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カノン  作者: しき
第2話
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厄災の渦3


神楽「・・・という様な事がありましたわ」


 電話越しに、別行動後に起こった事を説明する。


風音「へぇ。凄いなそのココさんって人」


神楽「ココさん?」


風音「こっちで聞いたんだけど、そのスーツの人の名前っぽい。こっちはさっきも言ってた通りバイクの子と接触してさ、ブラウニーっていうんだけど喋ってみる? よかったら電話変わるよ?」


神楽「いえ、それは結構ですわ」


風音「・・・そう。じゃあこれからブラウニーのホテルに行く事にしようと思うんだけど・・・・」


神楽「えっ!? 風音さんがっ!? あの子とホテルに!?」


 神楽のテンションが上がる。


風音「え、うん。それで・・・」


神楽「ええ、どうぞどうぞ! 皆まで言わずとも分かっておりますわ。私は明日の朝までどこかに行方をくらませておきます」


風音「えっ、何で? 今後の方針についてブラウニーを交えて神楽さんと相談したかったから、行方をくらまされたら困るんだけど」


 風音の言葉に神楽のテンションが露骨に下がる。


神楽「あぁ~~・・・そういう感じのアレですか。・・・まぁ風音さんが初対面の子と初日でどうこうなる訳がないとは思ってましたわ。しかし、男として少し甲斐性かいしょうが無いとも言えますわね。今後はもう少し努力してくださいませね」


 めっちゃ批判されている。


風音「ああはい。すみません」


 よく分からないがこういう時は反抗しても実入りは無いので、謝っておけばいいと直感が告げている。


風音「それで場所なんだけど、・・・さっき事故った場所覚えてるかな? そこでブラウニーが曲がってきた道を曲がったら、目の前に大きな建物が二件あるんだけど、その・・・向かって・・・・・」


 横で話を聞いていたブラウニーが地図を開いて指でホテルの位置を指しながら教えてくれているが、風音に見易い地図の方向を模索もさくしているのか、ブラウニーがクルクルと地図を回す。


風音「あの、ごめんブラウニー。どの方向でもいいから一回地図を止めてくれると嬉しい。・・・ああ、向かって右側の建物の二軒隣の小さな建物がホテルみたい。小さいって言っても周りの他の建物に比べるとって意味で、実物は結構でかいね、地図を見る限りだと」


神楽「ええ、分かりましたわ。おおよその方向は分かります。もし迷ったらまた連絡を入れますわ。その時は私の携帯の位置情報を見て案内をお願いしますね」


風音「うん。じゃあまた後で」


 電話を切ると、風音の横でバイクの音がドッドッドッドッと鳴り始めている。

 そしてバイクにまたがったブラウニーが風音の方を見た。

 不意に風音が目を逸らす。

 あのブラウニーの視線・・・。


 乗れ。


 という視線に違いない。

 あのアイコンタクトに反応してはいけない。あんな暴走車に乗るのは他に移動手段が無い時だけでいい。

 これまで走り通しで疲れてはいるが、あと二、三キロなら充分いける。


ブラウニー「遠慮はいらないよ、乗って」


 機先きせんを制して声を掛けてきた。


風音「・・・・・・あ~、久しぶりに長距離走ったから体があったまって来たな。うん。いっそこのまま限界まで走った方が、心地良い充足感が得られそうだぞ」


 ブラウニーの声は聞こえなかった事にして屈伸くっしんを始める。

 ブラウニーがバイクのエンジンを切って、大きな声で風音を呼ぶ。


ブラウニー「ごめ~ん。このバイクの音がうるさいから聞こえなかったっすよね。 乗って?」


風音「僕は運動がてら走って行く事に・・・」


ブラウニー「そういうのは聞いてないっす。早く乗って?」


風音「あえて技を使わずに実力で走ったら三キロで何分くらいなんだろう? ちょっと計ってみようかな」


 自分の主張は伝えたので聞こえないふりで押し通す。


 ブラウニーがバイクのハンドルの下の方ある物入れの中から小説ほどの大きさの本を取り出す。そして本を開きバイクの後部座席を触った後、風音に向けて何かを放る。

 風音が目の前に回転して飛んできた物を反射的に掴む。


風音「これは? しおり?」


 長細い楕円だえん形の紙にひも…地球の栞とは少し見た目が違うが、本に挟んでいたし見た感じ栞っぽい。


 意味が分からずそれを眺めている横で、ブラウニーが本を閉じる。


 と。


 風音が見る景色が一変する。風音の眼下がんかにブラウニーの後頭部がある。


風音「うわっ! 何っ?!」


 どうやらバイクの後部座席に立っている状況のようだが、ブラウニーが説明もせずにバイクのエンジンをかける。


ブラウニー「早く座って。もう行くっすよ」


風音「???」


 理解不能状態で、仕方なく言われた通り座る。


風音「あの、ヘルメット・・・」


 バイクが走り出し、あっという間に時速100キロを優に超える。


風音「ちょっブラウニー! もう少し速度落として! ここは田舎いなかの一本道じゃないからっ! 入り組んだ街中だから!」


 先程の不思議現象の事を聞きたいが、まずはそれどころではない。


ブラウニー「ん? なんか言ったっすか?」


 ブラウニーが風音の方に振り向く。


風音「いいから前見て前! 突き当りになってるって!」


ブラウニー「いちいち大袈裟おおげさっすね~。そんなの・・・」


 ブラウニーが前を向くと、建物の壁が目の前に迫っている。


ブラウニー「うわっ、あぶなっ」


 そのままほとんど速度を落とさずカーブを曲がる。後部座席の風音が思いっきり振られて落ちそうになったが、全力で足に力を入れどうにかこらえた。


風音「・・・・・・」


 カーブを曲がった後、風音がちょっと放心状態になる。


風音(・・・・いや、ちょっと待って。今の死んでたよ? 普通の人なら結構な確率で死んでたよ?)


