皇太子の暗躍
短いです…。
ひとしきり罵る事を終えたディリウスは、深いため息をつきつつ椅子に座る。
エディオスはお茶を入れようと動くが、唯一の女性がやんわりと制して座らせる。
「随分、荒れてるなぁ」
癖のある赤い髪と茶色の瞳をした大柄な男性は、ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべてディリウスに話しかける。
「うっせぇ。とっとと報告しろ、バージェス」
ギロリ、と睨みつけられた男性・バージェスは肩をすくめる。
白皙の美貌の無表情も怖いが、凄まじい怒気を宿した瞳で睨みつけられるのも十分に怖い。バージェスはまったく気にしていないようだ。
「へいへい。新しいのが三人入ったが、これがどこぞの貴族の子飼いっぽくてな。今はエラン達に探らせている最中だ」
「そうか…。アイオン」
「…特に重要な報告はありませんよ。あぁ、一つだけ、ラグゼイム男爵が団長の指示に従った結果、畑の収穫量が二倍になったそうです」
片眼鏡をかけた黒い短髪と青い瞳をした線の細い男性・アイオンはけだるげな様子で眼鏡を支える。
びっしりと文字と数字が書かれている書類の束を規則的にめくりつつ、淡々と報告していくアイオンは、口を閉ざして鋭い一瞥をディリウスに向ける。
「ラグゼイム男爵には、収穫物の流通に関しての交渉を。アダンシェット伯爵とは切れ。皇妃派に入りやがった。クロムエイン子爵は表だけ。俺に気付かない奴に、裏まで見せてやる必要はない。ヴァラムハウト侯爵は……まぁ、しばらくは維持で」
「…アリス達が帰りたがってますが」
「別に害はないだろう? あの爺さん、孫達がぼんくらばっかなもんだから、優秀で見てくれの整ったアリス達がお気に入りなんだよ。さっきの祝宴で、アリスとイルフィを養子にくれなんて言ってきたぞ」
「断固拒否してください。僕の弟達はたとえ団長であろうともあげません」
「この兄バカ…。安心しろ、有能な部下を愛人なんかにするかよ。もったいない」
鋭利な光を和らげたアイオンの食い気味の言葉に、ディリウスだけでなく他の三人も呆れたような視線を向ける。
ディリウスの言いようもちょっとずれているのだが、この場で突っ込む者はいない。
アリスとイルフィは、言っていたようにアイオンの妹と弟で15歳と12歳になる。
人材派遣という形でヴァラムハウト侯爵の直属として勤務中だが、何とかして養子にしたい侯爵本人との攻防に疲れているようだ。全力で拒否しているあたり、怖いものしらずの兄弟である。
「その件は保留。クラネア」
「アタシの方も、大したことはないわよ? あぁ、でも、新しい三人のうち、一人が火の魔力を持ってるわね。結構、上級の。懐柔出来たらいいんだけど」
腰に届く漆黒の巻き毛に淡い緑の瞳をした美女・クラネアは、細い指を赤い唇に寄せて悩ましげにため息をつく。
非常に妖艶なさまだが、それに見惚れる者も惹かれる者もこの場にはいない。枯れているわけではない、断じて。
外見だけは妙齢の美女であるクラネアの本質を、ディリウス達が理解している為である。
「火、ねぇ…。確か、カジュライド公爵家の魔力は火の一点特化だったな」
ディリウスの呟きに、クラネアはよくできましたと言わんばかりに手を打ち鳴らすまねをする。
良い笑顔を浮かべるクラネアに、ディリウスは面倒くさそうにため息をつく。
クラネアは隙あらばディリウスを試そうとする。それは信頼していないからでも、不信を抱いているからでもない。はるか先を行く年長者として、才ある年少者を導くためだ。
「…本当、お前はいくつなんだろうなぁ」
「女に年齢の話は禁句よ、団長」
ウィンク付きで誤魔化されて、脱力したように背もたれに体を預ける。
「…ここでくらい、疲れさせんなよ」
「仕事だもの。仕方ないわ」
「そうじゃねぇよ」
「あぁ、なるほど…。困った人達ねぇ、貴族って」
全くだ、と言葉にする代わりに息をついたディリウスに、バージェスとアイオンも無言でうなずいて同意する。
「………っし」
しばしの沈黙の後、気合を入れるように膝を叩いたディリウスは立ち上がる。
「行くぞ。最低でも、明日一日は自由だからな」
『はいっ!』
今までの空気が嘘のように引き締まったバージェス達の返事に応じるように、ディリウスは隠れ家に常備しているマントに着替える。
背中に翻るのは、銀糸で刺繍された両翼を広げる鷹。その背後には、剣を中心にして右にペン、左に杖が交差して刺繍されている。
ディリウスの個人的な伝手を利用して作り上げた精緻な図案の紋章を、このルイゼンシュルト皇国を含めた周辺諸国で知らない者はいない。
傭兵団『白銀の鷹』
わずか8年前に結成され、破竹の勢いで実績を造りあげた精鋭集団。
副団長は大剣使いとして名の知れた『赤狼』バージェス・ラット、32歳。
事務経理を担う参謀の一人であるアイオン・グロムエル、25歳。
魔術部隊を率いる百年賢者と名高い『黒魔女』クラネア。
二つ名持ちを二人(片方は大陸中で畏怖されている)も従えている団長の素性は、誰も知らない。
『銀鷹』という二つ名と銀髪の少年であること以外、流布されている情報はない。
ディリウスが『銀鷹』であると皇国内で知る者は極わずかな人間だけ。
その中に、ディリウスの『家族』である皇族は一人もいなかった。




