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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第二部:伯爵城怪異舞踏会編
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64.紅の世界の外側で

 アローが一人、冥府の片隅で奮闘していた頃、アローの体は杖にすがったまま微動だにせずそこに立ち尽くしていた。


「だ、大丈夫なの? 動かないけど」


「ま、死にゃしねえだろ。それよりも、俺らが死なない心配をした方がいいぜ?」


 心配そうにアローを見つめるヒルダの傍らで、ギルベルトがあごで地面を指し示す。そこにあったものは。


「ひゃっ!?」


「頼むぜ戦女神さんよ。さすがに俺一人じゃこの量はきついんでね」


「わわわわわかった!! だだだいじょ、うぶ、けけ剣できれるからぁぁ……」


「本当に大丈夫かよ」


 地面から伸びていたのはおびただしい量の手。赤く黒く、時には骨の白。その群の中心に、目を閉じたままアローは動かずに立っている。


「ひぎゃあぁぁ!」


「おい、俺はあんまそういうのこだわらねえ方だが、その悲鳴は女子としてどうなんだ?」


「ららららいじょうぶれす!」


 完全に大丈夫な様相ではなかったのだが、それでもヒルダは騎士としての使命感で、そして友人を守りたいという切実な願いで踏みとどまった。


 腰に帯びているのは二本の剣。それぞれ聖霊魔法を帯びたものだ。死霊だって斬ることができる。


 まずはアローに群がり始めていた死霊を、一閃で凪ぎ払う。反対側に回り込んでもう一払い。直立のままのアローを庇うように、彼のすぐそばに立った。


「やれるみてえだな」


「け、剣で斬れます、から!」


 見た目が死霊なだけで、斬って捨てるのだから魔物と同じだ、必死になって自分に言い聞かせた。これは魔物。これは魔物。剣で斬れる。怖がる必要なんてない。


(これで怖がっていたら、命をかけているアローに顔向けできないもの)


 多少討ち漏らしたところで、ギルベルトがいる。ギルベルトは戦場を駆けるがごとく、死霊を剣でバサバサと切り倒している。まるで躊躇がない。


 今のヒルダにできることは、とにかくアローにとりすがってくる死霊を払うことだ。結界の外に出さないようにする役目はギルベルトに任せる。


 ……しかし。


(アローとミステルは、結界は七つあるって言っていたはずだけど)


 結界が成立する度に、光が降りてきて周囲が淡く光る。だけど、ヒルダの記憶が正しければ、まだ六回しか光がこちらに降りてきていない。


「おい、やべえぞ。あいつら、結界作るのに失敗したんじゃねえか!?」


 ギルベルトも同じことを気にしていたのだろう。しかし、ここにいる二人にはどうにもしようがない。アローは魂を冥府の奥深くへと飛ばしている最中だから、もちろん無理だ。むしろ不完全な結界の中で、アローの護衛をしながら暴れる死霊を始末しなければならない。


「ま、十二歳のガキに頼るのは無理があんよな。いくぜ戦女神さんよ。ここが踏ん張りどころだ。ハインツの野郎に大枚せびってやるぜ」


「私も今回の魔法剣の代金、カーテ司祭に請求してやろうかしら」


 アローが奥に行くに連れて、湧き出す死霊も増えていく。正直、そろそろ二人にも無駄口を叩いている余裕はない。斬って、斬って、斬って。いつしか恐怖心も麻痺して、剣の下僕になったかのように、ただその鋼で死霊を斬り裂く。冥府へと送り返す。


「おい、あぶねえぞ!」


「えっ!?」


 アローの背を守っていたヒルダの背後、つまりアローの正面。ちょうど死角だった。少し離れていたギルベルトは気づくことができたが、すでに遅く。


「アロー!」


 幾つもの死霊がより集まってできた強大な腕が、少年の体をつかみ、結界の透明な壁にたたきつける。


「このっ!」


 ヒルダがその腕を切りつけ、地面に倒れまま動かないアローの元へと走る。


「アロー、大丈夫」


 半身を抱えあげるも反応はない。息はあるから、まだ魂が冥府から帰ってきていないのだろう。


「おい、戦女神さんよ、これはちょっとやべえぜ。まだやれるか?」


「やらなければ死ぬだけよ」


 しかし、倒れたアローを庇いながら、猛威を増す一方の死霊をたった二人で退けるのは難しい。


「アローから、離れろぉっ!」


 なおもはいずりよってくる巨大な死霊の腕を魔法剣で斬り裂く。ギルベルトの助勢を受けたいが、彼も手が足りない状態だ。


「きゃあっ!」


 アローごと足下をすくわれ、放り投げられる。何とかアローの体をつかんで受け身はとれたものの、無傷とはいかなかった。ごつごつとした岩の地面を転されて、きっと細かい傷や打ち身だらけだろう。アローも同じだ。ヒルダが庇ったとはいえ、意識がない彼には受け身などとれるはずもないのだから。


