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カノン  作者: しき
第6話
118/157

天敵 11


 「侵入者だ!!」


 入ってきた三人を見て、研究所の中に居た研究者の誰かが叫んだ。


 防護服のようなものを着た奴らが、刃物を持ってこちらに走ってくる。

 その刃先には、先程まで解剖していた犬の血がこびりついている。


 実は風音はもう一つ設定をいじってきた。

 さっき先生のアドバイスで、敵を倒したらその場で消え去るんじゃなく逃げるように設定してあった。

 それを消え去る設定に戻してきた。


 風音が持っていた剣を構える。


風音「お前らは逃がさん」


 こっちに走ってきた研究者たちが刃物を振りかぶる前に、胴体を真一文字に切断する。


 それを見てゾッとする天狐とウェルズ。


ウェルズ「・・・見えました? 今の斬撃」


天狐「動いたのは見えたけど、どう斬ったのか見えなかった」


 そのまま走り出す風音。

 次々と研究者を斬りながら。


風音「よりによって僕の前で・・・こんな・・・」


 今ここがゲーム内で良かった。現実だとこいつらを生かして捕まえないといけないところだった。 おかげで遠慮なくぶった斬れる。


 どんどん進んでいく風音に、何とか走って付いて行く二人。


天狐「なんであんな速いのあの人」


ウェルズ「ただ走ってるだけの俺らが、戦いながら進んでる奴に追いつけないとか・・・」


 二人も現実世界の自分の動きが出来るなら、追いつく事くらいはできたかもしれないが。

 ゲームのキャラクターの動きだと、付いて行くことすら出来ない。


 一階の敵を犬以外全部処理し、勝手に階段から上の階に上がって行った風音を、どうにか追う二人。

 二人が二階に到着した頃には。

 研究者が一人も居ない。

 ただしゲームの設定上、敵を倒した場所にはほんのしばらくの間だけ、血の跡や切り裂かれた衣服などが地面に残る。


 もうそこらじゅう敵を倒した痕跡こんせきだらけだ。

 すぐに三階へと走っていった風音を追う。

 おそらく建物の構造上、三階で最後だ。


 二人が三階に到着すると。


 風音が自分の五倍はあろうかという巨大な犬に、首を噛みつかれていた。


天狐「えぇ!!? 師匠!!!」


ウェルズ「風音くーーーん!!!!」


 思わず叫んでしまう二人。

 あんなに優勢に戦ってたのに、いきなり大ピンチになっている。


 よく見ると、誰かが斬られて倒れている。

 最後に一人、ここの研究所の所長的な奴が居たのだろう。

 おそらくそいつは風音が倒した。


 そしてあの犬がこの研究所のボスなのだろう。

 この研究所はこういう戦闘用の動物を、科学の力で作り出す事を目的とした施設のようだ。

 その中でも優秀な作品なのが、今目の前にいるこの巨大な犬なのだろう。

 あれを倒せばクリアだろうが。


ウェルズ「あれ・・・多分」


天狐「ええ。師匠は多分戦闘不能になるまで、あの犬には手を出さないでしょうね。師匠が倒れたら、私たち二人で倒しましょう」


ウェルズ「了解です」


 後ろで武器を構える二人。


 風音の首に噛みついたまま頭を振り回す犬。風音はその場で耐えている。

 どんどん体力が減っていく風音。

 しかしそんな状態でも犬の頭を撫でている。


 そして風音の体力が尽きかけた時。


 クエストクリア。

 レベルアップしました。状態の確認をしてください。

 アイテムを複数入手しました。新規一覧のページで確認してください。

 35800モルーを手に入れました。

 ペット「犬」を手に入れました。

 

