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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第二部:伯爵城怪異舞踏会編
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71.ブレない少年騎士と宴の誘い

  それから数日。結局アローに死霊術の力が戻ってくることはなかった。


  一応治癒術師に聞いてみたのだが、聖霊魔法の治癒術でできるのはあくまで損傷した肉体の修復と、最低限の体力回復だけのようだ。魔力は自然回復の他にも、魔法薬である程度回復できるのだが、それで回路が修復しないのはアローが身をもって体験している。


 要するに、手詰まりだ。


「まさか竜を倒した後にこんなことになるなんて」


「本当ですよ、絶望しました」


 寝台の脇で、椅子の上で膝を抱えて座りながら、テオは怨念のように呟いた。


「せっかくミステルさんに俺の活躍を聞いてもらって、大幅に好感度を上げて『テオって素敵!結婚して!』って言われる流れだったのに……ミステルさん本人がいないんじゃ意味がないじゃないですかぁ」


「わざわざ裏声まで使って演技してくれたところ悪いんだが、兄として妹は渡せない」


「そこを何とか! もう一声!」


「露店の値切りみたいに妹を要求してくるのはやめてくれ。……まぁ、君の頑張りについては正当に評価するが」


 実際、この残念な顔で泣きべそをかいている少年がいなければ、色々とままならなかったのだ。彼が竜鋼の矢で決死の一撃を放っていなければ、断末魔の竜が暴れて洞窟ごと埋まっていた可能性すらある。


「そうですよね、俺、すごいですよね」


「ああ、百年後には伝説になっているかもな」


「じゃあ、ミステルさんを僕にください」


「だが断る」


「ちょっとだけ……せめて一回だけおつきあいさせてください」


「ミステル本人が了承したならともかく、僕が勝手な約束をするわけにはいかない」


「あの、ミステルさんがお戻りになられたあかつきに、少しばかりのお口ぞえをいただければとー」


「断る」


 今日一日、彼はずっとこんな調子で、ミステルが呼び出せなくなったことへの嘆きと、そこから今のうちにアローにミステルとの仲をとりもってもらおうという姑息な工作に明け暮れている。


 ミステルが呼べなくなったことで動揺していたのと、純粋に身体の治りが遅かったのでふさぎ込んでいたアローも、テオのあまりのブレない通常営業ぶりにはいつもの調子を取り戻さざるをえなかった。


(テオのおかげで冷静にはなったな)


 魔術回路は細長い糸のような管だ。人間の場合は体中に巡っているので、『魔力用の血管』と表現すべきかもしれない。もちろん、目に見える物質として存在しているわけではないから、身体を切り刻んでも見えることはない。


 魔法薬でも治せない、治癒術でも治せない、スヴァルトにも治し方はわからない。そもそもあのリューゲが驚いたくらいなのだ。伝説級の異常事態なのだろう。


(というか、普通はあんなことやったら死ぬからな)


 今にして思えば、治癒術で怪我を治してもらっても数日熱が下がらなかったのは、せき止められて行き場をうしなった魔力が同じ場所をぐるぐる回っていたせいかもしれない。身体が慣れたのか、それとも例の絶望を液体にしたかのような不味さをしている薬を連日飲まされたせいなのか、やっと平熱に戻ったのだが。


(早いとこどうにかしないと、それこそ『壊れる』な)


 リューゲは、せき止めた水を流したら洪水になる、と言った。アローが本来持っている魔力の分だけなら、暴発してもまた三日半寝込むだけですむかもしれない。しかし、死霊の制御を失って暴発する可能性があるのは笑えない。


