表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第一部:王都グリューネ怪事件編
9/120

8.アローの理由、生と死の天秤

 ひとまず行く場所があるので付き合って欲しい。そう言われて、ヒルダに連れてこられたのは、何故か仕立て屋だった。

「この仕立て屋に何か情報がありそうなのか?」

「いいえ。貴方にまず何よりも必要なものがあるでしょう?」

 仕立て屋はそれなりの大きさがあって、所狭しと布地が並んでいる。様々な色の無地、派手な柄の入った織物、ビーズの刺繍が入った生地、麻、綿、絹、ビロード。

 その棚に積まれた布の間をすり抜けると、すでに仕立て終わった服が並ぶ部屋につく。使用感があるものばかりなので、どうやら古着らしい。

「この仕立て屋、使われなくなった衣装を下取りしているのよ。裏通りの露天商から買うよりはまともなものが揃ってる。ドレスだけじゃなく、魔術師のローブもあるわ。適当な服を買って、そのローブは着替えましょう」

「これは死霊術師の正装だから、着替える必要はないぞ」

「貴方、昨日たっぷりと自分の格好が不審だって思い知らされたでしょう? カーテ司祭に普通の服を用意してもらったのに、あれはどうしたの」

「えーと、その……落ち着かなくて……」

 それを言われると反論しづらく、アローはごにょごにょと口の中で呟き目をそらした。

 ヒルダはため息をついて、むすっとしているミステルを見やる。

「ミステルさんも、お兄さんが格好いい服を着ている方がいいでしょう?」

「……それについてはやぶさかではありませんが、変な女に言い寄られては困ります」

 彼女はぼそっと小声で呟いたのだが、アローにもしっかりと聞こえていた。

「ミステル、心配しなくても、俺は服を変えたくらいでモテたりしないぞ」

「お兄様、そこでそれを言いますか?」

「貴方、見た目以前に、圧倒的にナンパに向いていないわ」

 女性二人の白けた眼差しに、さすがのアローも少しばかりたじろいだ。確かに、ナンパして生贄を探しにきたのに、モテないことを自信たっぷりに宣言してしまったのは、失態というべきところだろう。

「わかった、わかった。着替えればいいんだろう?」

「ひとまず、格好さえ何とかなれば、私も安心して隣を歩ける」

「隣を歩けないほどに僕の格好は酷いか」

「酷いわ。ミステルさんがその格好を止めなかった理由は何となくわかるけど」

 釈然としない気持ちで、アローは渋々服を選び始めた。王都で流行の着物などさっぱりわからないが、酷いのを選ぶとヒルダが無言で手から服をもぎ取っていくので、彼女の判定に任せることにする。

 アローは自分がブサイクだと信じている。だから服だけで自分が魅力的になると思ってはいないし、むしろ顔を隠せないのはナンパに不利だと本気で考えていた。おおむねミステルが先回りして、アローが変な女に引っかからないように間違った啓蒙の仕方をしたせいなのだが。

 だからヒルダの言うことは半信半疑のままだ。それでも彼女に従うのは、彼女の信頼を勝ち得るためでもある。事件に関わるのであれば、騎士である彼女との縁は無視できない。

 最終的に、黒い生地に金糸の文様を刺繍したローブで妥協した。着丈が短いが、その分動きやすい。今後事件に関わっていって、もし多少なりとも危険なことに巻き込まれるはめになったとしたら、戦闘しなければならない場面に出くわすかもしれない。そうなると、動きやすさは重要だ。アローも、常日頃からこんな重い正装のローブで暮らしていたわけではない。森にいた頃は狩りや採集をしていたから、これくらいの着丈の服の方が聞慣れている。フードもついているから、ヒルダと別れたら被ればいい。

「うんうん、まともな格好をすればだいぶ変わるわね。……杖はちょっと不気味だけど」

「言っておくが、服だけだからな。杖は替えられない」

「ええ、魔術師にとっての杖は騎士にとっての剣や槍と同じだから、そこまで贅沢は言わない。あ、着替えさせたのは私の方だから、お代は払っておくわよ」

「そういうわけにはいかない。僕だって無理に君を付きあわせている。だからお金は自分で払おう。心配するな。僕はこれで意外と金持ちだ。金貨三枚あればたりるか?」

「き、金貨三枚!? ちょっと待って、貴方買い物の仕方わかってる?」

「それくらいいくら僕でもわかる。お金を出して品物とおつりを受け取るんだろう」

「そうだけど、そうじゃなくて。そのローブだと銀貨十枚くらいね。金貨一枚でもおつりがくるわ」

 なるほど、通貨の使い方の認識が甘かったようだ。

 森で生活している間、魔術道具の作成などで得た金銭の管理はミステルに任せていた。ミステルの前は師匠が管理していた。アローはひたすら森で自給自足に近い生活をしていたので、自分でお金を使うのは都に来る前、乗合馬車に乗った時が初めてだ。カタリナの店で銀貨二枚を出したのも、いつもミステルが買い物のついでに都の情報を仕入れるのに、銀貨一枚を渡していることを知っていたから、単純にもう一枚上乗せしたにすぎない。

「まさか金貨以外もっていないの?」

「……いや銀貨、銅貨も持っている」

「そうね。金貨をポンと出す前に、まずは店員に値段を聞くことね。素行の悪い店員だったら、貴方金貨を無駄に持っていかれるところだったわよ。……というか、ミステルさん、止めてあげて」

