聖蝶 38
当然小型核を仕掛けたというのであれば、鞍馬や千丸の命も狙っていたという事になる。
これが問題だ。トラスの方はまだいい。風音が近くに居るし、本人も覚悟ができている。
しかし千丸達が襲われると面倒だ。
ランザが仮に犯人なら、わずか十秒で爆発する核兵器を未然に防げたなんて思わないだろう。
という事は彼女は口では鞍馬たちが帰ってくるから話を聞きに行けばいいとか言っておきながら、内心鞍馬たちは帰って来ないと思っているという事になるだろう。
ではそう思わせておいた方が良い?
帰還する船に爆弾を仕掛けた理由は、やはり鞍馬たちの存在が都合が悪いという事だろう。
治安組織の連中は千丸の能力を詳しく知らないが、それでもフォトマットに行った事で何かを知ったかもしれない。だから念のために全てを抹消しようとした。と考えられる。
なのに千丸達が(鞍馬たちはデータだけだが)生きて帰って来たとなると、強硬手段に出る可能性もある?
ランザにどれだけ仲間がいるのかは知らないが、風音達が宇宙港に行く事で生きている事がバレると宇宙港が戦場になりかねない?
トラスと風音と千丸だけなら戦闘になってもいい。
ただ千丸の変身は自分を護る事しかできない可能性が高い。風音達が到着する前に戦闘になると、鞍馬たちの人格データは簡単に破壊される。出来ればそれは避けたい。アンドロイドにとって人格データの破壊は死と同義だからだ。
人格データはコピー(同じ人格を同時に二つ以上存在させる)不可ではあるが、バックアップを取っておいて消失した時に復元する事は認められている。なので破壊されても、フォトマットに行く前の鞍馬たちの状態での復活は可能ではある。しかしそれまでの鞍馬たちがそこで「死んだ」という事に変わりはない。本人達は大きなリスクだと考えていないかもしれないが、風音としてはそれは避けたい。
ただでさえスペアの体を護れなかったのだ。クルーの命くらい護れなくてどうする。
今から風音達が宇宙港に行くとなると、必ずその情報はランザに伝わる。この治安組織内で、警戒されている状態で動きを悟られないようにするなど不可能だ。
通話だけで終わらせると言っていた風音達が、急に宇宙港に向かうとなるとランザはどう思うだろうか?
核からの生存者が居たから会いに行ったと解釈するかもしれない?
そして仮に千丸の生存がバレて、現在宇宙港にランザの仲間が居たら終わりだ。絶対に先回りされる。
駄目だ。
やはり話を聞くにしても、まずは鞍馬と零武のデータをカノンに安全に持ち帰ってからだ。
今ならまだ千丸が生存している事はおろか、船の識別番号も知られていない。そのうえ千丸は睡眠状態らしいのでノコノコ外に出てくることも無いだろう。
宇宙港にはメールで識別番号当てに迎えが来る事を伝えてあるから、職員が千丸を起こしには行かないだろうし。
なら迎えに行ったカノンの面子の方が絶対に先に回収できる。
迎えには念のためゼロアと煉也に頼んでおいたから、カノンに帰るまでに千丸達の生存がバレて襲われたとしても返り討ちにできるだろうし。
・・・レイさんの件と鞍馬たちの安全を考えると、今は行かない方が良いな。
風音「まず今話に出てきたミスルさんって誰?」
トラス「メジーノには我々近衛兵が付いていますが、シャロンからも護衛が派遣されてましたよね。 そのシャロン側の護衛隊長がミスル氏ですね」
風音「なんでその人までフォトマットに・・・」
トラス「同じ治安組織仲間ですからね。ニュクスたちの仲間だったか・・・。 あるいはミスル氏は近衛兵によく苦言を呈していました。どうもロロンの素行の悪さなどを懸念したレイ長官から、しっかりと監視して近衛兵を評価するようにと言われていたようです。 そんな中で不審な動きをしはじめたニュクスたちを、追いかけた結果・・・かもしれませんし」
風音「ニュクスさんたちの仲間としてなのか、トラスさんの仲間としてなのかは分からないけど、どちらにせよフォトマットに向かったと。 そしてランザさんが全滅って言ってたから、そのミスルさんも負傷中って事かな? ランザさんはミスルさんが負傷とは言ってなかったけど・・・」
トラス「おそらく、全滅という言葉通りでしょう。 確かにさっきランザは二人の負傷しか言ってませんでしたけど、それは私がニュクスとハセイの事を聞いたからであって。 聞かれなかったから言わなかっただけだと思います。 鞍馬さんの連れであるレインさん?の負傷の事も詳しくは言ってませんでしたしね」
風音「うん・・・。 その人が犯人なら楽だけどね。 もうすでに負傷中で動けないんならさ」
トラスが事情を察して提案する。
