五年前
まえがきーーーーー!!!!
今後は基本的に前書きは一切書かないつもりですが、取り敢えずこの話だけ前書きさせて頂きますね。
この0話に関しては、読み飛ばすくらいでいいかも。
もちろんちゃんと読んだ方が1話目以降の話が分かり易くなるとは思います。特に登場人物とかは。
僕も割とそうなのですが、「私は本編ではない第0話は読まない主義だ」的な人も居ますよね? もしすぐに1話に移動される方が居たら、概要だけ書いておきますね。
本編開始から5年前の話。
地球が存在する宇宙とは違う宇宙。後に「裏側」と名付けられた空間で、音羽風音という少年が異星人と出会いました。
その異星人は、未知の言語を含め誰とでも会話が出来る翻訳機を開発し、その実験の為にちょうど良いサンプルを探している所でした。
宇宙で未知の発見を期待していた風音と、ちょうど未知の人類を探していた異星人。
偶然にもお互いにとって、喜ばしい出会いだった訳です。
そしてその異星人達を地球に案内し、異星との関わりを持つ事になった地球は、激動の時代を迎える事となる。
・・・という感じです。
たったこれだけの内容が、結構長い文章で書かれています。
数値にして四万字くらい。四万字っていうと、原稿用紙にびっしり文字を詰めて書いて百枚くらい。
内容は本当にこれだけですが、全く読まないとなると登場人物の把握が後々ちょっと面倒になるかも。
なので、読み飛ばすくらいでちょうどいいかなと。
あるいは本編を何話か読み終わってから、暇つぶしに読んでもいいかなみたいな話です。
風音(あっれ~~~~~? 何か全然想像してたのと違うっていうか・・・。異星人との接触ってこんな軽いノリで迎えるもんなのかな?)
まだ実感が沸かない。
間違いなく人類で初めての異星人との接触だったのだが・・・・・・凄くアットホームだったというかなんというか。
20✕✕年
民間人が宇宙へ出掛けられる様になって間もない頃。
ついにワームホールの実験に前進が見られた。
ワームホールの実験とは・・・かいつまんで言えば瞬間移動と時間移動の実験の事だ。そういう事が可能な穴を宇宙空間に作り出す。
ただ残念ながら時間移動の方は(少なくとも現在の技術では)不可能である事が証明されたので、研究が進められたのは瞬間移動の方だけであったが。
ワームホールを任意で宇宙空間に作り出し自由に使用するという研究が、この時代になってようやく理論上使用可能になるという所まで進んだのだ。
まずは、無人の船を穴に送り込み、一定時間たてば自動で戻ってくるように設定する。この実験が成功すれば、当初予想されていた時間的なズレや、船が本当に耐えられるのか等の問題が解決する。
見事実験は成功し続け、実験は第三段階の、有人での「穴」への突入へと移った。
段階的に実験が成功していたのでほぼ確実に成功するだろうと思われていたのだが、十数名のスタッフを乗せた船はいつまでたっても戻って来なかった。
最初の実験同様、もしスタッフに何かあっても自動で船が帰ってくるように設定してあったにもかかわらず、である。
何度も無人機での実験を重ねた後だったのもあり、さすがに船ごと帰ってこなくなるのは宇宙開発のチームにとっても予想外のことで、再度の実験は躊躇われた。
他の生き物を乗せた場合は帰って来られる事が実験の第二段階で証明されているのに。
突入するスタッフの人数を減らし、改めて実験が行われる事になったのだが結果は変わらず。五名を乗せた船はついに戻らなかった。
当然スタッフ達の安否は絶望視され、その結果のせいで有人での実験が不可能になってしまい、チームの者達は皆頭を抱えた。
かといって、実現直前まで進んだこの実験をこのまま中止するのも・・・。
そこで、スタッフ達は多少強引な方法を使うことにした。
その方法というのが、一般の人の中からこの結果を踏まえたうえで実験に参加してくれる、勇気ある者を募る。というものだ。
各方面から非難もあったが、人類の飛躍的な発展の為、という名目で募集は開始された。
その結果、名声や成功報酬を求めて大勢の志願者が集まった・・・まではよかったのだが、大半が二次面接にすら残れなかった。
成功率が極めて低いと言われて恐れをなして帰る者、何が起きてもある程度対処出来るようにと、宇宙の知識テストや、体力測定を行った際に合格できなかった者。
・・・そもそも命など捨てる覚悟で来た者が多かっただろうに、なぜ帰る者が多かったのか。
その理由として、面接の場所が宇宙空間であった事が大きな要因だったらしい。
「宇宙空間」という遠くにある星の輝き以外は一切が存在しない、真っ暗な「無」の空間内に放り出された時、人は自分の生死をリアルに想像してしまう。
その環境で「あなたが実験に参加した場合、状況によってはこの宇宙空間内で死を迎える事になる」と聞けば、地上から持ってきた「死ぬ覚悟」など吹き飛んでしまうのだろう。
他にも心理テストや健康状態など、様々なふるいにかけられ、最終的に残ったのは音羽風音という名の十五歳の少年を含む五名だった。
当初、予測不可能な出来事が起こった時に一番必要なものは「発想力」や「行動力」であり、そういったものは年齢よりもむしろ個人の資質によるものが大きいのではないか。と考えられていたため、特に年齢制限を設けなかった。
実際世界的に見ても過去を遡ってみて分かるように、天才と呼ばれる者達は、若くして大人を遥かに凌駕する才能を持っているのだ。
とはいえ、まさか本当に一五歳の少年が決まるとは誰も予測していなかったため、チーム内からも反対意見が出た。
もちろん子供にはその資格が無いなどという理由ではない。
そんな事を言う者は、宇宙開発チーム内には一人も居なかった。
この少年は自分達が課した課題をクリアしたのだ。ならば文句なく有資格者である。
問題なのは、この実験が世界的に注目されている事の方だ。
この超高確率での死亡が予想されている実験は、ただでさえ一般人からの募集に対しての反対意見も多い。
反対意見の中には、有能な者を使うくらいなら死刑囚にやらせろという意見まである。
そんな中で、年端もいかない少年が実行するなど・・・。
しかしその少年本人が実験参加を熱望しており、何度も何度も頭を下げるので、結局彼らの方が折れた形になり、「世間に対しては名前を仮名、年齢を二十歳として公表する」という条件付きで採用される事となった。
そして作戦決行日。
大型船の中で目的地まで向かうまでの間、風音は目を瞑ってじっと座っていた。
周りの不安そうな空気をよそに風音は自分でも驚くほど落ち着いていた。
自分でも何故だか分からないが、この作戦が必ず成功する、という確信めいたものがあったからだ。
事前に説明は受けていたので、着々と準備は進められ、風音が予定通り小型船に乗り込んだ。
この実験への参加が決まったのは五名だが、全員一緒に行く訳ではない。時間をずらして三回に分けて突入する事になっている。
まず一人、そして二人、二人という順番だ。
最初に行く者を決めようとなった時に挙手したのが風音だけだったので、そのままトップバッターとして採用された。
出発直前にスタッフと二、三言葉を交わした後、宇宙服に着替えた。
先程までは私服で活動していたが、作戦中はヘルメットと宇宙服を着込んでの仕事となる。
風音「では行ってきます」
落ち着いた声で答え、大掛かりな機械を使って作り出したワームホールへと突入した。
ほんの数秒間の暗転の後、あっけなく反対側の穴から出てくる。
風音(着いた、か?)
とりあえず身体的には特に何の異常もないことを確認し終えた時、目の端に何かが映った。
風音「今何か・・・宇宙船みたいな物が見えなかった?」
思ったことをそのまま口に出しながら、急いで辺りを見回した。
が、特に変わったものはなく。
広大な宇宙空間だけが眼前に広がっている。
・・・と。今自分が独り言を言っていたことに気付き、苦笑する。
風音(自分しかいないのに誰に質問してんのかね? ・・・自分で思ってるよりも緊張してるのかな。いったん冷静にならないと)
と、自分に言い聞かせた後、ふーっと大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
風音(見間違いだったのかな?)
もしかすると以前実験が失敗した時の宇宙船が、付近に漂流しているのかとも思ったが。
改めてもう一度辺りを見回してみたが、特に何も見つからず。
諦めてレーダーに目を移したとき、おかしな事に気付いた。
レーダーで探索できる範囲はかなり広く設定されてはいるが、広い宇宙全体からみると、ほんの微々たる範囲である。そんなわずかな範囲内に三つも緑色のマークが点滅している。
風音(確か緑のマークは『人類が生きていける環境が整っている可能性がある星』を指すんじゃなかったっけ?)
という風に説明は受けていたが、所詮はレーダーだ。
恒星との距離などから自動的に算出したものなので、こんなものはあくまで予測に過ぎない。
実際に住めるかどうかは、行ってみないと分からないという事だ。
しかし偶然出た場所に、人類が移住できる候補地が三つもあるとは驚きだ。
ただ、近いと言っても実際その星に行こうとなると、もっとワープ技術を研究してからでないと無理だろう。
風音(こうなってくると見間違えじゃなかったとしたら、さっきの宇宙船っぽいやつも気になるな。もしかして、この三つの中のどれかに知的生命体がいる?)
だとしたら大発見である。いまだに半数近い学者達は『地球人以外の知的生命体は現在の宇宙には存在しない』と豪語しているし、現に今まで見つかったことが無い。
風音(とりあえず無線で報告しとくかな)
・・・と思ったが、当然無線が届くはずがない。
風音(そりゃそうだな。明らかにとんでもなく離れた場所に居る訳だし。・・・向こうもこっちの状況が分からないって事か。・・・って事は)
と、今自分が置かれている状況を整理して、
風音(よっっっしゃぁーーーーーーーーーーー!!!!!!)