「そういえば、ヒルダはどこにいったんだ?」


 ミステルがいなくて落ち込んでいるアローを気にしてか、彼女は毎日世話を焼きにきていたのだが、今日は一度も顔を見ていなかった。


 テオはどんよりとした顔のまま、やる気なさげに答える。


「竜の件でリリエさんと辺境伯にご報告だそうですよー。アローさんも良くなったし、もう心配いらないだろうってことで」


「そ、そうか。何か悪いことをしたな」


「まー、騎士の仕事ですからねー」


「君も騎士だろう」


「見習いのぺーぺーに手伝うことなんてないでーす」


 完全にいじけきっているこの少年には、竜に立ち向かっていった勇気の面影はない。


 アローは軽くため息をついた。古代竜討伐なんて、伝説的な偉業を成し遂げたはずなのに、何とも締まりの悪い終わり方だ。


 ちなみにギルベルトはと言えば、竜の尾に思い切り弾き飛ばされて瀕死の重傷を負っていてもおかしくなかったはずだというのに、誰よりも元気である。彼は竜の尾からむしり取って来たというヒレを街に換金しにいったいる。たくましい。


 アローはしょっぱい気持ちに浸っていると、不意に部屋がノックされた。


「アローさん、おかげんいかがですか?」


 リリエの声だ。「大丈夫だ」と答えると、扉が開く。ヒルダも一緒だった。竜退治の件を教会と国にどう報告するかをまとめた後、そのまま連れだって来たのだろう。


「本当ですね。元気そうで良かったです」


 竜の一件が落ち着いて肩の荷が下りたのか、リリエは今まで見たことがないくらいにニコニコと笑っている。


「あの、アローさんにお礼がしたくって」


「別にいいぞ。依頼を受けてやったことだし、お礼は教会にでも支払ってくれ。僕はそこからきちんと自分の取り分をもらうから、安心しろ」


「いえ、そうではなくてですね。これはアローさんに持っていただかないと意味がないものですので」


 そう言って彼女が差し出したのは、美しい絹の布で包まれたものだった。不可解に思いながらも手に取って、布を開く。そこにあったのは菱形の石のついた首飾りだった。黒い表面は光にうっすらと青が宿り、銀色の光の粒が煌めく。


「ぎゃぁ! 俺の年収分!?」


「…………テオ。ちょっと黙ってくれ」


 後ろからこっそりのぞき込み、竜鋼だとわかって驚きのあまりしがみついてきたテオを、アローはぞんざいに肘で引きはがす。


「すみません、俺の年収分何本も竜にぶちこんですみませんでした」


「それは必要経費だから、いいからちょっと黙ってくれ」


 うずくまるテオを押しやった後、改めてアローはその竜鋼の首飾りを光にかざした。よく見ると、菱の真ん中に小さな穴を穿ってある。


「僕個人がもらうには過ぎた品だとは思うが、渡した理由を聞いてもいいか?」


「それは私が答えてあげるわぁ」


 その声と共に、リューゲがふわりと中空から降り立った。


「まずはそれ、首にかけてごらんなさい」


「ん? わかった」


 黒妖精が出てきて理由もなくそんなことを言うはずもない。素直に首飾りをかけた。紐は何という事もない、ただの皮ひもだ。しかし、アローが首にかけた途端、石が一瞬ぼんやりと光を放つ。


「……魔法道具か?」


「ご名答ね。それで、妹さんに話しかけてみなさい」


 意外な言葉に、アローは戸惑う。しかし、それでもすぐに遺灰の入った瓶へと手を伸ばした。


「え? あ、その、……ミス、テル?」


『お兄様? よくぞご無事で!』


「ミステル、ミステルか!?」


『はい、お兄様、私です。あの……外に、出られないのですが』


 彼女の声は困惑に満ちている。それはそうだろう。彼女は姿を現していない。どうやら灰の中に閉じ込められている彼女の魂と、直接会話をしている状態らしい。


「ごめん、ミステル。詳しくは後で話すが、僕は今死霊術を使えない」


『え……ええ?』


 ミステルの声が更に困惑したものになる。それはそうだろう。何せ息を吸うように簡単に死霊を操って来たのに、ここにきて突然、術が使えなくなるなんて、アロー自身だって考えもしなかった。


