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皇太子の真意  作者:
4/11

赤狼の絶対

バージェス編


 『白銀の鷹』本部である屋敷は、ほぼ城塞と化している。

 元は地方豪族の屋敷で、それなりの設備が成されていたがディリウスが好き勝手に改造した為、国防の砦並みの強度と防衛戦装備を充実させている。外見的には以前と何も変わっていないが。


 跡取りのいない地方豪族が、助けてくれたバージェスに全ての後を譲った、と周辺住民には知られている。現実は、そんな綺麗ごととはかけ離れているのだが。


 鍛錬場に成り代わった屋敷の庭で、大剣をふるって団員を鍛えていたバージェスは、全員に休憩を申し渡して息をつく。

 ゆっくりと視線を宙に向けて、眼光鋭い瞳に懐かしむような光を浮かべると緩やかに笑みを浮かべる。

 脳裏に浮かぶのは、この屋敷で初めてディリウスと会った時の事だ。




 傭兵は、個人で活動している者もいるがクランという複数人の隊編成で活動している者もいる。

 バージェスは後者だった。

 元は一人だったが、あるきっかけでアイオンと仕事をするようになり、クランを結成するに至った。当時は、アイオンの弟妹は言葉もまともに話せないほど幼かった為、メンバーは結成できる最低人数である五人しかいなかった。初期からいるメンバーは、クラン代表であるバージェスとアイオンだけだった。

 結成からしばらくして、バージェスはルイゼンシュルト皇国の地方豪族が引き取った娘の護衛を依頼された。

 身寄りのない少年少女を遠方から引き取り、教育を施しては方々に奉公に出したり相性のいい家に養子に出したりしているらしく、慈善家として老齢の地方豪族は知られていた。

 だから、バージェス達もまさかあんなことになるなんて考えてもいなかった。


 屋敷に娘(13歳)を送り届け、一泊させてもらうことになったバージェス達は、その夜、甲高い劈くような悲鳴に飛び起きた。

 傭兵として野宿も多い為、気配に敏感になっていたバージェス達は、武器だけを手に声の方に駆けた。

 行き着いたのは豪族の部屋。

 わずかに開いていた扉を開ければ、バージェス達は固まった。


 前合わせの夜着をくつろげ、ほぼ裸状態の豪族と頭から血を流して倒れている娘。

 娘が着ている薄手の夜着は乱れ、一部は破れていたりしている。

 豪族の手には血の滴る木彫りの置時計。


 状況は、簡単に理解できた。理解した瞬間、バージェスは豪族を殴り飛ばし、アイオンは娘に駆け寄って脈をとる。まだ息があったようで、その場で救命措置を行い始めた。

 だが、その行為は強制的に中断されることになる。

 豪族の雇っている私兵により、バージェス達は取り押さえられたからだ。


 豪族は10歳から15歳の少年少女を引き取っては、抵抗されぬように体に力が入らない薬を盛り、犯し痛めつけるのを趣味としていた。

 好々爺とした仮面の下に、下卑た残虐性を隠し持っていた醜悪な人間。

 養子に出したりしていたのは、飽きたのと同じ趣味を持つ者達に売り払っていた為だ。

 今回、娘が薬の効きにくい体質だった上、必死の抵抗をした為にこんな事態となった。


 ふらつきながら起き上がった豪族は、本性通りの醜悪な笑みを浮かべてバージェスに詰め寄る。

 どろりと絡みつくような欲と怒りに支配された声が、バージェスを屋敷を襲い娘を犯し殺した犯人として処刑しよう、と思い付きのままに口走る。

 怒りのままに睨み上げ、声を上げようとした時、カエルが潰れたような悲鳴と共にバージェス達は自由を取り戻した。


「なるほど、それは良い筋書きだ。だが、手直しが必要だな。そう、赤狼率いるクランは依頼主の危機に駆けつけ、屋敷にいる皆を救ったが、依頼主は深手を負い瀕死となっていた、と」