と両手で顔の前にガッツポーズを作る。
風音(これでやっと気楽にやれる♪)
今まで宇宙開発チームに監視されていたせいで、一挙一動いちいち気を遣わなくてはならなかった。
もともと不真面目な性格ではなかったが、育った環境のせいか敬語を使ったりするのがどうも苦手だった。
正直テストの時も一番苦労したのは、テスト内容よりも面接の方、もっと言えば試験官に対する態度の方だった。
風音は小さな頃、大和(過去における奈良の辺り。過去の名称が無くなった訳ではない。ただ十数年前からこの周辺をまとめて大和とも呼称している)の山中に捨てられていた。
正確に言うなら特に書置きがあったわけでもないので、捨てられたという証拠は何も無いのだが。
ただ、この年齢の子供が一人で存在出来るわけがない場所にポツンと居たそうだ。
自分を捨てた両親がどこで何をしているのかは未だに見当もつかないが、風音は両親のことを恨んではいない。
まあ恨んでも仕方ないというのもあるが、何かそうしなければならない事情があったのだろうと思っている。
捨てられていた当時風音の外見は5,6歳くらいで、すでに物心がついていたはずなのだが、何故かまともに喋る事すら出来ず、それまでの記憶もほとんどが失われていることが後に分かった。
見た目は黒髪で目がクリクリとしていて可愛らしく、顔の中心には小っちゃくて可愛い鼻。
もうどう見ても女の子にしか見えないような外見をしていた。
それは拾われた当時からそうだったし、十五歳になった今でも変わらない。とにかくよく女の子と間違えられる。
極力女子と間違われないように、ある時期から中学生男子のレジェンド髪型である、黒髪短髪のいわゆる量産型の髪型にしている。・・・のだが効果は無く、本当によく間違えられる。
中学校では、何回知らないクラスの男子生徒から告白されたか。
風音は同じクラスの男子とばかり喋っていたからなのか、遠目で見ている者達にとっては、男子との壁が無い、凄く愛嬌のある可愛らしい女子に見えているようだ。
女子と間違われるのが嫌な風音は、毎回ブチ切れそうになりながらも、何とか笑顔で断っていた。
でも男子でもいいから付き合ってくれとか言ってきた奴には、さすがに真顔になって手が出そうになった。
そしてそんな彼を拾ったのが、藤御優希という名の自称17歳の若い女性だった。
彼女は山の中の集落で一人暮らしをしていたと同時に、近所に建てられた道場で師範代を務めていた。
道場の名は、「音羽流無敗道場」。
当時、数名の子供達しか通っていなかった小さな道場だ。
一度でも負けてしまったら看板を降ろさなければならないような、危険な名前の付いた道場だが、今のところ本当に無敗なのだそうだ。
その道場で風音は育てられる事となった。
優希が早朝道場に来てから夜になって道場から自宅に帰るまでの間は、彼女が付きっきりで風音の面倒を見た。
風音は彼女を「母さん」と呼ぶのだが、彼女は最近になって特に、自分が母さんと呼ばれることに疑問を感じている。
どうやら「お姉ちゃん」もしくは「ゆうきさん」と呼んでほしいそうだ。
そして事情を知り風音を引き取って住まわせていた道場主が、風音が「師匠」や「父さん」と呼ぶ人物、音羽研刃。
一応師範だが、優希より弱い。というか優希が並外れて強い。
研刃は単純バカな人物だったが、悪い人物ではなかった。
しかし文字通り、悪い人ではないが馬鹿である。
風音は主に研刃に武術を教わっていた為、真冬の川に放り込まれたり、敢えて熊が一番凶暴な時期を選んで闘わされたりと、数え切れないほど無駄に命を賭けさせられた。
師匠と風音、あともう一人の門下生の三人で熊と戦った時など、まず速攻で師匠が戦闘不能になってしまったのもあり、かなりリアルに死を予感した。
一緒に挑んだ門下生が大型のナイフを持っていたのと、風音の天性の身体能力のおかげで何とか勝てたものの・・・・
一歩間違えれば三人ともあそこで終わっていただろう。
その時の経験のおかげでその後風音は、食料確保の為に熊を狩猟する際、ナイフで熊の体のどこかを切り裂き、そこに正拳突きや貫手で腕を突っ込んで内臓を破壊し離脱、徐々に弱らせながら仕留めるという独自のやり方を覚えた。
本来この戦い方は、数ある熊との戦い方の中でもかなり効率が悪く、かつ危険の多い戦い方だったようだ。しかしおかげで風音の身体能力はさらに磨かれた。
父親が終始こういう感じの人物だったので、当然マナーや常識などという気の利いたものが教えられるはずがない。
一方で優希の方はというと、風音以外の門下生には修行の一環として一般常識からマナーまできちんと教育していた。
その甲斐あってか皆、一般社会における適応能力に優れた者達に育っていったのだが・・・。
残念な事に優希の風音に対する溺愛っぷりは半端ではなく、「風音は鍛える必要はない。一生私が守る」と主張。
結果風音だけは奔放に育ってしまうこととなる。
しかしある時、風音自身が鍛えてほしいとお願いするや否や、すぐに修行に参加できるようにした。
が、今度は「修業とはいえ風音を攻撃なんて出来ない」と、甘えた主張を繰り返した末、結局風音は主に研刃のもとで修行することとなる。
その結果出来上がったのが、現在の敬語が不慣れな風音である。
もちろん両親のせいだけでなく、山の中という閉鎖された空間で育ったことも一因ではあるのだが。
そして天賦の才能を持った風音が14歳という若さで音羽流を極め、それと同時に道場を出ることを決意。
優希からの猛反対をうけたが、風音自身いつかは音羽流を継がなければならない身。様々な世界を見て回れるのは、研刃が現役でいられる間だけなのだと熱く説得した。
・・・そんな風音の主張に心を打たれた優希が、それならば、と研刃を半殺しにして現役を引退させてやろうと画策。
なんとか風音に止められ未遂に終わる。という微笑ましいエピソードもあった。
その後、優希が出した課題を達成すれば道場を出てもいいという約束を取り付け、見事その課題を達成し街へと出た。
風音「もうずいぶん昔の事みたいに感じるな」
宇宙空間の中。ほんの数ヶ月前の出来事を思い出しながら、風音がわざと静けさをかき消すかのように、声に出して呟いた。
今にして思えば、子供の頃からずいぶんと無茶な事をしてきた(させられた)ので、独り立ちすれば平穏な生活が待っていると思っていたのだが。
気がつけば宇宙空間の中、それもかなり危険な実験のモルモット状態である。
風音(自分が望んだとはいえ、ちょっと無茶な事したかな)
少し反省していると、今まで過去のことを考えていたせいだろうか、母の顔が頭に浮かぶ。
今の自分の状態を母が知ったら何と言うだろう。やはり烈火の如く怒られてしまうのだろうか。
・・・少し想像してみようとしたが、今まで怒られた事が無いので上手くイメージが湧かない。
風音(・・・いや、むしろ怒られるどころか)
「うちの風音に・・・何をさせているの・・・」と怒り狂いながらスタッフを片っ端から絞め上げていく母の姿の方が、容易に想像できた。
風音がゆっくりと首を振る。
風音(うん。どっちにしても報せなくて良かったな)
再び宇宙空間を眺めながら、しばらくぼんやりと静かな時を過ごす。何もすることが無いので、この実験が成功した時のことを考えてみる。
風音(やっぱり宇宙船かな)
自分が今一番欲しいものを頭に思い浮かべる。
風音がこの実験に参加した理由は極めて単純。
報奨目当て、だ。
勝手な話かもしれないが、風音にとっては人類や科学の発展などはあまり重要ではなかった。
風音の夢である『様々な星を見て回ること』を現実的なものにする事の方が大事だ。
宇宙に気軽に出られるような時代になったとはいえ、やはり自力で宇宙に出るにはかなりのお金がいる。
それにいろんな星を間近で見て回りたければ、ワープ技術が確立してくれないと困る。
夢を実現させるためにはそんな大きな課題が二つもあったわけだが、それらを同時に満たしてくれる広告が目に入った。
風音が道場を出て数日経った頃。街に出て買い物をしていた時、壁に貼り付けてあった電子広告に目をやると、そこには大きな字で、
『瞬間移動に挑戦!勇気ある者募集!!!』
と書かれてあった。
風音「はぁ?」
意味が分からず、思わず立ち止まった。しばらく眺めていると、画面が切り替わり、詳細について説明しだした。
最初は何となく眺めながら、
風音(おいおい。 これって公共の電波を使って、人体を使った実験の募集をしてるんじゃないの? いいのか? ありなのか?)
と心の中で突っ込んでいた。
例えば新薬の実験等で、その薬を必要とする人と交渉する事で、人体を使って薬の効果を試させてもらう。というような話を聞いたことはある。
そういうのを確か臨床治験と言ったような。
・・ん? ・・・臨床試験だっけ・・・? と風音がしばらく考え込むが・・・まぁ今そんな事はどうでもいいかと広告に視線を戻す。
なんにせよ下手をすれば命に関わる人体実験、という点ではそれと似ているのかもしれない。
だが臨床治験は徹底的に安全性を確かめてから行われるものであり、命を失う可能性などほぼゼロ、極めて低いはずである。
それに対し今風音が目にしている実験内容は、いかんせん命を失う可能性が高すぎる。
こんなものを大っぴらに宣伝してもいいものかと考えていた時、成功報酬についての件が映し出された。
トゲのついた枠に囲まれながら大きな文字で、
『褒賞はお金で手に入るものなら何でも可!!(常識の範囲で)』
と書かれていた。
一見悪ふざけにも見える書き方だが、この上なくシンプルで分かり易くはある。
途端に風音の表情が真剣なものに変わる。
風音(テスト内容を見た限り、いけそうだな。心理テストはやってみないと分からないけど・・・健康状態は良好かな、伊達に山菜や魚ばっかり食べてた訳じゃないし。ここ最近の技術の進歩のおかげかな、年齢制限も無さそうだし・・・僕でも挑戦は出来るみたいだな。ところで、宇宙船が欲しいってのは常識の範囲内なのかな? ・・・まあ・・・・・・世界の半分をくれ、ってのに比べれば・・・常識の範囲内・・・でしょ・・・)
風音にとっては正に、渡りに船というやつだった。
風音(いや、報酬の事を考えるのは早すぎるな)
自分が乗っている船の真後ろにある「穴」に入ればすぐにでも元の空間に戻れるとはいえ、一応今は宇宙の誰も知らない場所で孤立しているという状況だ。
監視員の目が無いからと言って、あまり気を緩めすぎてもいけないと思い、過去の事を考えるのは止め、宇宙空間に向き直った。
風音(三つの星の位置は・・・、かなり遠いな。ま、当たり前か。レーダーで見てたら近いと勘違いしてしまうなコレ。・・・って事は、やっぱりここから動かない方がいいか)
近くにあるなら多少予定時間を無視してでも近くに行ってみるのだが。
風音(次の人が来るのは一時間半後だったっけ。ま、一時間くらい待ってみて何も無かったら予定通り帰って終了、だな。・・・・こんなんで本当に宇宙船が貰えんのかな・・・?)
実験の目的から考えれば穴を通って離れた空間に行ける事が確認出来て、そのうえ体が無事なのだから、もう帰ってもいいように思う。
もちろん今帰っても報酬は貰えるだろう。
ただよく分からんけれども、データを取りながら一時間くらい居てくれた方が研究が進むとか言ってたので、居る方が心証は良くなるのだろう。
宇宙船を手に入れる為にも、一時間待つくらいはやってあげようじゃないか。
このまま何も無ければ、拍子抜けするほど簡単な仕事だった事になるしね。
考えながら、風音が目の前にある機械を器用に操作する。
もし自機の近くを人工物が通りかかったらセンサーが自動で報せてくれるよう設定すると、ここでようやく椅子の背もたれに体を預けた。
今まで無意識だったが、やはり緊張していたせいか、かなり前のめりの姿勢になっていたようだ。
肩の力を抜いてひとつ大きく息を吐く。
風音(しっかし・・・まぁ・・・何というか・・・・・・)
宇宙に上下は無いと言うが本当にどの角度から見ても変わり映えがしない。「神秘的」という言葉が確かにぴったりだと感じるが、それ以外の感想は何も無い。
星がたくさん見えても別に綺麗だとは思わないし、これなら地球の山の中で星を見上げた方がよほど絶景に感じる。少し目線を変えると、木や山や大地が一緒に見えるからだろうか。
・・・かといって、宇宙に来てガッカリしたかというと、そうでもない。
風音(本当に何の感想も出てこないな。面白いわけでも無ければ、つまらないわけでもないし。自分の事ながら今更だけど、星に興味はあっても宇宙空間に興味は無いって事か)
ぼんやりと宇宙を眺めながらそんな事を考えていると。
突然船内に大きなアラーム音が鳴り響いた。
風音(?????!! やっぱり見間違いじゃ無かったか!)
興奮気味にレーダーに目をやると、確かに正体不明の人工物がこちらに向かって進んで来ている。
レーダーからの情報から見るに、過去に失踪してしまった地球産の人工物では無いようだ。
風音(おそらく未知の宇宙船だろうな。でもどうする? 一度帰るか?)
・・・と思ったが、過去にこの実験が二度失敗している事を思い出す。
あくまで可能性に過ぎないが、この謎の宇宙船に襲われたという事も考えられる。もしそうだったとしたら、このタイミングで帰るのは得策だろうか。
わざわざ仲間の元へ敵を連れていくようなものだ。
だが・・・・・・。
だが、自分一人なら戦える。相手の船にさえ入ってしまえば戦闘には自信がある。
謎の相手に自分の技術が通じるかどうかは分からないが。
風音(・・・僕のせいでみんなが死ぬのだけは勘弁だな)
背後にあった穴の存在に気付かれなくするために、意を決して自ら謎の物体の方へと進んでいった。
物体を視認できる距離まで近付いて改めて観察してみたところ、やはり宇宙船のようだ。
尖っている部分が多い地球の宇宙船に比べて、丸みを帯びている部分が多い機体。
明らかに地球のものではない事は外観で分かる。
さらに近づき謎の宇宙船付近まで到着すると、(当然と言えば当然かもしれないが)相手も風音の乗る宇宙船に気付いていたらしく、まるで待っていたかの様に船の一部が開き始めた。
内心かなり驚きながら風音がしばらくその光景を見守っていたが、意外にも相手の方からは何の動きもない。
風音(あれ? てっきり何か出てくるもんだと思ったのに・・・入れって事かな?)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しばらく無言の停止。
風音(・・・いやいや、さすがに入るのはまずくないか?)
元々接触するつもりだったが、この展開はさすがに罠臭い気がするな。・・・としばらく躊躇していたが、相手の宇宙船を見る限りおそらく科学力は相手の方が遥かに上だろう。
今更逃げるのも不可能に思える。
風音(うん・・・そうだな。だったら入ってみるか。もともと接触するつもりでここまで来たんだし)
と、覚悟を決めレバーを握りなおした。
宇宙船の中に入ってみると、以外にも地球の大型宇宙船の内部と似たような造りになっている。
天井付近には、見たこともないような機械がごちゃごちゃと並んでいる。しかし反対に目線を下げると、大きなスペースの中に小型宇宙船を固定しておく設備が数台分。壁際に大きなタンクが数本のみ。
あとはところどころ荷物のような物が置いてあるだけの、殺風景な場所。
風音(地球の大型船の時も思ったんだけど、昔のと違って最近の船ってなんで複雑そうな機械を天井に押しやるんだろう? せっかくスペース余ってんだから床に置きゃいいのに。その方が何かあった時修理もしやすいだろ)
無重力状態のときは天井も床になる、とでも言いたいのだろうか。風音にしてみれば、誰が何と言おうと床は床。天井は天井なのだ。だから無重力だろうが何だろうが機械の修理は床を軸にしてやるべきで、断じて天井に逆さに張り付いてやるものではない。という固定観念を持っている。
・・・そんな緊張感の無い、くだらないことを考えながら周りを観察する。
風音(うん・・・いったん降りてみるか)
風音が頭上に置いてあったヘルメットに手を伸ばす。
服は既に宇宙の環境に適応出来る物を着ているが、乗り物に乗っている間は頭に何もかぶっていない。
この後外に出る事になるだろうから、今の内にヘルメットをかぶっておく。
置いてある設備の使い方が分からないので、取り敢えず空いているスペースに適当に宇宙船を停め、降り立とうとした時。
先程入ってきたところの壁が、ゆっくりと閉まっていくのが見えた。
風音(もしかして、閉じ込められたかな。まあそれくらいは予想してたけど)
などと悠長に構えながら、壁が閉まっていくのを黙って見ていた。
そして壁が完全に閉まったその瞬間。
風音(なっ!?)
