プロローグ「自分とは何だろうか」
――暗い闇を、ただ進んでいた。
その場所は、ただ暗かった。いや、暗いのか明るいのか、そもそも自分の目は見えているのか。
上下左右の感覚もなく、前に進んでいる、という確信すらもてない。
風一つなく、思えば、地面や空気といった存在すら感じてすらいない。
その中で前へ進む、というのは両の脚ではなく、ただ心持ちに思えた。
――いや、両の脚とは何だったか?
時の流れは遅いとも早いとも知れず、気づけば、ただただ同じ場所を揺蕩っているだけに思えた。
前に進まなければ、という思いだけが募り、どうして自分がそこにいるのか、前へ進まなければならないのか、といった理由は、当の昔に忘れていた。
――自分とは何だろうか。
存在とは何か、無とは何か、ぐるぐると、終わりなき迷宮のような思考が巡り廻る。
永久に続くかのような自問の中で、全てが溶け出していくようだった。
『ほう、久しいのぅ。迷い子が来たか』
どれほどの時が経ったのだろう。それは永遠に思える空白の後に聞こえた。
『どれ、わらわが拾い上げてやろう』
光が、見えた。真っ白な、暖かい光に包まれて、ただそれだけが総てを埋め尽くしていた。
それは如何にも眩く、声は総身を撫でていくように優しかった。
『ほう、ほう。随分と擦り減ってしまって……何?』
ふと気づけば、小さく黒い光の玉、そうとしか見えない何かがひとつ、僕の周りを飛び回っていた。
自分と他者、光と音。少しずつ、意識が明瞭になっていく。
それでもふわふわと、どこか夢見心地で、僕はこの行く末を見ていた。
『面白い、まこと面白い魂であるの』
声は、ころころと笑っている。
『あいわかった、我が世界へぬしらを誘おう。そう、主の名は、ロウだ』
その言葉を最後に、光は遠ざかっていき、僕の意識は今度こそ喪われたのだ。