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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第二部:伯爵城怪異舞踏会編
75/120

73.その想いの名前を知らない

 舞踏会の日。


 ヒルダがリリエと、彼女のお付きの従者に引きずられていき、アローたち男性陣も別室に放り込まれることとなった。拒否権はないらしい。


「何で死霊術師なのにこんなキラキラした服を着なければならないんだ?」


 竜討伐は普段使っているローブで行っていたので、グリューネから持ち込んだ礼装はきちんと無事にあるのだが、リリエが曰く「他国も招く舞踏会には地味すぎます」とのこと。


 急ごしらえをすることになったので、仕立て屋に出向いて既にある程度仕立てが終わっている服を裾合わせしたわけだ。妙に金銀の刺繍やら宝石やらが縫い付けられている服を押しつけられてしまった。


 魔術師用の礼装が、黒魔術を厭うオステンワルドに事前に用意されているわけもなく。聖霊術使いの司祭用礼装で、色は白が基調である。アロー本人の銀髪とあいまって全体的に白くて眩しい。


「いやいや、似合ってるんじゃないですか。さっき没収された死霊術師の正装とかいう変なのよりずっとまともですって」


 運よく逃げおおせ、しれっと騎士の正装で参加するテオが、のん気な声でそう語る。せめてもの抵抗とこっそり持ち込んだ正装を着ようとしたら、お付きの者にさっくりと却下されたのだ。


「変なのじゃない。正装だ、正装」


「俺は面白くていいと思うぜぇ?」


「いや、ギルベルトさん。面白さ求められてる場面じゃないですし。っていうか、今確実に一番面白いのはギルベルトさんです」


 傭兵で体格ががっしりとしているギルベルトは、比較的体型が近いこの城の衛兵から正装を借りてきたらしい。しかし、武骨な彼に煌びやかな正装が似合っているかと言えば、話は別だ。これは酷い。


「君は理由をつけて逃げるかと思っていたんだが」


「どうしてだ? タダでいい飯が食えるんだぞ? 俺と一緒に踊りたがる猛者はいねえだろ」


「納得の理由すぎて困るな」


 間違いなく淑女や年頃の娘には遠巻きにされるだろう。


『お兄様、くれぐれも近づいてくる女にはご注意くださいませ。いつもでしたら私がこの眼で見極めお兄様を狙う不届きものはしっかりと遠ざけてさしあげるところなのですが、今はそれもできません。いいですか、できるだけヒルダの側を離れぬようにしてください。この世には恐ろしい女がたくさんいるのです。舞踏会はナンパをする場所ではありません』


「ん? いや、どっちかというと舞踏会でナンパは正しいんじゃねえの? 俺、傭兵だから貴族の礼節とかはしらんけど、男女で踊るもんだよな?」


『脳筋野郎はお兄様に余計なこと吹き込まないでいただけますか!?』


「おい、アロー、お前の妹本当にブレねえな」


「それほどでも」


「褒めてねえからな?」


 なおもああだこうだと言い募るミステルをなだめつつ、リューゲにもらった竜鋼の首飾りを撫でる。彼女曰く、これは竜鋼に空いた穴を通して無理やり力を外に引き出しているものだから、せいぜい近くにいる力の強い死霊――主にミステルの声を聴くくらいにしか使用できない。


 これから課題は山積みだ。


 しかし、実は魔術回路の修復方法だけで言えば、ひとつだけ可能にできる心当たりはできた。実行できるかは、ともかくとして。


(どうせ帰りも延々馬車の中なんだ。ゆっくり考えよう)


「オステンワルドって結構飯うめえんだよなぁ。期待できるかもしれん」


「ミステルさんのドレス姿見たかったなぁぁ……」


『ジャリガキに見せるドレス姿なんてありませんし。私だってお兄様の煌びやかなる「お姿を一目拝見したかったですし』


 自由気ままに過ごす面々を振り返り、アローはがっくりと肩を落とす。


 なるようにしかならない。どうにかするしかない。こんな面子でも竜を倒せたのだから、きっと魔術回路を治す方法だってどこかに転がっているだろう。



 オステンワルドの舞踏会は、隣国アイゼンリーゼの貴族や要人が招かれる、華やかなものだった。もちろん、ゼーヴァルト側からも要人が続々と駆け付けている。


 王宮からも現女王陛下の甥にあたる公爵が駆けつけていた。道中の世話役としてテオが抜擢された理由が『単純に出身の家柄が良く、比較的自由のきく見習いだったから』というのも納得だ。


 つまり、それなりの家柄の出であるヒルダとテオはともかく、アローとギルベルトは完全に場違いということだった。


 そして、アローは今、とても困っている。


「どちらからいらっしゃったのですか?」


「ええと、その、グリューネから……」


「遠くからわざわざお越しになったんですね、神官様」


「あ、いや、この服は借り物で……その、本業はしりょ……魔術師で」


「あの、あちらにおいしい食前酒がありますの、ご一緒にいかが?」


「えーと、いや、酒は結構です」


「私と一曲踊ってくださいません?」


「ちょっと、今は私がこの方とお話しているのよ!?」


「貴方、私より家柄は下でしょう。下がっていなさいな」


「横取りなんて浅ましいですわよ」


「…………あー」


 とても、困っている。


 今すぐ顔を隠したい。フードつきのマントで顔を隠そうとしたら満場一致で却下されたので、渋々顔を出したまま舞踏会に出ることになったのだが、入れ替わり立ち替わり興味津々の様子でどこぞのご令嬢がやってくる。


