第五話 幕切れ 斬銀先生の肉体強化講座~赤鬼~
一本槍と斬銀が向き合っている。
真剣な表情や雰囲気に周りも息を吞んでいた。
何時も通りの、ちょっとおちゃらけた雰囲気ではないからだ。
「一本槍、縁から聞いたが、俺の『赤鬼』を使えるらしいな」
「正確には将来使える様になるです」
「ふむ、使い方は知ってるか?」
「いえ、斬銀先生に直接許可を貰ってないですし、安易に使える力ではないと思いました」
一本槍の返答に斬銀は感心して、大きく頷いている。
スファーリアは何時も通りの無表情だが、どことなく嬉しそうで縁も同様だ。
「そうだ、お前の使った赤鬼は、元々は名前の無い禁術だった、それを俺が改良した」
「改良してあの負荷……元々は凄い対価を求められたんですか?」
「まあ簡単に言えば、本来は死ぬまで筋肉が膨張し続ける」
「それを斬銀先生は使える様にしたと」
「ああ、力は制御出来て力だ」
「はい、風月先生に厳しく言われています」
「ふむ、風月の名前が出たからついでに教えておくか」
「何をでしょうか?」
「風月は常に複数の禁術で身体を強化しているのは気付いたか?」
「え? そうなんですか?」
ついつい一本槍はスファーリアを見た。
スファーリアは絆達に音の授業をしている。
「ああ、何故平然としていられるかわかるか?」
「完全に力を制御出来ているのと、耐えられる身体をしているからですね」
「うむ、羨ましいか?」
「正直羨ましいですが、想像を超える修行と時間が必要でしょうね」
「そうだ、努力して、血反吐を吐いてるから使えるんだ、俺の力もそうだ」
「……」
複雑な表情をする一本槍、自分は他人の努力して凝縮した技術を教えて貰っている事。
学生の身分とはいえ、学問も同じなのだろうが、教科書に載っているのはほとんどが逝去している。
技術を持っている人が目の前に居れば、多少なりと申し訳ない気持ちにもなるだろう。
「だが自分の開拓した力を自分の代で終わらせる、これは自分の本当の死を意味している」
「本当の死……ですか」
「俺の赤鬼も、元は名もない禁術、一番最初に使った奴は何かしらの名前は付けたと思うんだけどな、まあ勝手に改良しちまったが」
「……」
「まあ勉強なんて、先人達の知恵を誰でも使える様にしたり、わかりやすくしたりだ」
「教えて貰っている立場で言うのもなんですが」
「ん?」
「悔しいとかはあるんでしょうか、自分が苦労した努力を容易く使われる事に」
「ふむ、そこは人によって考え方は違うな」
「斬銀先生はどう考えていますか?」
「俺か? ちゃんと使いこなせるなら教える、いいか? 他人の技術を簡単に使えると思うなよ?」
「はい! 僕の慢心は毎回風月先生に打ち砕かれています、そこは大丈夫です」
「あーちなみに……どうやってだ?」
「『調子になるなら、私を殺せる様になってからにしろ』って言われています」
「まず普通の人間にゃ~逆立ちしても無理だな」
「ええ、ですから目標でもあります」
「ま、言葉を聞く感じお前さんなら大丈夫だろう」
斬銀もただ一本槍と話していた訳では無い。
言葉の中で自分の技を伝えていいのかを判断していた。
そして、ニヤリと笑った斬銀。
「よし、ちゃんと使い方を教えてやる、ちょいと頭に手を置くぜ」
一本槍に近寄って行き、頭に手を置く。
その時の斬銀の顔は『お前に扱えるかな?』といった顔をしていた。
「さ、教えたぜ」
「……これは」
「使いたかったら好きにしな?」
斬銀はこの上なく憎たらしい顔をしていたが、一本槍は冷静に言葉を返す。
「いえ、今の僕には……指先の第一関節が精一杯で、やれたとしても一瞬です、これが禁術」
「下手に使うなよ? 風月にどやされるぜ?」
「ですが、使わなければ実戦でも使えません」
「まあそりゃそうだ」