 と三人の前に表示された。


天狐「あら?」


ウェルズ「終わりましたね」


 と思っていると。

 周囲が謎の光に包まれ、風音と戦っていた犬やそれまで実験でおかしくなっていた犬などが、なぜか普通の犬に変化して尻尾しっぽを振っている。

 実験で死んでた犬や、液体漬けになっていた犬たちもなぜか全部復活。


ウェルズ「なんだこの適当な展開は・・・」


天狐「ご都合つごう主義しゅぎっていうの? 何の脈絡みゃくらくも根拠も無く、ただただ全部上手くいって解決してしまうという、あの伝説の展開?」


 風音を見ると、さっきまでボスだった犬を抱きながら泣いて喜んでいる。


天狐「これで泣けるのね師匠は」


ウェルズ「俺なんてビックリしてるけどな。この展開で納得いく奴いんのか?」


天狐「いるじゃない目の前に一人」


 すっかり冷めている二人。


 例えば。

 ここに居た研究者たちのせいで、もうどうやっても救う事が出来ない犬たち。

 そんな状態で悲しみの中、血の涙を流して襲ってくる最後のボスを倒したら、ボスのお腹の中に数匹の子供が居た。

 可愛らしい元気な子供の犬たちは、風音を親だと思ってなついてきた。

 とかさ。

 犬好きの風音が、せめてこの子達は幸せに育ててあげようって感じになってさ。

 だったらまだ風音が泣くのも分かるし、物語として見れるよ?


ウェルズ「いきなり光って、なんか全部解決! ・・・って」


天狐「ほら見て。部屋じゅうの犬がアホみたいに尻尾振ってる」


 このゲームもしかして、本編のエンディングもこんなじゃないだろうな。


 ・・・・・・

 ・・・


 研究所から出てきた三人。出たと同時に研究所は消え去った。


 風音は中型犬くらいの大きさの犬を抱いている。

 さっきまでボスだったやつだ。ずいぶん小さくなった。

 見た目は犬と狼の混種みたいな感じ。茶色と白が混じった毛の色で、オオカミの様にキリッとした顔立ち。


風音「ゲームってこんな感動するもんなんだね」


 犬を撫でながら満足そうに言う。


ウェルズ「良かったね」


 ペットというジャンルのシステムを初めて見たので、早速ウェルズも設定をいじって、赤ちゃんくらいの子犬を出してみる。


ウェルズ「結構いろんな犬が選べるみたいだな」


 手のひらと同じくらいの大きさの赤ちゃん犬。

 見た目も触れた手に伝わるおなかのぷよぷよ感やあたたかさも、本物とほぼ同じだ。


ウェルズ「いや~俺猫派だけどさ。犬も赤ちゃんの頃は猫と張り合える可愛さだよな」


風音「ふ・・・浅い・・・」


 猫が張り合えるなどと。

 滑稽こっけいな事を言う凡俗ぼんぞくよ。


 今風音は十分幸せなので、これ以上反論はしないが。


天狐「確かに可愛いけど、それどうするの? まさかそれ連れたままクエスト行かないよね? 設定で消せるの?」


風音「消すとか意味分からない事を言わないでね天狐さん」


 犬の事となるとマジになって注意する風音。


ウェルズ「さっき見たけどさ。設定でこの場から消した犬は、自分のホテルの部屋に戻ってるんだってさ。部屋に戻ったら会えるらしいよ。一応ワールドマップに連れて出て行く事は出来るけど、クエスト中とか戦闘中は一時的に消えるんだって」


天狐「師匠聞いた? 消すんじゃなくてホテルの自分の部屋に移動させるだけだってさ。ほらクエストの邪魔になるから消して」


 物理的に犬が邪魔になるのではない。

 風音が犬にかまけて動かなくなる。だからカノンでは風音は仕事中に犬禁(犬関連の事に関わる事を禁止)を課せられている。

 それ辺の情報はカノンの乗組員でない天狐でも知っている。


風音「ちょっと待った。部屋に戻ったこの子を誰が世話するの?」


ウェルズ「風音君よく聞け。これからゲーム内の常識を話す」


 赤ちゃん犬を手元から消したウェルズ。


風音「なんですか」


ウェルズ「実は風音君が今抱いている子も含めて、ゲーム内のペットってのはな・・・おそろしく頭が良い!!!」


風音「な!? なんだってーー!?」


ウェルズ「驚くほど自己管理能力が凄い。部屋に戻ったペットは、身の回りの事を全て自分でこなせるんだよ」


風音「この子は百年に一匹の天才なのでは・・・」


ウェルズ「そう。だから遠慮無く部屋に戻していい。いつでも元気な状態で会えるし、設定次第では自宅がある街に着くと自動的に近くまで走ってきて付いてくる。そしてワールドマップに出ると自動的に部屋に戻る」


