第12話「……と、思っていたのか?」
「……と、思っていたのか?」
「何の話だ?」
「いや、何でもない」
結局、帰りにさらに二、三匹の集団に二回襲われた。魔石五個の収穫である。
行きでぶつかっているのだから当然と言えば当然なのだけれど、おかげさまで結構な時間が取られた。
「もう昼と言うよりもおやつ時だよね」
「いや、もう七つ頃だろう」
「えっ?」
「えっ?」
「……ああ、八の刻と間食ってことですね」
微妙に認識がすれ違いつつ、ようやく入り口に戻ってくる。
流石に衛士のおねーさんはもう交代したようで、入り口には似たような恰好をしたお兄さんが立っていた。
彼に割符を返して、迷宮を後にする。なかなか、面白い体験だった。
割符を返す時に遊園地のアトラクションでチケットを渡す様を思い出して、少し笑う。
「とりあえず、これからどうするの?」
「まず、万屋で魔石を換金しなくてはならないな」
「そういえばお金ありませんでしたね」
そうだった。コンに至っては一文無しである。
「その後は食事にでもしようか、この時間でもやっている茶飯屋があるんだ」
「茶飯?」
お茶漬けのようなものだろうか。さておき、万屋に足を向け、街に戻る。
道中で街を見回すと、本当に活気のある様子がわかる。
屋台はもちろん、開かれた店の扉の中を覗けば様々な商品が見え、街道には通行人があふれている。
天秤棒を持った商人がなにがしか歌うような調子を付けて品物を売り、男性が角材を肩にえっほえっほと歩いていく。
それらが混ざってざわざわとした喧騒となり、それをのんびり茶屋で眺めている少女が居たりなどもする。
小川を渡る橋を渡っている最中には、子供たちが何をとっているのだろう、きゃいきゃいと楽し気に、裾をからげて水の中に手を差し入れているのも見えた。
長屋の井戸端では洗濯板でごりごりと洗濯物をしている人たちが居て、きょろきょろしている姿がおかしかったのか、目が合った時に笑われた。
そんなこんなで歩いていれば、いつの間にやら万屋である。
「どうしよう、クロ。どう歩いてきたのか解らない」
「あるじさま、安心してください。私もです」
前を歩くコンの耳に届かないようにこそこそと主従で話す。
クロがまったく安心できないようなことを言っているが、本当にどう歩いたものか解らない。
というのも、道が複雑に絡み合っているのだ。大通りを抜けてしまうと、無計画に建物を作ったかのような様である。
どうしよう、この街の道をまったく理解できる気がしない。
「もしかしてこの街も迷宮」
「あるじさま、ただの方向音痴かと」
「この調子で大丈夫なんかなぁ」
「いや、お二人とも腕は確かであったので、戦力として頼りになる……と思う」
魔石を受け取ったミカが、僕らの話に呆れたような目を向けてくる。
相変わらず見事につやつやの耳と尻尾である。
「ま、その辺りはコンはんが頑張ってぇな。ちいと待っててな、今、値段出すんで」
魔石を取り出して何をするのかと思えば、天秤に乗せて重さを測ったかと思うと、一つ一つ持ち上げて光にかざして見たりしている。
聞けば、重さと品質で査定をしているとのこと。大きければ大きいほど、澄んでいればいるほど高価値になるものらしい。
「せやなー、しめて千八百……五十文ってところやな」
「一人六百文ちょっとか」
「うん、一日目にしては良い稼ぎやな。確かに頼りんなるようやな」
心なしか満足げな様子で微笑を浮かべて、ミカはこちらを見ている。
瞳孔が開いてからきゅっと狭まるそれは、獲物を見る獣のそれのようなのでちょっと恐いのだけれど。
「残り五十文は返済に充てようか」
「いいの?」
「ああ、伍は」
「お互いを助け合うもの、ですね」
クロもちょっとはコンに打ち解けてきたのか、言葉を引きついだ。
昨日も言っていたが、コンはこの言葉をよく使いたがる。
「ありがとう、じゃあ、そういうことで」
「別にまとまって出来てからでもええけど、ま、貰っとくわ」
残り千九百五十文。そう考えると多そうだけれど、この調子で稼いでいればあっという間にも思える。
