閑話休題 2
~前書き~
この話はひとつ前のお話である「聖蝶」で、訳あってカットされたエピソードになります。
具体的に言うと「聖蝶 16」の冒頭において『結局今日も朝からいろいろあって、書類整理の仕事ができなかった。あの仕事はいったいいつ終わるのか・・・』というくだりがありましたが、そのいろいろあったと言っている部分に当たります。
今回の話の中で一貫して、風音がやりたかった書類整理の仕事が全然できないというくだりがありました。
本人は仕事をやる気なのにいちいち邪魔が入るというくだりを、事細かに描いた部分に当たります。
この日は夕方まで暇があったはずなのに、このエピソードのせいで仕事ができませんでした。という話です。
今回も先にカット理由を書いておこうかなと思って、前書きに書かせて頂きます。
◦本編開始前に、特に本編とは関係ないエピソードが挟まれてテンポが悪かったから。
◦その関係無いエピソードが約二万文字(大学の卒論と同じ量)で、作者の正気を疑ったから。
◦ひとつ前にカットされたエピソードよりも更に本編に関係の無い外伝的な内容だったのに、二万文字超えはちょっと意味が分からなかったから。
です。 以上!
早朝。
館長室の仕事用のスパコン前で風音が、とんでもないスピードでキーボードを打ち込んでいる。指先が早打ちの世界大会でも目指しているのかと思うほどの速度だ。
隣の風音の部屋から寝起きのユニルがやって来て、あくびをしながらその様子を見て。
ユニル「指が荒ぶってますねぇ。ここ最近ずっと書類整理の仕事ができませんでしたからねぇ」
ここ最近シャロンでの仕事が続いたり、実家帰りをする事になったり。
今日も夕方から要人の連れ去りという面倒そうな仕事が控えているので、書類整理をする暇が無い。
ここいらで終わらせておこうと張り切っているのだろう。
風音「あ、おはようユニィ」
挨拶と共に手を止める。
風音「よっしゃそろそろ仕事するか」
ユニル「それ仕事じゃなかったんかい」
あんな真剣な表情でカタカタやってたのに、仕事じゃなかったようだ。
風音「ここ最近ずっと仕事続きでさ。ゲームやってなかったでしょ? そしたらゲーム仲間たちから鬼の様にメールが届いてて。 それ全部に返信してた」
ユニル「ゲーム仲間って?」
風音「マテノさんとマルル先生とメディさんとワグナさんと梓と、あと最近運営側のエリオンさんとカスガノさんも一緒に遊ぶかな」
最近始めたオンラインゲームの仲間たちだ。
治安組織所属で現在収監状態のまま仕事をしているマテノ。ゲームの仕事でお世話になったマルル先生。ゲーム内相談室でお世話した猫型獣人のメディさん。風音の実家の道場に通っている梓。あとカノンに住んでいる事務員のワグナ。
運営側の二人は、以前バイトをしていた時に先輩だった二人だ。
ゲーム内の闘技場の解説と実況の仕事をしている。
ユニル「いつの間にかそんなたくさんゲーム友達ができてたんですね。ワグナさんっていうのが凄く意外ですけど」
風音「あの人趣味が無かったから、何かをやり始めるとそこにしか時間を使わないみたいで。 今もワグナさんからのメールが一番多かったね」
ユニル「ワグナさんなんていっつも会ってるじゃない。メールなんかしなくても、その辺で会話で終わらそうよ」
事務室とか食堂とかにいっつもいるだろあんなの。昨日も食堂で二回見たぞ。
風音「それがあの人、現実とゲームは別物と考えてるみたいでね。現実で一切ゲーム内の話をしないんだよ。おかげでゲームの事で何か喋りたい時に食堂で一緒になったら、口に出さずに「お前いつになったらログインするんだよ」って眼力で威圧してきててさ」
ユニル「そこまでするならもう喋りゃあいいじゃない・・・」
風音「うん、だからね。何かあったらゲームのオンライン掲示板から僕個人宛にメールを送ってくれたら、ゲーム内での会話と同じ扱いだからねって。 僕が仕事でゲームができない時期は、言いたい事はメールで送ってね。ってこのまえ言ったら鬼の様にメールが来てた」
そして当日に返信が無い事に文面でキレてた。まるで現実で怒られているかのような、いつものワグナの怒り方が文章で再現されていた。あの敬語でブチギレてる感じ。
あんなキレ散らかした感じの文章を書いておいて、どういう気持ちで昨日の夜食堂で笑顔で風音と会話してたんだろう。
本当に現実の自分とゲーム内の自分は別人として考えているのだろうか。
逆に未だに風音以外の人とは壁を作っているマルル先生からは、意外にメールが少ない。ワグナとは真逆で、現実で風音と会った時にゲームの話をめちゃくちゃ喋るからだ。
ユニル「あと運営側の人とも遊んでるって言ってました? 意外と身内以外にも仲間ができたんですね? 風音さんは仕事で付き合えない事も多いし、あんまりゲーム内でそういう輪を広げるタイプじゃないと思ってたんですけど」
風音「エリオンさんとカスガノさんは僕のゲーム友達というよりマルル先生のファンだから、マルル先生と遊びたいだけだと思うけどね。 直接先生に話しかけたって無視されるだけだから、バイトの後輩だった僕に連絡くれただけで」
マルルは極度の人見知りの為、誰に話しかけられても基本無視する。
一緒にプレイした事のある天狐やマテノやウェルズも内心怖がっており、いまだに風音とワグナ以外には完全に心を開いていない様子だ。
そんな中でエリオンとカスガノが話しかけたところで、相手されるはずもなく。風音を橋渡し役としてパーティーに入れてもらったようだ。
ユニル「いいように利用されてるだけじゃないですか」
風音「まぁ僕も仕事でいっつもそんな事ばっかりしてるからね。本命に話しかける事が難しかったら、周囲からってのは基本だし」
だからそれを批判する立場に無いというか。
ユニル「そういうビジネスライクな話をしてるんじゃなくてですね、遊びでしょそれ?」
風音「あの人達にとってはちゃんと給料が出てる仕事だしね。多分マルル先生を運営側に勧誘したいんじゃないかな? まぁ絶対やんないだろうけど」
ユニル「あや? そうでしたっけ? 確かマルルさんって、すでに運営側では? 確かゲーム内のバイトで生計を立ててるんじゃ?」
あんまりゲームの仕事の時は関わらなかったが、風音から以前そう聞いたような。
風音「身バレ・・・って言っていいのかな。有名プレイヤーって事がバレちゃったからね。だからバイトしにくくなったらしくて、収入が無くなっちゃって。 こっちとしても先生からは一応家賃貰ってるしさ。 何か提案した方が良いかなと思って、ゲーム攻略を配信して生計立ててみれば? って提案したら、僕と一緒に冒険してる時だけ配信してもいいって言ってくれてね。 それで生活できてるみたい」
ユニル「え・・・。じゃあもっと一緒に入ってあげないと、彼女生活できないんじゃ・・・」