 変声期前、どころか性別さえ判然としない年頃の子供の声が、笑みさえ含んでその場に響いた。


 ヒュッ、と何かが空を切る音と、タタッ、という水滴が落ちる音に視線を向ければ、一目で業物と分かる白刃から鮮血が滴っていた。

 そのすぐ傍で、右肩から先を失った私兵が倒れ呻いている。

 白刃から視線を上げれば、声の通りに稚い年頃の笑みを浮かべた美貌の少年がいた。

 バージェスには誰だかわからない。だが、豪族も屋敷の者も知っている。正確には、見たことがある。

 この土地は、ボードン子爵領に近いから。


 新雪の如き白銀の髪は肩に触れるほどの長さで、美貌と相まって少女にすら見えそうだ。だが、大きな二重の緑青の瞳には、爛々と憎悪と嫌悪の光が灯っていた。


 解放されたバージェスは、思わず息をのんだ。

 あまりにも鋭い苛烈な光を宿す瞳に、気おされていた。それは、戦闘職ではないアイオンならなおの事。青ざめ、固まっていた。

 片膝を立てて立ち上がらないバージェスの横を通り抜け、脂汗を浮かべる豪族に近づいていく。

 恐怖ゆえか、ぶるぶる震えながら動けない豪族の下半身に、少年は白刃を一閃させた。


「ぎゃぁぁぁっぁぁぁっ!?」


 膝下で両足を一刀両断された豪族は床を転げまわり、耳障りな悲鳴を上げる。

 それに反応してか、うっ、と小さなうめき声がアイオンの側から聞こえ、娘がまだ生きていたことをバージェス達は思い出す。

 少年が放つ殺気に似た鋭利な空気に気圧されながら、救命処置を施していく。

 その様子を視界の端でとらえながら、少年は豪族を見据える。


「下衆の声は聞き苦しいな黙れ」


 吐き捨てるように言うと、少年は豪族の脇腹にけりを入れる。

 さらにうるさくなったが、切っ先をのど元に突き付けるとひきつった悲鳴をこぼして静かになった。


「ライト、ルミニア、ドラン、シェンネス、ボネット、ダリア、リーグネス…」


 淡々とあげられる人物の名前に、アイオンを抑え込んでいた私兵が驚愕をあらわにする。蹴り倒されただけである彼に一瞥を向け、少年は豪族に視線を戻す。


「あぁ、これじゃわからないか? だったら、バジュネ商会は分かるか? ルドー男爵、グンドリーネ子爵、ハウゼンシューゼ伯爵……あぁ、分かるみたいだな」


 人名では反応しなかった豪族は、見る見るうちに真っ青になっていく。

 出血の所為だけではないその様子の理由は、バージェス達にはわからない。だが、すぐにその答えは少年によってもたらされた。


「引き取って痛めつけ、犯し、苦しめ、壊した人間の名前は覚えていなくても、その人達を売った先の名前は覚えてるんだな」


 侮蔑の眼差しと声音を向けたまま、少年はふと思い出したように口を開く。


「もう従順に仕える必要はないぞ。お前の妹は保護した。まぁ、まともな精神状態とは言い難いけど」


 安心できない言葉だが、私兵は力が抜けたのか胡坐を崩したような体制で顔を覆ってしまった。

 その姿に気をやるよりも、先にすべきことがある。


「人身売買はれっきとした違法。国に刃向かう重犯罪と定められている。すなわち、反逆罪だ。公にすれば色々と面倒だから、それで告発はしない。全員潰させてもらったけど」


 どう潰したのか、は聞ける雰囲気ではない。


「後は、お前だけだ。ダゲイル・ビュローゲル。その腐った性根、地獄の底で焼かれても消えることはあるまい。―――あぁ、そうだ、一つだけ、感謝してやる。お前が外道でいてくれたおかげで、有能な拾い物が出来たからな」


