聖蝶 36
一応信用したという、トラスの言葉を聞いて。
ランザ「では私は一旦帰還し負傷者を医務室に預けて来る。 トラスは宇宙港に来て鞍馬さんから話を聞くといい。民間船だったからおそらくあと十分くらいで着くだろう。 どうも腰のあくちゅえたが損傷していて下半身が動かないらしい。あちらからトラスの元に向かわせるより、トラスの方が足を運ぶ方が事がスムーズに進む」
風音(あくちゅえたって、アクチュエータの事か。 ・・・マジか。鞍馬が怪我してるのか。それは申し訳ないな。どこかで予想が外れたか・・・)
さっきランザが死者は居ないと言っていたので、もう安心して話を聞いていたけども。
こっちの人員も怪我をしているのか。
いったいどこで予想が外れたのか・・・。と思っているが、実際はいくつも予想が外れている。
まず事前の打ち合わせでは治安組織関係者が襲ってきた場合、千丸がすぐに変身して助けるという予定だった。そうすれば鞍馬と零武は戦闘せずに済むので無傷で済む。
それは千丸も分かっていたが、実際は殺されかけるまで変身しなかった。これは千丸自身が知らなかった千丸の変身の特性の為だ。
実はもっと早い段階で、千丸はゼロアに変身しようとしていた。だが変身後意識を失う事が確定している変身など、自分の命を危険にさらす可能性が非常に高いので無意識下で拒絶したようだ。
変身できない事に混乱して焦っていたところに(結果的には運良く、と言っていいかもしれないが)ミスルが現れ、鞍馬たちよりも先に千丸を殺そうとした。
いくら無意識下で拒絶していても、命の危機になれば変身するという特性は変わらなかったようで。その段階でようやく変身できた。
・・・この流れが完全に風音の予想外だった。千丸同様、普通にゼロアに変身できると思っていた。
ともすれば千丸の変身が遅れ、鞍馬と零武が先に敵の猛攻を喰らって跡形も無く破壊されてしまった。
・・・と、なっていても全然おかしくなかった。
結果的にはミスルの登場のおかげで、そうはならなかっただけだ。
これだけでも致命的な計算ミスだけれども。
その後暴れ出した千丸に、鞍馬と零武が応戦したのも予想外だった。
千丸は暴走してても味方なんだから、鞍馬たちの方から手を出す事はしないと思っていた。というか今現在も風音はそう思っている。
でも鞍馬たちはアンドロイドだからか、機械がそうであるように暴走状態の戦闘民族も無差別に周囲に害を為す状態だと思い込んでいた。だから一般人に被害が出ない様に、止めようとした。
そんな事をするなんて予想もしていない風音は、今こうやって鞍馬のアクチュエータの故障と聞いてもそれが千丸由来のものだなんて微塵も思っていない。
事程左様に事前に立てている予想など、大して当たらないし役に立たないという事だ。
トラス「どうしてその人の腰を回復してあげないの? やっぱりニュクスたちの時の理屈と一緒で、私が悪者だった場合それに協力してた人だから回復したくないって事?」
隣で聞いている風音が、首を傾ける。
風音(さっきから回復って言ってるけど、ランザさんは僕と同じような事が出来るのか。でもアクチュエータって回復できるのかな? 機械は修理じゃないと直らないんじゃ・・・)
そう思いながら会話を聞く。
ランザ「いや彼女はトラスの協力者ではあるものの部外者であるし、いろいろ教えてもらった恩もあるから回復しようとしたんだけどね、無理だったんだよ」
トラス「なんで? 回復が追い付かないくらいの酷い負傷なの?」
風音(回復が追いつかない・・・。過去にそういう経験があっての言葉だろうな、回復の性能はそれほどでもないのか)
そういう意味でも風音の回復と少し似ているか。
風音は自分の回復は完璧に出来るが、他人の回復はかなり精度が落ちる。
ランザ「ふぅ・・・トラスはあくちゅえたとは何か分かるか?」
トラス「腰にあるんでしょ? じゃあ腰骨の名前じゃないの?」
風音(えぇ・・・?)