「まだまだ買わなきゃいけないものも多いからねぇ」
「そうですね。宿賃もありますから……」
「潜り屋は稼ぎが良いように見えて、意外と物入りも多いからな」
「せやから、初めにちょびっとやけど貸し出してるんやがなー」
「実際、お金貸してくれるのはありがたいよ」
素寒貧でどうしよう、という所だったから、本当に助かった。
コンと会わず、ミカの万屋がなかったらどうなっていたものやら。
「そう思うんやったら、うちをごひいきに頼むで」
「こちらこそ、これからもよろしく」
改めて頭を下げると、口元を隠してミカはころころと笑った。
「何か変な事言ったかな?」
「いやいや、ええ人やな、兄さん」
「うん?」
首を傾げるとさらに笑われた。
「どういう事なのだろう」
「さあ、私にも解らないな」
茶飯屋で注文したものを待つ間に、コンと共に首を傾げる。
クロは特に何も言わず、今は湯呑を傾けていた。中身は緑茶である。
番茶、と言っていたが、いまいち違いはがわからない。
「そ、そのぅ、お待たせいたしました」
「おお、トビ、元気にしていたか」
「は、はい。コンちゃんも元気そうで」
食事をお盆に乗せて持ってきた給仕の女の子は、茶色の髪に兎の耳をしていた。
久々に落ち着いた色合いの髪色で少し落ち着く。頬にすこしそばかすの浮いた顔で、髪をゆるく編んでいた。
美人、というより可愛いといった様子の彼女はおどおどとした様子で、くりくりとした目をあちこちに向けている。
着ている和服と前掛けは店の制服だろうか、膝のあたりまでの短いものである。
「あれ? コンの知り合い?」
「ひうっ」
怯えられた。お盆で顔を隠して一歩引く。正直、ちょっと傷つく。
「あわ、あわわわ、ちが、違うんです。ごめんなさいー!」
そのままパタパタと足音を立てて走って行ってしまった。
「何か悪いことしたかな」
「トビはどうにも引っ込み思案でな。昔は一緒に迷宮に行ったりもしたのだが」
「へぇ、そうは見えなかったけれど」
「あれでかなりの力持ちでな、まさかりを振るい魔物を一掃する姿は……」
まさかりって昔話の金太郎が持ってるあの斧みたいなものだったか。人は見かけによらないものだ。
「……まぁ、冷える前に食べようじゃないか」
茶飯、というのはどうやら炊き込みご飯だったようだ。
味噌汁、漬物、豆腐のあんかけと共に供されたそれには、栗や大豆が加えられ、お茶の香りがほんのりとした。
「もう夕飯まで二時間もないのに、これだけ食べても大丈夫かなぁ」
「運動もしていますし、大丈夫じゃないでしょうか」
「何を言っているんだ、運び屋は体が資本なのだぞ。これくらい食べて力をつけなければ」
コンは早速とばかり料理に口をつけている。彼女の健啖っぷりはもう知っているから、その言葉は聞き流しておいた。
僕も何かの菜ものが入った味噌汁を一口、茶碗一杯に盛られた茶飯に向かう。
米と栗や大豆とどちらがメインなのか解らないけれども、食べてみれば素朴な味が口内に広がる。
ともすれば飽きも来そうな味付けだけれど、お茶の風味がさわやかさを感じさせる。
そして付け合わせの豆腐のあんかけが実に良い。控え目な塩味だけれど、それが豆腐の甘みを引き立てている。
「これは美味い」
「だろう? ここは私も良く使わせてもらっているのだ」
どれもこれも、素材が良いのか新鮮なおいしさである。これで六十文ほど、と言うのだから驚きだ。
桜国では茶飯売りなどという行商もいるらしく、メジャーな食べ物のようである。
「明日からは五層に潜ってみるか」
「いきなり階層飛ばして大丈夫なの?」
「ロウ殿とクロ殿なら問題なく行けるだろう。何、私も五層には何度か行っているから大丈夫だ」
稼ぎには良い層だと聞いているし、悪くない話だった。
「そうだね、明日もよろしく」
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
今、何となくミカが笑った理由が分かった。
頼んだ相手に頼まれるというのも何か可笑しいものだった。