4.縁
「ど、どうしたの?」
深夜、母の寝室の部屋の押し入れにある消耗品をとりたくて、寝ているのに悪いないなぁとそっとドアを開けてみれば、暗がりに半身を起こした母がいて私は、ぎょっとした。
手には携帯を握り、暗くて表情はわからないけれどただ事ではない雰囲気だった。
「亡くなったって」
母の大切な人が先程亡くなったらしく、その人のお母さんからの電話だった。
「そう」
私は物をとり、内容をざっと聞いた後、1人のほうが泣けるのではと思い早々に部屋から出た。
きっと声を出さす静かに泣くのだろう。
***
「ただいま」
「お帰り」
仕事から帰ったら、休みだったらしい母がいた。
母はその頃、介護の仕事をしていた為に夜勤もあり不規則で職場もハードだった。
「今日お墓参りに行ってきたの」
あまり自分から話題をふらない、そんな母が話しかけてきた。今日は、仕事が休みだったので、この前、亡くなった人のお墓へ確か場所はかなり遠いと言っていたけど、お花を供えてきたらしい。そうなんだ、お疲れと言い終わるはずだったが。
「お墓の最寄り駅でエスカレーターに乗っている時、しゃぼん玉が見えたの」
「しゃぼん玉?」
「そう。まるくて、それが、ふあっとエスカレーターの段のとこに動いていて」
なんか……おかしい。
「消えないの?」
「うん。ぽん、ぽん、って段を動いてついて来るように見えたの」
そんなしゃぼん玉、聞いたことないんだけど。てゆーかですね。
「変なの連れてきてないよね!? 私、そうゆうの分からないし、怖い!寝れなくなるからやめてよ!」
「大丈夫だと思うけど…」
私は、なんとも頼りない返事を聞き、その夜はびくびくしながら寝た。
そして、そんな事を聞いたのも忘れた頃。
「今日、お墓参りに行ったら、帰りずっと蝶々がついてきたの」
また?
「気のせいじゃないの?」
「でも、ずっと駅くらいまで一緒だったんだけど」
「…しつこいようだけど、怖いの嫌だから、やめてよね!」
「大丈夫よ。でも不思議よね」
私のお願いが伝わらないので、もう諦めた。
それから、いつかの日。
「お墓には、もう行かない」
確か花をお供えしに行って3回目くらいだろうか、母は突然そう私に宣言した。
「そう」
私は、それしか言いようがなかった。母の顔を見ても、何を考えているのかよくわからなかったけれど。
おそらく母は、何かに区切りをつけたのだろう。
─その亡くなった母の大切な人は、近い将来私の父になるかもしれない人だった。
『今度ご飯どうかな?』
『べつにいいよ。日にち早めに言ってくれれば』
そんなやりとりを母としたのは随分昔だ。結局、私は、会うことはなかった。
その人は、病院の検査結果を知った後亡くなった。よい亡くなり方ではなかった。
私の母は強い。「それでも一緒に生きてくれ」と言えば、きっと母は最後まで寄り添ったはずなのに。
──でも、その人はそれを選択しなかった。
私が言うべき、思うべきことではないけれど、でも、他の選択肢を選んで欲しかったと思わずにはいられない。
私の父にはならなかったけれど、でも私は、会ったことがないその人を、今でも何故か忘れられない。