ランザ「そう思うだろう? どうやら彼女はアンドロイドだったようで、腰に機械があるらしい。 あくちゅえたとはその機械の名称だったようだ。 何だったかな・・・動かすやつらしい」
風音(おぉ・・・)
トラス「酷いな・・・。無茶振りが過ぎるね・・・そんなの回復できるわけないじゃないか。 腰に機械があるなんて、そんな事は先に言っておいてもらわないとね。 異星に行った時に、初めて聞くルールで注意された時の怒りに似てるよね」
風音(やっば、こいつら)
自分たちの知識不足を、これでもかと相手のせいにしてくる。
ランザ「だろう? 昨日フェクトのレストランでカップに入った水を出されたから飲んだら、それは指を洗う水ですとか言われた時の怒りに近いな」
トラス「あ~あったあった。先に言ってよねアレ。 あとで聞いたんだけどさ、間違えて飲む人が昔っから多くて、地球にはそれに関する美談が世界中にあるらしいよ? ある時招待したお客さんが飲んじゃって。その人に恥をかかせない為に招待した側が、指を洗う水だって分かっててわざと同じように飲んだとかって」
ランザ「ふぅ・・・。その機転は大したものだが・・・。 世界中で同じミスが起きているなら美談にする前に、二度とそういう事が起きない様に対策を講じるべきだよ。 美談にするのはその間違いが世界中から消えた後だ。順序が違う」
トラス「おそらくその程度の基礎に理解が及ばないくらい、地球の文化レベルが平均的な基準にすら達していないんだと思うよ」
ランザ「ふぅ・・・気が滅入る・・・。 辺境の星はこれだから・・・」
風音(なんだこの会話・・・)
仕事の会話だったのに、いつの間にかすっごい地球批判されている。
ランザ「鞍馬さんもあくちゅえたとかって名称しか言わないから、私も腰の骨の事だと思って無駄に回復をしてしまってね。 聖なる神の光を無駄に使わせるなど・・・。 彼女が私の事を脳筋だと褒めてくれたから許してあげたが、そうでなければビンタの一発くらいは喰らわせていた」
風音(脳筋を誉め言葉と受け取っている・・・。 あと鞍馬も初対面の人になんて失礼な事を言うんだ・・・)
言いたい気持ちも分かるけど。
勝手に勘違いして治療しようとして、恥かいたからってビンタを喰らわそうとする奴なんて、脳筋と呼ばれても反論できんだろう。
トラス「じゃあまずは宇宙港で僕が話を聞いてから、ここに戻って来て相談って形で・・・」
風音「あの、ちょっといいですか?」
割って入る風音。
ランザ「誰だ?」
風音「音羽風音です。 トラスさんに携帯を周囲にも聞こえるようにしてもらってたので、今の会話は全部聞いてまして。部外者である僕が通話を聞いていた理由は分かっていると思いますが一応言っておくと、近衛兵を警戒しているトラスさんの警護の為です。 今の会話を聞いて負傷したこちらの人員には、カノンから迎えを寄越しました。 鞍馬たちとはここからビデオ通話で会話する事にします。 トラスさんとの相談に関してはすぐに出来ると思いますので、適当に空いてる会議室に待機しておいてもらっていいですか?」
ランザ「会話を聞いていた理由は分かった。 だが私たちの会話に勝手に割り込んで、提案をする権利が君のどこにある? 私が部外者からの意見を聞く理由も無い」
トラス「警護の観点から良い案があればいつでも進言するようにと、事前に私から言ってあるから問題無いよ。移動が多いと警護が難しくなるからだとか、ここと宇宙港を行ったり来たりする時間が惜しいから提案してくれたんだと思う。 今のは私の意見だと思って、どうするのか判断してくれていいから」
いつでも進言してくれとかそんな事は言われていないが、トラスが空気を読んで場を収めようとしてくれた。