「その首飾りは、貴方のねじれてしまった魔力回路のごく一部だけを外に出力するための装置として機能するわ。言ってしまえば外付けの制御装置ね。本当に少ししか取り出せないから、声をきくくらいしかできないけれど」


「これは、君が作ってくれたのか?」


「貴方に簡単に死なれると拍子抜けだもの。退屈させないで欲しいものね。後は、そこの騎士の小娘ちゃんの懇願に、今回は従ってあげたっていうだけ。情状酌量というやつねぇ。ありがたがっておきなさい」


「そうか、リューゲも、ヒルダも、ありがとう」


「私、何もしてない気がするけど……」


「しただろう、たくさん」


 竜を前に、諦めることなく立ち向かった彼女がいたから、ここにいる皆がアローを信じてくれたから、今がある。


(僕はまだ、孤独じゃない。森にいた時よりもずっと、孤独じゃない)


 自分とミステルと師匠だけが世界の全てだったあの頃とは違う。


「うええええええ、ミステルさあああああん、俺頑張ったんですよほめてくださああああい! ついでに好きです付き合ってくださあああああい」


 うずくまっていたテオが、ミステルの声を聞いてか急に元気を取り戻してアローにすがって来たので、もう一度肘で沈める。テオにももちろん感謝はしているが、それはそれ、これはこれ。お兄さんは許しません。


『ああ、ジャリガキが今どんな無様な姿をさらしているのか見ていなくても手に取るようにわかりますわ』


「まぁ、付き合う必要はないが、褒めてやってもいいぞ。テオがあそこで踏みとどまって年収分の矢をばかすか撃ちまくってなければ勝てなかった」


「年収分の矢のことは思い出させないでください!!!!」


『ああ、本当に想像するまでもなく器の小ささが伝わってきますね』


「私もミステルの毒づく姿が手に取るようにわかるわ」


『ヒルダ、やめてください。お兄様が誤解をなさったらどうするんですか』


「誤解っていうか、いつもアローの目の前で思い切りやらかしてるよね?」


『黙ってください。…………あと、それとは別に、今回の頑張りとお兄様に助力していただいたことに関しては、その……感謝、してますから』


「やったー!! ミステルさんのデレがきたー!!」


『デレてませんっ!!』


 ミステルの声が聞こえてくるだけで、日常が戻ったような気持ちになる。もちろん課題は山積みだ。ずっとこのままでいるわけにはいかない。


 ミステルにきちんとした身体を作ってあげるはずが、むしろ大きく後退してしまった。死霊術の力を取り戻さなければ、これからいくらモテても意味がない。魂を分けてもらうことができないのだ。


「ところで、アローさん、ミステルさん、お体の方がもう大丈夫なのでしたら、私……お願いがあるんですけどよろしいですか?」


 今まで微笑ましそうに様子を伺っていたリリエが、やたらと目を輝かせながら話に割り込んできて。


 アローとヒルダは顔を見合わせる。


「あの、ヒルダさん、ドレスとか興味ありません? アローさんにも、殿方用の衣装がたくさんあって、あ、もちろんテオさんやギルベルトさんにも用意できるんですけど」


「待て、リリエ。何の話をしている?」


 いっこうに意図が読めず、アローは首を傾げた。しかし、ヒルダの方は何事か察してしまったようだ。苦笑いになる。


「あ、あの、リリエさん……私は騎士としてここにいるので……」


「もったいないですよぉ! ドレスを着ましょう! 私、ヒルダさんなら絶対に似合うと思っているドレスがあるんです! 試着だけでも! さぁ!」


 竜退治のことですっかりと忘れ去られていたのだが、この彫刻城では舞踏会を控えているのである。


 そして、アローの療養で思わぬ足止めとなった結果、その期日はすぐそこに迫ろうとしていた。


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