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カノン  作者: しき
第2話
11/155

厄災の渦4

 ホテルに部屋はたくさんあるのでどこに泊まってもいいという事だったが、ブラウニーの提案で今日はみんな同じ部屋で泊まる事にした。

 神楽が野盗達を再起不能(下半身も潰されました)にしたのと、その際仲間が他にいない事を確認したのでもう安全だとは思うが、まだまだ無人街には犯罪者が多い。

 というか、本音を言えばブラウニーは神楽と九重が目の届かない部屋にいるのが怖い。ブラウニー視点ではなんだかこの二人は得体が知れないと言うか、話が通じない感じがする。

 その点風音が近くにいれば連れの神楽は抑えてくれそうだし、先程の様に九重が暴走しても何とかなりそうだ。まぁ心配しなくても九重の方はこの後自分が担当していた地域に戻るだろうが。

 野盗達は全員縛り上げて別室に放り込んである。既に治安組織にはブラウニーの方から連絡してあり、しばらくしたら全員引き取りに来るそうだ。

 現在部屋にはブラウニーと神楽の二人。風音と重傷を負っていた九重はどこかに行っている。

 神楽が九重の束縛を解くと、彼は左手をかなり酷く負傷していた。どうやら拘束状態で自分の腹部に向けて弾を撃った時、銃身が破裂したようだ。

 その他にも大量に血を吐くほど内臓を痛めたのだから、外からは見えない部分も負傷していたのだろう。

 そんな状態の九重を風音が担いで別室に連れて行った。

 そして今部屋ではブラウニーと神楽という組み合わせの、(ブラウニーにとっては)ちょっと気まずい空間が出来上がっている。


ブラウニー「えっ・・・と。何か飲みますか?」


 ポットから自分の分の飲み物を出しながら尋ねる。


神楽「いえ、結構ですわ。それより、どうしてそんなにかしこまっているのかしら?」


 その問いにブラウニーが(あんたが怖いからだよ)と心の中でつっこむ。


ブラウニー「だってあなた、あの有名なメリオエレナの戦闘姫ですよね? 王女様じゃないですか。本名はちゃんと覚えてないんですけど・・・カグラなんて名前ではなかったような・・・」


神楽「本名はミサント・メロ・ユーニですわ。ミサント家というのは皆知っているようなのですが、確かにあまり下の名前は覚えておられませんわね。誰が名付けたのか知りませんが戦闘姫と呼ばれてからというもの、名前よりそちらで認識される事の方が多いですから」


ブラウニー「メロ・・・あ~~、確かに言われてみればそんな名前だったような気がします」


神楽「だからそれ! どうして敬語で話すのかしら?」


 尋ねる神楽に(だからあんたが王女だからだろ。まずそれ以前に怖いんだよ)と心の中でつっこむ。


ブラウニー「だって王女様ですからね」


神楽「あなたの星の王女じゃありませんわ。それに、今の私は神楽かぐら歌縫かぬい。私が地球という星に住んでいる間、そして私自身がこの名を名乗っている時はただの一般人として扱ってもらって結構ですわ」


 そういう訳にもいかないだろ、とも思ったが面倒臭いので従う。後でメリオエレナの人に不敬ふけい罪とか言われたら、その時は逃げればいいし。


ブラウニー「そうっすか。じゃあ気にしない事にするっすね。 でも他の星に行ってその星に合った名前に変える時って普通、元の自分の名前に近くするとかしないっすか? ミサントメロユーニとカグラカヌイって、全く共通点が無いっすね?」


 素朴な疑問をぶつける。

 ブラウニーの口調が本当に遠慮のないものに戻った事に満足して、神楽が答える。


神楽「いえ、全くと言うほどでもありませんわ。 ミサント家は神をその身に降ろし加護を頂く事を先祖代々行ってきた家系。ミサントの名にはそういった意味が込められています。 そして風音さんの住む国では、神を降ろし神と語らう為の歌や踊りの事を神楽と言うそうで、そこから頂いたものですわ。ですが・・・」


 神楽の表情が曇る。


神楽「歌縫の方には少し納得がいってませんの。風音さんが言うには彼の国では子供を名付ける時、将来そういう風に育ってほしい名を付ける事が多いのだとか。例えば賢く美しい子になってほしければ「秀美ひでみ」とか、よく食べよく育つたくましい子に育ってほしければ「肉岩鉄にくがんてつ」とか」


ブラウニー「へぇ・・・それ自体は良くある名前の付け方っすね」


 気のせいか今の神楽の発言につっこまなければならないような気配を感じたが、よく分からないので流す。


神楽「ですから「風音かざね」の由来を聞きましたわ。 でも風音さんは少し他とは事情が違いましたの。どうも風音さんは幼くして親に捨てられたらしく、ある程度育った状態で拾われたのだとか。 そしてお義母様がどの様な名にするか悩んでいたところ、風に当たっている時に凄く機嫌が良かった事から名付けたらしいですわ」


ブラウニー「へぇ・・・そうなんだ」


 本人不在時に結構重い内容の過去が暴露された。


神楽「ですのでそれを参考にさせて頂きました。自分が大好きな物を名前に・・・・素敵ですわね。 そこで私の得意な料理と、それを喜んで食べる無垢むくな子供の笑顔。そんな理想をそのまま名前にして「料子りょうこ」という名前にしようと思いましたわ」


ブラウニー「へぇ・・・いや、ホントに素敵っすね。凄く良いと思うんすけど、何でやめたんすか?」


神楽「何故かしら? 親友のルミナとレスタ君、あと風音さんにやんわり拒否されましたわ。・・・これは永遠の謎ですわね。その時に 次に好きなものは? と聞かれたので歌と裁縫さいほうが好きだと答えたのですわ」


 神楽は歌が上手い。これは本当に上手い。

 ついでに言うとルミナも歌が上手い。この二人が幼い頃王家の敷地内にある公園で歌を歌って遊んでいた時、近くで見ていた王家のおじいさま方が「天使が・・・天使がおる」と言って涙を流して感動していた。という逸話がある。


神楽「そこで歌縫という名前を提案したところ、こちらは何故か満場一致で賛成だったのでそれに決まりましたの。・・・私は今でも料子の方が気に入っているのですが」


 まぁ歌縫も嫌いではありませんが・・・とぶつぶつ言っている。

 そこに風音と九重が帰って来た。


風音「大体怪我人のくせにいちいち注文が多いんだって」


九重「当然の要求だ」


 帰って来るなり何か言い合いをしている。

 神楽が戻ってきた九重を軽く睨む。まださっきの事を引きずっているようだ。


風音「ただいま、と。あ~~~疲れた~~~~」


 テーブルを挟んで向かい合ったソファにブラウニーと神楽がそれぞれ座っていたので、風音は神楽が居る方のソファに座る。

 続けて九重がブラウニー側に座った。

 それを見たブラウニーが二人の前にコップを用意して飲み物を入れ始める。


風音「あ、ありがと。という訳で、交渉終わり。まず、九重さんが襲ってきた理由は予想通り。ブラウニーは分かんないだろうから一応説明しとくと、九重さんはかなり前から僕等が尾行してた事に気付いてたみたい。ブラウニーとか僕らの声に耳を貸さなかったのは街がこんな状況だから、相手の言い分を聞くのは縛り上げてからでいいと判断したらしいよ」


ブラウニー「それで敵じゃないって言っても止めてくれなかったんすね。味方の言い分くらい信じてほしいっすけどね」


 あの時完全に無視されていたブラウニーが愚痴る。


九重「味方?」


 冗談ではなく本気で理解不能の表情を見せる。


ブラウニー「ひどっ」


 お返しに、もう飲み物は自分で入れろとでも言うかの様に、風音の分だけ入れ終えると九重の前にポットを置く。


風音「怪我を治す事と、こっちが何もかも正直に話す事を条件に今のこの星の状況を教えてもらえる事になったよ。で、こっちはもう条件を満たしたから、これからいろいろ聞こうかなってところ」


 神楽に経過を報告する。


九重「と言っても俺も何も知らん、というのが正直なところだ」


神楽「役に立ちませんわね。元々期待してなかったので予想通りと言えば予想通りですが。こんな事なら怪我を治す必要も無かったのでふ・・・」


 場を荒らされても面倒なので風音が神楽の口を塞ぐ。

 九重が風音の方を見て疑問を口にする。


九重「何故この女は俺を敵視している? さっき説明した敵じゃないと言ったのは何だったんだ?」


風音「あ~~・・・、いろいろ難しい年頃なんだよ」


九重「・・・なるほどな」


 風音の適当な返答に何故かあっさり納得してくれた。

 さっきの風音の言葉通り別室で既にある程度説明は済ませてある。この星に来た理由、何故尾行していたか等々。

 九重も以前就いていた仕事柄、相手の嘘を見破るのは得意だと言っており少しでも嘘が入ったと感じたら交渉決裂と言われた。

 風音が嘘を吐く理由も無いので全て説明した後、九重も納得し今に至る。ただ、この星に来た理由に関しては信じては貰えたものの盛大に呆れられたが。


九重「しかし一番驚いたのは地球人・・・いや、日本人が居た事だな。まさかこんな場所で翻訳機も無しに会話が通じる奴に会えるとは思わなかった」


風音「いやホントに。僕も最初びっくりしたよ」


 ブラウニーと神楽がそれぞれ九重と風音を見ると、二人とも耳から翻訳機を外している。

 会話をする際どちらか片方が翻訳機をしているだけでも会話は通じるので、今この場ではその状態でも全員言葉が通じる。

 風音はそれが凄く嬉しい様だ。異星に居るにもかかわらず出身が同じ者に出会った時の、何とも言えない安心感。それが表情に出ている。


神楽「・・・・・・・・・・」


 それが何か気に入らないらしく、より一層神楽の九重に対する態度が悪化する。


風音「で、本題なんだけど。二人はこの星の政府に雇われたって事でいいのかな?」


九重「ああ。政府というか、その指示を受けた会社というか・・・だな」


 正確な情報を隠す…と言うよりは、単純に説明が面倒臭いので適当に濁している。


風音「まぁその辺はどっちでもいいや。結局何をしてたのかが気になるんだけど」


九重「調査・・・だな」


風音「何の調査か・・・は、もう既になんとなく分かってるんだけど、その調査自体に意味があったとは思えなくてさ。何か本当の意味とか知らない?」


九重「知らないな。煙草吸っていいか?」


 返答も聞かずに煙草を取り出し火を点ける。


神楽「ああもう! まどろっこしいですわね! もっとこう、スムーズに会話出来ないのかしらあなた! どうして聞かれた事にしか答えないんです? 最初の質問で大体こちらの聞きたい事は全部分かるでしょうに。なぜあなたは意味が無いと知りながら調査をしていたのかだとか、真意を知らないにしても、あなたはどう予想してるのかとか、聞かれなくてもさっさと答えるべきではないのでふ・・・」


