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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第三部:師匠クロイツァの試練編
83/120

80.試練の仲間にナマグサ司祭

「僕は一体何をやらされている?」


《大したことではない。お前にけしかけたガンドライドは、森の中で綺麗に死ねなかった魂と、魔獣やら悪霊やらの寄せ集め。お前がやって見せたように、物理的な攻撃では一時的な足止めしかできん》


 確かにガンドライドは完璧ではないにしろ、割とすぐに復活していた。


 実体化している部分は、魔力を練って作られたある種の『ハリボテ』なのかもしれない。


 本質はあくまで死霊と悪霊の集合体だから、姿も固定ではない。


《ちなみに、あいつは今、森からものすごい勢いでお前を追って王都に迫っている。こちらに着くまで半日といったところか》


「師匠、それではグリューネの一般人を巻き込む」


《巻き込まないことを含めて、お前の仕事だ。恐らくその気はないだろうが、お前の契約妖精に頼るのは禁止だ》


「……それは、僕が頼んでも無理だろう」


 森の中では姿を見せていたリューゲは、今はうんともすんとも言わない。


 恐らく、そこにフライアの加護を一身に受けるハインツがいるからだ。


 グリューネ自体がアールヴの盟約者である王室のお膝元だ。彼女としては、力を使って変に目をつけられることは避けたいだろう。手を貸してくれるとはおもえないし、貸せとも言えない。


「なるほど、理解した。僕が失敗しない仲間を連れてくる以外にないな」


 ガンドライドは付き合い方さえわかればさほど凶悪な魔物ではない。魔術を使えないアローでも、物理的に足止めできたくらいだ。


 しかし、集合体であるが故にとても倒しづらい。ガンドライドが内包する全ての死霊を、強制的に冥府に送還するのは、死霊術なしのアローには無理な相談だった。アローにとっては凶悪に思えないというだけで、一般人がどうにかできるものでもない。


「ところで、大魔術師クロイツァ様よ。聖霊魔法の使用は許可されるのでしょうね?」


 状況を静観していたハインツが、薄ら笑いでそう口を挟んだ。


《おや、司祭殿が手を貸すのかな?》


「グリューネに何かあっても問題ですし、アロー君にもオステンワルドで無理難題を押し付けてしまった詫びをしたいのでね」


「いや、ハインツに頼むつもりはない」


 アローが即答すると、彼は珍しく若干傷ついた顔になる。確かにハインツの能力は死霊相手には絶大だ。まさか断られるとは思わなかったのだろう。


(貸しを作りすぎるのは危険だからな)


 教会の庇護はある程度はありがたいが、度がすぎると思わぬところで足かせになるかもしれない。


「人がやる気を出している時に、即却下されるのはなかなか哀しいものがあるが……」


「アロー君、どうしてハインツはダメなのぉ?」


 バルバラの問いに、ミステルが代わりに答える。


『女の敵のその司祭に、お兄様が悪影響をうけては困るからです』


「私は女性の味方だと思うがね、ねぇ、バルバラ」


「それについては意見を控えさせてもらおうかしら?」


「バルバラ……」


 馴染みの娼婦にすら背中から撃たれて、ハインツは少しばかり遠い目になった。


「冷静に考えたまえ。君がお師匠であるクロイツァ様に何やら無茶を強いられているのがわかった。問題は魔術なしでは辛い、と明言されていることだ」


 これについては、アローも何とも反論できない。魔法道具に限界があるのは先ほど実証済みだ。


「君たちに魔術師や聖霊魔法使いの知り合いは、他にいるのかい?」


「……いないな」


『ぐぬぬ……』


 少し前まで森でヒキコモリをしていたアローに、そんな都合のいい知り合いはいない。そう、この目の前の女神に愛され過ぎた男以外には。


「……打算しておくか」


「打算扱いされたのは心外だな。私はこれで結構、君の身を案じているし、グリューネに魔獣を招き入れるわけにはいかないのでね」


「使命感に溢れているところ申し訳ないが、ここは男女の営みを売る店だったな」


「状況よりも利害で考えたまえ」


「打算するな、と言ったそばから利害関係を強調されるのは不条理だと思う。だが、君以外適任がいないのは、認める」


 都合よく言動をひっくり返すハインツには呆れたが、アローは結局妥協を選んだ。


 自分やミステルが魔術も死霊術も使えない以上、ガンドライドを相手に即時発動の聖霊魔法以上に頼れるものなど存在しない。


 何より、彼はいつもの澄ました笑顔ではない。つまり、アローに協力しなければいけない理由があるのだ。


 アローのこの予測は、なかなかいい線をついていた。


 確かに、ハインツがあっさり力を貸すことを決めたのは、この件を放置できない事情があったからだ。


 女王陛下に『クロイツァの弟子』の保護と管理を任されている以上、ハインツから見ればアローがこのまま死霊術を使えない状態でいられては困る。ギルベルトからの報告で、彼はアローの現状は大体理解している。通常の治癒術でどうにもならないなら、クロイツァに依頼するしかないのだ。


