聖蝶 43
風音が懐から携帯を取り出す。
風音「じゃあちょっとゼロアにキャンセルの電話入れとこ・・・」
ランザ「・・・? ゼロアとは名無しの事か? 貴様・・・今私がレイ長官の件をどうにかしていなかった場合、名無しを使って何かをしようとしていたのか?」
聞き捨てならない風音の呟きに反応するランザ。
警戒色を強めた目で風音を睨む。
まさかレイを助けるという目的を通す為に、名無しを使って暴力でどうにかする予定だったのか? あの名無しを治安組織にけしかけるなど、犯罪どころの話じゃない。
風音「いや違うよ。ゼロアは仲介役。 ・・・そうだね。ランザさんが解決してくれたんだから、もう計画も中止になったしネタばらしするか。 実はこの後レイさんを助ける為に、やろうとしてた事があってね。 今疲れて寝てるであろうレイさんを連れ去って、代わりにレイさんそっくりのアンドロイドと入れ替える予定だったんだよ」
ランザ「・・・ふぅ」
呆れ果て、頭を抱えながらため息を吐くランザ。
ランザ「それで貴様はこの場から離れたくなかったのか。 そんな事より・・・。ふぅ・・・あのな。・・・貴様治安組織のエリートを舐めているのか? 中でも掃除屋は、仮にも人を処分する事を生業にしている連中だぞ? 彼らが自分で始末した対象が、人間かアンドロイドか区別が付かないとでも?」
言ってる途中でまともに風音の相手をするのも面倒くさくなって、喋るのを止めようかと思ってしまうくらい。それくらい呆れた口調で話すランザ。
殺しを仕事にしていながら、死体が偽物だと気付かない?
そんな奴その場でクビだ。
だが自信満々で風音が答える。
風音「うん、区別付かないよ。 実際治安組織の人がその死体を見て、ずっと人間と勘違いしてたから。 ランザさん聞いてないかな? ちょっと前にゼロアが巨大犯罪組織を潰したの。あの時シエロが勝手に協力してきて、鬱陶しかったとか言ってたけど」
ランザ「当然聞いている。 その時の協力したメンバーの中に、聖蝶が二人居たしな。正確には協力ではなく、監視だが。 名無しと犯罪組織の潰し合いなど、誰かが傍で監視しておかないと何が起こるか分からんからな。一般人を巻き込む可能性も考慮したうえでの同行だ」
風音「・・・その割には都合よく働かされたって聞いてるけど。 まぁ今はそんな事はいいや。 その犯罪組織が開発したアンドロイドってのが、造りがほぼ人間と同じなんだよ。製造を法で禁じられてる脳以外は、全部人間と一緒。 唯一のアンドロイド部分と言ってもいいその脳も、脳と同じ成分で出来ていて、かつ脳と同じ形をしている物が代わりに入ってる。その脳にピンセットでつまみ出さないと見えないくらい極小の機械がいくつか紛れ込んでるって感じかな。 だからその構造を知らなければ死体を調べたところで、人間と区別が付かないんだよ」
以前そういう事件に直面したから分かる。あれを見分けるのは不可能だ。
例外として獣人族は、そのアンドロイドが動いている姿を見れば人間ではないと分かるらしい。以前知り合いのマリアさんがそう言っていた。
そんな獣人族でさえ、そのアンドロイドがジッとしていたり死体になっている状態では人間と見分けがつかないらしい。
あのアンドロイドの死体を肉眼で見ただけで人間かどうか区別できる人なんて、多分この世に一人しかいない。
カノンの乗組員であるアリエイラさんだ。あの人は生物が体から出す、波動とかいう謎の概念を感じ取っているらしい。それで本物か偽物か分かるそうだ。
ランザ「その報告は聞いた事がある。確かに静止状態では誰も見分けられなかったらしいな。だがその組織は壊滅したはずだ。 その技術は現在出回っていないはずでは?」
