやれやれと首を振る。


ルミナ「むかついたから」


レスタ「もう言い訳すらしないんだね」


 レスタが説得を諦めた。


ルミナ「さて、今回の計画が分かったところで、何か質問があればどんどん言ってね」


フィリコ「zzzzzz」


ルミナ「ちょっとその前に。さっきから気になってたんだけど」


 フィリコヨーテの方を見る。

 首から下は普通に椅子に座っているのだが、ロープの様に長い首を少し伸ばして、頭だけが机の上にごろんと転がっている。

 ルミナがホワイトボードの下に置いてあったマジックを、机の上に置いてあるフィリコの頭めがけて投げつける。


フィリコ「痛っ!」


 見事に命中し、スコンッ、といい音が響く。


フィリコ「・・・・・・う~~~~、痛いなぁ、何だよぉ」


 頭を机の上でごろりと転がして周囲を見回す。


ルミナ「何だよぉ、じゃないでしょ! あんた何の為に会議に出てんのよ!」


フィリコ「千丸ちまるちゃんと咲桜さくらちゃんだって寝てるもん!」


 フィリコヨーテが頬を膨らませて抗議する。


ルミナ「咲桜ちゃんは子供なんだから寝るのが仕事みたいなもんでしょ。それに千丸は寝てるんじゃなくて気絶してるの。放っとけばいいのに亜稀が連れてくるから」


 ルミナが亜稀をにらむ。


亜稀「怪我人を放っておくのは人道に反する。会議室で会議があるなら風音が居ると思って連れて来たが、まさか不在とは思わなかったんでな。おとなしく事務室で癒々さんに見せるべきだったか・・・」


 と亜稀が表情を変えずに告げる。


ルミナ「あ、そ。あんたからそんな言葉が出るなんてね」


亜稀「無駄口叩く暇があれば早く会議を進めろ」


ルミナ「相変わらず感じ悪いわねぇ、あんた。そんなんだから友達がクーラーズになるのよ」


サルト「どういう意味だコラ」


 気絶していたサルトがむっくりと起き上がるや否や、ルミナにかみつく。


レスタ「おかえり。サルトさん」


サルト「おう。二度目の早期復活を果たしたぜ」


 眼鏡を中指で上げながら笑みをこぼす。

 そんな会話の横で、フィリコがガンガンと机に頭を打ち付けながら叫ぶ。


フィリコ「ず~~~~る~~~~い~~~! 咲桜ちゃんと千丸ちゃんだけ寝てるのず~~る~~い~~~!」


ルミナ「それやめなさい。子供じゃないんだから」


フィリコ「う~~~~~~~~~~~」


 悔しそうな顔をしながら、くるくると頭を回転させて首をとぐろ状にしていく。しばらくしてようやく頭が胴の上に戻り人間に近い形になった。


フィリコ「じゃあ早く終わらせようよぉ」


ルミナ「あんたのせいで今遅れてたんじゃないの。・・・まぁいいわ。何か意見ある人?」


フィリコ「あい!!」


 フィリコヨーテが元気よく手をあげる。


ルミナ「・・・はい、ツィコ」


フィリコ「よく分かんないけど、難しい事は風音ちゃんに相談すればいいと思います!」


 しばしの沈黙の後。


ルミナ「ありがとう。おやすみツィコ。会議終わるまで寝てていいわよ」


 感情の無い声で告げる。


フィリコ「わぁい」


 再び頭を勢いよく机の上に落とし寝始めた。


ルミナ「他には?」


 疲れた声で皆に尋ねる。


ゼロア「風音の誕生日はいつだ?」


 低い声で尋ねた。


 ―――ゼロア。裏側出身。外見年齢二十代後半。

 武骨な身体で大柄という、見るからに戦闘民族。亜稀同様きつめの表情をしているが、見た目よりは幾分優しい人物。

 ただ、亜稀とは優しさのベクトルが少し違う。亜稀は普段誰に対しても優しくない分、怪我人や弱っている人物には細心の注意を払って接する。この行動は、これまでの生き様が影響していると思われる。

 これに対しゼロアは怪我人にも厳しく接するのだが(戦闘民族はそれが普通)その反面、元々弱い生き物(子供、小動物等)には優しかったりする。

 身体能力はカノン内でトップを誇る。

 戦闘においてはカノンで一番強く、そしてカノンの乗組員の中で一番事務のワグナに鈍器でシバかれた回数が多い。理由はトレーニングルームの備品を頻繁に破壊するから――――。