 そういった理由で、ハインツはいつもよりやや必死なのであった。中間管理職は辛い。


『ああ、お兄様をこんな軽薄なナマグサ司祭にお任せしなくてはいけないなんて……』


 ハインツの焦りなど見えてはいないミステルが、ぶつぶつと文句をつけている。瓶の中に籠っていてもブレない彼女の様子にいつもの調子を取り戻したのか、ハインツにもいつもの澄ました笑みが戻る。


「ナマグサとは心外だ、愛の司祭と呼んでほしいものだ」


『やめてください、愛が腐ります』


「アロー君、君は妹にもう少し慈愛の精神を学ばせるべきではないかな」


「残念ながら専門外だ」


 それよりもアローが気になるのは、ミステルが姿を見せていないことに何もツッコミをいれていないという点である。先ほどの妙に焦った態度も会わせて、ハインツはアローが能力を失っていることを把握しているのだろう、と推測した。


 彼がアテにしているのは、アローの『クロイツァの弟子』という肩書だけではないということだ。


(利害の一致……か)


 とはいえ、前に利害が一致したカタリナの事件の時は、彼は最後まで付き合ってくれたのだ。逆に言えば利害が一致している間は彼は積極的に協力してくれるということでもある。


「それで、アロー君。他に誰を呼ぶんだい? ヒルダ嬢の協力を願うのなら、私の方から騎士団に掛け合おう。大教会の依頼ならまず嫌とは言わないだろうし、恐らく彼女も友人のためならひと肌脱いでくれるだろう」


「いや、彼女には頼まない」


「何故だい? 君に好意的に力を貸してくれる人間の手は積極的に借りておくべきだとおもうけどね」


「僕のことに巻き込むと、ヒルダが苦手とする死霊がらみは避けられないだろう。……ちなみにギルベルトは?」


「残念ながら仕事で不在だよ。彼は傭兵だからね。私としてはやせ我慢せずに、ヒルダ嬢をおすすめするが」


「そうよ、こういう時は頼ってって、前に言ったばかりでしょ!」


 バン、と扉が開け放たれる。


 そこに立っていたのは――ヒルダと、何故かテオだった。


 娼館に入ったのは初めてなのか、テオは顔を真っ赤にしておろそろしている。ベッドの上で足を組んで様子を見守っているバルバラの姿を見て、慌てて部屋を出ようとして扉に額をぶつける。半裸の娼婦の姿は、十二歳には刺激が強い。


「ヒルダ、どうしてここがわかった。そして何でテオまでいる」


「クロイツァさんがアローはカーテ司祭のところにいるというから。大教会では不在だったので、恐らくここだろうと思って、来ました。案の定でしたね」


「ヒルダ嬢に行動範囲を把握されていることに、色々思うところはあったよ……」


「この機会に清廉潔白な司祭を目指されてはいかがでしょうか?」


 ハインツを一蹴し、ヒルダはアローへとつかつか歩み寄った。


「アロー、私も、連れて、いきなさい」


 ゆっくりと力を込めてそう言い放たれ、思わず顔をそらしたアローの顔を、ヒルダは両手で押さえてこちらを向かせる。


「いいわね?」


「…………はい」


「それと、テオも連れていけるなら連れていきましょう。少なくとも援護射撃において、テオよりも頼りになるのって騎士団でもなかなかいないと思うわ」


「……だから、そもそもどうして、テオはここに」


「お、俺はその、アローさんの店を手伝いに行こうとしてたところをすれ違って……。それで、アローさんの役に立ったら借金が減額してもらえるんじゃないかと……」


「しょっぱい理由だな」


「ミステルさん復活のためでもありますので!!」


 ぐっと親指を突き立てるテオ。確かに、ただ働きを延々繰り返すよりは、大きく借りを返しておきたいのは彼の本音であるのだろう。


 そして、ヒルダに知られてしまった以上、彼女を納得させるのは難しい。


「わかった。この面子で行こう」


「わかればいいのよ、わかれば」


 ヒルダはアローの顔を逃すまいとしっかりつかんだまま、にっこりとほほ笑んだ。


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