(何故だ……僕のブサイクな顔がそんなに物珍しいのか……)


 これはまごうことなきモテている状態なのだが、残念ながらアローはミステルの日々の啓蒙の結果によっていまだに自分がブサイクだと信じ込んでいる。


 自らに訪れたモテ期に気がつきもしないまま、アローは途方にくれていた。ちなみにミステルはついてきたがったのだが、さすがに虚空に向かって話しかける姿を見られると対外的にまずいだろうということで涙の留守番である。


 地下牢に二回もぶちこまれ、アローだって多少は学習した。隣国の要人もいるこの場で、不審者扱いされるのはまずい。


(と、とりあえず、穏便にこの女子の群れから抜け出さないと……)


 あたふたしていると、不意に横からすっと手をとられた。


「ごめんなさい。彼、私の連れですので」


 さらりとそう言って、アローを群がる女性陣の中から連れ出したのは――。


「ヒ、ヒルダ……?」


「何で疑問形なの?」


「ドレスを着てるから……」


「リリエさんに説得されたからね。剣はドレスの下に隠しているから大丈夫。警備はできるわ」


「そういう問題、なのか?」


 竜を倒したことで依頼の内容は果たしているのだから、ヒルダがわざわざ警備に加わる必要はない。この城にはこの城の衛兵がきちんといるのだ。


 ギルベルトなんて、テオと連れだって遠慮なく食べ物をとって回っている。意外にも彼は貴族の警備でこういった場にもぐりこんだことが何度かあったらしく、大勢の群れの中にいると意外に浮くこともなく溶け込んでいた。


「アローがモテモテだったから、しばらくは見守ってたんだけどねぇ。これはダメだなーって思ったから助け舟出しちゃったわ」


「モ……モテてはいなかったぞ? あれは珍獣を見る眼だった」


「本当、貴方って心底ナンパに向いてないわ」


「ナンパ? ナンパというのはこちらから声をかける場合のことじゃないのか?」


「…………本当、向いてないわ」


 ヒルダは肩をすくめて笑い、アローを広間へと連れ出した。


 楽団が優雅な音楽を奏でている。男女が手と手を取り合い、くるくると踊るその中へと。


「せっかくだから、踊りましょうか。踊っていれば女の子に囲まれることはないわ」


「待て、僕は踊りなんて知らないぞ」


「私が知ってる。適当に合わせて」


 確かに、彼女の動きに合わせるだけで自然とアローの身体は違和感なく動いた。音楽に合わせてなる靴音。ひらめくドレスの裾。――しかし。


「ヒルダ」


「うん、何?」


「その、僕は踊りはわからない。……が、周りの様子を見るに、僕は女子の踊りをさせられている気がするのだが気のせいか?」


「大丈夫、私、姉さんの練習に付き合って男の側の踊りも一通り覚えさせられてるから。どんな曲がきてもばっちり」


「全然ばっちりじゃないな!?」


「うーん、でも私が女の方をやるとアローが相当恥ずかしいことになると思うけど」


「今でも割と恥ずかしい状態だと思うぞ」


「あははは、ごめんごめん。この曲終わったら食事しに行きましょう」


「……そうしてくれ」


 くるくる、くるくると。音に合わせて回る。


 女子に囲まれて、女子の踊りをやらされ、ぐだぐだな舞踏会だ。


 だけど不思議と悪くはない気分だった。


 思えば、今回の一件では、ヒルダに助けられてばかりいたように思える。


 本当は死霊なんて見たくもないはずなのに、その中でもアローを守って戦ったのはヒルダだ。諦めずに竜に立ち向かったのも、ミステルを失ったと思い込んで嘆くアローを救ったのも、気がかりだった母親のことに答えをくれたのも。


 彼女は生まれて初めての友達。


 一度は別れて、王都で再会して。


 彼女はいつだって迷わずにアローに手を伸ばす。


(ヒルダを見ていると、何だか…………何だか?)


 親愛と呼ぶべきなのか、羨望と呼ぶべきなのか。今まで知りえなかった感情が胸の中に渦巻いている。


 ――アローはまだ、その感情につけるべき名前を知らずにいる。



 その舞踏会の片隅で、リリエ・アレクサンダーは辺境伯ファルクの前に立っていた。


 仕立てたばかりのドレスの裾をもちあげて、ゆっくりと礼をする。


「私と一緒に踊って下さらない?」


「この老いぼれとか?」


 どこか眩しいものを見つめるように、辺境伯は目を細めた。


 数十年の時を経て、かつて愛し合った二人はようやく向き合えている。


 見た目だけは父と娘以上に離れてしまった。今では彼の息子夫婦の方が、リリエよりも年上に見える。それでも。


「できれば、若い後妻を娶る気になっていただけると嬉しいのだけど」


「君はそれでいいのか?」


「それがいいから、私はこの道を選んだのよ、ファルク」



 辺境伯ファルク・アレクサンダーはこの翌年、年若い後妻を娶った。あまりにも歳が離れていて、家柄も定かではないその娘との結婚に、周囲は遺産目当てではと疑心暗鬼に駆られたが、その若い後妻は特に何を求めることもなかったという。


 ただ、時間を惜しむように、この辺境伯の夫婦は死が分かつ時まで静かに寄り添ったのだと、後の文献は語っている。

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