 現在の風音の場合、最初の街カレントでのみ会える。


風音「神システムかよ・・・」


 名残なごり惜しいが、そういう事なら今は部屋に送っておく。


 ワープするように、手元から犬が消えた。


風音「よし、ちょっとこのゲームやる気が出てきた。さっさとクエスト処理していこう」


天狐「今までやる気無かったのね」


風音「と言うか、仕事としてやってた」


天狐「そう。まぁ私もそうなんだけど」


 風音が犬をホテルに送る操作を終えて、機械フウリンを見ていると。


風音「あ、運営から通知が来てた。いつの間に」


 実はクエストが終わって、研究所から出たと同時に通知が来ていたのだが。

 犬に構ってたせいで、機械フウリンの通知を見逃していた。

 風音は犬がいると、これくらい仕事が出来なくなるという良い例だ。


ウェルズ「なんて?」


風音「調査の結果、風音氏の報告通りでした。昨日「飛ぶマルルイミルトルン21」氏に悪質な行為は見られなかったため、懸賞金は取り消しました。 悪質な行為を目撃した。被害にった。と報告したプレイヤー達には、そのむねを伝えてあります。なぜこのような事が起こったのかはこちらで確認済みですが、その内容については実際に被害にあった「飛ぶマルルイミルトルン21」氏にしか伝える事が出来ません。以上です。御報告有難うございました。今後ともこのゲームをよろしくお願いします・・・だってさ」


ウェルズ「対応早いな。こういうのって大体、結構時間がかかるのに」


天狐「そりゃ今は運営はシャロンと手を組んで事件の捜査をしてるんだもの。常にシャロンに気を遣ってる状態でしょ? そんな中で早く対応しないとシャロンに報告して直接電話させて話を聞くとか脅されたら、寝てても起きて仕事をするでしょ」


 さっき風音が送った文章の事を言っている。


風音「いや脅したつもりは無かったんだけど。実際次のインターバルでゼラさんに報告する予定だったから、それを事前に教えておいてあげた方が良いかなと思っただけで」


 運営だって治安組織からいきなり苦情の電話がかかって来るより、事前に知っておいた方がいいだろうよ。


 その後、先生が起きてくるまでの五時間近く。

 天狐と風音に比べるとゲーム知識のあるウェルズがクエストを適当に選び、延々繰り返した。


 ===========================


 先生との約束の時間が迫ってきたので、一度現実に戻って五分待ってからゲーム内へ。


 空の国カレント。 薫りの酒場。

 約束の時間少し前に来たが、すでに先生が待っていた。


マルル「色々あったみたいね」


 最初の言葉がいきなりそれだった。


天狐「何があったか知ってるの?」


 マルルが居るテーブルに座りながら尋ねる。


マルル「ええ」


 チラッと風音を見るマルル。

 ヘラヘラしながら犬を抱いている風音に聞きたい事があるが、今は我慢して話を続ける。


マルル「もう一人の先生の名前が「光の円環えんかん」っていう名前だわ。もちろんこれは私やあんた達に理解できる言葉に訳された結果の名前。本当はその人の星の言葉で書かれてるから、違う表記だけどね。その星の発音で「テリオ・クレ・イア」って読むそうよ」


 ややこしいが、読み方と表記が全然違ったりするのが、他の星の人達が遊ぶゲームの特徴だ。

 同じ星の出身の人の名前は、そのまま表記される。例えばさっき出会ったvanillaiceさんのように。

 しかし他の星の人の場合は名前の表記に何が書いてあるのか全く分からないので、まずこちらの言葉で分かりやすく翻訳される。そして機械フウリンを使って詳しく調べると、その名前をどのように読むのかも一緒に出る。