ガクンっと膝が折れ、一気に体に凄まじい重力がかかった・・・様な気がした。
少し時間をおいて慣れてくると、風音の体にかかった重力はそんなに大きなものではなかった事が分かる。
実際は地球よりもほんの少し重い位で、単に無重力からいきなり変わったため重く感じてしまっただけらしい。
風音(びっくりした・・・・・・。しかし凄い技術だな。今までこの部屋全体が無重力だったのに・・・)
考えながら何となく部屋を見渡していると、少し離れた場所にあった扉が開き、中から何かが出てきた。
風音(あれは? 人間・・・じゃないな。どう見ても)
一見すると人間と同様二本足で歩き、体に巻きつけるタイプのどこかの民族衣装のような服を着ているのだが。
衣服からはみ出た部分が人間のそれとは全く違っていた。手足は細くて堅そうで、昆虫に近い造形をしている。
顔は辛うじて人間に近いと言えなくもないが、所々溝のような線が走っていて、頭から体の後ろに向かって長い触角が生えていた。
他にもよく見ると耳が無かったり(あくまで人間の耳の位置には無いというだけで、何処かに有るのかもしれないが)、目の黒目の部分が六つに分かれていたりもして・・・・・・
この見た目を一言で表現するなら。
風音(人に近い虫・・・)
未知との遭遇にかなり緊張気味の風音をよそに、その生き物はゆっくりとこちらに近づいてくる。
近くに来るまでに観察を終え、いきなり攻撃を仕掛けてこないとも限らないので、いつでも動けるよう風音が臨戦態勢をとった。
しかし予想に反して、と言うべきか。
その生き物は近くに来るなり普通に話しかけてきた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
まったく何を言っているのか分からなかったが、敵意は感じない。
挨拶でもしているのかと思ったが、それにしては結構長々と喋っている。
風音(結構喋るな・・・初対面でこんなに一方的に喋る事ってあるのか? 何かの警告かな? ・・・にしては非難しているような様子も無いし。 ・・・逆に考えよう。もし僕が初対面の人に話しかける時に、長尺で話すとすれば、それは何の話題か。・・・食べ物とかかな?)
・・・となれば、ここは地球人代表としてこちらからも話しかけてみようかな。と思い、臨戦態勢を解き、笑顔で話しかけた。
風音「ジャンクフードも嫌いじゃないけど、やっぱり自炊が一番だと思うんだよ。僕は。経済的にもさ」
相手が目を見開いたまま止まってしまった。
食べ物の話題は宇宙共通だと思ったのだが、それ以前にまぁ通じてるはずがないわな。
などと考えていると、その生き物は真上を向いたまま固まってしまう。
三十秒ほど経っただろうか。その生物は上を向くのをやめ、次は自分が入ってきた扉の方に目を向けた。
風音(何をやってるんだろ)
その不可解な行動に首を傾げながら、風音も同じく扉へと目を移す。
すると静かに扉が開き、今度はかなり人間に近い形をした生き物・・・と言うか、「ほぼ人間」が出てきた。地球人で言うと二十歳前後の男性といった感じに見える。
風音(えっ!? 人間!? 前の実験の生き残りか? 宇宙人か? こいつが呼んだのか?)
様々な疑問が一気に浮かぶが、当然答えは出ない。
いや、少なくとも以前の実験の生き残りでは無い。来る前に全員の顔写真を記憶してきた。そのどれとも合致しない。
考え事をしている間に、人型の宇宙人が近くまで寄ってきて話しかけてきた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
さっぱり分からない。そしてコイツも結構喋る。
そんな普通に話しかけてくるなら日本語で喋ってよ・・・という言葉を飲み込み、笑顔で返す。
風音「・・・そっかぁ。あなたもそう思います? 僕もです、気が合いそうですね」
うんうんと頷きながら同意する。
どうせ言葉が通じていないと分かった上での、これ以上無い無難な回答。
これでどうだ。この言葉ほど汎用性の高い返しは無いだろう。どんな会話にも対応できる、コミュ力オバケの異名を持つ風音の最終奥義だ。
だがその返答を聞くや。
宇宙人が崩れ落ちた。愕然とした顔で、両手両膝を地面に叩きつけるように勢いよく落ちた。
この反応に風音が焦る。
風音(何なんだこの人? この人は何に対して凹んでんだろ?)
頭いっぱいに?マークを浮かべながら、相手の出方を待っていると。
何やら虫型の人が上を向いてじっとしている。この行動はさっきも見た。
先程はこの行動の後、新しい人物が向こうの扉から現れたのだが。
しばらくして、やはり扉から新しい生き物が出てきた。
風音(なんかこの調子でいくと、一時間後には百人ぐらいになってたりして・・・)
そんな事を考えながら、次の生物を眺めた。とにかくデカい。優に二メートルはあるか。
獣人という言葉は聞いたことがあるが、正にそれだった。
人狼や人犬、人猫などの架空の生物は有名だが、その生物はそのどれでもなく、強いて言えばハムスターに似ていた。
風音(か、かわいい・・・)
しかもピンク色のモコモコとした全身を布で包むような服を着ている。
風音(媚びやがって・・・)
見惚れていると、もう巨大ハムスターが目の前まで来ていた。
風音(速っ!)
ハムスターみたいにチョコチョコ歩いているくせに、歩幅が大きいせいかとにかく移動速度が速い。
改めて近くで見ると、もうひたすらでかい。三メートルは超えている。ほぼ真上を見上げるような感じで相手を見る。
風音(三メートルを超える生き物はいっぱいいるけど、直立されるとこんなにでかいのか)
よく見るとハムスターの手には機械のようなものが握られている。風音がそれを凝視していると、相手は無言でその機械を風音の前に差し出してきた。
風音(受け取れってことだろうな、多分)
取り敢えずその機械を受け取ってみる。
風音(うわ、重いなコレ)
軽々と持っているように見えたので普通に受け取ってしまったが、意外に重い。30~35キロ位あるだろうか。昔から道場でダンベルや大木などを嫌と言うほど持たされてきたので、重い物を持つのは慣れっこのはずだったのだが。
何に使うのか分からないその機械が、変わった形をしていて持ちにくい上、取っ手が無い。
持ち易いよう両手で抱き抱えるように持ち直し、ハムスターの方を見た。
なんか両手を頭に持っていって、ポンポンと頭を叩いている。
風音(突然何をしてるんだ、この巨大ハムスターは? 私の動作かわいいでしょ? ・・・とか?)
・・・と思ったのだが、どうも可愛さアピールをしている訳では無いらしい。しばらく相手の身振り手振りを見ているうちに、
風音(あ、なるほど。これを頭にかぶれって事か)
ようやくハムスターの言いたい事が分かった。
なるほど確かに頭にかぶれそうな形をしている。
風音(・・・いやいやいやいや。待て待て待て。コレかぶるの? 首イカレるんじゃないか? そりゃお前は出来るかもしれんけど)
心の中で抗議したが、伝わるはずもない。
頭にかぶって利用する物なら、もう少し軽くしろよ。
と言うか、重いなら重いで椅子かなんかに固定しろよ。座ったら自動的に頭にかぶるような形にすればいいじゃないか。
そもそも相手が何者かもよく分かっていないのに、こんな怪しい物をかぶってしまって良いのだろうか。とも思う。
風音(もし僕に危害を加えるつもりならとっくにやってるだろうし、・・・何より全く敵意を感じないんだよな。多分これをかぶっても問題はないと思うけど・・・)
と少し考えた後、ヘルメットの上から着ける訳にもいかないので、腕に付いている機械でまず大気の状態を確認する。そして呼吸が出来る事を確認し、ヘルメットを脱いだ。
風音(仕方ないか。他にやりようがないし)
と今日何度目かの覚悟を決めると、思い切ってかぶってみた。
風音(やっぱり、重いな)
両手でサポートすれば思ったよりは耐えられそうだが、この後どうしていいか分からない。
首が動かし辛いので、眼だけ動かして相手の方を見る。
風音(この後どうすれば・・・)
と思った時。
「それ重くないですか?」
と尋ねられた。
驚いた風音がしばらく呆気に取られていると、目の前のハムスターが再び尋ねる。
「あの、重くないのですか?」
風音「重い」
驚きすぎてしばらく言葉を失っていたが、ようやく口を開く事が出来た。
ふと思い返してみれば、もう宇宙人と出会ってから結構時間が経っているのに、今初めて心の底から驚いた気がする。
今更になって驚くのも風音自身不思議な感じがした。普通なら初めて宇宙人に会った時に驚くものだろうに。
おそらくあの時は自分の体験している全てが非日常だったので、何が起こっても驚かないような精神状態、もっと言うなら脳が麻痺している様な状態だったのだろう。
だが今、自分に理解できる言葉で話しかけられて初めて、ほんの少し日常を取り戻せた気がする。
そのせいか、目の前のハムスターにしか見えない生き物が言葉を話したことに、凄まじい違和感を持った。
風音(やっぱりこの機械のおかげなんだろうな。まあ、おそらく他にも色んな種族がいるんだろうし、こういう物があるのは必然か。いやそんな事より、人類にとって念願の異星人との初会話が「重い」て)
歴史に残ってもおかしくないのに。
記録には残さないでおこう。
そんなことを考えていると、再び相手の方から話しかけてきた。
「もしその機械の重さに耐えられないようでしたら、話し終わるまで無重力に戻しますが」
風音「いや、大丈夫、です」
実は持ちにくいせいで少し重かった。これがダンベルの様な形をしていて持ちやすければ、両手で三十キロ程度なら数時間は持っていられるのに。
ただ何となくここで無重力にしてもらうと、何かに負けたような気がするので強がってみる。
「そうですか。私の名前はバメオ・ノウンです。あなたは?」
風音「風音です。音羽風音。地球から来ました」
ノウン「? すみません。あなたの星の固有名詞やあなたの星独自の表現は訳せません。チキュウとは、星の名前ですか? それとも人工居住区の名前ですか? 何らかの組織の名称・・・方角の可能性もありますね」
ノウンも緊張しているのか、それともこれがノウンの地の喋り方なのだろうか。
とにかく早口でまくし立てられたので、途中何を言っているのかよく分からなかったが、
風音「僕が住んでいる星の名前です」
と簡潔に答えた。
こちらからも聞きたい事は山ほどあるが、どうにもさっきから視界に入ってくる人物の事が気になり、まずはそのことを尋ねてみる。
風音「あの、さっきから気になってたんですけど。この人なんでここまで落ち込んでるんですか?」
二度目に登場した人型の宇宙人を指差して問う。
さっき風音と会話して以来ずっと崩れ落ちた姿勢のままなのだ。
ノウン「サルトさんは・・・ああ、彼の名前はサルト・ハミルトン・クーラーズ、というのですが。彼はいわゆる言語学者なのですよ。かなりの数の星の言葉に精通していまして、特に『アルメ種』と呼ばれる種族・・・彼や風音さんの様な外見をした種族とは誰とでも話せると言っていたのですよ。ですが結果は知っての通り、風音さんと会話する事が出来なかったでしょう? 満を持して登場した割に、全く役に立たなかったので落ち込んでいるのでしょう。プライド粉砕、ですね」
ノウンが同情する様な目でサルトを見下ろすと、サルトは更に落ち込んだ。紳士的な態度とは裏腹、意外と言葉に棘があるハムスターだ。
風音「あと、こっちの方は何か・・・離れていても人を呼ぶ事が出来るような、変わった特技を持ってませんか?」
最初に登場した虫っぽい宇宙人の方に視線を送りながら尋ねる。
こいつがたまに上を向くような素振りを見せた後、他の二人がそれぞれ登場したので、何かあの行動には意味があると思うのだが。
「ん? わたし、ですか?」
最初口を開いて以来、今まで沈黙を守っていた虫型宇宙人が反応する。
所々虫に近いせいか、ノウンと同じく喋るだけで違和感を感じる。特にこの生き物は何というか、黙っている方が自然な気がする。
「あの、わたし、頭に直接、精神感応が、できる。波長合えば、できる。精神に話す、から、言葉、通じなくても、伝わる、のに。不便。あ、遠くに居るのも、無理。遠くに行くなよ、思う時ある。思わないか?」
風音「そうですね」
即答した。
頭に直接・・・・精神感応・・・? テレパシーみたいなものか?
これも途中何を言っているのかいまいちよく分からなかったが、後半の言いたい事は大体わかった。精神感応は遠くにいる人には出来ないらしい。
それが不便だと思わないか? って聞いてるみたいだったから、同意しておいた。
・・・本音を言えば、だから何だって話だが。いやむしろその方が良いだろう。遠い所からいきなり頭の中に話しかけられても困る。
そんな風音の思いとは裏腹、アガレアは風音の返答に満足したようで少し笑顔になる。
アガレア「良かった。あなたも、そう思うか。波長合う、かも。私の名、アガレア・アリア・アフェア・アプァィア。長い。あなたの名、いい。オトハ・カヌキ。長くない」
長くない、と思うのならせめて間違えないでほしい。
風音「どうも、か・ざ・ね、風音です。よろしく、アガレアさん」
握手をしようと手を差し出したが、キョトンとしている。
ノウン「カザネさんの星での友好を表す所作でしょう。似たような風習を持つ星も多いですし、おそらく同じように手を差し出すのが正解ではないですか?」
とノウンがアガレアに伝え、フォローを入れてくれた。そして弾かれたように高速で手を差し出してきたアガレアの手を握りながら、
風音(そっか、風習が違うもんな。迂闊な事は出来ないな)
反省しながらも、アガレアの虫のような手が、思ったよりもかなり柔らかい事に内心驚いていた。
ノウン「失礼ですが、女性で間違いないでしょうか?」
横からノウンが突然尋ねてくる。しかもまたこの質問だ。
地球でも今まで何度聞かれただろうか。いや、聞かれるならまだいい。勝手に女と決めつけている奴の方が多い。
風音「いえ、男ですよ。よく間違われるんですけど」
いつも通りの回答をしておく。
ノウン「ああ、そうなんですね。それは失礼しました。アルメ種の見た目はほとんど同じに見えますので、雰囲気で当てにいったのですが・・・外れましたか」
それを聞いて「あ、そっか」と納得する。確かにその通りだ。
種族が違うと性別が全然分からない。
今目の前に居るノウンも、風音の中でなんとなく勝手にハムスターの雄と決めつけていたが、本当はハムスターの雌なのかもしれない。
しかし地球では見た目で女と間違われ、宇宙人には雰囲気で女と間違われるとは・・・もうちょっと男磨きをした方が良いのかもしれない。
ノウン「ところで、チキュウというのは何処にある星ですか? 聞いたことが無いですね。この辺りの星はすべて知っていますから、近くでは無いですよね? その割には小型船に乗っていましたが、あの小さな船に長距離ワープできる機能が備わっているのですか?」
と、口早にノウンが聞いてきた。さっきから一気に質問してくるのが目立つ。どうもこれが地の喋り方らしい。
風音「宇宙空間に穴を開いて通って来たんだけど。まさかこんなに遠くまで来るとは思ってなかった、・・・です」
風音が答えると、
ノウン「穴を開けて? またずいぶんと古い方法ですね? あれは使いにくくないですか? 何処に出るか分からないし、どういう訳か時々『死の海』に繋がる事もありますよね? それに大した距離も移動出来ない。風音さんもここまで来るのは大変だったでしょう? かなりたくさんの穴を通って来たでしょうから」
と、ノウンがやはり口早に喋る。
・・・・・・・・・?
