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皇太子の真意  作者:
3/11

皇太子の婚約

 『白銀の鷹』の本部で、怪しい三人と面談したり、団員達と手合わせして全員潰してみたり、依頼をこなしてみたり、ストレス発散とばかりに好き勝手したディリウスは、面倒くさい、という思いを隠しもせずに座っていた。

 体面には、つんと澄ました美少女が一人。

 腰に届く癖のある栗色の髪と橙色の瞳をした煌びやかな美貌の少女は、ぼんやりと宙を見つめているように見えるディリウスに眉をつり上げて、口を開く。


「…皇太子ともあろう方が…。もっとしっかりしていただけません? あたくしを妻とするからには、それなりの威厳を持っていただかなくては。元より、あたくしの夫となるのには力不足だというのに」


 何様だ、お前。

 思わず出かかった言葉を紅茶を口にすることで飲み込み、ディリウスは聞こえなかったかのように一瞥すら向けずに無言を貫く。


 少女はディリウスの婚約者であるミアーネ・ルーセンベルク公爵令嬢。年はディリウスの二つ下。

 一国の皇子ましてや現在は皇太子であるディリウスに対して、ミアーネの発言は不敬罪もいいところだ。いくら婚約者であろうと、結局は臣下である公爵令嬢。

 自身の方が上であると明言しているミアーネに、少し距離を取って控えている女官と侍従は無表情の下で怒りを募らせていたのだがエディオスに視線で窘められた。

 ミアーネは主に無礼を働かれても彼らが反応しないと思っているようだが、ディリウスは彼女の考え以上に臣下に慕われている。一部の、ではあるが。


「お姿はよろしいのですもの。我慢して差し上げますわ。ですから、あまり恥ずかしい行いはなさらないでくださいまし。頭が残念であることが露見するようなことがあれば、即刻お人形ですわよ」


(ここまではっきりと実権を握って傀儡にすると宣言されると、ルーセンベルク公爵家がバカなのかと思えてくる…あぁ、バカだったな)


 内心で息をつくとエディオスを一瞥し、苦笑して頷くのにディリウスはようやく視線をミアーネに向ける。


「なら、婚約を破棄しようか。ミアーネ、いや、ルーセンベルク公爵令嬢」


 おそらく、婚約以降初めてディリウスはミアーネの橙色の瞳を直視した。したら勝手な勘違いをされそうだったので、ディリウスは頑なにミアーネの顔を直視しようとしなかった。


 突然の宣言に固まってしまったミアーネに、ディリウスは初めて笑みを向ける。

 白皙の美貌に浮かぶ穏やかな笑みに、何故か背筋が震えたミアーネだがディリウスは構わず口を開く。


「まぁ、破棄すると言っても、内定というだけで筆頭候補の段階でしかないのだから、問題もないね。貴方はまだ15歳。武名高きルーセンベルク公爵家の掌中の珠なれば、求婚者など吐いて捨てるほどいるだろうから、すぐに良い相手に巡り合えるさ」


 皇子としての柔らかな口調で言い放つと、エディオスに一瞥を向ける。

 それだけでディリウスの意向を理解したエディオスは、女官達に指示を出してミアーネを追い出しにかかる。

 やんわりと退席を促されて、ようやく我に返ったミアーネは金切り声を上げる。


「こ、こんな一方的な婚約破棄は貴方の名前に傷がつくのではなくてっ?! 考えなしも大概にっ…」


『お姿はよろしいのですもの。我慢して差し上げますわ。ですから、あまり恥ずかしい行いはなさらないでくださいまし。頭が残念であることが露見するようなことがあれば、即刻お人形ですわよ』


 ミアーネの言葉を遮ったのは、彼女自身の言葉。

 先ほど、実際にディリウスに対してはなった物だ。

 突然の事にきょとんとしたミアーネに、それは綺麗な笑みを浮かべてディリウスは自分のブローチを外して掲げる。


「これ、最新の魔道具でね、音声が記録できるんだ。ルーセンベルク公爵にこれを聞いてもらったら、どうなるだろうね?」


 よほどのバカでなければ、皇家転覆もしくは成り代わりを目論んだと判断するだろう。そうなれば、良くて一族郎党斬首だ。

 お人形、の一言はそれら、ありていに言えば反逆を想像するのはたやすい。

 皇家の、皇の権限をたかが公爵家が奪おうと考えている、と明言しているのだから。

 それ以外にも、姿だけが取り柄、ととれる発言に、頭が残念、という明らかな侮辱発言がある以上誰もルーセンベルク公爵家を擁護しないだろう。

 相手がディリウスであったとしても、現状、皇太子であり次期皇なのだから。


 ミアーネは胸を反らしてディリウスを見下す。

 よほどのバカであったらしい。


「それがなんだというのです? 当たり前のことを、誰もが言っている事を言っただけですわ」


(つまり、ルーセンベルク公爵自身が俺をそう評し、家族に話している、ということか。思った通りのバカ一家だな)