風音「一般にはね。だからゼロアに頼んだんだよ。 ゼロアの知り合いの子に、その技術を持ってる子が居てね。その子にレイさんそっくりなアンドロイドを作ってもらえないか頼もうと思ったんだけど、僕その子の事あんまり知らなくてね。ゼロアが友達みたいだからゼロアに仲介してもらおうかなって・・・思って頼んでたんだけど、必要無くなったからキャンセルの電話かけようとしてた」
ランザ「ふぅ・・・。その技術自体は違法ではないが・・・。なぜ名無しの知り合いが、犯罪組織が開発した技術を個人的に持っている? 場合によっては逮捕して事情を・・・」
ゼロアに電話をかけながら、ランザに忠告してあげる。
風音「あ・・・それはゼロアを敵に回すからやめた方が良いかも。 治安組織全体でゼロアと戦う覚悟ができたら、勝手にやってみればいいけど」
言っている最中にゼロアと電話がつながった。
風音「あ、ゼロア? 今忙しい? あ、僕から頼まれた仕事? ―――そっか。じゃあそれはキャンセルして五分ほど時間を作れ。 ・・・。 ・・・あ、ごめんなさい冗談です。 ちょっと時間作って貰えたら嬉しいなって、はい・・・」
めっちゃ怒られた。こんな事なら、さっきのランザさんの真似なんてするんじゃなかった。
ゼロア『で?』
凄い短い単語で聞いてくる。怒られた後だから威圧感半端ない。
風音「さっき頼んだレイさんの偽物を作る件ね、キャンセルできる?」
ゼロア『あ? もう完成してるぞ?』
風音「仕事早すぎない?」
そんな事あるか? 頼んでから数時間も経ってないけど。
ゼロア『今エリスが来て説明してる最中だったが・・・。素体は既にできてたから、どうのこうの。 あとはデータだけでどうのこうのと。 ちょっと俺にはよく分からんな。仕事上の説明は録音してあるから、詳しくはあとでお前が聞くといい。 とにかくすぐに出来ると言って、本当にすぐに持って来た。俺から千六百万クイン払っておいたが、不要になったのか?』
風音「そうなんだけど・・・。 千六百万クインか・・・。やっぱそれなりの値段するぅ・・・」
予定通りレイの命を助ける為に使っていれば、レイが支払ってくれたのだろうが。
風音「とにかくあとでお金は返すよ。どうしよっかなそれ・・・。取り敢えず僕の部屋に運んでおいてもらえる? まだAIは搭載してないよね?」
ゼロア『ああ』
風音「じゃあそのままの状態で。 動かない人形のまま、僕の部屋に運んでおいてくれたら助かる。あと僕の仕事部屋の冷蔵庫にお取り寄せのチーズケーキがあるから、運んでくれたお礼にあげる」
ゼロア『これを部屋に運ぶだけで礼なんかいらん。お前がわざわざ取り寄せた物だろ。それはお前が食え』
風音「今サイカさんが説明してるって言ってたでしょ? じゃあ今そこに居るんじゃないの? 女子はケーキとか好きなんだから、紅茶かコーヒーのどっちが好きか聞いて一緒に振る舞ってあげたらいいでしょ。 僕の仕事部屋にコーヒーメーカーも紅茶淹れもあるから、たまにはゼロアも客人を迎える練習をしたら?」
ゼロアには普段訪ねてくる人も少ないし、エリス・サイカさんは数少ない知り合いなのだろうから、この機会に練習しておけばいいだろう。
ゼロア『そういうのはお前がやってくれると助かるんだがな・・・。コーヒーも紅茶も何が良いものなのかさっぱりだ』
風音「コーヒーは他人に振る舞うなら、結局ブルーマウンテンってのがお勧め」
ゼロア『結局と言われてもな。何か特徴でもあるのか?』
風音「美味しいけど何の特徴も無いね。 どの方向にも尖ってない面白みの無い味なんだけど、若い子は苦すぎるとか酸っぱすぎるとか嫌いそうだし丁度いいかなって」
ゼロア『褒めているように聞こえんな・・・。もっとこう、バランスがとれているとか表現できないのか』
風音「紅茶はダージリンって書いてある葉の所に、フラワリーオレンジペコって書いてるのがあるから、なんも考えずにそれを淹れとけばいいと思う。淹れ方はその辺の箱の裏に書いてあるから」