ブラウニー「音羽ちゃん危ないっすよ、今の下手したら放り出されて死んでたっすよ?」


風音「分かってるわ! 今ちょうどそれ考えてたわ! もうちょっと安全運転してくださいよ!」


 懇願こんがんしたい思いが形になって表れたのか、無意識でお願いするように叫ぶ。


ブラウニー「今のは音羽ちゃんのミスっすよ。後部座席に乗ってるのに手ぶら状態の意味が分かんないっす。 っていうか、よく無事だったっすね」


 風音も何かを掴もうかと思ったが、バイクの後部座席が狭くて掴むものが無かった。

 先程横に振られた時も、足でバイクを万力まんりきの様に締め付けて弾き出されるのを防いだ。

 あの時咄嗟に座席の金属部分を少し毒で崩して力に変えた。それでもギリギリだったので、常人なら成す術なく吹っ飛んでいただろう。


 普通掴むものが無い時は運転手の腰とかに手を回すものだが・・・


ブラウニー「憧れのお姉さんの腰に手を回すのが照れくさいのは分かるっすけど、安全の為にもしっかり掴んどいた方がいいっすよ」


風音「・・・ブラウニー、誰かを乗せて運転した事ある?」


ブラウニー「いや、不思議と無いっすね。昔の学校の友人とか、仕事仲間とか誘った事はあるんすけど・・・何故か断られて」


風音「何故か? ただの賢明な判断だよ。・・・ん? 断ったら乗せなかったって事?」


ブラウニー「そりゃ断った人を無理に乗せないっすよ。エミーに失礼っすからね。ただ音羽ちゃんはホントは乗りたいのに遠慮してた様に見えたから」


 危なそうだから聞こえないふりをしていただけなのだが、そういう風に映っていたらしい。


風音(・・・・・)


 完全に選択肢をミスった。ストレートに断ればよかったのか。

 そして結果的にそのブラウニーの判断のせいで、エミー(バイクの名前)は体の一部を毒で削られたのだが。


風音「まぁいいや。その反省は次に活かすとして、ブラウニーに質問。さっき一人で運転してる姿を見た時とか、今のカーブで真後ろから見てて思ったんだけど、カーブでスピードを落とさないからブラウニー自身もかなり身体が左右に振られて落っこちそうになってるんだけど」


ブラウニー「凄いっすよね、それでも普通に走るこのテクニック。・・・って言いたいとこなんすけど、ほとんどはバイクの性能のおかげなんすよ。勝手に重心とかを調節してくれるから倒れにくくなってるんすよ。『赤ちゃんが運転しても倒れない安全設計』って売り文句で販売されたんすよコレ。その売り文句に一部から非難殺到だったんすけどね」


 聞きたい事があった風音が質問する前に、ブラウニーが割り込んでくる。

 そして本人は普通に走れていると思っていた、という驚きの情報が手に入った。


 こうして会話している間も何度かカーブを曲がるが、風音がまだ手ぶら状態なので普段よりは少しスピードを緩めて運転してくれている。それでも常識外れの速度で曲がり角に突っ込んでいるのは変わりないが、最低限の空気は読めるらしい。


風音「・・・ああ、そう。それはそれとして、ただでさえバイクから落ちそうなあのブラウニーの状態で僕が腰に手を回して、僕の分までブラウニーの体に負荷が掛かった時は・・・・振り落とされないかな? 耐えられる?」


 数秒の沈黙。


ブラウニー「無理じゃない?」


風音「アホか!!!」


 この人にはストレートに言葉をぶつけるのが正解だとさっき分かった。もう我慢せず思うさま本音をぶつける。


ブラウニー「いやぁ~、それは確かに盲点だったっすね。もし音羽ちゃんがそれに気付かなかったらさっきの所で二人とも終了だったっすね」


 はははっ、と軽く笑いながら言う。


風音「何が可笑おかしい!」


ブラウニー「だってお互いまだ人生やり残した事は多いんだろうけどさ? バイクで死ねるなら受け入れるのも止む無しっすよね」


風音「他人がブラウニーと同じ考えだとでも!?」


ブラウニー「他人って・・・つれない事言わないでよ音羽ちゃん。一緒にバイクに乗ってる時は一蓮托生いちれんたくしょう一心同体っしょ? ユニットっすユニット」


風音「よし、じゃあ解散しよう。考え方の方向性の違いが酷いわ」


ブラウニー「無~理~で~~~す。あっ! 音羽ちゃん!!?」


風音「何っ!?」


 ブラウニーが指で空を差して風音の方に振り向く。


ブラウニー「見てっ! 星! めっちゃ綺麗っすね! こんな近代的な街中で星空なんてなかなか見れないっすよ」


 まだあたりが暗くなって間もないのに、もう満天の星空が見える。


風音「うん、そうだね。光が街灯くらいしかないから綺麗に見えるんだろうね。頼むから前見ろ」


 もう諦めて、転んだ時いかに二人のダメージを軽くするかの方に考えをシフトする。

 壁・・・そう、壁に向かって跳ぼう。ブラウニーを抱えてから毒を展開しながら跳べば、どこに激突しそうになっても崩しながら態勢を立て直せる。地面は駄目だ。毒で崩してもすぐに激突する。風音は耐えられるかもしれないが、ブラウニーが死ぬかもしれない。


