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第28話「済まない」

「済まないが、実家に戻ることになった」

「あ、そう? じゃあ今日は休みかな」

「いや、違うんだ」


 少し遅い朝食の席で、たまたまクロが席を外している時を見計らったようにコンが言った。

 これまでもしばしばあった、実家への報告とやらだと思って軽く流そうとしたら、どうにもそうではないらしい。

 どういうことかとコンの顔を窺えば、沈痛、と言って良いほど暗い。


「……どうしたの?」

「悪いんだが、今度は長くなるかも知れん。いや、もしかしたらもう……」


 迷宮に戻れるかもわからない。そう言った彼女は、顔をうつむけてしまった。


「そう、なんだ。どうしてか聞いても」

「それは……いや、ロウ殿に言っても仕様がないことだ。ただ、済まない」


 この迷宮マニアが尋常な理由でこんなことを言うとは思えなかった。

 ミカが言っていたアオイ家、という名前や、行動の節々から、彼女の実家は中々の良家であることは察していた。

 そのような家であれば、何かしらの面倒の一つや二つあるのではないかと思うし、出会いがあれば、別れもある。

 本人が詮索して欲しくないというのなら、仕方のないことなのだろう。


「寂しくなるね」

「そう言ってくれるか」


 顔を上げたコンは申し訳なさと寂しさを足して二で割ったような顔をしており、その表情を見ると、こちらの方が悲しくなってくる。


「勿論だよ。コンが居なければ、僕は今こうして潜り屋をして、まぁ、裕福とは程遠いけれど生活はできていなかっただろうし」

「いや、それに関しては時間の問題だったと思うが。しかし、こうして潜り屋に誘ったのに私が抜けるなどな」

「仕方ないよ。事情は分からないけれど、実家の都合でしょ? そうだ、いつ戻るの?」

「急な事なのだが、今日、戻ることになっているな」

「そっか……」


 この世界に来てから、クロを除けば初めて親しくなったのが彼女で、随分と世話になっていた。

 常識から、迷宮攻略まで。彼女には礼をいっても言い切れない。


「ありがとうね、コン」

「いや、こちらこそありがとう。お陰でまた迷宮に潜れた」

「戻りました……何の話ですか?」


 席に戻ったコンが、しんみりとした雰囲気に首を傾げる。


「そうですか……。私とあるじさまの二人きり、なのは良いのですけれど」

「迷宮探索は不安だね」


 クロと二人で迷宮に入れば、ものの十分ほどで道に迷えるだろう。

 索敵もコンの耳と感覚に任せていたから、奇襲を受ける確率も高くなるかもしれない。


「それに関しては本当に済まない」

「いやいや、それだけコンに頼り切りだったってことで」

「別に会えなくなる、という訳ではありませんよね?」

「ああ。たまにこちらにも顔を出すし、ミカの万屋にも寄ろうかと思っている」

「そうだよね。別に今生の別れって訳でもないのだし、のんびり慣れていくよ」


 ちらり、とコンは外の様子を見た。日差しの具合から時間を測ったのだろう。


「すまない、もう時間のようだ。今までありがとう。お二方共」

「こちらこそありがとう」


 そう言って手を差し出して見せると、不思議そうな顔をされた。


「金か?」

「どうしてそうなる。握手だよ握手」

「悪手?」


 ちょっと強引になるけれど、コンの手を取って無理やり握る。

 剣を握る者とは思えないほどに小さく温かい手で、彼女がまだそう年もいかない少女だという事を思い出させた。

 腕は立つし、知識もあるし、喋り方も古風、と言うよりも武張った感じだし、落ち着いているので忘れがちになっていた。


「えっ、ちょっ、その」


 コンはすっかりしどろもどろ、といった様子になっていた。というか、顔を赤く染めるのはやめてほしい。

 何と言うか、今まで意識の外に置いていたのだが、こうして同年代の女性の手を握る、というのはいつ以来の経験だろう。


「あるじさま」

「おっと、ごめん、それじゃあ、またね」

「あっ……ああ! またな!」

 

 ガタタン、と、椅子にぶつかりながら去っていくコンを見送る。悪いことをしただろうか。


「そういえば握手って、日本の文化ではなかったね」

「ここが日本かはさておき、ですね」


 ちょこん、と出されたクロの手を握る。

 これは何と言うか引率のお兄さんの気分だ。と、考えると、逆の手でつねられた。

 そもそも西洋の方でも、女性を相手に握手はしないのだったっけ。これは無作法だったかもしれない。


「でも、良かったんですか?」

「何が?」

「このままコンさんを見送ってしまって」


 クロは首を傾げてこちらの表情を窺っている。どう答えたものか。


「うーん、仕方がないんじゃないかな。子供でもないのだし」


 駄々をこねても仕様がない。本人だって悩んだ結果ではあるのだろうし。


「何と言うか、冷たくありません?」

「そうかな?」


 顎に手を当てて考え込んでしまう。しつこく残るように言われたりした方が迷惑ではないだろうか。

 僕なら別れた後にも延々と声を掛けられれば嫌だと思うし。それに、コンは仕事のパートナーだ。

 私生活や家の事情、と言われれば、引き下がるしかないのではないか。


「あるじさまって……」

「何?」

「いえ、何でもありません」


 クロが呆れた調子でこちらを見ているが、その理由が解らず、僕は首を傾げた。

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