「ですので、縁先生、スファーリア先生、僕に力を貸してください」
一本槍はスファーリアと縁の方を向いて一礼した。
「も――」
「私達も力を貸しますわ!」
スファーリアが何か言う前に絆がドヤ顔で答えた。
「この筋肉クソダルマに一撃与えるなら、演奏術で補助します!」
「……ファリレント、これ俺らもやる感じっすね」
「……お姉ちゃんもやる気満々みたい」
「え?」
何時の間にかスファーリアの周りには、様々な楽器が浮いていた。
「丁度いい、私も支援系は最近してなかった、ツレ君、さっきのガイコツさん達を呼べる? 演奏を手伝ってもらいましょう」
再び実習室の入り口から、ガイコツ達がノリノリで入ってきた。
浮いた楽器達は吸い寄せられる様に、ガイコツ達の元へ行く。
簡易的なオーケストラの完成で、スファーリア達は音を奏で始めた。
「おいおい俺を殺す気か」
「風月をお遊びで退ける貴方の力、この程度大丈夫でしょ」
「いや、あの手合わせも結構疲れたんだが」
それを見ていた石田夫婦が何か話している。
「ふぅむ、婆さんや、ここはワシらも力を貸してはどうかな?」
「そうしますか、お爺さん」
石田薬味が一本槍に近寄っていく。
背中に背負っている大きな薬入れから、一つの赤色の液体が入った小瓶を出した。
「はい、一本槍君、これを飲みなさい、身体強化をしてくれてるわ」
「わかりました」
疑いも無く一気に飲み干す、それを見て薬味は元の場所へと戻る・
「ではワシからはちょっと助言をしようかの」
今度は石田守善が話しかける。
ニコニコと笑顔だったが、目を見開いた。
お年寄りとは思えない威圧を放っている。
「槍の様に貫くお主の技、対象者を含む、前方全てを貫き滅ぼせ」
「それが無理なら?」
「自分が殺される事を考慮して、ただではやられない……だ」
「わかりました」
一本槍は石田夫妻に頭を下げる。
石田夫婦は何時ものニコニコしていた。
今度は縁が話しかける。
「一本槍君、君の兎術を使ってくれ」
「兎術ですか?」
言われるままに兎術を使って兎を召喚した。
ハチマキを巻いた兎が現れる。
「この間見た時に、そのこに名前があったよな?」
「はい、『継続』という名前です」
「何故その名前に?」
「……先生達に迷惑をかけたあの時に、僕の兎術が先生達の所まで『継続』するかを考えていて」
「なるほど、だから継続なのか」
縁が目をやると継続は、この名前だから届いた!
と言わんばかりにドヤ顔をしている。
「一本槍君、兎術の応用の仕方を見せてやろう」
「応用ですか?」
「右手を上げてくれ」
「あ、はい」
継続は一本槍の身体をよじ登り、右手に抱き着いた。
「兎術」
縁がそう言うと、継続の身体光った。
徐々に形が変わり、籠手へと変化する。
その形はシンプルで、どことなく兎の手をモチーフにしていた。
「こ、これは?」
「ちゃんとした名前は無いが、兎術を武器防具に変化させるものだ」
「な、なるほど」
「兎術は名前が力になる、継続という名前、君の信念、戦う努力をしてきた君の『継続』の力だ」
力説している縁だったが、一本槍は籠手を見て困惑していた。
「と言っても縁先生……何がどう継続されるんですか?」
「難しく考えるな、言葉通りだ」
一本槍はシンプルに考えた、継続という言葉の意味を。
単純に考えれば何かを続ける事だ、それに気付いた一本槍は声を上げた。
「それって凄くないですか!?」
「今回は俺が手を貸すが、そのレベルに達するには正に『努力の継続』が必要――」
「待て待てクラス総出で相手かよ、だったら俺も本気でやるぜ?」
黙って聞いていた斬銀は、しびれを切らしたのかため息を吐いた。
そして――
「赤鬼!」
斬銀の身体が一瞬にして肌が赤色、元々ムキムキだった筋肉は膨張する!