ははっ・・・と乾いた笑いを見せる風音。
風音「知ってる? 宇宙全体を牛耳ってる、アニマっていう有名動画サイト。発音によってはウニマとかエニマとも言うね。 あれっておおよそ再生回数の1000分の1の広告報酬が入るらしいんだけどさ」
ユニル「1000分の1!? 10000回再生されて10クイン!? やっす!」
10クインっていうと8円くらいだ。
風音「単価は全宇宙でも一番安いって言われてるね。でも範囲が宇宙全域だからね。おのずと見てもらえる回数はちょっと多くなるんだけども。 元々ゲーム内では有名人だったマルル先生はね、最初の配信での再生回数が6892億再生だったんだってさ。 その次の仲間紹介動画って言って、僕だけを紹介する動画が176億再生。 その次の運営から許可を貰って配信した最新コンテンツ職業別攻略動画が8751億再生」
一度だけ配信された公式動画を除けば、これまで表に姿を見せなかった有名人。それが突然配信を始めたという事で、そのゲームをやっている人達がみんな見に来たようだ。
それでも確かプレイヤー数は30億人とかだったはず。どういう仕組みでこんなに再生されているのかは謎だ。そのゲームを自分ではやらないがゲーム動画は見るという、いわゆる『動画勢』といわれる人たちが多いのかもしれない。
他にもマルルの動画に一気に人が集まったから、全宇宙にお勧め動画としてサイトの目に付く場所に出たのか。
ともあれ凄い数字を叩き出している。
ん? 凄い数字? とユニルが首を傾ける。
ユニル「風音さんの紹介動画全然回ってない・・・」
176億再生だけ見れば凄いけど。同じ人が前後の動画でバケモンみたいな数字を叩き出してる中でのこの再生数・・・。
奇跡的なほど人気が無い動画と化してるじゃないか。
風音「うん・・・桁違いに回ってないんだよ。 っていや、そんな事どうでもいいでしょ。 そのたった3回の配信で、どんだけ稼いだか分かる?」
ユニル「再生回数の1000分の1でしょ? なんだったっけ? 6892足す? ・・・176? 足すことの8751」
ところどころ風音に数を確認しながら、電卓で足していくと。
1兆5819億。この1000分の1。
ユニル「え? 15億8千万クイン? もう遊んで暮らせるくらい稼いでるじゃないですか」
風音「そうだね。羨ましい限りだよ」
なんて夢のある仕事なんだ。
ユニル「じゃあ家賃上げても良くないですか?」
本来なら異星人割引価格でも月三~四十万はする立地で、二万だったか三万だったかの格安で宿を提供していると聞いたが、十五億も持ってたらもう十分通常価格でも払えるだろう。
風音「いや家賃は上げないよ。固定資産税は土地をくれたノウンさんが払ってくれてるし、今後の維持費改装費は地方自治体側持ちって契約になってる。 あと旅館業の申請も女子寮の申請の時に一括りにされてるからね。 女子寮での収入が借金返済に充てられるから実質何も無い分、先生の部屋に関しては完全に純利益になるって契約になってるから値段をあまり気にしなくていいんだよ」
ユニル「そういうややこしい話じゃなくてですね。十五億持ってる奴からは、いくら取ってもいいんじゃないの? っていう単純な話」
風音「十五億ってのは今の所ね。 まだ動画出したばかりだから動画サイトの傾向から言うと、1.5倍から2倍に増える見込みだってさ。 ・・・ってそんな事より!!」
急に叫ぶ風音。
ユニル「ど・・・どうしたんですか急に」
風音「ゲーム内のアイテムでユニィが居たんだよ。ちょっと前に手に入れてさ」
そんなの叫ぶほどの事かと思いながら。
ユニル「なんでゲーム内で私が出てるんですか。許可してないですけど。あとアイテムってどういうこと? 私はゲーム内では手に入れるものなの?」
ちょっと意味が分からないユニル。
風の妖精なんてゲームでは使い易そうだし、出てくるのは分かるけども。なんでわざわざ現実にいるユニルの名前を使うのか。
アイテム扱いされているのも意味不明だ。
風音「アイテムというか、アクセサリー欄で装備できる仲間みたいな扱いだね。 ただすごくね、見た目が不細工だったよ。モンスターと妖精が融合しちゃったっていう設定らしくてさ。こう・・・顔が歪みまくってて」
風音が手で両頬をグニッてして顔を潰して見せる。
ユニル「そのゲームを作ってる本社はどこかしらぁ?」
潰す標的を見つけたように、目を細めるユニル。
風音「潰しに行かないでね? 見た目は醜くなったけど、誰よりも心優しいっていう設定なんだよ。だから人気は高いらしくて」
見た目が醜いが心がキレイっていうキャラは、ゲームや漫画などの物語ではよくある。
そういうキャラは大体人気が出る。
それは分かるけど。
ユニル「なにもそのキャラを、私の名前を使ってやんなくていいでしょ」
せめて許可取ってからやれよ。なんで無許可で・・・。
風音「ワグナさんが言ってたよ。現実とは真逆ですねって。現実は見た目は美人ですけど、中身が醜いですから人気でないでしょうね、とか」
ユニル「あのババア・・・っ!」
風音「絶対ワグナさんの前で言わないでねそれ。 でも確かになんでユニィなんだろうね。妹のコットリンさんは、ちゃんと美人だったよ」
ユニル「コットリンは美人? そうなんだ、じゃあもう今日中に本社潰しに行くわ」
ポキポキ指を鳴らすユニル。
風音「やめてってば。それに不細工「だった」って言ったでしょ。 イベントで元の姿に戻った時はちゃんと可愛くなったよ」
ユニル「あぁ、戻るんですね」
風音「見た目が可愛いし性格がダントツで良いから、もう他のキャラ置き去りで人気キャラになりそうな勢い」
ユニル「ようやくゲームでも私の時代が来ましたか」
うんうんと頷くユニル。
風音「でもそれ隠しイベントだったらしくてね。今のところ僕しか真の姿のユニィを持ってないんだってさ」
以前もそうだったが、風音はよく偶然隠しイベントを発見する。
犬をペットにしたり、仲間にならないはずの王女を仲間にしたり。
今回も偶然ゲーム内のユニルの、醜い姿が元に戻るイベントを発見した。
ユニル「どういう意味? 隠しイベントって?」
風音「いや文字通りだよ。 ユニィが元の綺麗な姿に戻るイベントが、誰にも分からないように隠されてたっていう話」
ユニル「そんな重要なイベントを隠すな」
風音「醜い姿なのが良いっていう声も多かったから隠したんじゃない? 見た目がどうなろうと、心が綺麗なままっていうのが美しいみたいな?」
ユニル「無視しろそんな声」
予告も無く顔面をモンスターと融合された側の身にもなれ。
結局現状風音の持つユニル以外は全員不細工って事じゃないか。
風音「で、それに関するメールがみんなから来てて。 それどうやってやんの? って。 知らない人からも同じ内容のメールが来てるね」
治療後のユニルと一緒に歩いてたから、いろんな人から注目されたようだ。
