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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第一部:王都グリューネ怪事件編
8/120

7.戦女神とおでかけです

 他人にも姿が見えるように、ミステルには魔力を分け与えて、ようやく二人は宿舎を出た。出際に例のご老人から祈りの言葉を唱えられたし、宿舎の管理人はいつの間にか増えた同行者の少女に首を傾げたが、さして問題はない。

 裏手の教会に寄って、一応ハインツに礼を述べておこうと思ったのだが、彼は不在だった。

 アローの服は相変わらず各方面から大不評のローブである。牢屋を出た時にごく一般的な服を一式借りたのだが、結局落ち着かなくてこの服装に戻ってしまった。顔を見せないと不審がられることはわかったので、渋々とフードはとっている。

「何か視線を感じる……」

「気のせいですよ、お兄様」

 隣で済ました顔をしながら、ミステルはアローと腕を組んでいた。姿を見えるようにしていても、ミステルには実体がない。アローには触れられるが、その体には重みがなく、腕を組まれても綿が触れている程度の感触だ。

 教会から借りた街の見取り図を元に、騎士団本部へと向かう。グリューネは小高い丘に作られた都だ。頂上に王宮があり、王宮のすぐ隣に騎士団本部が置かれている。その周りを囲むように美しい町並みが並び、下町へ行くに従ってその風景はだんだん庶民的になっていく。教会は丘のちょうど中腹辺りに位置していて、アローは緩やかな坂道をひたすら上っていくことになった。

「あれか……」

 美しい白い石造りの王宮を背に、敷地をぐるりと囲む城壁の四隅には高い物見の塔がある。大通りに近い塔の横にあるのが剛健な灰褐色の建物、騎士団本部だ。花冠に剣をあしらったグリューネ王国の国旗と、盾のを背景に剣と槍を交差させた騎士団旗が掲げられている。正門には守衛の騎士が甲冑と槍を手に立っていた。

「来たのはいいですが、我々は昨日拘束されて釈放されたというだけの縁です。門前払いになるのでは?」

 ミステルがもっともなことを言う。

「しかし、他にあてもないぞ」

 しばらく二人でぶつぶつと話し合っていると、守衛があからさまに不審そうな目を向けてきた。これでは昨日の二の舞である。

(こんなことなら、昨晩のうちに約束を取り付けておくんだったな)

 ぼんやりと、自分の世間知らずをのろい始めたが、二人の心配はあっさりと解決した。

「アローさん?」

 名前を呼ばれて振り返ると、そこには腰に剣を携えたヒルダが立っていたからだ。

「別に呼び捨てでかまわない」

 少々面食らいながらそう答えると、ヒルダは苦笑を漏らした。

「もっと先に言うべきことがある気もするけれど」

「なぜ君がここに?」

「守衛から通達があったから。怪しい身なりの少年が、少女と一緒に門前をうろうろしていると。もしかして、と思ったらやっぱり貴方たちだったのね」

「顔とミステルの姿を見せているあたりに、大いなる進化を見てくれ」

「そこは一応、評価するわ」

 はぁ、とため息混じりにヒルダは額を押さえる。

「それで、騎士団に何のご用かしら?」

「呪殺事件の捜査に協力したい」

「必要ないわ。騎士団の管轄に一般人を巻き込むわけにはいかないもの」

「そうか?」

 断られることは、アローも予測していた。そこまで考えなしに乗り込んできたわけではない。守衛に不審者扱いされたのは計算外ではあったが。

「見たところ、君たちには呪術に関する知識はない。カーテ司祭はそれなりに詳しいだろうが、立場上すべての場面において助力を頼むわけにはいかない。そうだろう?」

 ハインツは地位の高い司祭だ。呪殺という特殊な案件とはいえ、事件にばかりかまっているほどの暇はないだろう。たとえ実状は遊び歩いているのだとしても、建前上はそういうことになっているはずだ。教会は教会の都合でしか動かない。それは、師匠から叩き込まれたので知識として知っている。死霊を相手にする者として、教会とはどうあっても関わらずにいるのは難しいからだ。

 アローの指摘は的を得ていたようで、ヒルダは渋面のまま黙り込んだ。

「呪術は死霊魔術の本分ではないが、関わりが深いのは間違いない。少なくとも、地位の低い僧侶をせっつくよりは僕の方が正しい呪術の知識を提示できるし、証拠を見つけられる可能性も高い」

「言い分はごもっともよ。でも、私の一存で決めていいことではないの。それに私は今日、非番だし……」

 言われてみれば、彼女の今日の服装は、昨日とは様子が違っていた。騎士団制服の詰め襟の上着は着ておらず、刺繍の入ったチュニックに、織り模様の入った膝丈のスカート、膝まである皮のブーツという装いだ。ベルトで腰に下げた剣だけが変わりない。