 風音が神楽の口を塞ぐ。一回くらい喋り終わるまで待とうかとも思ったが、ずっと愚痴り続けそうだったのでやっぱり止めた。


九重「おい、音羽・・・だったか? ちょっとそいつの耳から翻訳機を外してくれないか?」


風音「ん? いいけど。ちょっとごめん、神楽さん」


 風音が神楽の翻訳機を外すと同時に、九重がブラウニーから勝手に翻訳機を外す。

 突然翻訳機を外されたブラウニーが何事か抗議しているようだが、何を言っているのか全く分からない。

それは無視して九重が口を開く。


九重「・・・生理中かなんかなのか? そいつは」


 あえて神楽の方は一切見ずに風音に聞いた。


風音「いきなり何を聞くんだよ。そういう事言ってると女性陣から嫌われるよ?」


 それが聞きたくてわざわざ翻訳機を外させたのか、と呆れる。


九重「なんでそんなにイライラしてんのかと思ってな」


風音「さっきの九重さんとの戦いでプライドが傷ついたらしいよ」


九重「・・・さっきの? ・・・俺が負けたんじゃなかったか?」


 理由を聞いてさらに困惑する。結果が逆ならまだしも。


風音「・・・女心は複雑なんじゃないかな。よく分かんないけど」


 戦わせずに黙らせるほど強くなりたい、とかなんとか女心とは真逆の事を言っていた気もするが。


九重「・・・なるほどな。それはそうと、お前らは恋人同士かなにかか?」


風音「いや、違うけど。なんで突然?」


九重「わざわざもうすぐ滅ぶ星に一緒に来るくらいなんだから、とっとと結婚したらどうだ?」


 一瞬風音がフリーズする。


風音「・・・いきなり結婚とか言われても・・・僕まだ十六なんだけど。突然そういう事を言う理由は?」


 唐突に何を言い出すのか、といぶかしむ。


九重「そいつ野放しにしたら危険だろ。お前の言う事は聞くみたいだから責任持ってお前が抑えろ」


風音「そんな理由かい」


 いきなりだったので何かそれなりの理由でもあるのかと思ったら、ただの保護者扱いとは。

 風音が呆れて翻訳機を神楽に渡す。

 それを見たブラウニーが九重から翻訳機をひったくって自分の耳につけた。


ブラウニー「いきなりなんすか男同士で。私達に聞かれたくない様な、いやらしい話でもしてたんすか?」


九重「ま、そんなとこだ」


 皮肉たっぷりのブラウニーの抗議を聞き流す。


ブラウニー「・・・やっぱりあんた苦手っすね」


 ブラウニーがまともに九重の相手をするのをあきらめる。


九重「だいぶ話が逸れたが本題だ。実際俺達は何も知らんし想像もつかん。 意味のない調査をして定期報告を入れるだけ、それだけで多額の報酬が貰えるから来ただけだ。 正確にこの後の仕事内容を言うなら、朝までに等間隔で三回報告を入れるだけで今日の仕事は完了だ」


 先程の神楽の抗議を受け、簡潔に全てを答える。

 一応風音達はその答えで納得した。同時にこの星の状況について何もわからない状態に戻った事になる。


風音「滅ぶかもしれない星での仕事を受けてまで多額の報酬が欲しい理由は? ・・・まぁこれは本題とは関係無いから答えたくなければ答えなくてもいいけどさ」


 九重が吸っていた煙草を携帯灰皿に入れる。そして次の煙草に火を点け、遠い目をして語り始めた。


九重「まだ十二歳の娘がいてな。俺によくなついていて・・・・・本当に・・・可愛い盛りでな」


 ゆっくりと煙草の煙を吐く。

 そしてほんの少しだが笑顔を見せた気がする。


九重「娘をどうしても高校に通わせてやりたい。それで多額の金が要る」


風音「・・・・・・・」


 なんとなく察する。

 聞かなければよかった。

 お金の掛かる私立の高校でさえ、こんな危険な仕事をしなければならない程高くはないだろう。

 という事は、多額の金が必要なのは高校そのものではなく娘本人。となると・・・・・・


風音(治療が難しい病気・・・かな・・・・・)


 あまり触れないほうが良かった話題なのかもしれない。


風音「・・・そっか。・・・ゴメン、関係無いのに言いにくい話させちゃって」


九重「いや? 構わんさ。フェクトの土地が高いのは仕方ないしな」


風音「・・・・? ・・・・・・・ん?」


 フェクトの土地?

 フェクトと言えば最近太平洋のど真ん中に出来た、宇宙港がある人工埋め立て地の事だ。

 風音が所有する宇宙船「炎火」と「カノン」が停泊してある。


風音「フェクトの土地?」


九重「ああ。そこに三、四年後高校が建つらしい。主に地球に滞在する異星人達が通う事になるらしいが、フェクト在住なら地球人でも通えるそうだ」


風音「はぁ・・・。それが?」


 ちょっとよく分からない。


九重「娘がそこに通いたいらしい。ただ、知ってるとは思うがフェクトの土地は今おそらく地球のどの土地よりも高い。富豪じゃなきゃ住めん」


 またほんの少し困った表情をした様に見えた。

 基本的に何事に対しても無表情無感情無関心に見える九重が、娘の話題になると表情をコロコロと変える。


風音「まさかそれが理由でこの星に?」


九重「ああ」


風音「・・・・・」


 色々と言いたい事はあるが、まずは。


風音「よくそれで僕の事を馬鹿に出来たね?」


 これだけは言いたい。

 さっき別室で九重を治療した時に、この星に自分の宇宙船の新たな乗組員をスカウトしに来た事を伝えた所、盛大に呆れられた上「お前は馬鹿か?」と何度も言われた。

 「家族や親しい人達の心配も考えろ」とか「本当にそれが自分の命より大事な事なのか?」とかも言われたが、今こそその台詞をそのまま九重にお返ししてあげたい。


九重「お前も子供がいれば親の気持ちが分かるかもな。そいつが駄目ならこいつなんかどうだ?」


 九重の視線は風音しか見ていないが、さっきの雑談の事を引っ張っているのだろう。「そいつ」が神楽の事で、「こいつ」がブラウニーを差していると思われる。


風音「駄目って言うか・・・だからそれは九重さんが決める事じゃないし」


 やたら結婚を推してくる人だなぁと思う。近所のおばちゃんみたいだ。

 いや、近所のおばちゃんでも十六歳の少年に対してこんなに熱く結婚を推してはこないだろう。


神楽「子供のいる家庭ほど素晴らしいものはないと思いますわ」


 神楽が割って入る。

 さっきの二人だけの会話は理解出来ていなかった筈だが、今九重が風音に結婚を勧めているのは理解しているようで、ここぞとばかりに畳み掛けてくる。


九重「そうだな」


 九重が煙草を吹かしながら肯定する。

 さっきまで犬猿だった(正確には神楽が一方的に嫌っていた)二人が嘘のように息ピッタリだ。


 そして唯一話について来れていないブラウニーは、相変わらず何も考えていないであろう表情で飲料を摂取せっしゅしている。

 今しがた九重が、風音にブラウニーとの結婚を勧めた事など気付いてもいない。


風音「そんなに娘さんが大事なら、むしろ命がけで仕事しちゃ駄目でしょ。高校なんて近所の通い易い所でいいし。僕なんて環境が山奥だったから通信制だよ。今でもパソコンで課題提出とかしてるし」


 そんな風音の反論にも。


九重「今まで一切わがままを言わなかった子だ。親としては初めての娘の自己表現を尊重してやりたい。その為なら何でもするさ」


 九重は一切スタンスを変えない。


神楽「そうですわ。子供を大事に思う親の心は何にも勝りますわ。いつか私もそんな立場になる時が来るのでしょうか・・・・・」


 チラッチラッと風音を見る。

 風音は二人の答えに納得がいかないのか、不服そうな表情をしている。


風音「・・・そんなもんかなぁ。ちなみにブラウニーがもし九重さんの娘だとしたら、自分のわがままの為に命賭けてくれたら嬉しい? それともそんな事で命を賭けてほしくないと思う?」


ブラウニー「ん? 娘? 私っすか? ・・・・・・ん~~~~」


 不意の問いにブラウニーが少し考えて答えようと・・・・・。


九重「おい、こんな奴と俺の娘を一緒にするな」


神楽「少々失礼が過ぎますわ。娘さんに謝って下さい風音さん」


ブラウニー「えっ? なにこの状況・・・」


 答える前に前提を潰される。


風音「そう? 致命的なほど何も考えていない子って、自分の娘だとしたら見てて可愛くない?」


ブラウニー「味方は居ないのか・・・」


風音「僕は可愛いと思うんだけど」


ブラウニー「そうっすか・・・・」


 そんな二人のやり取りを、神楽は生暖かい視線で眺めている。


九重「ま、お前に親の気持ちは分からんよ」


風音「む~~~」


 ここまでの自分の意見は決して間違っていないと思うのだが。


神楽「風音さん? 彼の言い分も一理ありますわ。親の気持ちは親にならないと分からないものですわ」


風音「神楽さんまで・・・」


 まさか神楽がここまで九重に賛同するとは思わなかった。


風音「はいはい、そうかもね。少なくとも僕の理由よりはマシなのかもね」


 分が悪そうなので白旗を上げる事でこの話題を終わらせ、ブラウニーが飲み物を入れてくれたコップを口に運ぶ。


風音「あ、これ美味しいな」


 紅茶のような香り高い飲み物だった。

 色んな星の文化に触れる事で分かってきたが、食べ物に関しては地球のものよりも美味しいものが沢山ある。食にそれほど興味のなかった風音ですら裏側の様々な食べ物に惹かれたものだ。

 しかし、飲み物に関しては地球がトップクラスだと思う。他の星の飲み物はとにかく口に合わない事が多いし、他の星の人が地球の飲み物を飲むとその美味しさに驚いて沢山買って帰ることも多い。特にコーヒー、紅茶、軟水の炭酸水などが人気だそうだ。


ブラウニー「美味しいっすよね。九重さんに貰ったんすよ。コウチャっていう飲み物らしいっす。名前まで可愛いっすよね、コウチャ。・・・コウチャッ!」


風音「ああ地球産か、どうりで」


 紅茶のような、ではなくまんま紅茶だったのか。

 一気に飲み干してテーブルにコップを置こうとした時、取っ手が壊れてコップが落ちる。

 反射的にもう片方の手で落ちていくコップを掴んだが、手の中で砕ける。


風音(・・・・・?)


