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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第三部:師匠クロイツァの試練編
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76.大魔術師はかく語りき

 師匠、ロザーリエ・クロイツァ(暫定)はこう述べた。


「お前が何に困っているのか、私は全て知っている。だから私の課題を全て成し遂げたら、手を貸してやろう。そら、喜べ」


 アローは困っていた。


 ここまではある意味予想通りの展開である。魔術回路の障害は、アローには全く手に負えないものだ。スヴァルトのリューゲにも治せない。そもそもスヴァルトは人間とは魔術回路の存在の仕方が異なるのだから、それも当然だった。


 だから絶対に師匠は来るだろうと確信していた。一体どれほど生きているのかもわからない、あまりにも色々と知り過ぎてしまって退屈しきっている師匠クロイツァが、恐らく「最高に面白い状況」にあるこの状況に国を突っ込まないはずがない。


 師匠はアローを「面白いから」という理由で拾って育てた人だ。


 むしろアローが悠長にキノコを編む時間があるほど、大急ぎで飛んでこなかったのが不思議なくらいだった。他に予測が外れていたとするなら、それは。


「お師匠様」


「おう、なんだバカ弟子」


「扉を直してくれ。この店は教会からの借り物なんだ」


 一番困ったのは、魔術が使えないこの状況で、師匠が何も考えずに扉を粉砕したことである。


「ぎゃははははあはははははははは、そこか、そこかバカ弟子よ!!」


「そこだ。何も考えずに破壊活動を行うのはやめてほしい。ここは王都だ。魔法でも何でも飛ばし放題だった黒き森とは違う」


「ぎゃはははははははは、お前が私に説教とはなぁ!! っていうか、お前、ちょっと見ない間に随分と所帯じみたなあはははははははは」


 ゲラゲラと笑い倒しながら、クロイツァは杖を一度カツン、と打ち鳴らした。それだけで木屑と化していた扉の残骸が一斉に集まって、元通りの扉を形成する。


「ほれ、これでいいんだろう」


「とりあえず、師匠は僕以上に常識がないことを自覚してくれ。見ろ、全員呆れてものも言えない顔をしている」


 ほら、と指でヒルダとテオの方を指す。二人とも目を丸くしたまま固まっている。


 それはそうだろう。いきなり美女が現れて、一方的にベラベラ喋って勝手に爆笑しているのだ。驚かない方がおかしい。


「……というわけで、ヒルダ、テオ。これが僕のお師匠様だ」


「えー……」


 テオが何とも言えない声を上げ、ヒルダが深く首を傾げる。


「あの、アローのお師匠様って確か、アローを赤ちゃんの頃に拾った……んだったわよね?」


「ああ、そうだ」


 要するに、年齢が合わないといいたいのだろう。今のクロイツァの外見年齢はせいぜい二十代の半ば。アローは十七歳。この年齢で逆算すると、師匠が幼女の頃にはすでに大魔術師だったことになってしまう。


「この人の外見はあてにしないでくれ。僕も本当の年齢なんて知らない」


「おお、アローよ。女性の年齢に言及するなんて、なっていないなぁ。モテの基本だぞ、女性は永遠のうら若き乙女なのだ」


「師匠、僕がモテようとしてるところまで把握してなくていい」


「何だ、アロー。私がこんな面白いことを放っておくとでも?」


「放っておいてくれ。とにかく、ヒルダ。この人の外見年齢はおろか、性別も信じるな。僕も本当はどちらなのか知らない。僕が知っている限り、五回は年齢と性別が変わっている。おっさんになったり少女になったり青年になったり幼女になったり大忙しだ」


「えええ……」


 今度はヒルダが頭を抱えてしまった。気持ちはわかる。弟子のアローから見ても普通に意味がわからない。


「ふーん、これが例の常闇竜もひねりつぶせる噂のお師匠様ぁ?」


 気づくとリューゲが中空に浮かんでいて、クロイツァをしげしげと眺めている。


「…………何だか、人間なのに人間じゃない匂いがするわ」


 若干薄気味悪そうな顔になって、リューゲはアローの後ろに回った。どうにもクロイツァは彼女にとってあまりよくない気配を纏っているらしい。


 一方で、師匠クロイツァは再び爆笑している。


「ひゃはははははは、本当にスヴァルトと契約していやがる!! バカ弟子、お前は本当に私の予測を裏切ることに関しては天才的だな……」


『……クロイツァ様は、お兄様のことに関しては笑いの沸点低すぎるだけだと思いますけど』


 ぼそりと呟いたミステルの声に、クロイツァはニタニタと笑いながら彼女の収まっている遺灰の瓶を指でつつく。


「仕方がないだろう、私を楽しませられるほど意表をついてくるのはこいつくらいなのだ。ミステル、お前のことは養女としては可愛がってきたつもりだが、面白さでいうならばアローの足元にも及ばん」