トラス「では鞍馬さんたちのデータを安全に確保する時間稼ぎも兼ねて、今すぐランザと話しに行きます? 場合によってはあちらの提案に乗って、音羽さんと私とランザでフォトマットに行くってのは? まずは爆弾を仕掛けた犯人を、私の能力で暴くのはどうでしょう?」
疑っているのにあえてランザを連れて行くのは、そうする事でフォトマットに向かう宇宙船を爆破したりなどが出来なくなるだろうから。
もう一人の容疑者のミスルが負傷中なら、ランザを一緒に連れて行けば誰も妙な真似は出来ないだろう。と考えたようだが。
風音がしばらく悩んで。
風音「一応・・・確認なんだけど。 小型とはいえ核を使った理由って分かる? 僕はなんとなくこれじゃないかって理由があって」
目まぐるしい展開の中で、トラスはまだそこまで考慮していなかったらしい。
一分ほど時間を・・・。と言って考え始めて、三十秒ほどしてから。
トラス「トラスを始末する事を失敗した際の保険。・・・だけならそんなに威力の高い爆弾でなくてもいい。 だからそれは目的の一つに過ぎなくて、一番の目的は現場の核汚染でしょうね。 つまり・・・念のためトラスが偽物である事も考慮していたって事かな」
風音「そう。僕もそう思う」
核を使うとその地域が汚染される。
そうなると数か月から数年はその土地には、その星の専門家以外は誰も近付けなくなる。防護服などを着て大丈夫だからと主張しても、フォトマット人以外は法的に近付けさせてもらえない可能性が高い。
ではなぜそんな事をしたのかに着眼するなら、こう考えられる。
もしかすると爆弾を仕掛けた奴は、フォトマットのトラスが影武者の可能性も考慮していたのかもしれないという事だ。
爆弾の目的は鞍馬たちを破壊するだけでなく、仮にトラスが偽物だった場合この後本物が来る事を予想し、最低でも数か月は近付けさせない様にした。
そしてその懸念が的中し本物がまだどこかに生きていた場合、その稼いだ時間で本物を仕留めればいい。・・・と考えての小型核兵器使用ではないか。
風音「もちろん影武者を疑ってた説以外にも、核を持って行った理由は説明つくけどさ。 近衛兵達側からするとフォトマットに実際に行ってみるまでは、本当にトラスさんが来てるかどうか分からない。もし来ていなかった時の為に核兵器を準備しておいて、この後本物が来れない様に地域を汚染しておくか。って感じだった可能性もあるし」
トラス「シエロや近衛兵たちはこちらの動きを詳細に分かっている訳ではないですもんね。 あくまで私がおそらくフォトマットに向かっただろうっていう、予測で動いていた。 じゃあもし私が居なかったら、近々トラスが裏切りそうだし行ったついでに汚染しておくか。って感じで核兵器を事前に準備しておいた、と。あり得そうですね。その可能性の方が高いかも」
風音「そう。そう考えるとさ、そのミスルさん? って人は多分、千丸の事をトラスさんだと思い込んでたんだよね? だって千丸と戦闘してやられちゃってるんだから」
ランザの言葉を信じるなら、そのミスルさんも千丸にやられたはずだけど。
トラス「まぁ・・・それは憶測の域を出ませんが。 暴れ出した千丸さんと戦おうとして、負傷した可能性もありますし」
風音「そっか、そうかもね。じゃあこの考察は関係無いか・・・」
言いたかった事を引っ込めようとする風音に。
トラス「まぁせっかくなんで、言いたかった事を最後まで言ってもらえません? 気になりますし」
鋭い目で言うトラス。また仕事スイッチが入っている。
風音「うん・・・そのモードのトラスさんちょっと怖い・・・。 まぁつまり・・・もしミスルさんが千丸の事をトラスさんだと勘違いした状態のまま戦闘になって、偽物だと理解した頃には戦闘不能になってたとしたらさ。 核兵器なんて仕込むかな? だって本物がフォトマットに来てるって分かったのに、地域を汚染する必要無くない?」
トラス「あぁ・・・。 逆にさっきの鞍馬さんの情報では、ランザは出遅れたから千丸さんが暴れている段階でその件に介入したって感じでしたね。つまり・・・ランザだけって事ですね。 フォトマットに私が居なかったと理解している状態で、かつ鞍馬さん達の視界の範囲外に居たのは。 だから彼女だけが明確に、核を仕掛け核汚染をする理由があった」
風音「・・・と思ってたんだけど、その意見は引っ込めた方が良い気がした。 さっきトラスさんが言ったように、ミスルさんって人も千丸が暴走してから戦闘に参加したのかもしれない。 それにさっき言ってた影武者説も可能性の一つとして考えてたミスルさんが、「トラスの姿をした奴は居るけど、本物とは限らない」とか考えて事前に核兵器を仕込んでおいてから戦闘したとも考えられる。 その場合トラスさんを始末した後に、本物かどうか確認できれば仕掛けた核兵器を解除すればいいだけだし」
