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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第一部:王都グリューネ怪事件編
7/120

6.気にするところはそこでした

 これは夢だ。

 漠然と、そういう実感があった。

 二つの目が映し出す景色は、いつもよりも目線が低い。伸ばした手はまだ小さく、話す声も高い。夢の中で、アローは子供の頃に戻っていた。

 夢だとわかっているのに、体は勝手に走り出す。アローはただ傍観者となって、小さな自分の行動を見守るだけだ。

 場所は住み慣れた森の中ではない。都の大通りのようだった。

 まだミステルと出会う前には、アローは何度か都に足を運んでいた。正確にはアローを拾って育ててくれた魔術の師匠が、用事を足すついでに連れてきてくれたのだ。厳しい師匠だったが、都に来た時は気前よく菓子を買ってくれるので、喜んでついていった。

 ある日を境に、アローは都についていくのをやめた。一人で留守番をするのが問題ない歳になったというのもあるが、原因はもっと別のことだ。

 子供の駆け足にあわせてゆっくりと動いていた景色が、不意に暗転する。小さな女の子の泣き声。土に汚れ、所々破けたドレスに身を包んだ、育ちの良さそうな少女。七、八歳だろうか。

 この辺りで、アローもこれが過去に起こったできごとの再現だと気がついた。師匠に連れられて都に来たある日、いつまでも魔術書の店から師匠が出てこなくて、とても退屈していたのだ。

 気まぐれに大通りを歩いて、一人の少女と仲良くなった。名前はよく覚えていない。顔もおぼろげだ。金髪だったような気がする。貴族の子供だったんだな、と思ったのは後になってからだった。

 少女はおてんばな子で、ドレスが汚れるのもいとわずに裏通りを二人で探検した。そして、誘拐犯に襲われたのもその時だった。手足をしばられて、狭くて暗い部屋に閉じこめられて。アローに理解できたのは少女がお金のために連れ去られたのだということと、どうやら自分は巻き込まれたらしいということだ。その時は、とにかく少女を助けなければならないと、一心に考えていた。

 だからかもしれない。いつも自然に聞こえていたその声に、初めて自分の意志で『命令』をした。

「僕と彼女を守れ」

 その後は、この夢の通りだ。彼女は泣きやまない。すでに誘拐犯の姿はなく、アローは自分がやったことの意味もわからないまま、ただ漠然と『間違ってしまった』ということだけは実感していた。

 ずっと、少女の泣き声が響いている。ここはすでに小屋ではなかった。小屋であった残骸が辺りに散らばっている。そこに師匠がやってきて、呆れたような、どこか悲しんでいるような声で言った。

「馬鹿弟子が。お前はしばらく森から出るのを禁止する」



 目を覚ますと、素朴な板の天井が広がっている。少なくともそこに師匠はいないし、少女もいない。

「夢か……また、ずいぶんと懐かしいものを」

 何度か瞬きをしてから起きあがって辺りを見回すと、質素な寝台が大部屋にいくつも並んでいた。

 それで、アローは自分が教会の所有する宿舎に間借りしたことを思い出す。

 建国祭や秋に行われるフライアを賛美する豊穣祭の際には、国中から教会への巡礼者が訪れる。主にその時に使われている宿舎で、普段は遠くからの巡礼者や司祭になるために修行をしにきた若い僧侶が寝泊まりに使っているらしい。

 宿がないアローに、ハインツが用意してくれたのだ。命を育む豊穣の神のたもとで、死霊術師がすやすやと爆睡していたというのもどうかと思うが、特に女神の怒りに触れた様子はない。ハインツにも自分を案内してくれた下位の僧侶にも、良くしてもらったと思うが。

(あの司祭を信用していいのかどうかは、悩むところだな……)

 高位の司祭の割に軽薄な言動は、多少はめをはずしたところで彼の地位が揺らぐことはないという自信の現れでもある。恐らく、彼は見た目よりもずっと「できる」男だ。

「うーん、でも、教会のお膝元だしな」

 アローを犯人だと思っている風ではないし、ミステルとの証言を元に乗り合い馬車の御者に確認をとり、アローが昨日の朝に到着したばかりであることは実証された。衣装が特徴的だから覚えられていた、というのは若干納得いかなかったが。死霊術師の正装は、なぜここまで評判が悪いのだろう。もしかすると、死霊術が誤解を受けているのは格好のせいだったのだろうか。

 アローはこわばった肩をほぐすようにぐるぐると回す。毛布、堅い枕と藁にシーツを掛けただけ寝台はお世辞にも寝心地がよいとはいえない。とはいえ、今まで暮らしていた森の山小屋も、設備で言えばたいして変わりはなかったので、不満は特になかった。