神楽「どうかされました?」


 周りには風音がわざとコップを砕いたように映ったらしい。


風音「いや、随分ともろい素材のコップだね。落としそうになってあせって掴んだから・・・力が入ったのは・・・そうなんだけど」


 にしてもこんなに土で出来たみたいに簡単に壊れるものが、コップとして成立するのだろうか。

 コップの破片を指で軽く挟んでみると、簡単に粉々に砕ける。


ブラウニー「ん? それホテルのなんすけど、間違って変なの持ってきちゃったっすかね?」


 もしかしたら廃棄する予定のコップを持って来てしまったのかもしれないと思い、ブラウニーが片付けようとして席を立とうとする。


風音「ああいいよいいよ。ブラウニーのせいじゃないから」


 多分さっき厨房でナイフやフライパンや鍋などを毒で破壊した分のエネルギーが、体に残っていたのだろう。

 それにしても自分で制御出来ないほどのエネルギーを取り込んだ覚えはないのだが。

 横で見ていた神楽が飛んだコップの破片を拾って指で潰そうとしているが、簡単には潰れないようだ。


神楽「ふっ!」


 気合と共に指で破片を粉々に破壊した。


神楽「確かに、簡単に壊れますわね」


風音「・・・・・うん」


 神楽の負けず嫌いっぷりも相当なものだ。

 しばらくしてコップの片付けが終わった後、神楽から質問される。


神楽「ではこの後どうしましょう? 予定通り災厄の内容次第でスカウトをするか離脱するかを見極めながら、しばらくこの星に滞在するという方向でよろしいのかしら?」


風音「それなんだけど。もうスカウトしたい人は決まっててね。だからもうこの星に滞在する意味が無かったりする」


 そうなのだ。そもそもこの星の災厄の正体を探っていたのは、その災厄に対して真っ向から立ち向かう、そんな気概きがいを持った人物を探すためだ。

 そして目的は様々だろうが、敢えてこの星に来て厄災の正体を真っ向から探ろうとしている人達が目の前にいる。

 本来ならその作戦に参加した人を全員見てみたいところだが、取り敢えず二人もいれば十分だ。

 後は一番肝心な所さえクリア出来れば。


神楽「そうおっしゃるのだろうとは思っておりましたが、承諾しょうだくは得たのですか?」


風音「いや今から」


 一番肝心なのは本人からの了承だ。

 風音達がこの星に来た目的を二人に説明する。九重にはさっき一回説明したが、ブラウニーには初めてになる。


ブラウニー「最初会った時にこの星に用があるって言ってたのはそれっすか。しかも音羽ちゃんが艦長?」


風音「うん。艦長って肩書で呼んでくれてもいいし。映画とかでよく見るんだけど、あれ格好いいなと思ってたんだよ」


 艦長、という響きに反応する。乗組員が少なすぎて風音もまだあまり実感が無いが、一応それでもカノンのトップ・・・艦長なのだ。


ブラウニー「いやそんな事より、なんでわざわざこの星なんすか・・・他にいっぱいあるっしょ」


 説明を聞いたブラウニーから、九重の時と同じように呆れられる。

 でも何故だろう、九重の時と違いブラウニーに呆れられると何倍も悔しい。


風音「・・・という訳でブラウニーと九重さん、もし良かったらウチの宇宙船の乗組員になってくれないかな?」


九重「断る。今は無駄な事をしている余裕は一切ない」


 こちらは即答、そして。


ブラウニー「え~~? 突然っすね。私の方は今の所故郷に帰る気も無いんで、生活さえ出来ればどこでもいいっすけど・・・音羽ちゃんの目的にもよるっすね。 その宇宙船で何がしたいのかとか。ぞくみたいな事するならお断りっす。 あと仮にそれを引き受けるにしても、受けた仕事を半端で終わらせるのは嫌っすから、この星の仕事が終わってからっすね」


 ブラウニーの方は期待が持てそうな返答だ。


風音「大丈夫。僕も賊は嫌いだから。何がしたいか、か。 ・・・正直いろんな星を見て回りたいっていう漠然ばくぜんとした目的しかないんだよ。やりたい事はこれから見つけていきたいかな」


ブラウニー「へぇ・・・面白そうっすね、そういう人達は結構居るんすよ。ま、状況によっていつ抜けてもいいなら良いっすよ」


風音「ほんとっ!? よっしゃ一人ゲット! よし、九重さんもこのビッグウェーブに乗ろうよ」


九重「こいつの加入がビッグウェーブ? 冗談だろ? こんなもんさざなみ以下だ」


 火の点いた煙草をブラウニーの方に向けて言うが、言われたブラウニーはちょっとよく意味が分かっていない。


風音「まぁそう言わずに詳しい話くらい聞いてよ」


九重「聞く必要はない」


 かたくなに断られる。


神楽「断る人を無理に誘っても仕方ないですわ。残念ですがここは諦めましょう。それにお忘れですか? 私達の小型船は三人乗りですよ? どうせ一人しか乗せて帰れませんし」


 最初の印象では九重など神楽の方からお断りだったが、今は本当に残念だと思っている。風音に対して真っ向から結婚を急かす人物は是非欲しいので、多少性格が気に入らないのは我慢しようと思っていた。


九重「だそうだ。 諦めろ」


風音「そっか、残念。じゃあ諦めようかな。ブラウニーが来てくれるだけでも充分嬉しいしね」


ブラウニー「なんか面と向かってそう言われると照れるっすね」


 ぎこちない手つきで紅茶を飲んで照れ隠しをする。

 そして、風音が少しわざとらしく独り言を言うように呟く。


風音「ただ、僕ちょっと前にフェクトに小さめの空港くらいの広さの土地を貰ってさ、そこに宇宙船を二隻置いてその中で住んでるんだよ。 僕達はちゃんとフェクトの住民として認められてるから、九重さんも加入すれば住民票貰えるんじゃないかな。 もし貰えなくても正直土地が余りまくってるから家建ててもいいし。住居を構えれば間違いなく住民票は貰えるでしょ・・・・って思ってたんだけど、神楽さんの言う通り無理強いは良くないね」


 風音が喋り終わるか否かくらいの頃に、九重がブラウニーの頭に銃を向ける。


九重「おい、お前が降りろ」


ブラウニー「んんっ!?」


 飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる。


九重「聞いてただろ? 三人しか乗れないそうだ。お前が降りろ」


ブラウニー「な、なんすかこの怒涛どとうの展開。ごめんなさい、ちょっと話に付いていけてないんすけど」


 ブラウニーはフェクトとか知らないので、さっきからその辺の話題は自分には関係ないと聞き流していた。

 だから今なぜこんな事になっているのか理解出来ていない。


風音「大丈夫だよ、九重さん。先に承諾してくれたブラウニーを優先して連れて帰る予定だけど、連絡先さえ分かってれば後で迎えに行くし。 っていうか、この仕事終わったら一旦地球に帰ったりしないの?」


九重「もちろん帰る。娘が待っているからな」


風音「じゃあそれこそいつでも迎えに行けるよ」


九重「そうか」


 九重が銃をしまう。


ブラウニー(人の頭に銃突きつけといて、そうか。で終わりって・・・)


 釈然しゃくぜんとしない面持おももちで、ブラウニーが九重を見る。


九重「・・・ん? ああ、心配するな。この銃は偽物だ。銃は冗談で人に向けていいもんじゃないからな」


 今ブラウニーに向けた銃を見せながら言う。ブラウニーもこういった仕事をしているので、一目見てモデルガンである事は分かったが。


ブラウニー「モデルガンでも人に向けちゃ駄目っすよ。・・・なんでそんなもんまで持ち歩いてんすか・・・」


 愚痴るブラウニーは無視して、九重が風音に質問を始める。


九重「ところで・・・その宇宙船には部屋がいくつかあるのか? まさかカーテンしか区切りの無い大きな部屋で皆で一緒に暮らすとかじゃないだろうな?」


 娘を連れて行かなくてはならないので、九重にとってはその辺は重要だ。


風音「部屋は余りまくってる状態。色々あって今は乗組員の五人全員カノンの方に住んでるんだけど、カノンだけでもまだ50人以上はいけるよ。三階層分が丸々居住区になってる炎火ほのかに至っては、アホほど部屋が多いのに今は無人状態だし。その代わり一部屋の広さはそんな広くないけどね。今炎火に住めば貸し切り状態かな。 ただ食事を自分で調達するならいいけど、食堂を使うなら食事の度にカノンに来なきゃいけないから面倒だと思うよ。炎火からカノンまで移動するだけでも結構時間がかかるし」


 近い内にルミナとレスタがカノンと炎火を一瞬で行き来できる装置を設置してくれるらしいが、今の所まだ必要な素材が手に入っていないらしく設置作業にすら入っていない。


 食堂に関してだが、風音がフェクトに土地と住む権利を貰った時、一緒におよそ二年分の食費というか商品券を貰った。しかも部屋が沢山あるカノンと炎火に人が満員で住む事を想定した上での二年分だ。

 今はまだ五人しかいないので、ほとんど減っていない。商品券は使おうと思えば食費以外にも使えるが、せっかくフェクトに住む為にと食費として提供されたものだ。食費以外に使うつもりは無い。

 おかげでカノンに住む人達にはしばらく食事は無料で提供出来るという事も併せて伝える。


風音「炎火に住みたい場合、商品券は渡すから自分で食材を調達して、料理は自分で作って貰うって形になるかな。カノンに住む場合は食材は常に沢山補充してあるし、ある程度の料理は機械が勝手に作ってくれる感じかな。それ以外にかかる光熱費とかはサルトさんって人が家賃代わりにって言って払ってくれてるっていう現状です」


 ただ、正直機械が作る料理があまり美味しいとは思えない。

 いつか自分で作れるようになって手作りにしたいし、今後カノンの乗組員になってくれそうな幼馴染の中に料理が出来る子が二人いる。出来れば彼女らにも手伝って欲しいところだ。


