第5話「万事、何でも承ります」
「いらっしゃーいましー。ほう、新しいお客さんやな。よー来たなー」
コンと共に「万」の字も鮮やかな店に入ると、似非関西弁風な気だるげな声が迎えた。
「あるじさま、けむいです」
「そうだねー」
一段高くなった台に横座りになって、煙管をふかしているのがどうやら店主のようだった。
ふむ。煙草葉があるのか。部屋の中はもうもうとした煙に包まれており、店主の顔が確かめられないほどだった。
店主はとんとん、と、煙管の首を叩いて、煙草盆に灰を落とすと、煙を払う。
そこから覗いたのは、首を垂れるほどに実った稲穂を思わせる金色の髪と、瞳を持った……この世界では髪と目は同じ色なのが当然なのだろうか。
「コンも数日ぶりやなぁ。そこの子らが新しい仲間か?」
「店主殿、ご無沙汰しております」
「店主殿、なんて堅苦しいなぁ。ミカちゃんって呼んでくれてええんやで」
コンと店主が話しているが、それはどうでもいい。店主の頭の上にはまっすぐに伸びた長いケモミミがある。
ゆらりゆらりと気だるげに動く尻尾も併せて、それは狐のそれだった。遂に我慢できなくなって僕は声を上げる。
「もふもふさせて下さい!」
「あるじさま! 落ち着いて!」
「もふもふ……?」
いや、アレは反則だろう。もはやもふもふしない事は失礼ではないか。ここでもふもふしなければ、僕と言う存在は嘘だ。
「うちも罪な女やなぁ。この耳と尾が気になるんか?」
「気にしないでください。あるじさまはちょっとした病気で」
耳に手をあててピョコピョコと動かして見せる。飛び出そうとしたら、がっしりと帯をクロに掴まれた。
「おのれなにをする」
「こっちの台詞です。主」
あ、本当に怒ってる。ちらっと顔を見たら、目が不穏な光を放っているようだった。
「ジョウダンダヨー」
「ええ、冗談ですよね。そうですよね」
改めて狐耳のおまけをみると、端正な顔立ちの少女だった。十台前半くらいの見た目である。
きめ細かな白い肌に頬は血色のよさを示すようにわずかに赤く、小さな鼻にはこれまた小さい、手元を見るためだろう、眼鏡を乗せている。
髪は横座りして床につくほど長く、二つに分けた前髪からは利発そうな広い額が覗いていた。吊り目がちな瞳に目は縦の瞳孔で、実に良い。うむ。
服装は十二単……とまではいかないが、幾重にも重なった和服である。赤を基調にしていて、その金色の髪とマッチしていた。
その顔は今、興味深そうにこちらを眺めている。
「ほう、使い魔やな。中々どうして使い手みたいや」
「使い魔?」
コンの方を向いて尋ねれば、疑問符のついてそうな仕草で首を傾げられた。
「そこの嬢ちゃんや。ヒトやないやろ。その瞳の色はごっつええ魔力の色や」
「使い魔、ですか。悪くないですね。私はあるじさまの道具ですので」
そういえば、とコンが掌を拳で叩いた。一休さんのアレみたい。
「魔石は赤から等級が上がっていって一級は紫と聞くな。見たことはないが。てっきりお二方は兄妹かと思っていたのだが」
「それほど似ていないと思うけれどなぁ」
共通点と言えば、ケモミミがなくて黒髪なことくらい……考えてみれば、そのどちらも通行人で見た覚えがない。もしかして髪色と耳の形で人を見分けているのか。
「しかし、道具、とは……その、人の趣味には口を出さないつもりだが」
「何か明らかに勘違いされてますよね僕!?」
頬を染めないで欲しい。
「はてさて、それで何の用件やったかな」
「おお、そうだ、店主殿。新しい潜り屋としてロウ殿とクロ殿を登録していただきたく」
「ええでええでー。潜り屋が増えるんは大歓迎やー」
少々落ち着いて店内を見回せば、万屋とは言うものの、それほど商品が置いてあるという訳ではなかった。
コンの話や、ミカの話しぶりからするに、仕事を仲介するのが主な業務なのだろう。
「万事、何でも承ります。言うても、殆ど迷宮潜って魔石とってこーって話ばかりやからな」
「ミカの万屋と言えば、武闘派で通っているからな」
と言う所だった。
「んで、ロウはんが剣士で使い魔のクロはんは術師やな。そう書いとくわ」
大福帳、というのか、端を紐で閉じたノートに何事か書き付けたミカは、それを破ってぺっ、と壁に貼った。
見れば、壁一面に貼ってある紙には、一枚ごとに何人かの名前が書いてある。
「うむ。これで伍の登録は完了だ」
「潜るんは明日からかー? いつも通り魔石は持ってきたらいくらでも買い取るで」
「あ、そういえば、初めて仕事を請ける人はお金を貸してもらえるって聞いたのですけれど」
クロが言うまですっかり忘れてた。今日の目的はそれだったはずである。
「ああ、せやな。前払いってことで働いてもらわなあかんが。兄さんこっち来ーな」
「はいはい」
「細かくてすまんなー、手ぇ出してーや。それいちまーいにーまい」
小銭がちゃりちゃりと音を立てて掌の上に置かれていく。何と言ったか、寛永通宝? みたいな通貨である。
寛永通宝をセレクトしたところに別に意味はない。あるよね、あの、別に意味もなく頭に残る言葉。
「兄さん、今何時やったっけ?」
「え? 今? そもそも、時刻ってどう数えてるの」
とまで言って気付いた。これアレだ。時そばの落語だ。はい八枚、今何時、九つで、それ十枚、ってやつだ。
ミカの顔を見ると、悪戯気な笑顔である。やっぱり。
「引っ掛からんかー」
「そんな古典落語みたいな手には引っ掛からないよ」
「コンはんは引っ掛かったんやけどな」
「何だと店主。聞いてないぞ」
それはさておき、と続きを手に乗せていく。結構かさばるものだな。
「そういえば、財布なんかも持ってないのだけれどな」
「そうか、ちょっと借りても良いか?」
コンに小銭を渡す。どうするものかと思えば、懐から出した紐を小銭の穴に通して結んでいる。
「なるほど、そうするのか」
「いざと言うときにはこれで殴ると効くのだ」
「物騒なお話ですね……」
クロはドン引きである。ついでに武器としては言いたいこともあるのだろう。
「これで幾らくらいになるのかな?」
「おんや、兄さんそんなことも知らんのか?」
「ああそういえば。ロウ殿とクロ殿は稀人なんだ」
「稀人! ほうほう、珍しいなー。別にうちらとそう変わらんように見えるわ」
「多分本当にそう変わらないと思うのだけど」
何となくだが、細かい道具はかなりそろっているし、屋台の方で見た料理もなかなかのもの。
知識の面では活躍もできそうにないし、戦いになれば言うまでもない。
「おっと、もうこんな時間か。陽が落ちる前に色々と用意せねばな」
「ま、とりあえずこれからよろしゅーたのむな兄さん」
「こちらこそ、よろしくおねがいします」
またなー、と手を振るミカに頭を下げて、僕らは市場に足を向けた。