ランザ「・・・・・・。 ・・・ふぅ。ならそれで構わない。会議室で待っておく」
一応了承はしたが、風音の提案に従う事には不満がある。という事を無言の間を取る事で主張してくる。
そのランザの対応に対し軽い口調で礼を言うと挑発しているみたいに聞こえるかもしれないので、電話越しに頭を下げて出来るだけ丁寧な口調で礼を言う風音。
風音「こちら都合の勝手な提案を聞いて頂いて、ありがとうございます。僕からはそれだけです」
トラス「・・・じゃあまたあとで」
そう言って通話を切る。
切ってから風音に尋ねる。
トラス「どうして直接聞きに行くのをやめたのですか? 楽だから?」
風音「レイさんが今シエロから命を狙われてる状態でしょ? ある程度の刺客までなら警護のジルが居るからどうとでもなると思うんだけどさ。 そのランザさんって人が僕たちが居ない間に、レイさんを襲う可能性があるじゃない。強いんでしょ? その人」
トラス「いや・・・それは無いかと思いますけど。 身内を狩るのは掃除屋の仕事ですから。たとえ対象が裏切り者だとしても、上からランザに身内を殺せと命令してくる事はありませんよ」
風音「ランザさんが掃除屋の可能性は?」
トラス「無いと思いますよ。 もちろん掃除屋はその性質上、普段は僕達にも素性を隠して普通の職員として働いています。 そういう意味ではランザが掃除屋の可能性は、無くはなかったのですけれども。 でもさっき過去に行った時に、ハセイとニュクスが言ってたでしょ? レイ長官を始末するのは我々の仕事なのか、あるいは本部から誰かを送ってくるのかと。 掃除屋は掃除屋同士の素性や情報を共有しています。ならあの時の会話でランザが蚊帳の外にされていたのはおかしい」
風音「なるほどね。 でも本当に身内を始末するのは、掃除屋だけかな? 例えば一般よりも遥かに上位に位置するエリートなんかが、裏切り者の始末を頼まれたりとか無い? だって掃除屋同士は情報を共有してるって言うけどさ、その掃除屋の中に裏切り者がいたらどうすんの? それを始末する立場の人ってのもいるんじゃないの? ランザさんがそういう立場の職員っていう可能性は?」
風音は過去に経験済みだ。
風音もシエロの一部上層部の人達に、抹殺対象として標的にされている。しかし直接殺しに来た事は今のところ無い。
その代わりシエロは風音に対し死んでもおかしくないような、いや普通こんな仕事を受けたら死ぬだろうという仕事を普通に振ってくる。
シエロが誰かを抹殺したい時の手段なんて、何も掃除屋に頼むだけじゃあないのだ。
どんな仕事でも請け負う精鋭に託す。外部から暗殺者を雇う。風音の様にターゲット自身に死地に向かわせる・・・。
なんだって考えられる。
レイの命がシエロに狙われている時に、あんなに堂々と強さに自信がある人を同じ建物内に放置して出掛ける事が怖い。
たとえレイさん自身がそんなに弱くはないとしても。警護のジルがそう簡単にやられるような奴ではないと分かっていても。
トラス「心配性ですね・・・。 無いと思いますけど、まぁいいでしょ。 私が持つ回線なら盗聴の心配も無いですし、ビデオ通話でつなぎましょう」
風音「ありがとね。 じゃあ鞍馬の携帯の番号教えるよ」
そうしてトラスがしばらく携帯を操作するが、反応が無いようだ。
トラス「携帯に出てくれませんね」
一瞬鞍馬が無事なのか心配になったが。
風音「・・・あぁ。そっか。仕事中は警戒しておいてって頼んでたのに、知らない番号からビデオ通話でかかって来ても、出る訳がないか」
トラス「そうですか。 じゃあまずは音羽さんの携帯から、この携帯で今からかける事だけ伝えてもらえます? そちらの携帯が盗聴を防止できるなら、そのまま繋いでもかまいませんが」
