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皇太子の真意  作者:
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皇太子の本音

「本当に、うざいっ!!」


 闇も深まった深夜。

 煌びやかな皇宮の一角にある離宮で、心底からと分かる声音が悪態をついた。


 魔力光に照らされたのは短く切りそろえられた白銀の髪と切れ長の緑青の瞳をした少年の、白皙の美貌。

 金糸銀糸をふんだんに使い、宝石が装飾された重たくも堅苦しい上着を乱雑に脱ぎ捨てて、少年・この宮の主である皇太子ディリウス=ハールバウト・ルイゼンシュルトはソファに荒々しく座る。

 その様を見ながら、苦笑を浮かべつつも苦言を呈しないのはディリウスの乳兄弟であり近衛騎士団長の息子であるエディオス・ボードン。刈り上げた金髪と鋭利な碧玉の瞳をした精悍な顔立ちの少年だ。


 専属の女官も侍従も下げさせ、二人きりのこの場所で髪をかき上げたディリウスは、タガが外れたように荒っぽい口調で吐き捨てる。


「トリオス兄上は致し方ないものの、ザグリス兄上は皇になるのに何の問題もなかったんだ。確かに、御母堂の身分は低く、後見自体も微妙だけど、実績も武功もあるんだからそっちが皇になった方が、他国に対しても良かっただろうが」


 第一皇子トリオス=ログマンディル・ルイゼンシュルトは、現在27歳。

 第二皇子ザグリス=アイゼンハルク・ルイゼンシュルトは、現在25歳。


 皇室典範によって、貴族出身ではない生母を持つ皇族には皇位継承権が与えられない為、トリオスは元より皇位継承に関わる立場になかった。

 つまり、勢力はザグリスとディリウスで分かれていた。

 最初、圧倒的優勢だったのはディリウスだ。何せ、唯一の皇妃から生まれた皇子なのだから。

 だが、現在17歳のディリウスが教育を始めた5歳の頃、13歳になったザグリスは初陣を果たして武功を立てた。

 ディリウスが初陣する12歳の時までの7年間で、ザグリスは度々名のある敵将を討ち、父である皇から国宝の剣や領地など様々なものを下賜されている。


 幼少から物静かで興味関心が薄く、集中力が続かないディリウスより、大柄で精悍な顔立ちをした武勇に長けるザグリスの方が皇に相応しいのでは、という声が高まるのは必然だった。

 公爵家出身の皇妃には、それが我慢ならなかったようだが、ディリウスは安堵の息をついたものだ。


 厳しく続く勉強に飽きたということ、母に会う度に呪いの様に皇になれと言われることが苦痛だったこと、周囲からの蔑みの目が鬱陶しいということ、諸々の感情によって皇位に対して嫌悪と忌避しか抱けなくなっていた。

 そんなディリウスにとって、周囲がザグリスを推しているということと、ザグリスが自分を敵視し皇位継承に意欲的であることは歓迎すべきことだった。

 もろ手を挙げて継承権を放棄し、臣籍降下することなど厭わなかった。

 まぁ、皇妃がそれを許すはずがなかったのだが。


 成人は18歳と決められている為、その年になったら速攻で継承権を放棄しようと考えていたディリウスは、それまでザグリスが自分を排除する為に動きださないよう、無害で無気力な人間を演じていた。

 それは功を奏していたのか、辺境の肥沃で重要拠点である領地を賜っていたザグリスの様子は穏やかだった。

 あともう少し、と思っていた矢先に起こった隣国クランヴァール王国との戦争。小規模な開戦であったが、被害が出たのは事実。

 その最たるものが、ザグリスの両足と利き腕だった。

 戦争自体は辛勝したものの、武勇に秀で周辺国に名の知られたザグリスの再起不能な怪我に、国内では動揺が走った。


 皇太子の選出もまだで、戦火はあちこちにくすぶっているような状況で、前線を戦い抜いてきた猛将の後退。

 不安になるのも仕方ない。

 文武に優れるトリオスがいたから、戦いに関してはともかくとして、皇太子に関しては様々な思惑が波及した。


 その最たるものが、皇妃と第三皇子が邪魔者である第二皇子を排除する為影を放った、というものだ。


 図星だが。

 ディリウスはザグリスが自分を排除する動きが無いかを見る為に手の者をもぐらせていたが、害する気は一切、一欠片も、微塵も、砂の一粒も存在しなかった。

 全て、母である皇妃がしたことである。

 しかし、そう主張したところで世間は信じないだろう。

 信じてくれる一部のディリウス派(皇妃派とは全くの別に、ディリウス個人を主とする派閥)ですら、首を横に振って溜息をつく。

 現状、致し方ないので汚名も悪役の誹りも甘んじて受け流していたディリウスは、戦後処理が終わる頃に重大な現実に気付いた。


 それは、つい先ほどまであった祝宴に起因する。


 さっきまで皇妃主体で催されていたのは、第三皇子ディリウス=ハールバウト・ルイゼンシュルトが、皇太子に選出された祝宴である。


「おかげで、アイゼンハルク子爵に殺気混じりの視線を向けられた」


 アイゼンハルク子爵はザグリスの母の弟、ザグリスにとって叔父にあたり、後見人でもある。


「致し方ありません。真実は違っても、彼らにとっての事実はあくまでも妃殿下とディル様は同じなのですから」


「何も知らんガキの頃から嫌悪の視線を向けてきて、一言も言葉を交わしたこともなく、俺に影を放つこともしていない情報収集を怠った貴族失格者共がっ。首洗って出直せ!」


「貴族たるもの清廉であれ、と本気で思っているようなおめでたい頭のアイゼンハルク子爵がトップのザグリス殿下陣営ですからね。お花畑しか集まっていないのでしょう」


 かなり辛辣かつ毒舌を披露するエディオスは、やんわりとした笑みを浮かべたままだ。

 先ほどの毒舌を放ったとは思えない。


 ちらり、と一瞥したディリウスは乳兄弟の黒さを実感しつつ、立ち上がる。

 乱雑に服を脱ぎ捨てて、簡素な衣服に着替えてマントを羽織りフードを被ってしまえば、そこに新皇太子の存在はない。

 同じく、お仕着せを脱いでフードを被らないだけで同じような格好になったエディオスは、ディリウスに剣を差し出す。


「指示は?」


「全て出してあります。抜かりはありません」


「なら、二日は平気だな」


「はい」


 具体性のない会話を終えて、ディリウスは窓枠に足をかける。

 本来ならいるはずの夜番の兵達はいない。いない時間帯を見計らったのと、来ないように手の者を使って誘導したのと、両方の理由によるがひとまず今は関係ない。


 窓から外に出て庭を抜け、城壁まで辿りついたディリウスは、風の魔術を使ってエディオスと共に城壁を超える。城壁にいるはずの常駐の見張りなどは、さっき同様に根回し済みなので二人に気付く者はない。

 手慣れている。


 色々と工作して手に入れた隠れ家に辿り着いたディリウスは、皇宮で我慢していた一言を叫ぶ。


「余計なことしてくれやがったなクソババァッ!」


 防音障壁を張った上での罵倒に、隠れ家にいた三人の男女とエディオスは苦笑する。


 全ての元凶である母を罵りたくなる気持ちは、ディリウスの本質を良く知る彼らには心から理解できた。







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