九重「そうか。 その辺はおいおい考える。さらに重要な質問だ。今居る乗組員の中に、娘に手を出しそうな奴は居るか?」


 言葉に冷気が帯びた様に、冷たく恐ろしい声色で聞いてくる。


風音「今十二歳だっけ? ほぼ小学生だもんな・・・」


 風音が少し考える。

 今年で十三歳として。中学生の初等部って事は・・・レスタが近い年齢だが、あまりそんな話題が出ないのでよく分からない。

 やっぱりレスタもそういうのに興味あるのだろうか。

 あの子はまだまだ子供というか・・・暇があれば風音に引っ付いてくる印象しかない。

 むしろレスタのあの可愛らしい顔立ちと優しい性格は、逆に相手から好かれるパターンが多いような気もする。


風音「・・・どうだろ? いないと思うけど」


九重「・・・良かった。居たらまずそいつを処分しなければならんからな」


 冗談には聞こえないが、そんな事を言われるとからかいたくなる。


風音「あ、でも高校生くらいになったら僕が言うかも。お義父さん! 娘さんを僕に下さい! とか?」


 銃声。


 風音の額にゴム弾がヒットしていた。


風音「おぉ・・・・ほんまに撃ったでぇ・・・」


 一応予想していたので体の周囲に毒を展開していた。ゴム弾は風音に直撃した直後にバラバラに砕け散る。

 ほとんど痛くはなかったが、本当に躊躇なく撃ってきた。


 隣で神楽が反射的に反撃しようとしたが、それも予想出来ていたので手を神楽の前に出して制する。


九重「表情から冗談だと察したからゴム弾にしてやった。ただ次は無いぞ」


 今撃った方の逆の手には実弾入りの銃が握られている。

 次はこっちで撃つという脅しだ。


風音「そりゃどうも。僕には実弾は効かないから、むしろそっちの銃の方が怖くないけどね」


 一応言い返しておくが、からかうのはここまでにしようと心に誓う。と言うのも、見ていて可哀想なくらいブラウニーが怯えている。


 もっとも、ブラウニーが怯えたのは九重の発砲ではない。

 その後の神楽が反撃しようとした時のあの、目の前の人間を何のためらいもなく殺してしまいそうな冷徹な瞳。それを真正面からまともに見てしまったからだ。


ブラウニー「お、音羽ちゃん。さっきから思ってたんすけど、そろそろ食事にしないっすか?」


風音「そうしよっか。でも僕は食事はいいや。街がこんな状態だしこの後神楽さんと交代で朝まで見張りをするつもりだから、その暇な時間に適当にる事にするよ」


 ちょくちょく携帯食料を食べていたので今はそんなにお腹が空いていないし、まだ少し食べかけが残っていた筈だ。

 封を開けた分はいっそ食べてしまわないといけない。


 全員での会話が一段落するなり、九重はどこかに電話をかけている。


九重「すまない、業務連絡だ。 夜中の定期報告の件だが、犯罪者関連で少し事情があって今第三地域の定点に居る。今から自分の持ち場に戻る予定だが、次の定期報告が少しだけ遅れるかもしれない。 ・・・必要無くなった? ・・・理由は? ・・・どういう事だ? ・・・地域担当のブラウニー・レイスコア・イル・メイサも居る。代わった方が良いか? ・・・・・・・・・じゃあもうそこで解散って事でいいのか?」


 しばらくして電話を切る。


風音「何? 予定外の事態にでもなった?」


九重「・・・ああ。いい意味でな。もう俺達がやる仕事が終わったらしい。この場所に待機さえしていれば、この後予定していた定期報告も必要無いんだとさ」


風音「って事は滅びの原因を突き止めたって事?」


九重「・・・だという事なのかどうかを尋ねたが、その辺ははぐらかされた。今日はもう休んでくれと。明日朝同じ場所から何か周囲に大きな変化が無いか報告して、それで仕事は終わりだそうだ」


ブラウニー「えっ? そうなんすか? じゃあ今日寝れるんすか? 寝れないと思ってたのに」


 横で聞いていたブラウニーがちょっと嬉しそうに反応する。


九重「そうだな。ついでにお前にも伝えておいてくれと言われた。 だから報告はしなくてよくなったが・・・仮に報告があっても、三時間置きだったから多少は寝ても良かっただろ。寝ずにやる予定だった意味が分からんな」


ブラウニー「いや私、一回寝ると気が済むまで寝ちゃうんすよね。何があっても絶対起きないっす。だから夜間報告は徹夜でやる気だったんすけど、その必要も無くなったんすね。・・・という訳で、ベッド確保~~~!」


 二つしかないベッドの片方に、自分の荷物を放る。


九重「俺も食事はパスでいいか」


 言うが早いか、もう一つのベッドに向かって歩き出し、ベッドの横にある椅子に上着を放る。

 そのまま洗面所に向かっていった。


風音「うわ、流れるような展開で二人にベッド取られたよ。僕らはソファーを組み合わせた上に布団敷く感じでいいかな? 神楽さん」


神楽「えっ、ソファーに? 何ですかそれ楽しそうですわ。ワクワクしますわ」


 どうやら修学旅行気分でいるようだ。


風音「喜ぶんだ・・・。お姫さまって結構寛容かんようなんだね」


 速攻でベッドを獲ったブラウニーと九重に、愚痴の一つでも言うのかと思ったらそうでもなかった。


神楽「では私は何か料理でも作って食べてきますわね。ブラウニーさんの分も作りましょうか?」


風音「!!?」


 携帯食料を探す為にカバンを漁り始めていた風音が、高速で振り向いて止めようとするも。


ブラウニー「あ、いいんすか? じゃあお願いしま~す」


 手遅れだった。

 食堂に行くために部屋を出て行った二人を見送った後、風音達が寝る場所の準備をしてから、テーブルの上に飲み物と携帯食料の残りを置く。

 そうしている内に九重が、何か出かける準備をして部屋から出て行った。

 こんな時間に何の用事があるのかなと思っていたら、ものの数分で帰ってきた。


風音「何なん? 何がしたいの?」


 思った疑問を口にする。


九重「ちょっとしたサバイバルゲームをな。・・・しようかと思ってたんだが全員出頭しやがった。つまらん」


 よく分からない事を口にして、ベッドに向かう。


 そしてしばらくして食事に行った二人が戻ってきた。

 神楽はニコニコしながら洗面所に向かっていったが、それとは対照的に、死にそうな顔をしているブラウニーと目が合う。


ブラウニー「料子は無い・・・料子は無いわ・・・・」


 とぶつぶつ言いながら同じく洗面所へと向かって行った。





 全員が寝静まった部屋で、風音が一人椅子に座ってぼんやりとしている。


風音(・・・暇だなぁ・・・・・・)


 ・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・


 チラッと時計を見る。

 まだ皆が寝てから一時間しか経っていない。


風音 (・・・しかし)


 ・・・・・・

 ・・・


風音(暇だなぁ・・・)


 ・・・・・・・・・・

 ・・・


 そういえば治安組織の人が野盗達の身柄を引き取りに来るとか言っていた。なんとなく窓から外を見るが、特に何も来ない。


風音(いつ来んのかな・・・)


 結構遠くから来るみたいなので時間はかかるだろうが、遅すぎる気もする。街の状況が分かっている筈なので武装しているだろうから、まさか野盗に襲われて頓挫とんざ、という事はないだろうし。

 風音が飲み物でも飲もうとポットを持つと、ポットの取っ手が壊れる。


風音(?)


 見ると、取っ手が握り潰されている。


風音(そういえばさっきから何かおかしい・・・)


 コップの時といい、触った物が簡単に壊れてしまう。

 おかしいと言えばもう一つあった。さっき九重にゴム弾で撃たれた時だ。

 撃たれるかもと予想して覚悟していたとはいえ、あんなに痛みが無いものか。

 手に力を込めてみると、自分が想像していたよりも遥かに大きなエネルギーを感じる。


風音(何だコレ? 自分の毒の力を制御出来ていない?)


 明らかに自分の技、毒によるものだ。さっきのいざこざの時以外に何かを毒でエネルギーに変える様な事をしただろうか。

 記憶にない。

 まさかとは思うが、無意識に周囲の物を毒で崩壊させているなんて事が無いかどうか、その辺を見て回る。

 特に……壊れているものは無い。

 が、異変に気付く。

 寝ている三人の息が突然荒くなり始めた。

 よく見ると、三人とも顔や手など露出している部分に黒いあざが出来ている。


風音「えっ!? 何これ!?」


 急いで三人を起こす。

 神楽と九重は辛そうに呼吸をしながら起きあがるが、ブラウニーは起きない。


風音(まさか僕の毒のせい・・・?)


 不安が形になったのかと思いゾッとする。


風音「神楽さん! 大丈夫!?」


 声を掛けると、無理やり笑顔を作って風音の方を見る。


神楽「これしきの事・・・大丈夫ですわ。まさか滅びの正体がものとは・・・どうして事前に情報が・・・それより、私の事などよりも、風音さんは大丈夫ですか?」


風音「僕は大丈夫。・・・ああ、もういいから無理しないで」


 無理に笑顔を作っているのが分かり、見るだけで心が痛む。


風音(つぐもの?)


 神楽が辛そうなので無理に喋らせずに携帯端末で調べる。

 あった。

 ブラックリスト生物災害の四

 意志を持つウイルス、ブラックリスト名「継ぐ者」

 ウイルスの中でも特異な存在。明確に意志を持ったウイルスで、解析の結果膨大ぼうだいな量の宇宙全体の星々の情報を持っていると思われる。

 全ての個体が情報を持っているわけではなく、大量にいるウイルスの中から一匹だけが全ての情報を持ち、この個体が意志を持ち他に命令する。


 大量の知識を持つためか肥大化したこの個体をブラックリストでは「継ぐ者」と名付けた(理由は後述)が、この名称が広まった結果、一般ではこのウイルス全体を継ぐ者と呼ぶ場合が多い。


 以下、ここでは意志を持つ個体を継ぐ者、その他の個体はウイルスと呼ぶ。

 個々が意志を持つ訳ではなく一つの個体が意志を持ち、他に指示するという形態をとってしまった為か、他種のウイルスとは違い個々で動く事がない。

 ウイルスは継ぐ者から生み出され、継ぐ者を中心に感染を広げ、継ぐ者の命令に従うのみである。

 その生態のおかげで後述の対処法にもあるように、継ぐ者を討てば全てのウイルスは活動を停止する。


 感染を広める為に、感染者に感染を気付かせない行動をとる。活動中や人気の多い場所では発症しないが、静かな場所、人気のない場所などや感染者が寝静まった頃に発症し一気に重篤化する。

 重篤じゅうとく化した後、全身に黒い斑点はんてん、痣が確認され発症後四~五時間で死に至る。


 感染力は全てのウイルスの中で最大。

 防護服は意味を持たない。ウイルスが存在する範囲に入れば密閉された鋼鉄の中の人物にまで感染したとの報告あり。

 致死率は現在の所百パーセント。後述の方法を除き回復手段なし。薬剤の効果は無し。


 症状。

 全身に黒いあざが現れる。この痣にかゆみなどは無い。その他主な症状として、全身の激しい痛み。吐き気。内臓機能のいちじるしい低下と、それに伴うあらゆる疾患。等々。


 対処法。

 継ぐ者を見つけ出し、これを駆除すれば他のウイルスは機能を止める。

 継ぐ者の大きさは二メートル程。水晶のような体を持ち、針金のような足を持つ。動く気が無いのか動く事が出来ないのかは不明だが、この個体は一度根付いた場所から動く事は無い。

