聖蝶 42
トラスがランザに向かって、自分が出した結論を喋る。
トラス「解析があの星の子対策が理由なのであれば、今までの事は水に流すよ。 でも水に流す代わりに、地球での解析はもう協力しない。 音羽さんに迷惑をかける行為を続けろと言うなら、私はシエロを辞めるまでだよ。 ・・・まぁどうせ掃除屋の連中が私の影武者に対して核まで仕掛けたって事は、すでに私は裏切り者としてシエロに切り捨てられてるだろうけどね」
ランザ「それはまだ分からんな。 トラスに調べられては困る事実があったのは、シエロ全体ではなく一部の人間だけだったかもしれない。 その核使用がニュクスたちやミスル、そして一部シエロ関係者が独断専行で行ったとするなら、むしろ切り捨てられるのはそいつらの方だ。そういった事をハッキリさせるために、一緒にフォトマットで真実を調べに行こうと言っている」
風音「もし調べた結果トラスさんを始末しようとしたのが、シエロ全体の判断だったとしたら?」
ランザ「まだ私に報告が無いという事は、その可能性は低いが・・・。仮にそうだとすれば我々が核使用については抗議するが、それとは別でトラスが切り捨てられるだけだろうな。 始末完了の報告があるまで、永久にトラスに掃除屋が送り込まれる。 掃除屋の仕事は本部からの正規の依頼だから、我々聖蝶軍は加担こそしないが止める事はしないし、トラスに協力も出来ない」
極端な話ランザの目の前でトラスが掃除屋に殺されそうになっていても、ただ見ているだけという事になる。
トラス「その発言を聞いて、ますます辞める決意を固めたよランザ。 って事はさっさと中央に行く手続きを取った方が良いな。 ・・・ん? そうなるとシエロを辞める訳だから、ランザが言ってた女遊び禁止ももう関係無くなるのか」
風音「仕事辞めて最初に思いつく利点がそれなの?」
こんな時に真面目な顔して言うような事か。
ランザも呆れている様子で、風音の方を見る。
ランザ「ふぅ・・・。なんにせよ辞めると今決めるのは早計だと思うがな。 ともあれ一旦女狂いは放っておいて・・・音羽風音に一つ疑問がある。 貴様がレイに教えたと言ったが、そもそもなぜ貴様がそれを知っていた? 解析研究の件は機密事項のはずだが?」
一般人が・・・どころか治安組織のブラックリストに載っている風音が、治安組織の機密事項を知っていていいはずがない。
風音「解析した星に派遣されて、襲われた事があるからだよ。シエロが造り上げた偽の神様にね」
ランザ「初耳だな。どの星での話だ? その星に行った経緯は?」
嘘を言っていないかの確認を入れて来る。
風音「惑星ニーギ。 行った経緯は当然シエロから依頼を受けたからだよ。 依頼内容は確か、何故か自然災害が多発する星がある。そこには異形の生物や意味不明な生態の生物が多く、人間や動物は自然災害で死ぬと生き返る。 これはあまりにも不自然で、人為的な介入が見られるから調べて来てくれないかっていう。 でもその人為的な介入をしていたのが、依頼してきたシエロだったってオチ。 早い話が、罠に嵌められた形だね」
ランザ「偽の神と言っても、人類では抗えないほどの存在だったはずだ。 なぜそれに襲われて生き延びる事が出来た? 貴様の中の星の子の力か?」
風音「違うよ。 そこだけは企業秘密って事で」
実際風音は何も出来ずに殺されまくった。
それをユニルの知り合いのラクネ君という、時間を巻き戻す妖精に力を借りて無かった事にしただけだ。
ランザ「ふぅ・・・」
ランザ(ニーギが解析実験をした星である事を知っている。何よりあそこは人造神を造り上げた唯一の星である事も考えると、嘘を言っているとは思えない。 だとするならこの男は聞いていたよりも遥かに厄介だな。 星の子の力を使わずして、あの神の理不尽な力場から逃れるのか。 仮にそれが音羽風音本人の力でなかろうが、それができてしまう人脈があるという事・・・)