「お兄様を騙すようなことをしたら、私が呪ってねこばばした金貨の倍の額を損するように仕向けた上で、しっかりとお金は回収いたしますので問題ありません」

「問題だらけよ」

 静かに深くため息をついて、ヒルダはうなだれてしまった。

「ゼーヴァルトやこの近隣の国で使われているデュカ貨幣だと、金貨一枚で銀貨十五枚分、銀貨は銅貨五枚とほぼ等価よ」

「なるほど……勉強になった」

「本当に森から出たことがなかったのね」

「ああ」

「ミステルさんに、その……実体を作るために? ミステルさんは使い魔で……妹?」

 彼女の中で使い魔と妹が上手く結びつかなかったようだ。首を傾げる彼女に、順を追って説明する。

「正確には妹だった使い魔だ。ミステル自身は病死している。僕は死霊術師だから、ミステルの遺灰を媒介にして、魂を呼び戻した。今のミステルは、俗に言うレイスだな」

「レイス……幽霊じゃなく?」

 ヒルダはその辺りには詳しくないようで(幽霊が怖いのだから、興味がないのは当然だが)よくわからない様子で首をひねる。

「レイスは、魔力や魔術の知識を保持したまま死霊や生霊となった魔術師ことだ。生前と同様に魔術を使うことができる。ミステルは僕と同じ死霊術と、あとは呪術が専門だな」

「私をただの幽霊と一緒くたにしないでいただきたいですね。それなりの魔術を収めた者には、死しても力が残るのです」

 心なしか得意げに胸を張るミステルに、ヒルダは少しばかり同情めいた眼差しになる。若くして病死したと知って、思う所があったのかもしれない。

「そういえば、ミステルのことはもう怖くないんだな」

「ここまで生き生きとされているとね……。貴方の言動にいちいち驚かされてばかりで忘れかけていたわ」

 はぁ、とため息をついて、着替えた服についていたタグを、彼女は店主の元に持っていった。店主はそっけない態度で金額を示し、アローが支払いをして、通りに戻る。

「……君には、一応言っておこう。僕は、ミステルがただの病死ではないと思っている」

「お兄様、それについては、私が何度も申し上げている通り……」

 反論しようとするミステルを、手で制する。彼女はぴたりと押し黙った。ミステルがアローの意志を優先しているからではなく、彼女は今、使い魔として存在しているために、主人であるアローが拒絶したことは実行できないのだ。

「ミステルは病死と言ったが、病名は不明だ。僕は薬学の知識もそれなりにもっているつもりだけど、ミステルが何の病気なのか、どんな薬を使えばいいのかさっぱりわからなかった。そしてみすみす死なせてしまった。だけど、ミステルの死因が『呪い』なら話は別だ」

「呪い――つまり、グリューネの事件とかかわりがあると?」

「わからない。呪いなら、僕とミステルは薬学以上に専門家だ。呪殺の技術は死霊術と黒魔術の融合で生まれた物も多いしね。僕はもちろん、呪われたミステル自身にも気付かれない呪いなんて、相当高度だ。可能性は低い。でも、時期は一致する。ミステルが病気になったのは都から帰った後だった」

「それは確かに……気になるわ」

「だから、僕には君たちに協力したい事情がある。ミステルの死因がただの病死なら、僕は何の憂いもなくナンパに励もう。万が一、死因が呪殺なら、僕はその犯人を止めなければならない」

「まさか、かたき討ちを?」

 ヒルダが真剣な目でそう尋ねてくる。そんなことはさせないとでも言いたげで、アローは彼女をなだめるように肩をすくめて首を横に振った。

「かたきなんてうってどうするんだ。意味がない。人は死ぬ。いつか死ぬ。僕も、君もだ。それは生きる者にとって避けられない運命だからだ。原因が病気でも、殺人でも、死は平等に訪れる」

「……相手に命で償わせようとは思わないのね」

「たとえばここが戦場だとしたら、誰が誰を殺しても運命だと考える人は多いだろう。死は誰も差別しない。死ぬ者も残された者も受け入れなければならない。そういう意味では、ミステルを使い魔にして、肉体も与えようと思っている僕は間違っている」

 ふ、と自嘲に近い笑みが漏れた。

「僕は、もう間違っているんだ、ヒルダ。死は平等だが、その平等を受け入れることは難しい。だからむやみに人を死なせる者がいるなら、僕は止めなければならないと思う。これが僕の理由だ。納得いったか?」

「ええ」

 ヒルダは力強い眼差しを不意に緩めて、くすりと笑った。表情を緩めると、彼女は急に歳相応になる。

「私も、少し貴方に協力したくなってきたわ。怖がりなところばかり見られたんじゃ、格好がつかないもの」

「僕としては、は凛々しい君よりはにこにこ笑っている君の方が好きかもしれない」

「…………本当に、貴方って…………」

「どうかしたか?」

「何でもないわ。天然って怖いわね。行きましょう。機密事項は教えられないけれど、大衆に公開されてる情報なら分かる場所があるわ」

「わかった」

 歩きだしたアローとヒルダの背を、ミステルはじっと見つめる。

 ヒルダと親しくなりつつあるアローに、いつもの独占欲を爆発させるわけでもなく。

 ただひたすらに、悲しい目で二人の背中を追って自分も歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