風音が携帯を取り出しながら言う。
風音「この携帯は天才技術者に改造してもらったから、盗聴は多分不可能だと思うけど。でもトラスさんの携帯が確実にこの建物内で盗聴ができないって分かってるなら、そっちで掛けてもらった方が良いな。 多分大丈夫よりも、絶対大丈夫の方が良い」
トラス「じゃあそうしましょっか」
風音の携帯から一度鞍馬にメールを送って、了解ですと返信が来てから改めてトラスの携帯で繋ぐ。
鞍馬「お疲れ様です。ちょうど良かった、こちらから艦長に連絡を入れようと思っていた所なんです」
その声と共に、鞍馬の姿が携帯に映る。
トラス「うわぁ~~・・・美人・・・」
地味に女好きのトラスが鞍馬に見惚れている。
トラスは忙しくてシエロのPVなどは目を通していないせいか、これが初対面だ。
風音「お疲れ様。 なんか足が動かないんだって? 大丈夫?」
鞍馬「それは問題ありません。 まずは気を遣って頂いてありがとうございます」
なるほどランザの嘘ではなかったか、と思う風音。
本来なら風音達が宇宙港に向かう予定ではなく、鞍馬たちからの連絡を待つ予定だった。
それが宇宙港に行くとなった理由。ランザが鞍馬の足が負傷しているので、トラスたちの方から会いに行けと言ったからだ。
実はこれが嘘で、ランザがレイ長官を襲うつもりで風音達を遠ざけようとして、鞍馬が負傷しているから宇宙港に向かえと言った可能性も考えていた。
でもこれも嘘ではなかった。やはりランザは本当の事しか言っていない?
トラスの敵ではなく、レイを襲うつもりもないのか?
風音「一応カノンに迎えは呼んでおいたから。待ってれば誰かしら来ると思う」
鞍馬「そうですか。ありがとうございます。 そちらがトラス氏ご本人様ですね」
トラス「どうも初めましてです。 あなたアンドロイドだっていうの本当ですか? 人間にしか見えないですね・・・。僕の知るアンドロイドとは全然違う・・・」
鞍馬はアリエイラが作ったアンドロイドだ。そしてそのアリエイラが開発したアンドロイドは、宇宙各地の治安組織でも数十万人単位で働いている。
それらの個体もかなり人間に近いが、よく見るとアンドロイドだと判別できる違和感の様な要素はある。
少し前までは人とアンドロイドの違いを感じる境目を「不気味の谷」と呼んでいたのだが、やはり時と共に技術は進み不気味と感じられる要素はかなり少なくなっている。
しかしそれでも些細な違和感はある。
トラスの目には、鞍馬からはそのわずかな違和感すら無いように感じる。
鞍馬「事実ですよ。 まずはトラス氏の為にフォトマットで起きた事の詳しい説明をしたい所ではありますが・・・今は少し時間がありませんので、こちらの都合を優先させて頂きます。 艦長。 早急に対応してほしい事があります。 千丸さんを乗せた小型船を地球に飛ばしました。 識別番号FT582438ーk27です。 迎えはそちらにお願いします。 千丸さんは戦闘が発生したため、暴走状態の疲れからか熟睡中のようです。状況を全く理解できていないと思いますので、まずは起こしてこれから言う状況の説明をしてあげてください」
風音「千丸がゼロアに変身して暴走したのは、ランザさんから聞いてるよ。 で、鞍馬たちは? しばらく帰れない理由があるの?」
鞍馬「現在までの私と零武の人格から記憶まで、全てを保存したものを千丸さんの小型船に乗せました。 結論から言いますとあとおよそ七分後、我々のこの体はこの宇宙船と共に散ります」
怪訝な表情になる風音。
風音「どういう事?」
鞍馬「我々が乗った宇宙船に小型核爆弾が仕掛けられていました」