 対策を考えていると、そこで急ブレーキがかかる。突然だったので風音がブラウニーの背中に顔をぶつけた。


風音「・・・どうしたの?」


 もう何があっても動じない。ブラウニーの背中に顔を付けたまま状況を確認する。


ブラウニー「どうしたもこうしたも無いっすよ。ホテルに着いただけっす。あ~~でも初めての二人乗り、楽しかったっすね? また一緒に乗ろうね?」


 反射的に断ろうとしたが。


風音「・・・うん。その代わり僕以外の人は乗せないでね」


 楽しかったという言葉を聞いて考えを改める。

 ここで風音が断ると、二人乗りの味をしめたこの暴走女は調子に乗って誰かを無理矢理乗せるようになるかもしれない。

 そうなったらその人の命が危ない。少なくともさっきの曲がり角、かなりの確率で死んでいた。あんな目にうのは自分だけでいい。


ブラウニー「・・・音羽ちゃんさぁ。自覚無いかもしれないけど、そのセリフはバイク乗りにとっては愛の告白みたいなもんっすよ?」


 少し顔を赤くしているブラウニーが忠告する。


風音「えっ、そう・・・かな? そういうつもりでは無かったんだけど」


ブラウニー「分かってるっすけどね、どういう意図で言ったのかは。だから機会があったらこっちも遠慮なく誘う事にするっすよ。・・・でも不覚にもキュンと来ちゃったっすね、さっきの不意打ちは」


 ブラウニーの考える理想的な告白のされ方トップ3の3位が「一生一緒にバイクで色んな世界を見て回りたいね」、2位が「お前のバイクの後部座席には俺以外乗せないでくれ」、1位が「俺の後部座席には一生お前以外乗せない」


ブラウニー「・・・って事で2位っすよ、2位。もし1位なら惚れちゃってるとこっすよ」


風音「ああ、そう。それは惜しかったなぁ。試しにバイク買って言ってみようかな」


 軽口を叩きながらホテルを見上げる。

 しかし本当に早く着いた。あの運転の唯一の利点はそこだけだ。

 やはりさっき風音が言っていた通り、実物は結構大きな建物だ。

 風音が周囲に目をやる。ホテルは五階建てで、一階につき十部屋以上はあるだろう。しかし周りのマンション群はもっともっとでかい。かなりの人口、大都市だったのだろう。

 ブラウニーが入口のドアを開け入っていくが、ロビー以外の明かりが点いていないので全体的に薄暗く感じる。風音も続いて入る。


風音「・・・・・ブラウニー、このホテルはブラウニーしか利用してないはずだっけ?」


ブラウニー「うん。訳あって食材も電気も自由に使えるんすけどね。ただ、こんな大きな建物に一人って寂しかったんで、音羽ちゃんが来てくれて良かったっすよ」


 ロビーのすぐ横の大きなフロアが食堂になっているらしく、ブラウニーがその部屋の電気を点け、食事の準備をしようと厨房の方へ向かう。

 風音はそれに付いていきながら、周囲を見る。


 何か違和感が。言葉には出来ないが・・・・なんとなく。

 一言でいえば、この数時間この場所は無人では無かった気がする。その根拠が何なのかは風音自身分からない。

 ただ、例えばホコリ。

 ホコリは人が活動する限り、建物内には目に見えないレベルで常に舞っている。

 そしてホコリに対して敏感に反応してしまうアレルギーを持つ人が居るように、普通の人でも目には見えなくともホコリが舞っているのを普段から無意識に感じ取ってしまっている。

 だが、数時間経てば床に沈殿ちんでんし、空気中のホコリの量は著しく減る。

 ・・・であるにもかかわらず、長時間経って帰って来た家に、何故か有り得ない筈の空気中のホコリを無意識に感じてしまう。それが違和感となって表れる。

 他には人の痕跡。

 これも言葉では言い表しにくいが、ついさっきまで誰かが居た場所には、その場に姿が無くともしばらく存在の証明がその場に残る。

 それが気配なのか匂いなのか室温なのか大気の動き方なのか風音にも説明は出来ないが、ただ・・・感じる。


 そういった様々な要素が複合したものが、言葉では表現し難い第六感とも呼べる様ないわゆる・・・違和感。


 そういえばこのホテルのロビーの電気は最初から点いていたのだろうか。

 さっきここに到着した時は神楽がもし道に迷ったと言って連絡してきた時の為に、まず周囲の建物の数や地形などを確認していた。その後ホテルの外観にも目をやったが、その時既に窓から光が見えていた様な気もする。


風音「ごめん、ブラウニー、さっきここに着いた時周りの建物を見てたから覚えてないんだけど、ロビーの明かりは帰って来てから点けた? 最初から点いてた?」


ブラウニー「最初から点いてたっすね。帰ってくる時は暗いだろうからと思って、点けて出て行ったっすから」


 それを聞いた風音がやっぱりこの子はちょっと頭が弱いのだろうか、と思う。

 人を平気で襲う泥棒が増えていると言っていたのに、この無人街でそんな事をした状態で出て行ったら人が住んでいると主張しているようなものだ。

 高確率でブラウニーの荷物などは奪われた後ではないかと思う。

 風音の質問に答えながら厨房ちゅうぼうに入って行こうとするブラウニーに向かって言う。


風音「じゃあ多分誰か居たか・・・まだ居ると思う。確認出来るまではあまり離れずに行動した方がいいかも」


 もしまだ居る場合、風音がこれだけ警戒していれば相手が少しでも動けば気付く。

 ・・・という事は、まだ確信が持てない現状そいつらはもう既に居ないか、こちらに気付いて息をひそめてじっとしているか・・・

 後者なら、襲ってくるのは時間の問題だ。

 一階の各部屋に続くのであろう薄暗い道を見ながら言うと。


ブラウニー「きゃあっ!」


 その悲鳴に風音が振り向くと、厨房の入口の向こうから引っ張られるような、不自然な姿勢でブラウニーが引きずり込まれていく。

 急いで厨房の中を確認すると、大きな男に右手を掴まれた状態でブラウニーが捕まっていた。そしてその周りには二人の男がナイフのような武器を持って立っている。ブラウニーも多少は抵抗しているようだが捕まえている男はびくともしない。

