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第20話「かくかくしかじか」

 結局、取り調べ室から解放されたのは小一時間程の後だった。

 初犯ということで特に罰則もなく、延々と街中で魔術を使ってはいけない理由を言い聞かせられただけで済んだ。

 というのも、アカネの名前を出してみたら、何か納得した様子で頭を抱えていたのを見るに、どうにも彼女は常習犯であるようだ。


「これはあの子に感謝するべきなのかなぁ」

「いえ、そもそも原因になったのは彼女です」


 それもそうだ。長々と話を聞かされてげんなりしていた事もあり、意外と疲れているのかもしれない。

 また迷子になりつつも宿に戻ってみれば、とっくに日も沈む時間になっていた。

 一日休みだったはずなのだが、随分と疲れた気がした。


「おお、ロウ殿にクロ殿、戻られたか……何か随分とお疲れのようだな。何があった?」

「かくかくしかじかで」

「うん。説明する気がないのが解りますね」


 というのは冗談として、本日の経緯を説明する。


「あ、そうだ。これ、護符。そういえばクロは使えないんだよね」

「え? てっきり初めからコンさんに渡すつもりなのかと」


 しまった。そう言っておけばよかったか。


「有り難い。なかなか護符を購う金子も貯まらなくてな」


 表情に出ていたか、微妙に苦笑しつつもコンはそれを受け取った。


「この分もまた返さねばな」

「いいよいいよ、それこそ伍は」

「互いに助け合うもの、だな。感謝する」


 コンがはにかんで笑うのを見て、胸がどきりとする。


「ま、コンの装備が充実すれば、僕たちも助かるからね」


 誤魔化すように言ったが、ちょっとクロがジト目になっている気がする。


「ごっほん。で、コンの方はどうだったの?」

「ああ、実家の話か? いつも通り、無事を伝えに行っただけだ。あとはつまらない話だよ」

「実家とはそれほど仲が良くないの?」

「うーむ。まぁ、な」


 話したいことでもないのだろうか、彼女は少々眉を寄せた。


「悪いことを聞いたかな?」

「いや、気にしないでくれ。少々、伝統偏重のきらいがあるだけで、別に悪い人たちではないのだ」


 多分。と小さく付け加えたのを僕は聞き逃さなかった。


「もしかして、コンって結構、いい家の出?」

「さてな。ま、私の事は良いだろう。それで符術課のアカネ、と言ったか」

「ああうん。なかなか個性的な子だったよ」


 下手な話の切り替え方だったけれど、それに乗ることにした。


「巷間では結構な有名人だぞ」

「へー、符術の腕で?」

「いや、よく実験と称して街中で魔術を撃ち放っては、衛士に追いかけられているということでな」

「……どうして、わざわざ街中で撃つのかな」

「さぁ。魔術所には変わり者も多いからな。潜り屋に依頼して、迷宮で実験をするという者も居るとか」


 迷宮で何の実験をするかと思っていたら、急にお香を焚きだして、魔物が四方八方から寄ってきた。などという潜り屋の笑い話をコンはした。

 アカネの話を聞いた後だと、冗談だ、とは笑えないのは確かだった。

 そんな話をしながら、宿の女将がいつも通りぶっきらぼうに出してきた夕飯を口に運ぶ。

 今日のもう一品は、しらすの佃煮だ。これは現代にあったものと何ら変わりなく、とても落ち着く味である。


「そういえば、今日は私が酒を買って来たんだ。飲もうじゃないか」

「おっ、いいね」

「ご相伴に預かります」


 クロは見た目に反して、というべきか、けっこうイケる口だった。

 明らかにまだ少女、といった風情の彼女がお酒を飲むのは違和感があるものだったが、静かに杯を傾ける姿は中々、絵になる。


「お、諸白だね」

「ああ。何だかんだ、お二人にも世話になってるからな。この前は濁酒で微妙な顔をしていたし」

「よく見てらっしゃいますね」


 見た目に驚いただけで、別に濁り酒が悪いという訳ではなかったのだけれど。

 諸白というのは、馴染み深い清酒で、味もそのまま、強いて言えば甘めの日本酒だった。

 やはり、雑味もなく、好みで言えば、濁り酒よりこちらの方を選ぶ。


「そういえば、クロ殿は今、幾つなのだ?」

「さぁ? 少なくとも、あるじさまよりは歳下でしょうけれど」


 酒で口も軽くなったか、コンがそんなことを尋ねるが、クロもそれには首を傾げる。


「そういえば、僕って幾つだったっけ」

「本人が解らずに、誰が解るのだ」


 それもそうだ。あるいはクロが解るかと思ったのだけれど。


「コンさんは今、お幾つなのです?」

「私か? 私は今年で十七になったところだが」

「この国って幾つからお酒飲んで良いんだっけ?」

「別に決まりはないが、一般には十五からかな」


 僕も地味に気になっていたことを、クロが聞いてくれた。

 元服、というやつか。こちらでは二十歳ではなく、十五から大人扱いらしい。


「寺子屋を出てしまえば、働き始めるのが普通だからな。その頃から大人の仲間入りだ」

「ふーん。学校はあるのか」


 現代における二十歳が成人、っていうのも、そういえばどうしてそうなっていたのか。

 数字的にはキリが良いけれど、普通に学校とかに行っていれば微妙な時期になる。

 それに、十八歳未満禁止、などというものもあって、よくよく考えてみれば、判然としないものだ。


「コンって誕生日いつなの?」

「誕生日?」

「あれ? 生まれた日、って祝ったりしないの?」

「どうして生まれた日を祝うのだ?」


 疑問符が互いに行きかう。


「ああ、もしかして。コンさん。歳っていつ増えるものです?」

「それはもちろん、元旦だろう」

「うん? あっ、数え年、ってやつか」


 納得がいった。新年になるたびに歳が一つずつ増えるというやつだ。


「となると、生まれた時が一歳?」

「そうだな」


 ということは、実際にはコンの年齢は十六歳、という事か。

 しっかりしているように見えるからもう少し上かとも思っていたのだが、存外若い。


「ん、何か失礼なことを考えていないか?」

「そんなことないよ」


 僕は顔に出る質なのだろうか。自分の顔を撫でてみる。


「出ますよ」

「うぐ、心を読んだように」


 あながち間違いではないのだろうけれど。


「しかし、こうして護符もあるなら、明日は六層以降に向かっても良いかもな」

「そうだね。そろそろ進む頃かな」


 内容的にはそう変わらないらしいし、そろそろ慣れてきた頃でもある。

 そうと決まれば、とお酒に栓をしてコンは立ち上がる。深酒はよくないし、そろそろ寝る時間だ。


「蕎麦でも食べに行くか」

「まだ食べるんですね……」

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