第五話 演目 宮大工
縁達は宮大工の元へと向かった。
事務所には巨大な倉庫とブルーシートに包まれた材料が置かれている。
「ここだ、お、居た居た、大工の棟梁」
ねじり鉢巻きを巻いて、法被を着た動物の兎が一人で作業をしていた。
「んん? この気配……縁の坊やか? うお!?」
棟梁は振り返り、縁を見た途端道具を落としてしまった。
縁は慌てて近寄って道具を拾い棟梁に渡す。
棟梁は縁の顔をジッと見ていて、信じられない様な顔をしていた。
「ど、どうしました棟梁?」
「お、お前……本当に縁の坊やか?」
「はい、お久しぶりです」
「噂は色々と聞いていたが、こいつは……縁様って呼ばねぇと罰当たりだな」
棟梁は今の縁の実力を見抜いたらしい、だが縁はすぐさま嫌な顔をした。
「やめてください、俺はそこまで位は高くないんですから」
「馬鹿野郎! 今のお前さんは実力と位が合ってねぇんだよ! さっさと位を上げろ!」
「だったら縁の坊やでいいですよ、神の位が高くなったら様で読んで下さい」
「……言うようになったじゃねーか」
「ねえねえ福さん、神の位ってどうやってあげるの?」
「ふむ、もっとも簡単なのは上位の神とのけっ――」
「ダメです、縁は私の夫になる人です」
「反応が早いの、後は……神々の会議とかで決めたりかの? とは言え人の世の認知もかかわってくるが」
「なるほど」
「まあ縁は偉くなる事は望まなじゃろう」
「正直、人には愛想が尽きたから拝まれたくはない、知らない他人より知ってる身内を助けたい……でも神だから仕方ないのかもな、知らない奴を助けるのも仕方ない、頼みしかしない奴は勘弁だが」
縁の言葉を聞いて、棟梁、福、兄貴は今まで見守ってきた親の様に微笑んでいた。
「……縁ちゃん、成長したの」
「ああ、昔の縁なら『人は敵だ、俺に信仰心を与えるだけの存在だ』とか言ってたのにな」
「懐かしいな、最初は縁の神社は怒りを鎮めるためだったな」
棟梁は自分の神社という言葉に気付いた。
「おうおう、懐かしくてついつい話しちまったが、おめぇさんの神社の話をしに来たのか? だとしたら絆の嬢ちゃんには言ったがちょっと時間をくれ、仕事が立て込んでてな」
「いえいえ、俺達は急がないからいいですよ、追加のお願いをしに来ました」
「追加のお願い?」
「兄貴の摂社を建てる話が出てね、追加で依頼したい」
「……ほう、摂社とは……本当に変わったな」
突然棟梁は男泣きをしてしまった。
ねじり鉢巻きを解いて涙を拭いている。
「棟梁……何で泣くんですか」
「縁の坊や、今だから言うが……神の怒りを鎮める神社ってのはな? 怖いんだよ、建てる方もな」
「あ~ちょっと的外れかもしれないけど、飲食店で例えるとブチギレているお客に、料理提供するようなもん? そりゃ怖いわ」
「はっはっは、風野音の例えにのるなら、ぶつくさ文句言いながらも食べて、クソみたいな感想を言って支払い済ませて帰る常連って所か」
「うわ~来ないで欲しい!」
「……それがな縁の坊や、絆の嬢ちゃんから『良き縁を守り、悪しき絆を断つ神社』に建て直しって聞いた時は耳を疑ったぜ」
「棟梁、今度は神社を大切にする、よろしくお願いいたします」
「てやんでぇ! ちくしょう、今日は店じまいだ、その摂社の詳しい話は兄貴とするから今日はけえんな!」
「え! とう――」
縁が言葉を続ける前に、棟梁はまさに脱兎の如く事務所へ逃げてしまった。
「ありゃりゃ、とりあえずここから――おや?」
風月は後ろからの視線に気付いた。
振り返ると兎の子供達が物陰からこちらを見ている。
無論動物の兎から人型まで様々だ。
「お客さんだ」
「お客さんだね」
「あれが縁様? 人の世ではあの服装がナウいの?」
「あ! 兄貴だ! 病気治ったのかな?」
「あのお姉さん速そう!」
「草原の力を感じる!」
「それ風じゃね?」
兎の子供達は外からの風月に興味津々な様だ。
「おやおや、子供達に見つかってしまったわい」
「福さん、見つかって別に悪い事してるわけじゃないでしょ」
「まあそうじゃがの」
「よしよし、見聞を広める為にゴー」
福を抱っこしながら風月は子供達の元へと歩いた。
少し緊張している子供達に、風月は笑顔で挨拶をする。
「こんにちは」
「こ、こんにちは!」
「あ! 海渡様を抱っこしてる!」
「ダメなんだよ! 海渡様は偉い神様なんだから、抱っこはダメ!」
「ふっふっふ、まあ待て子供達よ、ワシが頼んだのじゃ」
その一言で風月を見る子供達目が変わった。
この兎の園で一番偉い兎が、抱っこをお願いした客人になったのだから。
「いいなー!」
「お姉さんは特別なの?」
「ズルい」
「海渡様、あそぼー!」
「お姉さんも一緒にあそぼ!」
「おおう、熱烈な歓迎だね~」
「風野音殿、私の代わりにこの子達と、かけっこしてくれんかの?」
「お、いいね~」
「海渡様は?」
「様は~?」
「わかったわかった、ワシも後で走るから」
「わーい!」
「今度は負けないぞ!」
子供達とかけっこをする為に公園へ。
公園と言っても本格的に競技用のトラック。
その隣にはだだっ広い草原があった。
風月は子供達と草原でおいかけっこををする。
子供達とは言え兎の神様、もしくはそれに近い存在。
風月もそこそこ本気を出して子供達と遊んでいる。
縁達は離れた場所でそれを眺めていた。
「縁、本当にお前さんは変わったな」
「どうしたんだ兄貴?」
「今のお前からは、人に対しての怨み辛みよりも、彼女を大切にするという覚悟が伝わる」
「そりゃ他人恨む時間より、彼女と居る時間の方が大切だからですよ」
「ふぅむ、忠告じゃが近い将来困難が待ち受けている」
「ええ、何なくわかります」
「そうか……人と神のハーフは大変じゃの?」
「人としてある程度の運命は受け入れますよ」
「ふむ?」
「将来お前は俺達に危害を加えるから排除する、と、お前は俺達に危害を加えたから排除するは違うでしょ」
その昔、縁は絆の敵を問答無用で滅びゆく幸運を人に渡してきた。
神の力で将来絆に危害を加える者達もその時幸運にしたのだろう。
だが、それを繰り返した所で終わりは無く、人の世で生きるのは不可能。
様々な人の出会いが縁にいい影響を与えたのだろう。
「とは言え、結びさんと俺の幸せを邪魔するなら別だ」
「どうやら心配無用じゃな」
「だな海渡様、ただな縁? お前は見守ってるよ」
「ありがとう兄貴」
「お前はこの後どうすんだ?」
「グリオードの所に行こうかと、お礼とか色々ね」
「そうか」
子供達と思いっきり遊んだ風月と、今度はグリオードの国へと向かうのだった。