ルミナ「明日だけど。意見する時は手をあげてね」


 ゼロアが無視して続ける。


ゼロア「今朝出て行ったのは見たんだが・・・。明日まで帰ってこれないようにしたのか? どんな手段を使った?」


ルミナ「さぁ? それが出来るかどうかはレイさんの頑張り次第だし」


ゼロア「レイ? 誰だ?」


亜稀「シャロンのトップですよ。それ位覚えましょうよ師匠」


ゼロア「強い奴なら覚える気が無くても覚える」


亜稀「そりゃあの人は戦闘要員では無いですからね。でも権力の強い人間もある意味強い部類に入りますから、覚えておいて損は無いですよ」


ゼロア「興味無いな」


亜稀「そうですか・・・。それよりルミナ、お前どうやって協力して貰った?」


 おそらく皆が思っているであろう疑問をぶつける。


ルミナ「昨日の夜に、写真をもって脅・・・・説得に行って」


ゼロア「ん? 今ちらっと犯罪の匂いがしたんだが」


ルミナ「何の事かしら?」


 ルミナがすっとぼける。


ゼロア「カノン内に居る犯罪者は捕まえるように言われてるんでな」


ルミナ「犯罪者なんて人聞きの悪い。だいたい、いい年した既婚のおっさんが若い娘とホテル街に消えて行くなんて、そっちの方が犯罪でしょ」


 ゼロアにはルミナの発言の意味がよく分からなかったので、取り敢えず無視して話を先に進める。


ゼロア「よく分からんが、とにかくそのレイって奴が風音の足止めに失敗した時はどうなる? その計画は無しって事でいいのか?」


 ゼロアとしてはそうなって欲しい。


ルミナ「ええ、その時は私の計画が台無しになる訳だから、普通に祝ってあげるしかないわね。それと同時に、ある夫婦の仲がこじれて一つの家庭が崩壊するけど」


ゼロア「お前の発言からはいちいち犯罪の匂いがするな」


ルミナ「気のせいでしょ」


 ゼロアの言葉をしれっと受け流す。


ルミナ「昨晩と言えば、帰ってきた時に偶然風音さんに会えたのよね」


 ふと昨晩(正確には風音に出会ったのは今日だが)の事を思い出し、嬉しそうな表情で話しだす。


亜稀「別にそれはどうでもいい」


ルミナ「いいから黙って聞きなさい。・・・もうこれは運命よね、あんな時間に偶然出会えるなんて。そりゃ初めは誰かの部屋に夜這いに行くかも、なんてあらぬ疑いをかけちゃったけど・・・」


 やたら嬉しそうに話す姉の横でレスタが呟く。


レスタ「何か、語りモードになっちゃったよ」


 レスタが皆の方を見ると、一番興味無さげだったゼロアが何か気になる事でもあったのか、ルミナの発言に反応していた。


ゼロア「夜這い・・・か。成程な。風音のアレは夜這いの帰りだったのか」


 自分の中の疑問が解消したので思わず口にしただけの、ゼロアにとっては誰に聞かせるでもないただの呟きだった。

 が、機嫌よく話していたルミナがその発言に反応しピタリと止まる。


ルミナ「ゼロア、アレって何?」


 ルミナが口元を引きつらせながら尋ねる。


ゼロア「今朝、外走ってた時に見かけたんだが、あいつ自分の布団担いで廊下走ってたからな。意味が分からなかったんだが、どこかに夜這いに行ってたとしたら合点がいく。わざわざ自分の布団まで持参して夜這いに行ってたって事だな。・・・まぁ、謎が解けた所で大して面白くも無かったな」


神楽「まぁ! 風音様もついにその気になられたのですね! 相手はどなたでしょう?」


 神楽がぽんっと掌を合わせて喜ぶ。

 ルミナがゼロアの台詞せりふを噛みしめる様にゆっくりと頭の中で処理した後、思いっきり息を吸い込む。


ルミナ「はぁ!!!!!!?」


 吸い込んだ息を大声と同時に一気に吐き出し、ゼロアを睨みつける。


ルミナ「どういう事!? 誰の部屋から出て来たの!?」


ゼロア「知らん」


 心の底から興味無さそうに言う。


ルミナ「あんたいっつも肝心な事は知らん知らんて・・・・・! どういう事!? 話が違う!! 何で!?」


 叫びながら机に肘をつき、頭を抱える。


ルミナ「・・・もういっそかぬちゃんと同じ方向で行けって事なの? 私もメリオエレナ出身だから最悪それでもいいけど・・・二番目の方が良いとか意味分かんないのよ・・・・・・」


 徐々に声を小さくさせながら、ルミナがうわ言のようにブツブツと呟く。


レスタ「まぁまぁ姉さん、落ち着いて。風音さんの事だから寝起きにユニルさんを怒らせて、窓から布団ごと放り出されたとかそんなんだよ多分」


 まるで全て見ていたかのような正確な推理を展開し、レスタが姉をなだめる。

 その言葉が効いたのか、ルミナがハッと我に返り平静を取り戻す。


ルミナ「ええ、そうね」


 そう言って一つ深呼吸する。


ルミナ「大体風音さんが嘘吐く訳無いもんね。それは私が一番信じてるんだから」


サルト「信じてるっつー割には頭抱えて取り乱してたけどな」


 今しがた起きたばかりのサルトが、今度はルミナの超高速の裏拳を顔面にくらい、気絶したまま成す術なく椅子ごと後ろへと倒れる。


レスタ(何でサルトさんは余計な事ばっかり言うんだろう・・・)


