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第31話「相変わらずだよね」

「はいどうもー、かわいいアカネちゃんだよー」

「って訳やな。ロウはん」

「相変わらずだよね」

「いつもこの調子なのですか?」


 いつもより早めに探索を切り上げて、少し早めに万屋に着いてみれば、そこには既にミカと談笑するアカネの姿があった。

 相変わらずぴょこぴょこと動く猫耳と、くねくねと揺らされる尻尾。

 もう少し齢がいっていれば、妖艶ともいえる流し目なのだろうが、生憎と子供がふざけているようにしか見えない。


「お久しぶり、兄ちゃんにクーちゃん」

「久しぶり、というか何というか」


 先週会ったばかりのような気がするのだけれど。


「で、兄ちゃん達が伍に入れてくれるって?」

「うん。まぁ。知らない仲でもないし大丈夫かなって」

「何か発音が不穏なんだけど」


 大丈夫かな(疑問形)である。知っているからこそちょっと恐い。

 疑念の気持ちを読んだか、ふむ、とアカネはひとつ頷いて見せた。


「大丈夫だよ。まずはこの護符を持ってね?」

「ちょっと待て、その護符って確か」

「初めに見せてもらったもの、ですよね」


 そう。確か、アカネの魔術を無効化するような護符だったはずだ。


「まあまあ。実際潜ってみればわかるから」

「何かとても嫌な予感がするのだけれど……」


 どうして、味方のはずのアカネの魔術を防がなければいけないのか。


「ねえ、ミカ。アカネって今まで、どれくらいの伍と組んでたの?」

「せやなー。ま、ロウはんは知っていた方がええかな」


 というと、ミカは手帳を取り出す。


「ひのふの――せやな、軽く十といったところやな」

「……それでどうして今フリーなのかな」

「あるじさま」


 考えたら負けです。といういつものアレだ。

 その言葉を何度も聞いていたせいで、もはやその顔を見るだけで言いたいことがわかる。


「皆、狭量なんだよ」

「狭量」


 とは、とアカネの言葉に問いたいところである。


「まぁまぁ、とりあえず明日潜るんやろ?」

「そうだけれど……」

「そこでわかることやな。ロウはん、よろしく頼むで」


 どうやらミカの側でもアカネの件は扱い兼ねていたようで、その念押しは随分と気持ちがこもっているように思えた。


「はぁ。それじゃ、明日、よろしくね?」

「うん。兄ちゃん、クーちゃん、よろしくー」


 ということで、その日は顔合わせで別れた。

 アカネは魔術所の寮に住んでいるということで、明日の朝にまた迷宮の入り口に会う約束である。

 臨時とはいえ、伍の登録も終えて、準備完了。


「今日は早めに寝るかな」

「何があるか解りませんからね」


 さすがに酷い扱いな気もするけれど、実際恐い。

 宿に辿り着いて、いつも通り食事をして、風呂屋に行って、としていると、あっという間に外は暗くなる。

 油や蝋燭で灯りをとるのではなく、魔石を用いた電球のようなものがあるために、存外、夜は早くない。

 とはいえ、そこまで安いものでもないので、やはり節約をするものらしく、常についている訳でもない。

 だから、というか、そこまで明るいということはなかった。


「結局、相部屋になったね」 

「お金も勿体ないですし、そんなに気にする方がおかしいんです」

「そうは言うけどさぁ」


 男女七歳にして~などと言うつもりはないが、流石に気を遣うだろう。

 どうせ魔力を吸い取られて、寝る時は意識を失うようにしてあっという間とは言え、だ。

 そして、それらの生活はすっかり身に馴染んでしまっていた。

 そういえば、と思い出さなければ、ふとした瞬間に、自分が別の場所から来た異邦人だということを忘れてしまいそうだ。


「といっても、ここに来る前の事、ほとんど覚えてないのだよね」

「んあ……それも悪くないと思いますけれども」


 首に噛みつこうとしていたクロが一度身を離してそんなことを言う。


「うーん。曖昧な印象だけれど、確かに向こうに居るときよりも気が楽なような」

「私としましては、こうしてお話できるのはこの世界に来てからですから」


 そういえば、クロだって向こうには居なかった訳である。

 いや、今、枕の側に置かれている本体らしき刀はあったのだろうけれど。


「こちらに来てまだそれほど経っていませんが、以前よりもずっと濃い経験が出来た気がします」

「そっか。それなら……悪くない、のかな?」


 過去の記憶が曖昧な事に不安がないと言えば嘘になるかもしれないが、それと比べて、こちらに来てからははっきりと物事を覚えている。

 既に、僕、という存在はこちらの世界に依るところが多いのではないか。


「僕、とは何者だろうか」

「……哲学ですか?」


 もしかしたら、絵画の題名かもしれない。


「深く考えてもしかたないか」

「そうですね。いつか、思い出すかもしれませんから」


 以前の僕、というものを知っているクロはそう言うが、どこかその言葉の響きには否定的な音が含まれるような気がした。

 まるで、思い出してもらいたくない。というような。


「それはさておき、頂きますね」

「はいどーぞ」


 ともかく今、大事なのは、この生活だ。

 明日はどうしよう。そんなことの積み重ねである。

 益体もない問いかけは、意識と共に薄れ、おそらく明日には忘れていることだろう。


「おやすみなさい、あるじさま」


 犬歯を微かな月光に輝かせて、そう言うクロの顔は、どこか優し気に見えた。

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