 ちなみにマルルの名前「飛ぶマルルイミルトルン」は本名。

 この「飛ぶ」も地球での表記だから変に見えるが、彼女の星では別にそんなおかしな名前でも無い。

 例えば日本人がキャラクターの名前を「翔太しょうた」と名付けたとする。

 日本の感覚なら、翔太という名前には何の違和感も無いはずだ。

 「翔」は「飛ぶ」という意味。「太」は「はなはだしい、非常に」などの意味を持つ。

 だからこの名前には「大きく飛翔して(羽ばたいて)欲しい」みたいな意味があって名付けるのだろう。

 でもそれはあくまで名付けた意味であって、他の星の人が翔太という名前を見ると単純に「めちゃくちゃ飛ぶ」という感じで訳される。


 マルル先生の「飛ぶ」もそんな感じの名字みょうじってだけで、風音達の視点だからこう訳されているだけだ。

 「マルルイミルトルン」の方は特にこちらで訳せるような意味のある名前ではないので、そのまま読み方がカタカナになって表示されている。


ウェルズ「光の円環って意味の名前で、読み方はテリオ・クレ・イアね。もしかして、その人中学二年生くらいだったりするんじゃないか?」


マルル「さぁ? なんでそう思うの?」


ウェルズ「名付け方の感性が中二くらいの痛さだから」


 なんか深い意味でもあるのかと思ったら、そんな理由か。とマルルがちょっと拍子ひょうし抜けしてから。


マルル「いや本名かもしれないし何とも言えないわね。それを言ったら風音なんて、他の星の人から見たらキャラの名前に「風の音」って付けてる事になる訳だからね。これは本名だし、そこに親が名付けた意味があるのだろうから何の問題も無いのであって、架空の名前を必死で考えた結果自分のキャラに「風の音」なんて名前を付けたとしたら、結構痛くない?」


ウェルズ「そう言われりゃそうか・・・」


 風音をチラッと見るが、風音は犬にかまけて聞いていない様子。


マルル「テリオのパーティー情報もついでに載ってるわね。 テリオのパーティーメンバーは、ウェイパーとリモットンとシジェンカ」


天狐「その三人はシャロン職員だわ。 ちゃんと本名でプレイしてるのね」


 というか仕事だからそれが普通で、天狐とウェルズが勝手に変えただけだ。


マルル「そのテリオってのが、私に変装して初心者狩りをして、私のせいにして懸賞金をかけたみたい」


天狐「はぁ? シャロンに報告して罰を与えようか?」


マルル「う~~ん・・・。難しい所ね。これも一つのプレイなのよね。 例えば今これが仕事じゃなかったら、私ならむしろ物凄くテンションが上がるわ。だって運営に確認すれば一発でバレる、くだらない事を仕掛けてきたわけでしょ? 普段の私ならその行いを全世界にさらして、こっちが逆にテリオに懸賞金をかけてボッッコボコにしに行ってやるわ。そんなの祭りでしょ。考えただけでテンション上がらない?」


ウェルズ「ちょっと分かる」


マルル「でも分からないのは、このテリオってやつの考えなのよ。こいつ今仕事でこれやってるんだよね? なんでこんな訳の分からない事を繰り返すのか・・・。私がテリオに懸賞金をかけ返した場合、テリオはおそらく運営に訴えても懸賞金が取り消される事は無い。私に悪事のぎぬを着せた事は事実だしね。 でもそれって、シャロン的にまずいでしょ?」


 テリオにとっては懸賞金をかけられる事自体は、あまり問題無いかもしれない。

 地球のプレイヤーとはレベルが違い過ぎるので、おそらく誰も挑まないから。

 こいつは悪質なプレイヤーなのだ、と周囲から白い目で見られるだけだろう。

 それよりもシャロン的にまずいのは、「マルルが」テリオに懸賞金をかけるという事の方。


天狐「どっちも相手チームに対して攻撃的な態度をとると、両チームのいがみ合いに発展するって事もあり得るわね。 捜査の遅延ちえんに繋がるわ」


マルル「そう。つまりこいつはこっちがそういう事をしないと承知で、挑発してるのよ。目的は分からないけどね」


ウェルズ「次のインターバルで、ウェイパーさん達の方に聞いてみます?」


天狐「いや、方針の違いで揉めたくないから接触禁止じゃなかったっけ?」


ウェルズ「そっかそうでしたっけ。・・・何が目的なんだろうな。 今までの行動から見ると、自分の方が上手うわてだって誇示こじしたい・・・ってふうにも見えるな」


天狐「挑発する事で対立構造を作ろうとしている。って事なのかな? 単純に勝負がしたいとか? どっちが早く弟子を鍛えられるか勝負したいのかな?」


マルル「あるかもね。レベルの高いプレイヤーは、プライドも高いから。しかも自分よりレベルの高い相手に表向きはびながら、心の中では牙をいてたりするからね。 ・・・それより一旦この話は保留にして、ちょっと風音?」


