王家の血
水の音が聞こえる。
想い瞼を開けると、見たことない天井があった。
「ここは、どこだ」
体を起こそうとすると、ガンガンと頭が痛む。
俺は祝勝会で、ベルクと飲み比べをして・・・。
駄目だ。
思い出せない。
吐き気が込み上げてきた。
気分が悪い。
まだ酒が抜けきっていないのだろう。
ベッドに横になったまま、周囲を見渡した。
とても豪華な部屋だ。
机、絨毯、照明のどれをとっても高級そうだ。
だが、窓から見える景色には見覚えがあった。
「ここは、学園の寮か」
そうか、寮か。
・・・誰のだ。
待てよ、まず俺の部屋ではない。
そしてベルクでもない。
ベルクの部屋は入ったことがあるが、筋トレ道具が溢れかえっていたからな。
そして、カレンでもないはずだ。
カレンはDクラスなんだ。
窓から見える景色からここが高階であることがわかるし、そもそもDクラスではこんな豪華でもないはずだ。
となれば、残るはミラかリーゼだ。
Bクラスならこの部屋も納得できる。
そういえば、部屋の主はどこに行ったんだ。
・・・まさか。
さっきから聞こえる水の音は、もしかしてシャワーか。
これはまずいぞ。
ミラかリーゼだとすると、シャワーを浴びた直後の姿を俺に見られるわけだ。
完全に服を着ていればいいが、シャワー後には簡単な格好をするものである。
俺は別に構わない、いやむしろ嬉しいが、相手からすると堪ったものではないだろう。
俺が目を覚まさないうちに入ってしまうつもりだったのかもしれない。
部屋の主がシャワー室から出る前に部屋を出ていこうとしたが、気分が悪すぎて動けない。
何とかベッドから降りようとしたとき、あることに気付いた。
俺はベッドの右側に寝転んでいる。
そして、左側には誰かが寝ていたようにスペースが空き、しわが残っている。
俺は昨日、ミラかリーゼと同じベッドで寝たのか!?
まてまて。
そんなわけは・・・。
そこで、俺の脳がパンクした。
重大なことに気付いてしまったからだ。
俺は今、パンツしか穿いていなかった。
なんだこれ!?
何があったんだ。
本当に、俺は何かしたのか。
ミラかリーゼに、したのか。
ちくしょう!なぜ俺は覚えていないんだ!
その時、とうとうシャワー室のドアが開く音が聞こえた。
ミラか。
いや、リーゼか。
俺を部屋に上げるくらいだから、ミラのはずだ。
ミラだ。
間違いない、ミラだ!
俺は薄目を開けて寝たふりをする。
ドアが閉まった音が聞こえた。
来い。
そして、シャワー室の方から上半身裸の人が出てきた。
裸は駄目だろ!?
動揺しすぎて一瞬で目をつむってしまった。
ミラの裸、ミラの裸・・・。
足音が近づいてきた。
俺は、ばれないように少しづつ目を開けていく。
視界が徐々に鮮明になっていき、俺はその光景をはっきりと目に焼き付けた。
「やあ、おはよう。調子はどうかな」
そこには腰にタオルを巻いただけの、イザヤがいた。
「ふざけんな!!!」
俺は思わず叫んでしまった。
俺に水を渡しながら、イザヤが話し掛けてきた。
「君たちが祝勝会をするって話をたまたま聞いてね。行ってみたら、壮絶なことになっていたというわけさ」
イザヤが苦笑を浮かべる。
まあ、あの惨状を素面で見たのなら、この表情なのも頷ける。
「君たち全員がとんでもないことになっていたから、俺の部下たちを呼んでここに連れてきたんだよ」
「イザヤがここまで運んでくれたのか。ありがとう」
どうやらイザヤがここまで運んでくれたそうだ。
「本当は昨日君と話をするつもりだったんだけど、この様子だし俺の部屋で寝かせといたんだ」
そうだったのか。
「俺の服はどうしたんだ」
「ほら、そこに畳んであるよ。君が息苦しそうだったから脱がせといたけど、かまわないよね」
イザヤがベッドの隣を指さした。
そこには俺のTシャツとズボンがきれいに畳んであった。
よかった。
別に記憶のない間に取り返しのつかないことをしたわけではなさそうだ。
「それで、話とは何だ」
「と、その前に。交流戦お疲れさま。まさかそこまで強いなんて思ってなかったよ」