 哀れむような目で、レスタが今度こそもう起きてきそうにないサルトを見つめる。


ルミナ「でも一応怪しそうな奴は聞き込みしとかないと」


 サルトを打ち倒した事などまるで無かったかのように、腕組みしながら言う。


レスタ(信じてるとか言ってたのに、さっそく疑いだしたよ)


 あわれむような目で姉を見つめる。


ルミナ「何か言いたそうねぇ、レスタ?」


レスタ「いや、何も。でも皆の反応を見る限り、ここには居ないでしょ。リロさんに至っては未だに放心状態だし。聞き込みなんて必要無いよ」


 って言うかこの話題いつまで続くんだろう、早く本題に戻ってくれないかな、と心の中で呟く。


ルミナ「まぁ、リロは・・・」


 リロの方をちらっと見る。ゼロアの『風音、夜這いに行ってた』発言以降、抜け殻になった様にピクリとも動かない。


ルミナ「違うわね。・・・え? これ死んでんじゃないの? ・・・まあいっか。じゃあ後は・・・事務の三人か」


レスタ「ブラウニーさん風音さんと凄く仲良いもんね。よく一緒に買い物にも行ってるし」


 からかうように言うレスタの言葉に、ルミナがしばらく考え込む。


ルミナ「確かに仲は良いのよね、あの二人。 でも夜這いに関しては、ブラウニーは違う気がする。何て言うか・・・風音さんが夜這いに行くってイメージじゃないのよね。どっちかと言えばむしろブラウニーが夜這いしそう」


レスタ「何その失礼なイメージ」


 呆れた顔で姉を見る。


ルミナ「いや真面目な話、あの人誰かが夜這いに来てもアホみたいな顔してずっと寝てそう。生存本能って言うか、生物として大事なものが欠けてるのよあの人。 だから会いに行っても夜這いが成立しないのよ。 結果的に襲うしかなくなるのよね、起きてくれないから。それって夜這いじゃなくて暴行じゃない? 風音さんがそれはしないでしょ」


 この場に居ない人がボロカス言われている。


レスタ「姉さんってブラウニーさんと仲悪かったっけ?」


ルミナ「仲はそんな悪くないと思うけど・・・。だからホントに悪口で言ってる訳じゃ無いのよ? 私の中のイメージをそのまま言葉にしてるだけで」


レスタ「・・・そぅ。・・・まぁ、とにかく本題に戻ろうよ。早く会議終わらせたいし」


ルミナ「私が一番怪しいと思うのはやっぱり虹月(こうづき)よね」


レスタ「姉さんって人の話全然聞かないよね」


ルミナ「だって虹月って風音さんの幼馴染だか何だか知らないけど、ちょっと風音さんに対して馴れ馴れし過ぎない?」


レスタ「そうかな? むしろ癒々さんに言わせれば、風音さんの部屋にノックもしないで入っていく様な人にだけは言われたくないんじゃないかな」


 とからかうように言うレスタに、ルミナが不快そうな顔を向ける。


ルミナ「どーしてこう、うちの男共は揃いも揃って虹月の味方するのかしら」


レスタ「いい人だからね」


 それを聞いたルミナが鼻で笑う。


ルミナ「あんたらの目ってホント節穴よね。あんなもん、巨乳と治療だけが取り柄の破壊屋(クラッシャー)でしょうが」


レスタ(単に姉さん自分の胸が貧相だから、ひがんでるだけなんじゃないのかな・・・)


 口に出せば即サルトの二の舞になりそうなので、レスタは空気を読んで口を閉ざす。


ルミナ「ってゆーか、虹月って煉也に惚れてるんじゃなかったっけ? なんで風音さんにまで色目使ってんのって話よね。幼馴染だったら誰でもいいのかしら。その内、凌舞も好きだとか言い出すんじゃない?」


レスタ「はいはい。それ以上癒々さんの文句言ってると、カノンの皆敵にまわしちゃうよ? 癒々さんは皆から慕われてるんだから」


 暴走気味の姉を止める為に牽制したつもりだったのだが、案の定姉には効果が無かった。

 弟の主張を聞いたルミナが、むしろ爽やかな笑顔で言う。


ルミナ「い~もん別に、全員敵になっても。かぬちゃんとレスタと風音さんさえ味方なら」


レスタ「・・・・・・・・・・」


 何を言っても無駄っぽいので諦める。

 だが話が一段落した今こそがチャンス、とばかりにレスタが口を開く。


レスタ「じゃあ、そろそろ話を本題に戻して、風音さんの誕生日パーティーでの――――」


 話を強引に戻そうとしたレスタを無視してルミナが口を挟む。


ルミナ「ワグナさんも意外に怪しいのよね」


レスタ「いい加減しつこいし、姉さん」


 半ば諦めた様子で言う。


ルミナ「あの人は一見常識人だけど、自分より立場が上の人の言う事は何でも聞き入れそうだし・・・」


 どんな教育を受けて来たのかは知らないが、ワグナははたから見ていても異様なほど上下関係を重んじる人物である。ただ、彼女はそれを自分の中で頑なに守っているだけで他人に強要はしないが。

