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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第二部:伯爵城怪異舞踏会編
62/120

60.どうせ死んだら全てが終わる

 テオの説得に何とか成功したので、アローはミステル、ヒルダを伴ってリリエの元を訪ねた。彼女は浮かない顔をしている。おそらく、ステルベンの説得が上手くいかないのだろう。


「もっとお役に立ちたいのですけど」


 彼女は申し訳なさそうにそう告げた。


「いや、かまわない。それよりもリューゲのところまで少し付き合って欲しい」


「リューゲのところに……ですか。ごめんなさい。ステルどころか彼女のこともまだ説得できていなくて」


 リリエはますます意気消沈したが、ここまではアローも予測の範疇だったので問題ない。リリエが簡単に説できるのなら、もっと早い段階で色々と解決しているだろう。


 ファルクが渡してくれた奥の手も、そもそも話し合いの場に立ってもらえないのでは意味がない。だからこそ、アローがここまできたわけだが。


「リューゲに関しては、僕も説得を手伝える。リューゲが納得したら、ステルベンも多少は話を聞く気になるかもしれない」


「上手くいくでしょうか?」


「保証はしかねるが、君の命もかかっているからな。努力はしよう」


 何も全く勝算がないわけではない。リューゲは多少なりとも、アローの能力について興味を持っていたフシがあるし、情報も特に隠さず教えてくれるなど、ステルベンよりははるかに友好的だ。


 はったりでも何でも、アローにスヴァルトの魂を召還する能力があると信じさせれば、交渉の余地は広がる。


 正規の出入り口はステルベンによって階段を破壊されていたので使えない。だが、戻る時に使った通路がある、幸い、例の菌糸の光はまだ失われていなかったので、リューゲの元に向かうのは簡単だった。


 常闇竜が眠る場所のほぼ真上、リューゲは呆れきった顔でアローたちを出迎える。ヒルダは若干顔が引きつっていたが、ミステル同様、比較的幽霊らしくないリューゲはかろうじて許容範囲のようだ。引け腰にはなっていない。


「こりないわねぇ、貴方達」


「リリエ、こんなところに留まっていないで早く逃げなさい。貴方を奥地の館に閉じ込めたこの地の人間に、どうして情けをかける必要があるの?」


「ファルクは私を守るために遠くの館を用意してくれたんです。彼なりに精一杯、良くしてくれました」


「どうかしら。所詮は保身じゃないの。短い命しか生きられない人間のことだもの」


 リリエの訴えをリューゲは冷めた声で退ける。


(……と言っても、リリエのことはきちんと思いやっているんだよな)


 歳のとり方が普通の人間とは違うリリエが、人里はなれた地に追いやられたことについて、リューゲは不満に思っているということだ。それはリリエを大切に思っているからこそ、生まれる感情ではないのか。


 リリエはリューゲとの付き合いが長いだろうから、逆に気づけないでいるのかもしれない。


「リューゲ、僕からも強力をお願いしたい。というよりは、君に協力してもらわねば、オステンワルドの人間はもちろん、リリエも助からない」


「私はその子さえ助かれば後はどうでもいいのよ。人間が口を挟むことじゃないわ。貴方、リリエにうさんくさいことを吹き込んだわね。人の身でスヴァルトの魂を呼ぶなんてどうかしているわ。確かに貴方は多少人間離れした力を持っているみたいだけれど、所詮は人の器よ」


「そうだな。一応コレで僕は人間のつもりだが、とりあえず実力を見て判断してもらおうか。――『死を記憶せよ』」


「お兄様!?」


 まさかここで死霊召還を行うと思わなかったのだろう。ミステルが悲鳴に近い声を上げる。


「我が名はアーロイス・シュバルツ。汝、我が名の元に集え」


 紅く光るアローの瞳。そして足元に生まれる紅い光を放つ円陣。


「――『死を記憶せよ』」


 紅い炎が円陣から踊り上がり、血に濡れた腕、頭蓋骨、魔物の尾、何が元なのかもわからないおびただしい数の腐った肉塊が、ゴボゴボと煮えたぎる油のように沸き立つ。


 スヴァルタールヘイムの入り口の上にあるらこの場所は、人の地でありながら冥府にほど近い。アローはこれでも手加減してみたつもりだった。使ったのは煉獄の炎を呼ぶ、ただそれだけ。それだけでもここまで死霊を引きずり出した。


