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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第二部:伯爵城怪異舞踏会編
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閑話:中間管理職の苦悩と未来の英雄

「ぎゃははははははっはははははははははっっ」


 オステンワルドの山間で、大爆笑が響き渡る。


「おい、見ていたか? 見ていたか、ハインツ・カーテとやらよ。この私が手を下すまでもなく、あいつはやりおったぞ!」


『…………はぁ、そのようですね』


「ぎゃははははははっははははははっははははははははっ」


 再び、爆笑が響き渡る。


 そばで通信用の水晶をかざしていたノーラは、完全に引きつった顔になっていた。


 中の討伐が終わった後、ノーラは再びオステンワルドの城下町でギルベルトと情報交換をした。ちょうど、病み上がりのアローがヒルダと一緒に仕立て屋に放り込まれていた頃のことだ。


 そこでギルベルトから竜退治の顛末を聞き、その情報をハインツと『とある人物』に届けるために、わざわざこんな山奥まで来たのだ。


 無論、『とある人物』がここにいるからである。


 そしてその『とある人物』が、今ここで終わらぬ大爆笑を続けている御仁である。


「ぎゃはははははははははっ」


『そろそろ笑うのをやめていただけませんかね』


 通信用の水晶の向こう側から聞こえてくるハインツの声も、実に疲れ切った声になっている。


『そもそも貴方は、我々からの報告を聞くまでもなく、ご自分で全て見守られていたのではないですか? ――クロイツァ様』


 その名で呼ばれた途端、その人物――クロイツァは急に白けたように笑いを引っ込めた。


「無粋だ」


『…………意味がわかりかねますが』


「私の不肖の愛弟子が、人間どころかスヴァルトを動かして常闇竜を封印までやってのけたんだぞ。こんな愉快なことは笑わない方がどうかしている。貴様も笑え」


 水晶の向こう側から、ハインツのため息が聞こえてくる。


『……貴方が手を貸していれば、貴方の愛弟子であるアロー君は困った事態にならずに済んだのではないのですか?』


「また無粋なことを言うなぁ、面白くないぞ、女神の寵愛を受けしものよ」


『面白がっているような場面でもないもので』


「そういう場面だ。貴様は勘違いしている。私はあれをそれなりに可愛がっているつもりだが、甘やかす気など毛頭ない。それでは面白くないからだ」


「そこは嘘でもいいから成長しないからとか言っておくところじゃないかしら」


 クロイツァのあんまりな物言いに、思わずノーラも口を挟んでしまった。しかし、かえってきたのは再び腹の底からの笑い声だった。


「スヴァルトを召喚して竜退治は、我が弟子ながら面白かった。普通はやろうなんて考えん。あいつは思ってたよりもずっと面白い馬鹿だ。褒美をやらねばならん」


『では、アロー君のアレは治していただけるということですか?』


「それはあいつ次第だ。言っただろう。私は甘やかさない。褒美も自分の力でもぎ取ってもらう。その方が面白い」


『貴方のような師匠をもって、アロー君があそこまで純朴に育ったのは奇跡ですね』


「あいつは意外と精神が鋼だぞ? そういう風に育てたからなぁ。まぁ、ミステルが絡むとちょっとふにゃふにゃになるがなぁ、あはははははははははは」


 再び笑い始めたクロイツァに、ノーラはほとんど彫像のように表情を無くして佇んでいる。青薔薇館で日々男を手玉にとってきた彼女にも、どうにも苦手とする人物ができてしまったようだ。


「ハインツ・カーテ。貴様、私の弟子に何をさせる気だ?」


『私にはアロー君をどうこうする権利もないし、意思もありませんよ。まぁ、《上》が同考えるかまでは保障できません。ただ……少なくとも貴方がご不在の間に後見人として面倒をみるくらいのことはしますよ』