風音(何を言ってるんだ? このハムスターは?)
言いたい事を一気に喋るノウンの性格は分かり易くていいかも、とさっきまでは思っていたが、そうでもないらしい。一度言っている意味が分からなくなったが最後、完全に置いてけぼりだ。
風音(仕方ない。一つずつ検証していこうか)
風音「すみません、いくつか質問があるんですが。まず『死の海』ってなんですか?」
その質問にノウンが不思議そうな顔を作る。
ノウン「穴を通って旅してきたのに『死の海』を知らないのですか?」
ノウンが首を傾げる。この何気ない動作が、可愛い動物好きの風音にヒットした。
風音「はい。・・・それと全く関係ないですけど、その不思議そうな表情と首の傾け具合はとてもポイントが高いです。どこかに大きいハムスターが飼えるようなケージはありませんかね?」
ノウン「? 良く分かりませんが、本当に関係無さそうなので一旦置いておきますね。え~っと、何の話でしたっけ。・・・そうそう、『死の海』というのは生き物が存在しない、こことは違うもう一つの宇宙のことです。見た目はあまり変わらないのですが、生命の息吹が感じられない寂しい場所です」
風音「・・・なるほど。それともう一つ、僕の言った方法では長距離の移動は出来ない、って言ってたけど、それは本当?」
ノウン「ええ。短距離・・・とは言っても星を幾つかまたぐ位の距離は行けますが、それ以上は難しいのではないでしょうか」
星を幾つかまたぐ・・・十分長距離だと思うが、宇宙のスケールだと短距離なのだろう。
風音「ふーん?」
軽く唸り声を出しながら、今までの情報と、この空間に初めて来た時にレーダーに映った三つの星の事を合わせて考えてみる。
風音(最初に映った三つの星。あの星にもおそらく何らかの生き物が住んでいるんだろうな・・・。ここには至る所にそんな星があるとして・・・。反対に、僕らのいた宇宙には地球以外に知的生命体が存在する星は見つかっていない。微生物や小さな生き物が存在する星くらいならいくつかあったみたいだけど・・・。それと穴、短距離、『死の海』・・・・・・)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
考えた後、風音なりの結論を口にする。
風音「多分・・・だけど、僕は『死の海』出身だと思います」
しばらく互いに沈黙。
ノウンが驚いた顔をしている。ここに来てからというもの、自分が驚いてばかりだったので、ノウンの反応に凄く新鮮なものを感じた。
ノウン「『死の海』・・・出身・・・・・・ですか?」
信じられないような口ぶりで改めて風音に尋ねる。
風音「はい。多分。僕はここに来るまでに一度しか穴を通ってないんで。さっきのノウンさんの言葉を信じるなら、こことは違う空間から来た事になります。それに、地球が存在する宇宙には今のところ、地球以外に知的生物がいる星が見つかっていません。つまり、地球さえ見つからなければ生き物のいない宇宙と言えるし」
そのセリフを言った瞬間、今まで地面に這いつくばっていたサルトが凄まじい勢いで復活した。
サルト「先に言え! そういう事は!」
なぜか怒っているようだ。
サルト「全く・・・そりゃお前の言葉が分からんはずだ。危うく転職するとこだった」
ぶつぶつ言いながら、こちらを向いて、
サルト「とにかくこの勝負、俺は負けてないからな。いや、むしろ死の海出身は反則だろ。だからお前の反則負け、俺の勝ちだ」
そう言って、一人で納得している。
風音としてはそんな事を勝ち誇ったように言われても、という感じだ。
どう反応していいか分からないので、適当に微笑んで頷いておく。
風音(なんかこの人、父さんに似てるな・・・)
変人具合が。
それはそれとして、サルトに話しかける。
風音「あなたはあまり驚かないんですね」
サルト「当然だ。死の海なんぞ、どっかの馬鹿が勝手に付けた名前だろ。別に人類が居ても何も不思議じゃない。っつか、実際生物自体はいっぱい居るしな。あくまで何故か知的生命体が発見されていないってだけだ。ノウンの言ってる生き物が居ないってのはそういう意味だ。細かい生き物は結構居るぞ」
考え方とかもやはり父親に似ている。
サルト「それより、さっさと俺をその星へ連れて行ってくれ。俺が誰よりも先にその星の事を知る、そうなれば俺が単独首位。そして皆で俺を称えろ」
何から何まで父親と激似だ。同一人物かもしれない。
ノウン「それは私も賛成ですね」
とノウンが横から入ってきた。
ノウン「私もチキュウには興味があります。ぜひ連れて行っていただきたいのですが」
風音「はぁ・・・」
いきなり連れて行けと言われても困る。穴の向こうでは仲間が大勢いる。そこにこの宇宙船が突然現れたら、少なからずパニックになるだろう。
一斉に攻撃する可能性すらある。
風音「実は・・・・・・」
風音が簡単に状況を説明する。
そして説明が終わるなり、サルトが非難の声を上げる。
サルト「何で攻撃されにゃならんのだ!」
サルトがぐっと拳を握る。
サルト「上等だ! 皆殺しにしてやる! 俺等の科学力を―――痛ぇっっ!」
ゴスッ、と鈍い音が鳴り、サルトが頭を抱えてうずくまる。不穏なセリフを連発するサルトにノウンの鉄拳制裁が下った。
ノウン「すみません。事情は分かりました。では一度風音さんが戻って、一通り報告を終えてから私達が行く、という形でどうでしょう?」
風音「そうですね。それと、僕の乗ってきた小型船は元々2人乗りですから、戻る際に誰か付いて来てくれるともっといいかも。説明楽だし」
サルト「だったら完全に俺だろ」
主張とともにサルトが復活した。
風音「う~~~ん」
この人は一番危険な香りがする。冗談だろうが、今しがた皆殺しとか言ってたし。
風音(いや、でも見た目は人間に一番近いから混乱は一番少なくてすむかな。言語学者って言ってたから、知識は豊富なんだろうな。・・・・・・よし)
風音「ノウンさん、お願いします」
危険な橋は渡らない事にした。
サルト「待てコラ! しばくぞ! 納得のいく理・・・」
怒り狂うサルトの口をアガレアが塞いだ。
アガレア「少し、黙れ。話、進まない」
風音が一連のやり取りを見ていて思ったのだが、サルトは皆から結構ぞんざいに扱われている。
・・・だからどうしたと言われればそこまでなのだが、こういった人間関係を見ていると実家にいた頃のことを思い出す。
風音(そういえば父さんも皆からタメ口叩かれてたなぁ。それだけ皆に慕われてるって事・・・だといいけど)
何となくゆっくりと目を閉じる。まぶたの裏に父親の顔が見えた気がした。目を開けてサルトの方を向いて言う。
風音「心配しなくても、少し説明を終えたらすぐサルトさんにも来ていただきますよ。それに小型船で地味に登場するより、この船で派手に登場した方がインパクトはかなり大きいですよ。仲間たちも相当驚くと思います」
サルト「行ってこいノウン。俺の引き立て役として」
やはりこのタイプは非常に説得しやすい。
風音「じゃあ案内します。この機械は一旦外しましょうか?」
言いながら頭から機械を外そうとすると、
ノウン「それを外すと、もう一度着けるまで私達とは会話できなくなります。今のうちに聞いておきたい事はありませんか?」
とノウンが尋ねてきた。確かにこの機械、一旦着けてしまえば意外と耐えられるが、着ける時や外す時は腕にかなりの負担がかかるので、できれば何度も繰り返したくはない。ノウンの言うとおり、聞けることは今のうちに聞いておきたい。
風音(でも聞きたい事なんて星の数ほどあるしなぁ・・・・・・宇宙だけに)
・・・・・・・・・・・・
風音が無言でブルッと震える。
ノウン「あれ? 寒かったですか? 暖めます?」
風音「いや、なんでもない。・・・です。気にしないでください」
ノウンが不思議そうな顔をしているが、風音は自分の心の中で言った忌まわしいネタを封印し、ごまかす様に切り出す。
風音「とにかく聞きたい事は沢山ありますけど、一度戻ってからにします。仲間も心配してると思いますし」
とそこまで言って、自分が言った『心配してる』という言葉で思い出したことがあった。翻訳機を外そうとしていた手を止める。
風音「ああ、そういえば、一つ聞いておきたい事がありました」
ノウン「何ですか?」
風音「僕がこの空間へ来る前に、過去に二回僕と同じようにして、ここに来た人達がいたはずなんですけど・・・」
過去に実験が失敗し、スタッフが戻って来なかった事を簡単に説明した。
サルト「そりゃシエロか、賊の仕業だな」
隣からサルトが答える。
風音「賊、は何となく分かりますが、シエロって?」
サルト「シエロってのは各宙域で犯罪を取り締まっている組織の名称だ。自分の管轄で不審な船が漂っているのを見かけたら、すぐ捕まえに来る。シエロに登録していない船は宇宙に出られない決まりになってるからな。シエロにしてみれば、お前の小型船やお前の同胞が乗っていた船は、この宙域に存在するだけで罪になる」
風音「へぇ・・・」
いわゆる警察の様なものだろうか。
風音「でも取り締まっているんだったら、今頃身元を調べられて帰って来ててもおかしくないだろうし、シエロの関係者は地球の存在をすでに知っているって事になりませんかね?」
素朴な疑問をぶつけると、サルトが難しい顔をした。
サルト「いや、そりゃどうだろうな。シエロは基本的に捕まえた奴の身元なんぞ調べねぇし」
風音「? 何で? 不審者かどうか調べるのが仕事じゃないの?」
サルト「犯罪者が多すぎるからだよ、単純に。宇宙空間で捕まる犯罪者ってのはそのほとんどが身元を隠そうとしたり、本人も知らなかったりするからな。身元を割り出すだけでもかなりの時間がかかる。既に捕まえた奴に時間かけてる暇があったら、別の犯罪者を捕まえに行く。でないと犯罪者減らないだろ」
確かに、もっともらしい事は言っているが。
風音「分からなくはないけど、やっぱり身元を確認する位の最低限の仕事はやってもらわないと。だってスタッフ達はここに居たら捕まるって知らなかった訳だし。ちゃんと事情が確認されれば捕まらずに済んだって事でしょう?」
風音のやや怒り気味の主張を聞いた後、サルトは視線を宙空にさまよわせながら、少し考え込んだ。
しばらくして。
サルト「・・・お前の星、チキュウでは他人と口論になった時、相手をいきなり殴ったらどうなる?」
風音「そりゃ・・・、捕まりますね」
サルト「まあ普通そうだろうな。俺の星でもそうだ。でもな、星によっては違う。相手と口論になったら、いきなり二人で殴り合い、勝った方の意見が正しいとする。なんて、俺から言わせりゃ馬鹿丸出しのルールを持つ星もある」
風音(確か地球にもそれに近いルールを持つ部族がいたような・・・・・・)
風音が記憶を辿る間もなく、サルトが続ける。
サルト「例えばだ。その星の奴がチキュウへ行ったとする。・・・で、チキュウの誰かと口論になったとして、そいつが自分の星のルールに則っていきなり相手を殴ったとする。殴ったそいつはどうなる?」
風音「・・・捕まるでしょうね」
サルト「何でだ? そいつにとっちゃその行動は常識の範囲内だろ?」
風音「そりゃその人の星のルールはどうあれ、地球に来たら地球のルールに従わないと」
サルト「だろ? シエロも一緒だ。捕まった奴の事情はどうあれ、この宙域に来たからにはこの宙域のルールに従え。ってやつだ。『知らなかった』とか『事情を確認して貰えれば分かる』なんて言い訳通じねぇし、そもそも信じる訳ねぇだろ。そんなもんいちいち真に受けて捕まえた奴釈放してたら、そこいらじゅう犯罪者で溢れかえるわ」
風音「・・・・・・・・・・・・」
反論はしなかったが、それでも納得いかない表情の風音に、サルトが笑いながら続ける。
サルト「まあそう怖い顔すんなって。お前らが例外中の例外だってのはよく分かる。なんせ『死の海』出身だからな。この宙域のルールを知らないどころか、生き物が居る事すら知らなかったんだろ? 俺がチキュウの存在を確認して証拠が出来りゃ、すぐにでも最寄りのシエロに連絡取ってやるから。もし捕まってりゃ引き渡してもらって、チキュウに運んでやる。それで文句無ぇだろ?」
ほんの少しの間、呆けたように風音がサルトの顔を見つめる。
風音(まさかこの人の口から、こんなまともな発言が出てくるなんて。意外と良い人なのかな?)