 それだけに、風音の言う事ならある程度非常識な事でも受け入れそうな気がするな。・・・などとルミナが考えていると、怪訝な表情をしたゼロアが吐き捨てるように言う。


ゼロア「常識人? ワグナが? お前の目の方がよっぽど節穴だな」


ルミナ「少なくともあんたよりは常識あるでしょ、あの人は」


 節穴と言われて多少カチンときたルミナが、お返しとばかりに毒を含めて応える。


ゼロア「常識のある人間はな、鈍器で人を殴ったりしない」


 と、普通なら反論不可能な意見が返ってきたが、


ルミナ「それはあんたがすぐ備品を壊すからでしょうが」


 と鼻で笑いながらあしらう。


ゼロア「トレーニング器具は普通に使っていれば自然と壊れるものだ。それに俺が一番使っているというだけで、俺だけが使ってる訳じゃない。参考までに言っておくと、俺の次に頻繁にトレーニングルームを利用しているのは風音だ。その次が神楽」


ルミナ「あんたは壊す速度が速すぎるのよ。この前なんてあんた、わざわざ裏側から強化繊維バッグ入荷したのに、テンション上がって一瞬で潰したでしょ。あの時ワグナさん鬼になってたじゃないの。怒りで髪の毛逆立ってる人初めて見たわよ」


ゼロア「だからあれは修理して使ってるだろうが。それにアレはあの商品の広告が悪い。『どんな強靭な戦闘民族が攻撃しても壊れません』って書いてあったから、試しに本気で蹴っただけだ。どう考えても悪いのは商品の方だろうに、結果俺がワグナに鉄パイプで何回も殴られた」


 ゼロアが呆れた様子で肩をすくめる。


レスタ「確かにそれはちょっと・・・理不尽な話ですよね」


 レスタが鉄パイプというリアルな凶器に背筋を寒くしながら同情する。

 そもそもその破壊したトレーニング器具は保証期間内だったので、タダで修理して貰えたのに。何故そこまでシバかれなくてはならないのか。


ゼロア「・・・おそらくワグナは意味も無く人を殴りたいだけだ。だったら自分の頭を殴ればいいだろうに。何も入ってないからいい音がするだろう」


 と再び吐き捨てるように言う。


ルミナ「私が言うのもなんだけど・・・あんたも結構毒舌よね。あんた普段そんなキャラだっけ?」


ゼロア「俺が弱い者には手を出さないのをいいことに、常人なら死んでもおかしくないような威力であれだけ何回も殴られたんだ、愚痴の一つも言いたくなる」


 口早にそう言うと、話は終わりだ、とでも言う様に軽くため息を吐いて口を閉ざす。

 そして数秒の沈黙の後。

 パンッと大きく手を鳴らし、レスタが皆を注目させる。


レスタ「今度こそもういいかな。そろそろ本題に戻ろうか」


 ここでようやく今回の会議のテーマ、誕生日の準備についての話し合いが始まった。




 同刻。カノン事務室。

 部屋の壁沿いには書類の入った棚が並んでおり、部屋の中央には仕事用の机が四つ向い合せに並んでいる。そして部屋の隅には大きな金庫が置いてある。

 一応部屋に入ってすぐ左側には来客用のソファとテーブルが置いてあるが、この部屋にはめったに客が来る事は無いので普段は三人の休憩所と化している

 部屋全体がここで働く三人の性格を象徴しているかのように、どこを見てもきちんと整理整頓されている。

 そんな事務室で、現在二人の人物が机に向かって仕事をしている。


ブラウニー「何か誕生日パーティーをやるとか言ってるっすね」


 ブラウニーが仕事の手を止め、会議室の様子を伺っている。


 ――――ブラウニー・レイスコア・イル・メイサ。裏側出身。

 仕事スーツ姿で少し間の抜けた顔立ちに、部分的に伸びた前髪の毛を結っておさげにしている。

 その外見のせいかおとなしい人物と思われがちなのだが、実際は元気だけが取り柄の女性。

 趣味はバイク。寝ると起きない。煉也や風音の様に寝起きが悪いとかいう次元ではなく、何をされても起きない。気が済むまで寝る。

 以前、出勤時間になっても起きて来なかった時の事。ワグナが起こしに行ったが全く起きなかったので、足を持ってそのまま廊下を引きずって事務室まで運ぼうとした。

 その際顔面を廊下に何度もぶつけたりこすりつけて、顔中が擦過傷と鼻血で血だらけになっているにもかかわらず、それでも普通に寝ていた。という事が何度かあった。

 この一連の流れがブラウニーが寝坊した時のカノン内での風物詩になりかけていたが、ある時それを風音が偶然見かけて、あまりに可哀相だったのでワグナにブラウニーだけは気が済むまで寝かせてあげるように頼んだ為、以降引きずられるブラウニーは見かけなくなった。