そう言ってにこやかな顔で俺を見た。
「別に勝敗はどうでもよかったんだけどね。王子率いるAクラスが苦戦したって噂を流すことと、リーゼを引きずり出すことが目的だったから」
あっけらかんと言い切った。
「そんなことだろうと思っていた。リーゼが言っていたぞ。イザヤが王子たちをけしかけたってな」
「あはは、ばれてたか。王子には君たちの情報をちょっと変えて教えたからね」
どうせAクラスの座を狙っているとか、王子の座を脅かす、とかその辺だろう。
そもそもAクラスの役割が学年の統治なのだから、当然反逆者の牙を折りに来るはずだ。
「でも、本当に感謝しているよ。これでアルフレッド王子派の勢いを削げたからね。期待以上の活躍だった」
「気になっていたんだが、王子はどんな立ち位置なんだ。リーゼも何か関係あるのか」
すると、イザヤは驚いたように目を見開いた。
「まさか知らないのかい?・・・ああ、元貴族なら当然か。今はただの平民だもんね」
こいつ、俺のことも調べているのか。
「最近、魔獣の動きがおかしいのは知っているかい」
「聞いたことはない。が、もしかして討伐訓練で遭遇した大蜘蛛の魔獣もそうなのか」
「その通り。魔獣の被害が相次いでいるんだよ。それを止めるためには、もちろん強い魔術師や騎士が必要なわけだ」
そうだったのか。
俺の故郷が特別だった訳ではないのかもしれない。
「本当は、この状況で身内同士で争うのはおかしいかも知れないね。でも、この状況だからこそ、争いが起こるんだよ」
イザヤが少し表情を暗くした。
「王とは国の象徴だ。その王が弱く、情けないなんてことがあっていいと思うかい?国が一丸となっていかなければいけない時に、王がふさわしくなければどうなると思う」
「王子の状況とはそういうことさ。国が不安定になりつつある今、アルフレッド王子では次期国王は務まらない。そう思っている貴族は多いんだよ」
確かに卑怯な手段を使ったり、女ばかりでパーティーを固めるような人に王が務まるとは思えない。
「今年のAクラスが異常なのはそのせいだよ。みんながみんな、誰のもとに付くか画策してるのさ」
リーゼが言っていたのはそういうことか。
貴族たちはあえて王子が入学する今年に合わせていたのか。
もしかしたら、カレンが今年なのも狙ったものかもしれない。
「王子には、腹違いの妹がいるんだ。もちろん王子が嫡子だよ。でも、嫡子でないと言っても、その妹も王家の血を引いていることには変わりない」
「王妃様は美しい人だけど、魔術の実力も、頭脳も別に優れている訳じゃない。俺はその美しさで王妃の座を勝ち取ったと思っているからね」
「でも側室の女性は違う。側室がいたことは公表していないから知らないと思うけど、当時の宮廷魔術師団長とも、王は関係を持っていたんだよ」
「暴風の巫女って名前くらいは聞いたことあるんじゃないかな」
その名はもちろん知っている。
風魔術に関しては歴代でも並ぶものがいなかったという話だ。
彼女が通ればすべてが更地になる、などの伝説がある。
だが、彼女は突如団長を引退し、その後は消息不明のはずだ。
「彼女は、幾度となく遠征で凶悪な魔獣を討伐していた。その中で、治癒できない謎の病にかかってしまったんだ。おそらく、最後の遠征で討伐した魔獣の毒が原因だったんだと思う」
「彼女は団長を引退した。もう先が長くないとわかっていたからね。でも、その時に、彼女の妊娠が発覚した」
「彼女は先のない命、そしてその発覚は王子が生まれた直後だった」
「彼女は身を引いた。王都から逃げ出したんだ。そして遠い地で子を産み、命を落とした」
「俺の父上は、秘密裏に彼女を追っていた。そして、見つけたんだ。王家の血と、最強の風魔術師の血を引く少女をね」
「ここまで言えばわかるよね」
そういって、その先を俺に委ねた。
「それが、リーゼだっていうのか」
イザヤが微笑んだ。
「そうだよ。彼女の身柄は俺の家で引き取り、王に会わせた。王は大層感動していたよ。父上のこの国での地位が不動になるくらいにはね」