ユニル「そのメールだったんですか。 とっとと答えて全員の私を治してあげてください」
風音「それがイベントの発生条件が僕にもよく分かんなくて。特に特殊な事なんてやってないし」
ユニル「誰も知らないイベントを風音さんが発見したんでしょ? なのに本人もどうやって見つけたのか分からないの?」
風音「そうだね。そういう所がやけに不親切設計でさ。 こんな事になるなら、最初から一人で行くんじゃなかったよ。集合時間まで待ってる間、暇だったから一人で行っちゃったのが運の尽きだったね」
隠しイベントというだけあって、そう簡単には発生条件が分からない様にできている。
以前犬をペットにするイベントを風音が発見した時もそうだったが、そのイベントを発見したからといって、どういう条件でそのイベントが発生したのかを知る事はできない。
とはいえ風音が言うほど不親切設計ではない。
ちゃんとそのイベントをクリアすれば、イベント発生条件を調べる事はできるようになる。
そのイベントで手に入ったモノを、使用する前に調べれば入手条件を見る事ができるらしい。
ってマルル先生が言っていたが、そもそも隠しイベントだと思っていなかった風音が、浄化されたユニルをそのまま装備しちゃったので入手条件が見られなくなった。
これに関してはマルル先生からメールで「独立したイベントで手に入れたものはすぐ装備しないでね。一回私に見せてね」ってやんわり注意された。
風音「でもこんなにプレイヤーが居るのに、なんで僕だけなんだろうね? ・・・やっぱり現実のユニィと契約してることが条件なのかな?」
ユニル「狭き門過ぎる・・・」
だったらそのイベントが発生するのは風音だけだ。そんな条件な訳が無いけれども。
風音「だから現状ユニィを治療したければ、僕がそのイベントをもう一回受けて他の人をそのイベントに誘うしか無いみたいで」
ユニル「あ、風音さんはそのイベントを何度でも体験できるんですね。そのイベントに参加した人も恩恵を得られる、と」
犬の時もそうだった。
風音が見つけた犬を救い出すイベントに天狐とウェルズが一緒に行って、全員ペットの犬を手に入れて帰って来た。あんな感じになるようだ。
風音「そうそう。 醜い方のユニィを持ってる人が仲間に居たら、そのイベントを受けられるって感じ。僕だけじゃ受けられないけどね、もうユニィが治ってるから」
じゃあ少なくとも風音のゲーム仲間は、ユニルの治療ができそう。
そしてマルル先生辺りが、そのイベントの発生条件を世界に広めてくれそう。
風音「でもしばらく僕が仕事でゲームできないから、ワグナさんが更にキレてるっていう負のスパイラルだね」
ユニル「めんどくさ・・・。 じゃあ書類整理をワグナさんと手分けしてやってもらうのは? 余った時間を休憩時間にして、サッと行って解決して来ればいいんじゃ?」
風音「ワグナさんが断るでしょ。ゲームの都合を現実に持ち込むなって言って」
ユニル「ワグナさんってそのゲームにはまってるんでしょ? なら試しにメールで提案してみてもいいでしょ」
そう・・・? って感じでメールを送ってみる。
嫌な予感しかしないけどな。
その予感が的中したら「ね? だから言ったでしょ?」ってユニルの甘さを指摘してあげよう。
『‥‥‥という訳で、誰かが手伝ってくれて書類整理さえ終われば今日は夕方までフリーなんですけれども。ワグナさんの休憩時間にゲームのイベント消化しませんか?』
そう提案すると、まだ仕事前だからかすぐに返信が来る。
二人で覗き込んで読む。
『現実とゲームを混同しないでください。ゲームの為に艦長の仕事を手分けするなんて間違っています。 ただしゲームの為に休み時間を使うのは私の自由です。 あと勘違いをしているようですが、艦長はもともと今日は夕方までフリーです。 なぜならその書類整理は今日の仕事ではなく、本来なら三日前に終わっている仕事だからです。 だからその書類整理は今日フリーの時間を使ってやるのではなく、艦長が寝る時間を削って勝手にやればいいと思いました。 はい。という事で次の私の休み時間にイベント消化しに行きましょう。艦長からの提案ですからね、拒否は出来ませんので悪しからず』
・・・・・・・・・・・・・。
風音「ね? 最悪の結果になったでしょ?」
説教をくらうという予想を、さらに上回ってきた。
まさか説教をされた上に、でもお前から言い出したからにはイベント消化もちゃんとやれよ。まで言われるとは。
ユニル「こんな人仲間から外せばよくない?」
・・・そんな呆れているユニルの横で、風音が気合を入れ直す。
風音「愚痴っててもしゃあないか。昼以降は夕方からの仕事準備があるから、書類整理できるのは午前中だけだし急ごうかな。 ワグナさんの休憩時間まで三時間ちょいあるから、それまでにできる所まで・・・」
そこにワグナから再びメールが届く。
しかし先程のゲームの掲示板からのメールではなく、仕事用の方のメールだ。
このタイミングで? と思いながら内容を確認する。
『業務連絡です艦長。時間単位年休の申請が終わりました』
風音「え・・・」
ユニル「なんですか? 時間単位年休って」
風音「有給休暇の時間バージョンって感じ。 有休ってのは給料が出る状態で一日休めるっていう、労働者が使える権利の一つでしょ? その時間版ってのがあってね。 一時間単位で申請した時間を、給料が出る状態で休む事ができるんだよ」
説明しながら続きを読む。
『今日の朝九時から十二時までの三時間の申請をしました』
風音「ちょ・・・」
昼は昼休みを挟んで一時から働くという労働時間契約だから、要するにワグナは『艦長、私このあと九時から一時までをお休みする申請を終えました。休ませて頂きますね』と言っているという事だ。
そしてこのメールの直後に、先程のゲームの掲示板の方にもワグナからメールが来る。
『行きますよ。準備をしてください艦長』
マジかこいつ。必死過ぎるだろ。
一応反論してみる。
『ウチは有休申請は基本断りません。 が、例外もあります。有休ってのは基本的に、もっと事前に言っておいてもらわないと認められない事も多いです。数分前なんてそんな直前に言われても、仕事が上手く回らなくなるので許可出来ないケースがほとんどです。なので残念ですが今回のケースはちょっと難しいと思います。明日以降に改めて申請してみては?』
そう仕事用の方のメールに書くと、すぐに返信が来る。
『事務の方で今日のワークスケジュールを精査したうえで、問題無いと判断し受理しました。 精査の際に艦長及び副艦長が不在でしたので、申請許可の権利を持つ事務長の判断で許可を頂きました』
事務長の判断で許可を頂きました。 って、事務長お前やんけ。
他の事務員は反論・・・するわけないか。あの女帝に逆らっても得が無いしな。