 そして、奥の方で椅子に座っている男が一人。銃らしき物を持っている。おそらくこいつが野盗の頭だと思われる。

 その頭であろう男が二人に言う。


男「女が二人か・・・荷物から見て一人だと思ったんだが、こりゃラッキーだな。最初は罠かと思ったぜ? このホテルを徹底的に調べるのに骨が折れた・・・。罠じゃないと確認出来た後は、電気を付けたまま出て行くなんて何考えてんだ? って思ったもんだ。さっき理由を聞いて思わず吹き出しそうになったがな。女物の下着が綺麗な状態で置いてあったからまさかとは思ったが・・・わざわざ襲われに戻ってくるなんて、馬鹿じゃねぇのかお前ら?」


 ニヤニヤと下卑げびた笑みを浮かべている。


風音「ま、部分的には同感かな。でも物を盗ったり女の子襲ってるような、最底辺の馬鹿に言われる筋合いはないけどね」


 風音の両腕に力が入る。


男「威勢のいい嬢ちゃんだな。おい、トビーが持ってるその女はお前らにやる。こいつは俺のもんにする。まずこいつの四肢ししを動かせない様に壊せ。あとはその女で適当に遊んでろ」


 周りの男達が沸き立つ。

 下衆げすな台詞も吐き気がするが、やはり女と勘違いされているようで、気持ち悪さに風音の背筋が寒くなる。

 こんな連中にわざわざ訂正するのも面倒臭いので放っておくが、腹いせに二度とこのような真似が出来ないほど痛めつけてやろうと決意する。


風音「半身不随はんしんふずい程度で済めば幸運だと思った方がいいよ」


 風音の目の透明感が増し、青く光っているように変化していく。


 そこで不意にブラウニーが野盗達の隙を突いて懐から本を二冊取り出す。

 小説ほどの大きさの青い表紙と黒い表紙の本。二冊とも開いた状態で懐に入れてあったのか、取り出した時には本が開いた状態である。

 しかし、武器を取り出したと見なされたのか、素早くトビーと呼ばれた男に二冊とも叩き落とされる。


ブラウニー「くっ!!」


 その事態もブラウニーは想定していたのか、落ちていく本の片方を手を伸ばして掴み取り、閉じる。


風音(・・・・・・)


 またさっきと同じ光景。


 風音は一瞬でホテルの外に置いてあったバイクの後部座席に移動し立っていた。さっきと違うのは今回は足を開いた状態で移動させられたので、移動直後にバランスを崩してバイクから落ちそうになったくらいか。


 今ブラウニーが閉じた本の黒い表紙には見覚えがある。

 さっき自分がバイクに飛ばされた時と同じものだ。さっき受け取って上着のポケットに入れておいた栞に服越しに手をやる。

 二度目となるとなんとなく分かる。あの小説のような本を閉じれば、この栞を持っている者が予め記録した場所に飛ばされるのだろう。

 即座にバイクから飛び降り、ホテルの入り口に向かう。


 では青い表紙の方は?

 おそらくブラウニーが移動する為の物だろう。

 もし本が一冊で逃げるのが彼女一人なら逃げる事が出来たのだろう。そもそも一冊閉じるだけならわざわざ取り出さなくてもふところで本を閉じるだけで良かったのだ。


 風音の脳裏にブラウニーのほんの数秒前の姿が鮮明に浮かぶ。

 ブラウニーが扱う力の正体は不明だが、いつでもどこでも誰にでも自由にあの力を使える?

 だとしたら懐で適当に本を閉じればよかったのではないかと思う。

 もし自分の方が先に移動したなら、次に安全な場所で風音を移動させればいい。風音の方が先に移動すれば、風音を先に助けようという目的は達成できるし、加えて突然人が目の前から消える光景に少なからず野盗達は動揺するだろう。

 実際今ホテルの中ではパニックになっていると思われる。そしてその隙にブラウニー自身も移動してしまえば二人とも無事で済む。


 じゃあ何故そうしなかったのか? ・・・・単にあの子がそこまで頭の回らない残念な子だから?

 こんな状況で不謹慎ふきんしんだが、鍵がかかったホテルの入り口をこじ開けて中に入って行く風音の口から笑みがこぼれる。


風音(うん。やっぱり面白い子だなぁ・・・)


 それとももしかしたら・・・彼女の力には何らかの制限があるのかもしれない。他人を飛ばす時は自分の視界に対象が居なくてはいけないだとか、対象が本を見ていなければいけないだとか。

 だから懐で適当に本を閉じるわけにはいかなかった。もし自分の方を先に閉じて移動してしまったら風音を助ける事が出来なくなるから。

 仮定に過ぎないが、もしそうなら彼女はあんな状況でさえ他人を優先した事になる。


風音(・・・・・よし、決めた)