「ほうほう?」


『これもしがらみというものでしてね。ただ――私個人の意見を申しますと、《上》が考えているような事態は避けたいものです』


「なるほど。理解した。安心しろ、お前の上司の都合は気に入らんが、その部下に八つ当たりするほど私も根性が曲がっているつもりはない」


 クロイツァは鼻歌をうたいながら、中空に手を差し出した。その手に黒く長い異形の杖が浮かび上がる。


「用事はもう済んだ。後は好きにしろ。私は不肖の愛弟子のために色々してやらなければならないことがあるんでな」


 杖でぐるりと円を描くと、青い光の軌跡が輪を作る。クロイツァがその中に入ると、その光の輪は何事もなかったかのように消えた。クロイツァの姿と共に。


 その場に残されたノーラは、水晶を抱えたままへたり込んだ。


「何あの人、近くにいるだけでめっちゃ疲れるんだけどぉ……。本当、よくアロー君あんな真っ直ぐな子に育ったわね……」


『大体同感だよ、ノーラ。そろそろ戻ってきたまえ、他の娘たちが拗ねるのでね』


「はぁい。あーあ、久々のお外もこれまでかぁ」


 ノーラは水晶を放り捨てる。使い捨ての魔法道具は地面に当たるとともに跡形も残さずに砕け散り。


 彼女は振り返ることもなく素早い身のこなしで山を下りていく。



 遠く、グリューネの大教会で、ハインツ・カーテは頭を抱えていた。


「実にややこしいことになったな」


 今回の一件で、ハインツは裏でいくつか対策を練っていた。


 まずは、オステンワルドにおける事態がとてもアローの手には負えない事態出会った場合、クロイツァに接触して事態の収拾をつけてもらうこと。


 クロイツァに接触できるかどうかは未知数だったが、驚いたことに向こうから接触を図ってきた。完全にこちらの思惑は透けていたということだ。


 その上クロイツァは、古代竜という、本来であればアローに任せるには荷が重すぎる、はっきりと言ってしまえば国が討伐体を編成してもおかしくなかったものを、アローに全て丸投げするという暴挙に出た。


 こちらの思惑を知った上で、全て投げすてた。ある意味、弟子のアローを信頼していたのかもしれないが。


 どうにも腹の底が読めない人物だ。女王陛下ですら従えられない大魔術師が、女神の寵愛を受けているというだけのただの司祭にどうにかできるはずはなかった。


「問題は、アロー君の魔術回路障害か。これを治さなければ、女王陛下は納得しない、が……クロイツァ様が素直に治してくれはしないだろう。いっそギルベルトが途中で離脱してくれていた方がややこしくなかったな」


 ギルベルトには、今回の件ではなるべくアローに最後まで付き合うこと、そしてアローの能力の限界値がどこまでなのかを見極めることを依頼していた。


 彼は傭兵だから、契約すれば仕事はやり遂げる。とはいえ、まさか竜討伐にまで付き合うとは思わなかった。


 何せ、今アローに死なれては困るのだ。生ける使者の王、歩く冥界の門。それがアローという少年の本質だ。生きて制御できている状態で、それなのだ。死んだ時に何が起こるのかまでは保証できない。普通の人間のように死ぬとは思えない。


「私はあいつにアロー君が死ぬような目に合わないよう、頃合いを見て離脱しろと言っておいたはずなんだが……」


 常闇竜を倒すという大きな挑戦に心が躍ってしまったのか、アローの一世一代の決意に傭兵の血がたぎってしまったのか、単に金をせびる口実になると思ったのか。まさか最後までアローに合わせるとは。


「全部か……全部だな」


 なまじ付き合いが長いだけに、ギルベルトの思考回路がよくわかる。


「しかし、テオ君の弓の腕前については興味深いな。今後役に立つかもしれない」


 羊皮紙に今回の顛末を書きとめ――ハインツは壮絶なため息をつく。


「…………どうして私は執務室にいるだけでこんな苦労をしているんだ?」


 女王の思惑と、破天荒な大魔術師と、自由すぎる仲間がことごとくかみ合わない。


 中間管理職の辛さをかみしめながら、若き司祭は独り頭を抱えていた。



 そんなやりとりを知るよしもないアローたちは、馬車の旅を続けている。


「アローさん、見てください! 山鳥一羽とウサギが二羽です! これで干し肉生活とはおさらばですよ!」


「よくやった、テオ!」


「だからミステルさんを僕にください」


「断る」


 保存食の固い塩漬け干し肉に飽きたので、テオが弓でひと狩りしてきたのだ。


「だが、君が今、正直竜討伐の時よりも輝いていることは認めよう」


「じゃあ、ミステルさんを」


「断る」


『断ります』


「ああああ…………」


 実にのん気な旅路を続けている。グリューネまでの道はまだ遠い。


 馬上でしょんぼりとうなだれているテオの手には、オステンワルドで手にいれて、竜をも射ぬいた弓がある。アローとヒルダからの借金のたまものだ。


 テオドール・カペルマン。この十二歳の見習い騎士が、やがて大陸に並び立つ者はなしと言われるほどの名射手として名を轟かせ、その弓は百中の神器とまで讃えられることになるのだが――それはまだまだ先の未来の話である。

次回から第三部が始まりますよ。

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