職権と威圧感をフルで利用して、やりたい放題やってくれるな。
・・・書類上受理されたのなら、もう何を言っても無駄か。
あきらめた表情で、ユニルの方を見る。
風音「・・・ね?」
ユニル「はい・・・」
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宇宙の言語であるタイトルをこちらの言語で直訳すると「水と深緑の物語」という名前になるゲーム内。
マルル先生。メディさん。ワグナ。カスガノさん。エリオンさん。そして風音の六人が酒場でテーブルに、三人ずつ向かい合う感じで座っている。
ツルンとした肌質である異星人のマルル先生はいつも通り椅子を風音に少し近付けて、風音の横に陣取って座っている。
その横にはゲーム内で仕事をしている、体に鈴をいっぱい付けた踊り子のような姿で褐色肌の女性のエリオンさん。
風音の対面側には長髪眼鏡美人といった感じの見た目のワグナ。これはかなりアニメ調になっているものの、現実の見た目をそのまま使っている。
エリオンと同じくゲーム内で仕事をしているカスガノさん。金髪の男性でチームの盾役でもやっているのか、全身バッキバキに装備で固められている。歩く要塞みたいだ。
そしてゲーム内で風音が知り合った猫系獣人の女性メディさんが座っている。このメディさんは現実世界でも猫系獣人の異星人だ。
このゲームにおいてマルルは世界的に有名なので、騒がれると面倒だから周囲からは見えない個室サーバーに入っている。
マルルだけじゃなく運営側のカスガノやエリオンも地球サーバーでは有名人でファンも多いので、個室の方が都合が良いようだ。
そんな中、まずは今日ゲームに集まってくれた仲間たちに、風音による愚痴が披露されている。
風音「──そんなこんなで、仕事がまだまだ残ってるっていうのにゲームやっとるわけですよ」
ただでさえ書類整理の仕事が山ほど残ってるのに。
さらに要人を誘拐してくれなんていう、結構大変そうな仕事を夕方に控えているというのに。
まさかそんな日の朝っぱらからゲームする事になるとは思ってなかった。
ワグナ「大変ですね艦長」
正面に座っているワグナが、哀れみの顔を向ける。
風音「聞いてた? 全部あんたのせいですよ? なんで時間単位年休まで使って遊んでんの?」
ワグナ「年休はリフレッシュの為に使われるものですから。 使い方としてひとつも間違っておりませんが?」
風音「仕事中の僕を──」
ワグナ「そんな事より、早くイベント消化しに行きません?」
風音の発言を中断して意見を言うワグナ。
風音「なんで最後まで喋らせてくれないの」
その発言すら無視して、ワグナはクエスト帳を広げている。
カスガノ「凄いですねこの方」
ワグナの女王様気質に慄いているカスガノ。
風音「いっつもこんな感じなんですよ」
やれやれという感じで言う風音。
カスガノ「ところで風音さん? 見た目がちょっと変わってません? 髪型かな?」
風音の姿を見ながら尋ねる。
エリオン「え? どこがぁ? 一緒でしょ?」
エリオンが風音を見るが、違いが分からない様子。
メディ「なにか・・・変わってます?」
風音をじっくりと見るが、メディも分からないようだ。
マルルとワグナは見た目が変わった事を、事前に本人から聞いているので知っている様子。
風音「カスガノさんはさすがですね。 闘技場の実況をしているだけあって、よく人を観察してらっしゃる。 実はついに、ついに物語第二章をクリアしたんですよ。これがどういう事か分かりますか?」
かなり嬉しそうな様子の風音。
カスガノ「唯一無料で見た目を変更できるタイミングですね。 そこで見た目を変えたんですか? 髪型なら自宅でいつでも変更できますよ?」
風音「見た目というか、性別を変えたんですよ。 僕現実では男なのに、女設定だったから。 ようやく自分に戻れた感じですよ。 写真取り込みで完全に自分を再現した姿になってるから、以前と違って顔とかも完全に男って感じになってるでしょ? 声もほら、現実そっくりでかなり男寄りになったって言うか」
そう。
仕事で風音と一緒にこのゲームを始めたウェルズが言っていたが、物語をある程度進めると見た目や性別を変更できるタイミングがある。
それが二章クリア時のタイミングだ。
おかげで多少見た目がアニメ調ではあるものの、現実の風音と瓜二つの姿になる事が出来た。
カスガノ「・・・・・・」
途端に押し黙るカスガノ。
性別を・・・変えた?
ワグナ「どうしました? 正直に言ってあげた方が良いですよ? 髪型を変えただけだと思ってた、って。 顔なんか女のままだ、って。 声なんてむしろ以前の顔に似合ってなかった不自然に高い声より、今の声の方が顔に合ってて女っぽくなった、って。 って言うか本当に男になってるのか、って。 もっと言うと現実のあなたは本当に男なのか、って正直に言ってあげないと」
クエスト帳を見ながら言うワグナ。
風音「ワグナさん、冗談やめてよ。ねぇみんな?」
一斉に目を逸らす面々。
それを見てため息を漏らす風音。
風音「全く・・・いつの間に口裏を合わせたんだか・・・」
今のリアクションが、全員で口裏を合わせたと思っている風音。
ワグナ「私にとってはいつもの艦長に近くなったので、接しやすいのは確かですよ。それより早くイベント消化に行きましょう」
マルルが風音に向かって話しかける。
マルル「それなんだけど風音。 醜くなった風の妖精ユニルを元の姿に戻すイベントは、四人パーティーでしか行けないクエストなの。で、今ここには六人居るから二回やんなきゃいけないのね? 風音はイベント主だから参加必須と考えると、まずは三人と風音。そして二回目は一回目不参加の二人と風音と誰か一人って感じになるのよ。私はこのイベントの発生条件を世界に広める為にも、一回目に参加するわ。その方がここに居ないみんなが嬉しいでしょ? で、その二回目なんだけど、その余った一人に私がもう一回入ってもいいかな?」
どうやら風音と一緒にクエストをしたくて仕方ないようだ。
そのせいか世界に広める為に自分が一回目に入るとか、ちょっと意味の分からない理屈を並べている。
しかしそれを聞いて風音がある事に気付く。
風音「一回目の終わりでイベント発生条件をみんなが知るなら、僕が二回目をやんなくても自分たちで行けるんじゃ?」
マルル「そのイベント発生条件が容易いものならね。でもそんな訳ないから。今まで誰にも見つかってないイベントって事は、かなり複雑な条件のはず。 今ここに居る人達は、あなたと一緒に行くだけでそれを短縮できるのよ。だったらやってあげた方が早いじゃない?」
風音「そっか。じゃあここで僕が二回やるのは必須なのか。 そういう事ならお願いします。 二回ともマルル先生が入ってくれた方がスムーズに事が運びそうだし。ギミックとか、結構難しい所があるんですよ」