風音「はい?」


 ニッコニコで返事する風音。犬を抱いて撫でている。

 マルルがその犬を指で差しながら尋ねる。


マルル「それ何? どこで拾ったの? そんな生き物カレントの街に居たっけ?」


風音「僕のペットですよ。クエストをクリアして飼う事が出来るようになったんです」


マルル「いやいやそんな冗談はいいから。どこの家に入って拾って来たの? ゲームだからって人の家のものを取ってくるのは感心しないわよ?」


ウェルズ「いや先生、何言ってんの。俺も出せるぜ?」


 ウェルズが赤ちゃん犬を出し、テーブルの上に置く。

 犬が尻尾をピルピル振りながら、よちよちとテーブル上を歩く。


マルル「ん・・・!?」


天狐「それより早くクエストに行かないと駄目なんじゃない? 今日は闘技場を開放するために、柱を壊しに行くんでしょ?」


 もう重要な話は全部終わっただろう。さっさと次に行かないと。


マルル「いや待って・・・。あんた達私が寝てる間に何をしたの?」


 テーブルの上を歩き回っている犬を見ながら聞く。


ウェルズ「クエスト消化だな。 あ、ちゃんとノルマはこなしたよ? 俺たちもうレベル41になったんだぜ? 早くない?」


 ウェルズがクエストを吟味ぎんみしてクエスト消化していたのだ。

 先生ほど効率的ではなかったかもしれないが、この成長率には自信がある。


マルル「はいはいよくやった先生として鼻が高いわ。 それよりこの犬を手に入れるのに何をしたの?」


 風音に尋ねるが、犬に夢中で聞いていない。


マルル「お前先生の言う事を・・・!!」


 椅子から立ち上がるが、ちょっと冷静になって止まる。

 風音の手から犬を取って持ち上げて、テーブルの上に座らせる。


マルル「先生の言う事を無視してんじゃねーーーー!!!」


 風音にドロップキックを放つ。

 防がずに吹っ飛ぶ風音。

 起き上がった風音がキラキラした目でマルルを見ている。


風音「ちゃんと犬をどけてからドロップキックをするその優しさ。僕の先生がマルル先生で良かったです」


マルル「そんなんいいから早く答えろよ!! その犬をペットにするのに何やったの!?」


天狐「なんでそんなに必死なの?」


マルル「こっちは八年プレイしてて見た事無いからだよ!」


 マルルがえる。

 確かにまだ発見されていない要素はまだいくつもあると噂されていたが。


天狐「そうなの? 私達以外にも、もう持ってる人いるみたいだけど?」


 酒場で周囲を見ると、犬を持っている人がほんの少しだがいる。

 基本他人に興味が無い先生は全然見てなかったらしい、今周囲を見て気付く。


マルル「え!? なんで!? 昨日までは居なかったんじゃ・・・まさか!」


 機械フウリンを出現させて調べる。


マルル「なるほど・・・戦闘中にケティを累計五百回撫でれば発生するクエスト、か。 いやそれよりこの情報主・・・やっぱり」


天狐「何かあったの?」


マルル「テリオに出し抜かれたみたいね、あなた達」


天狐「どういう事?」


マルル「このゲームって、運営がえていろんな要素をいろんな所に隠して、プレイヤーに探させてるのよ。で、発見したプレイヤーはそれを皆に新情報として発信して教える事が出来るの」


天狐「出来たら何なの?」


マルル「その情報がプレイヤー達にとって有益ゆうえきだと思われるほど、みんなからの感謝の印としてポイントが送られてたまっていって、そのポイントに応じてレアなアイテムが貰えるの」


 おそらく犬をペットにする要素を最初に偶然発見したのは風音だ。

 この情報を風音が皆に発信すれば、レアアイテムを貰える権利があったのだ。


 その権利を横取りした奴がいる。

 それがテリオだ。

 おそらくマルルが居ない間にこのチームをどこかから監視し、風音のプレイを見てクエスト発生条件を予測し検証してから情報を流したのだろう。


 ただ現状この情報はこのワールドに居るプレイヤーしか知らない。今は捜査中の犯人が入ってこないように、このワールドは他の星(と地球上にある二つのワールドも含め)と隔離されている状態だからだ。

