7.寝れなかった夜
その日の夜は、当時は、東京に住んでいた伯母と私と寝たきりの祖母の三人が家にいた。何故このメンバーだったのか。
それは、入院している祖父の命が今日くらいまでだろうと言われていたからだった。
祖母を一人にしてはおけず、私一人でもなんとかなるけれど、その日、伯母が泊まりに来てくれたのだった。
「お休み」
「うん。お休みなさい」
伯母は二階の私の部屋へと階段を上がっていった。私は、普段は母が寝ている部屋で今夜は祖母と寝ることになった。
ベッドに横たわる祖母は目を開けてはいるけれど、心がどこにもないような表情だった。
「お休み。小さいのはつけておくね」
私は、言葉を発しなくなって数年が経っていた祖母に声をかけて、小さな豆電球にして布団の中にもぐりこんだ。
それから、二時間程経った時。
「…めなの」
声がした。
私は、寝ぼけたまま周りを見た。
また、声が。
「だめなの」
──声の主は祖母だった。
私は、何故か恐怖にかられた。
何年も話さなかった祖母が言葉を発した。
嬉しいはずなのに、その時の私は怖くて、直ぐに電気をつけ部屋を明るくし、夜の11時過ぎくらいなのに、大声で伯母を呼んだ。
それほど怖かった。
あんなに心臓がバクバクしたのは初めてだった気がする。この意味がわからない怖さに一人では耐えられなかった。
「どうしたの? 大声出して」
伯母が眠そうな顔をして部屋に入ってきた。
「おばあちゃん、おばあちゃんが、話してる」
「えっ? 」
私の言葉に伯母も驚き、おばあちゃんに近寄り話しかけた。
「おかあさん?」
「駄目なの」
「駄目?」
「うん」
伯母もやっぱり驚いたようで、私に視線を送ったあと、また祖母に話しかけた。
「何が駄目なの?」
「もう駄目なんだよ」
祖母の視線は、宙をみつめたままだ。
祖母は、暫く同じ台詞を繰り返し言った後、何も話さなくなった。私は、とても怖くて、その夜は眠れなかった。
朝、祖父が亡くなったと母から電話がきた。
私は、帰宅し、疲れた顔の母から不思議な話を聞いた。
「昨日の夜、椅子に座っていて、うとうとしていたら、ふっと後ろに気配がして。で、振り向くといないの」
「看護士さんが様子見してきてたとかじゃなくて?」
「違う。で、またうとうとすると側にいるの。それが何回も」
「…もしや、おばあちゃんだったり」
「わからない。でも、絶対いた。まあ、もしかしたらおばあちゃんかもね」
その日以来、祖母が言葉を発する事はなかった。
私が、母からその話を聞いた日の夜も寝不足になったのは言うまでもない。




