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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第三部:師匠クロイツァの試練編
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78.大魔術師の不穏な茶会

 森の中を転がるように走り抜け、そして今、アローは再び困難に直面していた。


 足元には何もない。はるか下方に森。


 頭上には崖の上から睨みつけてくる、魔獣の群れと身体が半分潰れたガンドライドの狼。


「いや、魔獣だけならともかく、こんな早くに復活するとは」


『それよりももっと一大事があるではありませんか!?』


「それもそうだな」


 アローは今、崖の中程から生えていた木に、精霊の縄を引っ掛けてしがみついている。


 つまり、崖から落ちてたまたま木が張り出していたので助かったということだ。


 上方の狼、下方の崖下。どっちに行ってもとりあえず死ぬ。


「ひとつ、リューゲにガンドライドをビビらせてもらって自力で崖を登りきる。ふたつ、精霊の縄を限界まで伸ばしたらどこまで伸びるか試してみる」


『お兄様、どちらにしろ落ちたら死にます』


「私をあてにしないで欲しいのだけど。貴方の師匠どこまでいうあのわけわからないのは、それで納得するの?」


「しないな。それと師匠がわけわからないのは認める」


 ミステルとリューゲ、双方からツッコミが入る。使い魔も契約妖精も容赦がない。しかし、ずっと木に引っ掛かっているわけにもいくまい。


「魔法道具がもう縄しか残ってない」


『詰んでますね……』


「詰んでいるわ。それと、アロー」


「どうした、リューゲ」


「その木、ミシミシ言ってるわよ」


「そうか。…………え?」


 アローが思わず聞き返したその時に、木は人間の重みに耐えられずメリメリと折れ曲がり始める。それを止める術を、今のアローが持ち合わせているはずもない。


「詰んでるな!?」


『だからそうだって言ってるじゃないですかぁ!』


 ミステルの嘆きと共に、アローの身体は中空へと放り出された。


『まったく仕方のない奴だな』


 呆れた声が頭の中で響く。


(こ、今度はどこだ!?)


 聞き返す暇もなく、アローの身体は忽然と消え去る。


 それを上から見ていたガンドライドは、狼の姿から少女の姿へと戻り、吐きすてた。


「クロイツァ……覚えてなさいよ」



 その頃、グリューネの『魂の言伝屋』の前で、ヒルダは首をかしげていた。今日は非番である。正確には、同僚と任務を交代してもらって休みをもらっている、


 アローの師匠が出した条件とやらは、一週間後という言葉が本当なら今日からのはずだ。何か手伝えることがあればと思い、友人のために駆け付けたのだ。


 が、どうやらアローは不在のようだ。


「もしかしてもう出ちゃったのかなぁ。もっと早く来れば良かった……」


 小さな窓から中を覗き込んでも、人がいる気配はない。アローは店を開けていなくても、昼間は自室にこもらずに店の側にいるはずだから、この時間にいないということは本当にいないのだ。


「大丈夫かなぁ、無茶してないといいけど」


 彼女がそう呟いていた頃、アローはまさに森の中で魔獣に追いかけ回されて、だいぶ無茶な状況を強いられていたのだが――ヒルダがそれを知る由もない。


「おお、バカ弟子のお友達様じゃないか?」


 不意に声をかけられ、彼女は振り向く。そこにいたのは完璧な造形の美女、アローの育て親であり、魔術の師匠、クロイツァ。


 ヒルダは心なしか後ずさった。彼女の騎士としての経験が、危機を察知した。とっさに逃走経路を確認する。さすがに剣に手をかけることはしなかったが。


「そう警戒するもんじゃないよ、戦女神様」


「なっ……なんで、そのあだ名を……!」


「私は大抵のことは見えるんだ。まぁ、中に入って少し話そうじゃないか。友人から見たアローはどんな風なのかが気になってねぇ」


「……見えるんじゃなかったんですか?」


「人の心まで全て見通したりはしないよ。ミステルなんかは、大抵アローのことしか考えていないから、話しがいがない」


「……それについては、同意します」


 何せ口を開けば「お兄様」と言い、アローが自分のために魂を集めようとしていることを知りながら、頑なにアローを女性から遠ざけようとするのがミステルである。


 彼女の日々の啓蒙活動のおかげで、アローは自分が黙っていればそこそこモテそうな綺麗な顔立ちをしていることを知らない。基本的に彼は世間知らずで言動がズレているだけで、アローは悪人ではない。むしろお人好しな方と言っていい。


 じっくりと話す機会があれば、アローは多分普通にモテることができるし、ミステルに身体を作ってあげるために、少しずつ魂を集めるのももう少しはかどっていただろう。それなのにいまだに一かけらも集まっていないのは、ミステルが全力で邪魔しているからだ。


「まぁ、そういうことだから茶にでもつきあえ」


 にこにこと笑い、クロイツァは杖で店の扉を粉砕する。二回目。


「……粉砕する必要あるんですか?」


「普通に開けてもつまらん。安心しろ。バカ弟子がうるさいから修理してから帰ってやる」


「そ、そうですか」


 わかってはいたが、だいぶおかしい。


 ヒルダは今からでも脱兎のごとく逃げるべきか考えたが、驚くことにクロイツァからは一切の隙が見当たらない。相手は魔術師、それもとても武器を振るえるようには思えない細腕の美女。それなのに、歴戦の戦士を前にしているのかと思う程、隙を見せない。


(アローが、見た目はコロコロかわるって言ってたもんね……)


