聖蝶 35
メールを終えてマテノに尋ねる。
風音「レイさんって今居てる?」
マテノ「長官? 今頃長官室で仮眠でも取ってんじゃない? 今日はトラスさん失踪に掛かりきりだったからね。今もう深夜でしょ? 昨日の朝からずっと働いてたから、限界近いでしょ」
トラス「うわぁ・・・それは申し訳ないな・・・」
レイ長官は真相を知っているのに、ちゃんと仕事はさせられるんだもんな。
誘拐なんてされてないって知ってて、失踪先を割り出す仕事を深夜までさせられる。なんて無駄な時間なんだろう。
風音が状況を考える。
風音(確かに取り敢えずはそれが一番いいか。掃除屋に命を狙われてるって言ってたけど、ここなら警護のジルがすぐそばにいる。ジルもこの件に関してはレイさんを護る事を優先するって言ってたしな。 ジルも元は本部のエリートだし、そう簡単に出し抜かれたりしないだろう。今は家に帰って寝るより、仕事が長引いたのを理由にここで寝た方が安全か)
あの後もう一度過去に行ってレイからのお願いを聞きに行ったが、要約するとカノンで匿ってくれないかというものだった。
今後は本部からいつ掃除屋が送られてきて殺されるか分からない状況だ。
カノンなら風音もゼロアもいるし、掃除屋もそう簡単に手を出せない。
しかしそれはちょっと、やり方を考えないと難しいなという判断になった。
だってずっとシエロにカノンを襲う理由を与えてしまうようなものだ。シエロの裏切り者を匿ってるんだから。
だから出来る事と言えば、何らかの手段でカノンで匿っている事がバレない様にしたうえで匿うか。
あるいはカノンよりも安全な所を探すか。
レイさん自身に、そのどちらかを選んでもらおうと考えた。
そしてその件について先程トラスと相談している時に、トラスから提案があった。
トラスもこの後シエロに反旗を翻した者として扱われ、レイ同様掃除屋から狙われる身になるかもしれない。
さっきトラスが風音に傍に居てくれと言ったのも、そう予想しての事だろう。
そんなトラスがこれから身を寄せようと思っている場所。世界平和維持機構、通称「中央」。
レイもトラスと一緒に、中央に行かないかという提案だ。
風音としてはレイの意見を尊重する予定だが、個人的にはどちらかと言えばそっちの方が良いか? と思う。
なぜなら彼には家庭があるから。
先程はシエロから命を狙われる事になるかもしれないトラスを、カノンに匿おうかと風音から提案した。レイの時とは違い、匿うのを悩むどころか自分から提案した。
なのに同じ状況のレイを匿うのは悩んでいる点はそこだ。
トラスは独り身だから。やり方次第では気を遣う必要が無いから。
例えば(どうやるのかは一旦置いておいて、仮に出来るとして)レイを死んだ事にして、そのあとカノンで匿う。となったとしよう。
ってなると、レイの家族はどう扱うんだって話になる。
シエロはあくまで治安組織であり、悪の組織ではない。レイがシエロを裏切ったと判断したからと言って、レイを始末したあと家族まで殺したりはしない。
となるとレイの家族は、レイが殉職したと伝えられそのまま放置となるのだろう。
そんな家族の方達に、レイは本当は生きているという事を言うのか? それとも家族にも死んだ事にしておくのか?
生きている事を伝えれば気は楽だが、今後どんな経路でそれがシエロに伝わってしまうか分からないという懸念が生まれる。
伝えなかったら、単純に後味が悪い。
しかし中央に行くとなると、シエロの手が届かない星に家族ごと連れていく事も出来る。
住む場所や環境こそ変わるが、今まで通りやっていけるわけだ。
どちらを選ぶかはレイ次第だが、風音としては後者の方が良いような気がする。中央に行ってしまって会えなくなるのは多少寂しいが、命には代えられないし。
さてこの後どうするか考える。
風音「疲れて寝てるレイさんを起こすのも悪いしな・・・。とりあえずはそのランザさん待ちになるのかな」
トラス「ランザが帰還中に電話をしてきたのであれば、待ちというほど待たなくともすぐに会えると思いますけどね。 シャロンの汎用宇宙船ならフォトマットは二十分もあれば帰って来れます。 もうマテノが電話を取ってから、そのくらい経つんじゃないかな?」
風音「じゃあもうこうしてる間にも、ランザさんは宇宙港に着いてる訳か。 じゃあすぐに会う準備をする方が良いかな。 マテノさん、空いてる会議室とか無い?」
マテノ「大きな事件も無いこんな夜中に、誰が会議室使うってのよ。どこでも空いてるわ。トラスさんの権限で好きに使っていいんじゃない? あぁ、ただし総務課へ使用申請はしといてよ」
風音「マテノさん総務課じゃないの? ついでに今その手続き出来ない?」
治安組織の総務課って、警察で言うところの警務課の事だろう。たしか留置場の管理を任されるのって警務課じゃなかったか。大体そこら辺の割り当てって同じようなもののはず。
マテノ「いや私機動課だよ。今はここが住処だからこの仕事をついでに任されてるだけ。って言うか本来は私もう看守の仕事なんてとっくに終えて、牢屋の中にいる時間よ。あんたの対応は私くらいしかできないからって、残業させられてんの」