 そんな彼女だが、カノン屈指の常識人。カノン内では数少ないまともな人物だけに、風音はブラウニー(他にもレスタ等まともな人物)の存在には本気で感謝している。その反面、普通すぎて他と比べると若干影が薄い。――――


癒々「うん。いい事じゃないかな」


 ブラウニーの隣に座って仕事をしている癒々が微笑みながらそう答える。


 ――――虹月癒々(こうづき・ゆゆ)。風音、凌舞しのぶ煉也れんやと共に風音の実家の道場に通っていた。治療が得意。

 巨乳である事から一部女性陣から嫉妬されている。

 日本人らしい漆黒の髪で、煉也と同じくらいの長さの膝くらいまでの髪をしている。

 その髪の両サイドと後ろをひもやゴムではなく、白い布のようなものでクルクル巻いて縛っているので、長髪の巫女さんチックな見た目になっている。


 細目がちで目尻が下がっているので、いつでも困っているかのような顔をしている。

 ただし戦う時だけ目がギンギンになって、目尻も上がる。


 道場では武器を扱う事に抵抗があった為、素手で戦う道を選ぶ。しかし何をどう間違ったのか、ふと気付いた時自分の身についていた技は、大ぶりなパンチやキック、掴んでからの投げ、関節技など、プロレス技ばかりであった。

 いつでも誰に対しても優しいのでカノン内では皆から慕われているが、怒ると怖い。

 ワグナと違い人ではなく物にあたるタイプだが、ワグナより力が強い分より一層性質が悪い。

 風音が事務員と一緒に買い物に行かなければならない時ブラウニーばかり誘うのは、癒々とワグナは時々扱いに困るからだ。――――


 事務員の三人は普段から事務の仕事が忙しい為、重要な会議以外はあまり会議に参加しない。

 しかし、出来れば自分が参加しなかった会議の内容も見てほしいという風音の思いから、このほど会議室にカメラが設置され、いつでも事務室のテレビで会議室の様子を見る事が出来るようになった。


ブラウニー「でも以外っすね、艦長の誕生日を皆忘れてたなんて。癒々さんも忘れてたんすか? 自分はルミナと同じく聞いてなかったから知らなかったんすけど」


癒々「覚えてたけどね。私はリロと同じかな。カザが自分から言わないなら、あまり触れない方がいいかなって。・・・って言うか、あんまりにも皆何の動きも無いから、敢えて知らない振りしてるのかと思ってたんだけど」


ブラウニー「ハハハ・・・」


 ブラウニーが力無く笑う。


癒々「あ、でも何もしなかった訳じゃないんだよ? 一応去年のカザの誕生日は私が食事当番になって、凄く豪勢な物作ったんだよ?」


 気付かなかった? という感じで微笑みながら、ブラウニーの方を見る。


ブラウニー「いや、ごめん。全然気付かなかったっす。凌舞さんの料理がいつも豪勢だから慣れちゃってたのかな」


癒々「そうかも。ほんとシノには勝てないわ」


 と冗談っぽく悔しそうな表情を作りながら言って、コロコロと笑う。


ゼロア≪今朝、外走ってた時に見かけたんだが・・・・・・・≫


 会議室でのゼロアの声が聞こえてくる。

 その発言を聞き終わった後、ブラウニーが驚きの声をあげる。


ブラウニー「へぇ~~~~~~! マジっすかぁ? あの音羽ちゃんが? 夜這い?」


 ブラウニーは仕事中風音の事を艦長と呼ぶ事にしているが、普段は姉貴風を吹かせて音羽ちゃんと呼んでいる。

 今驚いて思わず素が出てしまった。


癒々「あらあら」


 面白そうな話題になったので、ブラウニーが仕事の手を止めて会議室の様子を見守る。

 色々あった後、ルミナによる犯人?探しが始まっている。


ルミナ≪じゃあ後は・・・事務の三人か≫


ブラウニー「あははっ、ルミナらしい単純な発想っすね」


 ブラウニーがケタケタと笑う


レスタ≪ブラウニーさん風音さんと凄く仲良いもんね。よく一緒に買い物にも行ってるし≫


ブラウニー「うおおおおおい! 何言ってんのこの子! いきなり私が容疑者かよ!」


 画面に向かって力の限り突っ込む。


癒々「あら? とぼけてるのかな? 私も怪しいと思ってたのよね。カザってブラウニーと喋ってる時が一番楽しそうだし」


 手で口元を押さえて、クスクスと笑いながら癒々がからかう。


ブラウニー「な、何言ってるんすか! 大体夜這いなんて記憶にごじゃいませんし!」


癒々「ほら、ブラウニーって寝てる時は何しても起きないじゃない? カザもそれは知ってるんだよ? ・・・ということはもしかすると、ブラウニーが知らないだけでカザの夜這いは深夜から明け方にかけて、それはもうみっちりしっかり実行されたのかも・・・・・。あぁ・・・可哀想なブラウニー」


