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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第二部:伯爵城怪異舞踏会編
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61.契約対価に不釣り合いな天秤

「……っふふ、あははは」


 しばらくして、リューゲは急に笑いだした。


 アローもヒルダも驚いてポカンとする中、ミステルだけが据わった目でじっと見つめている。


 ひとしきり笑った後、リューゲは口元に笑みをたたえたまま、アローに歩み寄る。彼女には肉体がないから、足音の一つもしない。


「貴方、名前はアーロイス、だったかしら」


「ああ。アローでいい。みんなそう呼ぶ」


 じっと顔をのぞき込まれる。後ろでミステルがこの世の邪念を全て込めたかのような美少女台無しな顔になっているのだが、アローにはそれを知る術がなかった。見えるのはスヴァルトの美女の黒耀石の瞳。


 彼女の唇が動く。聞こえてきたその言葉は意外なものだった。


「貴方に協力してあげてもいいわよ?」


「本当か?」


 ついさっきまであれだけすげなくされていただけに、アローは少し疑わしげにリューゲを見返す。


「ええ、本当ですとも。ただし、対価はいただくわよ。黒妖精をただ働きさせられるなんて思い上がらないで」


(なるほど、つまり、交渉には乗ってやる、ということか)


 リューゲの中でどういうわけか、妥協点が見つかったらしい。あるいは、無茶な要求をしてこちらを諦めさせるつもりなのかもしれないが。


(だが、交渉の余地ができただけ上出来か)


 うっすらと微笑むリューゲに、うろんなまなざしを向ける。


「……それで、対価は何だ?」


「そうね。貴方の片目をもらうわ。人間は割とどうでもいいけど、貴方のその瞳は青くて綺麗で素敵。魔力を使うときだけ紅くなるもいいわね。水晶に閉じこめておきたい」


「はぁ!?」


 後ろでミステルが素っ頓狂な声をあげたが、アローとしては拍子抜けだった。たとえばこのオステンワルドの人民の命全てであるとか、存在しているかもわからないアールヴに関するものを要求されたら詰みだと思っていたからだ。


「何だ、そんなものでいいのか? いいぞ、持っていっても」


 アローがあっさりとそう答えると、後ろでミステルが絶叫する。


「ちょっと待ってくださいお兄様!?」


「待たない。片目なら失明はしないし、このまま術を行えば、僕を含めて全員死ぬ確率の方が高い。片目でスヴァルトの協力を得られるならお買い得だぞ?」


「そういう問題じゃないです! あろうことかこの女はお美しいお兄さまの二つとない瞳を奪うと言っているんですよ!?」


「二つはあるぞ。死ぬよりは遙かにマシだろう」


「だから!! そういうことじゃないんですっっ!!」


 絶叫しながらミステルがリューゲに殴りかかったが、彼女は片手で軽く振り払った。霊対霊とはいえ、人間がであるレイスのミステルと、妖精族スヴァルトでは魂の力に差がありすぎる。


 結局、彼女は手も足も出せずないので、アローの背中にへばりついて威嚇の眼差しを送る戦法に切り替えることになった。


「貴方には聞いていないわぁ。で、本当に瞳をもらっていいのね」


「かまわない」


 ミステルには悪いが、今回ばかりは天秤に掛けるものが大きすぎる。片目だけでスヴァルトの協力を得られるのだ。安すぎる対価だった。


「安心しなさい。貴方から眼をもらうのは貴方が死んだ後でも構わない。もし成功すれば私は竜の封印から解放される。私はもう肉体を失っているけれど、それでも契約があれば魂のままでもこの世界に留まれる。だから貴方が死ぬまでは待ってあげる。死んだら私は片目をもらってスヴァルタールヘイムに帰るってこと」


「それだと僕に都合がよすぎて逆に怪しいが」


「私にも慈悲の心くらいあるのよ? それに……貴方の場合、魂をもらうのに意味があるかわからないし? だから貴方の中で一番気に入った場所をもらう。他にも理由はあるけれど、必要ないでしょう? 貴方に都合がいい条件にしてあげているのだから、私の都合は私だけがわかっていればいいことよ」