 入り口を入ってすぐ、さっき厨房には居なかった二人の男の後ろ姿。

 どこに隠れていたのかは知らないが、おそらく厨房で野盗達が姿を現した時に、逃げられないように入り口を固めるよう指示されていたのだろう。

 二人の男が振り向くが、振り向き様に二人の顎を拳で打ち抜く。顔面が歪むほどの勢いで打ち抜かれ、二人が立ったまま気絶する。

 いつもの風音なら相手が気絶した時点でそいつは無視するのだろうが、今は少し虫の居所が悪い。

 ブラウニーを酷い目にあわせようとした罪は償って貰わなければ。

 崩れ落ちる二人の胴体を二発ずつ殴る。何本かあばらの折れる音が鳴った。

 そのまま二人の腕を掴んで折る。


男「あがぁあぁ!!!」


 ここで片方の男が激痛で気絶から立ち直るが、そのまま成す術なく床に倒れていく。

 倒れて床に顔面を打ち付ける直前で、風音が二人の後頭部に手の平を押し当て、勢いよく床に向かって叩き付ける。

 ドバンッ!! っと大きな音がロビーに響き渡る。

 ここで再び二人とも気絶したが、そのまま二人の両足のアキレス腱を踏み千切る。


男達「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっ!!!!!」


 二人とも気絶から覚醒し、凄まじい悲鳴を上げる。


風音(ま、こいつら二人は指示されただけの下っ端かもしれないからこの辺でいいかな)


 さっきの連中にはほんのあいさつ代わりに今と同じ事をして、そこからがスタートラインだ。調節が難しいが、ぎりっぎり死なない程度に破壊しようと考える。

 やはり目の色が変わると考え方まで過激になってくる。段々と意識が薄れていく感覚に襲われるが、自分を保つように集中する。

 昔から怒ると徐々に意識が薄れていく。自覚出来ている内はいいが、完全に意識を失うとどうなるのか・・・。

 大丈夫だ。まだちゃんと意識はある。


風音(大丈夫。殺しはしない)


 自分に言い聞かせる。

 ここで冷静さを欠いてはいけない。今この場所の状況を冷静に考える。


風音(無人街・・・救助が来るには時間が掛かる・・・しばらく放っておいたら死んでしまうようなダメージを負わせてはいけない・・・その直前で止めないと・・・・)


 冷静さを保とうと言い聞かせていても、いかに壊すかだけが頭によぎる。

 本当に冷静ならもっと考えることがある筈だ。身をていして自分を助けてくれたブラウニーの安否や、この状況をどうやって切り抜けるか。

 特に優先順位が高いのはブラウニーの救助だ。風音も頭では分かっている。そんな事は分かっているのだ。

 だが抑えられない。


 パンッ!! と風音が両手で自分の頬を叩く。


風音(抑えられない? ・・・いや、甘ったれるな。暴れるだけなら獣でも出来る。まずはブラウニーを助けるのを何よりも優先するのが筋だろう?)


 食堂への入り口を目の前にして、どうにか自制する。

 食堂に入ると厨房の様子が一部見えるが、さっきの男達がその場から動いていないのが見て取れる。

 さっきの入り口にいた二人の悲鳴は聞こえた筈だ。

 それを聞いて助けに行こうともしないのか、と考えたが・・・。


 「どこに居やがる! 出てきやがれ!!」


 という叫び声が厨房の方から聞こえた。

 風音は自身がバイクに飛ばされる直前の状況を思い出す。

 風音が消える直前に言った台詞。


 「半身不随程度で済めば幸運だと思った方がいい」


 こんな言葉を残して突然目の前から人が消える。

 風音自身予想外の展開だったが、野盗にとっては風音が自分の意志で消えたように映ったと思われる。

 そんな事が出来る相手を敵に回してしまった・・・もういつどこからどの様に自分達が襲われるか分からない。野盗達にとってはこの上なく恐ろしい状況だっただろう。

 そしてその直後に玄関前の仲間の凄まじい悲鳴。

 元々厨房に居た野盗達は仲間を助けに行くような奴等じゃないのかもしれないが、今彼らが動かない理由はもっと単純。

 動けない。下手に動くと殺されると思っているのだ。


風音(そうなるとあいつらが取る行動は一つしかないな)


 風音がゆっくりと厨房に入ると、そこには予想通りの光景。

 ブラウニーの首にナイフが押し当てられ、人質状態となっている。そしてそんな圧倒的に有利な状況にもかかわらず、野盗達の目には怯えが見える。


ブラウニー「何で戻って来たんすか音羽ちゃん! 早く逃げて!」


 ブラウニーが風音の姿を見るなり叫ぶ。

 無言でブラウニーの方を見て無事を確認すると同時に、風音の周囲からうっすらと紫色の瘴気が漂い始めた。


男「やっと出てきやがったなてめぇ! この女がどうなってもいいのか!」


 精一杯の虚勢きょせいを張っているのが見て取れる。


風音「いいよ」


 そう言って近くで風音に向かってナイフを向けていた男を高速で捕まえ、めちゃくちゃに殴る。


 男は凄まじい絶叫を上げながら全身の骨という骨を砕かれ、最後に喉に親指を突き刺され穴が空き、そこから大量の血が吹き出している。


ブラウニー「ひっ!」


 思わずブラウニーが小さく悲鳴を上げた。他の男達もその光景を見て、ほうけた様に微動だにしない。


 殴られた男は、素人目にももう助からないという事がわかるほどボロボロになる。

 まだ意識はあるようだがうめき声すら上げない。喉の穴からヒューヒューと空気を出しながらうっすら開けた目から光が失われていく。


 そして倒れそうになったその男を無理矢理引き起こし、男に抱き付き喉に作った穴から息を吹き込む。男の身体が淡く青い光に包まれ全ての傷が塞がっていく。

 はたから見れば単に抱きついてるように見えただろう。最後に喉の傷が塞がり風音が男を解放し、ポンッと強めに肩を叩き耳元でささやく。


風音「今のは幻覚みたいなもんだよ。よく見て。君の身体は多少出血したけど全く傷ついてない。命に別状はない」


 こう言って無事であることを本人に自覚させておかないと、脳が誤作動を起こして無傷でも死んでしまう場合がある。

 男は全ての傷が癒えて痛みも無くなったものの、今刻まれた痛みや衝撃を忘れた訳ではない。脳も体も混乱し無傷のまま床に崩れ落ち、恐怖に目を見開いて浅い呼吸を繰り返している。