 多少知恵があるため見つかりにくい場所に潜む。

 駆除に成功すれば死に至っていない患者は回復に向かう。上記致死率は、駆除が出来なかった時のデータである。


 発症の条件は上記の通りだが例外として、継ぐ者を発見し破壊しようとした際に重篤化したとの報告もあり。

 ただし継ぐ者自身が非常にもろく物理的な抵抗もしないため、危篤きとく状態にでも陥らない限り発症しても破壊は容易。

 駆除に失敗した場合は発生した地域、あるいは星そのものが死に至る。


 仮に駆除に成功しても一定の期間を置いた後、宇宙のどこかにまた現れる。

 そして意志を持つ個体の遺体を解剖し遺伝子情報を解析した結果、新しく生まれた意志を持つ個体は世代交代の壁を越えて先祖が得た知識を全て継承し保有していると思われる事から「継ぐ者」と名付けられた。


 次世代の継ぐ者は先代が死んだ場所から、遠く離れた宇宙のどこかに自然発生するかのように突然生まれるという事がよくある。

 それでも記憶が引き継がれていく原理は不明のまま。



風音(こんなやばいのが居るなら誰か教えてくれてもいいのに)


 高速で読み終えた風音が毒づく。

 星が死ぬ、とはっきり書かれてある。星が滅ぶと聞いて風音が思い浮かんだのは隕石や星の自壊だったが、病原体を失念していた。

 それも仕方ない事だ。もうこの時代、ちゃんと治療を受ければ治らない病気などほぼ無いと言っていい。 まして、裏側の医療技術は地球よりも上だ。

 まだ裏側に詳しくない地球出身の風音には、星を壊滅させるほどの病原体が存在するとは予想すらしていなかった。


 そして気付けなかった理由がもう一つ。

 この星に来るまでの移動中に、何か滅びに繋がるヒントは無いかと思ってこの星での噂や政府の対応などを調べていたのだが、継ぐ者の話題など一つも無かった。ブラックリストに載るほどの病原菌なら一回くらいは話題に上がりそうだが・・・。

 しかしこんなものはまず真っ先に政府が注意喚起を・・・まさか隠蔽いんぺい・・・?


風音(いや、考えるのは後だ。僕が無事って事は・・・)


 毒の力に目覚めてから風音には毒やウイルス、病原菌による病気が効かない。理由は風音自身が持っている毒が勝手に体内でそれらを駆除、破壊してくれるから。


 だが、それが継ぐ者にも効くのか? 効いているから発症していないのか? と自問する。

 もしかしたら風音だけが寝ていなかったので発症していない可能性もある。しかし静かな場所や人気のない所でも発症するとも書いてあった。風音も発症する条件はそろっていたはずだが・・・


 もういい。考える前に行動だ。


風音「神楽さん、ごめん」


 神楽に抱きついて半開きになっている神楽の口に自分の唇を重ね、治癒と毒を同時に吹き込む。

 神楽の身体が青白い光に包まれる。神楽の表情が険しいものから穏やかなものに変わるが、顔の痣が消えない。

 毒の方を他人の体に入れるのは初めてだが、風音の毒は元々生物にはほぼ効かない技だ。濃度が低ければ人体には全く影響無い筈。

 ただし力があふれている状態で、濃度の濃い毒を出せば生物にも効いてしまう。


 何故か今は自分の力が必要以上に出てしまう状態にあるので、意識して濃度を減らし注意して吹き込んだが・・・。

 ウイルスを全滅させても侵された細胞は戻らないのだろうか。

 ウイルスは細胞内に侵入する。風音の体内ではウイルスが細胞内に入る前に駆除されるが、すでに入ってしまった後で毒は通じるのだろうか。毒が体内に滞在している間は、少なくとも増殖は防げるはずだが・・・。


 場合によってはおかされた細胞を破壊し再生させなければならないかもしれないが、風音では無理だ。

 体内の細胞を選別して破壊、そして再生。・・・おそらく風音の母親なら出来るだろう。

 治らない様なら今すぐにでも無理矢理三人とも小型船に詰め込んで地球に帰る事も辞さない。

 わずか四~五時間で死に至るらしいが、逆に言えばこれほどの速度で進行して四~五時間もつとも言える。

 体内のウイルスを制御し進行を止めた今の状態ならその数倍はもちそうだ。

 なら地球まで十分間に合う。


 問題は検疫けんえきだけだ。

 やってきたこの星の宇宙港に関しては無人なのが幸いした。

 出て行く際には八時間ほど小部屋で待機・・・とかいう条件があったが、毒のおかげでそのやり方ではウイルスは検出されないだろうからこの星から出るのは行けそうだ。

 問題は地球の方だ。継ぐ者の感染者と見られる外見の者などまず地球に入れてもらえないだろう。

 携帯端末を取り出す。仕組みは知らないが裏側産の改造端末をルミナから貰ったので、離れた星にもメールや電話が出来る。

 母親に高速でメールする。


 「もしかしたら母さんの助けがいるかも。動ける?」


 送信完了の報告後、あっという間に返信が来た。

 早すぎるだろ。

 裏側なのだから、宇宙の果てと言ってもいいくらい離れているのに。自分で使っていながら、一体どんな仕組みの端末なのか気になった。


 「ええ。必要ならまた連絡して。いつでも助けてあげるから。風音の邪魔するものがあるなら全部全部全部全部全部全部全部私がじ伏せてあげるからね。ずっと私のそばにいれば悩む必要も無くなるから、実家に帰る事も考えておいてね」


 狂気を感じるほど頼もしい返事だが、この文字数をどうやってこの短時間で打ったのだろう。まさかこの文章全てが予測変換に登録されているのだろうか。

 ともかく場合によっては母の力を借りて強引に地球に入ろう。


 だがその前に。

 神楽の全身に行き渡るように毒を吹き込みながら急いで携帯端末で調べる。継ぐ者。痣。回復。過程。思いつく単語を入れて検索する。

 横目で携帯を見ながら、過去に継ぐ者を罹患りかんし回復した人の回復過程を調べる。

 症状が収まればもう心配はいらないようだ。継ぐ者から回復した者はしばらく痣が残るが、痣は数日で消えていくと書いてある。

 ただ治ると言っても、罹患中に内臓や脳に大きなダメージを負っていたらそれはそのまま残る。

 ウイルスが活動を止めたからといって、それまでにやられたダメージまで一緒に消えてしまう訳ではない・・・・。と書かれてあるが、まぁこれは当たり前か。


 まだ三人とも発症して間もないので、まだ大きく損傷している内臓などは無いだろう。それに脳の大きな損傷以外は風音が治療出来る。

 少し安心して唇を離す。

 神楽の表情は既に穏やかなものだ。ウイルスは全部駆除出来たと思う。細胞内のウイルスまでちゃんと処理出来たという事なのだろう。

 そして、治ってしまえばこの痣も気にしなくていいという事なら。


風音「あ~~・・・良かった・・・。まだ絶対とは言い切れないけど、多分大丈夫・・・かな・・・。母さんの助けは要らないかも」


 後で大丈夫メールを入れておこう。


神楽「ありがとうございます・・・」


 珍しくしおらしい声でお礼を言う。


風音「どういたしまして」


 風音が神楽から離れようとすると、神楽が抱きしめて止める。


神楽「・・・すみません。本音を言うと不安でした。もう少しこのままでも良いでしょうか?」


 久しぶりに17歳の年相応な表情を見せている神楽に、風音が頭を撫でてさとす。


風音「僕も今神楽さんが助かってホッとしてるから、もうちょっと無事を実感したいって言うか離れたくない気分なんだけど、急いで九重さんとブラウニーを治療しないと」


神楽「・・・そうですわね」


 名残なごり惜しそうに神楽が風音の体から手を離す。

 発症後四~五時間と書かれてあったのでまだ時間はあるだろうが、それでも急ぐ。あの九重と神楽がこれほど苦しそうにするなど、よほど厄介なウイルスに違いない。


 続けて九重のベッドに行き同じ事をしようとするも、両手で顔を押さえて止められる。


九重「おい・・・さっきと同じ・・・のどでやれ」


風音「うるさい」


 九重の手を振り払って口付けすると、九重の体と周囲に紫色の瘴気が漂う。

 やはり調節が難しい。自分の想定よりも遥かに力が出てしまう。神楽の時よりも慎重に毒を吹き込む。

 終わるなり九重がいらついた声で言う。


九重「だから喉でやれと・・・」


風音「無理なの! 回復は一人一日一回までしか出来ないんだよ」


 さっき九重の怪我を治そうとした時、同じように口付けで治そうとすると頑なに拒否された。

 そんな事するくらいなら自力で治す、と。

 こっちだって我慢してやるのだから、わがまま言うなと言っても拒否の一点張り。


 しかしあまりにも手が酷い怪我だったので、風音から一つ提案した。

 野盗の一人に実演して見せた様に、治療の息を吹き込むのは口じゃなくてもいい。

 体のどこかに、息を吹き込めるだけの穴を開けてやればいいのだ。


 多少痛いし血も出るが喉に小さな穴を開けてそこに口を付けて回復させるか、大きな穴を開けて口を付けずに息を吹き込み回復させるか。そして最後に喉の怪我を治して終わり。というのはどうだろうか、と。

 そのどちらも嫌と言うなら、もう自力で治してもらうしかない。というのを提案したところ、九重が少し悩んだ。

 ブラウニーから風音の他人を回復させる力は聞いていたので、しばらく悩んだ後大きな穴を開けろと言われた。


 そんなに男から人工呼吸されるのが嫌なのか。

 内臓と手がボロボロになっているという状況なのに。と九重の対応に呆れた。


九重「ああ? 一回しか出来ないも何も、実際今二回目の治療をしただろうが」


 無理も無い事だが、九重には風音の技の特徴が理解出来ていない。


風音「・・・そうなんだけど、そうじゃないんだよ。さっきのは文字通り怪我の治療。 で、今のはウイルスを駆除する為に毒を吹き込んだだけ。要は・・・怪我の治療は一回しか出来ないって事だよ」


九重「・・・・・・・?」


 毒を吹き込まれた?