風音「サルトさん。あなた実は良い人なんですか? さっきまで馬鹿にしか見えなかっただけに、そのギャップに驚いてますけど」
思ったことをそのまま口に出してみた。
サルト「ん? 死にたいのか?」
ニコッと笑ってサルトが答える。
サルト「ま、とにかくだ。今までの話はシエロに捕まっていたら、ってのが前提で喋ってたけどな。本当にまずいのは賊の方だ」
苦虫を噛み潰したような表情で言う。これだけでも賊とやらの厄介さが見てとれる。
風音「そんなに厄介なんですか?」
サルト「ああ。もし賊が絡んでたとしたら、ほぼ確実にお前の同胞は皆殺しにされてるだろうな」
風音「――――!!」
皆殺し、という言葉に風音が息をのむ。
サルト「基本的に賊が民間船を襲った際にとる行動は二つ。『利用する』か『殺す』かだ」
サルトが淡々と事実だけを告げる。
サルト「言葉が通じないなら、利用されてる可能性は低い。残念だが」
風音「・・・・・・・・・」
言葉が出ない。地球でもごく稀に無差別大量殺人は起こるが、ここではそれが日常茶飯事なのだ。シエロがとにかく犯罪者を捕まえる事を優先しているのも頷ける。
サルト「・・・・・・・・・」
風音が黙ってしまったので、しばらくの沈黙があった後、サルトが真剣な表情で口を開いた。
サルト「で、ここからが重要なんだがな」
サルトが下を向いて、考えるようなしぐさをした後、顔を上げ風音の方を向いて静かに呟いた。
サルト「実はな、俺達がその『賊』なんだよ」
風音「・・・・・・・・・」
呆然としたまま風音が成り行きを見守っていると、
バヂッ!!
と大きな音が鳴り、アガレアとノウンが両サイドからサルトの顔面を殴打していた。
サルト「アゲァッッッッ!!!!」
顎を殴られたせいか、奇声に近い叫び声とともに、サルトが顔を両手で覆いながら地面を転げまわる。
ノウン「質の悪い冗談はやめてください! 風音さんが本気にしたらどうするのですか!!」
ノウンが強い口調で非難する。
サルト「いやだって、カザネの同胞が殺されてるかもって話になったとたん皆黙り込むからだな。少しは重い空気を軽くしてやろうと」
アガレア「殺すぞ、お前」
顔を押さえたまま立ち上がりつつ言い訳しようとしていたサルトに、アガレアが低い声で脅す。ありがちな台詞もアガレアが言うとかなり本気に聞こえた。
風音「まあまあ、二人とも落ち着いてください。僕こう見えて小さい頃からいろんな修行をさせられてたんで、サルトさんに敵意があるかどうかは観れば分かりますから。冗談で言ってるな、ってのは分かってましたよ」
かなり本気で怒っている二人を、風音がなだめる。
ノウン「まあ風音さんがそう言うなら。サルトさん、命拾いしましたね」
サルト「マジで殺す気だったのか!!」
アガレア「だった、て言うか、風音が、良い、言うなら。 今から、でも」
アガレアがサルトの首を掴む。
風音「よし、じゃあ首もぎ取っちゃえ☆」
軽い口調で許可を出した。
サルト「待て! ノウンならともかく、こいつにその手の冗談はやめろ! マジでここに俺の首が転がったら、お前も後味悪いだろ!」
サルトが必死で抗議する。
風音「ははっ、確かに」
そう言って笑いながら、アガレアを説得してサルトを開放してもらった。
どうもサルトの冗談がよほど気に食わなかったのか、首を掴んでいた手には既にかなり力が込められていたようだ。サルトの首には掴まれた跡がくっきりと浮かび上がっている。
少し悪くなった空気を破る様に、風音が切り出す。
風音「まあでも、場の空気が重くなってたのを解消してくれたのは確かですからね。せっかくなんで、ここは一つ前向きに考えてみます。たとえばこの機械」
自分の頭に乗っている機械をコツコツと指でたたく。どうでもいいが、そろそろ本気で重く感じて来た。首に負担をかけないように、重さのほとんどを手でカバーしているせいで、腕全体が少し痺れてきている。
・・・まぁ修行時代は全身がこうなってからが本番開始だったから、慣れっこではあるけども。
風音「さっき確か、言葉が通じないから殺されてる可能性が高い。って言ってたけど、もし賊が問答無用で殺すんじゃなく翻訳機を使ってたら、逆に殺されてる可能性は低いと思うんですけど。だって『死の海』出身って珍しいんでしょ?」
やはりどうしても殺されているとは考えたくない風音にとっては、なかなか前向きで良い考え方だと自分では思ったのだが。
思いの外サルトとノウンの反応が薄い。というか、なぜか感心している。
サルト「実は今まで半信半疑だったけど・・・、こいつマジで死の海出身かもな」
ノウン「ええ。こちらの出身なら今の台詞は出にくいですね」
言いながら、ノウンも少し笑みを浮かべている。
風音「? ・・・どういう事? 僕の意見、何かおかしかった?」
思わず風音が聞き返す。
サルト「いや、間違っちゃいないけどな。確かに賊が自分の捕まえた知的生物が死の海出身だと知ったら、すぐには殺さねえだろう。仮に捕まってたとしても、お前の言う通り今頃どっかで生きててもおかしくない。・・・ただ、そんな事起こり得ないんだよ」
とサルトがきっぱりと否定した。
風音「何で?」
風音が反射的に聞き返す。
サルト「お前、その翻訳機がどこにでもあるもんだと勝手に思い込んでただろ?」
風音「え? ああ、まあ確かに色んな種族が一遍に出てきたから。 こっちの宇宙では生活必需品なのかなと思ってたけど。これ実はかなり珍しい物なん?」
油断して思いっきりタメ口で聞き返してしまった。ここまでタメ口が出ないように結構頑張ってたのに。
それはともかく、よく考えてみればこんなに重い物が世界中にいっぱい有っても困るよな、と風音が心の中で呟く。
サルト「珍しいも何も、それしか無えよ」
風音「へっ?」
風音の間の抜けた返事に満足しながら、サルトが続ける。
サルト「聞いて驚け。なんとその機械は俺の手作りの発明品なんだよ。どうだ? 凄えだろ?」
誇らしげに胸を張るサルトに、風音が冷めた視線を送る。
風音「まぁ・・・言うだけタダですもんね」
サルト「いや待て、その感想はおかしい」
ひきつった顔で抗議するサルトに、優しく、慈愛に満ちた表情で風音が応える。
風音「いや、大体分かりますから」
サルト「いや、多分おまえは何一つ分かっていない」
風音「つまりこういう事ですよね。『サルトは普段自慢できる事が何も無いので、せめて何も知らない異星人の前でくらい、見栄を張りたい年頃だった。その結果、世界で唯一の翻訳機を作ったという嘘をついてしまった。』・・・かわいそうに、一体何があなたをそうさせるんですか?」
サルト「可哀そうな子扱いすんな! 嘘なんか吐いてない! それは俺が作ったやつだ!」
風音「はいはいはいはい。えらいえらい」
軽く首を振りながら、サルトの抗議を聞き流す。
サルト「むっっかつくな、こいつ」
怒るサルトを手で制し、ノウンがフォローに回る。
ノウン「風音さん。サルトさんの言っている事は本当なのですよ。もっとも、正確にはサルトさんだけではなく、私達の発明品なのですが」
風音「あっ、そうなんですか?」
サルト「何でコイツの言う事はすぐ信じる!?」
サルトがノウンを指差しながら再び風音に抗議するが、ノウンが無視して続ける。
ノウン「言語学者であるサルトさんと、脳波や脳の仕組みについての権威をもつ私。そして、精神感応が可能なアガレアさん。この三人で理論を組み上げ、上の部屋に居る技術者の2人、クリス姉弟に形にしていただきました」
風音(クリス姉弟?)
今ここにいる三人以降特に誰も出てこなかったので、風音は何となくこの船にはこの三人しか居ないのかと思っていたのだが。どうやらまだ最低二人居るらしい。
ノウン「精神感応とは、言葉が通じない相手とも頭の中で会話が可能になるという、実に素晴らしい能力です。ですが波長の合う者、つまりある程度お互いを理解し合える仲でないと使えないという欠点もありました。そこでサルトさんが私に、脳に直接信号を送ることで誰にでも精神感応が出来ないか、と提案してきたのが始まりでした。そもそも脳というのは常に微弱な―――」
風音(・・・いつまで続くんだろう)
別に翻訳機の詳しい構造や、それに関係する脳の仕組みについては大して興味がなかったので、心ここにあらずといった感じで聞き流していると、ノウンを指差しながらサルトが話しかけてきた。
サルト「こいつはこうなったら気の済むまで喋り続けるからな。ノウンは取り敢えず放っておいてだ。とにかくそういった事情で、賊がカザネの同胞と会話する事は不可能だ」
風音「・・・・・・・・・」
はっきりと告げられ、風音が無言で視線を落とす。
サルト「まあそんな不安そうな顔すんなって。俺等の経験から言わせてもらえば、賊に会う可能性なんざそんな高くねえよ。逆にシエロの船なんか、昼飯食ってる間に四回会った事もあるほどの遭遇率だからな。かなりの確率で両方とも、運が悪くともどっちか片方はシエロに捕まってるはずだ。全員死んでるなんて有り得ねえよ」
風音「はあ・・・そう言って頂けると励みになりますけど、ひとつ言いたい事が・・・」
サルト「何だ?」
風音「サルトさんって馬鹿な発言をする時と、まともな発言をする時があるじゃないですか? もうひとつキャラが不安定なんで、接し方が分かり辛いんですよね。今一度自分を見つめ直してはどうでしょうか」
サルト「何で初対面のお前に・・・って言うか分かり辛いも何も、お前さっきから俺に対してだけ最悪の接し方しといて何を今更」
風音「ちなみに馬鹿発言してる時のサルトさんは、僕の父さんとキャラかぶってます」
サルト「あっそ。レアな情報どうも」
呆れたサルトが一つ軽めに溜息を吐く。
風音「じゃあ話を戻しますけど、この翻訳機がこれだけって事は、僕はこの宇宙で唯一僕と喋れる人と出会えた訳ですよね。凄い偶然じゃないですか? これって」
実際、偶然どころか奇跡の域に達している筈なのだが、サルトが否定する。
サルト「いや、ま、お前にとっちゃ運が良かったのかもしれんが、俺等からしたら別に偶然って訳でも無い。ほれ、さっきノウンの話に出てきただろ? クリス姉弟。あいつらがこの船のシステム周りをいじったからな。この船の探索能力は他の船に比べて圧倒的に優れてるんだよ。ルミナ・・・姉の方なんて機械に関しては天才的だからな。それ以外の部分は鬱陶しいだけだけど」
サルトが面倒臭そうな顔をする。
風音「・・・その情報が僕と出会えた事と何が関係あるんですか? サルトさんとクリス姉さんの仲が悪い事しか伝わってこないんですけど」
サルト「え? ・・・・ああ! 一番重要な事言ってなかったな。俺等はその機械の実験がしたくて、お前みたいな奴を探してたんだよ。現在公に知られてる言語を喋る生き物には、その機械が通用する事は実験済みなんだけどな。やっぱ未開の、誰も解読できない言語を使う奴に通用しないと意味無ぇし。・・・ていうか、それが出来ると証明しないとインチキ呼ばわりされるだけだからな。で、当たり前の話だが、お前の船シエロに登録してないだろ? そういう船には言葉が通じない奴が乗ってる事が多いからな」
と明るく言うサルトに、風音が眉をひそめる。
風音「それって・・・危険な事の様な気が・・・・・。ここまでの話からすると、登録してない船って犯罪者が乗ってる可能性が高いんじゃないのかな?」
そんな船を見つけて、自分から引き入れるなんて。
サルト「そりゃそうなんだけどな。言葉が通じねえ奴見つける方法なんて、この方法以外には直接未開の星へ行くくらいしか無いからな。なんで俺等がその方法を選ばなかったのか、は推して知るべしだな。ヒントはこれだけ宇宙に船が行き交っている時代に、未開のままって事だ」
風音「ああ、危険なんですね」
サルト「そ。未開の星へ行くくらいなら、このやり方の方が万倍安全だ。・・・とは言え、お前の言った通り犯罪者が乗ってる可能性も高いから、どんな船に接触しようか悩んでたんだが・・・。最初は目を疑ったよ。明らかに二~三人しか乗れないような小っこい船なのに、何の偽装もせず堂々と宇宙空間に停止してた馬鹿が居たんだから。『ああ、こいつは間違いなく情報に閉ざされた、永久凍土みたいなとこから来たマヌケな野郎なんだろうな』って判断して接触した訳だ」
風音「ははっ、言ってくれますねぇ」
風音が笑いながらも犬歯を光らせる。
サルト「で、お前を船に誘い入れて、アガレアが戦闘に長けてるからまず様子を見て来てもらった。 その後危険が無さそうだと判断したアガレアがノウンを呼んで今に至るって流れだな」
風音「・・・アガレアさんが来てからノウンさんが来るまでに、自信満々で登場して勝手に敗れ去った可哀想な奴が一人居たのを忘れてませんか?」
にっこりと微笑みながらサルトの目を見る。
サルト「知らんな。何の話をしている」
負けじとサルトも風音の目を見て微笑む。
風音「大体、言葉が通じない人種が乗ってるかもしれないから接触したんでしょ? だったらなんであんた、さっき僕と会話が通じなかっただけであんな凹んでたんですか。目的通りなんだから素直に喜べばいいのに」
サルト「だってお前・・・アルメ種は未開惑星人の可能性が低いし・・・・・・大体俺だって言語学者としての・・・」
何かブツブツと愚痴りだした。
意味の分からない愚痴を聞いてても仕方ないので、話題を変える。
風音「まぁいいや。とにかく、地球に案内してほしいんでしたっけ? 正直こっちも願ったり叶ったりですよ。ノウンさんは・・・・」
ノウンの方を目だけ動かしチラッと見るが、まだ喋り続けている。
風音「どうしましょうね。このまま喋らせながら僕の宇宙船まで引きずりましょうか?」
サルト「お前、結構ハードな提案するな・・・。待つっていう選択肢は無いのか?」
と、ここでアガレアが割って入る。
アガレア「そう言えば、カザネ、クリス姉弟、会いたい言ってた。会う? 別に嫌なら、会わない、でもいいが」
ノウンを待つかどうかという時に、意外な人からちょうどいいタイミングで間を埋める事が出来そうな提案が出た。
風音「あ、ぜひお願いします。僕もこの機械を作った人に会ってみたいです」
風音がそう言うと、アガレアが天井の方を向く。おそらく精神感応でクリス姉弟を呼んでいるのだろう。
しばらくすると、アガレア達が出て来たドアから二人のに人間が出て来た。
風音(ん? おかしくないか?)