 姿を現してから初めて、少年は優しい笑みを浮かべた。

 だが、ゆっくりとした動作で持ち上げられたのは、白刃。

 瞬きの後、振り下ろされた白刃によって、豪族・ダゲイルの首は無様に床に転がった。


 呆気なく、非常に呆気なく、悪意の根源は絶たれた。


 全てを理解する暇もなく、目まぐるしく変化した現実に呆然としていたバージェス達に少年は向き直り、晴れやかな笑顔を浮かべる。

 つい数秒前、人を殺したとは思えないほどの笑みを。


 その後、あれよあれよと言う間に、話は作られ整えられ、土地と屋敷はバージェスのものとなった。全て事後承諾だ。

 公にされてはいないものの、その後見はボードン子爵が担い、ようやく、バージェス達は少年の正体を知った。


 銀髪に白皙の美貌の少年が、無気力皇子と称されている第三皇子ディリウスその人である、と。




 衝撃的すぎる初対面に、感慨深くなるよりも遠い目になったバージェスは、背後からかけられた声に現実に戻る。

 振り返れば、あの時からの付き合いになる青年が一人。かつて、アイオンを抑え込んでいたダゲイルの私兵だった青年だ。

 彼は妹を人質に取られ、従わざるを得なかった。その妹はダゲイルの部下の妾として囲われていて、繰り返される暴力的な凌辱に声を失い両足は潰れていた。人に、特に男に対して酷く怯え一定以上近づかれると悲鳴を上げて半狂乱に暴れるようになっていた。今は随分ましになり、現在は孤児の面倒を見ている。

 その様子に、保護されたという少年少女達の現在を、バージェス達はディリウスに聞けなかった。

 ディリウスは青年の妹の状態を、まだまし、と表現したからだ。

 ちなみに、腕を切り落とされた私兵はディリウスの処分対象だった為、ダゲイルの後に首を落とされている。


「どうした、ロディ」


「アイオン殿が呼んでおられます。調べがついたとか」


「そうか。ここを頼む」


「はい」


 青年・ロディに新入り達の鍛錬の様子見を任せ、バージェスはアイオンがいるだろう作戦会議室に向かう。

 足早に向いながら、バージェスの意識は再びあの時に戻る。


 証拠を集め、売られていった少年少女を救い、人身売買に関与した者達を断罪した。

 皇子としてではなく、一人の人間として。

 ディリウスが皇子として動けば、それは功績となり表舞台に立つきっかけになっていただろう。だが、そうはしなかった。

 優秀な兄達に勝とうと思わなかったこと、面倒事を疎んじていたこと、皇子としてではなく感情論であったこと、様々な事を言い募りディリウスは悪党どもを告発せずバージェスを英雄にすることなく事を治めた。

 その際、ディリウスは言ったのだ。


『理や法にお前達を取られたくなかった。俺は俺の感情で動いた結果に過ぎない。お前達がお前達ではなくなる方が嫌だった。まぁ、俺の我儘だ』


 それは、何よりも今のバージェス達にこそ価値があるという事。

 底辺の生まれであるバージェスにとって、何よりも嬉しい、存在肯定の言葉。


 自然、バージェスの口元に笑みが浮かぶ。

 長い付き合いのアイオンも、当時仲間になったばかりだったクラネアも、その言葉にディリウスに興味を抱いた。

 そして、ここまで来た。


 信頼はなお重く、忠誠はなお深く。


 当時、わずか9歳の少年に抱いた畏敬の感情は、バージェス達の中に消えないまま根付いている。


「遅くなって悪かったな、アイオン」


 扉の先で、共に誓い合った仲間が神経質そうな眼差しを向けてくる。


 自分達を救い、名も姿も知らなかった少年少女を救い、何も望まなかった無自覚なお人好しでお節介な彼こそ。


 何があろうと、裏切らないと決めたバージェス達の唯一無二の主。







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