風音「それは本当に申し訳ない・・・。って言うか、僕暴れたりしないけどな。 別にマテノさんじゃなくても対応できるでしょうに」
マテノ「ほんとにね。 ともかくそんな囚人が、ここから勝手に出られる訳ないでしょ。 手続きしてあげたくても上の事務室に行けないじゃん」
風音「そっか」
そんな会話をしながら手続きが終わり、晴れて風音達が薄暗い地下から地上へと戻れるようになったところで。
早速トラスの携帯にランザから電話がかかってくる。
トラス「はい」
電話に出るなり。
ランザ「今まだ地下牢か?」
余計な会話など全て省き、単刀直入に聞いてくる。
トラス「ランザの報告のおかげで、今ようやく出られたとこ」
ランザ「そうか、じゃあ行くぞ」
トラス「・・・どこに?」
ランザ「フォトマットだ。 過去を調べに行きたいんじゃなかったのか? 私が立ち会おう」
突然の話に混乱するトラス。
トラス「・・・話が見えないな。ランザは何を知ってて、どういう流れで行こうとしてるの?」
ランザ「全てを知っていて、それでも私はトラスの味方だから一緒に行こうと言っている」
トラス「全て・・・とは?」
明らかに警戒している様子のトラス。
ランザ「トラスがフォトマットに何らかの目的があり、その目的を邪魔したい連中が近衛兵内と治安組織内に居る。 そしてトラスはそれを最初から疑っていた。だから今回近衛兵を騙すような囮を使って、自分の敵をあぶりだした。くらいか。 ただし私は囮にかかったからフォトマットに行ったのではない。ニュクスとハセイが不審な動きをしていたから追っただけだ。シエロからの仕事中に私の許可も無く異星に抜け出すなど、あってはならないからな」
口ぶりからするに、目的までは知らないという事か。
しかし今回の誘拐偽装を起こした事情に関しては、全て知ってるという状態のようだ。
そしてどうもトラスに変身した千丸をフォトマットに送り込んだのは、敵をおびき寄せる為の囮だと思っているようだ。
実は囮ではなく千丸はトラスの能力をコピーしているから、トラスのやりたい事を千丸に託したのだけども。
ランザがあれを囮だと思っているなら、それに話を合わせて問う。
トラス「ランザが囮に騙されたのではないという証拠がどこに? ランザも私の敵で、私の偽物を追ってフォトマットに行ったと考える方が、こちらからすると自然だと感じるけどな?」
そう。トラスは元々ランザは疑っていなかった。
過去を見に行った時のニュクスたちの会話でも、ランザだけは立場が違うような口ぶりだった。
しかしランザがフォトマットに向かった事だけは引っ掛かっていた。なぜランザがフォトマットに行く必要があったのか。
一応その理由は今聞いた通りなのだろうし筋も通っているが、こっちだって命がかかっている。念のために警戒は解かずに追及するトラス。
ランザが、ふぅ・・・と息をついてから答える。
ランザ「もし私がトラスの敵なら、今フォトマットに一緒に行こうなどという提案はしない。 敵ならば何食わぬ顔で戻り、トラスをどこかに連れ去るだけでいいのだから」
トラス「どうだろうね? ランザは今私の近くに音羽風音さんが居る事を知っている。 そしてここにはあなた達と思想を共にしない治安組織職員もいるでしょう。その中で抵抗する私を連れ去るのは困難だと考え、あたかも味方であるかのような提案をしているという可能性は?」
ランザ「それは無いな。困難ではないからだ。 私がその気になれば、その全てを沈黙させトラスを連れ去る事が可能だ。 であればそんな回りくどい事をする必要が無い」
隣で聞いている風音が苦笑する。
風音(凄い自信だなこの人)
トラス「ランザが強いのは知ってるけど、単身では無理があるでしょ? ニュクスとハセイが味方に居るから、その自信があるようにも見えるけど? それとももしかしてロロンの助けがあると思ってる? ロロンはすでに倒されちゃったみたいだけど」
ランザ「いやニュクスとハセイは負傷中だ。あれは回復までに数日はかかるな。それにロロンは私の言う事を聞かないだろう。私は元々彼女を協力者として頭数に入れていない」
この口ぶりからして、やはり自信に満ちていた事が分かる。
ランザは最初から味方なんて想定していない。本気で単身でどうとでもなると思っていたという事だ。
ロロンに関しては彼女の言う通りではあるが、ハセイとニュクスの負傷には疑問がある。
トラス「負傷中? 何があったの?」
ランザ「トラスに変身して囮になっていた琴千丸という人物が、名無しに変身していてな。それと戦ったようだ。 おかげでその場に居た者たちが私以外全滅だ。死者が出ていないのが不幸中の幸いという所だな」
風音(へぇ・・・やっぱりそうなったのか・・・。 じゃあもうニュクスさんたちが黒確定かな・・・)
じゃあこのランザさんが無傷って事は千丸には襲われていない? って事は、ニュクスたちの味方ではなかった?
