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第13話「やっぱりこうなるんだね」

「で、だ」

「はい」


 僕とクロは、布団の上で向き合っていた。正座である。

 結局、コンを一人部屋に、僕らで相部屋を使うことになった。

 別に色っぽい話ではない。例の、魔力吸収の話である。


「毎回落とされるというのはちょっと抵抗があるのだけれど」

「いえ、前回はやりすぎただけで、今回はもうちょっと控えめにできるかと……」

「どうしてそこで目を逸らすのかな?」

「お察しください」


 先ほど、お風呂屋から帰っている最中にお腹が空いたとのたまいだし、舌なめずりでもしそうな顔でこちらを見てきた時にはゾッとしたものだ。

 今は少し落ち着いているが、もじもじとしつつこちらを見る目は、時折、獲物を見るそれのようである。


「あるじさまに使われるとお腹が空くみたいで」

「やっぱり、あの切れ味とかは魔法的サムシングなのか」

「ええ、多分。そもそも私、真剣じゃありませんから」

「へ?」


 初耳である。真剣ではないのに切れていたのか。


「私は元々、模擬刀ですよ? あるじさま」

「そうだったのか……」


 それは間違いなく魔法だ。


「魔剣か」

「何かニュアンスがおかしい気がするのですけれど」

「そういえば、魔力が足りない時もお腹空いた、って言っているけれど、普通のご飯はどうなの?」

「ご飯は別腹ですね。この体を維持するにはやっぱり必要みたいで」


 目の前の明らかに人間っぽい肉体は、やっぱりある程度、生物と同じものらしい。


「じゃあ、クロを使わなければ、血を吸われないで済む……?」

「え!?」


 クロが大声を上げて固まった。完全なフリーズである。


「いや、だってそういう事でしょ?」

「そ、そ、それは、そうかも、しれませんが」


 顔から血の気が引いた、と思ったら、唇をわななかせている。


「そんなこと、しませんよね? よね?」

「どうしようかな……」


 クロはがっくりと顔を下に向けた。


「そ、そうですか……私は用済み、ですか……」

「そこまでは言っていないけど……って、え!?」


 ぽたぽたと、布団に水滴が落ちる。まさか、泣いているのか。


「そう……私なんて……どうせ……」

「ちょ、ちょっと待って! クロ!」


 焦る。まさか泣かれるとは思っていなかった。

 考えてみれば、クロは初めから僕に付き従ってくれていたし、常に自らは道具であると言い続けていた。

 それを誰よりも僕から否定されれば、とてもショックだろう。

 ばっ、と顔を上げたクロの目は、煌々と紫の魔力の色に輝いていた。


「こうなったら、あるじさまを殺して私も死にますー!」

「ちょっと思い切りよすぎない!?」


 飛び掛かってくるクロに押し倒されてしまう。どこにそんな力があったのか。これも魔力か。

 その細い指が、僕の首にかかる。見下ろしてくる顔は、影になってよく見えないが、ぽたぽたと落ちてくる涙が顔に当たった。

 ああ、でも、彼女に殺されるなら悪くないかもしれない。一瞬、そう思ってしまった。

 なぜだろう、ここに来てからは生きているという実感がどこか希薄だし、昔から死ぬことに特に抵抗はなかったように思う。


「ぐす……なんで抵抗しないんですか」

「クロになら殺されてもいいかな、とか思ってた」


 はぁ、と溜息をついて、クロは僕の上からどいた。ぐすぐすと鼻を鳴らして背中を向けて泣いている。


「ごめん、ちょっとデリカシーに欠ける言葉だった」

「良いんです、どうせ私なんか本物にはなれないんです。刀としても、人としても、どうせ紛い物なんです」


 そんなことを気にしていたらしい。とはいえ、僕はその言葉に何とも返せない。

 そんなことはない、と言うのは簡単だったが、だからどうとも言えなかった。


「それでも……」

「それでも?」


 僕が言いかけると、クロはこっちを涙で濡れた目でわずかに見た。その悲し気な様子を見ると胸が痛い。


「僕はクロが居なかったらすぐに死んでいただろうし、居てくれなかったら、こんなに安心して過ごせなかったと思う」


 クロと初めて会ったときには、彼女の事を疑う気持ちも多少はあったが、それは契約の糸を通してすぐに氷解した。

 彼女は無条件に僕を信用してくれているし、力になろうといつも考えていることを知っている。

 僕が僕自身を信じられないなかで、昔からの僕を知っている彼女の存在は、確かに心の支えとなっていた。


「本当ですか? 私は役に立てていますか?」

「本当だよ。だから、ごめん。冗談でも言って良いことじゃなかった」

「あるじさまー!」


 今度は抱き着いてきた。その軽い体を抱きとめる。

 そうだ、僕は彼女の事が――がぶっ、と音が聞こえた。


「あー、やっぱりこうなるんだね」

「ゆるひまひぇん」


 許しません、だろうか。噛みついているからちゃんと喋れていない。

 そういう愛情表現はどうかなー、とまたも軽口を叩こうとしたが、首筋から力が抜けていく。

 慣れてみれば、意外と気持ちいいかもしれない。締め落とされるときはそうだ、と聞いたことがあったっけ。

 布団の感触を頬に感じる。瞼が重くて開いていられない。


「あばばばばばば」

「全く、あるじさまは酷いひとです。私の事は忘れているし、使わないとか言うし。でも……」


 薄れゆく意識の中で、クロが何かを呟くのが聞こえた気がしたが、それを最後まで聞くことはできなかった。

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