片手で頭を抱えて、悩ましい顔をするランザ。
風音「だから僕が責任をもって、レイさんが安全を得られるまでサポートしようかなってね。例えばさっきトラスさんも言ってたけど中央が管理する星には、シエロも手は出せないんでしょ?」
ランザ「・・・レイが無事でも、手を貸した貴様がシエロを敵に回す事になるが? 我々聖蝶軍も含めてな」
風音「人民を助ける為に働いてると信じてる自分の部下の心を裏切っておいてね、都合の悪い事を知られたからって殺そうとする組織なんて敵でいいよ。 シエロの上層部とランザさんのとこのリドル隊長とやらに、文句あるなら直接言いに来なさいって伝えておいて」
それを聞いて、低血圧の症状が出ている様に細く息を吐いて。
ランザ「ふぅ・・・。それならまぁいいか。 その覚悟を聞いておきたかっただけだから。 私は覚悟も無いのに大きな事を言う奴が大嫌いだからね。 その心構えとレイ長官の自分の命より地球を護る事を優先したという志に免じ、その件はこれから私が二択にする。 レイ長官が始末されなくて済むか。 あるいは私がレイ長官を始末する事になるのか」
風音「・・・どういう事?」
尋ねる風音を無視し、どこかに携帯端末で連絡を取り。
しばらくしてから電話をかけるランザ。
ランザ「・・・あぁ、ディオスクライ。 今時間はあるか? ───そうか、じゃあそれはキャンセルして五分ほど時間を作れ」
トラス「ディオスクライって・・・」
慄いているトラス。
風音「誰?」
トラス「シエロで一番偉い人」
風音が目を見開いてランザを見る。
何の目的でそんな人に・・・。
ランザ「まずは聖蝶軍の名において誓う。 これから言う事は、必ず実行に移すと。 今私がトラスの警護で地球に居る事は知っているな? そこのシャロン支部の長官レイ・ウィワイトに、シエロから殺害命令が出ていると聞いている。相違無いか?」
『ああ』
ランザ「そうか。ではその仕事は私が請け負う。 ただし進言がある。 今回殺害命令が出た経緯は知っているな?」
『地球の解析研究の実体を、機密事項だと知りながら調べたからだ』
ランザ「そうだ。 重要なのはレイ長官が、なぜそれを調べたかだ。 音羽風音から地球解析の本当の目的を聞いたかららしい。シエロが星を奴隷にするような実験を繰り返していると。 それを信じたくなくて、そして任務である地球の保護を優先する為に調べたそうだ。 ここに私は思うところがあってな。 今回の処分を取り消すという選択肢もあると進言したく声をかけた次第だ」
『私に思うところは何も無い。 我々の目的は全宇宙の平和のためだ。失望? 勝手にすればいい。 レイ・ウィワイトにどう思われようが我々には関係ない。 機密事項に許可無く触れる者は、規則に則って始末するという話だ。 取り消す気など無い』
ランザ「本当にその選択でいいのだな? 何か勘違いしているようだが、私が注目するのはレイ長官の感情などという曖昧なものの方ではない。 その内容をレイ長官が音羽風音から聞いた。という事実の方だ。なぜブラックリストの音羽風音が関係者外秘の機密情報を知っている? それを音羽風音本人に問い質した。 惑星ニーギでシエロの罠に嵌まり、シエロが造り出した神に襲われた過去があるからだそうだ」
『・・・・・・。 そんな嘘を真に受けたのか? そんなものは―――』
ランザ「黙れ。 その話を私が信じるかどうかは、お前が判断する事ではない。 私がこの仕事を請け負うと言ったのだ、厳正な処分を執行する。 機密情報に勝手に触れた者を処分する事に異論は無いが、なぜそのような事が起こったのか、その原因を調べ上げ再発を防止するのも私の仕事だ。 その際ブラックリストである音羽風音に情報を漏らした者がいると発覚したのであれば、当然そちらも処分対象だ。 音羽風音に機密事項を漏らした当時の関係者全員を、レイ長官と共に始末する」
