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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第三部:師匠クロイツァの試練編
78/120

75.魂の言伝屋は迷走中

ここから第三部になります

『だから言ったんです! だから言ったんです! あの人がただでお兄様を治してくれるはずなんてないんですからぁ!!』


「そうは言っても、他に方法はない」


『探せばきっと見つかりましたっ!』


「それじゃ多分、間に合わない」


 見つかるかもしれない。かもしれない、では動けない。それほど時間は残されていない。


 慣れ親しんだ黒き森の中を駆けて、駆けて。


 アローがひとりに対して、追いかけてくる魔獣の数は十、いや、二十はいるか。死霊術が使えれば一瞬で終わらせられるが、残念ながら今のアローにその力はない。


(あの人のことだから、多分面白半分なんだろうけど……)


 これでアローが死んだとしても、それはそれで『運命』だと片付けそうな人だ。もしも死んだら後始末くらいはしてくれるだろう。散々「面白くない」と文句を言いながら。


(ああ、でも、嫌だな……)


 少し前のアローだったら、それこそここで死んでも「そういう運命だった」と考えていただろう。元々、この森から出るつもりなどなかった。森の中で生き、森の中で果てるつもりだった。もう誰も恐ろしい目に遭わせることがないように、


 だけどもう、そんな未来を選べなくなっている。


「まぁ、何とかする。ヒルダと約束したからな。あと、テオも多分泣くな。僕が死んだらミステルまで巻き添えだ」


『そんなこと、どうでもいいです。逃げて、逃げてください』


「どうでもよくはないさ」


 まずは魔獣の数を減らさねば始まらない。死霊術も黒魔術も使えない以上、頼れるのはこの身と魔法道具のみ。


 木の魔法道具の縄を巻きつけ、伸縮を利用して大振りな枝に飛びあがる。この程度の高さなら魔獣は追いつけるが、一気には来られない。すかさず飛びついてきた狼ににたそれを二匹、剣で斬り捨てる。


 ひるんで追撃を迷った下にいる数匹に向かって閃裂魔法を込めた水晶を放る。


「誓約せよ……発動」


 強い光と共に魔獣が弾き飛ばされ、残りの魔獣も光に目をやられてしばらく行動不能に陥る。


 この程度の魔獣に使うにはもったいない魔法道具だが、ひとまず一時的に振り切るには上策だ。


『お兄様……』


「泣くなミステル。お前の兄が何だったのか思い出せ」


 木から飛び降り、再び駆けて、駆けて。


「お前の兄は稀代の魔術師だ。魔法が使えなくたってな。何せあのクロイツァ様の唯一の弟子だぞ。これくらいできなくてどうするんだ」


 黒き森の中は昼間でも満足に陽の光は届かず、ひたすらに薄暗い。


 だけど、かつてこの世界はアローにとって紅かった。森で死に絶えた全ての人が、獣が、木々が、絶えず紅く燃えている世界だった。


 駆けて。駆けて。


 その先に『彼女』は待っていた。


「よく来たね、クロイツァの弟子。せっかく来てくれたところ悪いけれど、死んでくれるかなぁ?」



 ところで、話は一週間ほど前にさかのぼる。


 その日、アーロイス・シュバルツは困っていた。


 ちなみに今回は別に地下牢にぶち込まれてなどいない。


「作っても作っても終わらないんだが」


『申し訳ありません、お兄様。本当でしたら私がやるべきところですのに……何と無力なのでしょうか』


「うーん、ミステルを外に出してあげられたとしても、まだ実体がないから手伝ってはもらえないかな」


『せめてこのジャリガキを私の手足の代わりと思ってこき使ってください』


「ジャリガキ扱いからはそろそろ卒業したいですけど、ミステルさんの手足の代わりだと思うと俄然やる気になりますね」


『気持ち悪いこと言わないでください』


「はいはい、いいから手を動かす!」


 アローの経営する店『魂の言伝屋』の狭い店内で、アローとテオ、そしてヒルダが黙々と終わらない作業を続けている。


 あまりにも終わらなさすぎて困っていた。


 ついでに言えば材料も足りない。


「あの、アローさん」


「どうしたテオ。ちなみに君は弓の件で僕に借金があるからただ働きだ。おやつとお茶位なら支給してやるが、さっき休憩したばかりだな」


「いや、休憩はいいんですけど。ここって何の店なんです?」


 黙々と手を動かしながら、テオはぐるりと怪しげな魔法道具の並ぶ店内を見回す。


「死霊術の店だ。死者の声を聞いて生きている人間に伝える。今は僕が死霊術を使えないので休業中だが」


「…………キノコ屋じゃないんですね?」


「何だ、その商売は?」


「いや、アロー、現状ならテオがそう思うのも無理ないんじゃない?」


 今、アローたちがやっている作業は、キノコの菌糸をちぎってはのばし、ちぎってはのばしつつ、編み込んで紐状にするという作業だ。


 オステンワルドで思いがけず大いに役立ったキノコの精の魔法道具を、より実用的に改良しようと考えた結果、ほぐして編みこむことで縄状にすることを思いついた。


 こうすることで傘を広げることはできなくなるが、強靭で強い伸縮性を持ち、剣でもそう簡単にはきれなくなる。しかも伸縮にはある程度こちらの意思を反映できるのだ。おまけに、元は光源として利用していたものだから、暗闇では発光する。


