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第8話「待っている」

――夢。夢を見ていた。


『あら、そこにいるのは誰?』


 白く、暖かい光の中で、桜の花びらが風に舞い、まるで波のように頬を撫でていく。


『あなたは……あたらしい人ね』


 視界を埋めるのは、白、その色だけ。白い服を身にまとった、白い少女が笑う。


『早く、迎えに来て』


 彼女が何を言っているのか、それは理解できなかったけれどどうしてか心には素直に落ちていくように思えた。

 微笑みながら、その姿は遠ざかっていく。また、風が吹いて花びらが目を塞ぐ。


『迷宮の奥で、待っている』


 そして意識は、黒く、黒く沈んでいった。



********



 目覚めの瞬間は、ひどく体が重い。瞼を開けるのも億劫で、暖かい掛け布団の中にいつまでも残っていたくなる。

 何か、大事な夢を見ていた気がするのだが、その内容は思い出せなかった。

 それもいつものことだ。どうにか瞼をこじ開けて、つまらない日常に――。


「真っ黒だ」


 目を開いて最初の感想はそれだった。

 横向きに寝ていた体を、仰向きにすると、見覚えのない板張りの天井である。


「ああ、そうだ。たしか昨日はクロを背負って宿に帰ってきて……」


 という事は、この黒い塊はクロだろう。ちょちょいと髪を払ってやれば、実に穏やかな顔で眠っている。


「どうして一緒の部屋で寝てるんだ……起きろー」

「ん? うう……」


 肩を揺さぶってやると、迷惑そうに眉根を寄せて、唸りながら片目をうっすらと開く。


「ふぁ……おはようございます」

「うん、おはよう。じゃなくてだね。今の状況の説明が欲しいのだけど」


 クロは身を起こすと、うん、と背伸びをして見せた。乱れた着物から覗く肌の白さも眩しい。


「じょうきょう?」

「うん、寝ぼけてるね。起きろー!」

「あわ、あわわわわ、揺らさないでくださいぃぃぃ」


 肩をもってがくがくと揺さぶってやる。確か、意識を失った理由はクロにがぶりとされたことだったはずだ。

 十分に目が覚めただろう、というところで手を離すと、彼女はもう一度布団に沈んだ。


「うぐぅ……」


 揺さぶりすぎたらしい。クロが回復するのをただ待つのも何なので、立ち上がって軽く服装を確かめる。

 昨日帰ってきたときの服装のままで、刀は部屋の入り口の壁に立てかけてあった。そして戸の近くにはコンが座っている。


「おお、ロウ殿、起きたか」

「……もしかして、そこで寝てたの?」

「鍵も掛けずに不用心だったものだから、見張りも兼ねてな」

「それは悪いことを」

「いやいや、慣れたものだから構わない。宿が取れないときなどはいつもこうしてだな」


 コンは一体どういう生活を送ってきたのだろう。

 今の彼女は、朱鞘の刀を抱くようにして、片膝を立て座っている姿勢である。よく眠れるな。


「体、痛くならない?」

「はは、鍛えているからな」


 鍛えている、いないの問題だろうか。


「で、クロ、昨日のはどういうことなの?」

「うう……その、私、万屋さんで使い魔って言われていたじゃないですか」


 そういえばそんなことを言われていた。本人曰く九十九神だし、そこのところは疑いないと思う。


「その、体を維持するのにですね、魔力が必要みたいで……」


 もじもじとしながら頬を染めてクロは言い淀む。


「それで、あるじさまの血がですね、美味しそうで」


 今宵のクロは血に飢えている。というやつだろうか。


「……妖刀?」

「そういうのじゃないのです! でも否定できない!」


 血を求めて主に牙をむく。明らかに危ない刀である。


「うん? 使い魔というものが珍しいとは思うが、クロ殿はどういった魔物なのだ?」

「クロは自称、刀の九十九神だよ」

「自称じゃないですー!」


 クロが心外だ、とばかりに叫んでいるが置いておく。


「九十九神、となるとその刀は神剣ということになるのか」

「神剣?」

「ああ。長い間使われた道具はそれを依り代に神となり、また、その道具は力を持つと。それで刀の場合は特に神剣と呼ばれているのだが」


 しかし、初めて見る。ということだった。


「力を持つ、と言っても、どういうことになるの?」

「それは解らないが、刀と言えば切れず、曲がらず、よく切れる。という所ではないのか?」


 そういえば確かに、あの狼的なサムシングを斬ったときにも、特に抵抗もなく切り裂いていた。

 そもそも、何かを斬る、というのが初めてだったから比較対象がなかったが、やはりアレはおかしかったのか。


「ふふん。普通の刀とは一味も二味も違うのです」

「それで代わりに血を求めてくると……」

「もういいじゃないですか! 何ですか血ぐらい!」

「ぐらいって言うけどさぁ」


 一度、完全に意識を落とされているのである。今もちょっと貧血気味にふらふらするような気もした。


「しかし、本当に神剣はあるのだなぁ」


 コンは自らの刀を眺めつつ、感慨深げに呟いた。

 それもそうだろう。刀と言えば武士の魂、と言う程のものだ。こっちでもそう言うかは知らないけれど。

 自身の命を預けるものであり、剣士にとっては武器であり防具でもある。


「さて、気分を入れ替えてご飯食べたら、迷宮とやらに行ってみようか」

「そうだな」

「むー!」


 クロお嬢様は未だにご機嫌斜めのようだが、とりあえず切り替えていこう。

 初めて行く迷宮というものに、わくわくするものがある。迷宮。まるでゲームのような響きだ。

 相変わらず、白米に味噌汁、それに漬物という朝食を掻き込んで、軽く支度を整えると、僕らは迷宮に足を向けた。

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