 地面に落ちた剣に、とっさに手を伸ばす。しかし、その剣は半ばで折れていた。死霊を斬りすぎて聖霊魔法の効果がきれたのかもしれない。


「……本当に二本目の代金を教会に請求する必要がありそうだわ」


 寝不足で浮かれながら所持金の大半をはたいて買った魔法剣がなければ、武器を失うところだった。


「おい、嬢ちゃん、アローをよこしな!」


「へっ?」


 ギルベルトがものすごい速さで駆けてきたかと思うと、アローの体を小脇に抱えて再び走り出す。


 そのまま左腕でアローを抱え、右腕で剣を振るって死霊と戦い始めた。無茶苦茶なやりかただ。しかし、この状況ではアローを庇いながらヒルダが戦うよりは、力のあるギルベルトにアローを任せてヒルダが速さで剣を振るう方がいい。役割交代ということだ。


「アロー、落とさないでね」


「おう、任せとか」


 騎士と傭兵は再び剣を振るう。


 仲間がやりとげることを信じて。



「あ、当たらない……」


 その頃、上層ではテオが震えながら弓に矢をつがえていた。


 6つ目までは3回ほど外したものの、何とか結界を作動させられた。元より、普段の彼ならばたやすく当てられる的だった。


 自慢ではないが、テオは目の良さだけには本当に自信がある。弓の腕だって、故郷では絶賛されていた。騎士団に入ったのは渋々であったけれど、本当はテオだってわかっている。兄が多く家の資産を継ぐことができない自分にあるのは、居候として細々暮らす未来か、この弓の腕で成り上がるかだけだ。


 勉強がものすごくできるわけじゃないし、商才だってない。持ちうるものが生まれた家柄と弓だけならば、騎士団は最適な場所だろう。だから渋々ながらに試験を受けた。しかし、戦もなく安穏としたこの国では弓の出番は剣よりも少なく、小馬鹿にされるばかりで意欲を失っていた。


 アローは変な人だと思う。弓をバカにはしなかった。他の誰も、テオが自分から言わないと気づくことはなかったこの目の良さに、歩いている最中の仕草だけで気づいた。言っていることがズレていて突っ込みどころが満載だけれど、それは純粋に嬉しかった。


 本当は誰かの役に立ちたかった。誰かに必要とされたかった。逃げてもよかったし、逃げる機会もあったのに、今この場にいるのは、力が必要だと言われて嬉しかったからだ。ずっと、誰かに認められたかったのだ。


 それなのに、最後の一つになって手が震える。何度も外して、この矢でもう最後だ。これを外したら結界は完成しない。手が震える。手どころか、歯もカタカタとなっている。もう失敗できない。これを失敗したら、自分は、この場所はどうなるのだろう。


「テオ……」


 ミステルが、小さくその名を呼ぶ。


 彼女が名前を呼んでくれたのは初めてかもしれない。そんなことを、思いながら。


「お願い……お兄様を、助けて」


 それを聞いた瞬間、震えが止まった。


 一目惚れをした少女が、自分を頼ってくれている。その事実に、失われかけた勇気が戻ってくる。


 剣で斬れるものなんて何も怖くない。憧れの先輩騎士であるヒルダは、いつもそう述べている。


 ならば自分は、この矢で射れるものならば何も怖くないはずだ。弓のことをバカにしてくる、同期の見習い騎士たちも。お前に継がせる資産などないと嘲笑った兄たちも。結界くらい、なんていう事はない。


「……この矢が届くなら、怖くなんか、ない!」


 矢を放つ。鋭く風を切り飛んだ矢は最後の結界の石を見事に射止めて、石の輝きが散っていく。


「や、やった!!」


 拳を握りしめて高く天井へと突き上げたその時だった。


 おびただしい量の死霊の腕が、煉獄の炎が、穴の底から湧きあがる。


「へあっ!?」


 思わず尻もちをつく。結界が作動しなかったのかと思えば、死霊は見えない壁にさえぎられているように一定の場所からこちら側からはやってこない。


「恐らく、兄様がスヴァルトの故郷にたどり着いて、扉を開けたのだと思います。間一髪でしたね」


「え、ええ……一瞬遅かったら俺、あれに呑みこまれてたんですか……こわ……」


「しっかりしてください。貴方がやりとげたんです。それと、まだ油断しないでください。お兄様の魔力が尽きたら私は姿を維持できなくなって消えます。そうすると、私が維持しているこの結界も同時に消えますので。そうなったら、たとえ竜をどうにかできても、制御しきれない死霊まみれになってしまっては意味がありません」


「詰んでないですか!?」


「まだ詰んでいません。貴方のおかげで。ありがとうございます」


「………………ど、どういたしまして」


 常に塩対応だったミステルの素直な謝意に、テオは何故か自分の方が頭をさげてしまう。基本的に褒められるのになれていない。


「で、でも俺、もう矢が尽きてしまったし……これ以上できることなんて」


「ありますよ、矢なら」


 その言葉を発したのは、ミステルではなかった。


 テオとミステルが声の主を振り返ると、そこには矢筒を抱えたリリエと、その後ろにステルベンが付き従っている。


「貴方は足手まといだから城で待っていろと言ったはずですけど」


「いいえ、ミステルさん。私も当事者です。何よりも、私がいないと彼は動きませんから」


 後ろにいるステルベンを示して、リリエはいつになく強気な笑みを浮かべた。


「リューゲだけに任せているわけにはいかないわ。そうでしょう、お父様?」


 ステルベンは苦虫をかみつぶしたような顔で、渋々といった様子で頷いた。

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