 そのうえここ地球では、まだこのゲームが稼働してから一年しか経っていない。

 だから実は八年も見つかっていない珍しい要素だとは知られていないのか、それほどポイントが入っていないようだ。

 そのせいか結局テリオが手に入れたアイテムは「水銀の時計」という、そこまでレアなアイテムではなかったようだ。

 もしこれが他の星に接続して全プレイヤー三十億人が見ている所に発信したら、それこそ最高峰のレアアイテムと交換できただろう。


マルル「・・・って事よ。それでみんなその情報を元にペットを手に入れに行ったのね」


 これで周囲のプレイヤー達が犬を連れている理由が分かった。


天狐「要は風音の手柄を横取りしたって事よね? ・・・いい加減いらついてきたわねそいつ。こっちへの嫌がらせしか頭に無いんじゃない?」


風音「まぁまぁそう怒らないで双天さん。みんなに犬の良さが分かってもらえるのは良い事だよ。広めてくれて感謝って事で」


 天狐をなだめる風音。


ウェルズ「風音君は犬関連になると、仏のような心の広さになるな」


マルル「それは良いんだけど、風音。その犬を今すぐホテルに戻しなさい」


風音「え!? 何でですか!? 意味が・・・分からない」


マルル「あんた犬に夢中で最初の方ぜんぜん話に参加してなかったでしょ? あれあんた、話を聞いてなかったんじゃない?」


風音「ま、まさかそんな。まさかですよ。みんなで集まって話し合いしてるんですよ? ねぇ・・・? まさかそんな事」


マルル「じゃあこの質問に答える事が出来たら、犬を抱いたままでいいわ」


風音「何でも来い」


マルル「シャロン職員であるウェイパーとリモットンとシジェンカは、ゲーム内で名前を変更してプレイしています。何という名前に変えてプレイしているでしょう?」


風音「一人が・・・光の塩干えんかんで・・・もう一人がクレで・・・もう一人はイア? だっけ? なんか名前の話の時にそんな事を言ってたな」


マルル「ちょっと犬をテーブルの上に置きなさい」


 風音が犬をテーブルの上に置く。


マルル「誰一人名前変えてねーっただろーよ!!!」


 放たれたマルルのドロップキックを風音が防ぐ。


風音「質問では変えたって言ったよ! ひっかけ問題じゃないですか!!」


ウェルズ「いや、今のは風音君が悪い」


 ちゃんと聞いてりゃ分かるはずだ。そういう会話があったんだから。


天狐「さっさと犬をしまいなさい風音」


 四面楚歌しめんそか状態の風音。

 しぶしぶ犬をホテルに帰す。


 マルルがクエスト表を広げる。


マルル「よし、じゃあ一時間後までにこれとこれとこのクエストをクリアしてきなさい。今日のあなた達のクエストの進め方を考えてたら、ちょっと寝不足気味でね。悪いけど一時間くらい寝るからその間に、この三つをクリアしてきなさい。それが終わったらまたここに集合。柱を壊す為にストーリーを進めていくわよ」


風音「はーーい・・・」


 見るからにテンションガタ落ちの風音。


天狐(これ先生絶対・・・)


ウェルズ(一時間寝るって嘘だよな・・・。犬を手に入れに行くだろ・・・)


 風音くらい分かりやすい人だ。


 ・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・


 三人が四十分ほどで三つのクエストを終え、薫りの酒場に戻ってくると。

 不自然な笑みを浮かべたマルルが座って待っていた。


風音「あれ? もう居てるよ」


 早めに終わったので、まだ先生が戻ってきていないだろうから適当にクエストに行くか、とか話し合いながら帰ってきてたのに。


マルル「あらおかえり。早かったね。まぁまぁ座りなさいな」


 今までにない態度。

 不思議に思いながらも三人が席に着く。


マルル「いや~~・・・。実はまだちょっと寝不足気味でさ? あと三十分くらい時間が欲しいのだけれども」


風音「じゃあ寝ててくれて良かったのに」


マルル「うん。でも早めに伝えようと思ってね。そろそろ三つ目のクエスト受注に来る頃かと思って待ってたんだけど、あんた達のクエスト履歴を調べたら、もう三つともクリアしたのね。感心感心」


 やたら褒めてくれる。


マルル「じゃあ追加でこれとこれとこのクエストを今言った順番に、私が寝てる間にクリアしてきてほしいんだけど」


 マルルがクエスト表を指で差す。


風音「いいですよ。じゃあ行こっか。 おやすみなさい先生」


マルル「いやいやいや。 ちょっと落ち着きなさい。一息つくのも冒険には大事なの。一~二分くらい雑談してもいいじゃない? ところで・・・」


 いきなり真剣な表情になる。


マルル「あんた達赤ちゃん犬とか特殊な犬種を出してたじゃない? でも周りの犬を連れてるプレイヤーを見てみなさい? みんな同じ犬種の色違いしか連れてないでしょ?」


 三人が周囲を見る。

 確かにマルルの言う通りだ。みんな地球の犬でいうとコーギーのような犬種の色違いを連れている。

 風音が抱いていたオオカミと犬のブレンドのような犬種や、ウェルズのような赤ちゃんを連れている奴なんて一人も居ない。


マルル「あなた達を待ってる間にさぁ、ちょっと周りを見たりして待ってた時にそれに気付いちゃってさぁ。 なんであんた達だけ、あんな事が出来るの? クエストをクリアする時に何かした?」