「なるほど……」


 聖霊魔術は聖霊に要請して受け入れられることで奇跡を発揮する。


 黒魔術は悪霊と契約することで力を借りる。闇の妖精族であるスヴァルトとは黒魔術に該当するらしい。悪霊でも、気に入られれば爪の一枚、低級なら髪の毛数本でも契約できる場合がある。しかし妖精族ほどの高位となると契約したら、恐らく死後には何も残らない。魂すらも、だ。契約できた例が他にあるのかもわからない。リューゲに思惑があるとしても、片目だけ、しかも死後に死体から取るだけというのは破格にもほどがある。


 一方で、リューゲが「魂をもらうのに意味がない」とした理由も、心当たりがある。


 アローは死霊術師だ。それも、本来なら術式も必要としない、無意識に無限の死霊を召喚することができる。


 そんな自分が、果たして普通の人間と同じように死ぬことができるだろうか?


(それこそ、遺体がちゃんと残るかも怪しいな)


 普通に死ねば奇跡、魂含めて全て吹き飛ぶならマシな方、最悪の場合は最凶にタチの悪い悪霊になるだろう。


(まぁ、その場合は師匠が『適切に殺して』くれるだろうけど)


 そう思ったが、口に出せばミステルが心配するだろうから、黙っておいた。


 師匠だって、そうならないようにアローをここまで育ててくれたのだから。


「ミステル、色々言いたいことはあるだろうけど、リューゲは僕が死ぬまで待ってくれるというし、片目で妖精族と契約できるなんて奇跡みたいなものだ。スヴァルトの力は今回の件で絶対に必要になるし、何よりも教会だけではなく辺境伯の協力も今後は得やすくなるぞ。せっかくリューゲが妥協してくれたんだ、お前も少し妥協してくれ。大丈夫だ、僕が死ぬ時はちゃんとお前のことはきちんと送ってやるからな」


「お兄様が死ぬ時は、その女がお兄様の遺体に指一本触れられぬように魂が消し飛んででもお守りいたします」


「ミステル、ここは聞き分けてくれ。あと、僕もそろそろ怒る」


「………………差し出がましいことを申しました」


 苦渋の表情でうなずくミステルに、今まで傍観をきめていたヒルダは呆れた様子で息をつく。


「スヴァルトよりも怒ったアローの方が怖いの?」


「お兄様を護るためでしたら恐ろしいものなどありません。ですが、お兄様は…………お兄様はとてもお優しいので滅多なことではお怒りになりませんが、ひとたびお怒りになられますとそれは……それはもう……」


「怒らせたことがあるんだ……」


 ヒルダが更に呆れた顔になったので、アローも懐かしく思い出しながらうなずいた。


「ああ、一回、僕が大切に育てていた呪術材料の魔法植物を、晩御飯のスープにした時だな」


「案外ささいなことで怒っているわね!?」


「貴重だったんだ。今はそんなことでは怒らないぞ? 死霊術の制御がまだまだ甘かったころの話だ。つまり、ヒルダの苦手な話だ」


「わかったわ。私、アローだけは絶対に怒らせない。女神フライアの名に誓う」


 アローが本気で怒った時に何が起こったのか、大体想像がついたのだろう。彼女はカタリナの件で、間近でアローの死霊召喚暴走を見ている。実際、あれに近い事にはなったのだ。


「けれど、君が反対しないのは意外だった。ミステルほどではないにしろ、止めるかと思ったんだが」


 これがギルベルトだったら、依頼された仕事の遂行と生きのびられる確率を天秤にかけて「まぁ、いいんじゃねえの」とでも言ったかもしれない。だが、相手はヒルダだ。オステンワルドの命運がかかっているとわかった上でも、アローに逃げることを提案した程度には、自分のことを心配してくれている。