 精霊キノコの元々持つ特性を使った魔法道具だから、魔法に関する知識など何も持ち合わせていない一般人でも使うことができる優れものだ。


 名づけて『精霊の縄』。名づけても何もそのままなわけだが。


 アローはこれの試作品を、まずはギルベルトとヒルダに渡した。ギルベルトはこれを、いつも護衛をしている馴染みの商人に売りつけた。ヒルダは騎士団で何か役にたてられないかとかけあった。


 そして、両方から大量の発注が来て、今この事態になっている。


 テオもヒルダも、今日は非番だ。テオは弓の代金がわりにしばらく店を手伝うことにさせていたし、ヒルダはたまたま非番の日にアローの様子を見に来て、大量のキノコに埋もれる状況に思わず手を貸した。


 こうして三人の終わらないキノコ編み内職が続いている。


「もうこの店、キノコ屋にした方が流行るんじゃないですか?」


「僕も少し考えた。どうせ死霊術の方は閑古鳥だしな」


『お兄様、魔術が使えないからといってご自分を見失わないでください』


「結局、あれからさっぱり魔法使える気配ないままなのね……」


「ああ、残念ながら。でも、本当にそろそろ何とかしないとならないな。死んだらキノコも売れないぞ」


「そうねぇ……死んだら……って、えええっ?」


 ヒルダがキノコを編む手を止めて、顔を上げた。


「え、ちょっと待って、生きる死ぬの問題だったの?」


「死なないかもしれない」


「いやいや、かもしれない、じゃなくってね?」


 キノコの縄を放って、ヒルダは焦った様子でアローの顔を覗き込む。近い。思わず後ずさる。彼女は気にする様子でもなく、アローの額に手をあてる。


「ううーん、あの時みたいに熱出したりとかはしてないみたいだけど……本当に大丈夫? アローって時々重要なことを言わないし」


「言って治るものでもないし、旅先で心配をかけてもな。まぁ、今日明日死ぬわけじゃない。ただ、魔術回路が詰まってるってことは、魔力の流れが自然じゃないということだ。僕の場合、死霊術の力も一緒に回路を巡っているからさらにややこしい。当然身体にだって影響は出る。長引けば寿命が半分になるかもくらいの気持ちでいこう」


「いやいやいや、気持ちで行こう、って。そこは前向きに言うとこじゃないからね!?」


 ヒルダが焦ってアローの身体をベタベタと触りまくるので、アローは若干複雑な気持ちになっていた。もやもやするというか、じりじりするというか。


「っていうか、アロー、顔あかくない? やっぱ熱とかない?」


「熱は別にないと思うぞ?」


 確かに、何故か頬のあたりに血が上っている気がしないではないが。


 最近、アローはどうにもおかしいのだ。ヒルダが近くにいると、たまにこんな風になってしまう。


 ミステルが外に出られていたら、おそらくその原因に勘付いたのであろうが、残念ながら彼女は今、遺灰を詰めた瓶の中から出られない。今の状況も、ヒルダが心配性を発揮しているだけのようにしか聞こえていない。


 ただ、テオだけがこの中で誰よりも現状を把握できていた。


「俺、ちょーいづらいんですけどー」


 キノコの縄をもくもくと編みながら、ぼやく。


 その時だった。


「アロー!」


 名前を呼ぶその声と共に、店の扉が吹き飛ぶ。


 開いたのではない。文字通り吹き飛んだのだ。音もなく、一瞬の白い閃光と共に木屑となって散った。


 そこに立っていたのは、二十代半ばほどの女性。


 つややかな黒髪と、美しい琥珀色の瞳に、白磁の肌に薔薇の咲いたような頬。


 間違いなく百人いたら百人ともが絶世の美女とたたえるであろう女性が、そこにいた。


 店の中の三人は呆然とその女性を見つめ。


「アロー、お知り合い?」


「いや、初めて見る顔だが知ってる」


「どゆこと?」


 女性は裾の長い黒衣を引きずりながら、ヒルダを見つめる。名匠が生涯をかけて作り上げたような完璧な美貌が、不意に歪んだ。


「ぎゃははははっははははははははは」


 ひきつるような爆笑。


「えっ? えっ?」


 困惑するヒルダをよそに、アローは頭を抱える。まさかこんなに普通に来るとは思わなかった。せめてヒルダたちのいない時に来てほしかった。


『ああああ、ついにこの時が……』


 ミステルが絶望の嘆きを漏らす。


「アロー、お前、女友達ができたんだなぁ、よかったなぁ、妹以外にもお友達ができてっははははははははははははははははははは!! もう、お前がミステル以外の女子と一緒というだけでだいぶ面白いぞ!! ぎゃはははははははははは」


 絶世の美貌が台無しになる酷い笑い声を上げている彼女。


 そう、彼女こそが――。


「お久しぶりです、お師匠様」


「おう、息災ありまくりなようだなぁ、不肖の弟子よ」


 大魔術師クロイツァ。


 その名はローデリヒ・クロイツァ、またはロザーリエ・クロイツァ、と。


(今はロザーリエの方かぁ……)


 年齢不詳、性別不肖。姿も声も性別さえも気まぐれに変える、あらゆる魔術に精通した天才にして『天災』。


「喜べアロー、お前に機会を与えてやる」

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