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第18話「許さん、切る」

「随分と慣れてきたものだね」

「一両、結構あっという間でしたね」


 あれから数日、五層に潜って稼いでいると何やらコンが実家に顔を出さなければならないという事で一日空きが出来た。

 一週間ほど経っているから丁度いい休みということで、僕とクロは市場に顔を出していた。

 コンが居ないとどうにもならないし。二人で迷宮に行くと考えれば、迷子になっている姿が想像する間もなく脳裏に浮かんでくるようだ。

 聞いた話ではこっちの人たちは特に決まった休みというものを持っていないらしく、好きな時に働いて、好きな時に休む、という生活をしているようだった。


「大工殺すに刃物はいらぬ、ってね」

「雨の三日も降ればよい、ですか」


 実際には日雇い仕事が多いらしく、好きな時に働いて休む、というよりは働けるときには働く、と言った方が近いようである。

 雨が降れば仕事もできないから、強制的に休みになるわけだ。そうすると、暫くすれば収入もなく干上がってしまう。


「雨が降ってるのに干上がる、っていうのもおかしな話だよね」

「何の話です?」


 また行き先を見失いながら、うろうろと市場を歩く。

 道があまりにも無軌道にできているために、とても迷いやすいのがこの街だった。

 気づけば、市場のはずれに出ていた。この辺りは閑散としていて、屋台も持っていないその日限りの商人なんかが茣蓙を敷いて商いをしていたりする。


「掘り出し物とかありそうな感じだね」

「何と言うか怪しいですけれど……」


 クロの言うのもまさにその通りで、こう、現代で言う所の露店のアクセサリー売りに似た雰囲気を感じた。

 銀じゃないものを銀だって言って売ったり、浮かれた観光客相手に割高な物を売りつけたり。

 いや、たぶんそういうのではない人も居るのだとは思うのだけれど、僕には見る目もないし、あまり好き好んで近づくことはなかった。

 という訳で、遠巻きに冷やかしの目を向けていると、必死に声を上げている少女がいた。


「護符ー! 護符はいかがですかー! あっ、そこのお兄さん!」

「あーあーきこえなーい」

「何か必死そうですけれど、良いのですか?」

「クロ、ああいう手合いには関わらないのが一番だよ」

「てっきり、あるじさまは女の子には弱いものかと」

「ねぇ、クロって僕の事どう思ってるの?」


 これは一度、しっかりと話し合う必要があるかもしれない。

 クロに向かって口を開こうとしたら、つ、と服の裾を掴まれた。


「お兄さん! 見るに潜り屋さんでしょう! 護符を!」


 厄介な客引きだな。これは官憲に突き出すべきだろうか、と後ろを見ると誰も居ない。


「こっちですこっち! 何処見てるんです!」


 声が下から聞こえてくるのに気付いて、見下ろすと、真っ先に見えたのはネコミミ。


「許さん。切る」 

「落ち着いてくださいあるじさま、キャラ変わってますよ!?」


 御猫様は絶対神。その神を模倣する存在を許す訳にはいかない。

 滑らかに刀の鯉口を切……れない。


「ええい、何をする」

「ご乱心なされないでください!」


 理由にはすぐに思い至った。クロが抜かせまいとしているのだ。

 今となっては右手にまとわりついて、その動きを阻害している。

 何てことだ。僕が見間違える訳がない。目の前の少女の頭には、間違いなく猫の耳がある。

 人がそれを頭の上につけるなど、冒涜でしかない。


「この異教徒め……!」

「何!? 何なのこの人!?」


 あわわわ、と口をわななかせて地面にへたり込んだ少女は、涙目になりながらそう叫ぶ。

 猫耳の下には、まだ幼いように思える顔がある。真っ赤な髪色に、翡翠の目は瞳孔が開いて今はまん丸。

 怯えた表情と、巻き込まれた尻尾に、刀を抜こうとする手の力が緩んだ。

 御猫様の気高さには似ても似つかないが、これを斬るというのは、踏み絵に近いものを感じてしまったのだ。


「くっ、ここは手を引こう」

「よかった。あるじさま正気にもどられましたか……ごめんなさい。えーっと?」

「あ、わ、わたしはアカネと申します」


 よせばいいのに、クロは邪教徒の手を引いて立ち上がらせる。


「で、何か御用ですか? 見ての通り、あるじさまはちょっとした病気で」

「主様、ということは結構なご身分の方なのです……? その、私は魔術所で符術を専攻していて、学費に困ったから買ってもらえないかなー? って」


 少し落ち着いてきた。こんな世界だ。きっとコレもそういう生物であって、別に御猫様を模倣しようとした訳ではないのかもしれない。


「つかぬことを聞きたいのだが、この国に猫はいるのか?」

「えっ、何それ、動物の……?」

「そうだ」


 そういえば、魔物以外では、馬以外の四足獣といったものを見た覚えがない。


「あっ、兄ちゃん、この耳を見て言ってるの? 駄目だよそういうのは。猫と一緒にするなんて差別だよ」

「そうだね、済まなかった」


 そう。御猫様に対して失礼である。

 やはり、この目の前にいるのはそういう生物に過ぎない、というのが解った。

 根は悪い者ではないのかもしれない。彼女もまた理解者だったのだ。

 この世界にも御猫様が居る、という喜びと共に、誠意をもって頭を下げた。


「お、おう。ねぇ、あなたの主様っていつもこの調子なの?」

「いつもこう、という訳ではないのですが……ちょっとした病気で」


 顔を上げると、今度は可哀そうな人を見る目を向けられた気がしたが何故だろう。

 さておき、改めて観察すると、その少女は三角形の耳に短めの赤い髪をして、健康的な肌に少々そばかすを浮かせた少女である。

 歳の頃は見た目で言えばクロと同じか少し下くらいで、それにしては理知的な色を浮かべた翡翠色の瞳をしている。

 瞳孔は、今は明るさのために引き絞られて縦長だ。

 服装は、短めの和服にハーフマントのような肩掛けを羽織ったもので、服の裏地にはところどころに梵字のような何かが書いてある。


「で、何の用だったのかな?」

「話、聞いてなかったみたいだね」


 彼女は、空を仰いで溜息をついた。

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