 風音が首をひねる。

 普通に考えて、みんながコーギーを連れてる理由なんか一つしかないだろう。


風音「みんなやろうと思えば赤ちゃん犬とかも出せるけど、やらないだけじゃないかな? 単にコーギーが好きなんじゃないですか? 気持ちは分かる。あの子もあの子で超絶可愛いよ。うちの子にはかなわないけど」


 もう親バカになり果てている風音。


マルル「うん。いいから質問に答えようか」


 何とかドロップキックをするのはおさえているが、すでにピキピキし始める先生。


ウェルズ「なんか変なクエストの終わり方だったよな。光って犬がみんな助かってさ」


風音「何が変なんだよ。あんな感動的な終わり方無いでしょ」


天狐「いや・・・犬が助かった事自体は良い事だけどさ。もっと大事な事があるでしょ? 話の展開とか脈絡みゃくらくとか」


 なんで解剖されてバラバラになった犬が、何の説明も無く生き返るんだ。とか。

 ホルマリン漬けみたいになってた犬も、容器を破壊して出てきて尻尾振ってたし。

 ある意味でホラーだろうあれは。


マルル「それを詳しく。ボスが力尽きた時にボスのお腹の中から子供が出てきて、自分が親代わりになって育てるっていうエピソードがあって、その子達がペットになるって展開じゃないの?」


風音「そんな事無かったけど・・・。ていうかなんで先生はそんな事を知ってるんですか? しかもその情報間違ってるし。犬のクエストの話題の後すぐに寝たから、そういう夢でも見たんじゃないですか?」


 寝る直前の話題が夢になる事はよくある。


マルル「いや・・・。 ま、待ってる間に雑談掲示板を見たのよ。そういう話題があったから」


風音「そうなんだ。そういう機能もあるんですね」


ウェルズ「オンライン系のゲームには大体搭載とうさいされてる機能だな。見たり参加したりしてるだけで楽しいから、気が付いたらかなり時間が経ってたりするらしいぜ? ただ・・・いや、何でもない」


 ただ・・・マルルが掲示板で知ったってのは嘘だと思うけど。

 この人多分、自分でクエストに行って見てきた事を言っている。


 天狐がその時の状況を思い出しながら話す。


天狐「確か風音が首を噛まれてて・・・でも攻撃せずにずっと撫でてたのよね。私とシシリィは、手を出したら風音が怒りそうだったから気を遣って待ってたわ。 もし風音がやられたら私達だけでボスを倒そうと思って、武器を構えて待機って感じだったかな。そしたら風音の体力が無くなる直前に、クエストクリアってなったんだっけ」


 端的たんてきに起こった事を伝える。

 マルルが独り言のようにブツブツ言い始める。


マルル「なるほど特殊エンドか・・・。攻撃をしない。体力が尽きかけるまで撫でる。が条件のエンドがあるのね・・・もしかしたら道中襲ってくる犬も攻撃しちゃいけないのかも・・・」


 パッと顔を上げるマルル。


マルル「なんか・・・これも掲示板で見たんだけど、ボスと一緒に所長が居なかった? それはどう・・・」


ウェルズ「そいつは既に風音君が倒してたな」


マルル「あいつは倒していいのか・・・」


 またブツブツ言っている先生。


マルル「よし雑談終わり!! クエストに行ってこい若者たちよ!! 先生は三十分ほど寝てきます」


ウェルズ・天狐「「・・・・・・」」


風音「うん、おやすみなさい」


 クエストを受注する風音。


風音「あ、もし本当に眠かったら適当にクエストをやっとくから、気が済むまで寝ててくれていいですよ?」


マルル「大丈夫任せといて。三十分あれば完全に目が覚めるから」


風音「そうですか。じゃあ行こっか」


 天狐とウェルズに言う。


ウェルズ「そだな」


天狐「ええ、行きましょうか」


 そう言って席を立ち、薫りの酒場から出ようと移動を開始した時に。


ウェルズ「風音君はアレだな・・・もうちょっと人を疑って生きた方が良いよ」


天狐「同感」


 何故か急にダメ出しを喰らった。


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