マルル「ふふっ、任せなさい」
全員が関わる事なのに、完全に風音の方だけを見て笑顔で話すマルルを見て。
エリオン「むぅぅ・・・いいなぁ。マルルゥが笑ってる。 って言うか、あんなに感情出して喋ってる・・・可愛い・・・」
カスガノ「我々と一緒に冒険する時は、ほとんど業務連絡くらいしか喋らないですもんね。 笑う事なんてほとんど無いですし、本当に別人みたいですよ。 さすがマルルさんのパーティー紹介動画で、唯一紹介された人なだけありますね」
マルルのファンである二人が、羨ましそうに風音を見つめる。
エリオン「なんでかあの紹介動画だけ全然回ってなかったね。 多分攻略が無かったからだろね、話の内容は聞いてて面白かったのにね。 生配信で同接数が思ったより少なめだったから、テコ入れで急遽空の王女を同席させた時とか個人的に面白かったんだけどな。 開始十五分でテコ入れって! ってツッコんだもの」
カスガノ「ああいうのが逆に駄目だったんですかね。空の王女マナは人気者ですからね。有名人だから特別に運営から王女を貸し出してもらってたって事ですからね。嫉妬で動画を繰り返し見たくなくなったとか?」
そのせいで若干コメント欄が荒れてた気がする。
エリオン「いるんだねぇそんな事で嫉妬する人。 私は気にしないけどなぁ」
それを聞いていた風音が否定する。
風音「いやマナさんは本当に仲間にしたんだよ。あの配信の為に運営から借りたんじゃないよ」
エリオン「嘘おっしゃい。空の王女マナは仲間にはなんないよ」
風音「嘘じゃないって。 初めて会った時は話しかけずに手を振るだけにして、代わりに王様にはちゃんと話しかけておけば、クジに低確率で出現するとか。 王女のスピーチを聞いていれば、それがヒントになってる。だっけ?」
マルル「凄い、よく覚えてるわね」
笑顔で反応するマルルを見て、顔を見合わせるカスガノとエリオン。
カスガノ「え? あれガチ仲間なんですか? なぜ公表しないんですか?」
エリオン「あいつ仲間になんの? なんで? 公務は? いやあいつ公務はしてないか」
発言を聞いていると、エリオンはそんなにマナの事が好きではないらしい。確か空の王女にはアンチも多いと聞いていた。
風音「公表・・・まだ誰も知らない・・・。 はっ! 次の動画はマナさんを仲間にする方法で動画撮る?」
マルル「それ一分で終わっちゃわない?」
風音「その後はマナさんと僕らの三人でゲームの雑談でも」
マルル「やりましょ」
風音と話せるなら何でもいいので、笑顔で了承する。
エリオン「その三人の雑談が唯一需要無かったのに、なぜまた繰り返そうとするの・・・。私は見たいけどさぁ・・・」
カスガノ「需要があろうがなかろうが、やりたい事をするって動画は多いですしね」
次の動画撮影の方針が決まったところで、風音が全員に尋ねる。
風音「じゃあ誰から行きます? 先生と僕と・・・」
カスガノ「我々二人はこのあと仕事があるので、一回目に参加でもよろしいでしょうか?」
風音「もちろん。 忙しい中呼んじゃってごめんね。 じゃあ一回目は僕と先生とカスガノさんとエリオンさんで行きましょっか」
この発言の「忙しい中~~」の時に、カスガノが手を振って「いえいえとんでもない」というジェスチャーをする。
ワグナ「私が提案したクエストなのに、私が留守番始まりとは。 まぁ仕事なら仕方ありませんが」
ワグナがともに留守番をする事になったメディを見る。
急に怖い人に見られてビクッとするメディ。
ワグナ「待っている間に、私があなたを叩き直してあげましょう」
そして急に怖い事を言われて、またビクッとするメディ。
ほとんど面識も無いのに、何を叩き直されるというのか。
風音が席を立つ。
風音「よし、じゃあ行ってきます」
一回目の参加者である三人も同時に席を立つ。
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風音「ただいま~~」
マルルと二人で帰ってきた風音。マルルは大満足といった感じの笑顔になっている。
カスガノさんとエリオンさんは仕事の準備に向かうらしく、もうすでに解散している。
留守番の二人は、なんかゴソゴソやっているようだ。
かまどと耐火エプロンを用意し。そして火をつけて鉱石を入れて・・・。
メディ「いえ・・・ですから。 石から先ですよ。 融合素材は後なんですって。 あぁ・・・もう。全然聞いてないじゃないですか。 ・・・あぁほら、またクズ鉄の出来上がりですよ」
ワグナ「あなたの説明が後出し過ぎます。 もっと先回りして説明しないと。あなたそれでも経験者ですか?」
メディ「逆ですよ。 あなた経験が無いなら、こっちが喋る前に動くのを止めて下さいよ」
・・・何をやっているのだろうか。
見た感じワグナが何かを叩き直されて、逆ギレして開き直っている様に見えるが。
風音「何やってんの? エプロン着けて、かまどまで用意して。武器の素材作り?」
普通なら鍛鉄などは専門の施設が無いと出来ないが、そこはゲーム内なのでお堅い事は言いっこなしだ。
割とどこでも自分で道具を用意して素材作りが出来る。
ワグナ「その予定だったのですが、メディさんがクズ鉄の作り方を教えてくるんですよ。困ったものです」
まるで被害者のようなコメントを吐く。
メディ「クズ鉄のレシピなんか無いですよ。 あなたが言われた通りやらないから、クズ鉄しかできないんです。なんで炎色反応が起きたら一回水にさらしてって何回も言ってるのに、ずっと見てるんですか」
ワグナ「ほらね? そうやってすぐ人のせいにするでしょう?」
メディ「人のせいなの! これ人災なの!」
横に置いてある無数のクズ鉄を指でさしながら言う。
ワグナ「その通り、人災です。ただしあなた由来のね。 はぁ~~~あ。素材を無駄にしました」
メディ「途中から私があげた素材だったでしょ。 こっちは素材も時間も無駄にしましたよ」
などと訳の分からない事を言う女は無視して、風音を見るワグナ。
ワグナ「艦長。このクズ鉄を高値で買って下さい。1000モルー(貨幣単位)でどうでしょう?」
確かクズ鉄ってお店で売って1モルーじゃなかったか。
風音「絶対にいやですけど」
山賊より厄介だなこの人。と思う。この前ゲーム内イベントで出てきた山賊にも、こんな奴はいなかった。
しかしそれでも食い下がるワグナ。
ワグナ「ただのクズ鉄ではありませんよ? 私が心を込めて作ったクズ鉄です。 見て下さいこの七色のクズ鉄。きれいでしょう?」
クズ鉄の山の中から、ひときわ美しい色合いのクズ鉄を見せる。
それを手に取って眺める風音。
風音「ほんとに七色だね。 マルル先生、こういうのってレアだったりするんですか? これは面白いから買ってもいいかも」