 肩を震わせて笑いながら、癒々がからかう。

 ブラウニーの顔から目に見えて血の気が引いて行く。


ブラウニー「そ、そうだったのかな・・・。いや、実は自分もこの体質には危機感を持ってたんすよ・・・。だって一度寝たら何されても起きないなんて、襲って下さいって言ってるようなもんっすよね?」


ブラウニー(そうか、ついに恐れていた事が現実に・・・・・・まぁでも知らない人じゃなくて音羽ちゃんだしなぁ・・・・・・う~~~~ん・・・・・)


 ブラウニーが机の上で頭を抱える。


癒々(あれ? この子本気にしてる・・・)


 むしろ癒々の血の気が引いて行く。


ブラウニー「言いたい事は山ほどありますけど・・・・まぁこうなってしまった以上艦長には責任を取ってもらうしか無いっすね・・・・。・・・あ、産休の申請しとかないと。書類どこだっけ」


癒々(産むんだ・・・。この子は放っておいたらどこまで行くのかな・・・?)


 癒々がブラウニーにいろいろ訂正しようとした時、会議室のルミナの声が聞こえてきた。


ルミナ≪いや、ブラウニーは違う気がする。何て言うか・・・風音さんが夜這いに行くってイメージじゃないのよね。どっちかと言えばむしろブラウニーが夜這いしそう≫


ブラウニー「どんなイメージだよ!!」


 画面に向かってブラウニーが吠える。


レスタ≪何その失礼なイメージ≫


ルミナ≪いや真面目な話、あの人誰かが夜這いに来てもアホみたいな顔してずっと寝てそう。生存本能って言うか、生物として大事なものが欠けてるのよあの人。  だから会いに行っても夜這いが成立しないのよ。 結果的に襲うしかなくなるのよね、起きてくれないから。それって夜這いじゃなくて暴行じゃない? 風音さんがそれはしないでしょ≫


ブラウニー「うっ・・・、まぁ所々気になる発言だけど、否定は出来ないっすね。・・・じゃあ私、無事なんすかね?」


癒々「多分ね」


 癒々が訂正する前に勝手に解決した。


ルミナ≪私が一番怪しいと思うのはやっぱり虹月よね≫


癒々「あら?」


ブラウニー「うわ、こいつ今度は癒々さん疑い出したっすよ。ってゆ~か、皆こっちに映像流れてるの知らないんすかね?」


癒々「そうみたいだね」


 自分の話題になっても、癒々は至って冷静に画面を見ている。


ブラウニー「あれ? 反応薄いっすね。大人の対応、ってやつっすか?」


癒々「ん? だって反応薄いも何も、夜這いされたの私だもん」


ブラウニー「――――――――――――――は?」


 ブラウニーが目を点にして聞き返す。


癒々「だから、獣の様な目をしたカザが昨日の夜私の部屋に来たのよ。本当、気付かない内にカザも心身ともに成長したんだなぁって実感したよ」


 頬に手を当て、少し顔を赤くしてそう呟く。


ブラウニー「マ・・・マジッすかぁ!? ど、わ・・・、え?」


 突然の展開にどうコメントして良いか分からず、発する声も言葉にならない。


癒々「もちろん、嘘だけどね」


 と、ブラウニーの方を向いてにっこりと笑う。

 それと同時に、興奮していたブラウニーが一気に冷める。


ブラウニー「え? 冗談だったの?」


 ブラウニーが呆けた表情で尋ねる。


癒々「うん。・・・でもねブラウニー、お願いだから今後はあまりこういう冗談を言わせないでね? 恥ずかしいから」


ブラウニー「勝手にやったくせにすげぇ事言うっすね」


 癒々の大物っぷりに冷や汗をかきながら、ようやく一息ついた時。


ルミナ≪あんたらの目ってホント節穴よね。あんなもん、巨乳と治療だけが取り柄の破壊屋でしょうが≫


 何故かその声は、いつもよりもはっきりと聞こえた気がした。


癒々「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


ブラウニー「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そして明らかに。

 空気が変わった。部屋中が負のオーラで充満してしまったかのようだ。

 ブラウニーが恐る恐る癒々の顔を見る。癒々の表情に変わりは無く、先程までと同様、笑顔が張り付いている。

 だがよく見ると、癒々の使っていた万年筆が親指と人差し指でつまみ潰され、インクが机の上に飛び散っている。


癒々「万年筆が」


 笑顔のまま静かに呟く。


癒々「古くなってたのかな、壊れたみたい」


 ゆっくりとブラウニーの方を見る。

 その笑顔の裏に、抑えきれない怒りの鼓動を感じる。

 ブラウニーがコクコク頷きながら、


ブラウニー「これ、使うといいっすよ。自分のお気に入りで、『ポニー』って名前が付いてるっす」


 と言って、自分のガラス製の万年筆を差し出す。それを癒々がクスクスと笑いながら受け取る。


癒々「ありがとう。ブラウニーは色んな物に名前を付けるんだね。万年筆のポニー、か。凄く可愛らし・・・」


ルミナ≪ってゆーか、虹月って煉也に惚れてるんじゃなかったっけ? なんで風音さんにまで色目使ってんのって話よね。幼馴染だったら誰でもいいのかしら。その内、凌舞も好きだとか言い出すんじゃない?≫


