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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第三部:師匠クロイツァの試練編
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87.神をも射抜く宿り木の矢

「名前を……」


「はい、私に新しい名前を」


 使い魔に名前を与える。それは使い魔を自分の一部とすることだ。


 元々ミステルは、正式な契約を結ばずとも使い魔として機能していた。それはミステルが自分からアローに献身していたからだ。


 だからその気になれば彼女は自分からアローの元を離れることができた。


 アローがそういう風にしたのだ。彼女が自分と離れるつもりになった時ーーあるいは自分が思いの外早く死んだ時に、選択肢が残るように。


 とはいっても、ミステルは死んでそれほど経ってはいないし、正式な契約を結んでいないだけにアローが死んだらそのまま冥府送還になる可能性が高い。


 だからこそ、彼女の存在を固定する肉体の器が必要だった。アローが森を出てまで彼女の身体を作ろうとしたのは、そういった意味もあった。


「ミステル、僕はご主人としてはずいぶん不甲斐ないと思うが」


「ええ。不甲斐ない、色々と心配なご主人様です。私も人のことを言えるほどではありませんが」


 ミステルは微笑み、アローの首に抱きつく。


「それでも、もう一度選ばせてください。今度こそ、本当に、最後まで!」


 森の中で、生きてきた。師匠が旅立ってからは二人きりで生きていたつもりだった。だけどそれは間違いだった。アローとミステルは、二人でいるつもりで、ずっと一人と一人のままで生きてきた。


 そして間違って本当に孤独になった。一人と一人のまま、永遠に二人になることはもうできやしない。


 それでも、隣に立ってくれるというのなら――。


「確かに貴方は完璧ではありません。世間知らずすぎますし、鈍感ですし、こんなにすぐ近くで一途に思っている美少女がいるのに欠片も気づかずに妹扱いしてきますし、それでモテるとかもう鼻で笑ってしまう感じなんですけれど」


「地味にものすごく辛辣だな」


「貴方はそれくらい全力で斜め下に突き抜けているということです。…………まぁ、私がそれに一役買ったことは認めないわけではありませんが。でもあそこまで全力でモテ期を空振りできるのはある種の才能を感じますね。やっぱり鼻で笑います」


「テオに向かって言ってるのを何気なく聞き流していたが、いざ自分が向けられるとなかなか来るものがあるな」


 あんまりな言われように、さすがのアローも若干笑顔が引きつる。しかし、ミステルは腕の中でクスクスと楽しそうに笑った。


「つまりですね、貴方が多少格好悪いところがあるくらい、私はとっくの昔から知っているんです。知った上でお慕いしていたんです。だから今更そんなことを知られたくらいで凹むなんて愚の骨頂です」


「そこまで言うか」


「言いますとも。…………ですから、貴方が私に対して感じている引け目なんて、ささいなことです。貴方が私の後悔や醜い部分を何の気もなしに叩いて捨てたのと同じように」


 ミステルはアローの腕から抜け出すと、立ち上がり、そして手を差し出した。


 それはまるで、いつか自分が幼いミステルに対してそうした時のようで。


 柔らかい燐光を纏いながら、その少女は――かつてミステルという人間だった彼女は、アローの手を取った。


「もう一度私に信じさせてください。貴方が嘆く時は私が支えとなりましょう。貴方に幸福が訪れたなら、祝福の詩を捧げましょう。最期までお供いたしましょう、その先に貴方を見送りましょう。だから――」


 二人で、手を取り合う。あの森と同じ風景の中で。


「――もう一度、私だけの神様になってください」



 神様と呼ばれるには、アローはぜい弱で、不本意に得た自分の力に振り回されてばかりいて、師匠の無茶ぶりひとつ満足にかわせない。ミステルに言わせれば鈍感で格好悪い人間だ。