そして一度、ふぅ・・・と息をついて。
ランザ「時の本部総帥、ディオスクライ。貴様もだ」
『冗談にしても笑えん。意味が分からんな。情報を漏らしたなど、音羽風音が勝手に言っているだけ。我々は漏らしてなどいない』
ディオスクライの言い分も実は一理ある。
風音はニーギで知った情報をシエロに伝えていないし、事実として当時は仕事を途中でやめて地球に帰って来ている。
加えてシエロはその事実関係を調べる事が出来る。風音が神と出会ったのかどうかは、のちにちゃんと確認した。そしてそんな事実はなかった。
だからディオスクライ含め、シエロは風音が何も知らないものだと思っていた。
・・・が、実際は風音は何度か神と出会っている。
風音がシエロが造り出した人造神に出会ったという事実が、時間を巻き戻す妖精の力によって無かった事にされただけだ。
その無かった事にされた歴史の中で、風音は何度か神に挑み殺された。それを後になって思い出したから、風音だけはその失われた歴史を知っている。
だからディオスクライの言い分は、彼ら視点で言うなら何も間違っていない。
だがそんな事はランザにとっては関係無い。
ランザ「冗談にしても笑えんし、意味が分からんのはこちらの方だ。 たとえ貴様たちが今この瞬間まで情報を漏らした事に気付いていなかったとして・・・だから何だ? 音羽風音の口からシエロの機密情報が語られたなら、情報を漏らした事実が存在するという事だ。 ニーギの件そのものを否定しないという事は、音羽風音をニーギに派遣したという事は事実なのだろう? まさかとは思うが・・・自分で原因を作っておいて、情報が漏れているとは知らなかった。などという言い訳が通ると思っているのか?」
『いやしかし――』
ランザ「黙れ。 ブラックリスト対象者に機密情報を漏らすなど、即刻極刑に処するに値する重い処罰対象だ。 事実そのニーギの件自体を我々聖蝶軍にも隠していたじゃあないか。自分でも分かっていたからだろう? 仮に音羽風音に何かを知られ、それが我々に伝わると処分される事が。 確か・・・ついさっき組織の掟は絶対だと言ったのはお前自身だったな? では黙ってそれに従え。なぜ機密情報を音羽風音に漏らし、誰も処罰を受けずに済むと思っている。 なぜこの期に及んで、自分だけは助かると思っている」
『おいランザ、自分が何を言っているのか・・・。 ・・・な? 誰だ? リ、リドル? いつの間に背後に・・・』
ランザ「この話は聖蝶全員が聞いている。 隊長。この度は急に繋いで申し訳ございません」
電話の前に携帯をいじっていたのは、他の聖蝶たちにこの件を伝えていたのだろう。
『構わないよランザ。俺も本部待機で退屈してたんだよね。 んーー・・・、宣誓って必要?』
ランザ「必要です。当たり前でしょう。 隊長が範を示さないでどうします。 そもそも隊長は下を育てる気が無さすぎ――」
『はいはい、分かったから。 聖蝶軍の名に誓い。 ランザ副長の発言を支持しシャロン所属レイ長官及び、レイ長官に情報を漏らした原因である、当時の関係者全員を相応しき場へ送らせて頂く』
『なんだと・・・』
『総帥、何か遺言ある?』
『・・・殺害命令を・・・取り消せばいいのか?』
『ん~~? 取り消しちゃうの? なんでよ? ここで格好付けようぜ? 俺はこの件の現場担当のランザの意見を支持はするが、総帥の意見もな~~んにも間違っちゃいないと思ってるんだぜ? おっしゃる通り掟は掟だ。自分の意見に自信を持とうぜ。 組織の長が自分の命と引き換えに掟を破った者を制裁なんて、最強に格好良い幕引きじゃない。今が漢を魅せるとこだと思うなぁ総帥』