マルル「レアクズ鉄ね。 複数のレア素材を使って失敗した時に、低確率でしかできない超レアアイテムだわ。 とはいえ長年やってる人なら何度か見た事はある物だし、特に使い道は無いわ。私も二回作った事があるかな」
風音「二回・・・」
このゲームを八年やってるマルルで二回って、相当レアなのかとも思ったが。
よく考えればクズ鉄は素材作りを失敗した時にしかできないのか。
マルルなら低確率で設定されている失敗回以外はまず失敗が無いだろうから、おのずとクズ鉄を手に入れる機会も少ないのだろう。
風音「でも使い道が無い? こんな露骨に何かに使えそうな感じなのに?」
マルル「三十億人もプレイヤーが居たゲームだからね。今は動画効果もあって四十五億人だっけ。 それほどの数のプレイヤーに、散々いろいろ試されたわ。 でも今の所使い道は無いみたい。 お店で売れないから、バザーで売るかごみ箱に捨てるしかないって事が判明しただけ」
風音「ただでさえ1モルーにしかならないクズ鉄が、レアになるとお店ですら売れなくなるのか。 年季の入った真のクズ鉄って感じだ」
マルル「そうね。面白半分で買う新人はそこそこ居るから、バザーで売れば100モルーくらいにはなるんじゃないかな? あとその七色は約四時間しか持たないからね。四時間後には、色褪せてただのクズ鉄になるの。そうなったらお店で1モルーで売れるようになるわ。バザーで売りたいならお早めにね」
ワグナ「売ったとて100にしかならないんですか」
風音「でも捨てるしかない、か。何か使い道がありそう。 じゃあさ。今行ってきたイベント内で、ユニィの体の中に入った魔物を自分の持ち物に吸い出す儀式があるじゃないですか? その時使う道具って何でもいいわけですけど、そこでこの捨てるしかない七色クズ鉄を使うってのは?」
今行ってきたのは魔物と融合してしまった妖精から、魔物だけを取り出して倒すというイベント内容だ。
何かを媒体にして魔物をそれに取り憑かせ、妖精の体の中から引っ張り出して倒す。
その際自分が持っている物なら何でもいいので差し出すと、それがモンスターになって襲い掛かってくるというイベントだった。
マルル「あ~~、やってみてもいいかもね。 このイベント自体が誰も知らないから、試しようが無い事だったもんね。 何も起こらないなら、それはそれでいいし」
三十億人もプレイヤーが居て誰もやった事が無い事をやりたいのであれば、初めて発見されたイベント内で何かを試すってのが一番手っ取り早い。
こういう事を色々やろうとするから、風音は隠しイベントをすぐ見つけるのだろうな。と感心するマルル。
そういう事なら、とワグナの目が輝く。
ワグナ「今ならこの七色クズ鉄が、半額の三十万モルーです」
風音「必要だと知るや、めちゃくちゃ足元見てくる・・・」
マルル「どういう育ち方をしてこうなったの」
メディ「なんでこんな人が風音さんの仲間なの?」
非難轟々だが、ワグナは気にした様子もない。
こんな人から買うより、バザーで出品してるのを探す方が絶対安く手に入る。
それは分かっているが、風音が目の前で十字を切る動作をして、ゲーム内の専用の端末を取り出し支払う準備をする。
風音は以前超レアなアイテムを手に入れ、それをマルルが持つ装備品と交換したので、他のプレイヤーよりはあまり装備にお金がかからない。それこそ少し物語が進むごとに買い替えないといけない十万単位からかかる装備品の数々を、ほぼほぼ購入しなくて済んでいる。
なので幸いお金はたくさん貯まっている。
今後のワグナの冒険を応援してあげる為だと思って、三十万出してクズ鉄を購入する風音。
風音「さて。じゃあ二回目に行きましょっか」
マルル・ワグナ・メディ「「「その前に・・・」」」
三人が同時に風音に向かって同じ事を言う。
マルル・ワグナ・メディ「「「どうぞどうぞ」」」
そして三人とも、相手に先を譲る。
実は今日イベント参加とは別に、三人にはそれぞれ思惑があった。
風音「なに? 何か重要な話?」
マルルとメディはコクリと頷く。
ワグナは首を横に振る。そこまで重要な話でも無いようだ。
風音「じゃあマルル先生から」
マルル「ええ。実は・・・」
今日こそは。今日こそは自宅に誘う。
オンラインで友達と遊ぶと言えば、どちらかの家にお邪魔して遊ぶってのが鉄板だ。
なんだかんだ色々あって、その機会が今まで無かった。
初めてできたゲーム友達と、友達らしい事をしたい。その欲求が日に日に募り、爆発しかけている。
マルル「あのぉ・・・良かったらそのぅ・・・今日はそのぅ・・・」
途中「ひっふ、ひっふ」と変な呼吸をしながら言う。
マルル「私のお家で雑談でも出来たらなぁ・・・とか、言ってね?」
風音「あぁ、たまにはそういうのもいいですね。今日は夕方から仕事なんで、少ししか無理かもしれませんけど」
笑顔で応える風音を見て。
マルル「ほんとに? やった」
心底ほっとした表情を見せるマルル。
メディ「え・・・? ちょうど私も同じ事を言おうとしてました」
メディも同じ事を考えていたようだ。
彼女は自分のパーティーメンバーと仲が悪いわけではないが、地球サーバーに来たばかりでここ最近パーティーに加入したのもあって、まだちょっとお互い他人行儀な感じで接している状況だ。
そんな中で過去お悩み相談に乗ってくれた風音には、相棒と呼んで完全に心を開いている。
しかし風音の知り合いというだけで、特に風音サイドの人達と面識がないメディ。
それどころか以前闘技場で敵として戦ったマルルからは、なぜか未だに敵だと思われている。
この状況で今後一緒にゲームをするためにも、風音とはもう少し仲良くなっておこうと思ったようだ。
しかし結果的に後出し状態になってしまったメディに。
マルル「あら、残念ね。 今日はもう先約ができちゃったわ」
勝ち誇るマルル。
風音「じゃあメディさんは、また今度ゆっくりね」
メディ「あ、はい」
マルル「え? ゆっくり・・・? あ、じゃああのぅ・・・今日はメディさんに譲ろうかな。 そのぅ・・・私はまた今度でも・・・」
メディ「いやいや今日はあなたが楽しんでください。私はまた今度、ゆっっっっくりでいいので」
勝ち誇るメディ。
ワグナ「じゃあ最後に私からいいですか? 特に急ぎの要件でもないのですけれども」
風音「どうぞ?」
ワグナ「艦長男性になったのですよね? じゃあ私と結婚しませんか?」
メディ・マルル「「え゛っ?」」
凍りつく二人。
風音「結婚? このゲーム結婚っていうシステムがあるの?」
ワグナ「ええ。結婚しないと解放されない物があって。 家を買って家具を置く時に、買えない家具があるの知ってます?」
風音「あぁ、あるね。 あるどころか、七割近く買えなくない? あれなんでかなと思ってたけど」
あんまり興味が無くて、調べてなかった。
風音は家に白玉(以前手に入れたペットの犬)さえいれば、家具なんかどうでもいい。
