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第23話「そぉい」

「そぉい」


 ブーツのつま先が深々とヤマイヌのわき腹に突き刺さった。

 柔らかい肉に埋もれて、骨と内臓の形を感じてしまい、少々、気持ち悪さを感じた。


「それで最後だな」

「八層も楽なものだったね」


 そう、今は八層を攻略しているところだった。態勢を整えて再度突っ込んでくるヤマイヌを切り捨て、周囲を見回す。

 女将さんに貰った服は中々、丈夫で動きやすい。袴の裾と袖口は革で縁どられており、少々寸詰まりで短くはあったが、運動するにはちょうど良い。

 

「うむ。問題は九層、十層の連続だな」

「連続、ですか?」

「ああ、十層の魔石などと言うものはないからな。挑戦するたびに九層から攻略しなければならない」


 それは盲点だった。確かに転移陣のシステム上、魔石がなければ直接その層に赴くことはできない。


「じゃあ半日かけて疲れてからボス、って訳なのか」

「ぼす……? まぁ、守護者を倒せるのなら、前の層は楽に越えられるだろう、ということなのだが」


 何とか九層を乗り越えたからと欲を出して、ぎりぎりで十層に辿り着いたパーティーが全滅するというのはよくある話だ、ということだ。


「どうしてももったいない、と思うものでな」

「まぁ、気持ちはわかる気がします」


 まだ大丈夫はもう危ない。あれって何の話が元だったのだろう。運転? 山登り?

 さておき、命がかかっている以上は、ぎりぎりまで粘る、なんてことは言わず余裕をもって当たるべだ。

 それは誰もがわかっていることなのだろうが、実際にそんな状況になれば、そうも言ってられないものかもしれない。


「疲れていると正常な判断が出来ないと聞くからな」

「うん。冷静に気を付けていこう」

「ですね」


 などと話しているうちに、第八層も危うげなく終わりが見えてきた。あとは次の層までまっすぐな道である。

 曲がり角から少し顔を出して、そのまま回れ右してコンと顔を突き合わせる。真後ろについてきたクロは僕の腰に顔から突っ込んで変な声を上げた。


「……嫌な配置だなぁ」

「偶々、だろうか。このあたりは瘴気溜まりもないはずなのだが」

「あるじさま、急に振り向かないでくださいよ」


 鼻を打ったか抑えながら言うクロはさておき、まっすぐな道の奥にはチョウチンオイワが二体、半ばにはヤマイヌが四体いるのが見えた。

 今まで、これほど直線で視界が開けていることはなかったから気にしていなかったが、遠距離攻撃と足の速さは、開けたところでこそ脅威となる。


「アブミクチも居るだろうね」

「そう考えた方がいいな。どうしたものか」


 完全に白兵戦しか考慮に入れていなかったので、この状況は中々に困る。

 足止めをされているうちにその後ろから炎が飛んでくるか、足の速いヤマイヌに襲われるか。

 今ばかりは二本の手足だけしかない人間の身が恨めしいところだ。


「どうする、ここは一旦退くか?」

「退いたところで、ここから魔物は居なくなっているものかな」

「そう祈りたいところだが……」

「地図屋さんの書き損じ、っていう可能性もありますよね」


 クロの言う通り、意外とそういう事もあった。地図を書くのも潜り屋なので、稀に見落としがあるのは仕方のないことだ。


「狙ったような配置が早々出来るとは思えないのだよなぁ」


 あるいは、瘴気溜まり自体が移動してしまったか。これもまた、珍しくない現象だ。


「道が開けているのなら、私の攻撃も通りやすい、ってことですよね」

「そうか。クロに一発撃ってもらって」

「我々が切り込む、か」


 それが一番、確実な手に思えた。手筈を整えて、もう一度ルートを確認する。

 やはり、そのままの状態で魔物は待ち受けていた。


「よし、それじゃ行こうか」

「一、二の……三!」

「焔よ、応えよ!」


 三つ数えてクロが魔法をぶっ放す。今までで最大級の火球が通路を焼いて魔物へ迫った。

 堪らず身を捩らせたのは、地面に隠れていたアブミクチだ。


「これならいける!」

「来るぞ!」


 足元を注意する必要がなくなっただけ、それで戦いやすくなった。

 体表を焼かれながらもヤマイヌが突っ込んでくるが、その動きにはもう慣れたもの。

 一体を袈裟懸けに撫で切って、もう一体を返す刀で切り上げる。二撃目は浅かった。

 視界の端に映るコンは相も変わらず鞘から抜き放った剣で流れるように一体を仕留め、もう一体も唐竹に切り伏していた。

 仕留めそこなった一体を構う事もなく、とにかく歩を進める。脅威度の高いのはチョウチンオイワだ。


「ぐぬっ」


 わずかな貯めと共に吐き出された炎を見て、顔を袖口で守りながら突っ込む。

 護符が反応して、炎を散らした。それでも、視界一帯を赤い炎が舐めていき、先に当たった腕からは体に染みるような熱と痛みを感じる。


「貰った!」


 炎を振り払うように腕を避ければ、目の前にはもうお化け提灯の赤い舌が目前だ。

 左片手のままに剣を突き出すと、正中を捉えたそれの手応えを確かに感じた。

 すぐに引き抜いて周囲を確認する。生き残ったヤマイヌはクロが、もう片方のチョウチンはコンが仕留めたらしく、今は緩やかに納刀をしている。

 残心に周囲を見回す目が合った。互いににやりと笑う。


「やってみれば手早く済んだね」

「ああ、ここまで来て戻るのも勿体ないからな」

「そうそう。勿体な……うん?」

「何か、先ほどそんな話をしていたような気がしますね」


 どうやら無理に十層に挑んで玉砕するパーティーの事を笑えないようだ。

 自らを振り返って、こんどは全員で苦笑を交わした。

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