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第4話「お金なんて、もってないね」

「時間が、止まっている?」

「どういうことなのでしょう」


 あの後、尋ねてもはぐらかされ続け、簡単な質問をいくつかされた後、無事と言うかなんというか、僕らは解放されていた。

 そもそも、何も捕まえようなどという意識もなく、来るものは拒まない、といった姿勢だった。


「おうこく、ねぇ」

「桜国、ロマンチックな響きですね」


 そう言うクロは少し嬉しそうである。思えば、刀装具一式は桜がモチーフになった意匠が施されていたっけ。


「この桜尽くしって、もしかして僕の趣味?」

「そうですよ! 好きな花は桜だって仰っていたじゃないですか!」


 だから、覚えていないのだってば。

 この調子でクロと話していれば、思い出せない諸々を全て補完できるかもしれない、と思ったが、彼女の記憶もこと僕と彼女が関わらないところでは抜けているようだった。


「とりあえず、宿とやらに向かうかな」


 と、衛士(という役職らしい)のおねーさんに教えてもらった宿に足を向けた。

 道中には屋台なども立っている。天ぷら、蕎麦、握りずし。そんな食事を出す店が多いようだ。

 どれもこれも使っている文字は日本語に見え、古文のようになっているなどという事もなく、現代日本語のそれだ。

 旅籠、旅館、でもなく宿屋、と大書きされた布が入り口にかかっている建物を探すのは、そう難しいことではなかった。


「らっしゃーい!」


 開けっ放しの木戸にかかった暖簾をくぐって足を踏み入れれば、元気な声に迎えられた。

 暗さに目が慣れてみれば、どうやら食堂のようである。土のままの地面に、また木製の机と椅子が置いてある。

 客が一人、そこに座って湯呑を傾けていた。


「お二人だね、泊まりかい?」


 カウンターのような間仕切りの奥から、肝っ玉母ちゃん、といった様子の女性が、大声で矢継ぎ早に尋ねてくる。


「あー、ええ、そうですそうです」

「腰のもん見るに潜り屋かい? 二部屋で六百、相部屋なら四百文だよ」


 貨幣は文、らしい。一両二両~といったアレだろう。


「あるじさま、そういえば」

「お金なんて、もってないね」

「なんだって?」


 すっかり忘れていた。ここまで非常識なことが続いてて頭から飛んでいたが、店なのだから金がなければ泊まることもできないだろう。


「冷やかしかい! 金がねぇなら帰った帰った!」

「いやぁ、その僕たちここに来たばかりで」

「あんたの事情なんてしらないよ!」


 凄まじい剣幕である。参った。何かしらでお金を稼ぐにしても、泊まるところが欲しいし、そも、どんな仕事があるのかわからない。

 どうしたものか、と途方にくれていると、横から先ほど湯呑を傾けていた客が近づいてくる。


「もし、もし、そこな方の宿賃、私が立て替えようか」

「えっ!? 良いのですか!?」


 思わぬ手助けに、その人をまじまじと見つめてしまう。

 キリッとした顔立ちの女性だった。いや、歳の頃は十台後半、といったところかもしれない。そうすると女性というか少女というか。

 紺色の髪をポニーテールにしていて、同じ色の眼は眦の上がったちょっとキツめな印象。

 白い着物に紺色の袴と、ようやくマトモっぽい和装で、腰には朱鞘の刀を差している。

 一番大事な耳は、といえば犬耳、犬耳である。色こそ紺だが柴犬のそれだ。尻尾も同じくもふもふとした柴犬のそれのようなもの。

 おもわず触ってみたい衝動に駆られるが、それはどうにか抑える。クロが不機嫌そうに僕の袖を引いていた。


「ああ、構わない。同じ潜り屋のよしみだ」


 そういうと、懐から出した小銭を数枚カウンターに置く。それを見てふん、と鼻を鳴らした女将は、相も変わらず不機嫌そうに部屋の場所を言って、奥に戻っていく。


「さて、自己紹介が遅れたな。私は故あって潜り屋をしているコンと言う」

「犬なのにコンとはこれいかに」

「あるじさま……」