 そう言われても九重としてはどうリアクションを取って良いのか分からないが。正直さっき怪我を治療する技を見せられた時も、態度には出さなかったがちょっと引いた。


風音「あの時は一回目だから喉の穴をふさぐことが出来たけど、今あんなのやったら病気は治っても怪我で死ぬよ。 それと、何度も言うけど神楽さんと違って九重さんはさっき一回回復してるから、今回は毒しか吹き込んでない。ウイルスが居なくなっただけで、身体の治癒は出来てないからね。 どこか内臓が軽くやられたりしてるかもしれないし、安静にしてた方が良いよ」


九重(・・・・・・・・)


 よく分からないが、ああいう形での治療しか出来なかったという事か。と解釈する。


九重「クソッ! 俺とした事が・・・・」


 病気ごときであそこまで弱ってしまったことに苛立つ。


風音「まあいいじゃない。人助けの為の行動だから、要は人工呼吸と同じ同じ」


 そう言いながらブラウニーの方へ向かう。


九重「・・・確かに、な。・・・ま、助けてくれた事には感謝してる」


風音「どいたしまして~」


 いちいち堅い口調の九重に、あえて軽い返事をする。


 さて、ブラウニーだ。

 何故かこの子は起きない。見た感じ結構苦しがっているのだが。

 見ていると突然風音の顔が少し熱くなる。先の二人の時と違って緊張してるっぽい。


風音(冷静に考えたらこの子、今は普通に部外者の女の子なんだよなぁ・・・そんな子が寝てる時に勝手にキスとか・・・)


 せめて起きてあの二人の治療を見てくれてたら・・・・・

 風音が自分の頬を叩く。


風音(って、そんなん言ってる場合じゃないか)


 九重に対しては自分で人工呼吸とか言っといて、いまさら何を考えているのか。と言い聞かせ、治療を急ぐ。


 ブラウニーの唇を開けて、自分の唇を重ねる。

 やはり力の調節が難しい。なぜこんなに力がみなぎるのか。

 いや、今はそんな事よりも治療の事を考えなければいけない。と毒の濃度が上がらないように調節する。人体に影響が出るほどの濃度になると簡単に死に至ってしまう。


 治療が終わると、ブラウニーの表情が普通の寝顔に戻る。

 その寝顔を見ていると安堵あんどと共に、やはり罪悪感というか・・・顔が熱くなる。


 今までこういう事は身内にしかやった事が無かったからだろうか? なんだか鼓動こどうも早くなる。


 急に風音が背後に凶悪な気配を感じ、反射的に振り返ると神楽が立っていた。笑顔だが何故だろう、目が怖い気がする。


風音「あれ? 神楽さん、もう歩いて大丈夫なの?」


神楽「・・・・・・・」


 ただただ笑顔の神楽が、風音のほおを指でつまんでひねる。


風音「な、何?」


神楽「いえ? ただ、同じ行動なのに意味合いが違う気がして」


風音「え? どういう・・・・」


 更に強く捻られる。


風音「痛っ!」


 ・・・・くは無かったが、反射的に声が出る。


神楽「凄く喜ばしい事ですわ、風音様が女性と親しくなるのは。その調子で頑張ってくださいね。ただ・・・」


 この言葉に嘘はない。

 だが嬉しい反面ブラウニーと自分に対する、治療中の風音の態度の差に苛々して仕方がない。


神楽「私も間違っておりました。風音様に必要なのは、他の女性と親しくなる事だけではありませんでしたわ」


 真に見るべき女性をないがしろにする、そのイカれた審美眼しんびがんを叩き直さなくては。

 更に強く捻る。


風音「千切れるっ! 千切れるからっ!」


 ここでようやく解放される。そしていつもの笑顔に戻って言う。


神楽「今後もその調子で、その子と仲良くなって下さいませね」


風音「え・・・うん」


 その調子で、と言っているのになんで頬をつねられたのか聞こうかと思ったがやめる。また何か地雷に触れそうな気がした。


 さっきの塗り固められた笑顔ではなく、一応いつもの表情に戻ったように見えるので余計な波風は立てない事にする。


風音「取り敢えず無事で良かった。そういえば野盗達はどうなんだろ?」


 あれも助けなくてはいけないのか? ・・・と思ったがさっきの端末での説明を思い出す。おそらくまだ発症していない可能性の方が高い。

 あれだけ神楽に滅多打ちにされたのだ。それも苦痛から逃れる事が出来ない様に、気絶を許されなかった。


 自業自得とは言え、見てて哀れになるほどのあの状態では痛みで寝る事など出来ないだろうし、大人数で一つの部屋に入れられている。しかも苦痛で常にうめき声を上げていた。


 要は、継ぐ者が発症しにくい条件が偶然揃っている。


神楽「あれは放っておきましょう。死んだら死んだですわ」


風音「そうだね。善人ならまだしも、凶悪犯と分かっててあの人数に治療するほど僕も人間出来てないし」


神楽「治療・・・ねぇ。女性の顔をのぞき込みながら、顔を真っ赤にして行うのが治療・・・ねぇ。確かに私と九重にはただの治療でしたわ。ずっと端末を見ながら意にも介してませんでしたし・・・。治療後私からはすぐに離れたような気がするのですけど、なぜかブラウニーの時だけずっと離れようとしませんでしたわね・・・」


 小声でブツブツと独り言を言っている神楽からまた不穏ふおんな空気が流れ、神楽の衣服がゆらゆらとひとりでに動いている。

 さっきと同じ気配を感じ、風音が逃げの一手を選択する。


風音「え~~・・・と。あいつらを助ける気はないけど、でもまぁ寝たら死ぬくらいは伝えてこようかな」


 そんな事をしたらパニックになるかもしれないが、取り敢えず今この場を離れる言い訳が欲しい。

 そそくさと風音が部屋を出て行く。


九重「痴話ちわ喧嘩も結構だが、状況は思ったより深刻かもしれんぞ。この星の上の奴等の考え方にもよるが」


 残された神楽に九重が話しかける。

 九重も治ったと同時に色々調べていたらしい。

 神楽が振り返ると、九重はなんだか難しい表情をしている。


神楽「それは言われなくとも分かっておりますわ。まさか継ぐ者があれほどとは・・・・」


 自分はどんな苦境でも乗り越えることが出来ると自負していた。昔継ぐ者の話を初めて聞いた時もその自信は一切揺るがなかった。

 しかし実際にかかってみて、発症からわずか数分で笑顔を作る事にすら全力を要したあの絶望的な状態。あのまま乗り越える事が出来たかどうかはなはだ疑問だ。


 あんなものが星全体に広まったら・・・・・地獄だ。


九重「いや、もちろんそのウイルスがこの星に居るという事実も深刻だが、そういう事じゃない」


 考えを整理したいのか或いはただのヘビースモーカーなのか、たった今病気で苦しんでいた筈なのに早速煙草を取り出し吸い始める。


神楽「少しはご自愛なさいな。病み上がりに煙草は無いでしょうに。痣が余計黒ずんでも知りませんわよ?」


 そんな神楽の忠告は無視して喋り出す。


九重「俺も地球出身なんでな。その病気については知らなかったが、今調べたら出てこなかった。情報が遮断されている。試しに継ぐ者の事をネットワーク上に書き込んでみたがそれも消されたらしい。・・・何故あいつの端末では見られたんだ?」


神楽「オフラインでの情報検索ですわ。レスタ君…知り合いの天才が作った物で、端末情報を更新させた時点での、あらゆる宇宙のネットワークの情報を端末が記憶しています。それをオフでも呼び出して検索が出来るのですわ」


 普通無理なのだが、風音の持っている端末はレスタが設計しルミナが作成した特別製だ。風音が検索すると勝手にオンオフ同時検索になる。

 と、ここで今話題の風音が帰って来た。


風音「予想通りって言うか、あいつら発症してなかったよ」


神楽「それは残念ですわ。そのまま病死してくれればよかったのに・・・」


 分からなくもないが、ノーコメントにしておく。

 ここまでの会話の流れを神楽から簡単に聞き、風音が椅子に座って話を聞く姿勢に入る。


九重「ちょっとそのウイルスの情報を見せてくれないか?」


 風音に言う。継ぐ者のページを開き、端末を九重に放り投げる。

 受け取った九重がざっと目を通し、小さく舌打ちした。


九重「どうも」


 九重が風音に端末を放って返す。

 まだ眠気が残っているのだろう。神楽がふわぁっと小さく欠伸あくびをしてから九重に尋ねる。


神楽「で、深刻とは?」


九重「問題は、何故情報統制しているかだが・・・さっき別の方向から調べてみた」


 英雄メイクリットという予言者の詳細を調べてみたが、これまでの予言と見比べると今回の予言に疑問を感じた。


九重「このメイクリットという男、厄災を予言する時これまでの予言では毎回、ちゃんと原因を示唆しさしている」


 例えば隕石によるものが原因だった場合、予言の中に「空から降る」という言葉がある。

 他にも地盤から地震と共にマグマが吹き出し、星ごと大量のマグマで覆われて火の海に変わり果てた星もあったが、これも予言の中に「大地から業火が」という言葉がある。


九重「今回だけだ曖昧あいまいなのは」


 星が滅ぶ程の厄災が訪れる。惑星ケイロンに対する予言はそれだけだ。


九重「ここからは俺の想像だが、この星の政府は今回の滅びの原因を、この予言者から病気もしくは生物災害だと聞いている可能性がある」


 風音がポケットから端末を取り出し何かを調べ始める。


神楽「・・・確かに。そうかもしれませんわね。そう考えると・・・・この星に着いた時の私の予想は外れていた事になりますわね」


 こんな状況なのに何故この星から脱出するのに中央都市以外の宇宙港を使わないのか、と風音に聞かれた時「まだ予言の時まで時間があるから今後の生活のサポートを優先しているのでは?」と予想した。

 が、もし九重の想像が当たっているならおそらくこれは違う。

 この星を出る人が罹患していないかを徹底的に調べるため。そして何らかの病原菌を持ったまま各地の宇宙港から勝手に出て行かれるのを阻止するためだ。時間がかかっているのは集団感染を防ぐ為の対策のせいなのかもしれない。


神楽「その事実をなぜ伏せているのか・・・これは大体分かりますわね」


 必ず当たる予言で星が滅ぶと言われるほどの生物災害。それを聞いた一般人がまず想像するのが病原菌やウイルスだろう。そんな事が星全体に知れ渡ると大パニックになる。

 星全体での集団ヒステリーとなれば、間違いなく大きな二次災害を生む。あってはならない事だという判断だろう。

 その判断が是か非かは・・・微妙な所だが。


 宇宙に飛び立つ事が出来ない星ならば、結果星が滅ぶならどんな災害だったとしても等しく恐ろしいのだろうが、別の星に飛び立つ技術がある星にとっては隕石や噴火、星の自壊など大して怖くはない。