まさに妖怪事典に載っていそうな赤鬼になった!
「一本槍、出し惜しみ無しで来い」
「わかりました、殺します!」
「殺す勢いじゃないのがいいな、来い」
斬銀は余裕そうに笑っている。
一本槍は右手を槍の様に構えて、走り出す用意をする。
そして右手の見えている部分が、斬銀と同じ様に赤くなっていく!
「高山流水の槍!」
そう言った時には物事が終わっていた、凄まじい速さだった。
一本槍の右手の突きは、斬銀に容易く両手で掴まれている。
少し遅れてバシンと音が響いた。
「ほう、高山流水か、巧みな音楽や絶妙な演奏、また、自分を理解してくれる真の友人、清らかな自然の意に用いられる四文字熟語だな」
斬銀はニヤニヤと笑いながら話をしている、全然効いてないようだ。
他の人の力を借りても、今の一本槍では斬銀に傷は付けられない。
「見事だが、俺には届かないな」
「先生が教えてくれた絶滅演奏体術に死角はありません、受け止める音を出したのは失敗しましたね」
「ほう……これは」
一本槍の手を放して身体を確認する斬銀。
色々と納得してまたニヤリと笑った。
「先程絆が演奏した筋肉痛か?」
「それは建前ですよ」
「ぐっ! これは!」
斬銀は一瞬だけ苦痛の表情をしてよろけた。
「これは演奏術の『根絶』か!」
絶滅演奏術『根絶』
告白した時に縁が斬銀に放った演奏術。
身体の内部から音が徐々に身体を蝕んでいく。
対処としては、音を出させないのが正解だ。
「見事だ……だが、根絶は解析済みだ」
斬銀は身体を所々をツボマッサージの様に押し始めた。
少しして、首を傾げながら続けている。
「……何故治らん? これは縁の力か」
「はい、僕の兎術、継続の力を使わせてもらいました」
「おいおいお前達の生徒は何なんだ? いい応用の仕方じゃないか」
斬銀は赤鬼を解除して大笑いをしている。
そしてスファーリアの方を見た。
「参った参った、スファーリア助けてくれ」
「管轄外、縁君に頼んで」
笑って答えて演奏を止めたスファーリア達。
スファーリアよりも絆はいい笑顔をしていた。
一矢報いたからだろう。
「……助けてくれ縁」
「その前に一本槍君、ここで横になってくれ」
「はい」
一本槍は縁が用意していた何時もの回復シーツに寝転ぶ。
そして何時もの宝玉を持たせた。
「よし、解くぞ」
縁は手を合わせると、篭手は消えて右手も赤く無くなった。
もしかすると、縁が兎術を解くまでずっと『継続』していたのでは?
そう考える一本槍だった、そしてふと口にした。
「そういえば僕、横になってばかりですね」
「それだけ身体に負荷がかかる事をしてるんだ」
「あ、斬銀先生には今度お礼を」
一本槍は斬銀の方を見る。
斬銀は一本槍に近寄って見下ろした。
「お礼? いら……おお、じゃあ一つ頼まれてくれないか?」
「頼みですか?」
「ああ、武術の交流会があるんだよ、それに出でくれないか? 人があまり集まらなくてな」
「え? 逆にいいんですか?」
「もちろんだ、珍しい技を使う奴らが集まる」
「おお、例えばどんな人が?」
「ふむ、つまらないギャグを言うと、文字通り全てを凍らせる奴とか……な、そいつは審査員だけども」
「これはまた珍しい!」
目をキラキラさせている一本槍に、スファーリア達もやってきた。
「善は急げ、交流会を運営する人達とお話しとかなきゃ」
「授業はいいのか?」
「風月に任せればいい」
「身体が二つあるって便利だな」
本日ゲストを呼んだ授業はこうして終わったのだった。