 それでもアローは術を止めない。紅い世界の中で意識を飛ばし、黒妖精の近くへとむかう。


「やめなさい!」


 リューゲの声が少し焦りを含みはじめる。アローが止めないので、煉獄の炎は狭い洞穴内を緋色に染め上げ、荒れ狂う。


「ひゃ、ふあああああ!?」


 ヒルダの情けない悲鳴が上がったが、心の中だけで詫びて、アローはそのまま煉獄の中を探った。


『死と共に舞踏せよ』


 余りにもあふれかえった煉獄の火を、ミステルが送還する。赤く染まった景色が少しだけ元の色を取り戻したすきに、彼女は叫んだ。


「ヒルダ! もう限界です!」


「わ、わかった!?」


 果たして本当にわかっていたのか。若干疑問が残る声音だったが、彼女の行動は早かった。魔法剣で迫る死霊を斬り捨て、アローへと肉薄し。


「ごめんね!」


 そう鋭く叫んでアローのみぞおちを剣の柄で殴る。


「ぐえ」


 カエルを潰したようなうめき声と共に、アローはその場に崩れ落ち、同時に煉獄の炎も、死霊も一瞬にして消し飛んだ。アローの集中が切れたのと同時に、ミステルが死霊を送還したからだ。


 そして、アローはというと、しばらくみぞおちをおさえながら地面に突っ伏していた。半端ではなく痛い。


「本当にごめん。その、止めた方がいいのかな、って。ミステルも焦ってたし。い、一応手加減したのよ? ダメだった?」


 うずくまるアローの背に、ヒルダの弁解が降ってくる。


「いや……いい。うん……いつぞや、殺す気で殺さずに止めろ、と言ったのは、僕の方だ……………………痛い」


「うん、ごめん…………」


 丸まった猫のような体勢のまま、アローは顔だけをリューゲの方へと向けた。


「で、どうだ? 実演して見せたが、僕は結構いい線のところまで行っただろう?」


「その間抜けな姿で偉そうにいうことかしら?」


 先ほどは焦りを見せた彼女も、今はすっかりあきれ返った表情を見せている。


「確かに貴方は私達の故郷のすぐ近くまでくることができる。どうして貴方にそこまでできる力があるのかはわからないけれど、それは確かなようね。でも、私達スヴァルトは、人間に操られてやるほど甘くはないわよ」


「だから、スヴァルトの説得は君とステルベンでやってくれ」


「リリエからも聞いたけれど……私が望むことはリリエの無事くらいね。むしろ貴方にリリエを説得して欲しいくらい。見たところ、この地に縁もないのでしょう? そちらの娘はずいぶんと貴方がこの件に関わることを反対しているようだし」


「なるほど、やっぱりリンドヴルムをけしかけたのは君か。ということは、君はそこにいながら外の事情はだいぶ把握できているということだな」


「……何を言って」


 ここにきて、リューゲはまた少し焦りをみせた。アローが気づいているとは思わなかったのだろう。


 オステンワルドにたどり着く前、馬車の内部を魔術で覗き、リントヴルムをけしかけた者がいる。魔術で覗き見まではステルベンでもできるだろう。実際、魔術で様子を伺っていたのはステルベンである可能性が高い。だが、リントヴルムを操ることはステルベンにはできない。なぜなら竜を操ることができるのはスヴァルトの女性であるからだ。リリエには純血のスヴァルトと同等の力はない。つまり、リントヴルムを操れるのはリューゲだけということになる。


 以上のことを推測すれば、今までステルベンが単独で行動し、リューゲはここで傍観者に徹している風ではあったが、実は二人は密接に連絡を取り合っているか、ステルベンを通して、もしくはリューゲが自分の魔力を飛ばして、連携を取ることができるということだ。


 アローはようやく痛みの治まってきたみぞおちをさすりつつ、立ち上がる。


「君は最初からこの地で、このオステンワルドの地もろとも果てるつもりだった。常闇竜を道ずれにしてね。もしかしたら、だけど……ステルベンは君を助けようとファルクに打診したのではないかな?」


「何を勝手なことを!」


「そうです、お兄様!それでしたら、リリエ様がこちらにこられるはずはありません。あの男はの封印を先延ばしにすることだけではなく、リリエ様を救うことも考えていたのでしょう?」


「そこなんだ。……リリエ、君はファルクに呼びよせられたんだったな」


 アローの問いに、リリエはうなずいた。


「はい、そうです」


「君が辺境伯を通して怪異調査、もとい竜の封印の強化を依頼した。それは呼び寄せられる前のことだな?」


「ええ。迎えが来る前に、使者に返事として持たせました。あ、でも……ファルクを責めないでください。封印を長引かせるために私を使うように言ったのは、私自身なんです。だからほとんど私が自分の意思で来たようなものなんです」