 今起こった一瞬の出来事にブラウニー含め野盗達が唖然としている。


風音「見ての通り、即死じゃなければ健康体に一瞬で戻せる。だからこの至近距離で僕に人質は通じない。だけど・・・」


 倒れている男の太ももを踏み抜くほどの勢いで踏みつける。


男「ああぁぁっ!!!!!」


 ゴッ!! っと、周囲に骨が折れた音がはっきりと聞こえた。

 骨が折れただけではなく、ももの内側にある急所を的確に踏み抜かれている。

 本来なら悶絶もんぜつしてしまうほどの痛みに、男が悲鳴を上げて転げまわる。気絶しなかったのはおそらく、その直前に味わった大きな痛みに体が麻痺しているからだろう。


風音「治せるのは一人一日一回までなんだよ。だから今の太ももの骨折は後で医者に治して貰わないと治らないけどね。多少貧血気味だろうから栄養補給も必要かな。・・・あ、それともう一つ」


 いつの間にか辺りが紫色の瘴気に包まれている。

 ブラウニーに押し当てていたナイフの刃の部分は既に無くなっていて、奥で椅子に座っていた男が持っていた銃もサラサラと崩れていく。ついでに近くにあった鍋やフライパンなども取っ手の木で出来た部分を残して崩れた。ついでに四方の壁の表面がボロボロと崩れ始めている。

 不可解な現象の連続に野盗達の怯えが大きくなる。特に奥で座って今の今まで余裕を装っていた男はり所であった銃を失い呆然としている。


風音「これで即死させる事が難しくなったね」


 あえて日常会話のような口調で、出来る限りの余裕を見せる。

 口では怪我をしても治せるからブラウニーに何をしてもいいと言っていても、それは相手を躊躇ちゅうちょさせるための嘘。

 もし少しでもブラウニーが傷付けられたら、意識を保っていられる自信が無い。

 今太ももの骨を折られ床に転がっている男が先程受けた暴行。これを全員にやってしまうかもしれない。もちろん治療はせずに。


 風音自身根っこが温厚な性格だというのは自覚しているので、怒りで意識が無くなったからと言ってそこまでやるとも思えないが、なにぶん今までそんな状態になったことがないので無いとも言い切れない。


 静かな部屋に、遠くから小さな音。

 ・・・・今、入り口の方で何か・・・


風音(・・・!! 玄関に誰かいる!!?)


 突如風音がブラウニーとブラウニーを捕らえている男に跳びかかり、そのまま男の顔面を蹴る。

 気絶させる為に軽く顎を蹴った筈だが、力が入ってしまったのか男の顎の骨が砕けた。


風音(???)


 思った以上に毒の力が効いているのか、全身に力が入り過ぎる。

 そのまま男は成す術なく転倒し、ブラウニーを離す。

 そして風音がブラウニーを抱きかかえて即座に厨房からホテル入り口まで走る。


ブラウニー「あ、ありがとっす。音羽ちゃん」


 腕の中で助けてくれたお礼を言っているが、今それどころではない。

 ホテル入り口に着くと、そこには痛みを堪えて転がっている二人の男と、それを見ている女性。

 女性が走ってきた風音に目を向ける。


神楽「あら。ただいま帰りましたわ、風音さん」


 意味不明な状況を目の当たりにして、玄関で様子を確認していた神楽がそこにいた。


ブラウニー(えっ!? 嘘っ!? よく見たらこの人、メリオエレナの・・・)


 最初会った時は主に話しかけて来た風音を見ながら喋っていたのでよく見ていなかったが、間近で彼女だけを見た時に気付いた。

 この人メリオエレナの戦闘姫だ。


風音「ああ・・・神楽さんか・・・よかった・・・・・」


 神楽を見た風音が安堵した表情で体の力を抜く。

 ホテル入り口付近で人の気配を感じたが、野盗の仲間が偶然このタイミングで来たのかと思った。


神楽「・・・何か?」


風音「いや、その人達ね。僕がやったんだけど、もし凶悪な仲間が帰ってきて 「役に立たない部下は要らねぇ」 とか言って殺されたりしたら・・・別にいいけど後味悪いし。だから急いで確認しに来たんだよ」


 その言葉に神楽がおしとやかに笑う。


神楽「漫画の読み過ぎですわ。それに仲間に殺されるなら、そういう生き方を選んだ自分の責任でしょう? 私なら放っておきますわ。 以前緊急時は見境が無くなるかもとかおっしゃってましたが、なんだかんだ優しいですわね」


 一応風音は自分の性質を仲間全員に伝えている。ちゃんと覚えてくれていたようだ。

 しかし優しい、と言われ微妙な気分になる。ブラウニーを救い出した今でこそ、もう目の色も元に戻っているし性格も普段と変わりないが、さっきの自分はとてもじゃないが優しいとは言えなかった気がする。まぁ間違った事をしたとも思っていないが。


風音「それより神楽さん、まだ厨房の方に・・・」


 と話しかけた時、突然ホテル入り口のドア向こうから風音の額と神楽の後頭部に弾丸が飛んでくる。

 神楽は咄嗟に衣服の襟の部分で後頭部をカバーし防いだが、風音の額にはヒットする。

 風音が首から上を後ろにのけ反らせ、思わず叫ぶ。


風音「痛っっったっ!!!」


 予想が外れた。弾丸が向かってくるのは分かったが、まさかゴム弾とは思わなかった。弾丸が向かってくると気付いた直後に体の周囲に毒を展開し、もし実弾なら風音の体に届く前に蝕まれ、風音の体に当たる頃には力無く霧散する筈だった。