 幸いというべきか、今はアロー以外に誰もいない。ミステルを呼んでも問題なさそうだ。

 世間知らずなアローもさすがに、人目があるところで姿の見えないミステルに話しかけるのは、相当まずい行為だったことは察している。昨日の一件ですっかりこりた。

「ミステル」

「お呼びですか、お兄様」

 隣に、ふわりと妹が姿を現す。

「今日これからのことを話す。あと、そういえば、ミステルが正装をしているのを見たことがないな、と思って……少し気になった」

「あんなダサ……崇高な衣装は私にはもったいないですから。お兄様にこそふさわしいのです」

 妹が前半に少々不穏に口ごもったことを、アローはさほど意に介さなかった。優しい彼女は、自分の外見の醜さを気遣って言葉を濁してくれたのだろう。普通にそう考えただけだ。それくらい、アローはミステルを信頼している。

 改めて半透明のミステルをじっと見つめる。その服装は生前、都に行く時によく着ていた深い藍色のワンピースに魔術文字を金糸で縫いつけた黒いケープというものだ。

 その姿をじっと見つめた後、アローはそこはかとなく納得した。

「ミステル、お前はその服装が一番似合っているからそれでいい」

「今はお兄様の使い魔なのですから、他にお好みの姿があれば着替えますよ。メイド服でも何でも」

「……うーん、ミステルはメイド服って感じじゃないな。メイドとは、あれだろう。子供の頃にミステルが読んでいたあの、お姫様の絵本の、使用人だろう?」

「気にするところはそこでしたか。メイドの認識はそれであっていますよ。それで、本題の今日のことですか、これから街に出てナンパを致しますか?」

「それは一旦やめる。騎士団へ向かおう。ヒルダに会うぞ」

 ミステルはあからさまに嫌そうな顔になる。どうにも彼女はヒルダのことがカタリナ以上に嫌いなようだ。初対面があれでは仕方がないのかもしれない。

「この際だから、呪殺事件の解決に協力する」

「犯人の疑いは晴れたのではないですか?」

「なし崩しにな」

「ご自分でお調べになって、潔白を証明なさるのですか?」

 アローは首を横に振った。犯人扱いではなくなったのだから、身の潔白はこの際どうでもいい。むしろ死霊術師の偏見が根深いという教訓を得られただけある意味価値があった。これからは軽率に身分を明かすのは考えなければ。

「いくつか気になることがある。お前の死因にも関わることだ」

 ひとつは、呪殺事件がカタリナの言う『美人薄命病』とやらだとすると、ミステルの死因が単なる病死ではない可能性があること。さらに、ミステルが呪殺されたのだとすると、魔術に造詣が深い彼女を騙せるほどの高度の呪術を使えるということ。そうなると、騎士団がどうこうできる問題とは思えないこと。

 ハインツが関わっていることを考えれば、騎士団にも魔術関連の事件では教会と協力体制を敷くか、または逆に協会側から騎士団に協力を乞う制度があるのだろう。

「司祭は何かしら気づいているとは思う。だけど、ヒルダはどうだろうな」

「私の死因は純粋に、ただの病死だと思われますよ?」

「万が一ということもある。それに、やっぱり自分が巻き込まれた事件をただ眺めているだけというのは寝覚めが悪い。騎士団と仲良くしていれば、不審者扱いもされなさそうだしな」

「ああ、お兄様がそんな打算的なことをおっしゃるなんて」

「気にするところはそこなのか」

 今度はアローが、呆れ半分のまなざしで妹の嘆きを受け流す。

「お前の姿は誰にでも見えるようにしよう。その方が安全だ。相手が呪術師ならば、気づかれやすくなるが……まぁ、おびき出すつもりでいくぞ」

「私としては、お兄様にはあまり危ないことはなさらずにナンパをお楽しみいただきたいのですが」

「昨日の今日でナンパの成功率があがるとは思えない。特に楽しいことにはならないさ。それに、僕はそこまでひ弱じゃない」

 森で暮らしている間は、弓や短剣で獣を狩って生活していたし、師匠はアローに魔術だけではなく基本的な戦闘術を教えてくれている。相手が裏通りのごろつきや少しばかり攻撃的な魔物程度なら、問題ない。

「せっかく都まで出てきたんだ。できることはやってみるさ」

「そうですか」

 ミステルは少し悲しそうに目を伏せる。

「ところでお兄様、ひとつ残念なお知らせが」

「何だ?」

「先ほど、お兄様が私に語りかけているのを目撃した、同室にいたご老人が必死に神へのお祈りをしつつ去っていきました」

「……それは申し訳ないことをしたが、たぶん、フライアのご加護でミステルは消えないと思うな。ここも一応神殿の施設内なのに、普通に話ができてるし」

「気にするのはそこですか」

 呆れと感心がない混ぜになった声音で、ミステルは本日すでに三回目のその言葉を口にした。


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