「リーゼは実に素晴らしかった。圧倒的な魔術の才能と、物事を見通す頭の良さ、そして美貌。どれをとっても完璧だったのさ。でも、本当に恐れられたのは、彼女の持つ圧倒的なカリスマ性なんだ」
「Bクラスを見てればわかるよね。彼女は、人の上に立つ才能があった」
「だからこそ、彼女はあっという間に他の貴族の支持を得た。でも、王妃を筆頭とする王子側はそれを良しとしなかった。リーゼの周りには、常に争いがあったんだ」
「それを理解していた彼女は、貴族の世界に顔を出さなくなったのさ。そして、俺の家の援助も切って出ていった」
「しかし、彼女の方に付いた貴族たちはそれを許さなかった。強情だからAクラス以外という条件は付けられたけど、俺たちは彼女をこの学園に入学させることに成功したってわけなんだ」
「俺たちは、王子の勢力を弱めてリーゼを表舞台に立たせたいんだよ」
「今回の交流戦は、その足掛かりってわけ」
「今の国の状況はね、かつて世界を巻き込んだ大戦の前兆に似てるんだ。だから相応しい王の下で、この局面を打ち砕かなければならない。そうしなければ国が亡ぶかもしれない」
「今の王子では到底無理だ。俺は、リーゼこそが王に相応しいと思ってる!」
話はわかった。
だが、それはイザヤたちの都合でしかない。
「リーゼの意思はどうなる。彼女はそれが嫌だったからこそ、逃げ出したんじゃないのか」
「今は、だよ。だけど、このまま国の被害が広がれば彼女自身も諦めると思うよ。自分が王になるしかないってね」
「なぜそう言い切れる」
「彼女はね、優しいんだよ。本気で助けを求める人々を、見過ごすことなんてできない」
イザヤの顔が歪んだ。
「なぜそんな話を俺にしたんだ」
これは国のトップしか知るべきでない話ではないのか。
「俺は君を評価してるのさ。自分の派閥に引き込みたいくらいにはね」
「俺は派閥には属さない。リーゼが自分の意志で拒んでいるなら、俺もそれを尊重する」
俺の言葉を聞いて、イザヤの顔がさらに邪悪な笑みを浮かべた。
「・・・知っているかい。魔障に関してだけどね、面白い情報を入手したよ」
魔障、という単語が聞こえた瞬間、俺はイザヤを睨み付けていた。
「魔障が今も忌み嫌われているのはね。魔障持ちの集団が過去に起こした、反乱のせいだよ」
「反乱、だと」
「そう、反乱。それによって大勢の人間が死んだんだって」
「・・・だからなんだ」
「わかってるくせに。君は平気だろうね。でも、他の人はどうかな」
この野郎。
「バラガン商会の名を持ってこの情報を拡散したら、彼女の居場所はどうなるんだろうね。俺が広めるなら、魔障持ちはまだ人間を憎んでいて反乱を企てている、とかの嘘も混ぜちゃうかもね」
そんなことをさせてたまるか。
ミラはやっと少しずつ魔障を受け入れ始めたんだ。
今、そんな情報を広められたら、またかつてのミラに逆戻りだ。
俺はあいつに約束したんだ。
絶対に魔障を好きにさせると。
「君は何もする必要はない。君がこっちの派閥、という事実だけでいいんだよ。王子たちを圧倒したパーティーのリーダーが、リーゼ派だという事実だけでね」
ここで断ったとして状況が悪くなるだけ、か。
「・・・わかった。とりあえずは受け入れてやる」
俺がそういうと、イザヤは笑い声を漏らした。
「君が優秀な人で助かったよ。あ、そうだ。魔障の情報を教える約束だったね」
魔障の集団反乱が情報ではなかったのか。
「俺の部下が、ここからちょっと離れた都市ゼルフィリアで魔障持ちを見たって話だよ。興味あるなら行ってきなよ」
ミラ以外の魔障持ちだと。
ゼルフィリアか、少し遠いがこの情報が本物なら行く価値はある。
「わかった。たとえ罠だとしても、行ってやる」
俺はそう言って立ち上がり、服を着て部屋を出た。
まだまだ気分は悪かったが、イザヤと同じ部屋にいる方が俺にとって不快だったからだ。
少し歩いて、とてつもない吐き気に襲われた。
これはしんどすぎる。
俺は身も心も癒してもらうため、ふらふらしながらミラのもとへ向かった。