二人を遠目に見た瞬間、風音が疑問を抱く。
風音(若すぎないか? あれまだ10代前半くらいじゃない?)
こちらの方に向かって歩いてくる二人はどう見ても子供にしか見えない。
風音(いやでも宇宙人だからなぁ。実はああ見えて百歳越えてるとかあっても不思議じゃないか・・・)
そんな事を考えている内に、二人が風音の前に到着する。
風音(おお・・・めっちゃ似てる・・・・・・)
双子だろうか。髪の長さが片方はショートで、片方は肩までのセミロングであるという違いを除いては、全く瓜二つに見える。
風音には幼馴染に恐ろしく似ていない双子が居るのだが、あれとは真逆だ。
二人とも身長は風音よりも低く、真っ白な髪の毛をしている。
風音は瓜二つに見えると思ったが、よく見ると目が少しだけ違う。ほんの微差だが。
二人とも目がパッチリしていて可愛らしい顔立ちだが、ショートの子は少し垂れ気味で優しそうな顔をしている。ただでさえ可愛らしい子供が、優しそうな顔をしていると天使に見える。
逆にセミロングの子は少し釣り目がちで、可愛らしさの中にもしっかりとした性格が伺える。
風音(セミロングの子が弟かな?)
見た目でそう思っていると、ショートの子の方が風音を見上げて口を開く。
レスタ「どうも初めまして。クリス・ク・レスタと言います。で、こっちが姉のクリス・ク・ルミナです」
と自己紹介をして、風音の前に手を差し出す。
天使の方が弟だった。風音の弟予想は外れたようだ。風音がその手を取り握手をすると、嬉しそうに上下にブンブンと振る。
レスタ「さっきカザネさんの挨拶を見てましたから。これで合ってますよね?」
ニコッと天使の微笑みを風音に向ける。
風音「うん。合ってるよ。わざわざこっちに合わせてくれてありがとう」
穏やかな口調で言うが、実は頭上の翻訳機から片手を離すのは頭頂部に負担が掛かって結構辛かった。
握手を終えてすぐに翻訳機を支える。
レスタ「ほら、姉さんも」
レスタが促すと、ルミナが視線を下にやり、無言のまま右手を差し出してきた。しかし、握手しようとその手に触れたとたん、すぐに手を引っ込められる。そして、うつむいたまま肩をすぼめて小さくなっている。
風音(人見知りの激しい子なのかな?)
と風音が少し対応に困っている横で、サルトがレスタの肩をトントンと叩いて合図を送り、レスタに耳打ちする。
サルト(おい、ルミナの奴様子が変じゃねえか?)
レスタ(いや、それが・・・)
そこまで言って、レスタが口ごもる。
サルト(それが・・・、どうした?)
レスタ(あのカザネさんって方、すごくいい人ですよね)
サルト(そうか? 俺に対してのみ、いい人とは言えん態度をとる時があるけどな)
レスタ(そんな事ないと思いますよ。ハミルトンさんのふざけた冗談も笑って許してくれたでしょ?)
サルト(ふざけた冗談って・・・・)
因みにサルトの星では、親しい仲の者ほど上の名前で呼んでいくという風習がある。その為彼の名サルト・ハミルトン・クーラーズは、親友のノウンからはサルト。友人のアガレア、レスタからはハミルトン。犬猿のルミナからはクーラーズと呼ばれている。
レスタ(他にも、仲間が生きている可能性を必死で考えていた姿からは優しさが感じられましたし、あの重たい翻訳機をずっと持っていられる程たくましいし)
サルト(そういや、お前ら上に居たんだったらちょっとくらい重力いじってやれよ。最初強がって大丈夫とか言ったからかあいつ何も言わねえけど、かなり重いはずだぞアレ)
レスタ(いや・・・その、姉さんがあの重さの翻訳機をいつまで持っていられるか見てみたいわ、とか言い出して)
サルト(はあ? 相変わらず訳分かんねえなあいつは)
サルトが腕組みをしてルミナの方を見る。
うつむいて微動だにしないルミナに、風音が話しかけていた。
サルト(で?)
レスタ(はい?)
サルト(お前の中でカザネの評価が高いのは分かった。それがルミナの態度と何が関係あるんだ?)
レスタ(いや、だから、その、そんなカザネさんに・・・・・・)
サルト(・・・・・・・・・・・・・・?)
レスタ(・・・惚れたみたいで)
サルト(・・・・・・は? お前が?)
レスタ(姉さんに決まってるでしょ! 何でこの流れで僕が惚れるんですか! ・・・・まぁ、ちょっとカッコいいなとは・・・思いますけど)
少し頬を赤く染めて言うレスタを見て、サルトが少し後ずさる。
サルト(ああ、そうか。コイツお国柄年上の男に憧れがあるんだっけ。いつか変な道に入るんじゃねぇだろうな・・・)
レスタは置いておいてサルトがちらりと横を見ると、風音がルミナに話しかけているが、ルミナはうつむいたまま小さな声で「はい」しか言っていない。
横から見るとルミナの顔が真っ赤になっていた。
サルトが面白そうに、思いっきり顔を歪める。
サルト(なるほどな。それはいい事を聞いた。積年の恨み、ここで晴らしてやる)
レスタ(うわ、しまった。ハミルトンさんに言ったのはまずかったかな)
サルトがルミナに近づくと、小さな声でからかうように言った。
サルト「ど~したんだぁ? ルミナ。今日はやけに元気無いみたいじゃないか? ポンポン痛いのかぁ?」
そう言いながらサルトがルミナの顔を下から覗き込むと、耳どころか首筋まで赤くしながら、殺し屋のような目つきでサルトを睨んでいる。
そんな二人の間に割って入るように風音が尋ねた。
風音「サルトさん、この方がさっき言ってた天才技術者さんですよね? 凄いですよね、聞くところによるとまだ大分若いらしいのに、こんな物作れるなんて」
サルト「見た感じコイツ『ハイ』しか言ってなかったのによく会話が通じたな」
実はサルトの言うとおり、風音も本当に会話が通じているのか少し疑問だったのだが。
風音「ちょっと人見知りが激しいみたいですけど、まぁ一応返事はしてくれてるんで。何とか会話は出来てますよ」
サルト「人見知りが激しい、ねぇ?」
サルトがからかうようにニヤニヤしながらルミナを見たが、うつむいていたためルミナの視界には入らなかった。
サルト「確かにこいつは天才的だよ。機械いじりだけは。それ作ったのもほとんどこいつの成果だしな」
風音「へぇ・・・凄いねぇ・・・・・。僕みたいな凡人からしてみたら、こんな凄い物まず作ろうとすら思わないから。挑戦しようとするだけでも尊敬するよ」
ルミナ「!!」
風音(その上結果出したんだもんなぁ、この若さで。こっちにはこういう天才って結構居るものなのかな? 地球では天才は定期的に現れる、とか言うけど・・・)
と、突然風音の目の前でストンとルミナが膝から崩れ落ちた。
ルミナ「――――――あ、ありがとう・・・ござい・・・ます・・・」
ルミナがうつむいたまま静かに泣き始める。
風音「えっ! なんで? なんで泣くの? なんか僕悪いこと言った!?」
わけが分からなすぎる。
いきなりの展開に風音が焦っているが、サルトが首を振る。
サルト「心配すんな。コイツ多分嬉しくてこうなっただけだ。特に『挑戦しようとするだけでも尊敬する』って所。・・・・言われた事無えよ、そんな台詞」
風音「え? そうなんですか? 普通難しい事に挑戦しようとする人って尊敬されません?」
実際そのおかげでこうして会話出来ているのだから、風音にとっては当然の感想だ。
サルト「そうでも無えよ。お前の星、チキュウには居なかったか? 後世に名を残すような偉大な発見をした医者とか科学者、発明家にかぎって、生きている間は周りの奴等全てから変人扱いされてた奴」
風音(・・・居た。・・・それもかなり)
風音はサルトの方を見ていただけで特に言葉を発しなかったが、雰囲気で伝わったのだろう。サルトが続ける。
サルト「それと同じだ。お前は死の海出身だからこの感覚は伝わりにくいかもしれんが、こっちでは『翻訳機を発明しようとする奴』って特に変人扱いされるんだよ。俺らもそういった部類の、特にひどい扱いだったからな。嬉しいんだろ、結果じゃなく過程を評価されたのが」
風音「特に変人扱い・・・・ねぇ・・・」
地球ではたとえ正しい意見であっても、その時代の一般常識からかけ離れた事を言った人や、その常識を覆そうとした人が迫害されていた例が多い。
迫害しようっていう部分は全く理解出来ないが、何故そういう事があったのか、その理屈は風音にも何となく理解できる。
だがサルトの言うような、翻訳機を発明しようとする人に対する扱いが悪い、という感覚は風音には理解出来なかった。
あれば便利だろうに。
過去に翻訳機関連のまがい物や詐欺が多発したとか、そういう事情でもあるのだろうか。
日本でも「幸運になる石」なるものを高額で売っている人が居たら、ほとんどの人が詐欺師を疑うだろうし信じないだろう。 仮にそれが本物の幸運を呼び寄せる石であったとしても。
それと同じくらい、あるいはそれ以上にここでは「誰とでも会話可能な翻訳機」が詐欺の代名詞にもなり得るような、胡散臭いもの扱いを受けている?
わざわざ掘り下げて聞くような話題でもないので、そういうものなのだろう、と無理矢理納得するしかない。
サルト「そういう迫害ってのは、大人でも耐え難いもんだ。ましてこいつら感受性豊かな子供だからな。耐えてきた分、一転して評価されりゃ反動で泣く事もあるだろ」
そこまで言って、サルトが嗚咽しているルミナの近くでしゃがみ、耳元で小さな声で話しかける。
サルト「良かったね~~。ルミナちゃん。大好きなカザネくんに褒めて貰えて。どさくさで抱き付いてみたらどうだ?」
途端にルミナが泣きやみ、顔を赤くしながら、やはり風音には見えない角度で殺し屋のような目つきをサルトに向ける。
風音にはサルトがルミナを優しく泣き止ませたように見えたので、
風音(仲良いんだな、みんな。僕も将来自分の船を持ったら、こういう空気を作っていきたいな)
と一人ほのぼのとした結論に至っていた。
サルトがルミナの視線に怯む事無く立ち上がり、風音に話しかける。
サルト「なぁ、これちょっと見てくれないか?」
サルトが着ていた服の腕の部分をまくりあげる。
風音「うわっ」
一目で見て分かるほど大きな青痣ができていた。
風音「どうしたんですかこれ? 痛かったでしょう?」
道場にいた頃、体中に痣を作っていたことを思い出して風音が思わず顔をしかめた。
何故だろう、自分の体だとこのくらいの痣があるくらい何とも思わず放っておくのに、他人のを見ると凄く痛そうに見える。
サルト「いや、実はな・・・」
少しわざとらしく悲しげな表情を作り、話をしようとした時。
ルミナ「あの!! かざねさん!!」
風音「はい!!」
ルミナがいきなり立ち上がって大きな声で名前を呼んだので、風音が反射的に返事をした。
ルミナ「さ、さっきっ! 上に居た時っ! かざねさんの後ろ姿がっ! あそこの機械から見えたんですけどっ!!」
大声のまま風音の後方、天井の辺りを指さしながら叫ぶ。
風音「あの、落ち着いて話そ?」
という風音の声もルミナには届いていないようだ。
ルミナ「カザネさんの背中に埃が付いてました! 取ってあげたいので今すぐ後ろを向いて下さい!!」
顔中真っ赤にして興奮しているルミナに鬼気迫るものを感じた風音が、言われた通り急いで後ろを向いた。
風音「――――これでいい?」
後ろを向くと、確かに天井にカメラのような物がありこちらを向いている。これを使って別室からここの様子を見ていたのだろう。
サルト「おい―――――」
パチンという小さな音と、サルトの声がかすかに聞こえた。
しばらくして。
ルミナ「あ、もういいですよ。取れました、埃」
と、ルミナがようやく落ち着いた声で言った。
風音が振り返ると、ルミナが再び下を向いてもじもじとしている。
その横にサルトが倒れていた。完全に気を失っている。
風音「あの・・・・」
風音が聞くよりも先に、ルミナが小さな声で答えた。
ルミナ「クーラーズ・・・サルトさんは、たまに発作を起こして倒れることがあるんです」
風音「そうなんだ・・・・・・」
と気づかないふりをしていたが、風音は山育ちのせいもあってか、かなり視力には自信がある。先程後ろを向いていた時、天井に付いたカメラを見ていると、そのレンズに自分の背後が映し出されていた。
風音(実はおもいっきり一部始終見てたんだけど)
風音が後ろを向いた時、風音に対して何か言おうとしていたサルトの横で、ルミナが(さすがにはっきりとは見えなかったがおそらく)指を鳴らした。
次の瞬間、ルミナの右腕に大人一人分位の大きさの、腕の形をした機械が現れた。その腕でサルトをぶん殴ったのだ。
殴られた、というよりも撥ねられた、という表現の方が近いだろうか。
その衝撃で吹っ飛んで行きそうになったサルトの頭を鷲掴みにして捕まえ、地面に叩きつけた。
更に不思議なことに、一連の行為は無音で行われた。正確に言うなら、その間風音の周囲の音が完全に消えていた。
風音(どう考えても、発作を起こしたのはこの子の方だと思うんだけど・・・これも文化の違い・・・かな。こっちでは突然殴られた場合、殴られた側が発作を起こしたと見なす・・・・とか?)