『クロイツァ様に面白がられるとか、絶望の予兆でしかないです』


「お、今の冗談はミステルにしては面白かったぞ?」


『冗談じゃないです……というか、私がこの状態なのにもつっこまないんですね』


「ん? お前が死んだことか? それとも灰から出ないことか?」


『両方です』


(まぁ、当然全部知っていて放置したんだろうからなぁ……)


 師匠とミステルのやりとりを聞きつつ、アローは心の中でひとりごちた。


 ミステルとカタリナのことを知っていたのなら、止めてくれたらミステルが助かったかもしれないのに。そう思う気持ちがないわけではない。


 ただ、それを師匠に求めるのは自分のわがままでしかないことも理解している。ミステルはアローが連れてきて、ミステルに魔術を教えたのもアローだ。師匠にとってミステルは孫弟子である。責任を取るべきなのは自分だ。それくらいはわかっているのだ。


「それで、アロー。本題に入ろう。お前に一週間の準備期間をやる。一週間後、お前に試練を与える。それを全て乗り越えられたら、お前のそれは治る。契約をしよう。一言の違いもなく果たされるように」


 クロイツァは杖で軽くアローの額に触れる。小さな光がほとばしって、額の中に入って消えた。


「………………僕は何をさせられる?」


「それはお楽しみだなぁ。とりあえず、まずはお前一人で頑張ってみろ。ミステルの動向は許そう。どうせ今手出しもできまい。武器と魔法道具の使用は許可してやる」


「………………ろくでもない目にあわされるのはわかった」


「はははははははははっ、せいぜいがんばれよバカ弟子」


 カツン、と杖が鳴る。


 次の瞬間にはもう、そこに大魔術師クロイツァの姿はなく。


『……お兄様、今すぐ店をたたんで逃げましょう』


 師匠がいなくなるなり、ミステルが静かにそう告げた。


「いや、契約させられたから無理だな」


『あああああああ…………!!』


 絶望の声をあげるミステルをよそに、騎士二人はまだ困惑の中にいる。


「な、なんかアローさんのお師匠様っていろいろその……ぶっ飛んでますね」


「素直に頭がおかしいと言ってもいいんだぞ、テオ」


「私、アローがそこまで純朴に育ったのが奇跡だと思えて来たわ」


「奇遇だな、ヒルダ。僕もよくぞここまで人間の範囲に収まったと思う」


 真人間であるかと言われると、それは疑問だが。


 それはともかくとして。


「よし、キノコを編もう」


「えっ、今そういう場合じゃなくない?」


「納期はまってくれないぞ。商売は世知辛いな」


 何事もなかったかのように椅子に座り直すと、キノコをほぐしては伸ばしする。


 ヒルダとテオも、なし崩しにキノコを編む作業に戻る。


「あのね、アロー、魔術回路を治すのに必要なんだろうし、お師匠様とのことは私が口出ししたりはしないけど」


「うん?」


「命が危険だとか、そういうのはさ、ちゃんと言ってね。友達なんだから、協力できることくらいはあるでしょ」


「あ……ああ、うん、ごめん」


 魔術回路の修復が遅れると、少なからず命にかかわる可能性について彼女に言わなかったのは、彼女がそれを知ったら絶対に協力を申し出ると思ったからだ。


 彼女には騎士の仕事があるし、アローのことばかりにも巻き込んでいられない。


 竜討伐の時だって、一歩間違ったら彼女は死んでいた。もちろん、一番死にかけたのはアローではあるのだが、自己責任で死ぬのと他人を巻き込んで死なせるのは全然重みが違うのだ。


「約束して。必ず生きて帰ること。それと、自分だけじゃ無理だって思ったらちゃんと人を頼ること。私だって、いつだって手を貸せるとは限らないけど、知らない内に友達が大変な目に遭ってるとか嫌だもの」


「うん……そうだな」


 もしもヒルダが、アローが知らない内に大変な目にあっていて、それがアローにも手助けできることだったのだとしたら、力を貸せなかったことを酷く後悔するだろう。


 彼女が言っているのはそういうことだ。


「約束するよ。生きて帰るし、大変な時はちゃんと君を頼るから」



 そんなやりとりがあった一週間後に、アローは黒き森の奥に独りで放り出された。


 文字通り、放り出されたのだ。


 朝起きて、身支度を整え、そういえば今日が師匠の言っていた一週間目だと気づいて、念のために剣と魔法道具を揃えた荷物を用意し、腰紐にミステルのいる瓶をくくりつけた。


 その次の瞬間に、アローは黒き森の上空に放り出され、落ちて木の枝にひっかかり、地上に降り立ったところで魔獣の群れに追いかけ回される羽目になった。


 そして駆けて、駆けた先に、独りの少女が立っていた。


 紅い紅い、人ならざるものの瞳。


「……悪いが、まだ死ぬわけにはいかないんだ。約束があるからな」

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