『・・・リドル・・・私に銃を向けるな』
『今の話を聞いて、本音言うと俺ねぇ。 今回の処分を取り消すの全っ然納得いかないんだわ。 要は過去に掟を破った奴らの処分を見逃す代わりに、最近掟を破った奴にも情状酌量を与えるって話だろ? 意味が分かんねぇわ、甘すぎんだろうよ。 俺は問答無用で全員処分が妥当だと思うね。 ・・・どいつもこいつも組織ってものを舐めすぎだ。地球に出向いたのがランザでなく俺なら、交渉の余地なんて初めから無い。レイもお前らも、ついでに出所不明の機密情報を知っていた音羽風音もすでに死んでるよ』
途中まで飄々とした口調で喋っていたが、最後の方は吐き捨てるように言う。
ランザ「隊長、私が請け負うと言った仕事ですよ。お静かに。 ディオスクライ、取り消すなら何も無かったとしてこの通話を終えるだけだ。 私は隊長とは少し考え方が異なる。今回情状酌量の余地を残したのは、ディオスクライもレイ長官も己が仕事を全うした事は事実だからだ。 ディオスクライ達は宇宙の脅威討伐の為に、力を尽くそうとした。 レイ長官は音羽風音からの進言により、自分が任命された地球の保護を最優先に考えて行動した。 私は共に治安組織の掲げる「正義」を貫いた行動だと考える。結果的にそれらの行動が我々の規則から外れてしまった事を、思慮の余地なく誤りであったと断じてよいものか・・・それを熟慮すべきかと思った次第だ」
『・・・甘ちゃんだねぇ本当に。深刻な規則違反の前に、行動の正否は関係無いね。 こいつら大人だぜ? 自分で選択したその道が規則から外れる可能性があるなら、そこには責任と代償が発生する事くらい分かんだろうよ。 分かったうえで天秤にかけ、自分の正義を貫いた? あ~素晴らしいね、だったらそれに殉じるまでが正義だろうよ』
ランザ「隊長、少し黙りましょうか。 今回の処分はレイとディオスクライ含め、組織上層部の職員数十名に及ぶ可能性が高い。 本心を言えば私としては、身内を狩りたくない。その為の進言だ」
『なら・・・命令解除を掃除屋に伝えておく』
『う~~わ、つまんね~~。その選択は漢としての価値下げるぜ~?』
ぼやく隊長は放置して。
ランザ「・・・そうか」
ランザが電話を切る。
ランザ「ふぅ・・・。これだから覚悟も無いのに大きな口を叩く奴は嫌いなんだ。 安全な位置に居る時だけ偉そうな口を叩き、自分が危うくなるとこれだ」
頭を抱えて息を漏らしながら、ウンザリした様子で言う。
風音「え・・・? レイさんの件って、もう終わり?」
呆気なさ過ぎて、少し信じられない様子の風音。
ランザ「聞いた通りだ」
風音「どうも・・・ありがとうございます」
頭を下げる風音に。
ランザ「礼を言われるような事じゃない。ディオスクライの返答次第では、敵になっていたわけだからな。 電話ではああ言っていたが、我々はディオスクライを始末する気など無かった。 わざと隊長が脅しをかけたあの状況で、ディオスクライが「それでも組織の掟を優先する」と組織に殉じる発言さえすれば、その意気に免じレイ長官を始末する仕事だけを請け負うつもりだった。だから最初に言っただろう? レイ長官が始末されずに済むか、私がレイ長官を始末するかの二択だと。 そこに他の誰かを巻き込むつもりなど、毛頭無かったよ」
とはいえ途中でリドルが言った、全員処分した方が良いってのは彼の本音のようだったが。
風音「だとしても」
風音が再び頭を下げる。
風音「ありがとうございました」
ランザ「・・・ふぅ。 どういたしまして」
礼は要らんと言ってるだろうに。こいつは人の話を聞いているのか・・・、と。
頭を下げる風音に、呆れたような表情で反応する。