ワグナ「あれは既婚者、もしくは一度結婚して離婚した者にしか買えないようです。 家具には拘りたいじゃないですか?」
ワグナは私生活でも家具には拘る。だから余計買えない家具があるのが気になるようだ。
もっと自分が思うように、自宅をコーディネートしたい。
だから結婚するしかないのだが、ゲーム内で知り合いの男性なんて風音しか居ない。カスガノさんはさすがにまだ関係が浅すぎる。
風音「拠点になる自宅って大事だからね、その気持ちは分かる。でもなんでそんな仕様にしたんだろうね。同性同士とか一人でプレイしてる人は、一生買えないじゃない」
運営側としては結婚というシステムを活用してほしいから、大きなメリットとして家具の追加をしたのだろうけど。
ワグナ「いえ冒険者シリーズでしたっけ? あのオートで動く仲間たち。 あれと結婚してもいいらしいのですけど、今さら彼らを雇って好感度を上げるのも面倒ですし。 どうしても結婚したくなくてそれでも家具が欲しい人は、バザーで売りに出されている物を買うしかないのですが。 既婚者専用家具はバザーでの取引金額が、最低でも二十万モルーからと設定されていて。 最低価格で出してくれている親切な方は多いのですが、それでも高すぎて手が出ないですね」
風音「そっか。やろうと思えば結婚自体は簡単なんだね。 ちなみに結婚のデメリットは?」
ワグナ「一切無いようです。 結婚記念日とその前後三日間が経験値二倍とか・・・他にもメリットだけで、縛りも特に無いようですね。もちろんその・・・ゲーム内外で二人の仲が悪くなった時に、結婚している状態が気まずくなって嫌になる。というようなデメリットはあるかもしれませんが。だから離婚なんてシステムもある訳ですしね」
風音「それはシステム的なデメリットじゃなく、プレイヤー側の問題だもんね。 ふぅん。じゃあ・・・いいんじゃない?」
軽く了承する風音。
マルル「え・・!? え・・・?」
メディ「ちょっとちょっと・・・」
あたふたし始める二人。
風音「で、結婚するってなったら具体的に何をするの? 市役所に行くの?」
ワグナ「確かギルドで契約書を貰ってきて───」
マルル・メディ「「ちょっと待って!!」」
同時に声を上げる二人。
結婚なんて、このゲームにおいての一大イベントだ。
特にマルルはワグナ同様知り合いの男性なんて風音しか居ない。せっかくのその機会を家具しか眼中に無い者に奪われそうになり、思わず声を上げる。
風音「はい? また同時だ。 じゃあ先生からどうぞ?」
マルル「あのぅ・・・ちょっと。さっきは口が滑ってぇ。 家で遊ぶとかそのぅ・・・そんなのいつでも・・・いやどうでもよくってぇ。 本当は私が今日言いたかったのは、そ、そのぅ・・・け・・・」
過呼吸の様にひふひふと息を吸いながら。
マルル「結婚したいなって話で。 いやね? 私も家具が欲しいなって思ってたのよずっと。でもずっと一人ぼっちだったでしょ? だからこれを機に友達と結婚もいいかな~なんて、言ったりね?」
急に早口で喋るマルル。
そしてメディもマルルが喋り終わるや否や、口を開いて。
メディ「私も同じです。 よく考えてみれば家で遊ぶにしても、家具が無ければ始まりませんよね。 やっぱり時代は家具ですよ」
ふむ・・・。と眼鏡を中指でクイッと上げるワグナ。
ワグナ「家具こそ至高。 お二人の言い分はもっともです。どうしますか艦長」
風音「え・・・? どうしますかって言われても、じゃあどうしよ? このゲームって重婚できるの?」
ワグナが端末で調べる。
ワグナ「重婚・・・は、できないようですね。 ・・・・・・。あ、じゃあこうしましょうよ。 私と結婚してすぐに離婚する。 そのあとそちらの二人とも同じ事をやる。 それで全員家具を買えますよ」
名案ですよね、という感じで言う。
風音「え? 僕ものの数分でバツ3になるの?」
ちょっと嫌だなそれは。
現実世界で数分でバツ3になった奴は居ないだろうなと思う。
いや、三人目と離婚する必要は無いのか。バツ2か。
ワグナ「いえそれが・・・離婚をした人は四日間は再婚できないようです。 だから三人だと最低でも八日間は必要ですね。あと再婚した方とは、メリットが一年間無しとかいう感じでメリットが制限されたりもありますね」
風音「なるほど。 メリット目的で離婚と再婚を繰り返されるのを防止する為かな。 いやでも男に転生したばっかりで、八日間でバツ2が付く男・・・」
嫌な奴だなそいつ。
ワグナ「離婚の履歴は残らないようですよ。 だから一見すると何も変わらないはずです」
パッと表情が明るくなる風音。
風音「あ、そうなんだ。 じゃあ何も問題無いか。 うん、それで・・・」
メディ・マルル「「それは違うと思う」」
また同時に声を上げる二人。
風音「え?」
マルル「結婚ってそういうんじゃないと思う」
メディ「この世界を軽く見過ぎてる気がするの。 一応自分の分身として生活してる訳ですよ? もっとちゃんと向き合う事だと思うの」
そう二人に説得されて、ハッと我に返る風音。
風音「なるほど・・・ゲームなんだし、仲が良い人なら誰でもいいと思ってしまってたけど。 でもこれもひとつの世界、ここに居るのは僕自身だもんね。 真剣に考えたら、そもそも結婚なんてできないな。現実で借金生活だから、ゲーム内に入れる時間って少ないし。 そんな中で結婚なんて、相手に悪いもんな。 ・・・うん、そうだね。二人の言うとおりだわ。 ワグナさんには悪いけど、結婚はちょっと考え直すよ」
ワグナ・マルル・メディ「「「待った」」」
綺麗にハモる。
マルル「それは違うと思う。現実を引き合いに出しても仕方が無いでしょ。ゲーム内で仲が良い人と結婚するのに、現実は関係無いでしょ」
メディ「向き合えって言われたからって、そんなに真剣に向き合ってどうするの?」
ワグナ「ゲームなんて一種の遊びでしょう? なら艦長は双六の人生ゲームで「隣のプレイヤーが異性なら結婚する」というマスがあったら「真剣に考えると今は結婚できない」なんて空気の読めない事を言うのですか?」
三人からの集中砲火を浴びて。
風音「じゃあどうしろっての・・・あ、天狐さん呼ぶ? あの人中身は女性だけど、ゲーム内では男性キャラだし結婚できるんじゃない?」
ワグナ「こんな事で治安組織で忙しくしてらっしゃる方を呼ぼうとしないでください。 しかしこれでは話が進みませんね。先ほど言いましたが、私にとってはそれほど急ぎの話でもありません。別に今日結論を出さなくてもいいでしょう。 そうですねぇ・・・いずれ三人で家具を賭けて対決するというのはどうでしょう?」
ここで風音を賭けて。とか結婚を賭けて。ではなく家具を賭けて。と言う所がワグナらしい。一貫して家具しか見ていない。
マルルとメディが顔を見合わせる。
