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第24話「おまわりさんこいつです」

「あ、兄ちゃん先週ぶり」

「うん? 誰だ?」

「酷いなー、もう忘れたの?」


 今日は珍しく、一人で街を歩いていた。

 コンは実家へまた出向いており、クロはと言えば、宿で繕い物をしていた。袴の裾が破れたらしい。

 何をしたものか、とうろうろしているときに声を掛けられて後ろを見れば、深くフードのようなものを被った少女が居た。


「私だよ私。アカネちゃんだよ」


 フードを下ろしてみれば、そこからぴょこんと猫耳が覗く。これは間違いなくアカネだ。


「どう、元気してた?」

「……言いたいことはたっぷりとあるのだけれど」


 悪びれもしない顔である。彼女のおかげさまで詰所でたんまりと油を搾られたのだが。


「とりあえず、護符は役にたってるよ。ありがとう」

「当然だよ! どう? 私の作った物に間違いはないでしょう」


 ふふん、と胸を張って見せる彼女は実に得意げで、何も後ろ暗いことはない、と言わんばかりである。

 がっしりと肩を捕まえる。


「え? 何? 兄ちゃん」

「お巡りさーん! こいつです!」

「ちょっ!? 待っ」


 とか何とかやりながら、結局落ち着いたのは街角の茶屋だった。


「どうしてこうなった」

「ありがとね兄ちゃん」


 どうにも金がない。という話だったから、この前の護符を格安で譲ってもらった礼に、とあれよあれよとおごらされていた。

 茶をすすり、甘い和菓子に微笑みを浮かべる彼女はまさに子供、といった感じで、街中で魔術をぶっ放す危ない奴とは思えなかった。


「大体さぁ、私が人を怪我させるような失敗をする訳がないじゃん」

「いやでももしもの事があったら、とか、百歩譲ってアカネなら大丈夫でも、ほかの人が同じことしたら危ないでしょ?」

「解ってないなぁ」


 至極当然のことを言ったつもりだったが、呆れたような目で見られた。不本意だ。


「ほかの人が、だなんて、そんなのは失敗する人が悪いんじゃん。悪いのは行動じゃなくて、その人だよ」

「お、おう……いや、しかしだね。そんな風に一人ずつ対応していたら法律は成り立たないでしょ?」

「ダメだよ、そんな硬直的な考えをしていては新しい事はなにもできないじゃん」

「……僕が間違っているのか?」


 何かこう、根本的に話が行き違っているような気がした。あれか、これが天才の文法だろうか。


「ま、小難しいことは置いておいて、お茶飲まないと冷えちゃうよ」

「そ、そうだね?」


 温かい煎茶は程よい苦みと、僅かな甘みがあり、芳醇な香りは心落ち着かせるには十分だった。

 茶菓子に出された練菓子は甘く、砂糖を使っているのは間違いない。久々の甘味は舌のみならず頭に染み入るようだった。


「思えば、こっちで甘いもの食べた事なかったなぁ」


 甘味の類は例外なく割高で、しかし多少は余裕もできた今なら払えないものではない。

 だからこそお礼にはちょうど良い、という訳である。


「こっちで?」

「ああ、そういえば言ってなかったけれど、僕は稀人ってやつで……」

「へぇ、本当に居たんだ!」


 急に大声を上げて身を寄せてくる彼女に驚く。どれどれ、とばかりにぺたぺたと触られるがままにしてしまった。


「いやいやいや、何をしているのかな」

「ふーん、やっぱり別に普通の人と変わりないのか。ちょっと残念かな」


 勝手に盛り上がって、勝手に落ち込まないでほしい。


「別の世界から来た、ってやつ?」

「そうそう。信じられないかもしれないけれど」

「いんや、魂があるなら別におかしいことではないんじゃないかな」

「え?」

「魔物だって魔石を核にして、瘴気で体を保持しているんだよ? 何処か別のところから魂が来て、こちらで肉体を持ったところで」


 驚くことでもない。そう言って彼女はお茶をすすった。


「それに、兄ちゃんの側に居た子だって、普通に考えればおかしくない?」

「クロの事? 本人は九十九神だって言っていたけれど」

「九十九神。そっか。それこそ魂を持てば、肉体を持てる。魂が核になっているという説の補強にはならないかな」

「……それもそうなのか」

「異世界があると仮定して……いや、兄ちゃんの認識では間違いなく存在するのだろうけれど。つまり、稀人の存在こそが異世界の存在と魂の流転を証明している訳だね」

「ふーむ?」


 言っていることの三割も解らなかったが、こちらの世界では科学が無意味である代わりにまた別の法則が支配していることは解った。

 得意分野の話になったからか、アカネは瞳を爛々と輝かせ、嬉し気にゆったりと尻尾が揺られている。と、その尻尾が一気に毛羽だった。


「兄ちゃん、ごめん。お茶ありがとうね!」

「うん、まぁ、護符の件もあったし、こちらこそー」


 と言っている最中に、アカネは走り去っていった。その理由も解りやすく、道の先の方から衛士のお兄さんの姿が近づいてきていたからだ。


「待て! 待たないか!」


 おそらくまた、会う前に街中で魔術を撃ったのだろう。

 冷えてしまったお茶をすすりながら、今回は巻き込まれた訳でもないので捕り物を眺める。

 人と人との間を小さな体を活かしてするすると抜けていくアカネに対して、衛士の方はガタイの良いお兄さんだからどうしても人と肩がぶつかる。

 街中での鬼ごっこの決着はどうやら、アカネの勝ちで決まりそうだ。


「住んでるところ解っているのだから、逃げても意味ないと思うのだけれど」


 それとも何かルールがあるのだろうか。残っていた茶菓子を口に放り込んで立ち上がる。

 クロになにかお土産でも買って行こうかな。とまた市を目指して歩き始めた。

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