かなり無理がある気がしたが、それ以外に説明がつかない。
さっきの翻訳機の話同様、もうそれで無理矢理納得することにしようとしたが、風音が周囲を見るとレスタが困った様な表情をしているのが映った。
風音(でもレスタ君は今の僕の心境を鏡で映したみたいな顔してるしな。もう意味分かんないな。今の何だったんだろう?)
アガレアの方を見てみると、相変わらず無表情のままじっとしている。あまり物事に動じない性格なのか、それともこういった光景を見慣れているのか。
風音(なんにしても、このままサルトさん放っておく訳にもいかないしな。どうすれば・・・)
ノウン「―――――といった理論を重ねた結果、完成へと至ったのです!! 分かりましたか? カザネさん?」
風音(何? この忙しい時に)
ノウンの方を見る。
どうやらたった今ノウンの解説が終わったらしい。最後に風音に何か尋ねたようだ。
風音「感動しました」
聞いてなかったので適当に答えておく。
ノウン「素晴らしい!! カザネさん!! あなた、見所がありますよ! もうこうなったら私と共に脳の世界へと旅立つしかないですよ!」
風音「しかない、って・・・」
そんな人生は出来れば避けたい。ノウンがこれ以上盛り上がる前に急いで話題を変える。
風音「それはそうと、サルトさんはどうすればいいですか?」
ノウン「? どうすれば、って? あれ? 倒れてますね」
やはり気付いてなかったらしい。
ノウン「ん? なぜ貴方達がここに?」
クリス姉弟を見て不思議そうな顔をする。どうやら解説中は完全に自分の世界に入っていたらしい。
ノウンが少し周りを見て状況を確認した後、呆れた表情で呟いた。
ノウン「ルミナさん、何があったのか知りませんが、暴力はいけませんよ?」
ルミナ「―――――――――――――!!」
ルミナの顔が強張り、さらに顔が赤くなった。だが、即座に大声で否定する。
ルミナ「ち、違うわよノウン! クーラーズは発作で倒れたの! ねえ? レスタ!」
『僕に振るの!?』という表情を一瞬見せた後、レスタが続ける。
レスタ「うん。何だか(姉さんの)発作みたいなものが原因で倒れたよね。倒れるちょっと前に『ポンポン痛い』とか言ってたようにも聞こえた気が、しなくもないと言うか」
レスタは最後まで、嘘は吐かなかった。
それを聞いたノウンが申し訳無さそうな顔で謝る。
ノウン「え? そうだったのですか。すみません。いつも喧嘩しているので、つい」
ルミナ「そんな・・・喧嘩だなんて野蛮な・・・。いつも一方的に虐められているだけなのに、ねえ? レスタ?」
『またかよ!』という表情をレスタが一瞬見せる。
レスタ「うん。割といつも(姉さんが)一方的に暴力振るうよね」
レスタは微妙にノウンと風音から目を逸らしながら、それでも最後まで嘘は吐かなかった。
ルミナが自分の胸に右掌をあて、一度深呼吸してから風音に向かって、小さな声で呟く。
ルミナ「あの、だからかざねさん。勘違いしないで下さいね。今ノウンが言ったことは間違いですから。あまり気にしないで下さいね」
ちょっと泣きそうな表情で訴えてくる。
風音「いや・・・まあ、最初から勘違いはしてないですから」
風音(全部見てたから)
心の中で一言加えつつ、ここまでの流れを推理する。
風音(え~~っと。つまり、サルトさんがルミナさんを怒らせるような事をして、思わず暴力を振るってしまったルミナさんが、部外者に野蛮な人だと思われたくない為、必死で事実を隠そうとしている。・・・ってところかな)
今までの成り行きを自分なりに解釈した。
風音の言葉を聞いて安心したのか、ルミナの表情が今までになく明るいものに変わる。
ルミナ「良かった・・・。見た感じノウンの事をとても信頼されているようでしたので、ノウンの言ったことはすぐに信用しちゃうのかと思って心配・・・・・・」
そこまで言ってハッと気付いた顔をして固まった。
ルミナ(今『最初から勘違いしてない』って言わなかった? それって言い換えると『最初からノウンさんの言うことを全て信用しているわけじゃない』って事じゃない? ・・・っていう事はつまり、『最初からノウンさんよりもルミナさんの方を信用してました』って言ってる事と同じなんじゃない? ・・・あれだけ信用していたノウンよりも、出会ってすぐの私の方が上? って事はつまり・・・・・)
ぐるぐると頭の中で考えを巡らせた後、
ルミナ「まあ・・・。まさか、かざねさんが私の事を世界で一番信頼してくれているなんて・・・」
赤く染めた頬に手を当て視線を下に下げながら呟いた。
風音・レスタ(なんでそんな結論になったんだろう・・・)
レスタと風音の心の声が一致した。
風音「と、とにかくですね。一通り挨拶も終わったんで、そろそろ一旦向こうに帰らせてもらおうと思うんですけど」
実は先程ノウンやクリス姉弟と会話している間に、アガレアが倒れていたサルトを無言で肩に担いで何処かへと運んで行ったので、サルト気絶事件は地味に解決していた。
レスタ「え、もう帰るんですか? 僕まだほとんど喋って無いのに」
風音の言葉にレスタが残念そうな声を上げたが、そんなレスタの頭をクシャっと撫でながら提案する。
風音「多分向こうである程度話が済んだら、この船の皆を地球に招待する事になると思うんだけどさ。もし良かったらその時僕がレスタ君に地球を案内してあげるよ。話はその時ゆっくり出来るんじゃないかな?」
にっこりと微笑む風音に、
レスタ「あ、はい! ぜひお願いします」
レスタが笑顔で応じる。
その横でルミナが固まって考え事をしている。
ルミナ(『レスタ君にチキュウを案内してあげる』? かざねさんはレスタを誘えば私も付いてくる事くらい分かっているはず・・・・という事は『レスタ君とルミナさんを案内してあげる』って言ってる事と同じ・・・。―――!! いや、レスタを誘うのは実は照れ隠しで、実は遠回しに私を誘っているのかも・・・・。という事はつまり、『レスタ君は正直どうでもいいけど、一緒に付いて来るルミナちゃんをぜひ案内してあげたいな。いやむしろレスタ君は邪魔なんだよね』って言いたかったんじゃ・・・うん、あり得る・・・)
ひとしきり考えた後、隣で風音とレスタが交わしていた一時の別れの挨拶のような、他愛もない会話に割り込む。
ルミナ「かざねさん・・・。なんでしたら、レスタは初めから除外の方向でもいいと思いますよ?」
風音・レスタ「突然何の話!?」
風音とレスタの声が重なった。
とりあえずルミナの寝言は無視して、何事も無かった様にレスタが告げる。
レスタ「じゃあ姉さん、そろそろ上に戻ろうか」
ルミナ「嫌」
即座に断られた。
レスタ「な、なんで?」
ルミナ「ここで最後まで見送る」
レスタ「いや、ここに居たら出発する時に姉さん死んじゃうでしょ」
ルミナ「服とマスクを持ってきて」
レスタ「そんなの自分で持ってくれば・・・・じゃなくて、この部屋の操作は姉さんがやらないと」
ルミナ「やっといて」
どうあってもこの場から離れる気が無いらしい。そんな姉の様子を見ながら困った顔でレスタが続ける。
レスタ「やっといてって・・・。僕とアガレアさんは一回も操作した事が無いんだし、ノウンさんはカザネさんと一緒に先に向こうへ行っちゃうんだよ? 最後の頼みのハミルトンさんも、さっき姉さんがぶっ飛ば・・・・」
そこまで言いかけたレスタの口をルミナが超高速で塞ぐ。
そして眼光で威圧しながらレスタの耳元で囁く。
ルミナ「分かった。戻るから、もうそれ以上喋るな。・・・私もたった一人の可愛い弟には手を出したくないのよ? なのにあなたがかざねさんの前でその続きを喋っちゃうと・・・私、一人っ子になったりして、ね?」
低い声で脅され、レスタが口を塞がれた状態のままコクコクと頷く。
レスタの口から手を離し、ルミナが風音の方に向き直る。そして、申し訳無さそうに言う。
ルミナ「すみません。お見送りして差し上げたかったのですが・・・」
言いかけたルミナを風音が手で制し。
風音「いや、後でまたすぐに会うことになるだろうし。気持ちだけで十分だよ。ありがとね」
笑顔で言ってルミナの頭を撫でる。と同時に、ルミナの顔が真っ赤っ赤になってうつむいたまま固まってしまった。
ちなみに、先程からレスタやルミナに対し頭を撫でる行為は、仲の良い年下に対する風音の癖のようなものである。
実家でも事あるごとに妹や後輩の頭を撫でては甘やかしていたので、よく父親に甘やかすなと注意されていた。
風音(おっと、そうだった。普通に話してたから忘れてたけど、この子は人見知りが激しいんだった。またうつむいちゃったな、いきなり触れられて不愉快だったのかも。次からは気を付けないと)
風音が自らの軽はずみな行動を反省する。
それ以降姉が喋らなくなってしまったので、代わりにレスタが続けた。
レスタ「じゃあカザネさん、僕らは上に戻りますね。案内、楽しみにしてますね」
風音「うん、まかせといて」
と答える風音に一礼した後、動かなくなった姉の腕を掴んで扉の方へと引きずって行った。途中まで引きずられていたルミナが、扉付近でふと我に返りレスタに話しかける。
ルミナ「あのさ、レスタ。今までのかざねさんの行動とか言動を、全て総合した上で、よ~く考えてみたらね? 本当は彼が私に何が言いたかったのか、分かった様な気がするのよ。聞きたい?」
姉とは長い付き合いなので、聞かなくても大体分かる(おそらく見当はずれな事を言うのだろう)が、聞かなかったら聞かなかったで拗ねてしまう事も良く分かっていた。
ハァ、とレスタが軽くため息をつきながら尋ねる。
レスタ「一応、言うだけ言ってみて?」
ルミナ「要するに、彼は私に『僕と一緒に地球で永住してほしい』って言いたかったんじゃないかしら」
レスタ「・・・だったら良かったのにね」
その言葉を最後に二人は扉の向こうへと消えた。
二人を見送った後、風音がノウンの居た方向に目をやると、いつの間にかノウンが消えている。
風音(あれ?)
キョロキョロと周囲に目をやると、風音が乗ってきた宇宙船の中で何かが動いている。よく見るとノウンの大きい体がみっちりと詰め込まれているのが、フロントガラス越しに確認できた。
風音(うわ、もう乗ってるし。そして何よりもあの、密室でギッチギチに詰め込まれて身動きが取れないハムスターの可愛さよ)
本当にどっかに売ってないかな、あの生き物。と考えながら自分も急いで乗り込もうとしたが。
風音(いいかげん、コレ外そう)
ここでようやく頭に乗っていた機械を外して床に置き、思いっっきり伸びをした。
風音(ん~~~~~~~・・・・・っと!! あーー!! 重かった―――!!)
もう腕がパンパンに張っている。一応頭をかばって、重さのほとんどを手でカバーしていたのだが、途中何度か片手を離しているので(握手とか)、頭頂部と首筋も微妙に痛い。
風音(ノウンさんには悪いけど、二~三分休憩してからにしようかな)
そう思い、軽くマッサージしながら体を回復させていると、突然頭が少し重くなったような感覚に捉われた。
風音(ん?)
と疑問に思ったと同時、頭の中に声が響いた。
〈やあ。調子はどう? 重かったでしょ、それ〉
風音(ん? 何? 誰?)