 何を言っているのだこいつは、という目が正面と右後ろから見つめてくる。


「ごほん。僕はロウ、こっちの小さい子はクロと申します」

「ロウ殿にクロ殿だな。お困りの様子だったので口を出してしまったが良かっただろうか」

「いや、本当に助かりました。この御恩どう返せばいいものかと……」


 それは良かった、と彼女はほっと溜息をついて胸をなでおろす。


「いや、腰間の物を見るに武者かとお見受けするが、お気を悪くされてないかと思ってな」

「武者? いや、僕たちはちょっと遠くから来た一般人で」

「遠くから? ああ、そういえば幼い時分に聞いた覚えがあるな」


 コンと名乗った少女の犬耳が、興味深そうにぴょこぴょこと動いた。あと、尻尾を振っているのが正面からも見える。


「稀人、というものか。初めて見た」


 ぐるぐると周りを歩き回りながら角度を変えて観察される。


「ふむ、髪は黒で耳も尻尾も……ないのか?」

「あのー、少し恥ずかしいのですが」

「おっと失礼」


 こほん、と今度はコンが咳ばらいをする。


「いや、御伽噺でしか聞いたことがなくて少々」

「別に普通の人間ですから、何も変わらないと思いますがね」


 昔ここに来た人は何をしたのだろう。もしかして、街並みが和風だったり、日本語を使っていたりするのは先人の影響なのだろうか。

 最後は数十年前、と衛士のおねーさんも言っていたから、彼女が知らないのもおかしな話ではない。


「何の話をしていたか……ああ、そうだ。見たところ手持ちがない様子。であれば万屋に行くと良い」

「万屋?」

「万事、何でも承る。というのが店主の口癖なのだが、その刀、飾りではない様子。文句なく働き口もあろう。それに」

「それに?」

「金のないものには、初めに金子を用立ててくれるのだ、それで、だな」


 言うか言うまいか、そう悩むように彼女は目を泳がせる。少々、頬が赤く染まっていた。


「私も、今日の分の宿賃が先ほどのでなくなってしまって、恥ずかしい話だが、少々貸していただけないかと」


 なるほど、そういう事だったか。彼女はもう借りてしまっているから、ここで教えた代わりに金をくれ、と。

 うーむ、恩がある以上中々に断りがたい。これは中々、強かなのかもしれない。

 そんなことを考えていると、あわてたようにコンは言葉を繋いだ


「いや、いやいや、迷宮に潜ればすぐに金はできる。しかし、一人で潜るのは禁じられていてだな!?」

「迷宮?」

「おや、迷宮も御存じなかったか。この国の根幹だ」


 曰く、迷宮には魔物がたくさんいて、それを倒して詰所で見たような魔道具を動かすための魔石を集めているらしい。

 炊事、洗濯、明りに諸々、魔道具頼りの生活をしている桜国では、この迷宮は資源の宝庫なのである。


「迷宮は噂では百階層まであって、その最深部にはこの世界を創った神が待っている」


 そのような御伽噺とも、神話ともいえないような話があるらしく、また、深部に向かう程、魔物の力も強くなるが魔石の質も上がるということで、腕に覚えのあるものはこぞって深く深くへと潜るものらしい。

 もちろん、皆が皆そんなことをしている訳ではなく、だから潜り屋、という名前で呼ばれている。


「ちなみに、今まではどうしていたのです?」

「うぐ、その、今まで組んでいた者が別の伍に引き抜かれて……」


 伍、というのはパーティーのようなものらしい。


「その、今日はもう遅いが、明日から共に潜って頂けたらなぁ……と」


 コンのキリッとしていた、こう、武人のような雰囲気は今はなく、両手の人差し指を合わせつつ、上目遣いである。


「いや、そんなことを言われても……」


 と、いうと、若干涙目になる。それはどうでもいいのだけれど、ぺったりと犬耳が垂れる。


「くっ……わかった。一緒に行こう」

「ありがとうございます! じゃない、感謝する!」


 一転して目がキラキラとしてやがる……頼んだら耳触らせてくれないかな。

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