トラス「確かに。状況次第であとで解除回収ができる。一旦仕掛けておく事に損はない。 そう考えるといつ戦闘に介入したのか。を基準にミスル氏かランザのどちらが犯人かを絞るのは、ちょっと難しそうですね」
風音「だね。 何にせよ核汚染したいなんて理由で、よその星で平気で核兵器を使おうとする奴でしょ? 仮にそれがランザさんだったとしたらさ。 そんな奴と旅行に行きたい?」
トラス「まぁねぇ・・・。本音言うと行きたくないですよねぇ・・・。って言うか、ぜったい嫌ぁ・・・」
ブルブルと首を振るトラス。
フォトマットまでは離陸準備も含めるとおよそ三十分かかる。
宇宙船内という閉ざされた空間で、そんなサイコパスと一緒に三十分近く一緒に居るなんて。何をされるか分かったもんじゃない。
さっきは自爆なんてしないだろうとか思ってたけど、こんな奴玉砕覚悟で船に何か仕掛けてても何ら不思議じゃない。
風音「だからまずは犯人を特定してからの方が良さそうだね。 じゃあ僕が先にランザさんと会話して時間を稼いでくるってのは?」
トラス「その間に私が犯人を捜すって事ですか? どうやって?」
風音「小型核なんて、そう簡単に現地で手に入るもんじゃない。 じゃあそのランザさんかミスルさんが、地球から持って行ったって考えられる。 治安組織の汎用船は定期的にチェックが入ってるし、監視カメラもあるから意味も無く出入りすると怪しまれる。 だからまず予め核を積み込んでおく事はできない。大問題に発展するからね。 となると・・・」
トラス「出発時に積み込んだとしか考えられない訳ですか。それを見に行くと」
風音「そうだね。行けそう?」
トラスが頷く。しかし少し心配そうな表情を向ける。
トラス「私は問題無いですよ。私の能力で過去を見に行くのに、危険は無いですからね。 心配なのはむしろ音羽さんの方ですよ。 今この状況で、容疑者の一人であるランザと二人になるんですよ? 怖くないんですか?」
風音「怖さは無い・・・かな。 ちょっと話は飛ぶけどさ。 たまに思うんだけど、推理もので犯人が誰か分からない時ってあるでしょ? その時自分が主人公だったら、どう考えるんだろう・・・とかって自分を投影しながら見たりしない?」
急な話題転換に、笑顔で応じるトラス。
トラス「しますね。 なんなら私そういうのって録画しておいて、見る時に一時停止して見たりしますよ。 自分ならこのあとこういうセリフを言うだろうな、とか考えながら」
風音は推理小説のつもりで喋ってたんだけど、トラスは映像の推理ものの話をしているようだ。
まぁどちらでもいいんだけど。
風音「ははっ、僕よりマニアックな事してるね。主人公が喋る前に、自分ならその状況でどう言うかの方を先に考えたいんだ。 ・・・僕も主人公の立場で考える事があってね。推理ものの時によく思うんだ。 もう面倒だから全員に疑いをかけて犯人に警戒されてさ、わざと暗い道を一人で歩くから犯人が襲ってきてくれないかなって。 そうすれば一撃で解決なのにな、て」
トラス「推理向いてないですね。 最初っから頭脳じゃなくて、体一つで解決する気じゃないですか」
笑いながら言うトラス。
風音「いやでも、疑われたら襲ってくる犯人って多くない?」
トラス「多いですねぇ。 だって連続殺人の二人目三人目の被害者って、大体が真犯人の正体を知ってしまったり、わざわざ真犯人を呼び出して疑ってしまって殺されたとかばっかりですもんね」
なんで自分から死にに行くんだ? って突っ込みたくなる。
真犯人に気付いて接触するなら、せめて武装してから行けよ。って言うか、一人で行くなよ。もっと言うと、その気付いた事を全員に伝えろよ。
風音「でしょ? だからあの真犯人の習性を利用して襲わせて、襲ってきた所を返り討ちにする探偵って新しくない? ボコした犯人から、全く解けなかった犯行時のトリックを聞くっていう。 そこで緻密なトリックの内容を聞いて、犯人の頭の良さに驚く探偵とかさ。 毎回その手法で解決すんの。 推理ものの主人公ってよくキメ台詞があるでしょ? この主人公のキメ台詞は犯人の顔面を殴りながら『どうやったんだおいぃ!!』」
トラス「いやな探偵だな・・・」
そして風音が笑いながら。
風音「今もそんな心境。 核爆弾を仕掛けたのがランザさんかミスルさんか分からないけどさ。 ランザさんが襲ってきてくれたら、もう考えなくてよくなるから楽だなって」
そう言って、部屋を出ていく。
トラス「この状況でそんな事が言えますか・・・ランザもかなりの自信家ですけど、音羽さんも負けてないですね」
大丈夫かな・・・と心配になるトラス。




