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第22話「もうやめて!」

「これで完済、やな」

「本当に助かったよ。ありがとう」

「いやいや、これからもうちを御贔屓にな」


 七層まで攻略して、ちょっと肩慣らしとばかりに八層で稼いでいるうちに、懐に余裕が出来ていた。

 護符も今のところは十分な性能であるようだったし、そのうちに、とミカに借金を返済しに来たのだ。


「好い加減、服も変えたいのですけれどね」

「僕はあまり気にしてないのだけれど」

「いや、潜り屋は見た目ではないとはいえ……」


 今、主に迷宮潜りに使っている服は、裁付袴と呼ばれる裾を細く絞った袴と、単衣といったものだった。

 古着屋で買ったそれは色あせていて、各所に継ぎ接ぎがあるもので、例えるならそう、モンペと言ったか、アレだ。

 ほっかむりして鍬でも持てば、農作業員に見えそうなものである。


「えー、だって服って高いし」

「あるじさま……」

「それはそうだがな」


 クロに関しては初めに中古品を勧めた際に猛反対を受けたので、今はコンのお下がりだという袴姿である。

 丈夫なものを、ということで道場で着ていた服を渡されたので、何と言うか、贔屓目に見ても中学剣道……ぎろり、と睨まれた。

 口笛を吹いて目を逸らす。何はともあれ、この服装は女性陣には大不評だった。


「別にいいじゃん、誰が見ている訳でもないし」

「潜っている間は別に良いのですけれど」

「気付いてないのか? 通行人の可哀そうな物を見る目に」


 何だって。そんな目を向けられていたのか。全く気付かなかったぞ。


「なんや、コンはんの下男みたいやな」

「うぐ……」


 ミカの言葉はざっくりときた。


「私の主なのですから、ちゃんとしていて貰わないと」

「悪い噂でも立ちそうだからな」

「『アオイ家令嬢、下男を虐げて喜ぶ衝撃の性癖』ってところかいな」

「やめろ!」


 そんなに酷いのかこの服装。動きやすくて気に入っているのだけれど。

 足半と呼ばれる、半分の大きさの草履と相まって、戦闘はしやすい。


「解った、わかったよ。今度、お金が貯まったら服を優先するから」


 彼女らの声に折れた。とはいえ、今すぐ買い替えられるものではないから、しばらく、最初の服を着ることになるか。


「解れば良いのだ」


 コンの横でクロはうんうん、と頷いている。こんな時だけ仲が良いのは何なのか。


「それはさておき、今日はもう帰ろうか!」

「おーう、なんや慌ただしいなー。また明日も待っとるでー」


 のんびりとした声で見送るミカの声を背に、万屋を後にする。端的に言えば逃げた。

 後ろから追いかけてくるコンとクロの目も、心なしか冷たい気がする。


「言われてみれば、だなぁ」


 同じ服を数日着るのは構わないのに、適当な服を着るのは駄目だという価値観には少々首を傾げるものではあったが、一度意識してしまうと、確かに街行く人の視線もよそよそしく感じる。


「兄ちゃん、働き口に困ってんならうちにくるか?」

「えっ……いえいえ、これでも潜り屋で」


 出店の前で立ち止まると、どうやら傍から見ると暗い顔をしていたらしく、そんな風に話しかけられる。何とも良い人そうな、筋骨隆々とした職人さんだ。

 彼はちらり、と僕の後ろに刀を差して小奇麗にしているコンの姿を認める。


「借金のカタにでも無理やり働かされてるとかじゃ」

「違います違います!」


 急に恥ずかしくなってきた。これは早急に対応しなければ。


「困ったら、遠慮せずに来いよ」


 そう言って離れて行く親方を見て、目頭が熱くなる。

 違う、これは人の温かさを感じただけで、決して自らの惨めさを感じたからではない。

 お店の人は黙って干物を僕の前に置いた。解っている。と言わんばかりに黙って頷いた彼女に勘違いだと叫びたくなるのをぐっ、と堪えた。


「あるじさま……」


 断ることもできず、その魚の干物を受け取ってしまった僕を見て、心底悲しそうにクロが言うのに遂に負けて、がっくりと膝をついてしまう。


「もう生きていけない……」

「こらこら、こんな事で折れるな。野宿している時には私もよく、ああいう目に晒されたものだ」

「コンさんってどういう生活をしていたんですか」


 ずるずると両脇を抱えられながら宿に向かう。コンとクロで身長差があるので、斜めに傾ぎながらだ。


「ただいま戻った」

「あいよ、もう飯は……何かあったのかい」


 いつも不機嫌そうにぶっきらぼうな女将さんも、どうやらこの姿を見て呆気にとられたようだ。


「いや、ちょっとあまりにもみすぼらしい姿に気づいたみたいで」

「クロ殿、さすがにそれは言い過ぎではないか」

「何かと思ったら確かにその格好は酷いねぇ。そういう趣味かと思っていたけど」


 自分が悪いことは解っているのだが、何とも皆、僕に恨みでもあるのか、という口ぶりだ。

「もうやめて!」という気分である。それで椅子に座って聞こえないふりをしていた。

 あれよあれよと言ううちに頭の上を飛び交っていた話も終わっており、気付けば女将が服をてに持っている。


「旦那の服なんだがね」

「何がどうしてこうなった」

「いや、女将さんも見かねて、という話でな」

「うちの宿に出入りするんだから、関係ない話ではないからねぇ」


 もう、やさしさが痛い。


「そんな、頂けませんよ」

「じゃあ今すぐ服を買う金でもあるのかい」

「……ありません」


 そうしてみると、今の立場は確かに見た目相応なのかもしれない。

 その日暮らしの金しかなく、見た目を気にする事もできない。また惨めさに泣きたくなってきた。


「もう着る人も居ないからねぇ……」

「あれ? 女将さんの旦那さんは」

「あの人も潜り屋でねぇ」


 それだけ言って、頬を少し染めた。昔を思い出すように細められた目を見て、おおよその事を察した。察せてしまった。


「良いんだよ、昔の話は。持ってきな」


 その声は常の不機嫌さを装おうとしていたが、隠しきれない温かさのようなものが感じられた。


「ありがとう、ございます」


 それ以上断るのは余計に失礼だと思い直して、服を受け取る。

 上下揃いのそれは、ところどころ補強されている、黒い袴と羽織のようだった。


「ほらほら、早く飯食っちまいな! 冷めちまうよ!」


 感慨を振り払うようにそう言った女将さんの声に従って、食事をとり始める。

 今日は意外な、というか、人々の優しさに触れた日だった。胸の内が少し温まったように思える。

 まぁ、コンとクロは置いておいて。

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