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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第二部:伯爵城怪異舞踏会編
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62.神様はいない、どこにもいない

 リューゲの協力を得られたので、アローは三日後の新月の晩を決行の日とした。


 あれからずっと、ミステルはすこぶる不機嫌だ。リューゲとの契約がよほど気に入らなかったらしい。今日は遺灰にこもっている。呼べばでてくるのだろうろは思う。しかし今はそっとしておいた方がいい気がした。


 そして不機嫌というわけではないが、すこぶるおびえているのが約一名。


「ああ……俺、あともう少しの命なんですね」


 テオが今日もガタガタ震えながら女神フライアに祈りを捧げている。窓際で手を握って延々神頼みの最中だ。


「そこまでおびえているなら逃げ帰ってもよかったんだぞ?」


「今この段階でそれ言います!?」


「別に死にたくないから、逃げるという選択についてどうこういう気はない。残ってくれたら全員の生存率があがってありがたいが」


「俺にだって善意の呵責くらいありますし、ぶっちゃけミステルさんに嫌われたくないです!!」


「命とミステルにいいところ見せたい気持ちを、たやすく天秤にかけられるあたり、意外と余裕だな」


 モテを目指す道はこういうことなのか。テオをみているとアローは色々と猛省させられる。けっしてテオを見習おうという意味ではない。


「だいたい、フライアは万物の豊穣と共に、死も加護している。この場合の神頼みの相手としては不適切じゃないか?」


「それも今この段階で言います!? いいんです、女神フライアだったらきっと何とかしてくれます! 女神様はわけへだつことなく人を救うって、教会でも言ってたし!」


「大ざっぱな神頼みだな」


「神様ってこういう時に奇跡を起こしてくれてこそでしょう?」


「その基準でいくと、フライアは女神ではなくなるな」


「はいぃ?」


 ものすごく素っ頓狂な声で聞き返された。


「さすがにそれは罰当たりな物言いね……。アローも一応フライアの信徒じゃなかったっけ?」


 恐らく、テオよりはよほど敬虔なるフライアの信徒であろうヒルダが、呆れた様子でため息をつく。


「そうだが、誰もを平等に救う奇跡をもたらす存在が神だと仮定すると、フライアを初めとして教会や神話が神と認める存在のほとんどが神とはいえないことになる」


「あー、そうだな。めっちゃひいきされてる奴が現にいるもんなぁ」


 だらしなく長椅子に寝ころんでいたギルベルトが、納得したようにそう声を上げた。


「た、確かに……カーテ司祭のことを考えると、そういうことになっちゃうわね」


 ハインツは女神フライアの特別な加護を受けている。だから他の人間にはできない聖霊魔法の即時発動や、上位聖霊魔法を単独で行使できる。言ってしまえば、女神にひいきされているということだ。この時点で神という存在が、人間を平等に救う存在ではないことが証明されてしまう。


「神に祈れば誰でも救われるなら、僕らがここで命をかける必要はない。だから、その定義でいくと、神様なんてものはどこにも存在しないことになる」


「……教会関係者が聞いたら卒倒しそうな理屈だわ」


「いやぁ、ハインツだったら普通に笑って爽やかに肯定すると思うぜ?」


「カーテ司祭はそうでしょうけど。アローって、普段ポヤっとしてるのに、たまにすごく擦れたこと言うわね」


「そうか? 僕にだって神に祈ったことくらいあるぞ?」


「えっ、いつですか? アローさんが神に祈るってどういう状況ですか?」


 祈りのポーズのまま、テオが振り向いた。


「……それは」


 ミステルが、死んだ時だ。


 気づくと遺灰の入った瓶に手を添えていて、それでさすがのテオも何かを悟ったらしい。しおらしく「すみませんでした」と頭を下げた。こういうところは本当に素直なのが彼の美点だろうか。