 それが起こるまでに離脱すればいいだけ。そんな時代、星だからこそパニックも少なく済んでいるのだろうが、病気は別だ。


九重「一般に伏せている理由は想像がつくが、問題は俺達だ。音羽、端末を調べてるって事はお前はもう気付いてるな?」


 仮に生物災害が原因と政府が分かっていたとして、それを伏せたまま九重やブラウニーがやっていた意味不明な仕事を依頼する理由。


 話を聞きながら端末をいじっていた風音が、端末を見ながら説明する。


風音「継ぐ者は今まで分かっているだけで二十八回星を滅ぼしてる。で、七回討たれて感染拡大を阻止されてる。その七回、継ぐ者がどこにひそんでいたかなんだけど」


 この場合の風音の言っている継ぐ者は、ウイルス全体ではなく知能を持った個体の事だ。


風音「大都市じゃない。かといって住民が長距離の移動手段を持たず、限られた範囲で生活している様な地域でもない。大都市に通じる交通手段があって、尚且なおかつ人がそれほど多くない。七回ともそんな場所に現れたらしい。 ついでに言うとこの行動から、継ぐ者はそれほど高い知能を持っていないのか、発症条件さえ揃えば感染した者を発症させてしまう事が分かった。・・・って事らしい」


九重「ん?・・・後半のそれはどういう意味だ?」


 疑問符を浮かべる九重に、その理由を大雑把に説明する。


 端的たんてきに言えば継ぐ者の行動の数々は、それほど高くは無いもののある程度の知恵を持っているからこその行動だと思われる。という事だ。


 ウイルスの目的は出来るだけ多くの人に感染する事。

 ・・・であるならば、もし継ぐ者が本当に狡猾こうかつな知恵を持っているとすればどういう行動に出るだろうか。


 例えば都市部に潜むように現れ、その高い感染力に物を言わせて大量に感染するまでわざと発症させずに待ち、ウイルスが星全体に行き渡ったところで一気に発症させるだとか。

 感染者全員の発症時間をバラバラにすることで発生源を特定させない事だって出来る。


 しかしそんな都合良く任意で発症させる事は出来ないのか、あるいはそこまでの知恵が無いのか。

 人類にとっては幸運な事に、そのような行動はとらないらしい。

 他のウイルスと同じで発生源から近い者から感染して、そこを中心にどんどん広まり、条件が揃う(感染者が寝るなど)と発症してしまうようだ。


 だから大都市に出現する事が出来ない。

 大都市に出現すれば、単純にそれだけ人の目が多いので偶然潜んでいる場所を見つけられてしまう可能性もあるが、なによりその人数の多さから患者の広がり方で発生源が簡単に割り出される。


 だがそれを避けて過疎かそ化した地域に出現してしまうと、その地域が滅ぶだけで大多数に感染させる事が出来ない。


 つまり継ぐ者にとって根を張るのに理想的な場所は、都市に近くそれでいて人の目が少ない所。そしてそこに住む者達に都市への交通手段があり、感染した状態で都市に行ってくれる。

 そんな場所だ。


風音「継ぐ者は出現場所を星全体で吟味ぎんみした上で、自分の意志で最も合理的な場所を決めて出現している印象を受けるんだってさ」


 どうやって自分にとって都合のいい場所を探しているのかは見当もつかないそうだ。

 もっと言うなら、まるで無から発生するかのような宇宙のあらゆる場所に突然出現する神出鬼没さの原理も不明だそうだ。


風音「結論を言うよ。九重さんの予想通りだと思う。九重さんやブラウニー達は継ぐ者の場所を割り出すために派遣されたんだと思う。更に言うなら、継ぐ者を都合のいい場所に出現させるために雇われたのかもしれない」


 これまでの出現場所を参考にするなら、大都市に星中の人を集めてしまえばそこに継ぐ者は現れないので被害は最小限になる。

 仮に人類が思っている以上に継ぐ者には知恵があり、こちらのその作戦の裏をかいて大都市に現れた場合は、それこそ袋の鼠。政府は発生源の割り出しの為の準備を万全にしてあり、加えて二メートルの大きさのウイルスが潜めるであろうあらゆる場所に監視の目を置く。

 ・・・という感じで、都市部に出現した場合の勝利条件は整えてあるのではないだろうか。


 だが大都市に現れた場合、人類側が勝利するにしても大多数の人が罹患りかんしてしまうだろう。

 体の弱い者、老人、子供などは予想時間よりも早く死に至ってしまう。赤ちゃんなど発症すれば二分持たないという報告まである。


 ならば、と継ぐ者にとって都合のいい場所をこちらで用意すればいいと政府は考えたんじゃないだろうか。

 中央都市からそれほど離れておらず、少人数だが人が存在し、その人物が大都市までの移動手段を持っている。

 ブラウニー達のような者を雇い、敢えてバイクや車で走らせそんな場所を無人街に意図的に作り出す。

 そんな作戦が成功するかどうかは前例がないので未知数だが、やってみる価値はある。

 もちろん、雇用した者には継ぐ者の事は伏せて。でなければ、百パーセント死亡するウイルスのになる仕事など引き受ける者はいないだろう。


 そしてその内のどこかの人物が継ぐ者に感染して一日も経てば、その地域からの定期報告は途絶える。

 念の為、継ぐ者以外が原因で定期報告が出来ない可能性を調べる為に、地域担当者同士で無事かどうかを確認する為にどこかで出会い、日没に一緒に定時報告をさせる。

 そして報告が途絶えた地域は・・・

 と、ここまでブラウニーや九重の仕事内容と端末で得た情報を元に考えられる現状を説明した。


九重「なるほどな。ウイルスが出現しやすい環境を作る為、か。そこまでは予想してなかったな。確かにウイルス側は、俺達が各地域で数日にわたって一人で過ごす予定だなんて分からないからな。 都市に移動して感染拡大に貢献こうけんさせようとして、俺達の近くに現れるって事か。 俺が予想してたのは、俺達を犠牲にして継ぐ者の位置を特定しようとしてるんじゃないかって所までだ」


風音「報告が途絶えた地域に対して政府はどうすると思う?」


九重「現場に来る可能性はかなり低いだろうな。近付いたら防護無視で感染、しかもそのウイルスの知能がどの程度なのか知らんが、駆除しに来た人間と判断したら条件関係なく発症だろ? リスクが高すぎる」


風音「・・・つまり?」


九重「ウイルスの情報を見る前から薄々予想してたが、見て確信した。大量破壊兵器で丸ごと破壊が一番楽だろうな。 過去七回も成功してるならリスクを負ってでも捜索して駆除が出来ない事も無いだろうが、政府にとっての誤算はこれほどまでに増えた犯罪者だろう。 こいつらが知らずにウイルスを持ったまま警備をかいくぐって都市に行く可能性があるから、捜している間に都市で集団感染が起こる可能性もある。 反面、どうせここら一帯破壊しても被害者は俺達と犯罪者だけだ」


 身もふたも無い事を言う。


神楽「いえ、それはどうでしょうか? 少なくとも一度は様子を見に来るはずですわ」


 神楽が異論を唱える。


神楽「政府としては感染した患者が最低一人は必要なはずですわ。継ぐ者を討てば患者は回復するのでしょう? なら、確実に継ぐ者を倒せたかどうかの判断材料として、感染した患者は持って来いじゃありませんか。犯罪者が誤算ならなおさらですわ。定期報告が来ない理由が犯罪者に襲われた可能性も考えられるなら、一度見に来ないと判断出来ない筈ですわ」


風音「僕もそう思う」


 実際さっきブラウニーがそうなりかけた。あれは九重との同時定期報告の後の出来事だ。

 悠長ゆうちょうに調べている間に集団感染よりは、一気に破壊の方がいいという九重の意見も分かる。だがそれ以上に神楽の言った患者の確保は政府にとっての絶対条件だと思う。


九重「お前ら子供の割には頭の回転が速いとは思うが、さっきの電話で俺達の仕事が終わったって言ってたのを忘れてないか? おそらくもう患者の確保は終わってる」


風音「ああ、そういやそうだったね」


 理屈だけで全体の流れを考えていたら、そんな単純な事が抜けていた。


風音「・・・でも、どこで? この辺りに政府の人が来たって事?」


九重「おそらく俺がさっき自分の担当地域で相手したチンピラ共だ。あいつらが逃げられない様に体の中にゴム弾で発信機を埋め込んだ。もし出頭せずに逃げたら俺が追いかけて殺すと脅してな」


 なんかサラッと怖い事を言い出した。


風音「・・・さっき言ってたサバイバルゲームってそれの事? いい趣味してるね・・・」


 風音の皮肉は無視して続ける。


九重「さっきそいつらが治安組織に全員居たのを確認したから全員出頭したと思ったんだが・・・今さっき確認したら、二人を除いて発信機の反応が消えた」


 風音が眉をひそめる。


風音「・・・どういう事? 死んだって事?」


 ブラウニーと九重、どちらの地域でどちらが先に感染したのかは分からないが、二人が出会って定期報告をした後でそのチンピラ達は九重に出会った。感染している可能性も考えられる連中だ。

 神楽の言う様にサンプルが必要と言っても、宇宙でも最大級危険なウイルスの感染者に変わりはない。必要最低限の患者以外は焼却処分された可能性は十分にありえる。


九重「その可能性も高い。ただ、もしかすると継ぐ者が発症したら、俺が撃ち込んだ体内の極小の発信機は他の細胞と一緒に破壊されるのかもしれない」


風音「・・・・って事はその二人以外が始末されたと決まったわけじゃなくって、逆にその二人だけがまだ発症していないって可能性もあるのか」


 あれだけ強力なウイルスだ。体内の機械も同時に破壊するかもしれない。

 二人だけが発症していないのか、二人以外が皆殺しにされたか。

 別に・・・まぁそれはどっちでもいいけども。犯罪者に対してこの星の治安組織がどんな処分を下そうが、それは知らん。


風音「じゃあ元々の発生地域は九重さんが居た街?・・・いやでもその情報だけではそのチンピラ達が感染者だとは判断しにくいかな・・・。 単に犯罪者が処刑されただけかもしれないし・・・いやそれ以前に僕等は・・・・」


 風音が発生源について考える。

 確かに先程の電話の内容からすると、九重の言うように政府は患者の確保は終えているのかもしれない。

 ただ、だからと言ってまだ自分の目で確認していない事まで決めつけてしまうのは危険だ。


九重「ああ、すまん。言い忘れてたが・・・この発信機が生きている二人が今居る場所は俺達が依頼を受けた会社の本部だ。 俺がこいつらが感染者だと判断した理由は、治安組織に出頭した犯罪者を政府側の会社が引き取る理由なんざ、こいつらが感染者って事以外に考えられんと思ったからだ」