マルル「私はいいけど・・・。 言っとくけど、私このゲームで得意なの戦闘だけじゃないよ? あらゆる要素であなた達を上回ってるからね?」
有利すぎて困惑するマルルと。
メディ「う~~・・・。ワグナさん相手だけなら、望むところだって言いたいけど・・・。マルルさんは強豪過ぎる。 対決はちょっと・・・」
分が悪すぎる勝負を提案され、嫌そうなメディ。
ワグナ「勘違いをしないでください。 誰がゲーム内で闘うと言いました?」
マルル「え? 現実で闘うの?」
ワグナ「もちろんです」
メディ「じゃあ逆に私が強過ぎちゃうけど。 私これでも獣人だよ? あなた達にはまず負けないけど」
特にメディたち猫型獣人は強い。こんなおとなしい子だけど地球人くらいなら、本気になったら素手で秒で虐殺できる。
そんな、有利すぎて困惑するメディと。
マルル「人見知りで宇宙服でしか対話できない私に、どう殴り合いしろってのよ・・・」
不利過ぎて嫌がるマルル。
ワグナ「だれが喧嘩で闘うと言いました。 仮にも結婚するのでしょう? じゃあ対決内容は、料理勝負に決まっているでしょう」
風音(・・・・・・?)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
風音「あかん!! オチが読めるっ!! 多分この三人誰も料理できない!! そうでしょ!? そんなの勝負じゃないから!!」
誰も何も答えない。
全員堂々と自信無さそうな顔をしている。
風音「ほら!! ほら見てみぃ!! 全員できないでしょ!! それを僕が食べて判定するんでしょ!? そんなの三回ゲボ吐くだけだって!!」
ワグナ「だからどうだと言うのですか、その中で優劣を決めてくださいと言ってるだけの事でしょうが」
せっかく穏便に決まりかけていたのに。
急に空気の読めない事を言う風音に、イライラし始めるワグナ。
風音「言っとくけど、もうしつこいくらいやってるからね!? どこでとは言わないけど、あらゆる所で目にするでしょその企画は! みんなそろそろ飽きようよメシマズ料理対決回!! ヒロイン達がメシマズで対決するとかさぁ!! 面白いのは見てる方だけで、犠牲者がセットなんですよ!!」
ワグナが風音の胸ぐらをガッと掴んで、額に青筋を立てながら睨む。
ワグナ「分かり切った事をクドクドと・・・」
わざわざ声に出して言うほどの事でもない事を喚く風音に、ブチ切れワグナ。
風音「分かり切ってるならやろうとしないでよ! 食材も勿体ないって!」
ワグナ「あなたが全部残さず食べれば食材は無駄になりません。 食べられないなら私がむりやり詰め込むまでです。 あと先程から認識を間違ってませんか?」
風音「間違い? 僕の方が? ・・・え?むりやり詰め込むって言った?」
何を言ってるんだこいつは。
こんな短い文章の中に、理解に苦しむ事をそこかしこに詰め込んできたけど。
ワグナ「たとえ最底辺の戦いでも、優劣を付ける事は可能です。 艦長が言っているのは過去幾度も繰り返されてきたメシマズ対決の、結局判定員が「全部ゴミでした」って言って倒れ、全員最下位で決着が付かない系のオチの事でしょう? 我々の勝負ではそんな事は起こり得ません。たとえ倒れたとて殴り起こしてでも優劣を付けさせますから」
風音「雑なイベントに暴力が追加されただけだねそれは」
この人の殴るは、大体鉄パイプ握ってるからな。
ワグナ「それに勝負じゃないなんて、何をとぼけた事を言ってるのですか? ではあなたが好きなゲームで、例えば格闘ゲームで最下層の方での戦いは勝負ではないと? それを最下層なりに頑張っているプレイヤーたちに言えるのですか?」
風音「最下層の争いが勝負じゃないって言ってんじゃなくて、判定員が具合悪くするような勝負は勝負ではないって言ってるんです。 悪質な事をしようとしてる人が、それらしい例を挙げて反論しないでください」
掴んでいる胸ぐらをねじり上げるワグナ。
ワグナ「なんだァ? てめェ・・・」
風音「ゲーム内だからって汚い言葉を使わないでくださいよ・・・。あなた怒ってる時でも敬語で喋る人でしょ・・・」
マルル「まぁまぁ落ち着いて」
風音の胸ぐらを掴んでいるワグナを引き離す。
マルル「いいでしょう。 私は謹んで受けさせて頂くわ。かざ・・・家具を賭けて、料理対決よ」
メディ「私も受ける。 自信無いけど・・・見た感じ本当に全員苦手分野っぽいし勝機はあるかな」
ワグナ「苦手分野だと分かっていて、この私に挑んでくるその蛮勇だけは褒めてあげましょう」
ニヤリと笑うワグナ。
風音「うおぉ・・・。前にも風音ワングランプリとかいう謎の大会があったけど・・・こうやって変な大会が開かれていくのか・・・」
この後イベントに行って、風音の予想通り七色クズ鉄を使う事で妖精ユニルが真の仲間になるイベントが発生したが、もうそんなのどうでも良かった。
はいあとがき!!!
この聖蝶っていうエピソードに関するあとがきって、二話前に書いたばっかりだからさ。
もう喋る事も無いですよね。
強いて言うならもう一個カットされて、本当に無駄だと思ったから消去されたエピソードについて語っときましょうか。
聖蝶序盤で、風音が治安組織の新人講習の講師をやった時。
マテノという講師補助を呼んだ際に講習を兼ねて、新人から見ると大先輩であるマテノが過去に治安組織での仕事でどんな活躍をしてきたかっていうのを語る部分があって。
バレないように陰でめちゃくちゃ犯罪者を殺してたっていう血塗られたエピソードを、殺してたって部分を隠しながらコミカルに説明するっていう。
一例を挙げると。
「──だから隠密で潜入しなきゃならないって事で、私が一人でテロ組織の本拠地に行くって志願したのよ。 先輩たちから凄く心配されたけど、なんとか頑張ってみますって言って。 そうして緊張しながらそのビルに突入したらさ? 内部抗争があったみたいで、もう既にみんな死んじゃっててさ。 あんなに緊張して気合を入れて突入したのに、こんなオチかって思っちゃって~~☆」
みたいな。
生徒たちはマテノが勇気を出して敵本拠地に一人で突入したという、武勇伝として感心して聞いているけども。
横で聞いている風音(と一緒に聞いていた上司のビオラさん)はもちろんそいつらを全部殺したのはマテノだっていう真相に気付いてて、内心ドン引きしているというくだりがあったり。
そういったのの詰め合わせエピソードが、一万文字分くらいあって。
最後の方では聞いてる生徒の方も、なんか勝手に犯罪者が死んでる描写多くないか? と疑問を持ち始めたり。
まぁそういうのがあったんだけど、これは長くなるし要らんなと思って消しましたね。
うん。こんなもんかな。
いっつもあとがきがクソ長いし、たまにはあとがきを短めで終わらせてもいいですよね。
って事で、また次の話出会えたらいいですね。 バイバイ。