 この絶世の美女に見える『誰か』も、クロイツァ本来の姿ではないのだろう。アローは魔術だけではなく剣や弓なども師匠から習ったと言っていた。恐らく、魔術なしでもかなりの実力者だ。


 それに、正直な気持ちを言えば、ヒルダも少しだけ興味があったのだ。必要があれば、アローは自分の過去や内心考えていることを、きちんと教えてくれる。ただ、それは必要があれば、だ。


 伝えるべきではないと考えていることは、なかなか言ってくれない。魔術回路が回復しないと、寿命が縮むかもしれないなんて、話の流れがそちらに向かなければ、彼は言ってくれなかっただろう。隠しているわけではない。ただ、心配させることなら極力言わない、という判断をして。


「おや、私と話してくれる気になったようだねぇ」


 クロイツァは堂々と店に入り、適当な椅子に腰かけた。杖をカツカツと慣らすと、戸棚から茶器と茶葉を詰めた缶が飛び出してきて、勝手にお湯を注ぎ始める。


「まぁ、お茶でも飲みなさい」


「では……いただきます」


 ヒルダは素直に受け取る。この店の中にあった、普段からアローがヒルダが遊びに来た時に振る舞ってくれるお茶だ。怪しいものではない。


「アローは、魔術回路修復の件で不在なんですか?」


「ああ、ちょっと黒き森に放り出してきた」


「えっ、黒き森って……」


 黒き森は魔獣の住処だ。一応街道もあるにはあるが、屈強な護衛と魔獣除けの護符をいくつも使ってようやく通り抜けられる程。まともな人間はせいぜい入口近くで森の恩恵を少々いただいて、決して奥には入っていかない。


 そこに、魔術の使えない状態のアローがいくというのは、かなりまずい状況なのではないだろうか。今すぐにでも助けに行きたいところだが、森までは馬車で何日もかかる。


「心配するな。黒き森はあいつの育った場所、庭みたいなものだ。死霊術が使えなかったからといって、簡単には魔獣の餌になることはない。なったらなったで、修行不足の弟子はいらん」


「そ、そんな……」


「あいつは死霊術に頼りすぎなのだ。この機会にもう一度自分の力の使い道について考えさせる」


「そう、ですか……」


 そういう理由なら、ヒルダとしても口出ししづらい。


(何か……最初に思っていたよりも、ちゃんとお師匠様してるのね)


 何せ初対面ではゲラゲラ笑いまくっていた印象しかなかったのだ。ヒルダがこう思うのも仕方がないことだろう。


「あいつは、死霊が常に身の回りにいて、生きる者と死んだ者の境目が曖昧だ。だから簡単に死霊術で何とかしようとする。死んだ妹も、手元に置いてしまう」


「それはミステルが、そう望んだからじゃないんですか」


「死というものをきちんと理解していたら、あいつは断ってミステルに安らかな眠りをくれてやっただろう。だからミステルを呼び戻したのは、あいつの間違いだ」


「間違い……」


 ヒルダは、アローと王都で再会したばかりの頃を思い出す。あの頃はアローのことを、幼少期に一緒に誘拐された少年だと気づいてすらいなかった。アローもヒルダのことには気づいていなかった。


 だけどアローは、知り合ったばかりのヒルダに、かつてこう語った。


――僕はもう、間違っているんだ。


 それは、アローが自分が妹であるミステルと離れがたかったために、死霊術で彼女を使い魔にしてしまったことに対するものだった。


 死は誰にでも平等。だが、それを受け入れることは、難しい。アローには死霊術という『手段』があったから、なおさらだ。


「そんな顔をするな。アローだって真性のバカじゃあない。ミステルの件については反省もしているだろう。とはいえ、ミステルがいなくなっただけで大泣きするようではやはり修行が足りんなぁ」


「ああ……」


 どうやら彫刻城での顛末も、クロイツァは全て知っているようだ。


「それで、死霊の苦手な戦女神様は、その原因を作ったあいつに何か思う所はおありかな?」


「…………それも知ってるんですか?」


「知っているも何も、暴走したあのバカ弟子を止めてお前も助け出したのは、師匠であるこの私だからなぁ。見たところ、遺恨もなく仲良くしているようだが?」


「死霊は苦手ですけど……アローが苦手なわけじゃないです。アローは大切な……友達、だから」


 友達、というところに変に口ごもったのは、別に彼への友情が揺らいでいるからじゃない。


 ヒルダの中でも、アローの存在がただの友達とはいえなくなりつつあるからだ。親友、相棒、仲間。どれもしっくりとこない。でも、アローを見ていると、何だか危なっかしくて、世話を焼きたくなってしまう。


(うーん、何なの、これ……母性? 違うか……)


 モヤモヤとしていると、クロイツァが急に大笑いしだした。


「ぎゃはははははははは!!」


「ふぇっ!?」


「いや、青春、結構なことだ。アローにも年頃の少年らしい生活ができていて安心したなぁ。何せアレは色々普通じゃない。これからもバカ弟子と仲良くしてやって、人並みの常識でも教えてやってくれ」


「は、はぁ……」


 釈然としない気持ちで頷くと、クロイツァが「おや?」と声を上げた。


「何ですか?」


「バカ弟子がガケから落ちたな」


「大丈夫じゃないじゃないですかっ!?」


 つらっと言ってのけた大魔術師の姿に、ヒルダの悲鳴が店内に響き渡った。

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