 風音の疑問に答えるように理由を口にする。


風音「・・・あ、そですか。じゃあそれに関してはほぼ確定だね」


九重「それより気に入らんのは、俺に何も伝えずにその場から動くなとだけ言って電話を切った事だ。あいつらが感染者なら、政府の連中は俺が感染している事を知っている筈だが・・・・」


風音「やっぱり感染拡大を防ぐ為に動かないように指示したって事なのかな?・・・と思わせといて、実は救助しに来る・・・可能性は?」


九重「だったらもうとっくに来てるだろ、時間的に」


風音「もう一回そこに電話してみて、無事である事を伝えればどうかな」


九重「電話は治療が終わってから最初にした。繋がらないんだよ。 指示が得られない時は最後に受けた指示に従うのがこの仕事の鉄則だから、この場に朝まで居るよう俺に命じた政府は、もう俺と会話する必要が無い。 たとえ繋がったところで『偶然治療出来る奴が居たからもう大丈夫、救助しに来てくれ』と言って信じるか? 真実に気付いた俺が妙な駆け引きを提案してきたように勘繰られるだけじゃないか?」


 ふむ、と風音が顎に手を当てて考える。

 確かに九重は仕事中に犯罪者を取り締まる為にブラウニーの地域に来た。このまま朝まで仕事を継続させると、何かあった時にまた他所の地域に移動する可能性もある。

 九重が感染している可能性が高いと判断しているから、もうこれ以上動いて感染拡大させない様に、仕事が終わった事を伝えて待機を指示したという事か。


風音「最悪の事態を想定すると、要するにもう間もなく政府の大量破壊兵器が、この辺り一帯を爆撃してもおかしくないって事かな?」


九重「ああ。数時間前に俺の担当する地域で患者が見つかったんだ。後は上の考え方次第だな。 論理的に動く奴等なら、感染源も大事だが感染拡大の芽をまず潰す。 つまり今ここに高確率で存在する感染者を確実に逃がさない様に、この地域から破壊する。逆に感情論、俺達に気を遣ってくれるならこの地域はむしろ最後になるな。 あのチンピラどもの今日一日の行動を追って、可能性の高い場所から順に破壊していく。その場合、俺の担当地域の爆撃が終わった時に患者が回復していなければ、この地域への攻撃が始まる」


 風音が考え込む。


神楽「だとすると時間がありませんわね。今すぐ離脱しますか? あの連中は無理ですが、この四人は問題なく離脱出来ますわ」


 確かに四人が助かるだけなら今すぐ離れればいい。この星の災厄の正体が継ぐ者という事が判明し、この付近の地域に本体が居る事も分かった。

 後は放っておけば政府が九重の言う様にこの辺り一帯を壊滅させるか、あるいは可能性は低いが潜伏地を特定して駆除しに来るかするだろう。

 だが、まだ考えなければならない事がある。

 九重が相手をしたチンピラ達の行動だ。

 政府に雇われたのはブラウニーと九重だけではない。この二人は偶然この地域に居た風音達と出会っただけで、他の地域では同じ仕事をしている人達がいる。

 もしそのチンピラ達が九重に会う前に他所の地域にも足を運んでいたら、このまま離脱すればその人達が犠牲になるかもしれない。

 この際付近に居る犯罪者達はどうでもいいが、この人達だけは助けてあげないと気の毒だ。


風音「九重さん。その仕事に参加してる人数って何人くらいかな?」


九重「確か五人・・・だな」


風音「少なっ!!」


 思わず反応してしまう。

 無理も無いだろう。九重も参加人数を見た時、たった五人かと内心驚いた。

 何をさせるつもりかは知らないが、仮にも星の滅びの原因を探らせる作戦の筈だ。


九重「星の状況が状況だから志願者が少ないのかと思ってたが、そのウイルスをおびき出すための場を人為的に作ってたってんならその程度で良かったのかもな。あんまり多く雇って範囲を広げ過ぎてもウイルスの場所を特定する手間が増えるだけだ」


 ただでさえ前例の無い、成功するかどうか微妙な策でもある。

 風音がふんふん、と頷く。


風音「じゃああと三人か・・・思ってたよりもかなり少ないからいけるか? 残りの三人と連絡取れる?」


九重「やってみるか」


 九重が携帯端末を取り出し、他三名の所に電話する。

 そのうち二人は兄弟で仕事を受けに来ていた変わり者だそうだ。二人は同じ地域担当だが、その代わり担当範囲が広い。

 二人に電話をかけるとすぐに出た。今まで寝ていたらしいが、ついさっき依頼者から突然電話が来てそれの対応をしていたらしい。

 九重が「寝ていたのか?」と尋ねると、「ああ。依頼人も同じ事を聞いてきたぜ? そんなに俺達の寝顔が気になるのかい? HAHAHA! 確かに普段はクー~~ルな俺達だが、寝顔は天使ちゃんなんだぜ~HAHAHA! YEAH! YEAH!」という独特のノリで笑っていた。呑気のんきなものだ。

 念の為その場所から絶対動かない様に言っておく。

 するとまた「依頼人も同じ事言ってたぜ? なんなら朝まで電話に出たまま同じ姿勢でじっとしてようか? HAHAHA!」と笑う。「HEY兄弟! だったらブリッジの姿勢で電話に出たのは失敗だったんじゃあないか!?」「「HAHAHA!!」」とか聞こえてくる。


 電話を切る。


九重「・・・どういう喋り方をすれば翻訳機がああいう訳し方をするんだ・・・?」


 会話内容が聞こえてなかった風音がその呟きに首をひねる。

 九重にとっては仕事以外では付き合いたくない二人だ。

 もう一人には繋がらなかった。

 九重が風音達に電話での内容と結果を伝える。


風音「今まで寝てたんだ。 じゃあその二人の方は大丈夫だね。問題は残る一人か。どんな人?」


九重「大きな刃物を持った女だな。リリィと名乗っていたが・・・どうも偽名くさい。ただの勘だが」


 その姿を思い浮かべる。危険な目をした少女だった。


風音「その人の担当地域は?」


 九重の持っていた地図を出し、指で丸を囲む。


九重「この辺りだ。ちょうど俺の隣の地域になるな」


 位置的にも感染した可能性は十分にありそうだ。


風音「九重さんはブラウニーを連れて宇宙港へ行っておいて。念の為荷物は全部ここに置いて、服も僕が持って来たものに着替えて」


 仕事の時に着ていた九重やブラウニーの衣服に発信機などが仕込まれていたら厄介だ。どこに移動しても移動先が破壊されてしまうかもしれない。


九重「それはいいが、お前の毒ってのはいつまで効力があるんだ? この効力が切れたらまた二人とも感染して動けなくなるって事も有るんじゃないのか?」


風音「回復のエネルギーもほぼ丸一日体内に残るし、毒を他人の体に入れたのは初めてだけどそれと同じじゃないかな?」


 多分。


九重「丸一日体の中で毒が充満するのか。それはそれで大丈夫なのか?」


風音「さぁ? 初めてだし分かんないけど、僕の体から離れた毒の濃度が勝手に上がることは無いと思うから害はないはず」


 人間のような大型の生き物には影響ないレベルの濃度だったので害はないと思うが、風音基準の毒なのでもしかするとひとつ深刻な作用があるかもしれない。

 生物に効きにくい毒と言っても、物凄く小さい微生物くらいなら破壊出来る。

 人間の体内に存在する微生物の種類は人によって少し違ったりする。もしかすると、風音の体に存在しない微生物を異物と判断して壊してしまうかもしれない。

 そんな事になったら。


風音「可能性としては低いと思うけど最悪、便秘とか肌荒れとかが起きるかも」


 神妙しんみょうな顔つきで話す。


九重「・・・いまさらその程度は気にしないが・・・まぁ、今後ずっとは嫌だな・・・・」


 ここは風音を信じて、大丈夫だと思って行動することにする。


風音「神楽さんは、危険かもしれないけど残ってもらえる?」


神楽「!!!」


 その言葉に神楽が大きく息を吸う。

 まるで全身が心地良い浮遊感に包まれたようだ。

 この状況で風音が自分だけを頼ってくれている。その事に神楽がこの上なく幸せを感じる。


 そっと胸に手を当てると、その手の内、心の中に爽やかな風が吹いた。


 さっき自分が命を救われた時、この人を人生の伴侶はんりょにするのだと改めて決意した。

 そして、助けられてばかりではいけない。いつかこの人の役に立ちたい、この人に求められたいと思っていたところだ。

 どこか強い決意がこもった様な、それでいて柔らかな笑顔で風音に向かって返答する。


神楽「ええ。風音様の居ない安全圏など何の価値がありましょう。風音様と共にあるならここで散るのも受け入れますわ」


風音「散るなんて大袈裟な。本当に危なかったら逃げるってスタンスは変えないから。それよりさっきから気になってたんだけど、なんか僕の呼び方変わってない? 風音様、って。いつからそんな仰々(ぎょうぎょう)しい言い方に・・・何でつねるん?」


 喋っている最中に神楽から頬を思いっきりつねられる。


神楽「それより? ・・・いつから? さぁいつからでしょうねぇ? 風音様には何の価値も無かった出来事の後からでしょうかねぇ?」


 笑顔のまま指が震えるほど思いっきり捻ってくる。


風音(・・・・・・・ん?)


 風音の中でさっきからずっと引っかかっていた、何か・・・・・何か、今の状態が・・・・・・


風音「そうかっ!!!」


 突然叫ぶ。


風音「分かった!! 馬鹿だなほんとに。何でそんな簡単な事に気付かなかったのか」


 風音から手を離して神楽が頬を染める。


神楽「いえ、そんな、その、まぁ確かに私にとっては特別な出来事だったと言いましょうか、その・・・」


 おそらく風音の呼び方を変えた理由に気付いたのだろうが、気付いたからといってそんなに叫ばれると照れる。

 ・・・でも気付いてくれたのが嬉しくて、恥じらいを見せながらも自然と笑みがこぼれる。


風音「なんで今ほっぺたつねられても全然痛くないのか分かった気がする!!」


 はい違った。


神楽「・・・・・・そうですか。なら両方いきましょう」


 フッ と表情が死んだ神楽から両手で両頬を思いっきりつねられる。


風音「もしかしたら継ぐ者の潜伏地がかなり限定されるかも!」


 そんな神楽の行動を意にも介さず、急に風音が重要な事を言う。

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