 科学的に作られたゴムなら同じく霧散するが、植物由来の天然の成分が混じっていたら風音の体にヒットした直後に散る事になる。

 一応植物も風音の周囲ではむしばまれないというだけで、風音の体に叩き込まれた瞬間に毒で崩壊するので威力は半減するが、結構痛いのに変わりはない。


ブラウニー「だ、大丈夫っすか!? 音羽ちゃん!」


風音「う~~~、ビックリした。今時なんでゴム弾に天然成分が混じってんの? 裏側産?」


 と愚痴ぐちってはいるものの、実際のところそんなに威力は無いようだ。普通のゴム弾よりかなり威力が低い。理由は定かではないが、恐らくそういう風に作られている。

 風音は過去に一般的なゴム弾を至近距離で喰らった事があるが、あれは当たり所が悪ければ普通に死んでもおかしくない威力だ。


神楽「思ったより余裕がありそうで安心しましたわ」


 言いながら神楽がドアに向かって振り返る。

 神楽が衣服で掴んだ弾丸を見て確信する。


神楽「尾行がばれていたのは気付いてましたが・・・私とした事が逆に尾行されていたなんて、失態ですわ。でも今ので分かったでしょう? どうせ遠距離からの射撃は私達には通じませんわ。こそこそしてないで出てきたらどうですか?」


 ドアの向こうに向かって言う。

 ゆっくりと煙草を咥えたスーツの男がホテルに入ってくる。


ブラウニー「ココさん!? なんでこっちに居るんすか? っていうか今撃ったのココさんっすか?」


九重「ココじゃない、九重だ」


 質問には答えずに即座に至近距離から風音と神楽を撃つ。

 風音は再び頭を狙われたので避ける。神楽の胴体にはヒットしたが幾重にも重なった衣服に衝撃が吸収されダメージが無かった。


風音(あの口の動き・・・翻訳機越しのこの音声の伝わり方・・・地球人・・・・というか、日本人?)


 まさかの正体に驚く。

 人の事は言えないが、何故今こんなところに日本人が居るのか。


九重「・・・厄介だな、宇宙人ってやつは」


 もう一つ拳銃を取り出す。


ブラウニー「やめて下さいってココさん! この人達は敵じゃないっすよ!」


風音「そうそう。まずは話を聞いて貰いたいんだけど」


九重「そうか」


 聞く耳持たず再び二人に銃を向けた時、神楽が一気に距離を詰め銃口を衣服で覆い、上段突きを繰り出す。

 あっさりと腕で防がれたが、それは神楽も予想済み。本命は同時に放った衣服での足払いである。

 長い服の裾が足払いというより足に攻撃したと言っていいほどの威力で九重の足に当たり、九重が後ろに向かって転倒する。が、倒れ際に三発銃を撃つ。


神楽(跳弾ちょうだん!?)


 咄嗟に神楽が衣服で全身を防御する。側頭部と後頭部に室内で跳ね返ってきたゴム弾が二発打ち込まれた。あの状況からどれだけ精密な射撃が出来るのだと感心する。


風音「痛っっったっ!!!」


 もう一発は後ろでまた風音の額にヒットしていたらしい。


ブラウニー「大丈夫っすか! 音羽ちゃん!? 止めろって言ってんすよ! ココノエ!」


神楽「風音さん? ダメージが大きくないのは分かりますけど、避ける努力をしてくださいまし」


風音「いや・・・だって跳弾なんて地形を熟知してないと瞬時に軌道が分かんないから、下手に動いてブラウニーに当たったら痛いでは済まないし・・・・一応反射的に痛いって言ってるけど実はそんなに痛くないし」


 相手が相当な精密射撃が出来るのは分かっていたので、動きさえしなければ必ず自分に当たるだろうと思った。

 それに加え、いかに九重の扱うゴム弾の威力が本来のゴム弾より高くないと言っても、それは毒で威力を半減させる事が出来る風音基準の話。ブラウニーがまともに喰らえば大怪我してもおかしくない。

 ならもう、わざと避けずに我慢する方が無難だ。

 まださっきの毒の影響で風音の予想以上に体にエネルギーが残っているのだろうか? 本来風音はゴム弾に弱い筈だが、全身に力がみなぎる今は問題無く耐えられる。


神楽「どうやらその子は狙われないようですので・・・一旦その子を盾として使えば私しか狙わなくなると思いますわ」


ブラウニー「ひ、酷い・・・」


 状況を確認している内に、転んでいた九重が背筋の力だけで跳ね上がって立ち上がる。


九重「とんでもねぇ威力だな。防いだ腕が弾け飛ぶかと思ったぜ」


 咥えていた煙草を吐き捨て、防いだ腕をブラブラと振る。適当に振っているその手の銃から弾丸が数発発射され、その全てがロビー内で反射し床に落ちた煙草に当たる。

 まずは火の点いた部分に当たり、続いて咥えていたフィルター部分に当たる。跳ね上がった煙草の切れ端に空中で弾がヒットし煙草が粉々に砕け散った。


九重「だがもう覚えた。お前らの負けだ。おとなしく寝てろ」


 再び銃を構えるが、九重が足元に異常を感じる。

 足元に目をやった時にはもう手遅れだった。先程足払いをした神楽の衣服が足に絡みつき、どんどん上半身に向かって伸びてくる。


九重「・・・っ!」


 すぐにその場を跳び退く。

 神楽が衣服を操作しているのだろうから神楽から離れれば無力化すると踏んだのだが、衣服が完全に神楽から離れてもなお衣服の動きは止まらない。

 跳び退いた先に着地する頃には衣服が右足から這い上がるようにして、両腕を含めた胴体までを包み込むように縛り上げる。


神楽「残念ですわね。貴方あなたの負けですわ」


 神楽がにっこりと笑って構えていた腕を下ろす。


神楽「それと風音さん、ありがとうございました。あえてこの勝負に手を出さなかった事、感謝致しーーーー」


 風音の方に振り返る神楽の後ろから、立て続けに三発の銃声が鳴る。

 急いで振り返ると、 ビシャアッ! っと神楽の視界一杯に真っ赤な血が広がる。


神楽(目潰しっ!?)