「都合よく救ってくれる神様はいない。どこにもいない。だから僕は神にはさほど期待していない。全く信じないわけではないが」


「そうねぇ。私もその方がありがたいわぁ。フライアはアールヴの味方だもの、あんまり信心深い子だと私もちょっとやりづらいもの」


 気づくとリューゲの姿が中空にただよっていた。アローと契約したことで、封印の場所の外にもアローを通じて姿を見せられるようになったらしい。


「せっかく力を貸すんだもの、私をもっと楽しませてね」


「楽しませるためにやるわけではないが」


「知ってるわ。確認しておくけれど、私が手を貸せるのは、スヴァルタールズヘイムの扉を開けて、竜を制御する力を借りること、それだけよ。冥府から溢れだした死霊のことまでは面倒見切れないわよ?」


「大丈夫だ。それはこちらで何とかする」


「そうね、せいぜい頑張ってちょうだい……リリエのためにも」


 それだけ告げて、リューゲは姿を消した。


(そうか……わざわざ僕が死ぬまでの契約にしたのは、リリエのためか……)


 スヴァルトは血族を大切にするようだ。それは半分人間のリリエにも同じらしい。単純に、リリエの母親がそれだけの信頼を勝ち得るほどに、リューゲやステルベンにとって大切な存在だったのかもしれないが。


 魂だけの存在になったリューゲは、役目を終えると同時にこの世界を離れてスヴァルタールズヘイムに帰る。そうなると、この世界に残されたリリエの行く末を知ることはかなわない。


(そういうことなら……)


 力を貸してくれるリューゲのためにも生き延びなければ。


 新月の日は、明日だ。



 翌晩。星だけが瞬く空の下、一行は彫刻城の地下へと向かう。リリエがついてきたがったが、はっきりいって足手まといなので遠慮してもらった。


「ミステル、機嫌は直ったか?」


「直らなければ支障がでますので。大丈夫です。あのスヴァルトの女のことはお兄さまが無事に生還なさるための必要なものと割り切りましたので」


 全く割り切れてなさそうな顔で、それでも彼女は律儀に紐を持って待機している。紐といっても、彼女は物理的には物を持つことができない。だから魔力を練って作った紐だ。


「僕は冥府に入り、スヴァルトの国の扉までリューゲをつれていく。その間、僕は死霊の制御ができない。ミステルは溢れ出す死霊とスヴァルトの魔力を外に逃がさないように、テオと一緒に段階的に封印結界を展開してもらう。つまり、制御をする人間がいないので、溢れた死霊はヒルダとギルベルトに任せることになる」


 ヒルダは彫像のような無表情でじっと剣を握っている。そして仕掛け人形のようにいびつな動きでアローへと視線を向けた。青ざめてガタガタしているテオよりもある意味ヤバイ。


「つまり、私の苦手な事態ね」


「毎度のことで本当にすまないとは思っている」


「いいのよ。貴方と一緒に来ることになった時点でおおむね覚悟はしているの。ええ、おおむね。そのために自前の魔法剣も買ったんだしね?」


 もし剣が一振りではもたなかった時のために、とヒルダは帯びている借り物の剣と一緒に、購入した剣も背負っている。


「埋め合わせは必ず……」


「そうね、王都に帰ったら荒ぶる暴れ牛亭で奢ってちょうだい」


「お、いいね。俺も一緒に奢れよ」


 ギルベルトは全く緊張した様子もなく、げらげらとひとりいつもの調子で笑っている。傭兵とはいえ、いや傭兵だからこそというべきか、彼がここまで付き合ってくれたのも思えば不可思議だ。


「何だ、俺が命かけるのは不思議か?」


「まぁ、君がそこまでする義理が見当たらないしな」


「お前にはないが、ハインツ、及び教会にはたんまりと金をせびれる。いいか、アロー。世の中金だ。金があればモテるぜ!」


「俗物だな」


「モテたいお前に言われたかねえわ」


 とはいっても、彼に対する疑問が解決したわけではない。金のため、なんて模範解答だ。


 傭兵は金にならないことはしない。今回の危険な任務は、確かにハインツを通して教会に大金を要求する口実にはなるかもしれない。しかし、教会相手にスヴァルトと協力してオステンワルドの危機を救ったから金を出せ、というのはハインツには通じても教会に通すには色々と小細工が必要だ。