ゼロア『あぁ・・・前にお前が俺に出してた、あのオレンジの味がするやつか』
風音「いやあれはオレンジを混ぜたアールグレイだよ。 ダージリンって言ったらあれだよ、お湯に香水の匂い付けたみたいな」
ゼロア『そう説明されて飲みたい奴がいるのか?』
風音「まぁとにかく言われたやつ出しとけば間違いないから。 あとはケーキの時は飲み物には砂糖を入れない事が多いんだけども。 サイカさんが好みで飲み物にも砂糖を入れるかもしれないし、砂糖壺は一応用意しておいてあげて」
ゼロア『よく分からんな・・・』
そう言って電話を切った。
電話を終えた風音を見て。
ランザ「仕事の話の最中によそに電話をして、なにを急におもてなし講座を始めているんだ」
目の前で人を待たせておいてするような会話か、というニュアンスで非難する。
風音「いやごめんごめん。客人のおもてなしも仕事の一つだから。 ゼロアもそういうの覚えないとね。あの子が来た時くらいしか、ゼロアに教える機会も無いし」
言いながら携帯をしまう。
ランザ「ところで今言っていたレイ長官のアンドロイドだが。 使い道が無いのか?」
風音「そうだね。今のところ思い浮かんでる有効な使い道は、レイさんの超必殺技「賃金出し渋り」が繰り出されて腹が立ったら、家に帰ってそいつにビンタするとか・・・ぐらいか」
トラス「有効・・・?」
トラスが苦笑いする。
ランザ「私が買い取ろうか? 販売元から受け取った領収書さえ渡してくれれば、千六百万クインなら即金で出せる」
風音「え? なんでランザさんが? 既婚のおっさんが趣味なの?」
ランザ「ふぅ・・・」
一息ついてから、ランザが剣の鞘を風音に向かってぶん投げる。
それをキャッチして、投げて返す風音。
風音「いや冗談だよ。 だって唐突過ぎたからさ」
投げ返された鞘をキャッチして。
ランザ「ふぅ・・・。 個人用に買い取る訳が無いだろう。我々の今後の為だ。その技術で作られたアンドロイドの、どこをどう調べれば人間と判別できるのか。 そのサンプルが必要だ。 そのサイカとかいう人物以外に、その技術を持つ者が居ないとも限らないだろう? だったら我々は備えなければならない」
風音としては一度そういう事(精巧なアンドロイドを使って入れ替わる)が出来ると暴露してしまった以上、もう治安組織相手には二度と使えない手だろう。
そしてランザの言うように治安組織視点では、その技術が完全に失われたなんて言い切れなくなった。実際に例外が居たからだ。
サイカさんの様に組織と繋がりがあったが、組織の一員ではなかった者なんて他に居てもおかしくない。
それを使った犯罪なんてものが、生まれてしまう前に対策を講じる。
まぁもっともな意見だ。
犯罪を未然に封じるという意味でも、風音としては売ってしまってもいいが。
風音「でも組織壊滅作戦の時に、シエロがいくつか回収してんじゃないの? 今更もう一体必要ある?」
ランザ「回収していたら頼まないよ。 その組織壊滅作戦に、名無しが居たせいだ。 あいつが依頼人から受けていた仕事内容に、アンドロイド全ての破壊があったらしい。 同行したシエロ職員がやめろと言っても、命令を聞く必要が無いと言って全部破壊した。おかげで設計図もサンプルも一切無い。と聞いている」
風音(・・・ゼロアの言ってた通りか)
実はゼロアからもそう聞いていた。エリス・サイカさんからの依頼で、犯罪組織の息の根を止めたければアンドロイドも全部破壊しないといけないと聞いたとか。
とはいえ全部破壊してきたというゼロアの証言だけでは、信じていいものか分からなかった。
それはゼロアが信用できないという意味ではなく、巨大犯罪組織を相手取り複数人数で壊滅作戦を立てていたからだ。