 振り返りざま、大量の血を目に浴びせられた。その血に反応する間もなく次の銃声が鳴る。

 同時に神楽の頭に強い衝撃が走った。


神楽「・・・・・・・・・」


 神楽がのけ反りかけた頭を無理矢理戻す。


 顔に血を浴び、額に手を当てながら神楽が怒りの表情で九重を見据みすえる。


九重「・・・・・これでも倒れねぇか・・・本当に厄介だな、宇宙人ってやつは」


 そこまで言って、そのまま膝から崩れ落ちた。

 九重の右の耳たぶが千切れて出血している。

 耳に付けていた弾丸の形をしたイヤリングが無くなっている事から、あれが何らかの形で神楽の額に向かって発射されたのだろうと推察すいさつする。


神楽「・・・許せませんわ・・・・・・・」


 九重は神楽が勝負がついたと思い風音に振り返ったあの時、自分の腹部に立て続けにゴム弾を発射する事で内臓にダメージを与えたのだろう。

 そして逆流してきた血で目潰しをした。

 勝手に勝負が終わったと判断して背を向けたのも、突然の銃声に気を取られ、その隙に血を浴びせられたのも神楽自身の油断のせいだ。

 そしてその後ゴム弾で頭を撃たれた事も神楽の致命的なミス。

 それはいい。許せないのはそこではない。


神楽「この期に及んで手心を加えるなど・・・侮辱以外の何物でもありませんわ」


 神楽の声が怒りに震える。

 許せないのは、最初に神楽が風音に振り返った時。

 何故あの時に後頭部を撃たなかったのか、だ。

 ゴム弾でも当たり所が悪いと死ぬ。後頭部など最も危ない場所だ。

 だからわざと銃声で振り向かせ、目潰しで避けられないようにしてから正面から脳を揺さぶるように、上方に向かってかする形で撃った。・・・・・・と?


神楽「この私が・・・ゴム弾程度で死ぬと思われた? ・・・戦闘中に敵から気を遣われた? ふふっ、何の冗談ですかこれは?」


 怒りを通り越して笑いが出る。

 その歪んだ笑顔のまま右腕を強く振るうと、強烈な破裂音と共に右腕を振った先にある離れた場所の壁が砕け散り、人一人が通れるほどにもなる大穴が空く。


ブラウ二ー「ひっ・・・!」


 ブラウニーの小さな悲鳴と、そこがちょうど食堂の壁にあたる場所だったので、穴の向こうから先程の男達の悲鳴も聞こえた。

 九重の言っていた「宇宙人は厄介」の言葉通り、基本裏側に居る人類を地球人と同じと思ってはいけない。

 まして相手は(地球人である九重が知らないのは無理もないが)公的にも国に匹敵する戦力と評される神楽である。

 神楽の使う技には肌や骨の硬質化もあり、打たれ強さは風音以上だ。寝ている時ならともかく戦闘時は衣服が無くとも銃如きで致命傷は負わない。事実、至近距離のゴム弾程度では血すら流れない。

 ただもちろん痛みは感じる。だから無駄な痛みを避ける為に衣服で防御していたに過ぎない。やろうと思えば相手の銃撃を全て受けながら真っ直ぐ近付き殴り倒す事も出来たのだ。


 そう。相手の攻撃を防いでいたからこそ、当たれば通じると思われただけ。

 められたわけではない、と自分に言い聞かせながら神楽が怒りを抑えるために呼吸を整える。

 しばらくして風音の方に振り返る。


神楽「・・・私とした事が物に当たり散らすなんて・・・・・お恥ずかしい所をお見せいたしましたわ、風音さん」


風音「え~~・・・と。まぁ怒りを物にぶつけるっていうのは幼馴染で見慣れてるからいいけど。それに、勝ったんだからそんな悔しがらなくても」


神楽「いえ・・・私の修行不足ですわ。この男に恐れを抱かせる事が出来なかった。私が真に強ければ、行動を起こす前に抵抗が無駄である事を悟らせる事が出来たでしょうに」


下唇を噛み、口惜しげに言う。


風音「・・・・相変わらず凄い考え方してるね」


 戦闘に関して他者を常に下に見ているというか自信家というか・・・ブレないなこの人は、と思う。


神楽「先程の悲鳴・・・この転がっている者達の仲間ですか?」


ちらっと食堂の方を見る。


風音「うん。泥棒っていうか強盗? 暴行魔? 強姦魔? みたいな人達」


 それを聞いた神楽の表情から感情が消える。


神楽「そうでしたか。・・・・可哀想に。私の機嫌が悪い時に重犯罪なんて」


 そう呟いて神楽が先程出来た大穴、食堂の方に向かう。


風音「出来れば死なない程度にね」


 神楽の後ろ姿に向かって言う。


神楽「ええ、彼らのやった事は私の星なら斬首ですが・・・。この星の法を知りませんから、むやみに殺しはしませんわ。・・ただ、苦痛に耐えきれずに自ら死を選んだ場合は自殺と見なしてくださいまし」


 どこまで本気なのか分からないその言葉と後ろ姿を見て、


風音(なんかさっきの自分に似てるな・・・・・)


 と思う。

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