訳が分からず風音が首を捻る。
アガレア〈私? アガレア〉
風音(嘘っ。アガレアさん? どこから喋ってんの?)
アガレア〈今カザネの丁度真上あたりかな?〉
風音が思わず上を見上げるが、当然天井しか目に映らない。
風音(ああ、なるほど。これが精神感応ってやつか。これをヒントに翻訳機を作ったとか言ってたけど、全然感覚が違うね)
アガレア〈そうね。私としてはこっちの方が落ち着くかな〉
・・・違うのは感覚だけではないようだ。最初から明らかに違和感を感じる部分がある。
風音(アガレアさんって、それが地の喋り方?)
なんとなく知り合いの女性に似ている気がする。
アガレア〈まあ、そうね。何故かはまだ良く分かって無いんだけど、元々精神感応が出来る私は、その機械を通じた会話がうまく出来なくてさ。今後の課題、だね〉
風音(へえ、よく分かんないけど、そーいうもんなの?)
アガレア〈ってゆーかさ、カザネの方も大分喋り方が砕けた感じがするけど、それが地なの?〉
風音(へ? うん)
風音の答えを聞いたアガレアが、少し笑いながら言う。
アガレア〈やっぱり。横でさっきの会話ずっと見てたらさ、カザネ時々喋りにくそうにしてたもん。普段あんまり丁寧な言葉を使わないでしょ?〉
風音(あんまりどころか、全然。せっかくだからこの機会に慣れていこうかと思って頑張ったんだけど、どうしても反射的にタメ口になってしまう時があるみたいで。今後の課題だよ)
ノウン達との会話中、アガレアはただぼんやり立っていただけの様に見えたが、意外とそうではなかったらしい。喋りにくそうにしていたつもりは無かったのだが、風音自身気付かなかった何気ない動作も正確に見出されていたようだ。自分でも気付かない自分の事を、他人が気付いているというのは嫌なものだな、と思った時。
アガレア〈ごめんね。嫌な思いさせるつもりは無かったんだけど〉
その言葉に強烈な違和感。
風音(今、僕の心の中を読んだ?)
内心かなり驚きながら尋ねると、アガレアが笑いながら答える。
アガレア〈浅い部分はね。波長の合う相手と精神感応している時限定だけど〉
浅い部分、というのがどの程度の範囲なのかは分からなかったが、要するに心の奥底にある、人には知られたくない情報なんかは読めないから安心しろ。という事だろうか。
アガレア〈ま、そういう事〉
風音(うっ・・・・・・)
また読まれた。別にやましい事を考えているわけでもないのに、心を読まれているというだけで妙に焦る。
アガレア〈あ、でも普段はそんな事しないし、って言うか相手の心を読む時って、それが相手にも伝わっちゃうから〉
風音(?)
アガレア〈さっきから頭に違和感無い?〉
・・・そう言われてみれば、最初からずっと頭の中に違和感を感じている。頭の中に重りを入れられたような、頭の中に考える場所がもう一つ出来たような、とにかく言葉では表現しにくい状態が続いている。
アガレア〈私が心を読もうとするとその状態になるし、やめると治るんだけど〉
その言葉と同時に、何か憑き物が落ちたかのように頭が軽くなる。
風音(あ、確かに)
と、なんとなく頭を撫でながら、感心する。
アガレア〈もともと私達は戦闘民族だからさ、つい初対面の相手の事を探っちゃう癖があってね。気分悪くさせちゃってたらゴメンね? もうしないから〉
風音(気にしないで良いよ。 普通は見た事も無い異星人に出会ったら警戒して然り、だろうしね。僕も最初は戦闘態勢までとっちゃったから、お互い様だし。それよりも・・・)
アガレア〈ん?〉
風音(何の用なの?)
アガレア〈・・・・何が?〉
風音(・・・・『何が』って・・・話し掛けてきたのアガレアさんだったでしょ? 何か用があったんじゃないの?)
アガレア〈いや? 別に無いけど。強いて言えば、暇だったからちょっと驚かせてみようかなーとか〉
風音(それだけ?)
アガレア〈それだけ〉
薄々気付いていたが、この艦にはまともな人の方が少ないらしい。今にして思えば、五人も居たのに一人しかまともな人がいなかった気がする。
だが、道場に居た頃も周りが変わった奴等ばかりだったので、なんとなく実家と同じ匂い、空気の中に居るような気がする。
風音(ああ、なるほど。だから居心地が良かったのか、ここ)
アガレア〈? 突然何を言い出すの・・・っていうか、そんな事言われたの初めてだわ〉
アガレアが驚きと感心の混じった声で言う。
アガレア〈何故か分かんないんだけど、ほとんどの人はこの艦に乗ったら居心地悪そうにするのよね〉
と不思議そうに言うが。
いきなりガラの悪い人に暴言を吐かれ、巨大ハムスターに延々興味の無い話を聞かされながら、その間ずっと虫型の人に凝視され続けた挙げ句、謎の暴力行為を見せられたら、誰だって家に帰りたくなる。
風音(『何故か』ねえ。確かに普通は居心地悪いかも)
アガレア〈えっ、うそ! そうなの!?〉
アガレアが意表を突かれたように驚いた声を上げる。そして再び不思議そうに風音に尋ねた。
アガレア〈じゃあ、なんでカザネは平気なの?〉
風音(え? 僕? ・・・・・ん~~~~、まぁ一言で言えば・・・)
上を向きながら少し考えた後、
風音(僕自身が十二分に変わった奴だから、かな?)
笑いながらそう答えた後、アガレアと別れの挨拶をしてからノウンが待っている小型船の方へと向かう。
そして。
歩きながらふと我に返り思う。
風音(あっれ~~~~~? 今更だけど、何か全然想像してたのと違うっていうか・・・。異星人との接触ってこんな軽いノリで迎えるもんなのかな?)
そもそも異星人と出会った事自体が超ド級の想定外な出来事だが、出会ったなら出会ったで、もっとこう・・・敵対するとか、最終的に仲良くなるにしても紆余曲折あるとか、そういうものだと思っていた。
風音(ま・・・友好的に事が運ぶならそれに越したことは無いか・・・)
うんうんと一人で頷く。
風音(これから地球はどうなってくんだろう?)
想像もつかない。
・・・・・・。
風音(・・・どうせなら、面白くなってほしいな)
――――その後、風音の小型船の帰還により地球人は宇宙人との接触に成功し、地球は激動の時代を迎える事となる。
あとがき!!!!
お疲れさまでした。
ここまでちゃんと読んでくれた人がいたとしたら、ありがとね。
前書きでも書いたけど、ただでさえダラダラと長かったのに。
このままあとがきまで読もうだなんて・・・。
かなりのマゾヒストですね。
さて。
今回このあとがきを書いているのは、この話を書いた直後ではなく、かなり経ってからでして。
具体的には第五話が書き終わってからですから・・・三年以上経ってから書いている事になりますね。
なんでそんな時間が経ってから、急に第零話のあとがきを書こうを思ったの?
っていう事に関連した話を今回しようと思いまして。
まぁぶっちゃけると・・・第零話のあとがきだけ書いてなかった事を最近まで知らなかったっていうか、当時書くのを忘れてたからっていうのが一番の理由なんですけど。
そもそも第零話なんて一生見直す事も無いだろうなって思ってたから、三年以上も気付かなかったんですよ。
そんな僕がどうして第零話を見直したかというと。
そういえばこの作品って、ほとんどルビ振ってなかったなぁと思って。
ちなみにルビっていうのは、文章に出てくる漢字の読み方の事です。
波紋疾走! ←これがルビを振っていない状態。
波紋疾走!←これがルビを振っている状態と言います。
これを全くやってなかったんですよこの作品。
それってあり得ない事ですよね。
不親切の極み、みたいな。
この前風呂に入ってる時に、その事にハタと気付きまして。
で、ちょっと一回作品をイチから全部見直してみようと思ったんですよ。
ま・・・そこで第零話のあとがきが無い事に気付いたから書く事にしたっていうのは、もうすでにどうでもいいから置いといて。
重要なのはルビ振りの件ですよ。
ルビを振らないといけない漢字って結構あったりするのかな~、なんて軽い気持ちでルビ振りを始めたところ。
ま~~出るわ出るわ。
各話に普段絶対に使わないような、難しい漢字たちがわんさかと。
読み手からすると普段日常では絶対使わない漢字なんて、読めなくてうっとうしいだけですよね。
この第零話にはそこまでレアで難しい漢字は出て来なかったですが、それでもせめてこの漢字にはルビを振っておいた方が良いかなと思ったのは。
貫手。奔放。迂闊。塞いで。台詞。公。怯む。然り。紆余曲折。天賦。溢れる。
・・・とかかな。
全部読めますか?
ぬきて。ほんぽう。うかつ。ふさいで。せりふ。おおやけ。ひるむ。しかり。うよきょくせつ。てんぷ。あふれる。
ですよ。
全部読めた人はおめでとうございます。
あなたはルビを振る前のこの作品を、何の違和感もなく読めた事でしょう。
でももし読んでくれている方の中に、一つでも読めない人が居たら、その人にとってこの作品はただの「難しい漢字を使っておきながらルビも振らずに、これくらい読めるよね~とイキがっている中二病作者の自己満足作品」に過ぎないのです。
いやちょっと待って。
これだけは信じてほしい。
そんなつもりちゃうねん!!
難しい漢字を作品内で使ったらかっこいいとか、そんなのはもう二十年前に卒業してるから!!
ただただ純粋にこの作品が、ルビ振ってない不親切な作品だっただけなんです!!
・・・って、声を大にして言いたい。
それでもう、ルビ振ってなかった事に気付いてから・・・二か月以上かな? そんくらいかかってようやくルビを振り終わりました。
いや正確には、このあとクソ長い5,5話のルビ振りが待ってますが。
それでその作業をやってて、やっぱり一番思ったのがですね。
この漢字にはルビが必要なのかな?
っていう疑問。
本当に悩みました。
だって万人が読めないと困るから、ある程度難しい漢字には全部ルビを振るにしても・・・簡単すぎる字にルビを振ってたら、読者を馬鹿にしてるみたいな気がして。
例えば。
「周囲の惨憺たる状況を気にする風もなく、こちらに向かってくる人物。・・・まさか彼はあの聳立する雄峰を歩いて越えて来たというのか? いや待て。近くに来て分かったが、彼の体貌を私は以前どこかで・・・」
「歩く」ぐらい読めるわボケェ!!!!!! って思いません?
そういうのを考えながらルビ振ってたら、もう頭がこんがらがってきて。
膝ってみんな読めるのかな・・・いや無理か・・・? でも膝くらい読めるか・・・。いやでも肘は割とよく普段から見るけど、膝ってあんまり見ないよな・・・一応ルビ振っとくか。
みたいな感じが、延々続くというか。
あ、一応上記文章内の、難しい漢字の説明を書いておきますね。
惨憺たる。 見るも無残なさま。
聳立。 まわりの物よりもひときわ高くそびえ立つ事。
雄峰。 雄大な山。
体貌。 容姿。顔つきや体つきの事。
って読むらしいです。
僕がギリ読めて意味まで分かるのは「惨憺たる」だけです。
雄峰は読めなくはないけど、そうとしか読めないからそう読んだって感じになるかな。初見では意味までは分からん。
あとの二つに至っては全く知らん。今日初めて見たわ。どうも初めまして、そして二度と会う事は無いでしょう。になるであろう漢字どもです。
こういう難しい漢字を出来れば使わない様にしてきたつもりでしたけど、いざ見直してみるとこのレベルに近いのも結構あって。
なのにルビ振ってないとか、頭おかしいでしょこの作品。
それが今回解消されたから、ようやくひと安心・・・。
じゃなくて。
実はここからですよ、僕が書きたかったのは。
この話に出て来た「姉弟」って、皆さんどう読んでます?
この漢字自体は「してい」って読むらしいです。
でも日常で姉弟なんて使った事がある人っています?
普段から僕は「きょうだい」って言ってました。
冷静に考えてみると、なんでなんでしょうね?
子供達の中に一人でも男が居ると、それはもう「きょうだい」なんですよね。
女の子のみで構成されている子供達の事は「姉妹」ですけど。
気になったので、調べてみました。
そしたら○○ー知恵袋におんなじ疑問を持った人がいて超助かりました。
それの回答によると。
どうも昔は男女関係無く、子供達の事を「きょうだい」と呼んでいたそうな。
極端な話、文章で「姉妹」と書いて「きょうだい」と読んだ事もあったとか。
そうですか。まぁそういう事なら僕は間違ってなかったって事なのかな。
でも・・・それでも姉弟という文字に「姉弟」とルビを振るのが不自然に見えてしょうがなくて。
かと言って「クリス姉弟」なんてルビの振り方も、口に出して読んだ時に違和感マックスで。
だって姉と弟の事を、文章ならともかく口に出して姉弟なんて言ってる人、僕の人生において一人もいなかったし。
結果、姉弟にはルビを振らない事にしました。
皆さん個人で、どちらでも好きな方で読んで下さいという事で。
ちなみに僕の中では「きょうだい」と読んでますけどね。
これが今回一番言いたかった事かな。
なんで「姉弟」にルビ振ってへんのじゃ、ってモヤモヤした人が居るかもしれないので。
そういう理由なんですよ。
うん、言いたい事が言えてスッキリしたかな。
じゃあこの辺で。
ここまで読んでくれた人がいたなら、ありがとね。お疲れさまでした。
また本編で会えたら嬉しいです。
バイバイ。