ならゼロアの目が届いていない場所で、シエロがこっそりアンドロイドを回収した可能性があると思っていた。
しかしランザがお金を払ってまで買いたいって言うという事は、当時ゼロアは本当に全部破壊して帰って来たのか。
おそらくその作戦に参加した全てのシエロ職員が、アンドロイドを回収する機会を窺っていただろうに。そんな中で依頼を達成したという事は、犯罪組織と戦いながら同行する治安組織職員からも一切目を離さなかったのか。とんでもないな、あいつは。
じゃあ売っていいのかの最終確認だけ済ませて、大丈夫なら売っちゃってもいいか。
ゼロアにメールをして、しばらく待つ。
そして返信メールで最終確認が取れたところで。
風音「開発者のエリスさんが治安組織に売ってもいいって言ってくれたし、僕は売ってもいいけど。 千六百万プラス、失われたチーズケーキ二台分の七千円を足して合計千六百万クイン七千円で売りましょう」
ランザ「なんで私が貴様のチーズケーキ代を払わないといけないんだ。 元値で譲れ」
風音「商売ってのはね? 仲介業者が入ると、その分値段が上がるのが当たり前なんだけど」
ランザ「ふぅ・・・。 治安組織との取引には、仲介業者にも資格がいる。 貴様が私に物を売る際に値段を吊り上げるというならば、無資格販売で逮捕してやってもいいが?」
風音「じゃあ売らないだけの話です~~~。それに値段をそのままで横流しするのも、立派に仲介業に入ります~~。 僕の行為を犯罪だって言うなら、元値での売買も犯罪ですよ。聖蝶軍は犯罪の片棒を担ぐんですかぁ?」
馬鹿にするように言う風音に、やれやれと首を振るランザ。
ランザ「治安組織として購入したという書類さえ出さなければ、組織が仲介業者から買った事にならない。 私と相手とで個人的に互いに損得無しのやり取りをするなら、個人で処理するから犯罪ではない。なぜなら私が欲しい物を一旦誰かに買いに行ってもらって、そのあと立て替えてもらった分を渡して受け取った。が成立するからな。 ただし個人の場合でも、値段が変動するなら仲介と見なされ犯罪になる。どちらかに損得が発生してしまうからだ。 貴様が値段を吊り上げるというなら、書類を提出して逮捕できると言っている」
風音「じゃあ売らないだけですーー」
バチバチと火花を散らす二人の間に、トラスが入る。
トラス「はいはい。しょうもない喧嘩はそこまで。 私が個人的に音羽さんにチーズケーキ代を倍にして奢ってあげます。個人的に奢るのは犯罪じゃないでしょランザ? 音羽さんもその代わり元値で販売してあげてください」
風音「ありがとうトラスさん」
ランザ「すまんな、トラス」
一瞬で機嫌が良くなる二人。
財布を取り出しながら、その二人を見て。
トラス「あなた達実は私にお金を出させるように、口裏合わせてました?」
そう言われて、鼻で笑う二人。
ランザ「馬鹿な。一万四千円、頼んだぞ」
風音「邪推が過ぎるよ。一万四千円、まいどあり」
トラス「・・・・・・。犯罪者より質悪いよこの二人」
財布から二万クイン(大体一万六千円くらい)出して、お釣りはいらないとジェスチャーして風音に渡す。ちょっと風音が遠慮したものの、少ないが今までの警護のお礼も含んでいると言われ結局受け取る形になる。
ランザ「では次はトラスの件に移ろうか。 ・・・と思っていたんだが」
携帯端末を見ながら、訝しげな顔をするランザ。
トラス「どうかした?」
ランザ「今から行こうとしていたフォトマットを調べていたらな、不穏な最新情報が入って来た。 誰も居ない森の奥で、核爆発があったそうだ。 現在詳細不明の爆発中心部を除くと人的被害は無かったそうだが、現場はその原因不明の核爆発にパニック状態らしいな」
なんだその原因不明の事件という名の、ここに居る者たちだけが原因丸分かりのニュースは。