 ・・・事務室内に何かが破壊される音が鳴った。


ブラウニー(ごめんポニー。この展開はなんとなく読めてたけど、ポニーの犠牲、無駄にはしないよ)


 心の中でポニーの冥福を祈りながら、手に持っていた真のお気に入りの万年筆ノエルをぐっと握る。

 癒々の方を見ると、案の定ポニーは原形を留めていなかった。

 彼女の机の上には、派手にインクと血が飛び散っている。


癒々「ごめん、ブラウニー。壊しちゃったよ。名前まで付けてたのに・・・今度弁償するね」


ブラウニー「いや、いいっすよ、それも古くなってたから。近い内に同じ型のやつに買い替えようと思ってたし。同じ型のを買い替えた時は生まれ変わったとして、名前を継承するシステムなんすよ。だから今度また生まれ変わったポニーを買ってくるんで、気にしなくていいっすよ」


 口早にそう言ってから、戸惑い気味に尋ねる。


ブラウニー「それより、あの・・・癒々さん? 指から・・・その、血が出てるっすよ。大丈夫?」


癒々「えっ?」


 癒々が自分の指を見る。傷自体は小さくて大した事無さそうだが、少し深く切ったのか血が流れ続けている。


癒々「あらあら」


 落ち着いた声でそう言うと、突然癒々の指先が青白く光る。すると見る間に傷が塞がっていき、わずか数秒の内に何事も無かったかのように傷が治る。

 それとほぼ同時に、事務室のドアが開いた。


ワグナ「ただい、・・・・・ま。・・・・・・・?」


 買い物から帰ってきたワグナが、ドアを開けるなり事務室内の異様な雰囲気に気付く。

 ワグナが部屋中に視線を送る。

 その元凶である癒々は『何か書く物あったかな』などと小さく呟きながら、自分の机の引き出しを開けて中を探していた。

 よく見ると本人も無意識なのだろうが、机の引き出しの取っ手の部分が無残につぶれて変形している。

 ワグナが目線を癒々の隣へと移すと、少し怯え気味のブラウニーと目が合う。その目は何かを訴えていた。


ブラウニー(ワグナさん。癒々さんが怖いっす。もう自分の手には余るんで、後はたくして逃げたいんすけど)


 ワグナがブラウニーの言いたい事を察知し、静かにゆっくりと頷くと、無言で部屋を出て行こうとする。


ブラウニー「ちょっと待て!!」


 ドアを開け、本気で出て行こうとしていたワグナをブラウニーが止める。

 ひとつ大きくため息をついて、ワグナが逃げるのを諦めブラウニーに近寄り、小声で尋ねる。


ワグナ『・・・何があったの?』


ブラウニー『会議室でルミナが癒々さんの事を喋ってて・・・・・・』


ワグナ『あぁ』


 もう大体伝わった様だ。


ワグナ『ルミナは何て言ったの?』


ブラウニー『癒々さんは治療と巨乳だけが取り柄のクラッシャーだって』


 それを聞いたワグナが癒々の方を見て口を閉ざす。


ワグナ(あながち間違ってもいないけどね。今まさにそんな感じだし)


 飛び散ったインクとひん曲った机の一部が目に映る。

 ワグナが癒々の方を見て黙ってしまったのでブラウニーが続けた。


ブラウニー『この悪癖さえなければ・・・・・』


ワグナ『うん。いい子なんだけどねぇ』


癒々「二人とも? 何の話してるのかな?」


 突然癒々が横から話しかけてくる。ブラウニーが心臓が止まりそうになるほど驚く。


ブラウニー「いや・・・、その・・・・・」


ワグナ「私が買い物に行く時、ブラウニーにケーキ買ってきてって頼まれてたでしょ? この子、それが気になって仕方無いみたいで」


 ワグナが呆れた表情で説明する。


癒々「あら。そんな急がなくてもケーキは逃げないよ、ブラウニー」


 癒々が笑いながらブラウニーの方を見る。


ブラウニー「い、いやぁ、自分、子供っすから」


 冷や汗をかきながら辛うじてそう答える。


ワグナ「取り敢えず、一旦仕事休憩にして皆でおやつの時間にしましょうか」


ブラウニー「わーい、やったね」


 完全な棒読みで、ワグナの提案に乗っかる。

 癒々も小さく頷き、自分の机の上を片づけ始めた。

 買ってきた袋の中から、ワグナがケーキを探している間、事務室にしばらく沈黙の時が流れる。

 静かな部屋に、画面の中から会議室の声が響く。


ゼロア≪おそらくワグナは意味も無く人を殴りたいだけだ。だったら自分の頭を殴ればいいだろうに。何も入ってないからいい音がするだろう≫


 ブラウニーが静かに・・・静かに両手で顔を覆う。


ブラウニー(あぁ・・・・・・何か・・・今・・・・・全てが終わった気がする)


 それまでのただの沈黙が、耐えがたい沈黙へと変わった。しかし。


ブラウニー(いや!!! こんな時こそ自分がしっかりしないと!)