 ミステルが生き返るわけではない。孤独と孤独で分かたれたまま、その断絶は最期の時まで続く。


「僕がお前の神様になる。お前を絶対に最期まで連れていく」


 それでも一人と一人で隣に立てるから――。


「お前に新しい名を与えよう……『神をも射抜く宿り木のミストルティン』」


 それが契約の証。


「――はい、私の主」


 ミステルはローブの裾をつまんでうやうやしく礼をする。


 淡い燐光は強い光となって、薄暗い森の景色を照らしだした。


今までのミステルのように、オステンワルドで自ら条件付きで契約をもちかけてきたリューゲのように、アローに一方的に助力したわけではない。


 精霊や悪霊、あるいは妖精と呼ばれるものに名を与える。それは命が続く限りに自分の側に置く。自分の支配下である眷属とすることを意味する。


 家族としてではなく、主従として。魔術師と使い魔として、同じ道を歩む。それがミステルの選んだ答えで、アローの応えだ。


「では、主様。私は何からすればよろしいのでしょう」


「さっそくで悪いが、僕の魂が地味に削られていてな。さっさとガンドライドを浄化したい」


 指の半分から削れ始めたアローの魂は、すでに右手首を越して腕まで削れ始めている。一度削れ出すと消耗が激しい。力を使っていなくても少しずつ削れている。ガンドライドの中にいるだけで、魂には多少影響が出ているということだろう。だからこそ、ミステルも錯乱状態になっていたのだ。


「かしこまりましたわ、我が主様。貴方の手首を削る狼なんて、こらしめてみせましょう」


 ミステルがローブの裾を閃かせて回る。まるで舞踏会のように。


「ふぅん、結局妹と仲良く手と手を取り合ってるだけじゃないの? クロイツァの弟子」


 師匠の指示なのか、それとも純粋に成り行きに興味があったのか、今まで何一つ口出しせずに見守ってきたガンドライドの少女が、退屈そうに吐き捨てる。


「そうでもないぞ。ただの高位魔術師霊と契約聖霊じゃあ、だいぶ格が違うからな」


「そういうことです」


 ミステルは微笑み、踊る。淡い燐光を纏ったその舞いに、少しずつ魂が集まりはじめる。


 アローと契約をすることで、ミステルはただの力の強い魔術師の死霊から、一つ格上の存在となる。魂だけの存在は曖昧で、肉体の器を持たない状態ではきちんと姿すら保てない。だからミステルは遺灰を媒介にして存在するしかなかった。だが、今は遺灰ではなくアローとの契約によって世界に繋がれている。


 だから彼女は本来持っていた魔力を行使できる。死霊ではなく、聖霊や妖精に近い存在となった。


「私の生前の専門は呪術。だけど死霊術師でもありました。……それも稀代の死霊術師の直弟子だったんです。あまり侮らないでくださいね《死霊騎行の魔女ガンドライド》」


 ミステルはクロイツァの弟子ではない。


 だが、死霊術においてはあのクロイツァが『天災』と称した、生まれながらの死霊術師であるアローの弟子なのだ。


「――さぁ、『死と共に踊りましょう』」


 アローほどではなくとも、ミステルは死霊術において十分な素質をもっていた。そして『神をも射抜く宿り木のミストルティン』の名前を得たことで、その力はそのまま聖霊としての彼女の力として昇華される。


 彼女の周りに踊り狂う白い光は、ミステルがガンドライドから制御を奪い取った死霊たちのもの。


「私の矢は貴方でも貫けますよ? 霊体ですからね」


「……そちらこそ、あまり舐めないでほしいものね」


 ガンドライドの少女が猛禽の群れとなって、襲いかかる。鷲、鷹、鳶、梟。肉食の鳥たちの群れを、ミステルは一つずつ撃ち落とす。


「あのジャリガキの弓の技を見ておいて良かったですね。意外なところで役立ちました」


 撃ち落とされた鳥たちが再び血肉をまき散らしながら蘇り、襲いかかる。しかし、こちらで戦えるのはミステルばかりではない。


『死を記憶せよ』


 アローが呼びだした煉獄の炎に、次々と撃ち殺される。


「貴方が前に出ないでください。消耗しますよ」


「まぁ、これくらいはな」


「本当に、手間のかかる方です――さぁ、森での哀しみなんて忘れて私と一緒に踊りましょう。貴方の死と共に、踊りましょう」


 ミステルの声に呼応して、死霊の魂は少しずつ暗い森を青白く照らしていく。


 それと共に、だんだんガンドライドが放つ鳥の数が減っていく。


「どうして…………」


 か細く苦し気な声で呻くガンドライドの声が、ミステルの撃ち落とした最後の一羽から漏れ出た。


「どうしてって、簡単なことではありませんか」


 青白い光に包まれて、『神をも射抜く宿り木のミストルティン』はまるで慈悲深い女神のように微笑む。


「辛く苦しい魔女の行列よりも、逝くべきところに導いてくれる者のところにゆきたい。誰しも皆、死んでまで辛いのは嫌ですものね。だから皆さん、私の方についてくれます。もう、楽になりたいから」


 暗い森の風景が、燐光によって照らされて、溶かされていく。


「さぁ、貴方も逝ってください――私が、私たちが、救ってあげますから」

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