「なるほど、それがステルベンとリューゲの誤算だったんだな」


「えっ?」


 リリエがぽかんとした顔で、呆然と立ち尽くす。


 アローがこんなところで、危険を承知で死霊術を使ったのはいくつか理由がある。ひとつはリューゲに自分の実力をある程度把握させるため。もうひとつは、彼女自身がどこまで「妥協」してくれるかを見極めるためだ。


 死霊を暴走させる可能性については、ミステルとヒルダがいえば止めてもらえる自信はあったので問題ない。ヒルダには多少無茶をさせたが、ギルベルトに頼むと、情報がハインツに筒抜けになる。さすがにこの綱渡りのようなやり方を報告されるのはどうかと思ったのだ。


「竜鋼を採集できなくなった今、いつまで辺境伯の庇護を得られるかもわからない。そして封印も常闇竜の寿命も限界。だから君はこの地で竜もろとも滅びようとした。それをステルベンは何とか引き延ばそうと考えて、辺境伯に対策を依頼した。だが、人里離れた場所で暮らしていたリリエが出てきてしまった。安全圏にいた彼女がこちらに来たことで、事情がひっくり返ってしまったわけだ」


「……名推理だけれど、それで貴方たちを襲う理由になって?」


「なるさ。教会に知られるわけにはいかなかった。リリエという存在自体を、だ。何せアールヴの子孫が治める国に、スヴァルトの血を引く娘だ。君たちはなるべく早く教会の使者を諦めさせて、リリエを遠くにやらねばならなかった。だけど、君たちの想いとは裏腹に僕らはリントヴルムをあっさりと退けた。君たちはさぞ焦っただろう。リリエか辺境伯に何かしら働きかけて僕らを足止めをして、ステルベンに襲わせるように誘導もして、君たちの最大の誤算は……そうだね。僕が死霊術師だったことだ」


 教会の僧侶であれば、死霊召喚によってスヴァルトを呼びだすなんて、発想にすらいたらなかっただろう。彼らにとって死霊は浄化するものであり、スヴァルトは敵でしかない。


 果たして、ハインツはここまで把握してこの仕事をアローに振ったのだろうか? ――恐らく、そうなのだろう。この国に死霊魔術を得意とするものは恐らくそうそういない。ただでさえアローは、天性の死霊術師なのだ。それこそ、他に解決できる人間となると師匠しかいなくなる。


「はっきりと言ってしまえば、僕はリリエの命をたてにとって君に協力を要請することだってできる」


 チラと横目でリリエを見つめる。彼女は不安そうな表情ではあったが、不思議とさほど動揺はしていなかった。ミステルは平然と、ヒルダは焦ってきょろきょろとアローとリリエを交互に見ていたが、何も言わずに言葉を飲み込んだ。むしろ一番感情をあらわにしたのは、リューゲだ。何を言ってもさらりと流していた彼女が、今は本気で怒りの感情を瞳に宿している。


「……私がそれを許すと思うの? ステルベンは私と魔力で繋がっているから、いまの会話だって聞かれているわよ」


「聞かせているんだ。そんなことだろうと思ったからな。ひとつだけ言うが、ステルベンが無理やりにでもリリエを遠くに連れ去るなりしていれば、君たちの目的はひとまず最低限は達成されたんだ。それをしなかったのは何故だ? リリエの母親と、何か約束でもしたか?」


「貴方には関係ないことよ」


「関係ある。僕は君たちの事情には正直興味がない。リリエのことを教会に報告する必要はない。僕は教会の仕事を受けただけで教会の人間ではない。だから僕は僕の勝手な都合で君たちを救おうと思う。君たちも君たちの勝手で僕らを利用しろ」


「貴方、本気で言っているの?」


「本気だ。何、気にすることはない。人間だろうが妖精族だろうが、死の本質が違うだけで、死という現象は平等に訪れる。この世界で死よりも平等なものはないぞ。だから君が常闇竜と心中するのも、人間の若造の思惑に巻き込まれて死ぬのも、そこに違いなんてない」


「……かわいい顔しているくせに、結構とち狂っているわね、貴方」


 別にかわいい顔はしていないと思う。そうつっこみかけて、そんな場面ではないと思い直した、今重要なのはそこではない。


「話を最後まで聞け。何のために僕が身体をはって死霊召喚を実演したと思っているんだ。どうせ死ぬつもりなら、生き延びれる可能性が高い方が得だといってるんだ。違うか?」


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