 両手でペチペチと頬を叩いてワグナの方を見る。相変わらず買って来た物が入っている大きな袋をごそごそと探っている。


ブラウニー(あれ? もしかしてケーキ探すのに夢中で今の聞いて無かったのかな? ・・・・・そんな都合のいい話がある訳・・・)


ワグナ「あったあった。丁度コレ買ってきてたのよね」


 と言いながら、袋の中からバールを取り出す。

 やはりそんな都合のいい話がある訳無いのだ。


ブラウニー「ちょ、ちょっと!! ワグナさん!? おやつの時間にバールは関係ないっすよ!!」


ブラウニーが必死に止めるが、虚ろな目をしたワグナが冷たい声で答える。


ワグナ「ビーチでさ・・・・・おやつの時ってさ・・・・・・・スイカ割りとかするじゃない? それだと思えば・・・・別におやつの時間にバール持っててもおかしくないわよ・・・・・・ね?」


 ワグナがバールで肩トントンしている。

 冷たい殺気に圧倒されそうになりながらも、ブラウニーが説得を続ける。


ブラウニー「落ち着いてください! ここはビーチじゃないですし、スイカも無いっすよ!!」


ワグナ「え・・・? おかしな事言うわね、別にスイカ割りはビーチじゃ無くても出来るでしょ? それに、スイカなら・・・・・・」


 会議室の映像のゼロアが座っている辺りを凝視する。


ワグナ「あるじゃない。・・・・・・あるじゃないの」


 言いながらうっすらと笑みを浮かべる。


ブラウニー(こ、怖いよぉ・・・)


 癒々の時とは違う、ストレートな怖さがブラウニーを襲う。

 と、癒々が静かにワグナに近付いて、にっこりと笑いかける。


癒々「駄目だよ、ワグナ。そんな物ここで振り回しちゃ」


 と言ってワグナの手からバールを取り上げる。


ブラウニー「さ、さすが癒々さん。その通りっす。ご協力感謝――」


 もうその頃には、バールは半分に折り曲げられていた。癒々の内なる怒りもまた、依然衰える事無く燃えたぎっているらしい。


ブラウニー(もぉ・・・ヤダァ。逃げたい・・・・・)


 ブラウニーが机に手をついてうなだれる。

 ふと、会議室の会話が耳に入る。


神楽≪風音様の好きな御料理とか、誰かご存知ですか?≫


ルミナ≪おとふよ≫


レスタ≪おとふよ?≫


ルミナ≪おとふ、よ≫


レスタ≪おとふ? ああ、お豆腐ね。即答して貰ったのに悪いんだけど、姉さん、アレは料理じゃなくて食材じゃないのかな?≫


ルミナ≪でもよくそのまま食べてるわよ。おとふ。苦いのアレかけてたのも見た。私はかけない方が好きなんだけど≫


レスタ≪苦いのアレって・・・? 生姜か醤油の事かな。せっかくの誕生日に、買ってきた冷奴そのまま出すのもどうかと思うし・・・。まぁ、豆腐を使った料理をいろいろ作ってみるのもいいかも≫


 会議室では誕生日パーティーの話で盛り上がっている。


ブラウニー(理不尽だよ!! 何でこっちが神経ゴッソリすり減らしてるのに、元凶のこいつらがこんなほのぼのした会話を楽しんでるのよ!!)


 画面に向かって心の中で悪態をついている間も、横から何かが壊れる音と、ワグナの静かな笑い声が聞こえてくる。

 それらを無理矢理聞き流しながら、情けない声で呟く。


ブラウニー「もう・・・頼むから早く帰って来てよぉ、音羽ちゃぁん」


 もうこの状況を収拾出来るのは風音くらいだろう。

 呟いてから、ふと先程の事を思い出す。


ブラウニー(あっ、でもまだ私が音羽ちゃんに夜中襲われた可能性もゼロじゃなかったんだっけ・・・)


 と心の中に風音に対する疑惑が生じる。

 そして八つ当たりも兼ねて、溜まりに溜まったストレスと共に大声で吐き出す。


ブラウニー「昨日の夜あんたがおもちゃにした娘が困ってるんだから、せめて早く帰って来なさいよ鬼畜艦長!!」


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