やはりトラスの味方と考えていい?
あるいは戦闘にかなり自信があるように見受けられる。
千丸が変身したゼロアに襲われた上で、それを無傷で一蹴するほどの強さなのか。
じゃあニュクス達の仲間として遅れてフォトマットに行き、状況を見て話を合わせている?
風音(なんにしても、ちょっと組手してみたいかも)
そんな事を考える風音。
ゼロア本人は風音と本気でやると殺し合いになるという理由で、あんまり組手とかしてくれない。
だからゼロアに変身した千丸はどんなもんかなぁとずっと思っていて、機会があるなら組手してほしいなと思っていた。
千丸は同じ人物には変身できないので、もうその機会は永遠に無くなってしまったが。
変身した千丸では本物より戦闘の強さは数段落ちるだろうが、それでも肉体的な強さは同じなはずだ。それを倒せる人となると、ちょっとやってみたい。
二人の負傷に関して、トラスがランザに疑問をぶつける。
トラス「どうしてハセイたちを回復してあげないの?」
ランザ「ふぅ・・・。 私の回復は出来る限り不浄なる者に使いたくないのでな。 今回トラス側と私を除く近衛兵側、まずはこの双方が何を目的に動いていたのかを私の目で見極める必要がある。 その結果もし近衛兵側に問題があると判断する事になれば、私は彼らを回復した事を後悔するだろう。 当然逆も然りだ。トラス側に問題があると判断すれば、すぐに彼らを回復し協力して君を拘束する」
トラス「なるほど・・・」
疑わしき負傷者は放置・・・か。ランザの立場なら、まぁそれが正解だろう。
あとランザは説明を省いたが、こう言っているもののハセイの怪我だけは少し治した。
その段階で治療しないと手遅れだったからだ。致命傷に至っている部分とその周囲だけを治して、折れた腕などは放置している。
ランザ自身が言うようにトラス側に問題があった場合、こちら側の大事な戦力に死なれても困るから。
ニュクスとミスルは致命傷には至っていなかったので、言葉通り回復していない。
ランザが艶めかしく困ったように、ふう・・・と息をついて。
ランザ「そろそろ質問はいいかな? じゃあ次はこちらから質問だ。ロロンが倒されたと言ったか? だれに? 今はニュクスと契約中で弱体化しているとはいえ、それでも妖精は人類で対抗できる戦力ではないのに」
一番気になっていたのでずっとそれを聞きたかったが、トラスがそれを言ってからずっと質問攻めだったので、ようやくこのタイミングで聞けた。
トラス「いやそれがね。ニュクスと一時的に契約を切って、ある人物に襲い掛かったらしいよ。 妖精本来の力で挑んであっさり破れたんだって」
ランザ「そんな事が起こり得るか? ・・・名無しか? そもそもなぜ本気になったロロンに、物理攻撃が効く? 透り抜けるはずだが?」
声の質が変わった。どうやら警戒しているようだ。
これまで余裕たっぷりだったが、やはり本気を出した妖精を破る存在は警戒に値するらしい。
風音(いやほんとにね。母さんって姿を消したユニィに触れた事もあるもんな。 なんであの人、透過状態の妖精に触れる事ができるんだろ?)
トラス「いや、その辺はよく分かんないけど。 とにかく名無しじゃないよ。この地球には名無しよりも危険な人が居るんだってさ」
ランザ「ふぅ・・・。 信じ難いが・・・事実だとしてなぜロロンはそんなものに手を出したんだ? ・・・いや聞くまでもないか。彼女はニュクスと思想を共にしている。ならロロンの行動はトラスの妨害に関連しているのだろうな。 であれば心強いじゃないか。 真の姿のロロンを苦も無く倒せるような者が、トラスの敵であるロロンを倒した。 そんな強者がトラスの味方なのであれば、もし私が何かを画策していようが止める事が出来るという事じゃあないのか?」
それを聞いて、トラスが少しだけ黙って考える。
別にロロンを倒した風音の母は味方ではないが・・・ランザから見ればそう見えるだろうな。
そして今の回答も含め、色々カマをかけてみたが一貫してまともな事を言っている気がする。
もちろんここまでの発言だけでランザを信用するのは危険だ。言葉を使って味方面するだけなら、誰にでもできる。
しかしやはり過去に行った時にハセイたちがランザを同志扱いしていなかった点と、ランザが仮に敵だとすれば意味の無い提案をしてきている点。
この二点を考慮し。
トラス「・・・。分かった。もう十分だよ、信用しましょう。多分ランザは味方だと思う。 だけど一応、千丸さんたちが帰って来るまでは待ってほしい。そっちの話を聞いてから判断するよ。今のランザとは違った主張が聞けるかもしれないしね」
ランザ「ふぅ・・・。 全然信用してないじゃないか・・・悲しいねぇ」
ため息を吐くランザ。