 無能、飾りにしかならない、とディリウスを何も知らない者達が評価しているのは本人も理解している。そして、ディリウス本人はそんなものに一欠片の興味もない。

 見る者ならばわかる、その程度にはディリウスもエディオスも本性を出している。だからこそ、ディリウスの元で働いている女官や侍従達はディリウスを慕っている。


 婚約者筆頭候補であり、頻繁に皇宮に来ていたミアーネは先入観と自身への過信により気付けなかった。偉そうにディリウスをこき下ろすその姿を、蔑みの眼差しで見られている事にすら。


 その時点で、ミアーネを傍に置くなどありえない。そして、直属の暗部を持っているはずの公爵家が『白銀の鷹』とディリウスの関係に気付いてすらいない事実は、ミアーネを含めた公爵家を切り捨てるのに十分な理由となりえた。


「そうか。まぁ、判断は公爵に任せよう。俺からはこれ以上話すことはない」


 女官と侍従に視線を向ければ、小さく頷いて無礼にならない程度の力でミアーネを強制的に退席させる。

 その際、公爵令嬢であることを声高に主張していたが、彼らの主は皇太子である以上ミアーネの命令に従う義理はない。そもそも、公爵令嬢よりも上の存在の命令に従って動いている彼らが、ミアーネの命令を聞くはずもない。優先順位は明確だ。身分的にも精神的にも。


「あの様子だと、本気でばれてねぇと思ってるな」


「でしょうね」


「人の口に戸は立てられぬ、という言葉を知らんのかね」


「無学ゆえ、知らないのでしょう。いえ、無知かつ無能ですね」


 きっぱり辛辣に言い切るエディオスに、ディリウスは苦笑いしか浮かばない。

 貴族が行動するのに、一人、ということはあり得ない。それが女ならばなおの事。

 蝶よ花よと育てられ、荒事を知らないミアーネが、護身術を身に着けているはずもなければ身の回りのことが出来るはずもない。お忍びだったとしても、供の者が必ずいるのだ。

 皇宮に出向くときでも。

 付き従う彼らに、口があるということを忘れている者は信じられない程に多い。


「…ま、このまま、ザグリス兄上に侍ってくれたらこっちとしてはありがたい。面倒事が一気に片付きそうだからな」


「情勢不安は、ディル様への不信に容易につながりますが…」


「放っておいた方が後々に大きな災厄となりかねない。それを取り除くのは、君主の務めだ。…嫌だが、どうあっても嫌だが、しょうがない。俺は皇になるんだから」


 かみしめるように呟くディリウスに、エディオスはかける言葉を持たない。

 ディリウスがどれほど兄の治世に思いをはせていたか、自身が皇位につかないようにどうするべきか、それらの全てを見て来たからこそ。


 翌日、ミアーネの父ガウェイン・ルーセンベルク公爵はディリウスの元に怒鳴り込んできた。

 この時点で、どれだけディリウスを軽んじているのかわかりやすいが、わざわざ苦言を呈してやる義理もないので、ミアーネの言葉を再生してやれば、すぐにそれを壊そうと動き出した。

 そんなことさせるわけもないのに。

 これだけで引くわけもないと思っていたから、ディリウスは仕入れていた情報を囁いてやった。


 ミアーネは、ディリウスに会いに行くという名目でザグリスの宮に入り浸っていた事。

 二人が思い合い、すでに体の関係にあるという事。

 皇家に嫁ぐ令嬢は、原則として純潔でなくてはならず初夜にそれを検分する医師が同室する事。

 公爵家の跡取りでミアーネの兄は、ザグリスの親友であり事あるごとにディリウスを罵っている事。

 それらの証言と証拠はすでにそろえられている事。


 にっこり微笑んで言ってやれば、いくらバカでもわかったのだろう。

 ザグリスとの関係云々は言いがかりと言い張れても、純潔に関しては無理である。

 体の関係にあるということはさすがに知らなかったようで、ガウェインは蒼白になっている。

 貴族の最上位である公爵家の当主ともなれば、皇族の初夜に医師が同室する事を知っているだろう。本来、婚約者候補筆頭であるミアーネ自身も知っていて当然だと思うが、成人までまだ余裕があるから勉強の中では後回しにされていたのだろう。


 というか、ディリウスとしてはザグリスは知っているだろうに、なんで安易に弟の婚約者候補に手を出したんだと不思議でしょうがない。手を出したなら出したで、婚約したいと父に進言すればよかったものを。


 優秀だと信じていた兄に対して、今更、バカだったのか、と悩んでしまった。


「というか、さぁ…」


「はい」


「ザグリス兄上と公爵令嬢がそういう関係になったのってさぁ…」


「2年前からです」


「………ザグリス兄上、俺といくつ違うんだっけ」


「8歳上でいらっしゃいます」


「つまり、さぁ…」


 当時、ザグリス23歳、ミアーネ13歳。


「……ロリコン…?」


「…………」


 常日頃、辛辣な言葉をこれでもかと向けている相手とはいえ、相手は皇族。ディリウスの弱弱しい問いかけに、エディオスは視線をそらして沈黙を返した。


 それが全ての答えであった。


正確には、婚約破棄

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