(僕の動向を監視することも含めて、金をもらっている、といったところかな)


 そもそも、傭兵として仕事をするなら平和なゼーヴァルトに留まって教会を相手にするよりも、戦争をしている他国に流れた方がいい。きっと、彼なりの事情があるのだ。


「まぁ、付き合わせているのは事実だから、報酬次第ではおごりは善処する」


「言ったな? 忘れるなよ?」


 狭い洞窟に、ギルベルトの闊達とした声が響き。


 そしてたどり着いた。


 封印の場所、常闇竜の背。


「テオ、ミステル。この空間には七つの結界発動装置がある。僕は死霊を制御しない。というかしていられない。そして最中に竜が暴れるかもしれない。いきなり結界に全力で魔力を使うと、僕はそれこそスヴァルト呼び寄せるどころではなくなる。だから、事前に魔力を込めた結界を段階的に作動させることで、少しずつ結界を強化する」


 洞窟の天井に、白い石を繋げて連ねた紐が長くいくつも下がっている。全部で七本。アローが三日かけて作った結界の作動魔法を込めてある。


「ミステルが一つ結び目の魔術を使うごとに一つ、角界は作動する。テオは発動した紐を一つずつ矢で撃ち落としてくれ。それで石の一つ一つが所定の位置に届いて結界を作る。これなら実体を持たないミステルでも石をばらまける。七つ目が作動する頃には、僕の魔力が尽きかけていても結界が完成しているはずだ。完成した結界は、魔力で破られない限りはこの洞窟と城を護るくらいはできる」


「あの、アローさん、つかぬことをお聞きしますが、魔力で破られたらどうなりますか?」


 薄闇でもわかるほど青ざめた顔で、テオはおずおずと尋ねた。


「竜が暴れたりスヴァルトの魂が暴徒と化したりするとしたら、その時は人間の手に負えるものじゃないから諦めるしかないな」


「…………俺が封印を撃ち落とせなかったら?」


「まぁ、数回外すくらいなら僕が何とかしよう。だが一回失敗するごとに死霊が溢れ出すし、一回失敗するごとに竜が暴れ出す覚悟は決めて欲しい」


「ソウデスカ……」


 ひどい棒読みでそう答えつつも、彼も一応覚悟は決めたらしい。背筒の弓の数を確認している。


「っていうか、この封印のやつ、何かどっかで見たような」


「ああ、城の窓にはまっていた魔除けの石を全部剥がした」


「城の守り薄くなってるんじゃないですか!?」


「あそこで薄っぺらい守りに徹しているよりもあるものを活用すべきだろう。ぶっちゃけると、オステンワルドには魔術に関するものがなさすぎてかき集められたのがこれだ」


「本当にぶっちゃけてますね!?」


 テオはまだまだ何か言いたさそうだったが、立ち話もしていられない。彼が元気になっただけよしとする。


「では僕とヒルダ、ギルベルトは下にいく。常闇竜の足元だ」


「お兄様、お気をつけて」


「ああ、ミステルも」


 二人を上に残し、アローたちは彫刻城地下の最下層へともぐり、そして。


 リューゲが姿を現す。


「さぁ、準備はいいかしら、坊や」


「坊やではないが、いいぞ」


「おうよ、任せろ」


「大丈夫……剣で斬れるから……大丈夫」


 若干の不安を残しつつも、アローは底にゆっくりと杖で円を描き、魔法の文字を刻む。簡易的結界だ。制御を完全に無視する状態になるので、付け焼刃ではあるが、少なくとも結界が完成するまでは死霊を防ぎやすくする。


(ではいきますよ、お兄様)


 耳もとでミステルの声がする。


 上でも準備が整ったようだ。

(一つ結びは嘆きの海に沈む悲嘆の神ヴェーユに捧ぐ)


 パン、と弾ける音がして白い石が降ってくる。中空で放射状に散って微かな光で辺りを満たす。この薄闇の中で、あんな小さな石のついた紐を撃ち落とすのだから、テオは口はともかく弓の腕は本物だ。


「では行くぞ。――『死を記憶せよ』!」

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