「なるほど私服だな。そういうのも似合うと思う」

「なっ……」

 ヒルダが頬を赤らめる。アローはきょとんとして首をかしげ、そして二人の間に割って入ったミステルが肩をいからせて叫んだ。

「お兄様!? 今はナンパをされている場合ではありませんよ!?」

「な、ナンパ? ミステル、僕はナンパなんてしてないぞ?」

 しかし、ミステルがわざわざ訂正するということは、何気なくヒルダにかけた言葉はナンパとしては適切だったということかもしれない。それならば。

「少し待っていてくれ。ミステル。今の状況を後学のためにメモをとっておいてもいいだろうか」

「いけません、お兄様。それはお兄様には必要のない知識です。とりあえずナンパのことはお忘れください」

「これはミステルのためでもあるんだ。必要だろう」

「断じて! 必要ありません! よろしいですか、お兄様。現在の最重要課題は、この女騎士に恩を売ってコネを作ることです。最終的にナンパ以上の成果をあげることになるでしょう。ですので、ひとまずナンパのことはお忘れください。黒き森に捨て去って来てください!」

「……ミステルがそこまで言うのなら」

 怒涛のイキオイで反対する義妹の言葉に気おされて、アローはかくかくとうなずいた。一方、目の前で堂々と「恩を売る」という身もふたもない本音を暴露されたヒルダは、白けた様子で二人を見守っている。

「何だか、貴方がモテない理由はどうやら格好のせいだけじゃないようね」

「……そうか。やっぱりブサイクだから」

「そこから離れて? どちらかというと、圧倒的な世間知らずさと、妹さんの言葉に感化されすぎな点が問題よ」

「ヒルダ様、余計なことを吹き込まないでください」

「……撤回するわ。妹さんに兄離れをさせることが先決ね」

 アローは納得がいかず小首を傾げる。ミステルは自分のことなど頼らずとも大抵のことは自分でやってくれる。都への使いも一人でこなすし、一緒に暮らしていた時も、男手が必要なことの他は全てこなしていた。兄離れを十分に果たしているように思えた。

 もちろん、ヒルダはそういう意味で言ったわけではなかったが、アローはどこまでも世間知らずだった。最後に都に出たのは七年前。当時はまだ子供だった。それから先日都にくるまでの数年間、ミステル以外の人間と話すことすらなかったのだから、世間ずれするのは仕方のないことだ。ましてや、アローはなまじミステルとしか会話していなかったから、兄至上主義のミステルの言動が考え方の基準になっているところがある。

「……まったく。怪しい格好で生贄がどうのと言っているから、どんな凶悪な魔術師かと思えば、中身がこんなボケボケだっただなんて」

「ボケボケ……いやいや、さすがにまだボケるには若すぎるぞ。僕は健康だ」

 真顔で返すと、ヒルダは深いため息をついた。ミステルまで少し微妙な顔をしたので、どうやらまたズレたことを言ってしまったらしいと悟る。

「……誤解なきように言っておくけれど、生贄を探していたのは本当だが、人を殺すつもりはなかった。使い魔となったミステルに実体を与えるためには、魂の力が必要なんだ。確かに、一人殺せば簡単に手に入るが、そんなのは生者にも死者にも冒涜だ。だからできるだけ多くの、できればミステルと歳の近い娘から少しずつ分けてもらうつもりでいた」

 今度はヒルダの方がきょとんとしていた。当然かもしれない。よほどこの種類の魔術に精通していなければ、生贄、というとまずは人柱的なものを想像するのだろう。多くの人から少しずつ、などとは考えない。貴族が少しばかりたしなむような一般的な魔術書には、まずやり方すら載っていない。アローの魔術の師匠は、魔術師の中でもかなりの変わり者だったから、応用魔術の知識も一通り叩き込まれていたというだけのことだ。

「……もしかして、そのためにナンパを?」

「ああ。快く魂をわけてもらうには、女の子と親しくなるのが一番だろう」

「お兄様は気遣いができるお方なのですよ、いきなり剣をつきつけてきた貴方とは違って!」

 ミステルが横から悪態をつく。……が、ヒルダの顔に浮かんだのは、笑みだった。

「ふっ……あははははは」

「何かおかしなことを言っただろうか」

「いいえ。確かに私は死霊術を誤解していたわ。同時にとっても不安よ。貴方、そんな右も左もわかってない様子で、ナンパなんて現実的じゃない」

 ひとしきり笑った後、ヒルダは歳相応の女の子らしい微笑みを浮かべて、手を差し出す。

「騎士として協力をとりつけることは、私個人の権限じゃどうにもならないけど……私が非番の日にたまたま貴方に会って、たまたま用事に付き合っていたら事件の手がかりを得た。そういう風にはできるわ。どう?」

「……っ! お願いしよう」

 騎士と死霊術師は固く握手を交わし。

「…………お兄様ぁ」

 触れることができないゆえに、割って入ることもできなかったミステルは、不満そうに頬を膨らませたのだった。

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