 最終的にはアローのしたいようにさせるとしても、説教のひとつくらいは喰らう覚悟をしていたのだが。


 ヒルダは少しだけ困ったように笑うと、アローの肩をぽんと叩く。


「さっきまでは死なない方法を考えている段階だったんだから、生き残れそうな方法があるならそれにこしたことはないわ」


 どうやら、テオの試し撃ちの時にミステルとしていた会話を、彼女も聞いていたらしい。


「ギルベルトが言いそうな理論だが、剣の道に生きるとそうなるのか」


「違うわ。アローはね、他人のために命を無駄遣いしすぎなの。自分が生き残るための手段を考えているあたり、むしろ成長を感じているわ」


「そんな風に思っていたのか、君は」


「貴方は生きていく上で不安なことが多すぎなのよ。そりゃミステルだって絶叫するわ。…………まぁ、ミステルがアローをそういう風にした部分もありそうだけど」


「ヒルダ、お兄様への余計な啓蒙活動はやめてくださいませんか」


「ほら、そういうとこ」


 横やりをいれるミステルに、ヒルダは遠い目を向ける。ミステルはすっと目をそらす。アローにはどういうことなのか判然としない。ミステルの言動に関してはあまり深読みをしないアローにとっては、二人のやりとりの真相は想像もつかなかった。


 想像はつかなかったが、微笑ましくはある。今までアロー以外の人間には全く懐かず、かろうじてクロイツァにはそこそこ心を開いていたミステルが、ヒルダが相手だとこんな様子になるのだから。


「あの、アローさん、私が口出しすることではないのかもしれないですけど、スヴァルトと契約してまで……貴方がそこまでしてくれる理由って、何でしょうか?」


 基本的に非戦闘要員のリリエは、今まで話に口を挟むことを遠慮していたらっしい。会話が途切れたので、申し訳なさそうにおずおずと尋ねてくる。


「ああ、辺境伯にも言ったが、モテたいからだ」


「はい?」


 リリエが完全に素の顔で聞き返す。冗談なら後にしてくれと言わんばかりだ。


 ちなみにミステルとヒルダも真顔になっている。こちらはアローのズレた言動には慣れているためだろう。もっとも、アロー本人としてはズレたつもりなどなかったのだが。


「別に君に言い寄ったりはしない。安心してくれ。諸事情でモテるようにならなければならないんだ。だから君の信じる愛を証明してみせることにした」


「あの、恐れ入りますが……話の前後が繋がっていません」


「そうか? ……そうか。じゃあ、もっと単純にわかりやすくいこう。モテる男なら、救いを求めている相手の手を振り払ったりはしないだろう」


「え……あ、……はい」


 リリエは呆気にとられたようにうなずき、ヒルダとミステルが顔を見合わせてため息をつく。


「お兄様はやっぱり私がついていないとダメです」


「はぁ……アローって下手にモテようとか考えずに、そのお節介やきたくなる感じを前面に出した方が自然にモテると思うわ」


 そんな女子たちの様子を眺めて、リューゲはふふっ、と意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「それで、交渉は成立でいいのかしら?」


「ああ。もう止める人間もいないようだしな」


「さっきからステルベンがうるさいのよ。勝手なことをするな、リリエをどうにかしろとか何とか。ふふっ、全部聞いているのよ、彼」


「ステルが?」


 リリエが顔をあげる。


「あの、リューゲ、ステルに伝えてください。私、母様の形見を持っているんです。もう残されていないと思っていたのに、ファルクが保管していてくれたの!」


「伝えるまでもないわ。聞こえてるわよ。ねぇ、ステル。私はこのちょっと面白い子たちにつくことにしたわよ。貴方はどうする?」


 アローたちにはステルベンの声は届かない。しかし、リューゲが満足げにうなずいたところを見ると、あちらも交渉は成立したようだ。


「それじゃあ、貴方の片目をもらうわよ」


 リューゲの指が、アローの左目を指差す。一瞬、焼けるような痛みが走ったが、それだけだった。契約はごくあっさりとしたものだ。


「ふふ、協力してあげるのだから、私を楽しませてね」


 リューゲが何故、こんな風に交渉に乗ったのかはわからない。彼女がステルベンをどういう風に説得できたのかも。


 だけど一つだけ確かなことは、これで必要なものは全て揃ったということだ。

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